氷原に消ゆ(宇宙船艦ヤマトIIIより)

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 (6)

 翌日、ヤマトは惑星ツンドラ上空に停泊すると、コスモハウンドが予定通り出ていった。進はヤマト側面から出ていくコスモハウンドを自席から見つめていた。

 (雪、気をつけて行ってこいよ……)

 昨晩見た雪の笑顔を思い出しながら、進は心の中でそうつぶやいていた。

 コスモハウンドは、予定通りの航路をたどって、惑星ツンドラのほぼ赤道の真上に着陸した。

 宇宙から確認した通り、背丈は地球の木々の半分くらいと低いものの、それでも人の身長を十二分に覆い隠すほどの深い森林が延々と続き、植物には事欠かないようだった。

 また、非常に小型の動物はいるものの、大きな動物が全くいないという不思議なデータが出ていた通り、周囲は静寂そのものだった。

 「さあ、急いで、できるだけたくさんの植物採取をお願いね」

 雪は、上陸部隊の生活班員に指示を出した。雪も、田中という生活班員と共に、植物の採取にかけた。

 半日が過ぎ、目標の採取量の半分以上は取れたかというころに、田中が急に頭痛を訴えた。

 雪は、田中を一旦コスモハウンドに帰すと、この星の安全も確認されていたので、残りの作業は自分一人で行うと言って、また、森林の中へ入っていった。 

 2時間ほどたった頃、各地に分散していた採取班が予定の数量を取り終えて続々と戻ってきた。残るは、雪だけだった。

 ところがその時、突然、とても立っていられないような突風雪が吹き荒れ始めた。あわてて、全員がコスモハウンドに避難したが、さらにこの嵐は、風と雪だけではなく、磁気嵐でもあったらしく、コスモハウンドの計器が全て狂っていた。

 コスモハウンドからの有視界は全くのゼロで、雪がどこにいるのかも全く探しようがなかった。

 あわてて、雷電がヤマトへ通信を送った。ヤマトでは、相原がその通信を受けた。

 「艦長、地上の上陸部隊からの通信です」

 「よし、つなげ」

 数時間前、順調に採取を継続している旨の通信があったので、進は、今回は採取終了の連絡だと思っていたので、通信の接続を気軽に待った。

 「艦長!! 大変です!! 地上で、突然起こった磁気嵐と風雪がひどい状況になってます!!」

 雷電から、叫ぶような通信が第一艦橋に反響した。

 「なに!! それで、皆は無事か?」

 「それが…… 生活班長だけが……」

 「なんだと!!!」

 雷電の言葉に進を始め、第一艦橋にいた面々が絶句した。

 「生活班長は、パートナーの田中が途中で具合の悪くなったのでコスモハウンドに帰し、一人で採取を続けていました。嵐が来たときに、他の班は全部帰還してたんですが、生活班長だけがまだで…… 通信を送ってみたんですが、まったく反応がありません!」

 「くっ……」

 進は、両手の握りこぶしをぎゅっと握ったまま、動かなかった。真田が、コスモハウンドからのデータをすぐに解析したようだった。

 「古代! 今、コスモハウンドから送られてきたデータを分析したが、ここの嵐はまったく前触れもなく突然起こるようだ。
 それに、この強風は強烈でおそらく風力50mにも達している。猛烈な台風の真っ只中にいるようなもんだ。とても立ってはいられないだろう。

 おそらく、この嵐は始まれば数時間はおさまらないのだろう。だから、この星に大動物がいなく、木々の高さも低かったんだ。

 たびたび、こんな風雪に襲われては、耐えられんからな。もう少し、早くこの可能性に気付くべきだった…… 当然、人類の生存も無理だ」

 真田は、分析を続けた。

 「さらに、磁気嵐も一緒に起こっている。レーダ類もまったく効かないようだ。雪は、じっとしていればいいんだが……
 万一、森の中を歩き出してしまえば、もう、方向が全くわからなくなってどんどん奥へ入ってしまうかもしれない! 早く見つけ出さないと! 宇宙服を着ているとはいえ、ここは極寒の地、体が参ってしまう」

 「なっ!!!」

 進の心を激しく脅すような内容が真田によって次々に告げられ、進は言葉に詰まった。しかし、すぐに気を取りなおして冷静な口調で言った。

 「相原、コスモハウンドに伝えろ。飛びたてるくらいに嵐がおさまればすぐに帰還しろと」

 「えっ? でも、雪さんが……」

 「雪の探索は、別部隊でする。コスモハウンドのみんなは疲れているはずだからな」

 進は、これだけを言うと、動揺する自分をなんとか押し殺しながら、今後の方針を考えようとした。しかし、なかなか考えがまとまらなかった。

 (雪…… どうか無事でいてくれ! やっぱり、昨日のあれは何かの予感だったんだろうか…… いや! そんなことはない!! 雪! 必ず見つけ出すからな!!)

