Departure〜彼らのスタートライン〜

3.二度目のご挨拶

Chapter2


 (1)

 今週末は、雪の両親に結婚の申し込みというか報告に行こうと決めた。その矢先、相原から週末の誘いの電話があった。

 例の美少女、長官の孫娘でもある晶子とのデートに一緒に付き合って欲しいと言うのだ。ヤマトから降りて1ヶ月余り、結婚を決意したとはいえ、まだ気持ちの中では、鬱々としたものがなくなったとは言えないこの時期だけに、進は最初は渋った。
 だが、雪がやけに乗り気だったことで、一緒に行くことにした。考えてみれば、自分達ももう1年以上、デートらしいデートをしていない。これからのために、気分を切り替えるためのチャンスかもしれない、と進も思い直したのだった。

 それに、幸い、行き先も横浜にできた新しいテーマパークだという。雪の両親宅に行く前に寄れば問題もなかろうということで、4人のダブルデートが決まったのだった。

 そして週末。ダブルデートは楽しく終えることができた。まだまだ初々しい相原達に、自分達のアツアツ振りを見せ付けるという、進にしては珍しい行為に至ったりもした。そのはしゃぎぶりは、進が自分自身驚くほどのもので、どこかで無理を感じないでもなかった。だがそれもまた、彼が雪との結婚へ前向きになろうとしている努力の結果なのだろう。

 進も雪も、そして相原達も、若い命を精一杯輝かせようとしているのだ。遠い宇宙の彼方で眠る沖田艦長をはじめとするヤマトの仲間たちの思いを胸に抱きしめたまま……

 ※ダブルデートの模様は、拙作『◎進&雪,義一&晶子のよにんででえと』を参照ください(ただし、底抜けに明るくてヤマト没後すぐとは思えませんので、ご容赦を……(^^;))

 (2)

 そして、相原達とデートを楽しんだ翌朝、進と雪は昨日遊んだテーマパークに隣接するホテルの一室で目を覚ました。

 昨夜、食事で少々アルコールが入った雪がやけに魅力的で、さらに相原にそそのかされたこともあって、急遽ホテルを取ってしまった進である。
 確かに、昨夜は恋人達の熱い夜が展開され、満足した進であったが……

 目を覚ました進は、小さくため息をつきながら天井を見上げた。

 (昨日の俺は…… ちょっと羽目をはずしすぎたか……? いや、数年前ならいつもあんなだったはず…… もうずっと遠い昔のことのような気がする)

 そんなことを考えながら、ふと隣を見ると、そこで眠っているはずの雪は、既にそこにはいなかった。

 (あれ、雪、もう起きたのか? 早いな……)

 そう思いながら体を起こすと、シャワールームから音が聞こえてきた。雪が使っているらしい。

 (シャワー浴びてるのか……)

 そんな時、進はシャワー室に飛び込み、一緒にシャワーを浴びる、というか、なんというか…… また朝からふざけてしまうなんてこともしばしばなのだが、さすがに今日の進は、そんな気分にはなれなかった。

 (ふうっ…… とうとう今日になってしまったか……)

 進は再び天井を仰いだ。

 (これから、雪のご両親に会いに行く。そして……)

 これから何をするのかを考えると、やはりどこかで緊張してしまう。もちろん、数年前に初めて雪の家を訪れた時ほどのことはない。
 それに、二人が結婚するということは、既に周知の事実であるわけで、今更反対されるわけでもないだろう。

 いや、雪曰く、森の両親からすれば待ってましたと言わんばかりに違いないというのだけれど。
 それでも、進の心には、やはり結婚申し込みをするという一生の一大事だと思うと、えもいわれぬ緊張感が広がっていた。

 (は〜〜 やっぱり、苦手だよなぁ、こういうシチュエーションは……)

 進がぽそりと小さなため息をついた時、カチャリと音がしてバスルームのドアが開いた。

 (3)

