Departure〜彼らのスタートライン〜

1.生 還

Chapter3

 (1)

 「二人とも俺の……俺の、俺の分まで幸せにな、なっ!」

 息も絶え絶えになりながら、最期にそう告げて、島は心から安心した。もうこれで思い残すことはない、とその時は思った。
 ヤマトはきっと勝つ。古代とそして沖田艦長のある限り……
 島はそう信じていた。

 (古代、あとのことは頼んだぞ……)

 そして彼の意識は、はるか彼方へと飛んでいった…… 心に浮かんだのはかつて強く惹かれあった彼の星の人のこと……

 (テレサ……)

 (2)

 ここはどこだ?

 ふと気が付くと、俺は夢のような世界にきていた。
 暖かくてふわふわとした空気。そして四方八方に広がる一面の美しい花園…… 見渡す限り全て美しい花々に覆われていた。
 あれだけの大怪我をしたはずなのに、体の痛みもなかった。

 これは夢? それとも、ここが、いわゆる天国……ってやつなのか……? 俺はもう……死んでしまったのか?

 俺はさっきまでの戦場とは180度違う世界にきてしまったような気がする。さっきまでの……

 あれからヤマトはどうなったんだろう。古代は……雪は……? 沖田艦長は!? 俺はもう二度とヤマトへは戻れないのか?

 懸命にあたりを見まわしても、それらしきものは何も見えない。ただ風が頬に優しく触れ、その風に美しい花々が揺れているだけだった。あの戦場とは天と地の差、まるでこの世のものとは思えない光景……!?

 そうか、俺はやっぱり………… ここは天国で、もう現世には戻れないというのか……

 そう思い立った時、俺は呆然と立ち尽くしていた。

 (3)

 しばらくして、俺はやっとひとつ、大きく息を吐いた。

 いまさら何を未練なことを言っているのだろう……
 ヤマトのことは、あいつに任せた。俺が命をかけて信じたやつだ。あいつなら、あいつらなら!きっと地球を救ってくれる……
 俺にできることは、もうないんだ。なぜなら俺はもう……この世界の住人なのだから。

 俺は自分自身にそう強く言い聞かせた。しかし、周りには人の姿は見えない。

 どこかに誰かがいるのだろうか? 誰か……? 誰がいるというんだ?

 ここは死んだものたちのいる世界? そうか、じゃあ……大勢の死んでいった仲間たちがいる世界なのか? 加藤、山本、斎藤、徳川さん……平田、土門、揚羽!
 みんなに会いたい、お疲れさんって言って、肩を叩き合いたい!

 だが俺が一番会いたいのは…… 本当に会いたい人は……

 テ・レ・サ……

 その名を呼ぶたびに、この胸が悲しみに強く締め付けられる。かつて命を賭けて俺を愛してくれたひと……
 そうだ、彼女を探そう! 彼女に会える、それが今の俺の一番の望みじゃないか。

 テレサのところへ…… 行こう……

 とにかく足を踏み出した。だが、どちらへ向かっていいのかもわからない。ただ見える限り花畑が広がっているだけ。
 それでも、俺は前と見据えた方向に向かって歩き始めた。

 (4)

 歩きながら再び思い起こされるのは、ヤマトの戦いのこと。あのあと、ヤマトはどうなったのだろうか? まさか……ヤマトもあのまま!?

 いや、そんなことあるはずがない! ヤマトと古代がいれば必ず何とかしてくれているはずだ。今ごろはアクエリアスのワープを止めて、地球を救ってくれているに違いない。そして……

 そしてあいつはやっと、今度こそ雪と幸せになれるんだ!