 (7)

 約2時間後、ようやく嵐が少しずつおさまり出し、コスモハウンドから、今から帰還するという旨の通信が入った。

 進には、この2時間がまるで永遠に続く時間のようだった。第一艦橋の自席の前に立ち尽くしたまま、すわろうともしない進に誰も声をかけることはできなかった。

 雪からは、依然まったく連絡が入ってこなかった。

 コスモハウンドがなんとか有視界飛行で帰還すると、進は関係のメンバーを第一艦橋に呼び状況を確認した。

 「すみません! 艦長!! 私が急に具合が悪くなったばっかりに……」

 一連の説明を終えた生活班の田中が、涙を流して謝った。

 「田中、お前のせいじゃない。心配するな。必ず見つけ出すから……」

 進は、自分に言い聞かせるようにそう言った。

 採取メンバーからの話を総合すると、雪は、コスモハウンド着地地点から北東の方向担当で、森林地帯の中で作業をしていたらしい。

 しかし、真田が危惧した通り、計器も狂い、視界も悪い状態でまったく違った方向へ進んで行った可能性もあった。

 そして今、日没が近づき、今日の捜索はむずかしい状況になっていた。

 磁気嵐は、まだおさまっておらず、計器が使えないまま捜索艇を発進させる事は非常に困難だった。
 そこで、捜索に派遣予定のチーフを第一艦橋に呼んで進は告げた。

 「捜索は明日の朝、日の出と同時に行う。上空からは、加藤の指揮で森林地帯周辺を捜索してくれ。森林内は、コスモハウンドで着陸後、地上車で行う。これは、俺が指揮を取る。メンバーは……」

 進は、今からでも飛び出して行きたい気持ちを堪えて、明日の指示をだした。

 「艦長、僕も行かせてください!」

 進の話を聞いていた竜介が志願した。進は、竜介の顔をじっと見つめていたが、竜介の顔が真剣な事を感じ取った。

 「……よし、わかった。頼む、土門」

 進が捜索の指揮を自ら取ると言ったことで、竜介は少しだけホッとした。と、同時にくやしいような不思議な気分に捕われていた。
 そして、自分もじっとヤマトで待っているわけには行かない衝動にかられて、気がつけば、捜索隊への参加を志願していた。

 「あとのことは、島、真田さん頼みます。みんなも、業務に支障のない者は、今日はもう休んでくれ。明日はきついかもしれないからな」

 「わかった。古代、必ず見つけて来い。ヤマトのことは任せておけ」

 島が進の両肩に手を置いて励ました。そして、召集されたメンバーは解散になり、進も艦長室に戻った。

 1人艦長室から真っ暗な外を眺めながら、進は胸が強く締め付けられるのを感じていた。

 (雪…… どこにいるんだ? 雪…… あの予感はやはり!? いや、悪い事は考えてはいけない。雪の事だ、今までも何度も危機を乗り越えてきている。必ずどこかで助けを待っているはずだ。信じろ、進! 雪の無事だけを……)

 必死の思いと願い、そして不安が交錯し、進の心を激しく揺らしていた。

 (8)

 時を戻して、嵐の直前、一人で植物採取をしていた雪は、植物採取を終えたところだった。やはり、一人で行動していた関係で、他の部隊より若干遅くなったのだ。

 「さあ、これでOKだわ。早くもどらなきゃ…… きゃー!!」

 その時だった。突然、目の前の視界が一気に悪くなり、強い風が吹き始めたのだ。
 その突風に、雪は近くの木に叩きつけられ、一瞬気を失った。すぐに、意識を取り戻したものの、既に周りは暴風雪の中で立って歩く事すらできない状態だった。
 装備していた通信機がさっきの衝撃でどこかへ飛ばされてしまったようで、近くには見えなかった。

 (通信機がない! まずいわ、通信機がないとヤマトに連絡がとれない……)

