氷原に消ゆ(宇宙船艦ヤマトIIIより)

−1−

 (1)

 太陽の核融合の異常増進が止まらず、地球は新たな移住先を探していた。

 ヤマトはその先鋒として、銀河の中心方向へとその探索を続けたが、そこでは、ガルマンガミラス帝国とボラー連邦が、銀河中心部で壮絶な勢力争いを続けていた。
 その中で、デスラーとの友情から、ガミラスとは友好を保つ事に成功したヤマトと古代だったが、肝心の新たなる星は、まだ見つける事ができなかった。

 デスラーが見つけた惑星ファンタムも、コスモ生命体であることがわかり、第二の地球にはなりえなかった。ヤマトは、さらに探索を進めていた。

 時に、2204年6月。

 ガルマンウルフの異次元戦闘をきっかけに、第一艦橋での勤務が中心となった土門竜介だが、暇を見つけては調理室に来て、幕の内を手伝ったりしていた。

 「ねぇ、幕の内キャップ、森班長って、古代艦長のフィアンセなんでしょ?」

 「そうだ。それがどうした?」

 幕の内は、何を今更とでも言いたげに、ちらりと竜介を見ただけで、調理する手を止めもせずに答えた。
 すると、竜介は幾分ムッとした顔付きになると、意気込んで言葉を続けた。

 「古代艦長、班長に全然やさしくないと思いませんか!」

 その言葉に再び幕の内がちらりと竜介を見る。しかしその顔には、別段表情の変化はなかった。
 竜介の頬は、不機嫌そうにふくらんだ。

 「だってですね〜! いくら、任務中だと入っても、第一艦橋の人達はそんなこと百も承知なんですよ!! 班長は、なにかと艦長の世話を焼いてるんですけど、艦長はといえば、それが当然!みたいな顔してて、頷くか、よく言って『すまん』くらいで……
 自分の婚約者でしょ! ちょっとくらいねぎらいの言葉をかけてあげればいいと思いませんか?」

 一気にまくし立てた竜介の顔を、幕の内は見下ろした。その目は優しげに笑っている。

 「ははは…… 土門、お前まだ半人前だな!」

 そしてまた幕の内は、調理をする手元に視線を戻した。

 「なんですか? 半人前って?」

 半人前と言われ口を尖らせた竜介を、幕の内は一瞥した。

 「あのな、ヤマトの新人は、最初は自分のことが精一杯で周りが見えないんだが、少し落ち着くと、そこに美しい生活班長がいることに気付き、あこがれもしくは恋をする。これが、半人前になった証拠だ。
 そして…… その憧れの女性が、艦長と強い絆で結ばれている事を知って、あっけなくその恋は終わる。
 これでそいつもヤマトで一人前になるんだよ!」

 幕の内は、珍しくもなんともないといった風情で説明をしたが、竜介はまったく納得していない様子だった。

 「ちぇっ! ほんとに強い絆なんですか? あれじゃ、班長がかわいそうですよ。僕だったら……」

 「ほお…… お前だったら?」

 幕の内がにやりと笑う。竜介は、はっとして赤くなってしまった。したり顔で、幕の内が話を続けた。

 「ははは…… お前のは、結構重症だな! いっちょ、艦長と張り合って見るか? あっははは…… まあ、あの二人のことは二人の問題だ。お前が表面だけをみてすぐ理解できるようなもんじゃないよ。そのうちわかるさ。それに、今回の旅では、艦長は、特に自分を厳しく律しているところがあるから、なおさらなんだよ」

 幕の内は、ムッとしている竜介を見て、そう言った。だが、今の竜介には、幕の内の言う事が理解できなかった。

 (僕だったら、大事な人は、大切に扱うし、それなりの表現をする! 僕だったら……!!)

