Departure〜彼らのスタートライン〜

2.俺とヤマトと彼女と人生

Chapter 3

 (1)

 連邦中央病院で、意識を取り戻した島と再会した二人は、島との会話の内容を家族や綾乃たちに伝えると、再び病院を後にした。

 まだほとんど人の気配のない病院の廊下は薄暗く、進と雪の足音だけが響いている。雪と並んで歩きながら、進は今初めて、この戦いの戦後を意識した。
 島の生還を自分の目で確かめ、他の入院中のクルー達の経過を確認し終わって、進はやっと自分自身と向き合う気持ちになったのだ。

 激しくも辛い戦いは、今までも何度も経験してきた。その後の、簡単に言葉では現せない様々な思いも、紆余曲折を繰り返しながら乗り越えてきた。
 だがそれも、ヤマトという大きな拠り所があったからかもしれない。戦い終わっても、ヤマトはいつもただ静かに、しかし確実に存在していた。

 しかし今はもう、ヤマトはいない。そして、つかの間の再会を喜んだ父とも慕った人とも、再び別れを告げてしまった。

 (島…… 今ごろお前も泣いているんだろうな。お前はどう受け止めるんだ?この事実を……どうやって乗り越えていくんだ!?)

 もちろん、その問いを傷ついた彼にすることは出来ない。もししたとしても、進の望む答えが得られることはないだろう。答えは、それぞれに見つけなければならないのだから。

 駐車場に向かう通路を並んで、二人は黙々と歩いた。ひとことの会話もない。険しい顔で歩く進にかけるべき言葉を、雪は探しあぐねていた。

 進は先にエレベータに乗り、雪が乗ったのを確認すると、地下2階を示すボタンを押した。じっと階数表示のデジタル数字を見つめ、扉が開くと、また二人は無言のまま並んで歩き出した。

 (2)

 車に乗ってシートベルトをつけたところで、突然進が小さな声をあげた。

 「あっ……」

 「どうかしたの?」

 雪が驚いて進を見ると、進はポケットにしまっていた携帯を取り出していた。

 「他の奴らに島のこと知らせてないんだよな?」

 「あっ、そう言えば昨日は夜遅かったし……」

 「皆に怒鳴られるぞ。手術が終わったら知らせるって言ってたのに」

 「意識取り戻して話もしたあとだし、タイミングもちょうどいいわ。すぐに連絡しましょう」

 雪も頷いて、自分の携帯を取り出した。

 「ああ、俺は真田さんに連絡する。直接頼まれてたんだ。雪は相原にかけてくれないか。あとは相原がみんなに伝えてくれると思うから」

 「わかったわ。相原君ならすぐみんなに伝えてくれるわね。なんたってヤマトの通信班長ですものっ!」

 その言葉に、進がギクッとしたように雪の顔を見た。それからすぐに強張った顔をほぐして頷いた。

 「あっ、ああ……」

 「ご、ごめんなさい…… 私……」

 余計なことを言ってしまったと慌てて謝る雪に、進は優しく微笑んだ。

 「謝る事ないよ。別に禁句じゃないんだから」

 そして二人は目指す相手のダイヤルをプッシュした。

 (3)

 雪が相原に島の生還を告げると、彼は画面の向こうでおいおいと泣き出した。ひと泣きしたあとで、「全クルーに一斉通信で流しておきますから!」と答えた。
 それから晶子に会えたのかと尋ねる雪に、今度は満面の笑みを浮かべ、嬉しそうに「はい!」と答えた。彼にも支えてくれる人がいることを雪は嬉しく思う。
 そして相原は、最後に「古代さん、落ちこんでるでしょう? 雪さんよろしくお願いしますね」と一言付け加えるのも忘れなかった。

 (ありがとう、相原君。あなただっていろんな思いがあるでしょうに、島君のためにこんなに喜んでくれて、古代君のことを心配してくれて……)

