Departure〜彼らのスタートライン〜
2.俺とヤマトと彼女と人生
Chapter 2
(1)
雪の両親の温かい言葉に感謝しながらも、連邦中央病院に向かう進の心は重かった。体自体も疲労でふらつきそうなのだが、それよりも心がどこかに寄りかかりたくてたまらないのに、その頼れる先がどこにもない、そんな空虚な気持ちでいっぱいになる。
(このとてつもない喪失感はなんだ? いつになったらなくなるんだろう? どうしたら……? ああ、わからない。
いや、今は他の事は考えまい。島の無事だけを祈るんだ、進! そのために病院に行くんだろう。雪だってあいつを助けるために頑張ってるんだ。
そうだ……俺のことは、それからでもいいんだから……)
島のことを、自分以外の人間のことを心配することだけが、今の進にとっては、その空虚感を忘れさせる唯一のことのような気がしていた。
進は、ただ島のいる病院に向かって、足を動かし続けることだけを考えて歩いていた。
(2)
進が到着した時、連邦中央病院のエントランスは薄暗く閑散としていた。カウンターの向こうにも人影は見えなかった。地下へ避難した人々はまだ戻ってきていないのだろう。
それでも脇にある警備員への非常用連絡モニターのランプがついているのを確認して、そのモニタの前にあるコールボタンを押した。すると、画面に警備員姿のひとりの男性が現われた。
「こちら警備員室。何かご用ですか? まだこちらの病院の機能は復活していませんので、急患は地下の連邦中央病院へ行って下さい」
事務的な答えが帰ってきた。進は慌てて要件を告げた。
「いえ、あの…… 今、こちらでヤマト副長の島大介が手術中だと思うのですが……」
その言葉を聞いて、相手は怪訝な顔で進の顔をじっと見た。モニタの端から僅かに見えている首から下の制服から、警備員は、やってきた人間が防衛軍の人間だとわかったようだった。
「防衛軍の方ですね? 所属と氏名をお願いします」
「地球防衛軍第3艦隊所属、宇宙戦艦……ヤマト戦闘班長、古代進です」
ヤマトと言う言葉を出す時に一瞬躊躇したものの、進はなんとかそう告げて、自分のIDカードを挿入口に挿し入れた。そこで読み取られたデータがモニタの向こうにいる警備員に送られるようになっている。
すぐに本人確認ができたと見え、警備員は緊張した様子で、だが安心したように微笑んだ。そして改めて姿勢を正して敬礼した。
今地球があるのは、ヤマトとその乗組員達のおかげだということを、この警備員もよくわかっているのだ。
「古代戦闘班長……確認しました。今回の任務、大変お疲れ様でした。地球を救ってくださってありがとうございます! ヤマトのことはとても残念ですが、私は決して忘れません!!」
「あ、いや……ありがとう」
進も敬礼を返しながら、僅かに微笑んだ。だがその笑みは本当の笑顔ではない。
ヤマトが帰還するたびに、いつも大勢の市民から尊敬と信愛の眼差しを浴びる。いつもその眼差しがこそばゆくもあり、戦いで死んでいった戦友達への切ない思いに駆られるのだが、今回は特にその思いを強く感じる。嬉しさはまったく感じられずに、ただ胸が痛むばかりだった。
だが、相手にそれがわかるわけもない。進は気を取り直して、用件を相手に伝えた。
「それで島の手術しているところへ行きたいのですが……」
「了解しました。島副長の手術は、第1手術室で執刀中です。エレベータで3階に上がってすぐです。
現在当施設には、要員はほとんど戻ってきておりませんのでご案内できませんが、3階に案内板がありますので、そこで確認してください。先ほどご家族の方が3名来られましたので、いらっしゃると思います」
「わかりました」
進は軽く頭を下げると、モニターを切ってエレベータに向かって歩き始めた。
(3)
進はエレベータを3階で降りると、すぐそばにあった案内板を見た。2ブロック先を右折したところが第1手術室のようだ。ぐるりと周りを見渡してみたが、その階もまだ非常灯だけがついているだけで、閑散としていた。
進は、手術室の方向を確認して歩き始めた。そして、2ブロック目の角を曲がったところで、前方で座っている人の姿が目に入った。
(島のご両親か……?)