 簡易宇宙服を着ているとはいえ、極寒の地の風雪の中に長時間いることは、命にかかわる。雪にはそれがすぐわかった。

 植物採取車は突風にあおられて横転し、ガラスが割れ、その運転席へ避難する事もできなかった。雪は採取車に装備してあった若干の非常食と、邪魔にならないだけの計器類だけを取り出した。
 だが、磁気嵐のため、計器はまったく使い物にならなかった。

 (どこか、この風雪をしのげる場所を探さないと…… このままじゃ、とても体が持たない)

 移動する事は、危険だとわかっていたが、じっと風雪の中でいることはかえって命を縮めることになる。

 雪はゆっくりと歩き出した。風が少しおさまる隙をねらって、少しずつ少しずつ前進して行く。くじけそうになる自分を必死に励ましながら、雪は進んだ。

 (古代君…… 心配してるわね。ごめんなさい。でも、必ず生きて戻れるわね。古代君……)

 雪は、進のことを思い出す事で自分を奮い立たせようとしていた。

 どれだけ歩いただろうか、1本の幹の太い木の根が大きく張り出して、ちょうど人が一人くらい入れる空洞を作っていた。
 雪は、それを発見するとその中に避難した。

  しばらくして、嵐はやっとおさまる様相を見せ始めたが、今度はあたりがだんだんと暗くなってきていた。

 (今日の探索はもう無理ね。こんな闇夜じゃ何もできないもの。明日の朝まで、体力を温存しないと……)

 雪は、眠れぬ寒い夜に一人耐えていた。

 同じ頃、進も艦長室で眠れぬ夜を過ごしていた。

 雪を探すためには、今日は休んでおかなければと思うのだが、やはり悪いことばかりが頭に浮かんできて、眠る事ができない。

 こんなことならば、自分が採集にもついて行けば良かった、そう悔やむ進だった。

 (9)

 翌早朝から、捜索が始まった。

 雪からの通信は届かず、通信機の故障かまたは通信できない状態、つまり、負傷および最悪の場合も想像するメンバーもいた。
 上空からは、なんの姿も捉えられず、進の率いる上陸部隊も、横転した植物採取車を見つけたときは、一旦色めき立ったが、そこに雪の姿はなく、そこからの足取りが全くつかめなかった。

 捜索範囲が特定できず、途方もなく続く森林の中の捜索は、遅々として進まなかった。

 それから、そんな捜索がまる3日続いたが、雪を発見する事はできなかった。

 捜索のメンバーにも疲労の色が見え始めた。採取車から、ほぼ360度方向への捜索は、ヤマトの動員可能なクルーだけでは、焼け石に水だった。しかも、これ以上、人も時間もヤマトにはなかった。

 そして、雪の生存の可能性も日を増す毎に下がっていく。

 真田の話では、あの宇宙服を着ていても、この低気温の中、外の空気にさらされていたとすれば、持っても3日が限度、どこか、外気を少しでもしのげる場所を見つけていれば、もしかしたらもう少しは、ということだった。

 それは進にとって認知したくないほど非情な事実であった。

 3日目の捜索を日没終了して捜索隊はヤマトへ帰還した。3日間を通して、捜索に参加しているのは、進と竜介だけで、二人の疲労も相当なものになっている。

 そして今、進は、3日間の捜索で雪が見つからないという事実を、艦長として受け止めなければならない現実を痛感していた。

 (雪、どこにいるんだ? 教えてくれ!! 雪……)

 進は、この3日間どれだけそう心の中で叫んだ事だろう。しかし、その叫びは残念ながら未だ雪には届いていなかった。

 (10)

