氷原に消ゆ(宇宙船艦ヤマトIIIより)
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(16)
雪を抱きしめたまま、上空を見つめていた進の目に救命艇が見えたのは、ほんの数分後だった。進の腕の中の雪は、息は規則的にしているものの、顔色が悪く、唇も真っ青で、いかにも具合が悪そうに見えた。
「雪、もうすぐヤマトに帰れるよ。がんばれ、雪……」
進は、雪の体を懸命にさすりながら、声をかけ続けていた。
救命艇は進たちの上空に停止すると、二人を引き上げるための作業に入った。進は、雪を抱いたまま、救命艇に引き上げられた。救命艇からは、代わりに二人が降り立ち、進の乗ってきた地上車と、コスモハウンドを回収しに行った。
救命艇の中では、佐渡とアナライザーが待機していた。
「古代、雪をここに寝かせるんじゃ」
佐渡の指示で、進は雪を簡易ベッドに降ろし、さっそく尋ねる。
「先生! 雪はどうなんですか?」
「あわてるな。外傷はなさそうだな…… アナライザー、脳波、体温、心拍数を調べてくれ」
佐渡は、アナライザーを使って雪の現状の基礎データをチェックし始めた。その、チェックが終わらないうちに、救命艇はヤマトに到着した。
「すぐに、病室に移すぞ。アナライザーと古代はついてきてくれ」
佐渡は、アナライザーに雪の簡易ベッドを押させるとヤマトの病室へと急いだ。救命艇の着艦場所から病室までの廊下は、ヤマトのクルー達で一杯だった。
みなが、雪の状態を心配していた。佐渡は、そのクルー達に何度もこう言いながら歩いた。
「心配するな、雪は大丈夫じゃ。みんなは早く部署に戻れ!」
雪を案じる進には、今は周囲のクルー達に艦長として声をかける余裕はなかった。
病室に入ると、アナライザーが、さっき佐渡から指示されたデータをはじき出していた。
佐渡は、そのデータを見ると、ん?という顔をして眉をひそめた。佐渡の顔をじっと見ていた進は、その表情を見逃さなかった。
「佐渡先生! 何か問題でも?」
佐渡は、それにはすぐに答えず、アナライザーに言った。
「アナライザー、お前は、ちょっと外で待っててくれ」
「ハイ、ワカリマシタ。 雪サンハ大丈夫ナンデスカ? 体温ガ少シ低イノガ気ニナリマス」
佐渡がアナライザーを病室から出したことで、進はさらに不安になった。
(17)
「佐渡先生! 体温が低いって? 雪は大丈夫なんですか!」
「古代、服を脱げ!」
「は?」
「服を脱いで、雪の服も脱がせろ!」
進は、佐渡が突然とんでもない事を言い出したので驚いてしまった。
「佐渡先生! な、なんですか? こんなときに!!」
あまりにも突飛な提案に焦る進を、佐渡は真剣な眼差しで睨んだ。
「わしは、冗談で言ってるんではないぞ、古代。雪の体温が異常に低下している。おそらく、あの氷点下の中で、簡易宇宙服を着ていたとは言え徐々に寒さにやられたんだろう。
このままだと、低体温症になって、すべての臓器の活動が鈍り、命にかかわる! 冷えた体を温めるには、人肌が一番じゃ。ほれ、早くしろ!!」
「は……はいっ!」
医師の命令は絶対である。命に関わると言われ、進は佐渡が命ずるまま、大急ぎで自分の制服を脱ぎ、続いて雪の制服を脱がせ、下着姿にした。
「古代、ベッドに入ったら、できるだけ肌を密着させるんじゃ。お前のぬくもりができる限り雪に伝わるようにな。そして、体中を摩擦してやるんじゃ。おそらく、1時間が勝負だからな。部屋も暖めるが直接伝わるのはお前の体温なんじゃからな!」
「はい!」
状況を知らない人間が見たら何事かといいそうな状態だったが、当の進は必死だった。もう周りを気にする余裕はなかった。すぐに、雪の隣に滑り込むと、雪をしっかりと抱きしめた。
雪の体は、佐渡が言うように体温が低いため、死人のように冷たかった。
進は、雪が本当に生きているのか不安になったが、胸が上下に動いている事は密着した体から感じられ、それだけは安心させられた。
しかし、雪の意識は、まだ戻っていなかった。もっとも、ここで雪の意識が戻れば進としてはやりづらかったかもしれないが……
進は、佐渡の言うとおり、雪を抱きしめたまま、両手で雪の体のあちこちを摩擦しながら佐渡に言った。
「先生! 雪の意識はまだ戻らないのは!?…… 雪は大丈夫なんですか?」
佐渡は雪の様子をうかがってから、進を見て答えた。
「心配はいらん。気をはっていたから疲れただけじゃろう。気絶していると言うより、眠っているようなもんじゃ。わしは、外のモニターからデータをチェックしているから、何かあったら、このボタンを押してくれ」
そう言って、佐渡は病室を出ていった。
「雪……がんばれ…… ヤマトに帰ってきたんだぞ。雪……」
進は、何度もそうつぶやきながら、雪を抱きしめ、そして必死にさすりつづけた。
周りに誰もいなくなると、雪を無事に見つけだせた喜びが今になってじわじわと沸いてくる。
まだ、顔色も悪く目も覚まさない雪だが、自分の目の前に雪がいて、そして呼吸している……!
