The Girl of My Ideal


 時は2199年12月初めのこと。地球との通信圏を離れ、いよいよ銀河系を飛び出したヤマトは、オリオン座アルファ星の灼熱の炎の中を切り抜け、オクトパス星団の直前まで辿りついた。この誕生間もない星団は、迂回するにはあまりにも大きかった。
 そこで島航海長の提案で、真中を突っ切る海峡を発見するため、磁気嵐が鎮まるまで現位置で待機することになった。



 そして数日後、このところ幸いにガミラスの攻撃もない。つかの間の休息とばかり、ヤマトの若者たちがサロンに集まって雑談に花を咲かせていた。
 メンバーは、第一艦橋の島、南部、太田、相原、そしてブラックタイガー隊の加藤だ。

 話題は様々、初めは地球の状況を心配したり今後の航路のことを話題にしていたが、そこは若い年頃の男の子達、場が和んでくると自然話題が色気付いてきた。
 当然この手の話題の中心は、南部康雄になる。大きく伸びを一つしてすると、ぐるりと皆を見まわした。

 「真面目な話題ばっかりじゃつまらんねぇな。なんかこう艶っぽい話でもないのかねぇ」

 すると、相原が首を傾げた。

 「例えば……?」

 「そうだな、やっぱり俺達の年頃の話題って言えば……女の子のことだよな?」

 南部がニヤリと笑うと、他のメンバーたちもへへへと小さな笑い声を上げた。ハイティーンの彼らにとって、やはり女の子の話題というのは欠かせない。
 島が、ちょっと考えるように視線を上にしてから尋ねた。

 「女の子ねぇ…… 南部はどんな子が好みなんだ? お前はうるさそうだよなぁ」

 「うんうん、思う思う! けどさぁ、ヤマトの女性陣も結構質は高いんじゃねぇか? 結構かわい子ちゃんがいるぜ」

 加藤が、どの子が一番かわいいかなぁ、などと心の中で物色を始める。すると、それに南部がしたり顔で答えた。

 「まあ…… 最初はノアの箱舟として開発されたヤマトだからな。乗り込む予定のメンバーも、それなりに選りすぐられてるさ」

 「よりすぐられてる……ねぇ。ってこたぁ、俺達も選ばれたってことか?」

 嬉しそうに尋ねる太田をチラッと見て、島はくくっと笑った。

 「お前の場合は、こんな宛てのない旅に出るのを嫌がったヤツの代わりに、間違って入ったとかってんじゃないのか?」

 「ええっ! ひっどいなぁ!」

 「はっはっは…… 冗談冗談! 太田君の航路計算にはいつもお世話になってます!」

 島はやたら丁寧な口調で、太田に向かってぺこりと頭を下げてから、南部の方に向き直った。


 「で、どうだ? 南部の好みの女の子ってのは? やっぱり、言い出しっぺから言ってみろよ。お前ならいいとこのお嬢さんなんてのも、たくさん知ってるんだろう?」

 するととたんに南部の顔が歪んだ。

 「ああ、だめだめっ! 金持ちの娘ってのは、お高く止まってやだね。金のあるなしで人を評価してるようで……」

 「そうなのかぁ? 深窓のお嬢様……なんていうのは僕なんか憧れるけどなぁ。なんていうかおしとやかで、控えめな印象が……」

 意外そうな顔で首を傾げる相原の発言を、南部はブンブン首を振りまわして否定した。

 「いないいない! 今の世の中そんな女いやしないさ。外見の美人はいるが、内面美人はいないと思ったほうがいいぜ。だから俺は嫌なんだよ、オヤジの関係の付き合いするのは!」

 「そんなもんかねぇ。南部ははずればっかり引いてるんじゃねぇのか? それとも、とんでもない女にこけにされたとか!?」

 加藤がニヤリと笑ったが、南部は動揺するどころか、ますます憤怒した。

 「ふんっ! なまじ親が金持ちだとそうなっちまうんだよ! 俺はやだよ!金持ちってヤツは!!」

 南部重工の社長の御曹司となると、金持ちの娘たちも目の色が変わるのだろう。他の連中からすれば、同情する余地もなくはないが、ある意味うらやましくもある。結局それは、「もったいないこというヤツ……」という、呆れ顔の太田の呟きに集約された。
 しかし、南部はそんな事はお構いなしに、自分の理想像を話し始めた。