進は足早にその場所へ急いだ。すると、進の足音が耳に入ったのだろう。3人の人影が一声に進の方を向いた。
やはり、島の両親と弟の次郎だった。進が彼らまであと10mほどの距離まで来た時、3人は立ち上がった。進も島の両親も、相手が誰かを同時に認識して、どちらからともなく頭を下げた。
すると、次郎が手を上げて「進兄ちゃん!!」と呼びながら駆け寄ってきた。
「次郎君!」
進が笑顔を次郎に向けると、次郎も嬉しそうに笑った。
「お兄ちゃんも無事だったんだね! よかった!!」
「ああ、ありがとう……」
進は次郎の頭をぐりぐりとなぜてから、次郎と並んで島の両親のところまでやってきた。そして二人に向かって深々と頭を下げた。
「申し訳ありませんでした。僕がついていながら、島をこんな目にあわせてしまって……」
島の両親は、頭を下げたままの進に驚いたように、一瞬沈黙したが、すぐに父親の方が進の肩にそっと手を置いた。
「古代君、君が無事で何よりだ。大介のことは、君が謝ることじゃない」
「…………」
進が顔を上げると、二人は寂しげではあるがとても柔和な笑顔で頷いた。それから島の両親に促され、進も彼らと一緒にベンチに座った。座るとすぐに進が尋ねた。
「それで島の手術の経過は?」
「うん、今のところ詳しいことは……わからないんだよ。
アクエリアスの進路が変わった後に、地球防衛軍の司令本部から連絡が入ってね。大介の怪我のことと緊急手術をすることだけ伝えられたんだ。それで私達は地下都市からすぐにここに来たんだが……
着いた時にはもう手術は始まっていてね。手術は6時からと聞いたから、もう1時間ほど経っているはずなんだがね。
病院にはまだほとんど誰ももどってきてないようで、エントランスでも警備員にモニターが繋がっただけで、後は誰にも会ってないんだよ」
「そうですか……」
進の口からそれ以上の言葉は続かなかった。進は顔を上げて光っている手術中のランプを見た。
進の隣に座った次郎も、うつむき加減に足をぶらぶらさせながら、黙ったままじっと足元を見つめていた。
(4)
しばらくして、島の父親がポツリと呟いた。
「激しい戦いだったようだね」
「はい……」
進は戦いのことを思い出して、胸がずきりと痛んだ。
「沖田艦長とヤマトのことは、我々も本当に惜しいことをしたと思っているよ」
「ありがとう……ございます」
胸が苦しい。彼の心遣いに感謝しつつも、なんと答えていいのか進はわからなかった。何か口にすることでそれが言い訳になってしまいそうだった。またそうでなければ、心の中に詰まっている思いが息せき切って飛び出してきそうなのだ。
するとその時、島の母親が何か気が付いたように、夫の体の向こうから進を覗き込むようにして言った。
「そう言えば雪さんは? 無事なんでしょう?」
「はい。ヤマト艦医の佐渡先生と一緒に島に同行しました。ここにいないとすると、多分手術室に一緒に入っているんじゃないかと思うんです」
「そう…… よかったわ。雪さんも無事で」 「うん!」
島の両親が、心から嬉しそうに微笑んだ。
「はい。ありがとうございます」
進も微笑みを返した。我が息子が生死の境をさ迷っている時でも、その親友である進や雪の無事を、心から喜んでくれる彼らの笑顔はありがいと思った。
そして、この両親のもとに、島を必ず戻してやりたいと心から強く願っていた。
(5)
それからまたしばらく無言で座っていたが、父親がさっきと同じような呟くような声で進に尋ねた。
「あいつの怪我は、相当ひどかったんだろうか?」
「あ、それは……」
一瞬進は答えに窮してしまった。確かにひどかった。一時は呼吸も止まり、もう助からないかもしれないとも思った。しかし、それをそのまま口にするのは、さすがに控えられた。
だが父親は、進の様子から察したらしかった。
「やはり君が見ていてもそうだったんだな…… 司令本部から連絡があった時に、助かるかどうかは手術してみないとわからないから、覚悟をしておくようにと言われたんだが……」
父親の向こうで、ううっ、と押し殺したような泣き声を上げて顔を被う母親の姿が見えた。
「…………そんなこと……島は絶対に……大丈夫です!」
進が今言えるのは、そんな言葉しかなかった。うつむいたままの進の眉がぐっと狭まり、ぎゅっと握ったままのこぶしに力が入る。沖田を失い、ヤマトを失い、進はもうこれ以上誰も失いたくない。
両親が息子を思う心に及ばないまでも、進にとっても島の存在は大きなものなのだ。
後年になって、進は、島がここで死んでしまっていたとしたら、自分が立ち直るのはもっと時間がかかっていたに違いないと、しみじみと思うことになるのだった。
「そうだな…… 信じなければ…… きっと大丈夫だってな」
父親もやっと心を決めたように大きく頷いた。すると、それまで黙って二人の会話を聞いていた次郎が、すくっと立ち上がた。そして仁王立ちのような格好で、進たちに向かって叫んだ。
「そうだよ! 大介兄ちゃんは絶対に元気になるんだ! そしてまた僕とサッカーをするんだよ! 兄ちゃんそう約束したもん! ヤマトが出る前に、帰ってきたらまたしようって指きりげんまんしたんだから!」
その力強い言葉に、大人達3人はとても励まされる思いだった。
「はは、そうだな。次郎が正しいなっ!」
父親が嬉しそうに次郎の頭をなぜた。そんな親子の姿を見て、進は心の中で島に話しかけた。
(島…… 次郎君は大きくなったなぁ。そんな姿、お前もう一回ちゃんと見てやらないとだめなんだぞ!)