この単純な事実が、どれほど進にとってうれしいことなのか、今更ながら感じられた。
雪がいとおしい。進は、雪の顔を見つめながら、ただただそう思っていた。
しばらくそうしている内に、雪の体に少しずつ温かみが戻ってきたように思えた。頬もだんだんと赤みをさしてきた。目はまだ開かないが、穏やかな呼吸は、だんだんと幸せな寝息のように思えてきた。
進は、さらに続けて雪をさすりつづけた。
(18)
1時間後、ドアをノックする音が聞こえ、佐渡が入ってきた。
「古代、よくがんばったな。雪の体温は、ずいぶん回復しとるよ」
「本当ですか! 先生!!」
進の顔がぱっと明るくなった。
「他のデータはそれほど悪いものはないし、食事は携帯食を食べつづけていたらしく、胃の中はほとんどからっぽだが、血液の状態も悪くないようだな。一晩、休めはほぼ回復するじゃろう。心配ない。
ま、念のため、今晩一晩、古代、お前がついていてやれ。もう、体温も再度低下する事はないとは思うが…… 念のため、そのままついててやるんじゃぞ。な!」
「しかし……」
進は、戸惑った。雪が回復したと聞くと、急にこんな格好で雪と二人で寝ている事が恥ずかしくなってきたのだ。
「医者の命令じゃ。わかったな!」
「……はい……」
『医者の命令』と言われると、進も反論するわけにはいかず、素直に返事するしかなかった。
「それと、もし雪が目を覚まして、何か口にしたがったら、ここにぬるめに温めたミルクを置いておくから、1回でコップ1杯くらい飲ましてやってもいいぞ。部屋は面会謝絶にしておくから、誰も入って来んようにな」
そう言うと、佐渡はポットとコップをベッド脇において出て行った。
(19)
病室を出ると、佐渡は、第一艦橋へ足を向けた。顔には安堵の笑みが浮んでいる。
第一艦橋では、進や他の捜索隊全員が帰還すると同時に、ヤマト発進の命令を出した。さっき、自動航行に入って、島と真田以外は食事休憩に行って、いなかった。
「しかし、古代たちが戻ってすぐに、また雪を遭難させたあの嵐が起こったなんて、本当に危機一髪だったな」
「ああ、雪を見つける前にあの嵐が起こっていたら、また計器が乱れて発見しそこなうところだった。ぎりぎり助かったよ」
島と真田はそんな話をしていると、そこへ佐渡が入ってきた。
「佐渡先生! 雪の様子はどうですか?」 島が佐渡に尋ねた。
「うん、もう大丈夫じゃ。少し、体温が低下していたが、たいしたことなかったしのう。だいぶん回復した。後は、休養するだけだな」
佐渡の言葉に二人はホッと息をついた。
「古代が、必死で温めてやったからのう…… アレが一番の薬じゃ…… ははは」
「古代が温めた?」 島が聞きなおすと、真田も「ん?」という顔をした。
「冷えた体には人肌が一番じゃからな」 佐渡はニヤッと笑った。
「ん? 医務室には、体温維持装置がありませんでしたか?」
真田が思い出したように言った。
「ああ、あれは壊れとった。真田君に直してくれと言っておっただろうがぁ……」
佐渡は、すっとぼけて言うと、真田に意味深にウインクした。
「あっ、ああ…… そうでした!! すみません。明日にでも早急に修理します」
真田が頭をかいて、慌てて佐渡に話をあわせたので、島も大笑いした。
「あっははは…… 佐渡先生もやりますねぇ……」
「まあ、雪の低体温も大したことはなかったんだが、古代には命にかかわると脅してやったからな。奴は必死になってたよ。ふぁっはっは……
というわけじゃから、古代は今晩一晩借りるぞ。いいな。あ、もちろん、今夜は雪は面会謝絶だからな。くれぐれもよろしくな」
「了解しました、佐渡先生」 島と真田も笑いながら頷いた。
(20)
佐渡が出ていった後、進は雪の顔をもう一度見つめた。さっきまでとは違い、頬にほんのり赤みのさした寝顔はとてもやすらかそうだった。そっと、雪の顔をさわってみると少し暖かかった。