 「それよりやっぱり、ごく普通の家庭の子がいいよ。両親に愛されてきちんと大事に育てられて、ごく普通の常識を知ってる子がね。変に人生に対して曲がった考えもなくて、まっすぐで無垢で…… そういう子なら、凛とした美しさがあるんじゃないなぁ」

 「まっすぐで無垢ねぇ。世間の荒波を知らないネンネでもいいのか?」

 ここぞとばかり島がつっつくが、南部がさらりと交わした。

 「いいじゃないか。そんときゃぁ、俺がちゃんと手取り足取り教えてやるさ……」

 「わっはっは……南部の理想を地でいくんなら、ロリコン主義で小学生でも見つけりゃいいんじゃないか!」

 加藤が受けて大笑いすると、太田も一緒に笑い出した。

 「ははは…… 南部はロリコンだったのか!」

 「ば、ばかっ!違うに決まってるだろ!!」

 「あはは、もう年上の女はあきたんじゃないのか? 僕、訓練学校時代の噂話は聞いてるよ〜!」

 「おおっ、俺も知ってるぞ。休日に出かけるたびに違う女と歩いてたって話…… それも年上の女子大生やOL風だったって」

 相原と島が一緒になって、茶々を入れた。すると、南部は眼鏡の奥でバチンとウインクをした。

 「あれはみんな、オトモダチ!」

 と、皆が一斉に仰け反った。誰も信じてないって!

 「はん、あっやしいなぁ〜。俺としちゃあ、そっちの方の経験談の方が聞きたい気がするけどなぁ……」

 「おおっ!聞きたい!聞きたい!!」

 島の提案を加藤が支援したが、南部としてはそろそろ自分の出番を終わりにしたい。責められるのが自分ばかりじゃ割に合わない。こういう話題は、人の話に突っ込んでる方が面白いのだ。


 「ま、まあ…… それはまたの機会ってことで、それよりお前はどうなんだよ、好みの女ってのは? 相原」

 「えっ!? ぼ、僕っすか?」

 突然振られて焦る相原に、南部が今度は突っ込み役をかって出た。

 「お前、いつもお袋さんのことばっかり心配してるけど、もしかしてマザコンか?」

 「なっ! 違うってぇ!! 母さんは大事だけど、そういうんじゃないんだから! えっと、僕は……」

 早く方向を変えないと、すっかりマザコンにされそうな雰囲気に相原は焦って考えた。

 「え〜っと、えとえと……そうだなぁ。やっぱり楚々とした静かな優しい女性がいいなぁ。控えめで家庭的で…… ああ、それから小さな野の花や小鳥達を可愛がるような…… 野辺の花が折れてるのを見て、かわいそうに思えるような人……」

 「がっはっははは……」

 加藤の馬鹿笑いに、他のメンバーもつられて大笑いすると、相原が真っ赤になって怒った。確かに自分で言いながらちょっと恥ずかしかったが、理想は理想なのである。

 「そ、そんなに笑うことないだろう!」

 「それこそ、簡単にいるわけねえだろ。相原も南部も、無い物ねだりだぞ」

 笑いを堪えながら加藤が言うと、相原が負けじと睨み返した。


 「じゃ、じゃあ。加藤はどんな子がいいんだよ」

 「俺かぁ〜 そうだなぁ」

 すると今度は加藤が、う〜ん、と考えながら目だけが天井を眺めた。

 「元気な子がいいなぁ。何するにも一生懸命で、失敗してもまた頑張れるっていうか。けど、気の強いのは嫌だな。恐ええ女はやだからな。ああ、でも外見的にはやっぱこう……」