 そしてとうとう、進は、今、ある決意をして、中央作戦室に、副長を始めとする各班長と、捜索に参加したメンバーを集めた。

 「みんな、この3日間、ごくろうだった。みんなの努力の甲斐がなく、未だ森雪は発見されいない。まだ、未捜索の部分もある……」

 そこで進は、一旦言葉を止めた。進の顔にもまわりのクルー達の顔にも、一様に苦悶の表情が浮ぶ。

 「しかし…… ヤマトの使命は、第二の地球探しだ。もはや、これ以上、一人の人間の捜索のためだけにヤマトを停止させておくわけにはいかない!」

 進の言葉に、集まった者達から言葉にならない声がもれた。進は、うつむき加減に眉をしかめたまま、最後の言葉を言った。

 「明日の日没と同時に、ヤマトは発進する!!」

 [古代!」「艦長!!」 今度はそれぞれが声を発した。

 確かに予測されていた言葉とはいえ、他の誰かが進言する形で話されるのではないかと思っていた内容を、進は艦長として言ってのけたのだ。

 もちろん、苦渋の選択であることは誰もが承知している。島も真田も唇をかんだ。反対意見を言いたかった。

 しかし、当の進が、決意して言ったことだ。彼より辛い思いをしているものはいないのだ。誰もが、何も言えずに沈黙が広がった。そのとき……

 「僕は反対です!! それでも艦長は人間ですか? 班長は、あなたの婚約者なんでしょう? まだ、生死も不明だと言うのに!! 見捨てて行くっていうんですか! 僕には到底理解できない」

 そう叫んだのは、竜介だった。みんなは、はっとして竜介と進の顔を見た。竜介の目は怒りに燃えていたし、進の目は、深く沈み、両手のひらは赤くなるほど強く握られていた。しかし、進は何も反論しなかった。

 「艦長!!」 なおも、竜介が進に迫った。

 「もう一度言う。明日、もう一日捜索をして、発見できなければ、ヤマトは発進する! 以上だ」

 進は、竜介の言葉を無視して、もう一度そう言うと、くるりときびすを返し、作戦室から出ていこうとした。

 「艦長!」

 進の後ろを追いかけようとする竜介を、真田が止めた。

 「土門やめろ!!」

 進はそのまま振り返らず、部屋を出て行った。

 「どうして止めるんですか!真田さん!!」

 竜介の叫びに、真田は厳しい声で答える。

 「艦長が辛くないとでも思っているのか!! 艦長がどんな思いで今の決定をくだしたのか、わからんのか!! 俺たちだって同じ気持ちなんだよ、土門!」

 真田に抑えられても、竜介は、まだ納得しなかった。

 「くそぉー!」

 (11)

 艦長室に戻った進は、自分のやるせない怒りをどこにもぶつけられず、思いっきり壁にこぶしを打ちつけた。激しい痛みを感じたが、それは心の痛みからすればなんのことはなかった。

 (雪…… 僕はどうすればいいんだ…… 雪!)

 進は、竜介のまっすぐな想いがうらやましかった。

 竜介が雪に対して、憧れに似た淡い恋心を持っていることは知っていた。それはヤマトの新人達が、今までも何人もが、雪に対して抱いていた事があったので、進は気にはしていなかった。だが、今日の竜介はそれ以上の激しい想いをぶつけてきた。

 (数年前の俺なら、きっとああ言っていただろう。だが、今の俺にあんな純粋な言葉が吐けるだろうか…… 雪への想いは土門に負けないのに、もう、あんなに素直にその想いを吐露する事はできなくなっている自分が悔しい…… 進! それでいいのか! 艦長って言うのは、そんな純粋な想いも全部抑えこまなければならないものなのか!)

 進は心の中で湧き上がってきていたある想いが、竜介の言葉によって、大きく広がって行くのを感じていた。

 その時、艦長室のドアをノックする音が聞こえた。

 「古代艦長、揚羽です。ルダ王女が艦長にお話したいことがあるというので、お連れしました」

 「わかった。入ってもらってくれ」

 進の招きに応じて、揚羽とルダ王女が部屋に入ってきた。

 「古代艦長…… 雪さんのこと、事情は揚羽さんから伺っています」

 「ルダ王女、あなたにまでご心配をかけて申し訳ありません……が、残念ながら、雪はまだみつかっていません」

 進は視線を下げると、辛そうに唇を噛んだ。揚羽が気遣わしげに進を見つめる。その二人を暖かく見守るように、ルダ王女は、強いくしっかりとした口調で話した

 「古代さん…… 私には感じるんです。雪さんが生きていると……」

 「!!!」

 ルダ王女の言葉に、進ははっと目を上げた。

 「私には、雪さんのあなたへの強い想いが、あの星のどこかから感じるのです。それがどこからなのか、申しわけないのですがわかりません。
 でも、雪さんは必ず生きて……生きていらっしゃいます。ですから、古代さん、あきらめないでください」