 雪……か

 その名を聞くと、今でも胸の奥底が僅かにきゅんとなる。俺の初恋の人の名。

 中学生時代、憧れた人もいた。宇宙戦士訓練学校時代、告白されて付き合った人もいた。けど、そのどの娘にも本当の意味で好きだと思ったことはなかった。

 だが、古代と二人で美しい異性人の女性を見つけた時、俺も古代もその姿に強く惹かれた。

 火星で出会ったサーシャという名の美しい女性は、その時既に息絶えていた。地球の命を救うカプセルだけを握り締めて……

 地球へ戻って、その彼女によく似た人に会った。それが、森雪だった……

 俺は彼女に似ていたから惚れたのか?否! 俺は、森雪と言う女性に惹かれたんだ。あいつもきっと同じはずだ。
 ただきっかけが、あの火星の女(ひと)だったというだけなんだ……

 よく笑い、よく怒り、よく拗ねて…… けど、いつも一生懸命な彼女。ヤマトの生活班長。

 俺もあいつもいつの間にか、彼女の一挙手一投足全てが気になるようになっていった。
 いつか彼女に告白して、地球に戻ったら普通のカップルのようにデートをしようなんて甘い夢も見たもんだ。

 だが…………

 彼女が選んだのは、あいつだった。そして俺は、あっさりと失恋した。

 失恋したとわかった日、初めて酒に酔った。そして思いっきり泣いてすっぱり諦めた。

 それから俺は……あいつらを応援することにしたんだ。

 (5)

 静かな空気の中、音もない静寂の世界。いや、微かに耳に心地よい音楽のようなものが聞こえてくるような気もした。だがよくわからない。
 ただふわふわと気持ちよかった。

 そして、俺はただひたすら歩いた。黙々と何かあるところまで……何があるのかもわからなけれど…… ただひたすら……歩いた。

 とその時、静かな花園が風もないのに、ざわざわと揺れた。そして……突然の声。

 『島君! お願い、頑張って! 島君!!』

 えっ!? 雪? 突然彼女の声が俺の耳に飛び込んできた。慌ててきょろきょろとしてみたが、やはり周りには誰一人姿はなかった。
 ただ、花々がゆらゆらと揺れているだけだった。

 今のは一体なんだったんだ? 空耳か…… 彼女のことを考えていたから、聞こえたのか? この世界は俺の心を映し出しているのか?

 それにしては随分心配そうな声だったな。俺は思わず苦笑してしまった。

 頑張ってって、何をだい、雪? 俺はもう君と人生が交わらないことを知っているんだよ。君の愛しい人は俺じゃない、あいつだろ?

 そう言えば最期の別れに、俺彼女に告白しちまったもんな。ははは…… あいつらびっくりしただろうなぁ?
 本当は結婚式の日にぶちまけてやろうかと思ってたのにな。

 言わずにいられなかったんだ。それを告げないと、俺は終われない……そんな気がしたんだ。

 だから……雪…… 今、俺はもう……君への思いをぜ〜〜〜んぶ昇華させてしまえたような気がするよ。

 ありがとう、雪。そして……今度こそ幸せになれよ。

 俺はもう君を振り返らない。もう俺の行く場所は……テレサのところしかないんだ。
 静かに彼女と眠らせてくれ…… なぁ、テレサ。

 (6)

 テレサ……
 思い出すたびに、俺の胸はひどく痛む。

 彼女には辛い思いしかさせられなかった。それなのに、彼女は俺のために、命の全てをかけてくれたんだ。

 激しい思いを秘めて、自らに宿った力を呪い、一人静かに暮らしていた彼女。地球へ宇宙の危機を知らせてくれたのも彼女だった。
 そして……最後に地球を救ってくれたのも、彼女だった。

 俺を助けたあと、彼女は一人で敵と戦った。決着をつけるためだとか、許せなかったとか、そんな理由を言われたって……
 俺はわかっていた。いや、そう思いたかった。

 テレサは……俺のために戦ったんだ、俺のためにだけ……戦ったんだ、と。

 だけど君は言ったね―――生きてください……って。

 だから俺は頑張った。君を追って死にたい気持ちを必死に抑えて生きたよ。
 ヤマトがそしてあいつらがいたから、生きてこれたような気がする。そしてそれが何よりも君の願いだったんだろう?

