命、繋いで

−Chapter 1−

 (1)

 ヤマトは地球を立った。そして、月面基地から合流した地球の残存艦隊を引き連れ、敵の前線基地のある冥王星を目指した。
 そして今、ヤマトは明日の冥王星での決戦を前に、静かな夜の時間に入りつつあった。

 最後までともに戦い、必ず地球へ帰ろうと誓い合った進と雪も、第一艦橋での仕事を終え、一緒に食事をしていた。

 「久しぶりにまともに飯を味わう気がするよ」

 持ってきたトレイを前に、進が笑う。思えば、核恒星系での事故で進が倒れて以来、二人が一緒に向きあって食事をするのは、初めてのことだった。

 「うふふ…… ずっと落ち込んでたものね、あなた」

 「ああ。ここ(ヤマト)にいるってことは、俺にとってはごく自然なことなんだって思うよ。今思ったら、どうしてあんなに悩んでたんだろうなぁ……」

 ほんの数日前までの自分の姿など、すっかり忘れてしまったような進の屈託のない笑顔に、雪は嬉しくなると同時に、少しばかり腹立たしくなり、強面の顔をして進を睨んだ。

 「まあっ! 散々人を心配させといてっ!」

 「ははは、ごめん。こればっかりはまったく言い訳の余地なしだ。謝る」

 照れ笑いしながら頭を下げる進に、雪は笑うしかなかった。

 「もうっ…… うふふ」

 ひとしきり笑い声をあげてから、その心を引き締めるように、雪は静かに言った。

 「でも、これからよ。勝負は」

 「そうだな。きっとやれるさ! 君も、みんなもいる…… それに、沖田艦長がいてくれる。艦長がいるって言うだけで、こんなに心が落ち着くのはどうしてなんだろうな」

 「そうねぇ、お父さんと一緒にいるみたいな気持ちなのかもね」

 「お父さん……か。そうかもしれないな」

 沖田はイスカンダルへの旅の中で、進を叱咤激励し、男として、宇宙戦士として、一人前に育ててくれた。そして今、進は、沖田に自分を黙って包んでくれている大きな懐を感じている。それはまさに、幼い頃感じていた父への思いと同じだった。

 「これから、せいぜい甘えるのね。お父さんにっ!」

 「あっははは……」

 進は、戦いの前の緊張の中にも、雪と二人の何気ない会話が楽しめる喜びをかみしめていた。

 (2)

 食事を終え、もう一度第一艦橋に戻ると言う進と別れ、雪は医務室へ向かった。これからの戦いに備えて、医薬品の最終チェックをしておきたかったのだ。

 ところが、医務室に入るなり何やら騒がしい。佐渡の私室からのようだ。雪は何事かと思って佐渡の部屋に入った。

 「きゃっ!」

 突然、少年が駆けよって来て、雪の足元にからみついてきた。それは、進が助けてきた異性人の少年だった。口いっぱいに、佐渡からくすねたらしい肉を頬張っている。

 (この子、乗ってたんだ? 佐渡先生が世話を焼いているのは知ってたけど…… 地球にいても身寄りもないし、先生ったらヤマトに連れてきたのね)

 「もうすっかり元気よ、この子……」

 雪は自分にすがりつくその子が、元気に走っている姿をそのまま素直に喜んだ。

 「雪!! そんなこと言っとる場合じゃないぞ。こいつは、勝手にヤマトに乗ってきたんじゃぞ! それにわしの好物の鶏の丸焼きを盗み食いしおって!!」

 佐渡が目を三角にすると、アナライザーも怒った声で叫んだ。

 「ソウデス! コイツハ密航者デスヨ!!」

 「あら、そうだったの? 私、佐渡先生が一緒に連れていらしたのかと思ったわ」

 「のんきじゃのう。こんな戦いの中に連れてくるわけないじゃろうがぁ」

 「それはそうですね…… どうします? やっぱり、艦長に報告して、どこかで降ろしてもらいましょうか?」

 「やだっ!!」

 雪の言葉を聞いて、間髪を入れずにその少年は叫び、雪を押しのけるように、突き飛ばしてから、部屋を飛び出していった。

 「あっ、待って!!」 「コラッ!!」

 雪はよろけながら、すぐにとって返してその後を追いかけた。アナライザーもその後ろから追った。
 二人の前方を、少年は軽やかな足取りで駆けていく。おとなの雪が追いつけないほどの早さだ。エレベータを見つけてボタンを押し、ドアが開くと同時に飛び乗ってしまった。