 雪は改めて、ヤマトクルー達の温かい心とその繋がりに思いを馳せた。

 一方進の方は、真田に連絡を入れた。島の無事を知ると、画面の向こうの真田は、心の底から安心したように大きなため息をついた。そして、

 『ヤマトの事も伝えたのか?』

 「はい、僕が話ました」

 進が頷くと、真田も再び険しい顔になって目を閉じた。

 『そうか…… すまなかったな。また古代に辛い役目をさせてしまって』

 「それはいいんです。彼は僕の親友ですから…… 絶対に僕の口から言いたかったんです」

 『ああ、そうだったな…… とにかく古代、しばらくは余計な事忘れてゆっくり休めよ』

 真田の視線が再び優しくなる。守の親友として、ヤマトで初めて会って以来、進に本当の兄同様の慈しみを注いでくれている真田である。

 「……はい。真田さんも……」

 『ははは…… 俺は休日を返上することにしたよ。長官も了承済みだ。また艦隊も一から作りなおしだからな。いくらでも仕事はある。それに仕事に没頭している方がなんでも忘れられるってものだよ』

 「でも、真田さんっ!」

 『はは、そう心配するな。無理はしないから。だがお前は休めよ。第一、今はまだ乗る艦(ふね)もないぞ。人のこと心配するより、まず自分をどうにかしろ。鏡で自分の顔見てみろ! 言われてる意味がわかるはずだ』

 「はい……」

 どんな顔をしているのか、鏡など見なくてもよくわかっている。心だって鉛より重いのだから。電話を切った進は、そう思った。

 真田は、仕事に没頭することでこれからの道を切り開いていくのだろう。彼には彼なりの方法がある。そして進には進なりの方法を見つける必要があるのだ。

 進は、電話をポケットにしまうと、無言のまま車を発進させた。そんな進を、雪はただ静かに見つめていた。

 (4)

 「ちょっとあそこに寄ってもいいか?」

 地上に出るとすぐ、進は前を向いたまま、雪に了解を取った。

 「ええ」

 進の言うあそこ……とは、英雄の丘の事であることは、雪にはすぐにわかった。何かにつけてヤマトクルー達が心の拠り所にしたあの丘。そこにはずっと前から、沖田とクルー達の魂が集まっているのだ。

 東京メガロポリスを見下ろせる海辺の高台にあるその場所へは、車なら病院から十分ほどの距離だ。
 丘の麓の駐車スペースに車を止めると、二人はまた黙って歩き出した。半歩先を歩く進の背中を見るように、雪も歩みを進めて行く。

 まだ地球市民のほとんどは地下都市に避難している上に早朝ということもあってか、普段なら朝のジョギングや散歩のコースになっているこの丘も、今は二人の他に誰もいなった。
 階段を一歩一歩上っていくと、上方に少しずつ銅像の沖田の姿が見えてくる。ゆっくりゆっくりとその姿が大きくなり、広場に到達した時点で、二人の頭上にそれは大きくそびえ立っていた。
 像の足元には一つ二つ大きな花束が供えられている。ヤマトと沖田の最期を知った誰かが持ってきたのだろう。

 「艦長……」 「沖田艦長……」

 期せずして二人の口からその言葉が漏れた。

 雪はじっとその姿を見上げた。
 ほんの半日前まで、自分達に微笑みかけていた白い髭に隠れた優しい笑顔が、力強く二人を抱きしめてくれた腕が……全て現実のものとしてあったのだ。温かくて厚い胸に抱かれた記憶もまだ鮮やかに残っている。それなのに……

 雪の胸に喉に瞳に、熱い物がこみ上げてくる。それを飲み込むようにぐっと我慢して隣の進を見ると、彼はじっと恐い顔をしたまま沖田の像を見上げていた。その顔は、恐いほど静かな、悲しいほど固い表情だった。

 「こだ……」

 雪が声をかけようとしたその時、

 「帰ろうっ!」

 進は吐き捨てるようにそう言うと、勢いよくくるりと背を向けて、大股で歩き始めた。

 「古代君っ?!」

 雪がその後を慌てて追いかけた。しかし、それでも進は歩みを緩めようとはしない。どんどん一人で階段を降りていく。雪は小走りにそれについていくしかなかった。
 そして……進はそのまま車に乗り込んでしまった。雪が慌てて助手席に飛び乗ると同時に、進は雪の方を見ようともせず、黙したまま勢いよく車を発進させた。

 (古代君……?)