 けど、もういいだろう? こうして来ちまったんだからさ。今度こそ離さない。ここで二人ずっと一緒にいような。

 テレサ……

 俺は彼女の青く透き通るほどに白い肌に浮かぶ物悲しそうな微笑みを思い出した。
 島さん…… そう呼ぶ彼女の声がまだ耳に残っている。
 命と引き換えに…… 俺を助けて、そして地球を助けてくれた愛しい女(ひと)。

 テレサ…… 今行くよ。君のもとへ……

 (7)

 ふと気が付くと、ずっと前の方に、天に向かって伸びる透明の螺旋階段のようなものが見えてきた。確かさっきまではあんなものなかったはずだったが……

 もしかして、あれが……天国への階段なのだろうか? そうだ、きっとそうに違いない。

 あれを昇れば、テレサに会える。もうすぐ、君と一緒に永遠に眠れるんだね?

 俺はさらに足早にその階段に向かって歩き出した。天を見上げると、その階段の最上部は霞にけぶって見えなかった。

 だがその階段の遥か上方に、天を目指す二つの輝く光を見つけた。青い……まるですがすがしい空のようなスカイブルーの光がふたつ……

 あれは……誰かの魂? 俺よりも一足先に天に昇っていく魂なのだろうか?
 あの美しい青は、まるで地球の青。空の青。

 あれはきっとその生涯を悔いなく生き、そして天に召された魂。俺にはそう思えてならなかった。
 どうして?と聞かれても答えられないけれど、ただあの美しいスカイブルーの光がそう言っているように見えたんだ。

 じゃあ俺だって…… きっとそんな色に輝いているに違いない。俺だってもう彼女のもとに行くことだけが望みなんだから……と、自分の体に目線を落とした。

 (8)

 ところが……俺の体はすがすがしいスカイブルーとは程遠く、濃いオレンジ色に覆われていた。

 な、なんなんだ?この色は……!? 太陽の光を浴びた血潮のように明るくも鮮烈なその色は、まるで現世に未練を残してきたと言わんばかりのまがまがしさだった。

 未練? まさか…… そんなのは嘘だ! 俺はもう……思い残すことなどないはずだ。いつ死んだっていい、そう思っていた。そうすればテレサに会えるから……

 そう……思っていた……

 本当に……

 本当に、そうなのだろうか? そうなのか?大介!

 俺はこの時初めて、自分の中で気付かぬうちに持っていた「死」を迎えることへの疑問と抵抗を感じて、その場に立ち止まってしまった。

 目を前にやれば、天国への階段は、もうそこに迫っている…… ここを昇れば、きっとテレサに会える。

 だから俺は……

 いや、俺は……

 本当に死んでしまって、お前はいいのか? もうやりたいこともなかったのか……? もう生きて熱い血潮をたぎらせることがなくてもいいのか……?

 俺は突然沸きあがってきた死への激しい抵抗感に、体を激しく震わせた。

 (9)

 その時だった。突然後ろから女性の悲痛な叫び声が聞こえてきたのは。

 『お願い!一人で遠くへ行ってしまわないでぇっ!!』

 誰だっ!? 俺はすばやく後ろを振り返ってみたが、やはりそこには誰もいなかった。

 誰だ!!

 誰? いや知ってる。俺はその声の持ち主を知っているんだ。その声に確かに聞き覚えがある。

 雪ではない…… もちろんテレサでもない…… あれは……
 あの声は……彼女の声だ。

 いつも俺の顔を見ると、にこにこと明るい笑顔を見せてくれた人。俺の話をいつも、頷きながら一生懸命聞いてくれた人。ちょっとした冗談がやけに受けて、コロコロとよく笑う人……

 そして、ふとした拍子に俺を切なげな顔で見つめていたあのひと……

 彼女のあんな辛そうで悲しげな声を聞いたことがない。
 君は、俺が死んでいくことを悲しんでいてくれているのかい?