 「ああっ……」

 雪とアナライザーが、そこまでたどり着た時には、少年を乗せたエレベータは既に上方へ向っていた。二人は、それが第一艦橋の階で止まったことを確認し、再び降りてきたエレベータに乗った。

 「第一艦橋なら、古代君も今行ったところだし、誰か捕まえててくれるわ、きっと」

 雪はニッコリと笑って、アナライザーにそう告げた。

 (3)

 第一艦橋に戻ってきた進を迎えたのは島一人だった。

 「なんだ、古代?」

 「相原はどうした? 今はあいつと二人じゃなかったのか?」

 通信席あたりに目をやりながら進が尋ねた。

 「ああ、先に食事に行かせた。もうすぐ南部と太田が戻ってくるし…… ちょっと一人になりたかったんだよ」

 島が、前方の宇宙空間を見つめたまま答える。何か考え事でもしていたのだろうか、と進は思った。

 「そうだな…… 俺達にとっちゃ、ここが一番落ちつくからなぁ」

 進は島の意見の同調すると、隣の戦闘指揮席に座った。そんな進を島は横目で見て、口だけを歪ませ皮肉っぽく笑った。

 「まあな。だが、お前が一番落ち着くのは雪のところじゃないのか? 雪はどうした?」

 「雪は医務室ヘ行ったよ。仕事があるらしい」

 「ふうん、そうか。だがな、今回の旅だって、いつどうなるかわからない旅なんだ。一緒にいれる時はできるだけいてやれよ」

 島が体ごと進の方を向いた。心配そうなその顔は、雪を思ってのことなのだろうか。進は、ふっとため息をついた。

 「言われなくても解ってるさ。それよりお前、最近、雪、雪って随分心配するなぁ」

 第2の地球探しの旅の時、進と雪は仕事に徹しようと約束し、互いへの個人的な感情を押さえながらヤマトに乗った。その頃からだろうか、島は雪に気遣ってやれ、とうるさく言うようになった。喧嘩になりそうになったこともある。

 (島はまだ雪のことを思っているのだろうか?)

 何度かそれらしきことを尋ねたこともあったが、島にいつもあっさりと否定された。それに、島にはテレサという互いに愛し合った思い出の人がいる。
 彼女を幸せにできなかったという思いが、島にこんなことを言わせているのだろうか。そんな進の疑問にさらに追い討ちをかけるように、島は進を責めた。

 「別に今に始まったことじゃないだろう。だいたい、お前は今までだってどれだけ雪に心配かけたと思ってるんだよ。それが、やっとこの前プロポーズしたと思ったら、またこのザマだからなぁ。それに……雪は妊娠してたんじゃないのか? まさか、おまえの事故のショックで……!?」

 「あれは……間違いだったんだ。それに今は地球がこんな状況なんだから、仕方ないだろう。この戦いが終わって地球に戻れば、今度こそ……きちんとするよ」

 進は自分でも気にしていることを責められていらついた。言われなくても解ってる! そんな顔で島を見たが、島は島で、進のその態度が気にいらなかった。

 「今度こそ、今度こそ…… お前、そればっかりじゃないか。もういい加減、雪を泣かすのをやめろよ。俺は雪が心配なんだよ」

 島のいつになく真剣な眼差しを受けて、進はたじろいた。

 「島、お前……やっぱり、まだ雪のこと……」

 進の言葉に、島ははっとしたように顔を背け、乗り出した体を再び元の座席に戻した。そしてしばらく沈黙していたが、静かに答えた。

 「違う…… ただ、雪には幸せになって欲しい。それができるのはお前だけなんだから」

 こんな事を言ってしまうのは、自分の中のどこかで、不完全燃焼に終わった恋―雪への思い―が、どこかでくすぶっているのかもしれない、と島は思った。そんな気持ちを見透かしたかのように、進が言った。