(6)
それから随分時間が過ぎたが、手術中のランプは消えなかった。手術が始まってから、もう3時間を過ぎるはずだった。
「遅いわね。まだなのかしら?」
「そうだな。もうここに来てから3時間になるな」
大介の父も心配そうに手術中のランプを見上げた。この時代の手術は機械化が進んだこともあり、手術時間は非常に短くなっていた。どんな大手術でも、3時間を過ぎることはほとんどなかった。
と突然、何を思ったのか、次郎がドアに駆寄って大きな声で叫んだ。
「大介兄ちゃん! 頑張れっ!! 大介兄ちゃん!! いかないでよっ! 僕ひとり置いて遠くへ行っちゃったらやだよ!!」
次郎の心の琴線に何か触れるものがあったのだろうか。必死に叫んでいる。その声につられるように、進たちも立ち上がった。
(大介、頑張れ!)(大介、頑張って!!)(島っ!! 絶対に帰ってくるんだぞ!)
次郎の叫びを耳にしながら、大人達も心の中で大きく叫んだ。しかし、手術中のランプは一向に消えることはなかった。
しかし、しばらくして、次郎は少し安心したような笑顔を見せた。
「兄ちゃんの声、聞こえた……」
「え?」
「次郎っ、て呼んでくれた……気がしたんだ」
「そうか……きっと大介が答えてくれたんだな。あいつはきっと頑張ってくれる」
頷きながらそう答える父の言葉に、次郎は真剣な眼差しで大きく首を縦に振った。4人の心に、島の生還を信じる気持ちが一層強くなっていった。
そして、それから2時間以上たって、とうとう手術中を示すランプが消えた。
「あっ……」
ランプが消えるのと同時に、4人が立ち上がった。
(7)
そして、ほどなく島を乗せたストレッチャーが、二人の看護婦―綾乃と絵梨―に押されて手術室から出てきた。看護婦達が安堵したような笑顔を見せている。島の手術は無事に成功したようだった。
進は綾乃から雪が一緒に手伝っていたことと、まもなく出てくるところだと聞き、また別の意味でもほっと安心した。
島は二人の看護婦に付き添われて別の階の病室に向かい、島の家族達は、その後手術室から出てきた医師の間宮希から詳しい説明を聞くべく別室に案内されていった。
進は一人その場に残って、雪達が出てくるのを待っていた。そして、それからまもなく、佐渡と雪が一緒に廊下に出てきた。
「雪! 佐渡先生!!」
雪の目が進を捉えて微笑んだ。すると、進は一瞬心がふわりと軽くなるような気がした。
「古代君!」「おお、古代。来ておったのか」
雪も同じ気持ちだった。進がここに後で来るとわかっていても、こうやってやって来て、目の前にいてくれることが、無条件に嬉しかった。
雪は、思わず彼の胸に飛び込みそうになる自分を、隣に佐渡がいることでなんとか抑えた。
「先生、大丈夫ですか? お疲れでしょう?」
「はは、なんのこれしき……と言いたいところじゃが、さすがに堪えたのう。いろいろあった後だからな……」
佐渡がしんみりと呟いた。彼にとっても、ヤマトとそして長年の付き合いの沖田を失ったことは、耐えがたい苦悩だ。
しかし、進と雪が同じように視線を落としたのを見て、慌てて言葉を付け足した。
「あっ、いや。それよりお前は雪のこと心配してやらんか!」
「は、はい…… 雪?」
佐渡の叱咤の声に、慌てて進は雪の方を見た。彼女の顔にも疲れの色ははっきりと見えていた。ヤマトでの激務の後すぐに手術に立ち会ったのだから、当然であろう。
だが、そんな心配そうな進に向かって、雪はにっこりと笑った。
「ふふ…… 私は大丈夫よ」
「けど、顔色はあまり良くないぞ」
気遣わしげに自分を見つめる進が、雪にはとても愛しかった。
(もう、人の心配する前に、自分の心配しなさいって! あなただって……とってもひどい顔してるわよ)
「それを言うならあなたも、よ。鏡見た?」
「いや……」
進は慌てて顔を逸らして手で頬を覆った。彼女の視線が、よりどころを失ってよろよろしている自分の心を見透かしているようで、落ち着かない気分になって、慌てて話題を変えた。
「で、島の手術成功だって聞いたけど、もうこれで安心なんだな?」
「そうね……」
雪の返事の歯切れは悪かった。そのまま視線を佐渡の方へやる。と、それに促されるように、佐渡が答えた。
「まだはっきりと大丈夫とは言えんがのう…… 一晩様子を見て、臓器の機能に異常がなければってところかのう。とりあえずは意識を取り戻してくれれば一安心なんじゃが」
「そう……なんですか」
進の心に一抹の不安がよぎる。しかしそれを断ち切るように、佐渡が声のトーンを上げた。
「じゃが、間宮君が素晴らしい腕を発揮してくれたんだ。最高の手術をしてくれたんじゃ。助からんでどうする!」
雪がそれに同調して大きく頷いた。
「そうですよね。それに……家族の方も、綾乃もついてるんだから、絶対に大丈夫よ」
「ああ……」
「とりあえず、下に行って様子を聞いてみましょう」
(8)
3人は、島の病室のある第1外科病棟ヘ行くために、エレベータに向かって歩きだした。佐渡が少し先に立って歩き、その後ろから進と雪が並んで歩いた。
雪が進の様子をそっと横目で見ると、進は眉をしかめたままうつむき加減に歩いている。さっきも感じたが、顔色も良くない。目の下にもうっすらとクマが見える。体の疲れもあるだろうが、それよりも精神的な打撃が計り知れないものがあるはずだと思う。
「古代君…… 本当に大丈夫?」
進がはっとして顔を上げて、雪の気遣わしげな顔に目をやった。
「ん、ああ、なんでもないよ」
そう答えてから、もう一度雪の顔を見た。彼女にこれ以上心配させるのは良くないと思う。だが、自分自身まだ強がって見せる余裕すらない。
(雪に心配かけさせたくない……が、この気持ちはどうにもならないんだ。どうしたらいいんだろう……?)
