Departure〜彼らのスタートライン〜

1.生 還

Chapter7

 (1)

 島が緊急手術を受けてから、1週間が過ぎた。その間の島の回復力は目覚しかった。とても一度死んだといっていいほどの重傷を負ったとは思えないほどもので、ヤマトの辛い最期を聞いた後とは思えぬ気力に、執刀医として主治医になった希も驚くほどだった。
 新たに移植した人工内臓も、すこぶる順調にその機能を果たし始め、この日、島は希から、明日からICUから一般病棟への移動と面会謝絶の解除を伝えられたのだった。

 その情報は、看護師の綾乃から雪へ、さらに雪から相原を経由して、元ヤマトクルー達に伝わった。頃を同じくして、一人旅に出ていた進も帰宅したという情報も、島の元に伝わっていた。

 そして島が一般病棟――と言っても、元ヤマトクルーという立場とまだ要観察のため個室ではあったが――に移動した日、まだ面会時間にもならない早朝一番にやってきたのは、進だった。
 互いの苦しかった1週間に思いを馳せながら、軽く頷きあった親友達は、その後それぞれの体験を話し合った。
 進は、1週間の旅で出会った人たちや自分の感じたことを、そして島は、自分の臨死体験で出会った青き魂のことを伝えた。

 「沖田艦長とヤマトは役目を果たした思いで、静かに天に召されていったんだと思うんだ」

 島は今も目を閉じればはっきりと思い出す、あの清々しいまでの美しさを放っていた青い光を思い起こして胸を熱くした。その記憶が、本人は気付いていないが、主治医を驚かせるほどに島の体を回復させるのに役に立っているのだ。

 島の話を黙って聞いていた進は、話が終わると、「そうか……」と小さく言ってから、ほおっと小さなため息をついた。そして一旦言葉を止めて目を閉じ、再び目を開いた。

 「そうだな」

 沖田もヤマトも、自分達若き後継者に全てを託して、静かに天に召されていったのだ。島の話を聞いて、進は今更ながらにそれを実感していた。

 「俺達は、まだ生きていかなきゃならない。まだこれからやらなきゃならないことが残っているんだ……」

 「島……」

 親友二人は、互いをじっと見つめあった。互いに体験を語り合い聞き合い、そして同じ結論に達した。
 辛くとも悲しくとも、それを乗り越えて新しい人生を歩み始めようと、二人して無言の会話で誓い合った。

 そして、それを裏付けるように、続く島の開口一番がこれであった。

 「まず手始めは、お前達の結婚式だな」

 (2)

 とたんに無骨男の表情が崩れ、顔を赤らめつつしかめっ面になった。

 「よせよ、またそれかよ! もう耳にタコができたぞ」

 だがこの件についての島の攻めの手は決して緩まない。体は動かなくても口はしっかりと働いているのだ。

 「なら何度も言われないうちにとっとと済ませろよ! だいたいなぁ、お前ときたら、この事後の大変な時に、大事な彼女一人ほったらかしでどっかに行っちまってだぞ。それだけでも……」