 「なあ、島。俺は雪のことはもう絶対に離しはしない」

 「だからっ! わかってるよ、そんなこと」

 冷静になった進とは裏腹に、島が熱くなる。自分の心の中を進に見られたようなそんな焦りすら感じた。

 「なら、お前も人のことばっかり心配しないで、もうそろそろ自分の周りを見てみてもいいんじゃないか」

 「何のことだ?」

 進が話をすりかえたことに気付いて、島が尋ねた。

 「わかってるだろう? お前のことをずっと優しい目で見守って待っていてくれる人がいる事くらい。お前だってそれを嫌がってないことも……」

 「…………」

 島は何も答えない。しかし、島にも進が何を言いたいのかわかっていた。
 佐伯綾乃、雪の看護婦時代の同僚で親友だ。彼女は、島がテレサを亡くし、自分だけが地球に戻ってきた時、静かに自分を見つめ励まし続けてくれた。以来、何度も進たちと一緒に会ったり食事をしたりしている。
 そして島にはわかっていた。何よりも、自分も彼女の事を憎からず思っている事を……

 しかし、島にはまだ忘れられない人がいる。雪もそうだ。進から奪う事などもう考えてもいない。だが……幸せになってもらわないと、どうしても気持ちが落ち着かない。そして、テレサ――彼女の事を思うと、今でも胸が苦しいほど痛むのだ。
 だから今はまだ、彼女の思いに気が付かないふりをし続けている。

 「雪は……俺のものだ。それに……」 進は言いにくそうに言葉を止めたが、ぐっとつばを飲み込むと、続きを言った。「テレサは……もういないんだ」

 「なっ!!」

 島がばっと立ち上がった。握るこぶしが震えている。わかってはいるが、人に言われるのが腹立たしく、辛かった。
 それでも、進は話すことを止めなかった。彼が前へ進むためには、これを乗り越える必要があると思ったから。

 「いい加減、心の中の整理つけて新しい……」

 (4)

 進がそこまで言った時に、第一艦橋のドアが開いて、誰かが駆け込んできた。二人は驚いて後ろを振り返った。それは、あの洪水の惑星で助けた少年だった。
 少年が目の前に二人の人間がいるのに気付いて、驚きの声をあげると、同時に進も叫んだ。

 「あっ!」

 「きみっ! あの時のぼうや!! どうしてここに?」

 少年は立ち止まり、じわっと一歩にじり下がった。

 「…………」

 進と島は驚いて顔を見合わせ、そして再び視線を少年に向けた。いつの間にヤマトに乗っていたのだろうか? そんな疑問が二人の頭をよぎった。事情を聞かなければと思った進が、やさしく少年を誘った。

 「こっちへおいで」

 「いやだ! 捕まえてあの星に連れ戻すんだろう! いやだ!!」

 激しく拒否反応する少年に対して、進がゆっくりと近づきながら、さらにやさしい声で話しかける。

 「どこかへ行きたいのか?」

 すると、少年の顔がとたんに歪んだ。泣きそうな顔になり、小さな声で 「帰りたい……」と言った。

 「ぼうや……」

 全く見知らぬ星に一人連れてこられ、不安だったのだろう。生まれた星に戻りたいというのかもしれない。進はその少年の孤独を思い、胸が痛んだ。

 彼の話をゆっくり聞いてやろうと、進が再び声をかけようとした時、またドアが開いて、雪とアナライザーが入ってきた。二人の姿を見て、少年は今度は進の後ろに駆け込み、隠れるように背中にすがりついた。進の服の裾を強く握り締めている。