 隣から密かに彼の顔を覗き見る。しかし彼の表情は固いまま変わらない。進の思いがわかるようでわからない。雪は当惑していた。
 結局、進はただひたすら車を走らせ続け、まっすぐに二人のマンションに戻った。

 車を止めてからも進の様子は同じだった。どんな言葉も受け付けないほどの険しい顔のまま、車から出てスタスタと歩き出す。それは二人の部屋に帰りつくまで続いた。
 そして部屋に戻ると、そのままリビングのソファにどかりと座って頭を抱え込んでしまった。

 (5)

 自分のペースで歩き続けた進と違い、彼を追いかけてほとんど小走りしてきた雪は、少し息を荒げている。

 雪は、はぁはぁと何度か大きく息を吐き、最後に大きく深呼吸をしてから、進の隣にそっと腰掛けた。
 しかし座っただけで、それ以上の行動が出来なかった。なんと声をかけていいかわからない。突然帰ると言い出した進の真意も掴めない。自分の存在を伝えたくて、小さな声で呟いた。

 「古代……くん?」

 だが、それでも進はじっと頭を抱えたまま顔を上げなかった。雪はただ進の顔が上げられるのを待った。
 しばらくそのままの状態が続いて、やっと進はゆっくりと顔を上げた。

 「すまない……何て言っていいのかわからない……んだ」

 そして悲しそうに笑っだ。

 「自分でも……よく、わからないんだ。ただ……」

 ただ、沖田の姿を見上げただけで、足元がぐらつくほどに体と心が苛(さいな)まれたのだ。じっとあそこで制止していられないほどに…… 大声で泣き叫んでもまだ……それでも足りない思いがある。だから……言葉で表せない。
 進は、再びうつむいてしまった。

 (古代君、まだ自分の気持ちの整理がつかないのよね? そう、あなたは私なんかよりずっとずっと傷ついて悲しんでる……)

 「古代君……いいのよ」

 雪は膝の上でぎゅっと握られている進の手に、そっと自分の手を乗せた。
 進は、乗せられたその温かい手を見つめて、そして雪を見上げた。目の前にいる優しい瞳の人がとてつもなく愛しかった。すがりつきたくて、甘えたくて、抱きしめたかった。思いきり……強く強く狂おしいほどに。
 そして彼女に抱かれて夢の中に溺れてしまいたかった。そう、昨夜のように……そうすれば、ひとときだけは何もかも忘れていられるのだ。

 (雪……!!)

 だが、進は伸ばしそうになった手をぐっと抑え込んだ。

 (だめだ…… 島も今、病室で一人この苦しみに耐えているに違いない。真田も仕事に没頭することで立ち上がろうとしている。
 それなのに俺はどうしようっていうんだ! 雪にすがって慰めて貰おうっていうのか……!!
 ごめんよ、雪……君に慰めを求めてばかりじゃ、俺はだめなんだ! 君にすがるだけじゃ、答えが出ないんだよ……)

 (6)

 進の心の叫びを、雪がどれほど理解したかはわからない。ずっと自分を見つめるだけで何も言わない進の手を握り続けていたが、しばらくしてその手を離し、小さほっと息をついて立ち上がった。

 「私、横浜に行ってくるわ。古代君は昨日会ったけど、私まだ顔を見せてないでしょう? パパとママ心配してると思うの……」

 振り返って、進に寂しそうな笑みを向ける。

 「あっ、ああ……そうだな」

 進は我に帰ったように答えて頷いた。

 「晩までには帰るから…… だから……」

 一人でゆっくり自分の思いと向きあってみて……

 彼にはその時間が必要なのだと、雪は思った。今日の彼の姿に、どうしても自分が入り込めない世界を感じていた。
 本当は、ひとときも彼のそばを離れたくはなかった。雪にとっては、進のそばにいることで、全てが癒される気がする。

 (でも……あなたは違うのね? 全部自分で引き受けなくちゃだめなのね?)