 特殊な能力を有するルダ王女のどこかに、雪の生存を確信する何かがあるのだろう。今の進にとっては、なにものにも代えがたいほどありがたい言葉だった。

 「ルダ王女…… ありがとうございます。明日、もう一日探す時間があります。必ず、必ず明日中に……探しだします」

 進は、ルダ王女の励ましに答えるように、自分に言い聞かせるように、そう答えた。そして、今のルダ王女の言葉で、さっき広がった想いを実行する決意をした。

 (12)

 ルダ王女たちが退室すると、進はある決意を込めて、真田と島を艦長室へ呼び出した。

 「真田さん、島、いろいろ心配をかけて申し訳ない……」

 進が憔悴しきっている様子は見た目にも明白だった。

 「古代……」

 島はそんな進にどう言っていいのかわからなかった。変わりに真田が口を開いた。

 「古代、明日の捜索でやって欲しい事があるんだ。
 俺はこの3日間でできるだけ多くの携帯型発信機を量産した。それを、未捜索の森林地帯にコスモハウンドで上空からまいて欲しい。もっと早くできれば良かったんだが、3日間でやっと、未捜索地域を網羅できる個数を用意できたんだ。雪は、きっと通信機を無くして、自分から位置を知らせられずにいるんだ。だから、発信機をまいて、もし雪の近くに届けばあるいは……」

 真田は、ヤマトで待機している間に、大量の発信機を作っていたのだった。真田らしい行動に進は感動した。

 「真田さん、ありがとうございます…… そうします」

 そこで、一旦言葉を切った進は、意を決したようにまた、話し出した。

 「それから、二人へのお願いなんだが…… 明日、俺を一人でコスモハウンドで捜索させてくれないだろうか」

 「?!」

 島も真田も進が何を言おうとしているのか、すぐに想像がついた。

 「そして…… もし……雪が日没まで発見できずに…… 俺も……遭難したら…… かまわずヤマトを……発進させてくれないだろうか……」

 搾り出すような進の言葉に、島と真田は大きく息を飲んだ。

 「古代!! お前…… やっぱり……」

 「もしも…… もしものことですよ。真田さん……」

 進は、あくまでも「もしも」を強調した。そして……

 「もしもその時は、真田さん、艦長としてヤマトを指揮してくれませんか」

 「古代……」

 重大な提案だったが、真田はそれを十分に理解していた。

 「ここに、今までの資料とこれからの運行計画をまとめた資料があります。まだまだ、ボラーの攻撃があるかもしれません。だが、ヤマトは地球のために必ず第二の地球を見つけだせると信じています」

 進は、自分の机からファイルを数冊とりだすとテーブルに置き、二人をじっと見つめた。

 「俺は、艦長としてはやはり不適格だったのかもしれない……(今、その艦長を投げ出そうとしている)」

 進は言葉をそこで止め、一呼吸してから再び続けた。

 「でも、俺は、俺は、やっぱり、雪をひとり置いていくことは……できない! 雪は、いつも俺について来てくれた…… 俺は雪にいつも一緒にいると約束した。そして、それぞれが一人で逝ってしまうことは絶対にしないと…… 自分の目で確認するまでは、必ずお互いが生きていると信じあっていこうと…… だから俺は…… 」

 進が初めて雪への想いを言葉に出した。その声は我慢している涙で、今にもつまりそうになっていた。

 「古代! お前は立派な艦長だよ。俺は、このまま、本当に雪を置いて行ってしまうのかと思って、さっきも土門と一緒にお前を非難しそうだったよ……
 やっぱりお前はそうでなくちゃだめなんだ!
 古代、必ず見つけ出せ。もしも、明日お前が『遭難』したとしても、雪とめぐりあったらすぐにヤマトへ連絡しろ! 必ず迎えに来る! ロスタイムなんか俺の腕で必ず取り戻してやるから!!」

 島は、進の肩に両手を乗せると、そう答えて進を励ました。

 「島…… ありがとう……」

 「古代、お前の気持ちはよくわかった。他の誰がなんと言おうとも、俺は人間として今の選択をしたお前の方が好きだ。
 だが、俺はこうしか言わんぞ。明日中に必ず雪を見つけてこい! わかったな!!」

 「ありがとうございます…… 真田さん……」

 進は、二人が規律違反もはなはだしい、無謀とも言える行動を黙って見逃してくれることに感謝した。艦長の任務を遂行するために非情になりきれなかった自分に賛同してくれた事がうれしかった。