 「アッ、ヤッパリイタナ!! 密航者! オトナシクコッチヘ来ルンダ!!」

 「やっぱり、君は……勝手に乗ってきたのか」

 進が首を曲げて、後ろの少年を覗き込んだ。少年はさらに首をすくめて進の後ろに隠れる。雪が苦笑しながら説明した。

 「そうなのよ、古代君。佐渡先生にくっついて紛れ込んだみたいなの。今、艦長のところに連れていって、どこかで降ろしてもらおうと思って……」

 雪の声を掻き消すような大きな声で、少年が叫ぶ。

 「いやだぁぁぁ!!」

 「でもね、ここに乗っていたら、ぼうやの命もあぶないのよ。安全なところへ帰った方が……」

 「やだやだ!!」

 雪の説得も、彼には全く通じない。涙ながらに激しく首を振って叫ぶばかりだ。雪はお手上げと言った顔でため息をついた。

 進は、そんな少年を見ていると、ふと父と母を失った時の自分を思い出した。あの時の自分も、不安だらけで、そして言いようもなく悲しかった。彼も同じように肉親を亡くした孤児なのだ。彼を救ったのは自分だ。その責任もある。
 進は、後ろに手を回し、少年の頭をごしごしとなでた。

 「ふうっ、わかったよ、ぼうや。このまま乗っていられるように俺が艦長に頼んでやるよ」

 「古代君!!」

 非難めいた口調の雪を制するように、進が説明する。

 「今は地球へ帰る艦もない。惑星基地に降ろしたくても全滅状態だ。となれば、このヤマトに乗っているしかないだろう」

 進の説明を聞いてほっとしたのか、少年がやっと力いっぱい掴んでいた進の服から手を緩め、仰ぎ見るように上を向いた。

 「ほんと?」

 「ああ、男に二言はない」

 「にごん?」

 「地球の男は、言ったことは責任を持つってことだ。嘘はつかない、約束だ」

 進がニコリと笑って、少年に言うと、彼は初めて笑顔を見せた。

 「うん!」

 少年は、進の言葉を信じたようだ。やはり、自分を助けてくれた進のことを覚えているのだろう。

 「そういうことだ。島、ちょっと行ってくるよ」

 「ああ、わかった」

 島は、少年のおかげでさっきの進の詰問から逃れられ、ほっとしたように答えた。進も今はもうそれ以上は言わず、雪の方を向いて誘った。

 「雪、俺と一緒に艦長室に来てくれるかい? 状況を説明して欲しいし、君に面倒かける事になると思うから」

 「ええ、いいわ。アナライザーは佐渡先生にこのことを伝えてきてね」

 「ワカリマシタ……」

 進は、少年と雪を連れて艦長室へ行った。そして雪と二人で事情を説明し、少年のヤマトの乗艦許可を取りつけ、佐渡と雪が主に面倒を見るということに決まった。

 (5)

 艦長室で雪や進の話を聞きながら、少年の顔はどんどんこわばっていった。さらに、進から今ヤマトや地球が置かれている状況―つまり、すぐに少年の同胞を探してやれない理由―を聞かされたとき、少年の表情はさらに固くなった。
 しかし、その時の進たちは単にそれが少年の緊張からくるものだと思っていた。

 艦長室から出てくると、進は少年の緊張を解こうと笑顔で尋ねた。

 「腹減ってるんだろう?」

 「…………う、うん」

 少年は一瞬躊躇したが、その辺はまだ子供のことである。空腹には勝てなかったらしく、小さく頷いた。

 「よしっ! じゃあ食堂へ行こう。雪、幕の内さんに何か美味いもの作ってもらえるように頼んでくれよ」

 「ええ、いいわよ。特別メニューね! うふふ……」

 美味いもの、特別メニューという言葉が少年の心を刺激したのか、彼の頬が少し緩んだ。進と雪はほっとして頷きあうと、連れだって食堂に向った。

 (6)