 加藤は両手を胸の前に持ってきて、体に沿って大きな曲線を描いて見せた。

 「ボインちゃんってのがいいな。出るとこが出てて、引っ込むところは引っ込んでるっての」

 「お前、スケベそうだからな!」

 「うるせぇ!!」

 すかさず突っ込む島のナイス発言に、皆はまた大受けした。

 「わっははは……」


 ひとしきり笑ってから、南部がまた話を次に振った。

 「じゃあ、次は太田、どうだ?」

 「俺かい? そうだなぁ。笑顔の可愛い子ならいいけど。あと、やっぱり料理のうまい子がいいかなぁ。毎日美味しいものを食べさせてくれるような……」

 じゅるりと舌なめずりが聞こえてきそうな太田の理想像だ。

 「ははは…… やっぱりそうきたか。けど知ってるか? 太田ってこの顔に似合わず面食いなんだぞ。笑顔の可愛い子なんて言ってるけど、こいつの好みのタレントって、結構美形のおねえさまタイプが多いんだぜ」

 太田と過ごすことの多い島が、太田の実(じつ)を暴露した。すると南部の辛らつな突っ込みが入る。

 「へぇ? それは初耳だな。けど、お前、ちょっと鏡見たほうがいいぞ。面食いだなんて、贅沢ってもんだ!」

 「い、いいだろ。俺だって美人は好きだよぉ。だってさぁ、綺麗じゃないより綺麗な方がいいに決まってるし…… それに俺のいとこの兄貴だって、俺と同じ顔してるのに、ものすごい美人のフィアンセがいたんだから……」

 必死に言い訳する太田である。そう、理想なのだから「夢は大きく」てもいいのだ。

 「美女と野獣ってのもないとも言えんからな。まあ太田も、万が一ってこともあるし、なっ!」

 「ちぇっ、万が一は余計だよ」

 島と太田の迷コンビの会話に、また皆が受けた。そして切り返しに、太田が島に尋ねた。


 「で、島はどうなんだよ」

 「ん? 俺かぁ〜 そうだなぁ。芯のしっかりした子がいいな。仕事でもなんでも一つ決めたことをきちんとやり遂げられるような…… でも、家では家庭的なのがいい。朝、うまいコーヒーでも入れてくれて、そのいい香りに起こさてみたいな」

 ふむふむ、と皆が頷く。珍しく突っ込みが入らない。まあ、島らしい理想像だと言えるのかもしれない。

 「それから俺のことを一途に思ってくれる子。島さんがいてくれれば後は何もいりませんっとかさぁ。言われてみたいよなぁ〜」

 ふと脳裏に、生活班長森雪の姿が浮かんでくる。あの子に切ない瞳でそんな風に言われたら、とろけてしまいそうだと思う。それが顔にも出てしまったらしい。南部が目ざとく気が付いた。

 「へぇぇ〜 なんか宛てがあるみたいな言い方だよなぁ。誰かいるのかなぁ〜?」

 「えっ!? い、いやぁ、別に誰ってわけじゃあ」

 「ほんとかなぁ〜」

 一同が怪しそうな顔で島を見たが、島は必死で否定した。だが、島や進が、森雪に惚れているらしいという話は、既に第一艦橋の連中には知れ渡っている。いや、南部、太田、相原だってあわよくばと狙っているのは同じだ。その思いには大差がない。

 「ほんとだって!!」

 焦る島を尻目に、南部はその「誰かさん」を想定させる発言をした。


 「じゃあさぁ、みんな。自分の理想に一番近いヤマトの女子乗組員って言ったら誰だと思う?」

 「ヤマトのか……」

 皆が頭の中で、それぞれの理想の姿をもう一度思い起こしてみる。

 「普通にまっすぐ育った純粋で……」
 「楚々とした美しさのあって……」
 「いつも何事にも一生懸命で……」
 「とびっきりの美人で……」
 「芯のしっかりした……」

 とくれば、やはり思い起こす女性は、そうあの彼女である。言葉には出さないが、目配せしあう皆の意見は一致しているようだ。

 「けどさぁ…… 問題もあるぜ」 南部がニヤリ。相原が考える。「問題って?」

 またまた皆が彼女のことを思い出してみる。

 「世間知らずってほど真っ白じゃない気がするし……(看護婦はいろんな!?知識もありそうだ)」
 「折れた花見て同情しても、泣き出すほど繊細には見えないし……(とっとと植え替えてしまいそうだ(汗))」
 「めちゃくちゃ気が強そうだし……(俺は気の強いのは苦手だ! それに、ちょっとボインも足りない)」
 「噂じゃ、料理の腕は信じられないくらい悪いらしいし……(不味い料理を食べさせられて、自分で作る方がいいってことになるのは嫌だな)」
 「そうそう、彼女のいれるコーヒーはふた月たった今もうまくならない……(朝のモーニングコーヒーは捨てがたい!)」

