Departure〜彼らのスタートライン〜

2.俺とヤマトと彼女と人生

Chapter1

 (1)

 2204年9月27日17時05分。ヤマトは艦長の沖田とともに永遠の眠りについた。

 冬月の展望台からその最後の勇姿を目に焼き付けたヤマトクルー達は、誰一人声を発することなく、ただ遠ざかるアクエリアスを見つめていた。
 しばらくしても、クルーたちは動かなかった。放心状態のまま、ただ無表情でひたすら窓の外を見ている者もあれば、小さく嗚咽(おえつ)し始める者もいる。

 その中で、古代進も流れる涙をぬぐうこともせず、ただヤマトが消えた一点を見続けていた。強く抱きしめたその腕の中には、小刻みに震え続ける雪の姿がある。
 真田と南部は、敬礼の姿勢を保ったまま、その厳しい顔つきに涙を隠し、相原と太田は傍目も構わず嗚咽していた。

 誰の口からも言葉は漏れてこない。静寂の中、涙で咽ぶ声だけが部屋の中に微かに流れていた。

 そして、ヤマト最長老の佐渡酒造は、遠ざかりつつあるアクエリアスをひどく名残惜しそうに見送ってから、肩から大きく息を吐いた。そして他のクルー達に気付かれないように、そっと展望台を出た。
 佐渡は、島たちのいる医務室へ向かった。ヤマトが消え去った後も、ヤマト艦医佐渡酒像の仕事はまだ終わっていない。今ベッドで怪我と戦っている全てのクルーを生還させて初めて、佐渡の任務は完了するのだ。

 (2)

 ヤマトが自爆して2,30分経っただろうか。地球へ向かった水柱が完全に絶ち消えた時、冬月はゆっくりと動き出した。
 そして冬月の艦内放送が、展望台のヤマトクルー達の耳にも入ってきた。

 「総員に告ぐ。ただいまより当艦は地球へ帰還する。地球到着予定時刻は、18時30分。総員配置につけ! 繰り返す、総員配置につけ!」

 展望台の中がざわめいた。ここにいるヤマトクルーたちには関係のない放送ではあったが、発進命令は、彼らの心を奮い立たせた。

 ヤマトクルー達もやっと現実の世界に戻リ始めた。そして、進の胸に頭をうずめたまま体を震わせていた雪も、ゆっくりとその頭をあげた。

 「古代君……」

 雪は何を話すつもりでもなかったが、ただそうつぶやいていた。進にもそれはよくわかったのだろう。進も雪を見下ろして、小さく頷いた。
 彼の目にもう涙は見えなかったが、頬にはその痕跡がくっきりと残っていた。

 進は笑顔とは言えないほどほんの僅かだけ口元を緩めると、柔らかな眼差しで雪を見つめた。

 「俺達の……地球へ帰ろう」

 「ええ……」

 雪も頷いて、体を預けていたその胸からそっと離れた。そしてもう一度遠ざかりつつあるアクエリアスをじっと見つめた。
 その時二人の心に、同時に同じ思いが去就した。

 (さらばヤマト…… さようなら、沖田艦長……)

 進は今はもう星の海しか見えない窓の外をじっと見つめながら、雪を抱きしめる腕に力をこめた。

 (3)

 展望台のヤマトクルー達が、あきらめたようにその場を離れ始めると、雪は思い出したように進を見た。

 「あっ、島君……」

 進がえっ?という風に小首を傾げたが、雪の顔が看護師としてのそれに変わっていく。

 「私、島君のところに行かなくちゃ。帰還したらすぐに連邦中央病院に移送して手術する手はずになっているの。私も同行するつもりよ」

 「ああ、そうだったな。けど、君は大丈夫かい? とても疲れてるんだろう?」

 ここ数日、いろんなことがあった。進はもちろん、雪も寝る暇もほとんどなかったはずである。
 現実に返ってみると、進は今ひどく脱力感を覚えている。もちろん、それはヤマトと沖田を失ったという精神的な部分も大きいのだが、体力的にも相当なダメージを受けていることは間違いない。それを気遣っての言葉だった。