 (2)

 場所は変わって、生活資材生産工場。生活班の制服を着た男女が並んで歩いていた。

 「ヤマトの生鮮食料が少し不足気味だわね」

 雪は、生産工程を確認しながら、一緒に周っている担当者に言った。

 「このところ、そういうものを採取する惑星がなかったですからね。生鮮野菜は、ヤマト農園での生産だと追いつかなくて…… しばらくは、なんとか切り詰めながらやるしかないでしょうね」

 その言葉に、雪はため息混じりに頷いた。

 「そうね、仕方ないわ。でも、航海班に相談して、そんな星が行程にあるのなら、ちょっとでも立ち寄ってもらえるように艦長にお願いしてみるわ」

 「はい、よろしくお願いします」

 資料のチェックを終えた雪は、第二艦橋へ行った。そこでは、島が今後の航海について班員達と打ち合わせをしていた。
 その打ち合わせが一段落するのを待って、雪は島に声をかけた。

 「島君、ちょっといいかしら?」

 「ああ、雪か、いいよ。どうした? もしかして艦長の愚痴でも言いに来たのか?」

 ニヤリと笑う島。いつものこととはいえ、いきなりの口撃に、雪が顔を赤らめた。

 「ん! もう! わたしがいつそんな愚痴なんか言いました!! 他の人が誤解するじゃない!」

 島は、今回の旅で進が艦長になってから、進の雪に対する態度が変わった事に気付いていた。できるだけ、恋人として見ないようにしているように見えた。それだけに、雪には心の奥底では、不満があるはずだとも思っていた。

 「ははは…… そうだな、でも、たまには発散した方がいいぞ、いつでも聞いてやるから」

 島がさらにしつこくいうので、雪はさらに真っ赤になった。

 「だからぁ〜ありませんってば! それより、島君! 近いうちに、食料になりそうな植物を採取できる惑星はないかしら?」

 話を本題に戻すと、島は、すぐに真面目な顔に変わった。

 「植物? うーん…… ちょうど、そんな星があるにはあるんだが……」

 「ほんと? ヤマトの生鮮食料が残り少ないのよ。艦長にお願いして立ち寄ってもらえないかしら?」

 「そうだな、わかった。航路上にある星だし、そんなに時間のロスにはならないだろう。まあ、赤道直下でも地球の寒冷地ほどの寒さで、移住は無理な惑星なんだが、植物はありそうだから」

 島は、こっくりと頷いた。

 「よかった! すぐに艦長に頼んでくるわ」

 やはり、艦長のことを話題にすると雪はうれしそうな顔をする。

 「よかったな! 艦長室に行く口実ができて!」

 「ん! もう、またぁ!」

 島を軽く睨みつけるその瞳は、やはり嬉しそうに輝いている。

 「島君ありがとう! じゃあ、また寄航が決まったら知らせるわ」

 そういうなり、雪は島に背を向け軽やかな足取りで、立ち去っていった。その姿を、島は眩しそうに見つめていた。

 「まったく、艦長も罪作りな奴だよな……」

 (3)

 雪は、さっそく艦長室へ飛んでいった。確かに雪の足取りは軽かった。

 進が、ずっと艦長として頑張っている事を知っている雪だが、時々艦長室へ用事で行くと、進は、第一艦橋にいるときより、少しは柔らかい表情で雪を迎えてくれるからだ。

 進が怪我をした時、看病する雪に頼ってくれ、誰もいない時、軽く抱きしめてもくれた。
 それは、お互いの気持ちを告げていなかったイスカンダルへの航海の時よりも、おそるおそるだったが、雪にはそれでも十分にうれしかった。

 惑星ファンタムが地球そっくりに見えて、これで今回の旅が終わるかもしれないと思った時も、進は雪に地球にいるときのような笑顔を見せてくれた。肩を抱きよせた手に力がこもっていたことを今も覚えている。