 確かに難点もありそうだ。しかし、それをさっ引いても彼女は素敵だ。その点ではみんなの意見は一致した。

 「けど、やっぱヤマトじゃピカ一だよな。森雪は、みんなの憧れってので決まりだな」

 「ああ、それには大賛成!! あっ、そういやぁ、ここにもう一人彼女にぞっこんのヤツがいねえな」


 加藤が思い起こしたのは、我らがチーフのことである。

 「ああ、あの、こと恋愛に関しては思いっきり奥手の奴なぁ」

 島がおかしそうにくくっと笑った。

 「やっぱり、そうなのか? そういう噂を耳にしたんだが、戦闘訓練中のあいつからは想像がつかねえんだけどさぁ。お前らと一緒につるんで遊んでたんじゃねぇのか?」

 加藤が島や南部に尋ねると、島がこくりと頷いて説明しはじめた。

 「あいつ訓練学校時代は暗かったからなぁ。ガミラスの遊星爆弾で両親を殺されて、その仕返しがしたくて宇宙戦士に志願したらしいんだ。いつもガミラスへの恨み憎しみで目をぎらぎらさせてた。
 ほら、この前のガミラス兵の件知ってるだろう? まあ、あの後ちょっと認識をし直したみたいだけどさ。
 とにかく訓練学校時代は、憎しみの塊みたいな感じだったからな。それなりに一緒に遊びはしたが、ガミラスをやっつけることだけで頭が一杯で、女に興味持つ暇なかったんじゃないかなぁ」

 島の説明を、全員がこくこくと頷きながら聞いた。そして森雪に出会って初めて恋を知ったわけだ。加藤が確認するように尋ねた。

 「それがヤマトに乗ってから、コロッと変わったってのか!?」

 「そうそう、ああ、いや……たぶん、地下の連邦病院で彼女を見た時からだな……」

 「いわゆる一目惚れってやつか?」

 「まあ、その前にあの火星で死んだ美女を見てたからな。その彼女にそっくりな娘が生きて歩いてたんだから、びっくりしたのもあったんだろうが、初めて女ってのを意識したんじゃないかなぁ」

 皆が大きく頷く。

 「もう彼女しか見えない……ってか?」

 加藤がさらに尋ねると、南部が大きく頷いた。

 「そうそう! 女に免疫のないやつに限って、もう思い込み激しいからなぁ。思い込んだらとことんってやつでさっ」

 「けどよぉ、聞いたところじゃ、あの二人、結構接近してるって噂じゃないか。二人で展望室で話してるの見たって奴もいるぞ」

 加藤の元には、我らがチーフとアイドル雪ちゃんのちょっと浮いた話なども聞こえてきているようだ。
 ブラックタイガー隊にも、雪に憧れてる輩(やから)は多い。無理やり怪我をして医務室に行く奴もいるくらいだ。
 そんなやつらが、そんな噂をしながら、第一艦橋同僚組はチャンスがあっていいなと羨ましがっていた。

 「馬鹿言うな! あいつらに何かあるわけないだろ! 俺だって彼女と展望室で二人っきりで話したことぐらいあるぞ」

 加藤の説には、島がライバル心剥き出しで否定した。

 実は最近、島も進と雪のことがちょっと気になっている。最初は進のことを嫌っていたようにも思えた雪が、最近になって少し態度が変わってきたようなのだ。元々根は悪くない進だから――俺のライバル兼親友なのだから当然だと島は思っている――島としては、雪もそのことに気付いただけだろうと思うことにしていた。

 それに、女の口説き方など何も知らなそうな進と、学生時代からもてまくっていただろう雪では、どう考えても似合わない。だから、まさかあの二人が、とは思うものだが、なんとなく二人の間に漂うものを感じる気がしていたところだった。