その時、さっき会った森夫妻のことを思い出した。彼らの伝言を彼女に伝えなければならない。
「あっ、そうだ! ドックに、お義父さんとお義母さんが来てくれていたよ。君の無事とここに来ることは伝えておいたから、後で一度電話入れてやれよ。心配してたぞ」
「あ……ええ、そうね。ありがとう、古代君」
両親のことを伝えられると、雪は思わず顔をほころばせた。いつも大切に思っている二人だ。
(パパとママの顔を見たら、気持ちが落ち着くかな?)
そんな風に思っていると、まるで雪の気持ちを見透かしたように、進が言った。
「俺も……二人の顔を見たら、ちょっと安心したよ」
その言葉に嘘はない。今の思いの全てを振り払うには程遠いものではあったが、彼らの出迎えは進の心を和ませた。何よりも自分の無事を喜んでくれる家族がいるんだと、進をそんな気持ちにさせた。
「え?……そ〜お? それならよかったわ」
雪が微笑む。彼が自分と同じ気持ちでいてくれたことが嬉しい。
「ああ…… この二人を悲しませなくてよかったって思ったよ」
進の柔らかな笑顔が雪を包む。雪は嬉しかった。涙が浮かんできそうなくらいに……嬉しかった。
進がこの度生きて帰ってきたことを、自分から「よかった」と言ったのは、これが初めてだった。少しでも、前向きに考えてくれているのなら……と、雪は嬉しく思うのだった。
「古代君……」
「うん?」
二人の間に、ほんの少し清々しい空気が流れた。
(9)
3人が第1外科のナースステーション前に着くと、ICUから看護婦の一人絵梨が出てきたところだった。
「絵梨!」
雪が声をかけると、絵梨も同様にお疲れ様と答え、島の容態が安定していることを告げた。
「綾乃も今でてくるわ。でも相当疲れてるみたい。雪からも無理しないように言ってあげてね」
絵梨はそう言うとナーステーションに入っていった。それと入れ違いのように、綾乃が部屋から出てきて、雪たちを見つけて嬉しそうに小走りに近づいてきた。佐渡が笑顔でねぎらいの言葉をかけた。
「佐伯君。お疲れ様じゃったな。島は今のところ変わりないようじゃな?」
「はい、佐渡先生こそお疲れ様でした。今のところ、島さんの状態は変わりありません」
その答えに安心したように佐渡がふうっと息を吐いた。
「そうか。じゃあ、間宮君に声かけて、わしは一旦帰るとするかな。やっぱり年じゃな、いろいろと疲れが出てきたようじゃよ」
「はい、もしお疲れなら仮眠室も使えますので、そちらで少し休んでからお帰りになってください」
「うん、古代、雪。悪いがちょっと失礼するぞ」
「はい……」
佐渡が軽く手を上げてナースステーションに入っていくと、綾乃は進と雪の方を見た。
「古代さんも雪も……ヤマトのことなんていっていいかわからないけど…… でも二人が無事で本当によかったわ」
言いにくそうにそう伝える綾乃の気持ちが二人にもよくわかった。その優しさに二人とも自然と感謝の言葉が出る。
「ありがとう、綾乃さん」 「綾乃、ありがとう」
綾乃はニコリと笑って頷くと、今度は少しすまなそうな顔で雪を見た。
「二人とも疲れてるんでしょう? 雪も本当にごめんね。あんな疲れた体で手術まで手伝ってもらっちゃって…… 私がしっかりしてなかったから……」
「何言ってるの。それはお互い様でしょう? この間は、私だって綾乃に助けられたじゃない! それに綾乃は本当によく頑張ってたわ。島君はきっと回復する!そうでしょ?」
うつむき加減になる綾乃を、雪が懸命に励ました。親友の励ましの言葉は心に強く響く。綾乃は顔を上げてゆっくりと頷いた。
「ええ…… 私もそう信じてる」
その表情に安心したように、雪は目を細めた。そして体力的にも精神的にも疲れた友の体を案じるように、そっとその肩に手を差し伸べた。
「綾乃も疲れたでしょう? 少し休んだ方がいいんじゃない?」
その問いに、綾乃はふるふると首を左右に振った。
「ううん、私……島さんが目を覚ますまではここにいようと思ってるの」
小さな声だったが、断固とした決意を感じられるその言葉に、進も雪も頷くしかなかった。
「そうか、でも綾乃さん、体は大丈夫なのかい? 君が倒れたらなんにもならないんだよ」
進が労わるように尋ねると、綾乃はふわっと表情を明るくしてニコリと笑った。
「ありがとう、古代さん。でもそっちの方は丈夫にできてるみたいです、うふふ。間宮先生にも許可貰えたし…… そばにいられない方が気になって具合悪くなりそうだし……」