 ここで進は島の言葉を遮るように口を挟んだ。

 「ああ、わかった、わかりましたっ!」

 進は降参しましたと言うように、両手を軽く挙げて苦笑するしかなかった。

 「最後まで言わなくても、俺だってよ〜〜っくわかってんだから。心配すんな!」

 「ほんとか?」

 「ああ、間違いない。今回の件の後処理が終わったら、ちゃんと考えるから。もう後戻りはしない」

 進はまじめな顔をしてそう告げると、島もやっと笑みを浮かべた。

 「ふんっ、わかってんならいいさ」

 今までも何度か繰り返されたこの議論に決着がついて、二人の顔が和んだ。するとすかさず、今度は進のほうが攻勢にでた。

 「まったく…… 相変わらずお節介なんだからな。大体お前だって人のことより自分のことだろ?」

 「自分? ああ、なぁに、こんな怪我、すぐに治してとっとと退院してやる。心配すんなって」

 「ま、その減らず口があるなら大丈夫だな、はは……」

 二人して声を出して笑ったとき、ドアがノックされた。島が「はい」と答えると、看護師の綾乃が入ってきた。綾乃は進に笑顔を向けて軽く会釈してから、島に問診した。

 「島さん、朝のチェックです。検温終わりました?」

 「ああ、えっと、36度5分だったかな」

 「はい、結構です。じゃあ、手を出して…… はい、いいです。あと、何か変わったことは? どこも痛いところはないですか?」

 綾乃は慣れた手つきで島の脈拍を取ると、優しい笑顔で島に通例の質問を続けた。

 「いや、なにも」

 「じゃあ、なにかあったらいつでもナースステーションに知らせてくださいね」

 「はい……」

 通常看護師と患者で交わされるごく普通の会話を終え、綾乃はすぐに部屋を出て行った。そのなにげない会話をする二人を、進は黙って見ていたが、そこにとても温かい空気が流れるのを感じずにはいられなかった。

 (3)

 二人のやり取りを黙ってみていた進は、綾乃が出て行くなりニヤリと笑った。

 「ふう〜ん、直りが早いのは、かわいい看護人がついてるから……かぁ」

 島を横目でちらりとみると、不意打ちを食らったのか、いつもならさりげなくかわすはずの島が、顔を一気に紅潮していた。

 「な、なんのことだよ?」

 「はは……今更照れるなって」

 「て、照れてなんかいるか!」

 「なんだよ、今更…… 前から言ってるだろう? お前いい加減に彼女の気持ちに答えてやれよ。お前だって、もうずいぶん前からまんざらじゃないくせにさぁ」

 進の顔がさらにニヤつき始め、さっきまでの分も取り戻す勢いで、島の顔を覗き込んだ。すると島は、慌てて進から視線を逸らすように窓の外のほうを見た。

 「人の気持ちを勝手に決め付けるな。俺と綾乃さんはただの友達だ。それ以上でも以下でもないよ」

 「ふう〜ん、いいのかなぁ、そんなこと言っても……」

 「な、なにが?」

 なにやら意味深な進の言葉に、島は再び顔を元に戻した。すると進は動かぬ証拠を披露するように得意げな表情になった。

 「雪から聞いたぞ。この間の手術の時、お前一時危なくなったんだってな、その時に綾乃さんの励ましの声を聞いたら、お前……」

 突然島の顔色が変わり、進の話をさえぎるように鋭い声で叫んだ。

 「それ以上言うなっ!」

 「おい、島……?」

 突然の島の変わりように、当惑した進が問いかけるような顔をすると、島は再びぷいと顔を背けてしまった。

 進の想像したとおり、あの手術中の出来事は、島が自身の気持ちをはっきりと認識する証拠ではあった。
 だが同時に、島は今もそれを認めようとしていなかったのだ。認めたくない自分がいる。だからこそ冗談交じりにつき付けられた進の言葉に、むきになってしまったのだ。

 「今はそういう話は……したくない」

 背を向けたままつぶやく島に、進は尋ねる。

 「どうしてお前そんなに意固地になるんだよ?」

 すぐに答えはなかった。しばしの沈黙が続き、その後島はそむけていた顔を半分だけ戻して上を向いた。
 じっと天上を見つめていた島は、しばらくしてから視線はそのままにして――進のほうを見ようとはせずに――口を開いた。

 「俺の体には……」

 そこで島の言葉が詰まる。天井を見つめる彼の顔の眉間には厳しそうな皺が寄っていた。それには深い悲しみと怒りと辛さを感じさせるものがあった。
 そして島の言葉が続く。

 「テレサの血が流れている。俺は今も彼女の命もともに生きているんだ。そしてこれからもずっと、な。俺はそのことを一生忘れない。忘れることなんかできやしない」

 テレサ……あの戦いの中で出会った人を、島は心から愛し始めていた。そしてその矢先…… その後の悲劇は、進もよく知っている。
 だが、もうあれから3年以上経とうとしている。そろそろ、島もその悲しみから立ち直るべきなのだと、進は思っている。