 だから島としては、それを他人に指摘されると面白くなかったのだ。

 「おおっ、島も認めたか! 島は恋愛でもあいつとライバルってわけか」

 「ふんっ!俺だって負けてられっかよ!」


 ぷいっとふくれっつらの島を見て苦笑しながら、南部はふと思った。

 「しっかし、あいつ、女に告白なんてできるのかねぇ?」

 すると、全員が顔を見合わせてから、腹を抱えてどっと笑いだした。

 「わははは…… ちょっとむずかしそうだよな。今のとこ、自分が彼女に惚れてるって事も素直に認めてないし」

 太田でさえ、今の進よりは女性との付き合いのレベルは高いと思っているらしい。すると、加藤も追い討ちをかけた。

 「大体、女と付き合った経験ないんってんだろ? ってぇことは、告白したこともねぇんじゃないか?」

 「小さい頃は相当内気だったらしいし……」

 ぽつりと相原が言うと、加藤はう〜ん?と考えるように眉をしかめた。

 「内気ねぇ。今のあいつからは想像つかねぇけど。まあ、まず初めての恋は思い切って告白するまで行けば上等ってとこだな」

 加藤が同意を求めるように、ぐるりと周りを見まわすと、その意見に、南部が一番に乗った。

 「そうそう! よっしゃ、俺達であいつに告白させて見事玉砕させてやろうぜ!!」

 大抵初恋は実らないもの、というのが常である。それも、いきなり高レベルの女性に惚れた進の為に――本当に進のためなのか、自分たちの楽しみのためかは不明だが――ほろ苦い恋の味でも味わわせてやろうという、みんなのとってもあたたかな!?温情なのだ。それに恋の傷は小さいうちの方がいい。

 「わっはっはっは…… そりゃあ面白そうだ」

 島もすっかり乗り気だ。ライバルは当然早く消えてもらったほうがいいのだから。

 「しっかし、こういうこと言って笑ってるとさ、なんでかあいつがタイミング良く来て、怒鳴るんだよなぁ。『この非常時に何へらへら笑ってるんだ! そんなことより整備でもしろ!!』ってさぁ」

 「わっははは、うまい、うまい!」


 加藤の進の声色を真似たセリフに、皆が大笑いした。すると後ろからまた別の声が聞こえてきた。

 「ふぅ〜ん、なかなかうまいもんだな。だかちょっと違うな…… こうだ、この非常時に何へらへら笑ってるんだぁ! そんなことより整備でもしろぉ〜!!」

 さっきの加藤よりも迫力満天の大きな声に、皆は飛び上がって振り返った。するとそこにいたのは、まさにその噂通りの古代進だった。

 「えっ!? うっ、わ、わっ、わぁぁぁぁ〜〜〜!!」

 進は両腕を腰にあてて、5人をぎろりと睨んだ。こういう顔をする進は、さすがに戦闘班長だけあって迫力がある。

 「かっ! 人のこと真似しやがって、何しょうもねぇことくっちゃべってたんだ?加藤!」

 「ははは…… ま、まあ……な」

 「まあまあ、今は休憩時間なんだから、いいだろ」

 進に睨まれて、加藤がひたすら笑って誤魔化していると、島が間に入って進の肩をポンポンと数回たたいた。
 すると、意外にも進は肩の力を抜いて、ふっと笑顔を見せた。今日の進は機嫌がいいらしい。

 実は……皆は知らなかったが、進はさっき食堂で愛しの雪ちゃんに出会った。そして他にも数人一緒だったが、一緒にごはんを食べるというラッキーな思いをしてきたばかりなのだ。

 「ははは…… そうだな。毎日キリキリしてても仕方ないさ。果報は寝て待てってな、なぁ、航海班長!」

 海峡があるから嵐が収まるのを待とうといった島を、ちょっと揶揄るように、ニカッと笑った。しかしそんな言葉も、島は全く気にしていない。進の嫌味は聞きなれていたし、この件に関しては相当の自信があるのだ。