その言葉に進と雪は苦笑した。その気持ちは、自分たちもよくわかるから。
そして今度は綾乃の方が二人を心配する番だった。
「それより古代さんこそ、大変な任務を終えてこられたんですもの。もう帰って休んでください。もちろん雪もよ!」
二人は顔を見合わせた。確かに心身ともに極限までに疲れ果てているのは事実だ。それに島のことは、もう病院のスタッフに任せるしかないこともよくわかっている。
雪がふうーっと大きく息をついた。
「そうね。綾乃がここに残っててくれるのなら、お願いしてもいいわね? でも島君に何か変化があったら、すぐに知らせて欲しいの」
隣の進も大きく頷いた。まずは島の無事を確認するまでは落ち着かないのは皆同じなのだ。
「もちろんよ! 必ず知らせるわ!」
「ありがとう、綾乃も無理しちゃだめよ」
「じゃあ綾乃さん、頼んだよ。雪、行こう」
綾乃の約束の言葉に送られて、二人は一旦家に戻ることにした。
進の言葉に頷くと、雪はもう一度綾乃に念を押してから、二人は出口に向かって歩き始めた。
歩きながら雪がさりげなく体を進のそばに寄せると、進は、ん?というような顔で横を見た。そして複雑な笑みを浮かべる雪の肩をそっと抱き寄せた。二人は、互いの存在だけが頼りのようにそっと寄り添って歩き続けた。
病院を出た雪は、両親に電話して無事の報告をした。携帯の小さな画面の向こうで変わらぬ笑顔を向けてくれる父と母の顔を見ると、雪は心がすっと軽くなっていくような気がした。
落ち着いたら一度こっちに来なさいという両親の言葉に頷きながら、雪は影でそっと安堵の涙を拭いた。
そんな雪を、進はとても優しい目で見つめていた。
(10)
二人が久しぶりに我が家に帰りついたのは、それから30分ほどしてからだった。
雪が持っていた鍵で部屋のロックをはずした。入ってすぐにある灯りのスイッチを入れると、すぐに部屋は明るくなった。
雪は懐かしいこの部屋を眺めながら、あの出発の日のことを思い出していた。あれから1週間も経っていないのが信じられないほど、遠い昔だったような気がした。
(あの時、古代君は一緒にいなかった…… でも、必ず二人でここに戻ってこよう、そう誓って出ていったんだわ。そして今、二人で戻って来れた。だけど……)
ヤマトを失い、沖田を亡くしたと言う事実が、二人には重くのしかかっている。
雪は部屋に入ると、後ろから入ってきた進を振り返った。進は雪に続いてゆっくりとリビングに入ると、そこで持っていたかばんをすとんと落として、ふうーと大きく息を吐いた。
「古代君……」
雪がそれだけ口にすると、進は口元を少しだけゆがめて、
「帰ってきたんだな……」と感慨深げにつぶやいた。
雪にとって悲痛な思いで部屋を後にしたあの日が最後だったが、進にとってはさらに以前に遡ることになる。
その朝は、雪との結婚を決め、今度こそ幸せになろうと思っていた矢先だった。そして航海を終えたら、雪の両親に会いに行く約束をした日でもあった。
(あの時、あんなに幸せな気持ちでこの部屋を出ていったというのに…… そして今、雪と二人でまたこの部屋に戻って来れたというのに…… どうして……)
どうしてこんなに心が重いのだろう。進はそう思った。
雪への愛、雪との永遠の誓い、雪との新しい人生への思い。それはどれも嘘ではないし、今も心のどこかで持ち続けているはずのものだ。
だが今の進には、それが心のどこにしまってあるのか、どうやって引っ張り出せるものなのかさえ、わからなかった。
「疲れたな……」
しばらく押し黙っていた進が、ぽつんと呟いた。そして、所在なげにフラフラと歩くと、リビングのソファにどさりと座り込んで目を閉じた。
(11)
そんな進の姿を、雪は立ったままでじっと見ていた。何て言っていいのかわからない。今ここでこの時に、彼を慰める言葉など存在しない。どんな慰めの言葉も今は役に立たないことを、雪は自分の身をもって知っている。それでも何か言わなければと懸命に言葉を探すのだが、結局適切な文言はでてこなかった。
すると、目を閉じていた進が目を開けて雪のほうを見た。
「雪もこっちにきて座れよ…… 君だって疲れてるだろう?」
「ん……そうね」
そう答えながら雪は時計を見た。針はもう夜中の0時を過ぎ、1時近くを指していた。
「もうこんな時間……」
既にヤマトの最期を見送った日が終わり、また新しい「明日」が巡ってきていたのだ。