 「だが、だからといって、ずっと一人で生きていくつもりじゃないんだろ? 綾乃さんならきっとお前のことを……」

 「言うなって言っただろ!」

 島は顔を進に向けると、再び強い語気で話をさえぎった。その剣幕に、進もそれ以上言うのをやめた。

 「わかった、すまん。……怪我人を興奮させたりして悪かったな」

 進が素直に謝ると、島もすぐにその厳しい顔を納めた。

 「いや、俺のほうこそ、怒鳴ったりしてすまなかった。今は……他のことは考えないで、怪我を治すことだけに専念するつもりだから……」

 「ああ、そうだな。まずは元気になることだ。ゆっくり体を休ませてやってくれ」

 「ありがとう……」

 再び笑顔に戻った二人は、その後は話題を変えしばらく話し、その後進は帰っていった。

 進が出て行ったドアを見つめながら、島は一人つぶやいていた。

 「俺はテレサが忘れられない。絶対に忘れることなんかできやしないんだ。だからこれからもずっと他の女(ひと)のことなんか、考えられるはずがないんだ…… 絶対に……絶対に……」

 その言葉は、進に訴えるように、そしてまた自分自身に言い聞かせているようにも聞こえた。今、島の心の奥底では確かに、何かある葛藤が生まれつつあった。

 (4)

 進が帰ってすぐあとにやってきたのは、航海班の太田だった。太田はドアを開けるなり、嬉しそうに口を大きく開けて笑った。

 「島さん! やっと入れてもらえましたよ!」

 「太田!! 心配かけてすまなかったな」

 島はベッドサイドまでやってきた太田に、ゆっくりと手を差し出した。太田はそれをがっちりと握り、互いの無事をしっかりと確認しあった。

 「ほんとですよ! どれだけ心配したと思ってるんですか!」

 「すまん……」

 島がさも申し訳なさそうな顔をすると、突然太田の相好が崩れた。

 「ほんとにあの時はもうだめかと…… うっ、うっ……」

 「おいこらっ、太田、泣くなっ、男が! 俺にまで移る……だろ」

 太田を叱りながら、島の目にも温かいものがこみ上げてくる。

 「島さん……」

 太田は、片手でずずっと鼻をこすり涙をぐっと飲み込んだ。島はその涙が移らないうちにと、わざと明るく尋ねた。

 「それで、お前はどこも怪我なかったのか?」

 「はい、怪我一つせず。あっ、そうだ! 島さんにお見舞いの品が……」

 その話題で再び笑顔に戻った太田は、手に持っていた大きな袋包みを掲げた。

 「なんだ、それ?」

 「えっと、チョコレートにせんべいに、それから冷凍保存して置いてあった俺特製肉まん……」

 「あのなぁ〜 俺はまだそんなもん食えんぞ」

 島は呆れ顔で何本もの点滴につながれた腕を軽くあげて見せた。

 「えっ? あ、そ、そうでしたね。あはっ、すっかり忘れてました! 全く俺ときたら、しまったなぁ、どうしよう」

 困り顔の相変わらずな太田の様子に、島の心が和んだ。

 「ったく! あはは…… いいよ、置いてってくれ。後で看護師さんたちに食べてもらうよ、お前が選んだものなら美味いからきっと喜ばれるさ」

 「そうですか? ええ、そうしてもらってください」

 太田は、持ってきたものの行き先が決まり安心してニッコリと笑った。それから、そばにあった椅子にどかりと座った。

 (5)

 その時、病室のドアが開き、島の主治医である間宮希が入ってきた。部屋に入るとすぐ、来客に気が付いた。

 「あらっ? 健ちゃん?」

 「あれ? 希さん!!」

 太田は、入ってきた医師に面識があるらしい。嬉しそうに立ち上がった。

 「え?」

 太田と希が互いに驚きあっているが、島はこの二人が知り合いだったという、ある意味意外な取り合わせに驚いた。しかし希は、そんな島の驚きにはとんちゃくない様子で、さらに太田と会話を続けた。