雪の寝顔をみながら、安心したのか進も急に眠くなってきた。雪が遭難して以来、進もほとんど寝ていなかった。うつらうつらとし始めた。
どれくらいたっただろうか、雪が初めて声を発した。
「う……うん……」
小さな声だったが、進はその声にはっとして目を覚ました。
「雪?」
進も小さな声で雪の名を呼んでみた。雪はその声にそっと目をあけた。
「……こ・だい……く・ん?」
「雪…… 目が覚めたのかい?」 進は、雪に笑顔を向けた。
「わたし…… ここはどこ? どうして古代君がここにいるの?」
雪は、すぐに情況が飲みこめなかったようでとまどっていた。
「ここはヤマトの病室だよ、雪。助かったんだよ!」 進は、叫ぶようにそう言った。
「…………!! 古代君! あっ…… でも、あの…… どうして……こんな格好?」
雪の顔に生気がよみがえり、うれしそうな笑顔をみせたが、すぐに自分の格好と進が裸で隣にいることに気付き、顔を真っ赤にした。
「あっ…… ああ、君の体温が異常に低くて…… あの、佐渡先生が…… 暖めてやれって……あ、だから……」
雪が赤くなったので、進も慌ててしまう。一緒に赤くなってしまって、説明をしようとするのだが、しどろもどろでうまく説明ができない。やっとのことでそれだけを告げた。
「古代君があたしを?体温が低かったの?」
雪はその意味を理解したのか、頬を染めたまま進を見つめた。
「うん…… ごめん…… 何もしてないよ……」
何を言っていいのかわからず進はトンチンカンな事を言った。その声に雪はクスクスっと笑い、それからちょっと考えてから言った。
「体温が低下していたのなら、どうして医務室の体温維持装置を使わなかったのかしら? 佐渡先生……」
「えっ? 体温維持装置? そんなものがあったのかい?」
「ええ…… 故障でもしてたのかしら?」
「佐渡先生、そんな話全然しなかったぞ」
「じゃあ?」 「あっ!」
二人は同時に佐渡のちょっとしたいたずらに気付いた。そして、また二人して真っ赤になってしまった。
「あっ、俺……」
そう言って、進は起きあがってベッドからでようとした。が、すぐに思いなおしたように途中で止まった。
「……いや、佐渡先生から『医者の命令』で、今晩一晩は雪のそばを離れるなって言われてたんだ」
進はもう一度雪の隣に戻って、雪の顔を見て微笑んだ。今日だけは佐渡先生の厚意に甘えよう……そう思った。
「古代君……」
進が佐渡の心遣いを素直に受ける気になったようなので、雪も同じくそれに甘えることにした。そして、進の胸に自分の体を預けるようにしてすがった。進も雪の頭を軽くなでると、雪をもう一度抱きしめた。
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「雪…… 君が見つからなかったらどうしようって…… ずいぶん心配したんだぞ」
辛かったここ数日の思いが、進の脳裏に蘇り顔がこわばるのがわかった。雪がそっと視線を上げ、進の苦しそうな顔を見つめた。
「ごめんなさい…… あの時、急に突風が吹いて気がついたときには、通信機はどこかに飛ばされてて…… 採取車も横転してるし…… このまま、この嵐の中にいたらとても生きてはいられないって思ったの。それで、どこをどう歩いたのか…… 木の幹の大きな穴を見つけて、ずっとそこで助けを待ってたのよ。でも、元の位置からずいぶん離れてたのね?私」
「ああ…… あの深い森林だろ。上空から地上にいる姿は見えないし、だから地上車を使って…… どこに行ったのかわからなくて苦労したよ。結局、真田さんが、未捜索のところに昨日まくようにとくれた発信機のおかげだったな」
「古代君……会いたかった。一人で待っている間、あなたの事ばかり考えてたわ」
「雪……僕もだよ。でもよかった……本当に……」
そう言うと進は、もう一度雪を強く抱きしめて微笑んだ。雪の瞳も進の顔を見あげていた。
進は、雪にそっとやさしくキスをした。それは、初めてキスをしたときのようにそっと……本当にそっとだった。