 とにもかくにも、進の機嫌がいいことは確かだ。それに安心した加藤が、さっきの続きに話を戻した。


 「おお、今日は随分話がわかるじゃないか。そうだ、古代にも聞いてみろよ。あれ」

 「おおっ、そうだな。ちょっとここに座れよ」

 南部が隣の場所を進のために空けた。

 「なんだ?」

 そう言いながらどっかと椅子に座った進を、南部がニヤニヤしながら覗き込んだ。

 「なあ、古代。お前だって、なんだかんだ言ったって男なんだからなぁ。女に興味ねぇってことはねえよな?」

 ドキリ! 進の胸の鼓動が大きく振動した。何せ今さっきまでその興味ありまくりの女の子と一緒にいて、それが嬉しくて上機嫌の進なのだ。それが顔にまで出たのかと焦ってしまう。

 「なっ!! 何を言い出すかと思ったら……」

 「まぁまぁ、落ちついて。ところで、だな。今みんなでその話をしてたんだが、参考までに聞かせて欲しいんだが、お前の理想の女の子ってどんな子なんだ?」

 「理想の女の子」と言えば、もちろんすぐに頭に浮かぶのは……彼女である。だが、それは今は誰にも内緒だ――と本人は強く思っている。

 「理想の……おんな? べ、別に……いない……よ」

 進の顔がかっとしてくる。赤くなってないだろうかと心配しながら、必死に平静を装おうとするが、とにかくこの手の話は目一杯苦手な進だ。とにかく免疫がない。誰が見てもおかしいほど動揺してるのが、傍目にはよくわかった。
 そんな姿をおかしそうに見ながら、島がせかした。

 「そうかしこまらなくてもいいだろ? 後で俺達のも教えてやるから、ほれっ」

 「えっ、ええっ! いやぁ、その……」

 「みんな言ったんだぞ! 男同士なんだからいいだろ?」


 周りからどんどんせっつかれると、進も嫌だとは言えなくなる。それに、好きな女の名前を言えと言われたわけではないのだから、と腹を据えた。
 だが当然、古代進の頭の中に浮かんでくる理想の女というのは、頭のてっぺんから足の先まで、「森雪」しかいない。その姿や仕草を思い出しながら、話し始めた。

 「そ、そうだなぁ。まあ、しっかりしてて可愛くて、なんでも一生懸命に取り組んでて……」

 「やっぱ美人がいいよな?」

 予想通りの展開に気をよくして、南部が誘導尋問を始めた。皆に目配せする。

 「ま、まぁ……そりゃあ〜(雪は美人だもんなぁ)」

 「ボインボインのセクシーなのがいいのか?」

 「そ、そういうのより、スレンダーな感じの方が……着痩せするタイプ……かな?(雪ってものすごく華奢な体してるけど……制服の中に押さえ込まれた胸なんか結構……あっととと)」

 聞いている5人は、心の中でニヤニヤ〜となっていく。しかしそんなそぶりは見せもせずに、南部はどんどん尋ねた。

 「ふうん、ミニスカートなんて似合うのがいいんじゃないのか?」

 「あ、ああ……(そうそう、あの看護婦の制服なんて最高にいいんだ。すらっと伸びた足が、こう……)」

 思い出すと進の中の男の子がむずむずしてくる。

 「ヤマトの看護婦の制服なんていいよなぁ」

 ド、ドキッ…… 進は焦った。まるで自分の考えていることを見透かされているような気がする。チラッと周りを見まわすと、みんなは笑顔で自分を見ているだけだ。ちょっと安心。
 だが実は、みんなはもう、笑いを押し殺すのに必死になっていた。それに気付かない進は、南部の誘導にますますはまっていった。