 雪はそんな進の気遣いがとても嬉しかった。

 「ありがとう、古代君。でも私の方は全然平気よ。それに、執刀は間宮先生がしてくださるの!だから……」

 「間宮……って、間宮希さんかい?」

 彼女の名は、進もよく知っていた。元々連邦中央病院に勤務する腕のいい女性外科医で、イスカンダルから戻ってきた雪が病院に復帰した時、同じ病棟で勤務していた。

 もう数年前になるが、婚約寸前の二人の間に少々波風が立ったことがあったのだが、それが彼女、間宮希と進の関係を、雪が誤解したことに始まったのだ。(拙作『幸せへの軌跡〜進と雪の婚約物語〜参照)

 その後、希は北米連邦病院へ研修留学していたが、その彼女が東京の連邦中央病院に戻ってきているらしい。

 「ええ、佐渡先生から聞いたんだけど、先月ニューヨークから戻ってきたんですって。世界最高の外科技術を習得してこられたんですって。だからきっと島君を助けてくれるわ!」

 雪が期待を込めてニコリと笑った。その顔に、進も安堵したように口元を緩めた。

 「そうか。それはよかった。じゃあ雪、頼むよ。僕も帰還の報告が終わったら、病院へ向かうよ」

 「ええ……じゃあ、あっ」

 雪は頷いて駆け出そうとして、何かを思い出したように足を止めた。

 「ん?」

 「パパとママに伝えておいて! 私は元気ですって…… それから落ち着いたら連絡するからって……」

 「ああ、わかったよ」

 進が大きく頷くと、雪は安心したように微笑んで展望台から駆け出していった。その後姿を見ながら、進は大きくため息をついた。

 (ふうっ……彼女は強いな。もう気持ちを切り替えている…… 俺も彼女を見習わないと。だが……)

 進はもう一度振り返って、外の星の海を見つめた。

 彼にとって、ヤマトがもうないということ。そして沖田艦長ももうこの世にいないという事実は、とてつもなく重かった。心のよりどころをなくしたようで、これから何を頼りに生きていけばいいのかさえ、わからなかった。

 ――これからは、雪と二人でともに人生を歩んで行く――

 そのことはよくわかっていた。頭の中では理解しているし、自分もそうするつもりではある。だが一方で、フラフラと体ごと揺らついてしまいそうなほどの喪失感が、心の中に充満しているのだ。その重石がやたらと重い。

 (しっかりしろよ、進! ヤマトのみんなは同じ思いをしてるんだ。お前だけ落ち込んでるつもりか!?)

 進は自分で自分を叱咤激励しようとしたが、今はまだ自分の心を鼓舞するには程遠かった。

 雪が立ち去ったあとを、じっと見送る進の後ろに真田がやってきて、その肩にぽんと手を乗せた。

 「真田さん……」

 進が見上げると、真田は何も答えずにただ小さく頷いた。

 (4)

 雪は医務室を目指して、冬月の廊下を歩いていた。心がひどく重苦しいのは、さっきから一向に変わらない。自分自身も辛いし、進の思いを考えるとさらに心が痛む。

 だからこそじっとしていられなかった。じっとしていると、どんどん深みにはまっていくようで…… 何かを一生懸命している方が、今の重苦しさから逃れられそうな気がして、雪はただひたすら足を動かしていた。