それでも、二人にとってこのような行為は数ヶ月ぶりのことで、胸がドキドキと鼓動するのを二人は感じていた。雪が少し、紅潮した顔で、なおも進の顔を見つづけるので、進は苦笑した。
「おいおい、雪……これ以上誘惑しないでくれよ。今はこれが精一杯だよ。さあ、もう眠った方がいい。まだまだ体が元に戻ってないんだから」
進が困ったような顔をして言うので、雪はクスリと笑うと言った。
「はい……艦長」
「こらっ! 今晩だけは、ただの古代進でいさせてくれ」
進は、そう言うと、もう一度だけ雪にくちびるを重ねた。
そして、雪は満足げに進の胸元に体をうずめると、すぐに寝息をたてた。それだけ、疲労がたまっていたのだろう。進も、その寝顔をいつまでも見ていたいと思ったが、いつのまにか眠ってしまっていた。
(22)
翌朝、雪は進が起きだす動きに目が覚めた。
進は、さっとベッドから抜け出すと、制服を身に着けていた。雪は黙って、じっとその後ろ姿を見ていた。
制服を着終わると、進は雪のほうを振り返った。
「目が覚めたのかい? 雪。まだ、寝ていていいよ、しばらくは安静にしないと」
進の目は昨日と同じようにやさしかった。だが、その目がだんだんとヤマト艦長の目に変わって行くのを、雪は確実に感じていた。
(また、今日から古代艦長なんだわ)
雪は、昨夜の進の事を思い出すと少し淋しかったが、昨夜の方がヤマトでのいつもの進ではなかったのだと、自分に言い聞かせた。
「じゃあ、僕は行くから。じっと休んでないとだめだぞ。それから、お腹すいたら佐渡先生に聞いて少しずつ食べ物を口にするんだよ」
進は、それだけを言うと、ドアノブをつかんだ。雪は、ひとつだけ聞いてみたいことがあった。
「古代君……」
「ん?」
「もし、私が昨日みつからなくても、ヤマトは発進していたんでしょ?」
進は、雪の質問にビクッとした。なんと答えればいいのか一瞬ためらった。しかしすぐに意を決したように、すうっと息を吐くとその事実を伝えた。
「昨日、君が発見できるできないにかかわらず、ヤマトは日没と同時に発進する予定だった」
「そう…… それが正しい事だわ、艦長……」
雪が無表情で答えた。進は何か言おうとしたが、結局それ以上何も言わずに、黙って部屋を出ていった。
進が出ていくと、雪の目からは、無意識に涙がぽろぽろとこぼれてきた。
(そう、古代君の言った事は正しいわ。ヤマトの任務を遂行するためには、一人の人間のためにこれ以上のロスは避けなければならないのよ…… それが、ヤマト艦長の判断だものね、古代君……)
理屈としては十二分に理解できる雪だったが、やはり胸がきゅうんと締め付けられた。
その時、進と入れ違いに佐渡が入ってきた。
(23)
「雪、どうじゃあ? 具合は」
雪は、涙を手でぬぐうと、努めて笑顔で佐渡に言った。
「佐渡先生、とてもいい気分です。とても元気です……」
「ん? なんじゃ、今泣いておったのか? どうしたんじゃ? 古代と離れるのがそんなに辛かったか?」
「い、いえ、違います。ちょっと、汗が……」
「ん? まあ、健康そうな顔にはなってきたな。古代の看病が効いたみたいだ」
佐渡はそれ以上突っ込むことはせずに、ただ微笑んだ。
「ねえ、佐渡先生…… 昨日、ヤマトは私の発見に関係なく発進する予定だったんですってね……」
雪が小さな声でつぶやくと、佐渡は怪訝な表情で雪の顔を覗き込んだ。
「ん? 古代がそう言ったのか?」
雪がこっくりと頷いた。
「はい…… 私が聞いたんです。艦長ですものね。ヤマトの任務を考えると、それが当然ですよね」
「ははあん、それで泣いておったんだな。古代の奴、相変わらず不器用な奴じゃな」
佐渡が苦笑いする。
「えっ?」
「確かに発進する予定だったよ、ヤマトはな……」
「ヤマトは……?」
「だが、お前さんが見つからなかったら、古代はあの星に残るつもりだったんだそうだ」
「えっ?!」
雪がびっくりしたように大きく瞳を見開いた。佐渡が包み込むような優しい表情で頷いた。