 だが、そこで旅は終わりにならなかった。そして……進もまた、艦長に戻ってしまった。

 「艦長、森雪です」

 「どうぞ」  いつもの進の声がして、雪は艦長室に入った。

 「艦長、ご相談があるんですが……」

 艦長室では、古代と呼んでもいいと言われていた雪だったが、業務の話をするときは、艦長の方がいいだろうと判断して、そう呼びかけた。

 「うん?」

 机に向って書き物をしていた進が振り返った。雪は彼の顔を見ると、心が躍るのを感じながらも、できるだけ真面目な顔を崩さないように、話を始めた。

 「ヤマトの生鮮品が不足気味なんです。それで、今、島副長に相談したら、近くに探査予定の星ではないんですが、植物がありそうな星があるらしいんです。航路上にあるし、ロスも少ないっていうので、立ち寄らせていただけませんか?」

 「そうか……」

 進は、スケジュールに目をやり少し考えてから、頷いた。

 「わかった、いいだろう。クルー達の健康は無事航海には第一だからな。だが、時間が貴重なのも事実だ。一日もあれば採取できるかい?」

 「ええ。大丈夫だと思います」

 「了解! 島には、俺から伝えておくよ…… 雪」

 進の口調が、最後の『雪』と言う部分だけ変わった。何か続きを言いたげな進に、雪は小首をかしげた。

 「?」

 「いや、なんでもない。いつもありがとう」

 そう言って進は、雪に向かって微笑んだ。

 その笑顔がとてもやさしくて雪はうれしかった。言葉で何も言ってくれなくても、進が雪をいつも見てくれていると思っている。

 今はそれだけでいい…… 雪は、そう自分に言い聞かせていた。

 もちろん、誰もいないときは、少しは甘えさせてくれてもいいのに…… そう思う事もあった。
 だが、進にそんな器用な事ができるはずがなく、それを知らない雪でもなかった。

 最初は辛かったが、だんだんと慣れてきたような気がしていた。進の笑顔を見ることができるのだから……

 このとき、進は雪に何か気のきいた言葉をかけたかった。だが、うまく言葉にする事ができなかった。

 雪には、この旅では地球での二人の関係を忘れて欲しいと頼んだ。自分が艦長という任務につき、第二の地球を探すという重大な仕事をかかえていう以上は、それ以外のことは何も考えてはいけないと思っていた。

 雪の笑顔、やさしいしぐさ、きりっとにらむ姿、どれをとっても進には愛しく見える。

 だが、それを表に出すことは、艦長としてしてはならないことだと、自分に強く言い聞かせていた。

 クルー達はみな愛する家族や恋人を地球に残してヤマトに乗っている。たとえ、雪がヤマトの重要クルーとして乗艦する事は当然だったとしても、自分だけが愛する人と過ごすということはできない、進はそう固く思っていた。

 雪の事は、生活班長としてだけ見るようにしよう、そう決めていた進だった。だが、実際それは進にとって、予想以上につらいことだった。

 自分はやはり、艦長としてまだ人格がそなわってないのかもしれない。進はそう思う事がしばしばだ。
 それでも一旦引き受けた仕事を途中で投げ出すわけにもいかず、進はただひたすら、第二の地球探しのことを考えるようにしていた。

 (雪、ごめんよ。必ず、第二の地球を探し出そう。そして、その時にはまた、元の二人にもどろうな……)

 進は、艦長室を退出する雪の後姿に向かって、心の中でつぶやいていた。

 (4)

 「仮称惑星ツンドラ、この星は、自転周期、空気の酸素含有量などほとんどの項目で地球に似たデータが出ている。しかし、如何せん、この星系の太陽からの距離が遠すぎる。赤道直下で、地球では相当な寒冷地なみの寒さで、赤道下でなんとか生活できなくはないが、残念だが、地球上の全人類を移住させることは不可能だ。
 だが、赤道周辺には大規模な森林地帯が発展しており、植物は豊富にあることがわかった」

 中央作戦室で、真田が、惑星ツンドラの説明をした。

 「うん、それで、生活班から植物採取の希望があったので、1日だけ立ち寄る事にする。ヤマトの最終目的は、第二の地球探しだ。できるだけ、時間のロスは避けたいが、ヤマトの食料に問題が起こっては、大変だからな。雪、頼んだぞ」