 そのドアから、バスタオルを巻いた雪が姿を現した。起き上がっている進を見て、にっこりと微笑んだ。

 「あら、古代君も起きたのね?」

 その声は、いつもに増して明るく輝いているようだ。反対に進の声はくぐもりがちである。

 「うん、ああ、今さっき……」

 「じゃあ、あなたもシャワー浴びてきたら?」

 「ああ、そうだな……」

 のそりとベッドから降りる進に向って、雪が声をかけた。

 「できるだけ早めにねっ!」

 「ん? ずいぶん急かすんだな? どうした?」

 振り返って雪を見ると。彼女はほんのりと頬を染めた。

 「そういうわけじゃないけど…… ほら、本当は昨日の夜、あっちの家に泊めてもらうつもりだったでしょ」

 「あっ……」

 と、進も思い出した。昨日、横浜の遊園地を出たら、その足で雪の実家に行って泊めてもらう。その約束だったのだ。だが、アルコールの乗りで、このホテルに泊まることになってしまった。

 昨夜、実家にはホテルの部屋から電話を入れてはあったが、「どうしてこんなに近くまで来てるのに、うちで泊まらないの」という母の言葉に、曖昧な答えだけで電話を切ってしまった雪である。

 それもあって、できるだけ早く家に顔を出したいのが、雪の本音なのだ。

 「きっと、ママたち待ちくたびれてるだろうなって思って…… いろいろ心配もかけたし……」

 「ああ、そうだな、そうだったな」

 進が人差し指でぽりりと頬をかいた。心配をかけさせた張本人としては、都合が悪い。それに今日はなんと言っても、アレがあるし……

 そんなことを考えていると、雪が訳知り顔で進の顔を覗き込んだ。

 「うふふ…… もしかして、古代君、怖気づいてる?」

 「ば、ばか言えっ! 何で今更……」

 微妙に図星。だが認めるわけにもいかない。と、雪がころころと笑い声を上げた。

 「ふふふ、冗談よ。でもやっぱりなんだか緊張するものなのね」

 緊張という言葉を耳にして、進は自分だけではないのかとほっとした……が!?

 「雪も緊張してるのか?」

 という問いに、雪は平然とこう言い放った。

 「い・い・えっ。ぜ〜んぜんっ!」

 「ちぇっ……」

 すっかり茶化されてしまった格好だ。まあ、雪としては緊張するというより、ワクワクしていると言ったほうが当っているかもしれない。
 なにせ、両親―特に母親!!―から、幾度となく「結婚はいつするのだ?」と聞かれ続けた雪である。その問いに、今日やっと答えられるのだ。

 「うふふ、だから大丈夫だって言ってるでしょ。いいから、シャワー浴びてきたら?」

 「はいはい、わかったよ」

 そんなこんなで、いよいよ、進の二度目の挨拶の時が迫ってきていた。

 (4)

 泊まっていたホテルから雪の両親の自宅のあるマンションまでは、エアトレインで一駅の距離だ。何をどう話そうかと、進が考える暇もなく、あっという間に目的のマンションのエントランスに到着してしまった。

 雪が手馴れた手つきで入口のマンション共通のドアホンを押すと、ほどなくカチリという小さな音が聞こえて入口のドアが開いた。

 二人はエレベータに乗り、両親の住む8階で降りた。しばらく廊下を歩き、森という表札のかかった部屋の前にやってくると、雪がドアホンを押した。

 「はい……」

 すぐに、雪の母美里のかしこまった声がドアホンから流れてきた。

 「あ、ママ、あたしよ」

 「あら、雪! 待ってたのよ!! すぐ開けるわね!」

 美里の声のトーンが、一気に1オクターブ以上も高くなった。娘たちの来訪を心待ちにしている様子が手に取るようにわかる。

 「はは…… お母さん、待ちかねてたみたいだな」

 進が苦笑いすると、

 「まあね……」

 雪も、くすくすと笑った。

 「なんか意味深な笑い方だなぁ〜」

 「うふふ、だって……」

 今日の雪は機嫌が良い。その気持ちがわかりつつも、進としてはなんとも言えない緊張感が取れないのだった。

 二人の会話が終わるか終わらないかのうちに、ドアが開いた。

 「お帰り、雪、古代さん!!」

 開いたドアの向うには、満面の笑みを浮かべた美里が立っていた。

 (5)

 「こんにちは」

 美里は、ペコリと頭を下げる二人をニコニコしながら迎えた。その後ろには、同じくらい嬉しそうに微笑む雪の父晃司の姿もあった。

 「よく来たな、二人とも。さあ、上がりなさい」

 「はぁ〜い」「はい……」

 雪にとっては一応まだここが自宅、ということになるのだろうか。どちらにしても、勝手知ったる我が家である。それを表すかのように、雪は軽やかな足取りで玄関を上がった。

 さらに、その後ろで靴を脱ぐ進にとっても、この家は言わば我が家も同然である。もちろん、もう何度も訪れ泊まったこともある。だが、今日ばかりはどうも何か居心地の悪さを感じてしまう。