 二人が帰り、しばらくすると、また艦長室をノックする音がした。

 「艦長…… 土門です」

 「入れ」

 「艦長、先ほどは申しわけありませんでした……」

 竜介は、本当には申しわけないとは思ってなかったが、進の手前そう言ったのだ。だが、進にはそんなことはわかっていた。

 「土門、心にもないことを言うな。いいんだよ、そう思って当然なんだから……」

 「…………」

 竜介は下を向いたまま、何も答えない。進が続けた。

 「わざわざそんな事を言いに来たのか? 心配するな、なんとも思っていない。お前も3日間も捜索にでたんだ。疲れてるだろう、早く部屋に戻って休め。明日は待機していていいからな」

 「いやです! じっとして待ってるくらいなら探しに行った方がどんなに気が紛れるか…… あっ!」

 竜介は、自分の雪への想いが進に知れたと思ってはっとした。しかし、意外にも進は表情を柔らかくし、ほんの少し笑みも浮かべていた。

 「土門、ありがとう…… 雪の事をそんなにも心配してくれて」

 竜介は進が自分の気持ちを知った上でそう言っていることに驚いた。そして竜介はもう、自分の想いを隠すことなく、さらに進に進言した。

 「艦長、 明日もし見つからなかったら、もう何日か探せないんですか? まだ、生存の可能性もあるんでしょう?」

 「ありがとう、土門…… しかし、さっきも言ったがヤマトの使命は、第二の地球を一日でも早く発見する事だ。
 もし、ここでぐずぐずしていることで、その発見が遅れ、万一地球の滅亡に間に合わなかったらどうする? 雪は、その方が悲しむと思うよ。雪もヤマトの戦士なんだ。ヤマトの使命を全うするためならいつでも自分の命をかける覚悟はできているはずだ」

 きっぱりと否定する進に、竜介は大きく頭(かぶり)を振った。

 「そんな…… 僕には……僕には、やっぱり納得できません!!」

 真剣な眼差しで真っ直ぐに進を見つめる竜介。その熱い思いを受けて、進は、言うつもりのなかったことが口からこぼれだした。

 「なあ、土門、明日、日没と共にヤマトは発進する。それは確実なんだ。もう変更できない。もし、それまでに雪を発見できなくてもだ…… そして、もしも俺が……遭難しても……だ」

 「!?……」

  竜介の瞳がこれ以上ないほど大きく開かれた。

 「もし、俺が万一ヤマトに戻れなくてもヤマトは発進する。その時は、土門、波動砲の発射はお前にまかせたからな」

 「艦長!! それじゃあ……」

 「雪への気持ちはお前なんかに負けやしないぞ」

 進はそう言うと、かすかに照れたように笑った。

 竜介は、このとき初めて進の雪への想いがどれほどのものであるのかがわかったような気がした。常に生死を共にしてきた二人がお互いをどれだけ欲しているのかを……

 (やっぱり僕はまだまだ艦長には勝てない……)

 竜介は、もう何も言えず黙って退室した。

 その夜、進は最後になるかもしれないヤマトの艦長室で、まんじりともせずに夜を明かした。

 (13)

 次の日、進は他の捜索隊とは別に一人でコスモハウンドに乗った。今日で捜索を打ち切るという進の気持ちを察して、別行動をとる進を非難するものは誰もいなかった。

 コスモハウンドから人が引けたのを確認するように、島が、大きな荷物を持ってきてコスモハウンドに積んだ。

 「島、なんだ? この荷物は」

  進が尋ねると、島はニヤリと笑った。

 「真田さんからの預かりものだ。必要になったら、使ってくれとな。できれば、開いて欲しくないものばかりだよ。古代…… 雪を必ず見つけて帰って来い!」

 島は、それだけをいうと、艦橋へと戻っていった。

 進は、念のためその中身を確認した。それは、二人で十分1ヶ月は生存できるだけの携帯食料と、長距離用の携帯通信機、その他にも寒冷の地で生きていくのに必要と思われるものが入っていた。それらのほとんどが真田が開発していた品々なのだろう。

 「島…… 真田さん……」

 二人の思いを胸に、進はひとりコスモハウンドの操縦席に付いた。

 「コスモハウンド発進!」

 進が発進した後に、別のコスモハウンドが、真田の作った発信機を搭載して飛び立った。さらに他の捜索隊が続く。

それを第一艦橋から見つめる真田、島を始めとするクルー達はただ祈るしかなかった。古代…… 雪…… 無事に帰ってきてくれ、と。

 進は、コスモハウンドを昨日までとは、反対の地点に着地させると地上車に乗り換えて捜索を始めた。延々と続く森林だが、女性一人の足で歩く距離は限られているはずなのに…… 進は歯がゆい思いで一杯だった。