 「お久しぶりね、無事のご帰還おめでとう。それから、地球を救ってくれてありがとう」

 希ににこやかな笑顔を向けられた太田は、照れたように頭をかいた。

 「やだな、今更そんな、かしこまらないでくださいよ。希さんこそ、いつこっちに戻ってきたんですか?」

 「二月ほど前よ、健ちゃんたちがまだ第二の地球探しをしてた頃」

 希はそこまで言ってから、やっと本来の目的を思い出して、島のほうを向いた。

 「ところで島さん、調子はいかが? なにか問題ないかしら?」

 「え?あっ、はい、先生…… 特に問題はありません」

 二人が親しそうに話し始めたのを呆然と眺めていた島は、希の問いが不意に自分に振り返ってきたので、慌てて答えた。すると、希はにこやかに微笑んだ。

 「そう、よかったわ。データを見ても予想以上に順調な回復具合だし、この調子だと、退院まで3ヶ月はかかると思ってたけど、もう少し早まりそうね」

 「そうですか? ありがとうございます」

 退院の時期が早くなると聞かされ、島は嬉しそうに答えた。希は軽く頷いてから、再び大田のほうへ向き直った。

 (6)

 「健ちゃん、今日は島さんのお見舞い?」

 「ああ、友達から今日から解禁って聞いたもんで飛んできたんだ」

 「さすがヤマトの同僚だけあって情報早いわね」

 「ま、ね、希さんが島さんを助けてくれたんだよね! ありがとう!」

 さらりと交わされ続ける二人の会話は非常に親しげで、島は蚊帳の外に置かれたような感じさえした。

 「そんな大層なものじゃないわ。島さんの体力と気力が優れてただけよ」

 希が島のほうに顔を向けたのをきっかけに、やっと島も口を開いた。

 「いえ、本当に先生のおかげです…… ところで、あの、先生は太田と知り合いだったんですか?」

 島の質問に、希はいたずらっぽく笑った。

 「ああ、健ちゃんと? ええ、私の大切ボーイフレンドよ」

 希が太田に向かってウインクをして見せた。

 「えっ? ええっ!?」

 「の、希さん、そんなこと言ったら、島さん誤解しちゃうじゃないですかぁ〜 まったく、もう」

 太田は慌てて否定したが、希はへっちゃらな様子で再びくすくすと笑い出した。

 「あらっ、誤解じゃないわよ。だってたまにデートしてるし……」

 「だから、それはぁ〜」

 「ふふふ…… また近いうちに美味しいお店に食べにつれてってね、健ちゃん! それじゃあ、また」

 あっけに取られている島と焦る太田を残して、希は言いたいことだけを言うと、病室から出て行ってしまった。

 (7)

 希が部屋を出るなり、島は太田を見上げた。

 「おいっ、太田っ! 間宮先生とどういう関係なんだ!?」

 「え? どういう関係って、ちょっと知り合いなもんで……」

 入院患者とは思えないほどの勢いで島に尋ねられ、太田はたじたじになった。

 「あの感じじゃあ、ちょっとじゃないみたいだなぁ。しっかしあの先生と……だなんて、太田も隅に置けななぁ」

 「だから違いますって! そういうんじゃないっすよ」

 「じゃあ、なんだよ?」

 きちんと答えないうちは、攻撃の手を緩めそうにないと感じた太田は、観念したようにふうっと大きくため息をついて、再び椅子に腰を下ろした。それから少しうつむいて考えるようにしてから、ゆっくりと顔を上げた。

 「希さんは……俺の亡くなった従兄弟の婚約者だったんですよ」

 「亡くなった従兄弟が婚約者? 確か先生の婚約者はガミラスとの戦いで亡くなったって聞いたことがあったが…… えっ、じゃあ?」

 太田は寂しげな顔つきになって、黙ったままこっくりと頷いた。

 「そうか……そうだったのか」

 とたんに島の声もトーンダウンした。希の事情は、島も以前進から聞いて知っていた。希の婚約者は、5年前のガミラスとの冥王星会戦で撃沈した進の兄古代守の艦ゆきかぜの航海長だったのだ。
 太田は再び大きなため息をついてから、説明し始めた。

 「希さんの婚約者だった均兄さんは、俺の母方の従兄弟なんです。均兄さんとは、家も近所ですごく仲がよくって、俺、本当の兄貴みたいに慕ってました。宇宙戦士になったのも、先に宇宙に出てた均兄さんの影響が大きかったんだと思います。
 希さんを紹介されたのは、俺が訓練学校の学生だった時でしたけど、すっごい美人の婚約者を紹介されて、ほんと驚きましたよ〜」