 (だめだな、どうも落ち着かないな。はぁ……)

 廊下を歩きながら、微妙に緊張感の取れない進であった。その姿に、美里が目ざとく気付いた。

 「あら、古代さん、どうかしたの? なんだか元気がないように見えるわ」

 「えっ? あっ、いや……」

 任務の時は、恐ろしいほどにポーカーフェイスを通せる彼だが、プライベートになると、なぜかまったくそれが出来ないらしい。気持ちがそのまままっすぐ表情に表れてきてしまうのだ。

 (古代君ったら、すっかり緊張しちゃって……)

 焦って戸惑っている進を見て、雪は可笑しいような心配なような不思議な気分になった。が……

 「これ、ママ」

 晃司が生真面目な表情で、視線と首を左右に振って、美里がそれ以上何か言うのを制した。

 晃司としては、ヤマトがアクエリアスの海に沈んでから1ヶ月余り、ヤマトそして敬愛する沖田艦長を亡くした進の心中を思いやっての言葉だった。
 確かに進の心には、まだまだ大きな影として残っている。だが今の進にとって、そのことで考え込んでいるわけではない。

 「あっ、いえ、本当になんでもないんです、ちょっと考え事してただけで……」

 慌てて否定するのにやっきの進に、雪が助け舟を出した。

 「うふふ、ほんとよ、パパ。そりゃあまだいろいろと思うことはあるけどね…… でもっ、私たち、前を向いて生きてこうって決めたんだもの、ねっ、古代君!」

 「あ、ああ……」

 ほっとしたように若者らしい笑顔を見せる進の顔を見て、晃司も安心したように頷いた。

 「そうか、そうだな。うん」

 すると、そのやり取りを見ていた美里の目が、意味深に輝いた。

 「そうよねぇ〜 そうでなきゃ、昨日遊園地で遊んで、その乗りのまんまホテルに泊まってきたりなんかしないわよね〜〜〜」

 その意地悪!?な言葉に、笑顔の二人の顔がさぁっと赤く染まった。

 「えっ!? いやっ、あ、それは、その……」

 「ママァ〜〜!!」

 母の的を射た突っ込みに、雪も返す言葉がない。

 「おほほほ……」

 「あははは…… そうか、そうだな、まったくだ。はははは……」

 晃司と美里の笑い声に、照れまくる進と雪だった。

 (6)

 「さあ、そんなところに立ってないで、中に入って座んなさいな。お昼にご馳走用意してるのよ。ほんとは昨日の晩のために用意してたんですけどね〜」

 「だから、ママってばぁ〜!」

 チクリと一刺しの美里に、雪は口を尖らせた。

 「ほほ…… さっ、お茶でも入れましょ」

 「あ、私も手伝うわ」

 「ええ、お願い」

 なんだかんだと言い合いながらも、本当に仲の良い母娘である。

 雪が美里と行ってしまうと、進は晃司に促されて、ソファに腰掛けた。座ると同時に、進は深々と頭を下げた。

 「あの…… この度は、いえ、この度もいろいろとご心配をおかけしました」

 晃司や美里とは、先月帰還後テレビ電話では何度か話をしていたが、こうして直接面と向うのは、初めてのことだった。
 いつものことではあるが、雪の両親にはいつも心配ばかりかけてしまうことが、進には申し訳なくて仕方がなかった。

 「いやいや、なんの。私たちの心配なんて、君たちの苦労に比べたら何てことないさ」

 「いえ、僕達はそんな……」

 「まあ、とにかく……君も大分落ち着いてきたようだね?」

 晃司の言葉が労わるように柔らかい。進は、彼からいつも父親のゆったりとした安らぎを感じさせてもらい、それがとても嬉しい。

 「はい……なんとか」

 「ふむ、次の任務は、もう決まっているのかね?」

 進がこれからも防衛軍で仕事を続けることは、晃司も雪から聞いて知っていた。

 「はい、冬月という艦を任せられました。再来週には出港の予定です」

 「そうか…… 一つの戦いが終わっても、君たちの任務に終わりはないんだな」

 「そうですね。正直なところ、一時は軍を辞めようかと思ったりもしましたが……」

 進は、1ヶ月前の自己再生の旅のことを思い出していた。

 「うむ、だが、君のような人材を、軍の方が簡単には離してくれんだろう?」

 晃司が苦笑気味に笑う。この若者がもうこれ以上重責を負うことがなければいいのに、と思う反面、地球市民として、優秀な戦士が地球を守り続けてくれることを望んでいるのも事実だ。