「島と真田に聞いたんだがな。古代は、前の晩に二人を呼び出して今後の事を頼んで行ったそうじゃ。もし、お前さんが見つからなかったら、自分も遭難するかもしれないと言ってな」
「!! 古代君……」
佐渡は、大きくため息をついた。
(この娘(こ)は、相変わらず苦労させられるのう……)
「古代の奴、自分で雪にそう言えばいいのに。なあ、そうだろうが、雪」
「先生……」
「わかったか、雪。古代のお前さんへの気持ちは、たとえ、ヤマト艦長として職務を果たしていてもまったく変わっとらんよ。心配するな。この旅が終われば、また今までの二人に戻れるから」
「……」
雪は、また涙がでてきた。しかしそれは、さっきのとは全く違う種類の涙だった。
(古代君……本当に不器用な人。でもうれしい…… もう何も言わないわ。ヤマトの任務が終わるまであなたが私をただのクルーとしてしか見てくれなくてもかまわない。昨日と今日のことを胸に抱いて待ってるわ。古代君)
佐渡はそんな雪の姿に、安心したように、そっと部屋を後にした。
(24)
第一艦橋に進が入ってくると、全員が進に注目した。
「艦長!」「古代!」 みんながうれしそうな顔で進を見た。
「雪さんは、もういいんですか?」 相原が尋ねた。
「ああ、みんなに心配かけてすまなかった。もう、大丈夫だ。後は、しばらくゆっくり休養すればいいそうだ」
「わあああ!」第一艦橋の皆が歓声をあげて喜んだ。
「真田さん、島……」 その歓声の中、進は二人の副長に声をかけた。「俺は……」
昨日、艦長を捨てていたかもしれないという思いが、進の心にわだかまりとして残っていた。
「古代『艦長』! どうしたんだ? 次の探査惑星までの航路について報告したい事があるんだが」
島が、わざと、『艦長』というところを強調して行った。
「艦長! 作戦会議室で打ち合わせしよう」
真田も、力強く『艦長』と言った。
進には、それが進のわだかまりに対する二人の答えだとわかった。何も言うな、お前はヤマトの艦長だと、そう二人は言っているようだった。
「艦長……」 後ろから、竜介が声をかけた。
「ああ、土門、お前にもずいぶん心配をかけてしまったな」
進は、竜介をねぎらうように、微笑んだ。
「いえ、僕は艦長を尊敬します。艦長は、このヤマトに一番ふさわしい艦長だと僕は思っています!!」
竜介の目は、すがすがしく輝いていた。
「艦長に向かって、何えらそうなこといってやがる」
竜介は、横から南部に小突かれ笑われた。皆もそれにあわせて笑った。その笑い声の中、竜介は言葉を続けた。
「あの…… 生活班長のお見舞いに行って来てもよろしいですか?」
「えっ!!」
竜介が臆面もなくそういうので、進は、一瞬答えに窮してしまった。
「ほぉぉ、古代! これは、なかなか強力なライバル登場か?」
島が、冗談めかして進に言った。進は、困ったように笑っていた。
「島副長!! 違いますよー! それは!! 僕はそんなつもりではありませんよ」
竜介が言い訳するのも可笑しくて、みんなはまた爆笑した。
「佐渡先生に聞いてからにしろよ、土門」
進は、苦笑しながら竜介に許可を出した。
「はい!!」
「ああ!! ずるいぞ! 土門、俺達も行きたいよなぁ!」
南部に相原が土門を責める。
「何言ってる。ここは、順序ってもんがあるんだ。最初は、副長である俺からだ!」
さらに、島まで雪の見舞い争いに参加を表明した。
進は、そんな会話を黙って見つめながら、心が晴れていくのを感じていた。ヤマトは、やはり人間の動かす艦なんだ。人と人のつながりが、このヤマトの強さなんだと、進は、再確認した。
(25)
その日の夕方、進は、雪の様子を尋ねに医務室を訪れた。
「佐渡先生、雪は?」
「おお、古代。雪は、治療する事は何もないんで自分の部屋に戻ったぞ。食事だけ少し気をつけて急に食べ過ぎなければ大丈夫だ。できれば、3日間ほど休養を取ったほうがいいがな。雪の事じゃ、明日からでも働くって言いかねんから、そこだけお前なんとかしろや」