 太田が遠い目になる。その瞳に、島は太田の心の底にある思いを見たような気がした。

 「で、お前も密かに憧れてた……ってか?」

 「え〜!? ち、違いますよ〜〜!」

 島の鋭い指摘が、太田の心を直撃したようだ。焦りまくる太田を見て、島は苦笑した。

 「ふふん、図星だな。いいじゃないか、お前が亡くなった従兄弟の人の代わりに、あの人を幸せにしてやれば……」

 あっさりと言い放つ島の言葉に、太田はさらに焦りまくった。

 「ば、ばかなこと言わないでくださいよ〜! あの人のほうが俺よりずっと年上なんですよ、俺なんか全然相手にしてもらってませんって」

 「そんなことはないさ。しっかし、今まで太田はなんであんなに面食いなんだろうって思ってたが、ふうん、そういうことだったのかぁ」

 病人にニヤつかれてしまっては、見舞い客も形無しになる。

 「だからぁ〜 島さんもしつこいなぁ、もう! そういうことじゃありませんって! だいたい希さんは、亡くなった……人のことを、まだ忘れてないんですから……」

 とうとう太田は拗ねたように口を尖らせてしまった。太田にとって、憧れの従兄弟の存在が、今もまだ希との間に大きく立ちふさがっているのだろうか。

 太田の拗ねた顔が次第に悲しげな視線に変わっていく。島も茶化すのをやめて、真剣な眼差しで太田を見た。

 「そりゃあ、お前の従兄弟だから、いい男だったんだろうな。けどなぁ死んだ人間はもう戻ってはこないんだぞ。彼女だって、今生きて幸せになることを望んでいるに決まってるさ」

 その言葉に太田ははっとして島を見つめた。

 「島さん…… 島さんは、本当にそう思いますか?」

 「ああ、もちろんだ! お前みたいないい男、そうそういないって。それは俺が保証してやる。彼女を幸せにできるのは、死んでしまった元婚約者じゃない。今生きてる人間だけなんだからな!」

 島の言葉に勇気付けられたのか、太田の顔がさっと明るくなった。

 「そっかぁ。なんか、島さんにそう言われると、ものすごく真実味を感じますよ」

 (8)

 「それ、どういう意味だ?」

 「いや、だって、島さんも……」

 ――愛する人を喪った事があるから……その島さんの言葉だから重みがあるんです。

 太田はそう口にしそうになって、慌てて口をつぐんだ。しかし、島にはその続きの言葉は手に取るようによくわかっていた。

 「…………」

 島の顔が一気に強張った。それを察知した太田は、慌てて話題を変えた。

 「あ、いえ、別に…… まあ、あんまり自信はないですけど、とりあえず頑張ってみますよ。島さんも早く体治して退院してくださいね」

 「ああ、ありがとう」

 互いにそれ以上触れてはならないもののような気がして、自然と話題は別のほうへと流れていった。それからしばらくして太田は帰っていった。

 一人になった病室で、島はさっき自分がほとんど無意識に言ってしまった言葉を思い出していた。

 ――彼女を幸せにできるのは、死んでしまった元婚約者じゃない。今生きてる人間だけなんだからな――

 (俺は、俺も……自分のことをそう思っているんだろうか? テレサのことを忘れられるはずがないと思っている一方で、自分は誰か今この世界に生きている人を求めようとしているんだろうか?)

 そう思ったとたん浮かんでくるある一人の女性の姿があった。しかし島は再び、それを脳裏から無理やり消し去った。

 (違う! 俺は違うんだ! テレサの血がこの体に流れている限り、俺の心から彼女が消え去ることは絶対にないっ!)

 テレサへの愛は本物だった。そしてそれは今も……

 島のその愛は決して間違ったものではない。大切な大切な心だ。だがテレサはもう……いない。

 島はテレサへの思いと、新たに湧き上がりつつある思い、その二つの間で戸惑いを隠せないでいた。

Chapter7終了

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(背景:Angelic)