 「いえ、そういうことではないんですが……」

 晃司の言葉に、恐縮したように小声で答えてから、進の顔が真剣なものに変わった。

 「最後は自分で決めました。この仕事を続けていこうと…… それは、誰のためでもなく、自分のために……です」

 しっかりとした口調でそう話す進の決意を、晃司は黙って受け止めた。

 「そうか」

 晃司が小さくため息をつくと、進は少しばかり心配そうな顔付きになった。

 「雪……さんには、これからもいろいろと心配かけることになるかもしれませんが……」

 「はは…… それはもう言わないでいいんだよ。あの子も十分に承知していることだろうしなぁ」

 「はい…… ありがとうございます」

 娘を、恋人を深く愛する二人の男達の互いの思いを思いやる言葉だった。

 (7)

 とその時、カップと茶菓子をお盆に乗せて女性陣が戻ってきた。

 「はい、お茶が入ったわよ。なぁに、二人で真面目な顔して?」

 進、そして晃司の前にカップを置きながら、美里が尋ねると、晃司は笑顔で首を振った。

 「いや、大したことじゃないよ」

 「いえ、お父さんやお母さんには、いろいろとご心配かけたことを……」

 「だから、それはもう……」

 と、晃司が制そうとする言葉に覆い被さるように、美里が大きな声で「ほんと、そうなのよぉ〜〜!」と言った。

 「私たちがどんなに心配したことか! いっつも、いっつも……」

 美里は、進にぐいっと顔を近づけて訴えかけた。進がその勢いに気圧されたように仰け反ると、晃司と雪が同時に叫んだ。

 「ママッ」「ママ〜!」

 すると、美里がくるりと振り返って、夫と娘を睨み返した。

 「もうっ、二人ともそんな顔で睨まないでちょうだいな。だってそうでしょ? あなたと古代さんは、私たちの可愛い娘と息子なのよ。親としては心配するのが当たり前じゃないの〜!」

 それから、もう一度進のほうを振り返った。今度はとても柔和な笑みを浮かべて……

 「ねぇ、そうでしょ?」

 「お母さん……」

 美里の深い愛情が進の心にも伝わってくる。

 「でも…… 信じてたわ、あなたたち二人は必ずここにまた帰って来てくれるってね……」

 「ママ……」

 母の思いを胸に感じて、雪の心もじわりと熱くなった。

 「うふふ…… さぁ、お茶が冷めるわよ。いろいろ話したいこともあるし、それから久しぶりに4人でご馳走よ〜〜!」

 美里が気持ちを切り替えたように明るい声でそう言うと、晃司の横に立って皆にお茶を勧めた。

 すると、進が何か決意したように、姿勢を正して座りなおした。それから一つ大きな深呼吸をすると、真剣な眼差しで、向いの二人をじっと見た。

 「お父さん、お母さん。お話したいことがありますっ!!」

 突然、真面目な口調で話し始めた進を、晃司と美里は驚いたような顔で見つめ返した。
 それから、そのあまりにも真剣な視線に押し込まれるように、美里は晃司の隣にゆっくりと腰掛けた。

 (古代君、話すんだわ……)

 雪も、いよいよ始まるであろうイベントを思いつつ、進の隣にゆっくりと腰掛けて、固唾を呑んで彼の姿を見つめた。

 そして……進は、雪の両親に向ってこう言ったのだった。

 「ゆっ雪を、あっ、いえ……雪さんを僕にください!」

 そう言うと、進は深々と頭を下げた。

 「えっ!?」 「はぁ?」

 雪の両親は、その言葉に、そろって大きく目を見開いた。

Chapter2 終了

Chapter1へ     Chapter3へ

トップメニューに戻る    オリジナルストーリーズメニューに戻る    目次にもどる

(背景:Anemone's Room)