「そうなんですか? じゃあ、行って様子見てきます」
「古代」 佐渡は思い出したように進を呼びとめた。
「はい?」
「お前さん、いくら艦長だっちゅうても、あんまり突っ張ってないで、たまには自分の気持ちを、雪に素直に話してやったほうがいいぞ」
「え?」
「今朝もそうだっろ? 雪は、気丈にしてたが、泣いておったみたいだぞ」
「あ……」
ヤマトを雪の安否にかかわらず発進させる予定だったことを告げた話のことだと、進は気が付いた。
「まあ、わしが代わりに伝えておいたからな。真田達から聞いてたもんでな」
「は…… すみません」
進は、その話はきっと誰かの口から雪に伝わるだろうとは思っていた。だが、今朝自分でそれを雪に言うことができず、冷たい言い方をしたと後悔していた。艦長で在らねばならないという気持ちだけが、空回りしていたのかもしれない。
進は、少し反省しながら雪の部屋への廊下を歩いて行った。
(26)
雪の部屋の前にくると、部屋から男女の笑い声が聞こえてきた。
「ははは、だから、あの時の古代の顔を雪に見せたかったぞ。『雪をひとり置いていくことは……できない!』ってな」
「もう、島君、からかわないで……」
雪は頬を染めて、島の話をうれしそうに聞いていた。
「そうですよ。僕だって、もう少し捜索を続けて欲しいって艦長に頼みに言ったんですよ。そしたら、艦長ったら、『雪への気持ちはお前になんか負けないぞ』なーんて言ってたんですよぉ」
雪の頬はますます赤くなって言った。
「土門は、雪に惚れてたんだもんな」
「は……はい! でももう、きっぱりあきらめました!!」
島が竜介の気持ちをばらしたが、竜介はちょっと恥ずかしそうにしたが、はっきりとそう言った。
「土門君ったら…… ありがとう」
「こら! 何をこんなところで油売ってるんだ!」
そこへ、進が入ってきて、二人を軽く怒鳴りつけた。しかし、それは二人にはまったく意に介されなかった。
「古代君……」
頬を染めた雪にそう呼ばれると、今の話を思い出して進は語気を緩めた。
「と、とにかく! あまり余計な事を言うな。俺の立場がなくなる……」
進も顔を赤くした。
「あっははは、了解しました…… か・ん・ちょ・う! さ、お邪魔虫は行くぞ、土門」
「はい! 失礼しました」
二人は、笑いながら部屋を出ていった。進は、二人を見送ると、まだ恥ずかしそうに雪の方に向き直った。
「古代くん、すっかり元気になったのよ。明日からは普通に任務につけるわ」
雪は、進に向かって微笑んだ。そんな雪に進は少し厳しい顔になって言った。
「雪、君は植物採取に行って、単独行動をとったために遭難し、ヤマトの航行に多大な損害を与えた。よって、明日から3日間、自室で謹慎処分とする」
「古代君!」 進の命令に雪が眉をしかめた。
「艦長命令だ!わかったな。 ……雪、頼むからこれ以上俺を心配させないでくれ。まずは体のためにゆっくり休むんだ。いいな」
進は、後半の言葉を、微笑みながら柔らかな語気で、雪に言った。雪には、進のその思いが十分に伝わった。だから素直に頷いた。
「はい……艦長。ありがとう……古代君」
手を握るでも、抱きしめあうわけでもなかったが、見つめ合う二人の心は、完全に一つに溶け合っていた。
雪の部屋をでた竜介は、島と別れ、幕の内のもとを訪れていた。
「幕の内キャップ、僕、やっと一人前のヤマト乗組員になれたみたいです」
竜介はきっぱりと、かつ、しみじみと噛み締めるようにそれだけを言った。
「ん? そうか…… 一人前になったのか……」
幕の内も何も聞こうとはせず、竜介をまぶしそうに見た
この一連の事件で、竜介が、またひとつ大人になったことを、幕の内は確信した。彼の顔には、成長した後輩を慈しむ優しい笑みが浮んでいた。
時に2204年6月。ヤマトは第二の地球を見つけるため、ひたすら宇宙を飛び続けていた。
おわり