 本当は知っていたんだ、わかってたんだ……彼女の気持ち。俺のことを心密かに思ってくれていることを。
 だけど同時に、彼女は俺のテレサへの思いを知っていた。だから何も言えなかったんだ。
 そして俺はそれをいいことに、知らない振りをして、ただ彼女と過ごす心地よさだけを享受していた。

 (10)

 そんな俺たちの不確かな関係を、雪も知っていたし、この間は、あの鈍感で極まりないヤツにまで指摘されてしまった。まったく俺としたことが……

 俺の心にはまだテレサが残っている。今も決してテレサを忘れられない俺がいる。それは絶対に間違いない。
 だから……彼女の気持ちに答えられなかった。答えちゃいけないと思った。

 だけど一方で……どこかで答えたいと思っている俺がいたのも事実だった。彼女なら、俺の心を癒してくれるかもしれない、そう思ったのも本当だった。

 だが……俺はやっぱり最後の一歩を踏み出せなかった。この間までは…… いや今も…… 踏み出す勇気はない。

 それでも、彼女のあの声は鮮明に耳に残った。さっき聞いたような)気がした雪の声よりもずっとずっと鮮明に……残っていた。

 その時、俺の中で何かがはじけたような気がした。

 (11)

 さらに、再び俺に生への炎を再燃させる声が大きく響いた。

 『大介兄ちゃん!! いかないでよっ!』

 半分泣きそうな声だった。次郎だ!!!
 次郎、お前にはまだまだ教えてやりたいことがたくさんあったよな。サッカーはお前の方がうまくなったけど……
 俺は、まだまだお前といろんなことを語り合いたかったんだ。

 それに続くように次々と俺を呼ぶ声が聞こえてきた。

 『島っ!!!』 古代……!

 『大介っ!!』 お父さん、お母さん……!!

 『島さんっ!』『島っ!!』『島さん』…………

 なんだよなんだよ。俺の名前のオンパレードかよ! それもみんな知ったやつらばかりの声だ。

 太田!相原!南部!真田さん!! それから…………ヤマトの仲間達の声が次々と俺の耳に入ってきた。

 くそっ!!!

 俺を呼ぶ声に、俺自身がたまらなくなってくる。

 戻りたい、みんなのところへ!

 そんな思いがふつふつと浮かんでくると、俺の体はさらに赤みを増し始めた。オレンジ色が朱色にそして燃えるような赤に……命の赤に……!!

 ふと目の前にある透明の階段を見ると、足元からうっすらと霧にけぶったように消え始めていた。さっき見た青い色の魂は、もう遥か天の彼方に小さな点になっていた。

 しかし、俺はもうその場から、一歩も前に出ることができなかった。
 この時俺は初めて俺の本当の気持ちを知った。

 ―――俺は本当は……帰りたいんだ。みんなのところへ!! 俺はまだ生きていたい……んだ!―――

 (12)

 そうはっきりと決意した時、その天へと続く階段は、幻のように消えてしまった。俺はその階段があった天高く空を見上げた。

 ただ透き通るようなスカイブルーの空が天いっぱいに広がっているだけだった。

 俺は唇をぎゅっとかみ締めた。

 テレサ…… ごめんよ。俺はまだ君のところへ行けない。俺は……本当はもっともっと生きていきたかったんだ。
 まだやりたいこともある。見届けたいものもあるんだ。

 それに……彼女の……笑顔をもう一度見たくなった……

 ごめん…… テレサ。

 そして俺はくるりと振り返って、今きた道を帰り始めた。なぜだかわからないが、それが俺の帰る道だと確信していた。
 その思いを裏付けるように、周りの一面の花畑がすうっと消えていき、先にまぶしいほどの光の光芒が見えてきた。
 俺はゆっくりと、しかし確実にその光芒に向かって歩いていった。

 目がくらむような光芒の中に入った瞬間、俺の意識は再び深淵に落ちていった。

 もう一度……生きたい…… そう願いながら……

 テ……レサ……!!

 光芒に入った直後、俺は背中からテレサの声を聞いたような気がした。

 ―――よかった。それでこそ私の島さんよ…… 生きて、生きて……幸せを見つけてください。それが私の望み、それで私も生き続けられる…… 島さん、お幸せに―――



 俺が連邦中央病院で目を覚まし、現実の世界に戻ったのは、ヤマトで意識を失ってから4日目の朝のことだった。

Chapter3終了

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(背景:Angelic)