 「けどさぁ〜 気の強い女はだめだろ? 何でも仕切ってしまうような……」

 「そ、そんなこと……ない……けど。お、俺って、プライベートじゃぼぉっとしてるほうだから、バシッと言ってもらったほうが……」

 雪は時々あっけに取られるほど気が強いところを見せることがある。だが、進にとってはそれさえも頼もしく見えるらしい。

 「ふうん。じゃあ、料理の苦手なのはだめだよな。人間食い物は基本だからな」

 雪が家庭科系が苦手だと言う噂は、進も耳にしていた。だが、惚れに惚れた男にとって、そんなことはどうでもよかった。

 「料理なんて、練習すればそのうちうまくなるんじゃないのか? それに俺は一人暮しもしてたから、料理くらいできるし、別にいいよ」

 「ふむふむ…… ってこたぁ、年上のデキルお姉さまってのがいいのかなぁ?」

 「い、いや……年上は、ちょっと……」

 「年下?」

 「お、同じくらいなのがいいかな…… 話もあうだろし……」

 ここまで来ると、もう南部も堪えるのが苦しくなった。とうとう、笑いを堪え切れなくなって、くくくっという小さな笑い声が漏れてしまった。そしてさらに、留めの質問を投げかけた。

 「じゃあさ、コーヒーいれんのめちゃくちゃ下手でもいいのか?」

 「コーヒー!? 俺はあんまりコーヒーの味わかんねぇから、どっちでもいいけど」

 どうしてそんな質問をするのか、良くわかってない進はきょとんとして答えた。しかし……

 「わ〜っはっはっは……」 「い〜っひっひひ……」

 その回答がバカに受けた。彼らは、進を引っ掛けて誘導尋問しようとした。だが、これほど見事にはまるとは…… だからおかしくてたまらないのだ。
 いきなり大笑いされて憮然としている進に、加藤が何とか笑いを収めて言った。

 「なあ、古代。お前さぁ、今だぁれかさんを頭に浮かべながら話してねぇか?」

 「いっ!?」

 「あっははは…… こりゃあ、図星だぁ!!」


 5人の笑い声は、留まるところを知らない。居たたまれなくなって進が立ち上がった所に、これまた運良く――進にとっては悪くか!?――当の理想の彼女がお出ましである。

 廊下からサロンの入口で盛り上がっている男たちに、笑顔で話しかけてきた。

 「あら、楽しそうね。男性陣で何話してるのかしら? もしかして、楽しい噂話?」

 「いやいや、ちょっと理想の女性像などをね……」

 雪の登場に、既に立ち上がっていた進以外の全員が立ち上がった。そして、島がニコリと笑うと他の連中を見まわした。
 みんな可愛い彼女の顔が見られて嬉しそうだ。ただし、真っ赤になっている進を除いては……
 雪はそんな進を不思議そうに見つめてから、小首を傾げて――この仕草がとてもかわいい――にっこり微笑んだ。

 「へぇぇ…… 理想の? そういうのだったら、私も女性としては興味あるわ。例えばどんな人がいいの? ねっ、教えて」

 雪はもしかしたら進の理想なども聞けるかも、などと思ったのだ。

 古代進――雪にとって、最初は大嫌いだと思っていた彼だったが、旅を続けいろいろと接しているいるうちに、彼に魅力を感じ始めた。今は雪にとっては一番大好きな人に昇格している。
 この間などは、展望室で一人オリオンのアルファ星にロマンチックな願いをしているところに、進が入ってきてびっくりした。だがいい機会だと、さりげなく好意をほのめかしてみた。ところが彼の方はさっぱり気付いた風がなかった。
 だから雪は、古代進という男は相当鈍感らしいということに気付いたところだった。

 まあ、進が自分のことを気にしているというのは、周りからもちらほら話を聞くし、雪自身もそれとなく気付いていた。でもまだ、どこまで本気で思っているのかはわからなかったし、噂についても半信半疑なのだ。

 だから、ちょっと彼の好みなんて聞いてみたいな、と思ったのだ。その雪の思惑は、期せずして実現した。

 「そうだな。それぞれ違うんだけどね。例えば……だな」

 南部が赤い顔をして立っている進をちらりと見た。

 「おまっ……まさか!? ダメ……!うがが……」

 その意味深な目の意味するところに気付いた進が叫ぼうとするのを、加藤が羽交い締めにして、口を抑えた。他の連中もニヤニヤ笑ってしている。

 「えっとね、しっかりしてて賢くて可愛くって、なんでも一生懸命に取り組んでて…… それから、外見はスレンダーな美人タイプ。看護婦の制服の似合う同い年くらいの女の子」

 (あら、それってもしかして私のこと?)