 食堂に着くと、まだ多くのクルー達が夕食を取っていたが、二人が少年を連れて入って行くと、皆不審そうな顔でその子を見つめ始めた。その視線がむずがゆかったのだろう。少年は再び顔をこわばらせた。

 「大丈夫よ。誰も意地悪したりしないから……ねっ!」

 雪は、少年に優しく声をかけ、進と二人を置いて調理場へ入っていった。進は、まだ緊張の解けない少年の肩を抱くように椅子に座らせ、自分も隣りに座った。

 「心配するな。ここにいるのはみんないいやつばかりだから。ところで……君は名前はなんて言うんだい?」

 「…………」

 しかし、少年はうつむいたまま、進の問いかけには答えようとはしなかった。

 「俺は古代進、君も名乗ってくれないかなぁ?」

 「…………」

 「そうか、まあいい。とにかく、俺達は君の味方だよ。この戦いが終わったら、必ず君の星の人達を探してあげるから」

 少年がゆっくりと顔を上げ、進の顔を見た。進はにこっと笑うと頷く。しかし、その笑みを見たくないかのように、少年は再びプイッと顔を背けてしまった。

 進はあの水没した星にも宇宙船があり、危うく難を逃れた人々もいるのではないかと思っていた。ならばあの星のあった場所にもう一度行ってみれば、少年を同胞のもとに返してやれるかもしれないと考えていたのだ。

 しかし少年は、地球の病院から見た爆撃機が自分の星ディンギルのものであるような気がしていた。それを確かめたくて、少年はヤマトに密航したのだ。
 そして今、艦長室で進の話を聞いて、地球を攻め滅ぼそうとしているのが、ヤマトの敵が、自分の母星ディンギルに間違いないと確信することになった。
 そしてその星を率いているのは、自分の父親である。だからこそ、ここで自分の名前や身分を明かすことは命取りになる、と子供心にも感じたのだろう。

 そんな少年の思いを、進はまだ知らない。ゆっくり心を解きほぐせば、いつか話してくれるだろうと思う進であった。

 (7)

 しばらくして、雪がトレイに食事を乗せて戻ってきた。

 「さあ、お上がりなさいな。なかなか美味しいのよ、ヤマトの料理は」

 目の前に数種類の皿を並べられ、少年の目が輝いた。しかし、すぐには手をつけずもう一度雪と進の顔を見比べた。二人が笑顔で頷くと、少年はやっと目の前においてあったフォークを手にした。
 その後は早かった。見る見るうちにトレイの料理は全部少年の腹に収まってしまった。