 医務室に入ると、数名の看護師たちが忙しそうに動いていた。雪が自分の身分を明かして、島の所在を尋ねると、奥のICUにいると案内してくれた。

 「容態は安定しています。先ほど佐渡先生も来られて中におられます」

 そう告げる看護師に礼を言って、雪は部屋に入った。中では佐渡が島のベッドサイドに立っていた。

 「先生…… どうですか?」

 雪の声に振り返った佐渡は、安心したように微笑んだ。

 「おお、雪か…… 今のところ問題なしじゃ。地球の方でも受入態勢が整ってるはずじゃし、きっと島は助かるぞ!」

 「はい……」

 雪が微笑む。その寂しげな笑みに、佐渡も目を細めた。

 「お前さんも辛いじゃろう。大丈夫か? 島のことは、心配せんでええ。わしは念の為ついていくが、後は地球のスタッフに任せてええんじゃぞ」

 「いえ、私は…… 今、じっとしてられないんです。何かしてたほうが気がまぎれるかと思って……」

 雪の切ない視線が訴えると、佐渡もふうっと大きくため息をついた。

 「そうか、そうじゃのう。で、古代のほうはどうじゃ? お前さん、そばにいてやらんでもええのか?」

 「古代君……わかりません。やっぱり相当ショックは大きいみたいですけど…… 私もどうしていいのか、彼に何を言ってあげればいいのかも……」

 「うむ……」

 佐渡が腕を組んで考え込むような仕草をする。今の進にどんな慰めの言葉も役に立たないことは、佐渡にも簡単に想像できた。それは佐渡自身もそうであった。

 「でもっ!島君に……島君に目を開けてもらえらたら、彼なら古代君の気持ちを一番わかってくれるんじゃないかって…… 彼と一緒にもう一度立ちあがってくれるんじゃないかって……そう思って……だから……!!」

 雪の瞳が再び潤みはじめると、佐渡は彼女を慈しむように、好々爺の笑みを浮かべた。

 「そうじゃの、ようわかったわい。きっとあいつらは立ち上がってくれる! そのためにも、島を助けないとならんな。それがわしらのヤマトクルーとしての最後の仕事じゃな」

 「はい!」

 涙を堪えて力強く頷く雪に、佐渡のほうが泣き出しそうな顔をした。

 「いい娘(こ)じゃのう、お前さんは…… 本当にいい娘じゃ……」

 「佐渡先生……」

 二人はもう一度頷きあってから、「さあ、もうひと踏ん張りじゃい」という佐渡の言葉と共に、島達の下艦の準備を始めた。

 そして、その日の18時30分。冬月は予定通り、アクエリアスの水難を逃れた地球に無事帰還した。

 (5)

 冬月が地球に到着すると、進たちヤマトクルーは、すぐに下艦することになっていた。
 地球大気圏突入完了の放送が入った。窓からは地球の青々とした海に立つ波が、肉眼でも見えるようになってきた。そして冬月は、ゆっくりと東京湾の海上に着水し、司令本部の海底ドックへと進み始めた。

 真田は、下艦直前にクルー達を再び展望室に集め、クルー達に10日間の休暇を知らせた。先ほど地球の司令本部からその旨連絡が入ったのだ。
 まだまだ地球復興のため忙しい時期ではあったが、ヤマトを失ったクルー達のショックの大きさを配慮した防衛軍司令長官の温情だった。

 「休暇のあとの任務については、追って連絡する。それから、もしさらに休暇を延長したい者があれば、相談に応じるそうだ。また、医師のカウンセリングが必要な者も、遠慮なく申し出て欲しいとのことだ。該当する者は、直接司令本部総務部に連絡するように」

 真田は淡々とした口調でそれだけを伝えた。
 クルー達の傷ついた心を癒すためのカリキュラムも、司令本部では整っている。しかし、ヤマトという地球で最も有名で最も愛された艦を失ったクルー達の心の傷は、簡単には計り知れないものがあるだろう。

 真田は一同をぐるりと見まわしてから、最後に隣に立っている進を見た。
 古代進にとってヤマトは、父であり兄であり、また友でもあった。さらに沖田は彼の心の父でもあった。

 だが…… 真田は思った。この苦悩と悲しみから立ち直るのは、誰の助けも役にはたたないだろうと、それができるのは自分自身だけなのだと。それは自分自身もそうであるし、目の前の古代進もそうだろう。
 そんな思いを込めて、真田は横にいる進の顔を見つめた。
 だが、進の表情からは、今どんな思いを抱いているのか、真田にもわからなかった。

 (6)

 その時、冬月のドック到着を知らせる館内放送が聞こえてきた。ヤマトクルーに下艦の許可も下りる。

 クルー達は最後に再び目を閉じ、ヤマトと沖田ら亡くなった戦士に黙祷を捧げた。

 「古代、行こうか」

 真田が進に声をかけ、二人は皆に先立って部屋を出た。先に乗降口に立って、クルー達ひとりひとりを見送るつもりでだった。
 二人は黙ったまま、小さな自分用のバッグを下げて、冬月の乗降口に向かって歩いていった。