 その思いを肯定するかのように、進は雪を止めなかった。

 「わかった。気を付けて行っておいで。僕からも、お父さんとお母さんによろしく伝えておいてくれるかい?」

 「ええ……」

 そばにいて欲しいとも、一緒に行こうとも言い出さなかった進に、どこかで僅かに失望しながらも、雪はこくりと頷いた。

 それから、進に背を向けてテーブルの上に置いてあった小さなバッグを手に取って数歩歩いたが、リビングの戸口のところで立ち止まった。伝えておきたいことがもう一つだけあったことを思い出したのだ。
 後ろを振り返ってみると、進はまだ雪を見ていた。

 「古代君?」

 「ん?」

 進が首を僅かに傾(かし)げた。雪の心をとろけさせるような優しい瞳だ。愛しさと恋しさで、雪の胸がきゅんとなる。駆け寄って抱きしめたいという気持ちを必死に抑えながら、伝える言葉だけを進に贈った。

 「私ね、これからのこと、古代君がどう決めてもいいと思ってるわ」

 「え?」

 突然の言葉に、進は怪訝そうな顔で彼女を見た。すると、少し考えるようにしてから、雪がその意図を伝えた。

 「防衛軍、やめてもいいのよ。ヤマトに乗る前の自分に戻って、大学へ行って、あなたの好きだった勉強始めることだってできるわ」

 雪が微笑んだ。進を慈しむ温かい微笑みだ。

 「雪……」

 「私はあなたが選んだ道についていくから……」

 うっすらと涙さえ浮かべているように見える潤んだ瞳は、進に優しく優しく語りかけてくる。
 進は目を細めて微笑んだ。

 「……ありがとう。雪、君も……だろ? 学生時代の夢、今からもう一度挑戦してもいいんだぞ」

 雪の瞳も大きく見開かれ驚きを示したが、それが再び笑みに変わった。

 「ん……わかった。私も考えてみる」

 互いを見る目は限りなく優しい。物理的な距離はあったが、二人の心は確かに抱(いだ)きあっていた。

 ガミラスの攻撃がなかったら、歩いていたはずの道。一度は諦めたはずの二人のそれぞれの夢。そのことを、彼は、彼女は……ちゃんと覚えていてくれた。そのことが……彼の彼女の沈みがちな心をふわりと温かくした。
 だが、その道を再び歩むかどうかを決められるのは、それぞれ自分自身だけなのだ。

 雪は、うつむき加減に目を閉じてから顔を上げ、もう一度にっこりと微笑んで、「じゃあ、行ってきます」と言うと、リビングから出ていった。

 (7)

 部屋を出た雪は地下の駐車場に向かいながらも、進の胸の内を思い心が痛んだ。彼の心を自分が癒し切れない事も歯がゆくて仕方がない。何かとても無力な存在になったような気持ちにさえなる。

 (こんな時の彼の心って……時々見えなくなる……)

 地下の自分用のエアカーの前に着いた雪は、ドアに手を触れたとき、その隣に止まっている進の愛車に目が行った。
 もう1年以上前になるが、珍しく進がこだわって高い買い物をしたクラシックタイプの車だ。それを手にした日の進の嬉しそうな顔がありありと目に浮かんでくる。
 大好きなおもちゃを手に入れたような無邪気で純粋な笑顔…… 古代進という男は、今でもそんな表情ができた。
 と同時に、何者も受け付けないほどの厳しい表情をする事もできる。そして今は、雪ですらも立ち入れないほどの深い悲しみの中に彼はいるのだ。

 (今、あなたのために私ができることは、本当に何もないの? 教えて、ねぇ、古代君……!)