時は止まることを知らない。誰がどんな状態の時にでも、時は平等に過ぎていく。だからこそ、人はまた新たな思いで生きていけるのかもしれない。
(生きていくんだわ、古代君と二人で……)
生きていくのだ……と決意にも似た思いで、愛しい人の顔を見たとき、雪はふっとその状況に似合わないことを思い出してしまった。
(そう言えば、今日ほとんど何も口にしてなかったわ……)
気が付いてみると、確かに空腹感はある。生きていくには必要なことだとは言え、やけに現実的な発想に、雪は自分で自分がおかしくなった。
それと同時に、生活班長魂か、はたまた主婦魂が騒ぐのか、同じ状況にある進にも何か食べさせねばという気持ちが湧き上がってきた。
(それにお腹が膨れたら、少しは気持ちが前向きになれるかも……)
「ねぇ古代君、お腹空いてない? 今日は、ほとんど何も食べてないでしょう? レトルトものならあると思うわ。少し作りましょうか?」
「えっ?……」
進がびっくりしたように顔を上げた。しかし悲しそうに首を左右に振った。
「いや……俺はいいよ。別に腹は空いてな……」
が、進がそこまで言った時、彼のお腹の方が正直な反応を示したのだ。確かに進の腹部から聞こえてきたグーという小さな音に、雪はくすりと笑った。
「体のほうが正直みたいね」
「ふうっ……みたいだな。まったく…… どんな状況にいたって人間ってのは、腹が減るらしい」
進は両手をソファーの背もたれの上に乗せると、天を仰ぐように顔を天井に向けた。それから雪の方に向き直り、参ったと言う顔で苦笑した。
彼の人間らしい反応が、雪にはことの他嬉しかった。
「生きてる……証拠かしら?」
「ああ、そうだな……」
雪の少し冗談めかした言葉に、進の瞳が緩んだ。心から笑えないのだろうが、そんな彼が少しでも和やかな顔をしたような気がする。
「じゃあ、夜中だからあっさりしたものを少しだけ……ね。すぐに仕度するから、古代君はその間にシャワーでも浴びたら?」
雪はちょっぴり軽くなった気持ちで進にそう提案すると、彼は素直にそれに従った。
「あ、ああ……そうするか……」
シャワーに向かいながら、進も自分の反応振りに複雑な思いを巡らせていた。心の中はひどく沈みきっているのに、体は力強く生きることを欲していることを痛感する。
(俺は……生きている。これからも生きていくんだ…… 少なくとも俺の体は、そう言っている。だが、これからどうやって何をしたらいい? 生きる……っていうのは、何をすることなんだろう……)
熱めに設定したシャワーが、進の頭の上に激しい雨のように降り注ぎ続けていた。
(12)
進がシャワールームから出てくると、雪は部屋に残っていた保存食で軽食を用意してくれていた。
「さあ、食べてちょうだい。こんな時間だから消化の良さそうなものを選んだから……」
進は黙って頷いて、テーブルについて目の前の食事を口に入れた。大して食べたくもないと思っていたのに、口から胃へと食べ物がするすると入っていく。それによって自分がいかに空腹だったかを実感させられた。
「なんだか、すんなり食べられちゃったわね。やっぱりお腹空いてたのね……」
雪も同じことを考えていたらしく、そうつぶやきながら恥ずかしそうに微笑んだ。
「うん……」
雪の笑顔につられるように、進の顔も緩む。
清潔なシャワー、二人で取る食事、愛する彼女の笑顔…… それらはすべて進の心を優しく癒そうとしてくれていた。
(ありがたいな……けど)
目の前にいる愛しい人の姿に、感謝の気持ちで目を細めながら、その反面で胸につかえた何かが進の心を押さえつけていた。
(13)
食事を終えると、雪は進に先に休んでてと告げてから、シャワーを浴びるために風呂場に向かった。
言われるがまま先にベッドに入った進は、当然のようにすぐには眠りにつけなかった。眠れぬまま横たわって天井を見つめながら、シャワールームで考えていたことを、再び思い起こしていた。
疲れと悲しみとそして心配。それらの感情が入り混じって、進の心の中で蠢(うごめ)いている。思考が四方八方に散らばって、何からどう考えていいのかが、よくわからなかった。
(まとまらない…… 俺は一体、何を考えればいいんだろう)
天井の幾何学模様をじっと見つめながら、進は考えていた。そしてやはりまず行きついたのが、今生死の境目で戦い続けている友のことだった。
(そうだ、まずは島のことだ。あいつはきっとよくなる。きっと目を覚ますに違いないんだ。そう信じなくてどうする!