 乗降口に着くと、進が搭乗者リストを手に、下艦予定のクルー達の氏名をチェックした。
 まずは、怪我人とそれに付き添う看護師達が降りる予定になっている。
 するとまもなく、乗降口に重傷患者の島のストレッチャーを押した佐渡、雪がやってきた。

 「佐渡先生、お願いします。雪、頼んだぞ」

 進の言葉に、佐渡と雪は厳しい顔で頷いて早足に降りて行った。
 続いて、他の怪我人のストレッチャーが続いた。進と真田は、ひとりひとりに声をかけ励ましながら、彼らを見送った。

 さらに、幸い怪我が軽く歩けるクルー達、そして怪我を免れたクルー達が続く。

 皆一同に表情は晴れない。辛い思いは、皆同じである。しかし、進たちはそんな彼らを少しでも励まそうと、必死に笑顔を作った。それに涙で頷くクルー達は、全員が進と真田に握手を求め、その手をしっかりと握り締め降りていった。

 進は、去って行くその背中を見ながら、皆が新たな人生を見つけていくことを心から祈った。

 (みんな、頑張れ! 俺も頑張るから……)

 ひとりでいれば萎えてしまいそうな生への意欲を、他人を励ますことでなんとか自分にも与えたかったのかもしれない。

 (7)

 最後に降りてきたのは、第一艦橋のメインクルー達だ。皆その目は泣き腫らして真っ赤になっている。

 まず山崎がやってきて、二人に深々と頭を下げ固く手を握ると、無言で降りていった。
 次に続いたのは相原、南部、太田の3人だ。
 相原は、出口で立っている進たちを見つけると小走りでやってきた。そして突然うつむいて肩を振るわせ始めた。

 「こ……こだい……さん……」

 絞るような声でそれだけ言ったが、後が続かない。後ろからきた南部や太田も、そこで足を止めて鼻をすすり始めた。
 進も一緒に泣き出したい気持ちを必死に堪えて、相原の肩にそっと手をやった。

 「相原…… これから俺達の新しいスタートなんだ。そんな顔するな。確かにヤマトは消えた…… だが、俺達のヤマト魂は、消えてないだろう? そうだろ?」

 進にとって、おそらくそれは相原にではなく、自分に対して言い聞かせている言葉だろう。形あるヤマトはなくなっても、ヤマトの精神は生き続ける。沖田もそう言っていた。

 「古代さんっ!」

 相原の瞳からはまた大粒の涙がこぼれている。進もそれを見ると胸がいっぱいになって、もう言葉が出てこなかった。
 すると、真田がごくりとつばを飲み込んでから口を開いた。

 「相原…… しっかりしろ! 地球では待ってる人がいるんだろう?」

 「真田さん…… はい!」

 相原の心に一つの灯りがともる。涙ながらにも顔を上げて、相原は力強く頷いた。
 地球で待つ恋しい人の姿。それは彼にとって何よりも大切な存在だった。

 「よし、それでいい! さあ、行け!」

 真田にドンと背中を叩かれて、相原は降りていった。

 (8)

 後ろから続いて南部と太田が、進に手を差し伸べた。

 「古代さん……」

 南部も太田も目を真っ赤にしている。

 「南部も太田も、そんな顔するのは似合わないぞ」

 進がわざと彼を茶化すと、南部は相好を崩した。

 「ははは…… そうですね。俺らしくないっすね」

 「あの島さんのことですが……」

 太田が心配そうな顔をした。直接の上司であり、航海班の名コンビとしてずっと生死を共にしてきた彼のことが、太田には心配でならないのだ。

 「病院に到着次第手術の予定だそうだ。大丈夫だ、島はきっと元気になる!外科の腕の立つ先生がニューヨークから帰ってきているらしい。その先生が手術を担当してくださるそうだ」

 「そうですか……安心しました。これで島さんまで逝ってしまったらと思ったら……」

 太田が、半分安心したような、不安も残っているような不可思議な顔を浮かべると、南部が怒鳴るように言った。

 「大丈夫に決まってるだろ!」

 「ああ、そうだな。あの、古代さんはこの後病院に行かれるんでしょう? 雪さんも行かれたし…… 本当は僕も行きたいんですけど、あんまり大勢でどやどやと行くものでもないでしょうし……」