 しかし、それに答えてくれる彼はここにはいない。再び沸き上がる進への思慕の情を胸にしまい込んでから、雪はエアカーに乗り込んだ。

 (8)

 両親はヤマトを出迎えたあと、すぐ地上の横浜の自宅に戻ると伝えてきていた。
 エアカーを走らせた雪は、まっすぐに横浜に向かう。まだほとんど動くものがない地上では、スムーズにエアカーを走らせる事ができ、雪はほどなく目的のマンションに到着した。
 そして、両親の住む部屋のドアベルを鳴らすと、待ち構えていた二人が、すぐに玄関に出迎えてくれた。 

 「雪っ!」 「雪っ!!」

 嬉しそうに歓声を上げながら、二人は雪を強く抱きしめた。

 「パパ……ママ…… 心配かけてごめんなさい」

 父と母の胸の中で温かいぬくもりを感じ、雪の瞳に涙が沸きあがってくる。
 いつ命を失ってもいい覚悟で戦いに赴いているはずなのに、こうやって両親に抱きしめられる度に、いつも無事に帰ってきたことを心から嬉しく思うのだ。

 「いいのよ、あなた達はきっと帰ってきてくれるって信じてたもの……」

 「ママ……」

 甘えたような声でそう呟いて、雪は母親を見上げた。そして「あなた」ではなく「あなた達」と言ってくれる美里のやさしい心に気付く。進はすでに彼女にとって息子同然の存在になっている。そして父の晃司も、進の姿がないことに気付いた。

 「古代君はどうした?」

 とたんに雪の顔がさっと曇った。そしてうつむき加減にぽつぽつと呟くように答えた。

 「彼……今日は少し一人にしてあげようと思って…… いろいろとあったから……」

 「ああ……そうか、そうだな。まあ、とにかく上がりなさい」

 晃司は雪の思いを、そして進の心境を察したのだろう。それ以上尋ねることなく、雪を中に促した。

 (9)

 家の中に入って3人が今のソファーに座ると、雪は両親に地球の様子を尋ねた。すると、晃司と美里が二人して交互にその様子を聞かせてくれた。

 それによると、地球の状況も相当に切迫していたらしい。宇宙へ逃げられないとなった市民たちの中にはパニックに陥った者も少なくなかったという。
 一部の政府要人たちが、限られた者達だけで密かに地球を脱出する計画を立てているという噂が広まって、暴動が起こりそうになった事もあったらしい。

 結局のところ、最後の最後でヤマトがアクエリアスの進路を変更させられると発表され、地球市民は一応の平静を取り戻した。だがそれでも最悪の事態を予測して、地下都市ではなく海上に船を出して待機する人々も大勢いたらしい。

 「本当に地球も大変だったのね。パパたちもさぞ心配だったでしょう?」

 気遣わしげに両親を見つめる雪を見て、晃司が笑った。

 「ははは…… そうだな。だが私達は信じていたよ。お前や古代君達がきっとやってくれるって、そう信じていたんだよ」

 そう言うと、晃司は娘の手をそっと包むように握った。それは、太くて温かくて……雪の大好きな手だった。

 「パパ……」

 「もちろん、生きて帰ってきてくれることが絶対の条件だがね」

 父は、見つめる娘に笑顔で釘をさした。二人にとって、地球の危機よりも我が身の危機よりも、それよりも何よりも心配な娘の命なのだ。
 その気持ちが雪にも強く伝わってきた。

 「本当にあなた達が無事に帰ってきてくれてよかったわ。それに島さんも命を取り止めたって聞いて、本当に喜んでいたのよ。
 でも…… 沖田艦長のことをニュースで聞いたときには涙が止まらなかったわ。私達のためにあの方は……」