 雪は自分のことを言われているようで、嬉しそうに顔をほころばせた。

 「それでね、気が強いくらいがいいらしい。後は、料理が全然できなくっても、コーヒーいれるのも最悪でも、そんなのは全然気にしないんだってさ」

 「まあっ! ちょっとそれって!?(もしかしてそれも私のこと!?)」

 確かに間違ってはいないけど、そんな言い方ひどいじゃないの、と今度は少しムッとする。そんな雪をニヤニヤして見ている男達を見て、雪は自分がからかわれているんだと思った。

 (いいわよ、もうっ!)

 つんと顔を上げて立ち去ろうとした時、南部が一言付け加えた。

 「ちなみに、それって古代の理想の女の子なんだってさ」

 「えっ!?」

 雪の出した足がピタッと止まり、振り返って赤く染まった顔で進を見た。

 「お、お前らぁ!!! ちがうぞ!雪っ、違うからなっ!」

 雪に見つめられ、進は大慌てで否定したが、周りがそれを許さなかった。

 「何を今更言ってんだ! お前さっきそう言ってたじゃないか!!」

 ドキドキッ! 雪の胸が高鳴った。
 雪としては、後半はともかく、進の理想がまるで自分のことを言っているようだと思うと、うれしい!と大喜びしたい気分なのだが、こんな大勢の仲間達がいる前で、まさかそんなこと言うわけにもいかない。懸命にさりげなさを装った。

 「あ、ああ……そうなんだぁ。そ、そんな人……みつかるといいわね、古代君っ! じゃ、じゃあ…… 私、仕事あるから……」

 雪はそれだけを言うと、慌てて早足で逃げるようにサロンから出ていった。

 呆然とする進と、互いの顔を見合わせてニヤリとするほかの面々は、雪の足音が聞こえなくなるまでは、誰も口を開かなかった。シーンという静寂が続いてから、雪がすっかり遠くへ行ったと思われた頃……

 「ぶわ〜っはっはっはっ…… こだいぃ〜! そんな人見つかるといいわねだってさぁ!!」

 腹を抱えて笑ったのは島だった。

 「残念だったなぁ、古代!」

 「関係ねぇよ!! 違うって言ってんだろ!」

 南部は、ふてくされる進の肩をぽんと叩いて「一応」慰めの言葉を告げる。

 「よく言うよ、いまさら…… 素直じゃないねぇ。まあ、俺達もみんな同じ穴のムジナだからさ。憧れの雪ちゃんゲットまでの道のりは、まだまだ遠そうですな」

 「ったくぅ〜!」

 「わっはっはっは……」

 「はぁ〜っ……」

 進は、笑い続ける仲間たちを苦虫をつぶしたような顔で見ながら、ため息をついた。

 (ああっ、くそっ! 雪、まさか本気にして言ったんだろうか? 違うよな、きっと冗談だと思って言ったんだよなぁ!!)

 進は、祈るような気持ちだった。この前は彼女に好きな人がいる話も聞いてしまった。それが自分であるという可能性もないとは言えないが、本人の前であんなことは言わないよな、と思うと落ち込んでしまっていたのだ。
 その上、今日はこれである。全くもって都合の悪いところに出くわしてしまったものだと頭を抱える進を、仲間たちは温かい眼差しで!?見守っていた。

 これで、ドジなライバルが一歩後退したはずだと、ほくそえみながら……



 ところで…… 足早に立ち去った雪ちゃんの方はというと……

 (やだわ、もうっ、みんなしてからかったりして…… でも、さっきの古代君の理想っていうのは本当かしら? もし本当だったら…… うふっ、きゃ、やっだぁっ、それってやっぱり私のことよねぇっ♪)

 などと考え始めると、この間の願い星の効き目がもう現れたのかしら、と一人にやけてしまう雪であった。
 すれ違うクルーたちが不思議そうな顔で見ているのにも気付かずに……

 その後、生活班長が歩きながら不気味な笑みを浮かべていた、という噂がちらほらと流れた……かもしれない!?

おしまい

(背景:Holy ‐Another Orion‐)

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