 「ああ、そのつもりだ。手術が終わったら必ず連絡を入れるから待っていてくれるか? 落ち着いたら見舞いに行ってやってくれ」

 「わかりました。よろしくお願いします」

 そしてもう一度、太田と南部は、進らに固い握手を求めてから下艦していった。それを見送ると、真田が足元においてあったバッグを手にした。

 「さて、我々も行くとするか……」

 「はい……」

 ヤマトクルー達を送り出し終えた進たちも、冬月のタラップを降りていった。

 (9)

 タラップのすぐ下には、司令長官の藤堂が立っているのが見えた。彼は、ヤマトが帰還したときはいつもその場所で待ってくれている。
 しかし、今回はヤマトはもうない。そして……艦長の沖田も、いなかった。

 藤堂の前に来ると、二人は姿勢を正して敬礼した。

 「ただいま、帰還いたしました」

 「うむ、ごくろうだった」

 沈痛な面持ちの二人に、藤堂も眉をしかめたまま敬礼を返した。

 「申し訳ございません…… ヤマトも……沖田艦長もここにお連れすることができませんでした」

 真田が悔しそうにうつむいた。進の眉間にも深いしわがよる。

 「君たちの責任ではない。ヤマトも沖田も……本望だったと私は思う」

 「ですがっ……」

 そう叫んで進の声が止まった。それ以上の言葉がでてこない。進は、歯を食いしばり手をぐっと握ったまま、うつむいてしまった。

 「古代……」

 藤堂の声が穏やかに響いた。進はゆっくりとその顔を仰いだ。黙ったままじっと見つめる。
 そして、彼の顔にも進と同じヤマトへの深い思いが宿っていることを改めて確認した。

 「古代も真田も、しばらく何も考えずゆっくり休みなさい。その後のことは、10日の休暇後に相談しよう」

 「…………はい」

 進は藤堂に深々と頭を下げると、真田の方を見た。すると真田は

 「俺は長官と少し話がしたいことがある。悪いが先に帰ってくれないか。島のところに行くんだろう?」

 「はい、そのつもりです」

 「うむ、無事に手術が終わったら知らせてくれ」

 真田が進を労わるような、ある意味彼らしくない柔らかな視線を送った。その表情に進の顔も少し緩む。
 進は、こくりと小さく頷いて答えた。

 「わかりました。ではお先に……」

 進は二人を残して、冬月のタラップを後にした。偉大なヤマト戦士のいかにも寂しげな背中を見送ってから、真田は藤堂の方を向いた。

 「長官、私の休暇は返上いたします。今地球にはほとんど艦船がない状態なのでしょう。早急に建造計画を立てねばなりません。その陣頭指揮をとらせてください!」

 「しかし、真田君……」

 心配げな藤堂に向かって、真田はふっとため息混じりの笑顔を向けた。その瞳が悲しげに光る。

 「そう……させてください。私には……それが一番なんです」

 「そうか……わかった」

 藤堂はもう何も言わなかった。
 真田にとって、ヤマトと沖田を失った悲しみからの脱却の手段は、仕事に没頭すること、それしか考えられなかった。実に彼らしい解決方法だと言えるかもしれない。

 (10)

 進がしばらく歩いていくと、防衛軍関係者専用の出口があった。そこを出ると、外にはヤマトや冬月クルー達の家族が大勢集まっていた。
 まだ人待ち顔の人々は、冬月のクルーの家族だろう。そして、既に再会を喜びあっているのは、ヤマトクルーたちだ。だが、そこに賑やかな笑い声はない。皆、家族との再会を喜びながらも、ヤマトへの鎮魂も忘れられなかった。静かに再会をかみ締めているのだろう。

 進がその様子を眺めていると、すぐに二人の人物が駆け寄って来た。

 「古代君!」 「古代さん!」

 その聞きなれた声に、進は顔を上げた。

 「お義父さん、お義母さん……」

 それは雪の両親、森晃司と美里夫妻だった。まだ正式な結婚はしていないが、いつの頃からか、進は彼らのことを「お義父さん、お義母さん」と呼ぶようになっていた。ヤマトの、進と雪の帰還をいつも迎えてくれる二人である。
 嬉しそうに駆け寄ってくる二人に、進も僅かながらに笑みを浮かべて会釈をした。