 最後の言葉を詰まらせた母の言葉に、雪は黙って頷いた。

 「我々でもそうなんだから、雪や古代君の心中はどんなものかと思ったら、どう言っていいものやら……」

 「つらかったでしょうね、雪」

 両親の温かい言葉に、雪の瞳に一気に涙が湧き上がってきた。

 「ええ…… でも……」

 それから、雪は答える声も涙でつまり気味に、あの時の進の決断と事の次第を両親に話して聞かせた。

 ヤマトが満身創痍で最後の決断をしなければならなくなったこと、そして始め進がヤマトともにその身を投じようとしていた事、その時雪には地球に戻るようにと強く主張したこと、そしてその後艦長の沖田の決断に従う事になった事……

 涙で震える声での雪の説明が終わっても、すぐには二人に言葉はなかった。晃司は唇を噛み締めたまま、美里は涙を押さえきれずに夫の肩にすがりついていた。

 (10)

 しばらくして、ようやく晃司が顔を上げ、娘を慈しむように柔らかな笑顔を向けた。

 「そう……だったのか。辛かったな、雪も、それから……何よりも古代君が…… 今の彼の気持ちを考えると、胸がひどく締めつけられるようだよ。今、彼はひとり大きな虚脱感と葛藤の中にいるんだろうな」

 すると、突然雪の表情が大きく崩れた。

 「…………私じゃ……」

 ん?と首を傾げた父にすがりつくようにして、雪は叫んだ。

 「私じゃ、今の彼の支えになってあげられない! 私は彼がそばにいてくれるだけでよかった。そばにいたかったの。
 でも彼は違うの……彼は今一人になりたがってたわ! 誰も受け入れようとしていなかったの。だから……だから私、一人でここに……!!」

 「雪……」

 美里が娘の興奮を抑えるように、そっと後ろから抱きしめ、そして晃司は哀しげに微笑んだ。

 「……えらかったな、雪」

 だが、雪の興奮はまだ収まらなかった。頭を激しく左右に振った。

 えらくなんてない、全然えらくなんてないの! 雪の態度がそう叫んでいた。進に対してあれだけ冷静に対応していた雪が、両親の前でその本音を吐き出したのだ。
 雪の訴えがさらに続く。

 「でも……どうして……どうして私じゃだめなの!? 私が一緒ならだめなの!?パパ! ねぇ、どうしてなの!教えてっ!」

 「雪……」

 母は何も言ってやれず、気遣わしげに抱きしめるばかりだった。その代わりに晃司が答えた。

 「ふうっ……そうだな。簡単に言ってしまえば……男と女の違い……なのかもしれないな」

 「男と女の……違い? それじゃあ、私には理解できないっていうこと?」

 「まあ…… 私にはなんとなく彼の気持ちがわかるような気がするんだよ、たぶん……同じ男として……」

 「じゃあ、私にはわかってあげられないの……? 私には彼と一緒の思いを持てないの!?」

 「そうかも……しれないな」

 静かな声だが、それはすがる雪を突き放すほどの断固としたものがあった。それには、さすがの雪も、目を見張って絶句してしまった。

 今は自分では何もしてあげられない。だから少しひとりにしてあげよう。
 そう思って家を出てきた雪なのに、それを第三者から指摘されると、非常にショッキングに感じてしまう。

 やっぱり私には何も出来ない…… 脱力感で一杯になった雪は、答えを求めるように父を見た。

 「じゃあ……私はどうしたらいいの?」

 「普通にしてればいいんだよ、雪。彼は自分でちゃんとけりをつける道を見つけるだろうから。だから、お前は彼を信じて待っててやればいいんだよ」

 「…………」

 「彼を信じてあげなさい。彼もお前の存在は大切で嬉しく思っているはずだよ。だが、けりをつけるのは自分自身でしかない事も知っているだろう。だから待っていてあげなさい。
 そして、彼の心がお前のところに戻ってきた時、笑顔で迎えてやればいいんだよ」