 進は、惑星ツンドラに立ち寄ることを皆に告げた。

 「はい!」 雪は、元気よく返事した。

 「では、生活班から採取のための必要人数と、航海班からコスモハウンドの操縦担当各1名、それから戦闘班から念の為に護衛としてそれぞれ2名、以上で行ってくれ」

 進の指示がすみ、島は、コスモハウンドの操縦士の選定を雷電に指示し、南部は戦闘班の加藤に同行メンバーを決めるよう連絡を取っていた。

 それを確認して作戦室から立ち去ろうとする雪に、進はふと目が行った。

 (? なんだろう…… 雪の後姿になぜか嫌な予感を感じてしまう。影が薄い? まさか……)

 「雪!」 進の声に雪はくるっと振り返った。

 「何か? 艦長?」

 「い、いや…… なんでもない。未知の惑星だ。何が起こるかわからない。十分気をつけて行くんだぞ」

 「はい!」

 答える雪からこぼれた笑顔はいつも進をなごませるいつもの笑顔だった。

 (疲れているんだろうか…… 考え過ぎだな)

 進は、気を取りなおして、自分も作戦室から出ていった。

 (5)

 その夜、ちょうど夕食時間が一緒になった進と雪は、ひさしぶりに一緒に食事をとった。確かに、夕食のメニューに野菜類が少なかった。

 「なんとか、工夫してるんだけど、やっぱり野菜不足ね。でも、それも今夜までで、明日からは少し野菜類が増えてると思うわ。ほんとにありがとう、古代君」

 「ああ、礼を言われる事もないけど、ヤマトクルーの健康を思うと野菜不足は問題だからな」

 周りには、他のクルー達がいる手前、二人の会話もほとんど業務に関する事になってしまう。雪は、地球の自宅で進と向かい合って食べていた日々の事を思い出した。

 (冗談言ったり、料理をほめてくれたり…… 地球(うち)にいるときの古代君は、食事を楽しむ事が大好きだったわ。でも、今は……)

 進も同じことを考えていた。

 (雪と向き合って食べる食事は美味しかった。ヤマトの食事もまずくはない。だが、やはり味気なく思ってしまうのは、なぜなんだろう。けど、今日は隣に雪の笑顔がある。少しは、楽しいはずなのに……)

 進は、なぜか昼に感じた不安な感覚から抜け出せなくて食事があまりのどに通らなかった。
 雪の笑顔はまぶしい。しかし、それに手をのばすことはできない。進はただ食事に集中しようと努めていた。

 そんな二人の姿を見つめる目があった。竜介だった。

 久しぶりに雪を食堂で見つけた竜介は同じテーブルに行こうとして、隣に進がいる事に気付いて、それをやめた。
 ひとテーブル離れた席についてさりげなく二人を観察していたが、二人の会話が、食事の状況や明日の探索の再確認に終始していることに、だんだんと腹が立ってきた。

 (どうして、艦長も班長も、もう少し楽しい話をしないんだろう! ここは食堂で会議室じゃない。ちょっとくらいプライベートな話をしたり、優しい言葉をかけてやってもいいじゃないか!? せっかくたまたま二人で食事ができるっていうのに……)

 竜介は、進が雪へのあふれんばかりの想いを、心の奥底に強く押し込めている事に全く気がついていなかった。

 それこそが、周りに気を使う進が目指していたことではあったのだが……

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古代進、第3代宇宙戦艦ヤマト艦長に就任。その重圧のために、彼は自分の最愛の人への愛も心の奥底に押し沈めて任務の遂行に邁進していた。だが、本当にその思いを消し去ってしまうことなどできるのだろうか…… 雪への思いと艦長職の間で苦悩する古代君を描いてみました。(作品発表時のコメントのまま)

このたび、めいしゃんさんが、素晴らしい挿絵を2枚プレゼントしてくださいました!!
ということで、これを機に久々に、作品をリニューアルいたしました。内容に変更はありませんが、イラストともども、よろしければご覧下されば嬉しいです(*^^*)
なお、めいしゃんさんの挿絵は、作品の後半部分にありますので、よろしくお願いいたします!!

2010.2.4 あい

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