 (どうか、捜索地点と決めたここから近いところに雪がいてくれますように……)

 進もただ祈るばかりだった。

 (14)

 一方、3日3晩を氷点下の中で過ごした雪は、大分衰弱してきていた。持っていた携帯食料もあと、1,2日分しかなかった。

 木の中で過ごせた事で風や夜の寒さからは少しは逃れられたかもしれなかったが、それでもやはり寒さが日々しみてくるような気がした。もし、あの時のような嵐がまたくればもう、それに耐えられる自信は雪には残っていなかった。

 雪は、この3日間に何度か、捜索をしているらしい飛行物体を見ていた。しかし、上空からは、森の中にいる雪の姿が見えるはずもなく、雪も、自分の存在を知らせるすべもなく、どうする事もできなかった。森林の中を地上から捜索して発見してもらうしかなかった。

 (捜索隊はどこにいるのかしら? それとも、もうあきらめて行ってしまったのかしら…… ヤマト…… 古代君……)

 雪は、不安になる心をできるだけ奮い立たせようといろいろな楽しい事を思い出そうとした。それで浮かんでくるのは、やはり進とのことばかりだった。

 初めて会った地下の病院から、イスカンダルへの旅、帰還後の二人のデートの思い出、初めての夜を過ごしたあの湘南の別荘、離れ離れになって戦った後再会した時の逢瀬、いたずらっぽく笑う進、うれしそうに食事をする進、雪には、どれも口元がほころびそうになるほど幸せな光景だった。

 (ああ、古代君…… もう会えないかもしれないけど、私は幸せだったわ。ヤマトの使命は、第二の地球探し…… 私を探している時間などもうないはず。古代君、もう行っていいのよ……古代君……)

 既に4日目も半日が過ぎ、雪は朦朧として行く意識の中で、進への想いをつのらせていた。

 と、その時、低空飛行するコスモハウンドが急に見えた。雪ははっと気付いて、外へ飛び出した。

 そのコスモハウンドから何か小さなパラシュートにぶらさがったものが落ちてきたが、コスモハウンドは雪を発見することなく飛び去って行った。

 (何か落としていったわ!)

 雪は、その落下物のところまで必死に走った。落ちていたそれは、小型の発信機だった。

 (助かった!!) 雪は、発信機のボタンを力いっぱい押した。

 (15)

 『ピーピーピー』 進の持っている非常発進受信機が急に反応を始めた。

 「これは!…… もしや雪?!」 進が反応すると同時に、通信機にも連絡が入った。

 「古代!! 聞いているか? 今日落とした発信機の一つが今反応したぞ!! お前のいるところから近い! 北へ約2キロの距離だ! きっと雪だ!! 急行しろ!!」

 通信機から、真田の叫ぶ声が大きく響いた。

 「真田さん! 俺の受信機にも今発信機の反応が入りました!! このまま、地上車で急行します」

 進は、闇の中で一筋の光明を見た思いで、地上車を懸命に走らせた。

 (どうか雪であってくれ、頼む!! 今、行くからな! 雪!!!)

 進が進むに連れて発信機の反応はどんどん大きくなって行った。そして、眼前に1本の太い木が見えたとき、その下に立っている人影を発見した。

 (ああっ!あれは……雪だ!!!)

 進は、地上車を止めると、駆け下りると、雪のところまで一目散に走って行った。

 「雪ぃぃぃぃ!!!」

 「古代君!!」

 進は雪のところまで、到達すると激しく抱きしめた。

 「雪……雪……」

 「こ・だ・い・く……」 雪は、進に抱きすくめられると同時に、安心したように気を失ってくずおれてしまった。


(by めいしゃんさん)


 「雪! 大丈夫か!! 真田さん!! 雪を発見しました! すぐに、救命艇を派遣してください!! 衰弱が激しいようなんです!」

 雪を抱きしめたまま、進は、通信機に叫んだ。

 「わかった。待機してあるから、数分でそこにつく! 待ってろ!!」

 ヤマト内でも歓声があがった。雪が発見された! それも衰弱はしているものの無事であるらしい。その話は瞬く間にヤマト艦内を駆け巡った。

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