そして、あいつが目覚めたら……まず伝えなければならないことがある。ヤマトのことを、そして沖田さんのことを…… それは他の誰でもない、俺が伝えなければならない…… あいつには俺が……
これが終わらなかったら、俺は俺のこともなにも進められないんだ…… そしてその後は……)
進の思考は、再び袋小路に陥っていった。
(14)
その時ドアが開く音がして、雪が寝室に入ってきた。進はそれを見ると、ベッドの掛け布団をずらして、入る場所を空けてやった。
「ありがと、古代君」
雪は進に微笑むと静かにベッドに入った。そして仰向けになったままの進の胸元に、遠慮がちにそっと体を摺り寄せた。
進の体に、雪の温かなぬくもりが伝わってくる。さらにシャンプーか石鹸の匂いだろうか、雪の体から発するかぐわしく甘い香りが、進の鼻腔をくすぐった。
進の胸が、痛いほど締め付けられた。と同時に、雪に対する深い愛情と劣情が湧き上がってくるのがわかった。
(ばかな……今はそんな気分じゃないだろう)
進は自分で自分にそう叱咤しながら、隣に横たわる雪の顔を見た。
「古代君……」
雪が呟く。その声は進の耳から脳天へと優しく転がる鈴のように響いていった。
「雪……」
進は体を横にして、もう一度雪の顔を正面から見た。
彼女をこの前抱いてから、どれくらいになるだろうか…… そんなに遠い昔であるはずはない。
進は、あのシャルバートから帰ってきた日の情熱を思い出した。地球に戻ってきた安堵感と若い同志を失った悲しみを、すべて雪にぶつけたあの時……雪へ深い愛情を感じた。
その思いが進の中で甦り、さらに膨れ上がっていく。自分を常に支えてくれるこの華奢な体の女性が、どれほど自分にとって大切なものなのかが、心の中に甦ってくるようだ。
それを伝えたくて、進は雪の体をぎゅっと強く抱きしめた。雪が苦しくて息ができないほど……強く……
雪を抱きたい…… 彼女の全てを愛して、満たして、そして自分も満たされたい。
進は素直な気持ちでそう思った。だがその一方で、今は行動すべきではないと、必死で自分の欲求を抑え込んでいた。
(15)
雪はなんの抵抗もせずじっとしていた。進に力任せに抱きしめられて苦しかったが、だがそれは彼女にとっては、幸せな苦しみだった。
求めて、追いかけて、そしてまた求める…… 地球のために、戦いの中を突っ走り続ける恋人を、雪はいつも追いかけていた。
彼は絶対に振り返らない。まっしぐらに走り続ける。だから、見失うわけにはいかない。見失ってしまったら、もう二度と会えなくなるから…… だから、いつも必死に追いかけていた。
それが雪にとってのヤマトであり、宇宙戦士としての任務でもあった。ヤマトは進であり、進はヤマトだった。
その彼が突然立ち止まったのだ。それも彼の意志ではなく、否応無しに立ち止まらざるを得なくなる状況に陥って……
だから彼は戸惑っていた。ひどく戸惑っている。
雪にはそんな彼の戸惑いが、とても心に痛かった。ヤマトを失っても、進を取り戻せた雪にとっては、彼と同じほどの戸惑いを感じることができない。そのもどかしさも痛かった。
彼に抱きしめられた痛みは、その心の痛みに比べれば、全く何ともない痛みだ。否、痛みではなく、逆に喜びに近いものだったかもしれない。
彼にも私がいることの喜びを感じてもらいたい…… ヤマトを失った進にも、まだ自分がいることを感じてもらいたかった。だから……
雪は、力強い腕の中でその思いを伝えたくて、苦しいほどの呼吸の中で、小さく甘く囁いた。
「抱いて……」
その思いが、その言葉になった。それが彼の耳にも伝わる。
「え……?」
抱きしめていた進の手が緩んだ。まるで自分の心を見透かされたようなその言葉に驚いたのだが、雪がそれを知るはずもなかった。
「あ…… ご、ごめんなさい…… 古代君疲れてるのに、あはっ、おやすみなさいっ!」
雪は緩められた進の腕からするりと抜けると、背を向けて布団の中に丸くなった。
こんな時に、こんな状況であんなことをいうなんて…… 雪は自分の言葉が恥ずかしかった。
が、その時、後ろからふわりと温かいものに包まれた。
「雪……」
彼女も自分を求めてくれている。そう思った進はもう我慢ができなかった。疲れた体も、ヤマトを敬愛する人を失った悲しみも、その全てをこの瞬間だけは忘れていたのかもしれない。
ただ、ただ、隣にいる愛しい人と一つになりたかった。