 近づいてきた二人は、進の隣に自分達の娘がいないことに気が付いて顔色を変えた。

 「雪はっ!?」

 最悪のことをすぐに想像したのか、悲痛な声で美里が尋ねると、進が慌てて説明した。

 「あっ、すみません。雪は無事です。怪我などはしていませんから」

 それを聞いてほっと胸を撫で下ろす二人に、進は話を続けた。

 「手術の必要な怪我人がいて、そちらに付き添って先に下艦したんです。今、連邦中央病院へ向かっています」

 「ああ、そうだったのか……」 「よかったわ……」

 二人の顔が一気に安堵の表情に変わり、改めて嬉しそうに進の顔を見なおした。

 「すみません、事前に連絡できなくて……」

 「いいのよ、そんなことは。二人が無事で私たちに顔を見せてくれればそれで……」

 美里が手で顔を覆い、こぼれそうな涙をそっと抑えた。晃司も満足げに頷いたが、進の顔色が優れないことにも気付いていた。

 「……古代君。ヤマトのことは……本当に残念に思っているよ。我々一般市民にとってもヤマトは心のよりどころだったからな。それに沖田艦長が生きておられて、今回ヤマトと運命をともにされたこともTVのニュースで聞いたよ。君にとってはどんなにつらいことかと思うと……」

 「…………」

 進はうつむいて小さく頷く以上のことができなかった。未来の義理の父の温かい言葉に胸が熱くなる。言葉を出すとまた涙が止めど無く流れそうだった。

 「まあ、今すぐ忘れろって言った方が無理だと思うが……まずはゆっくり体を休めなさい」

 晃司が進の肩をぽんと叩いた。進もやっと顔を上げて、切れ切れに礼を言った。

 「……ありがとう……ございます」

 二人のやり取りを聞いていた美里も、目頭を手で押さえわざと明るい声で言った。

 「さあ、雪を迎えに行って帰りましょう。雪も患者さんを送り届ければ帰れるんでしょう?」

 「いえ……それは…… あの、怪我人っていうのが、お義父さん達もご存知だと思いますが、僕の親友の島大介なんです」

 「えっ!? 島さん!」

 森夫妻も島とは何度かあって話したことがある。爽やかな好青年の印象が彼らの脳裏に浮かんだ。

 「それは心配だな。で、様子はどうなんだね」

 「なんとか助かって欲しいと思っています。いえ、きっと助かると信じて……
 ですから、手術が終わって無事が確認できるまでは病院で待っていたいと思ってるんです。多分雪もそのつもりだと…… もしかしたら、手術にも立ち会っているかもしれません」

 「……そうか、わかった。美里、それなら我々は一旦帰ることにしよう。もし何かあったら連絡してくれ。我々にできることならなんでもするから」

 「ありがとうございます。雪の手が空いたらすぐに連絡するように伝えますから」

 進の言葉に、森夫妻はこくりと頷いた。

 「わかったよ。とにかく雪の無事な顔だけ見たいと伝えてくれ」

 「はい」

 帰ろうと促す晃司に頷いた美里は、最後に真剣な眼差しを進に向けた。
 それは、思わず一歩退きそうになるほどの威圧感のある眼差しで、進に何かを迫る時の雪の顔を髣髴させる。こんな姿を見ると、進は二人は本当に母娘なんだな、とつくづく思ってしまう。
 そして、こういう顔をしたときの美里には――もちろん雪もだが――絶対に勝てない。

 「古代さん、気を落とさないでね。あなたたち二人はちゃんと無事に生きて、この地球に戻ってきたのよ! それを忘れないで。ヤマトがなくなったからといってヤケを起こしたりしないでね!いいわね!」

 「わかっています。それは大丈夫だって、お約束します!」

 即座にそう答える進の回答に、美里は安心したのか、あっという間に表情を崩して嬉しそうに微笑んだ。

 「そう、それならいいわ。じゃあ、連絡待ってるわ」

 「はい、じゃあ、失礼します」

 進は頭を下げると、二人とは別方向に歩き出した。島のいる連邦中央病院へ向かって。

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(背景:トリスの市場)