 雪は黙ったまま静かに考えた。じっと見つめる4つの視線を感じながら、彼を信じてあげなさないという父の言葉が、雪の心の中に何度も反芻される。
 様々に思いをめぐらして、最後にそれが自分ができる最大で且つたった一つの事だと、雪は思い当たった。
 そして、雪は涙顔のままひっそりと微笑んだ。

 「わかったわ……パパ。ありがとう」

 父と母は、我が娘の姿にただ静かに頷いた。
 (11)

 一方、雪がいなくなった部屋に残った進は、一人ソファでうつむき加減に、じっと座っていた。雪の存在が消えてからも全く動かなかった。彼以外誰もいない部屋は、異様なほどシーンと静まりかえっている。

 と、進が肩をブルッと震わせた。なぜかひどく寒気を感じる。決して部屋の温度が急激に下がったわけではないはずなのに……
 進のうつろな心と体をなんとか温めてくれていた彼女がいなくなったからなのかもしれない。
 それでも彼はこの孤独の中にいることを欲していた。

 静寂の中、カチカチという部屋の時計の針の音だけが小さく響く。他に動くものはない。どれだけ時間が経っても進も微動たりしなかった。

 (ナニモ カンガエタク ナイ……)

 進の思考は真っ白になった。



 それから、どれくらい時が経っただろうか…… 進はずっと同じ姿勢を続けていたからか、体に奇妙な痛みを感じた。
 ふと顔を上げると、外がうっすらと赤くなっているのが見える。そう、もう夕焼けの時間になっていたのだ。

 進は立ち上がって窓にかかっていたレースのカーテンを開け外を見た。真っ赤な太陽が、まもなくビル群の隙間に沈もうとしている。

 (夕日……か)

 赤く燃える夕日を見ながら、進はあの日のことを思い出していた。
 俺は夕日が好きだ、なぜならまた明日必ず昇る朝日になるから――あの日、進は雪にそう切り出して、そしてプロポーズをした。
 あの時、進は心からそう思っていた。これからの人生を彼女とともに過ごしていくのだと、強く感じていたのだ。

 (あの時の俺に…… どこへ行けば会えるんだろう)

 生きる事に正直であろう、貪欲であろうと思ったあの日。世界中でたった一人の人である雪とともに、生きていこうと誓ったあの日。
 進は確かに生きることに意義を感じていた。

 (あの日の俺に会いたい……もう一度、あの時の自分を感じたいんだ)

 そう思ったが早いか、進は突然行動を始めた。ほぼ衝動的と言ってもいいかもしれない。

 進は振り返ると、窓を背にして奥の部屋を目指した。そこで野戦訓練用に準備してあったリュックサックを見つけて肩に背負うと、リビングに戻ってきて小さなメモ用紙に何か書き始めた。
 さらに小さな映像カプセルを制服のポケットから出してそのメモの隣に置いた。

 (雪、ごめん…… 俺は俺を捜しに行ってくるよ)

 そして、進は静かに我が家を後にして、夕闇に消えていった。

 残されたメモ用紙には、こう書かれてあった。
雪へ……
 しばらく一人になって考えてみようと思う。だから、ごめん、少し家をあけることにした。
 だけど心配はするな。俺は、必ずここに帰ってくるから。約束する……

 それから、携帯は持っていく。
 エマージェンシーコール以外は受けないが、君からのコールはちゃんと受けるよ。
 君や島、怪我をしたクルー達に何かあったら知らせてくれ。

 それと、ここにあるカプセルは、例のテレサさんのものなんだ。君にこんな事頼んで悪いんだけど、島が探してると思うから返しておいて欲しい。

 俺の答えを見つけたら、必ず君のもとに戻ってくるから…… だから、それまで待ってて欲しい。

Chapter3 終了

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(背景:Atelier Paprika)