進は、後ろからうなじをそっとなぞるように唇がたどって、耳元でそう呟いた。雪の体がびくりと硬直した。
体が求めている。彼にもっともっと強く抱きしめられたくて、もっともっと激しく求められたくて……
けれど、それを言葉にも行動にもすることができなくて、ひたすら固くなっていた。
「君こそ……疲れていないのか?」
後ろからの熱に火照り始めた体をまだ固くしたまま、雪は小さく首を左右に振った。
本来ならば、ここでもう少し会話をすべきだと思うのだが、進にはもう言葉を発する余裕さえなかった。
それからの進の行動は、雪が驚くほどに性急だった。
おもむろに雪を自分のほうへ向けると、後は心と体の命ずるまま、欲っするものを求めることに専念した。
あっという間に雪の身にまとう衣をベッドの下に放り投げ、自分の着ていたものも、もどかしげに脱ぎ捨てた。
あとは夢中になって、彼女の体のあちこちに愛の印をつけていく。肌にすいつく唇の粘着音を、雪の唇から漏れる艶(なまめ)かしい声がおおいいかぶさるように消していった。
何を求めて彼女を抱くのか、何を求めて彼に抱かれるのか……
二人にも明確な答えはない。悲しみであり、怒りであり、そしてまた、「生」への祈りであったのかもしれない。
ただ、相手の肌を、肌のぬくもりを、自分の肌に直接感じていたかった。そして……一つに繋がっていたかった。
その瞬間、二人の脳裏には互いだけが存在していた……
(16)
激しく絡み合った二人は、その思いを遂げた後、まさに心身ともに疲れ果てた状態で、前後不覚のまま眠りについた。
熟睡とはこういうことをいうのかもしれない。眠れるはずがないと思っていた進ですら、夢一つ見ることもなくぐっすりと眠っていた。そして……
二人が目を覚ましたのは、早朝、ベッドサイドにある電話のベルが鳴った時だった。ベルが3度ほど鳴ってからやっと、進が初めてはっとして体を起こした。
「はい、古代です!」
進が起きた動きで雪もすぐに目を覚まし、電話で話す進の顔を凝視した。
「あ、綾乃さん! え、本当ですか? そうですか。わかりました。すぐに行きます!」
進の顔が一瞬緊張したが、すぐに安心したように緩んだのを雪は見逃さなかった。
「島君、気がついたの?」
「ああ、そうらしい。すぐに病院に行こう」
「ええ……」
二人は、すぐに仕度を済ませ部屋を出た。
病院に向かう車の中で、やっとひとごちついた進は、隣に座る雪を見た。島が目覚めが安心感か、二人の表情は少し明るい。
「体、なんともないかい?」
「えっ? ええ……大丈夫よ」
進の質問の意図がわかって、雪は頬をほんのりと赤らめた。進が苦笑する。
「昨日、無茶をしたかもしれない…… すまなかった」
「ううん…… そんなことないわ。私……嬉しかった」
「君に触れていたら、止まらなくなった…… 疲れてるっていうのに、どうしようもないな、俺は……」
幾分都合が悪そうな顔で、そんな言い訳をする進が、雪には愛おしい。
「うふふ…… それも、生きてるって証拠かしら?」
「まったくだな」
進はふっと小さな笑いを発すると、再び前方へ視線を戻した。
昨夜、雪を愛したことに後悔はない。あの時間の間、自分の中から全ての憂鬱が消えたのは事実だった。ただ愛する人の肌を求めるという原始的な欲求が働いていただけだった。
だが、それはほんの一瞬(ひととき)の出来事でしかない。夢が覚めれば、再び深い悔恨と亡失の思いが進の心を占拠し始めていた。
(夜のひとときを彼女にのめり込んで……それで俺は本当にこの囚われた思いから抜け出せるんだろうか……
それに……彼女はずっと俺のことを気遣い続けている。彼女だって辛いはずなのに、あんなに気丈に振舞って…… 俺は彼女に甘えすぎてるんじゃないだろうか……)
進はハンドルを握り、じっと前方を見つめながら、ひとつの決意をしていた。
(俺は、俺自身で、俺の力で新しい人生の道を見つけなければならないんだ。そうしなければ、俺は……前に進めない…… 俺一人で……しなければいけないんだ)
そんな彼の決意を知らない雪は、前を向いて運転する彼の姿を、朝の光にもあいまってまぶしそうに見つめていた。
(私は彼と、これからもずっと……生きていく…… ずっと……)
だが、雪のもとに進が帰ってくるのは、もう少し後、彼が一つの試練を乗り越えてからのことになる。
Chapter2 終了
(背景:Atelier Paprika)