 「うんっ! いい食べっぷりだ」

 進が満足そうに頷いた。雪も嬉しそうに少年の食事する様子を見ている。そんな二人の姿を、少年は不思議そうな顔で見ていた。

 そこへ、今まで第一艦橋にいた島が、遅い食事を取るためにやってきて、進達を見つけて近づいてきた。

 「よおっ! 話はまとまったのか?」

 「ああ、しばらくヤマトに乗っていてもらうことになった。今飯を食わせてたところなんだ。すごい食欲だったぜ。なかなか大物になるぞ」

 進が少年の頭をぐりぐりしながら、島に経緯を説明した。

 「あははは……そうか、よかったな、坊主。お前達の間にこうして子供が納まってると、なんかこうすっかりパパとママって感じだな」

 さっきの進との会話などすっかり忘れたように、島はまた冗談を言って二人をからかい始めた。とたんに赤くなる二人を、少年がきょとんとして見ている。

 「バ、バカ言え! いくらなんだって俺はこんな大きな子供がいるような年じゃないぞ!」

 「そうよ、島君っ!」

 「あっははは…… 雰囲気だよ、雰囲気」

 大笑いする島に、少しばかり腹を立てた進は、彼の指摘に訂正を入れた。

 「あのなぁ。子供って言うよりも、弟って言った方があってると思わんか? ああ、そうだ。島、お前の弟もちょうどこれくらいだろう?」

 「ああ、そうだな。うん、次郎はちょうどそんな感じだな……」

 島はふと弟の姿を思い出すと、笑い顔を納めて遠い目をした。

 「あいつ、今頃どうしてるかなぁ」

 「お前、今日は随分センチになってないか?」

 しみじみと思いに耽る島を、今度は進が突っ込みをいれた。しかし、返す刀でばっさりと切り返されてしまった。

 「ふんっ、お前と違って俺は繊細に出来てるからな!! 色々と思うことがあるんだよっ」

 「なにおぉぉ!」

 「うふふふ……」 「あははは……」

 ムッとして怒る進と島の漫才のような会話に、雪が笑い、少年もつられて一緒に笑った。少年の笑顔に、ふくれっつらだった進もすぐに嬉しそうな顔に変わっていた。

 (8)

 食事を終えた少年を佐渡に預けた後、進は、少年の乱入でし残していた雪の薬チェックを手伝った。30分ほどでその作業を終えると、二人は自分たちの部屋のあるフロアに戻ってきた。雪の部屋の前まで来ると、二人はそこで立ち止まった。
 明日からは戦いが始まる。だから早く寝なければと思いながらも、まだ別れ難い思いが互いの心に去就する。

 「あのさ……」 「あの……」

 二人同時に声をかけて、二人してちょっと驚いて、そして笑みがもれた。

 「お茶でも飲んでいく?」

 進も同じ思いなのを知って、雪が誘い、進も「ああ」と短く返事した。雪は頷くと先に立って部屋に入り、進もそれに続いた。

 「ちょっとお湯を貰ってくるわ」

 雪は、小さなポットを取り出すと、進を置いて再び廊下にでた。ヤマトの各フロアには給湯室が設備されていて、そこからクルー達は自由にお湯を使うことが出来るようになっている。

 雪が出て行くと、進は部屋の中をぐるりと見渡した。資料を積んだ机とベッド、そして小さなテーブルと椅子が一つあるだけのシンプルな部屋だ。まだ荷物も解いてないのか、雪の私物はほとんど見えなかった。
 前回の旅では、進はこの部屋に来ることはほとんどなかった。二人の関係をドライな物にするということもあったし、二人で話すことがあれば、大抵は雪のほうが艦長室に来ていたからだ。

 こうやって雪の部屋に来てみて、自分が雪と同じラインに立っているようで、進は無性に嬉しかった。

 (俺って、よっぽどヤマトの艦長って職にがんじがらめになってたんだなぁ)

 進はそんな自分を思い出して、苦笑いした。

 「お待たせ!! なあに? 古代君、一人でニヤニヤしたりて、やあね」

 戻ってきた雪が進を見て笑った。

 「いや、なんでもないよ。こうして雪の部屋に来れて嬉しかっただけだよ」

 「うふふ、何よ、今更。いつ私が部屋に入っちゃダメなんって言ったかしら?」

 雪は、そんなことを言いながら、カバンの中をごそごそして小さな小箱を取り出し、その中からティーパックを取り出した。

 「こんなのしかないけど…… あ、古代君、その椅子に座って」

 雪はそう言うと、テーブルに二つのカップを置き、ティーパックをセットしてお湯を注いだ。紅茶の色が十分に出たことを確認して、進の方にカップを差し出す。

 「ありがとう」

 進は、差し出されたカップを受け取り、すぐに一口すすった。雪もカップを手にすると、自分のベッドの上に腰掛けた。

 「いよいよ明日からね。古代君も今日はゆっくり眠って体を休めて…… 佐渡先生は異常なしっておっしゃってたけど、本当に大丈夫?」

 「ああ、もう心配いらないよ。明日からは思う存分暴れまわるさ」

 進はニッコリと笑うと、またカップの中身をごくりと飲んだ。雪は安心したようにほぉっと小さくため息をついた。

 「そう、よかった。でも……それも心配ね」

 「えっ? あ、ああ……そうか、あははは」

 きょとんとする進だったが、雪がちらりと睨んだのでその意味に気付いたようだ。可笑しそうに声を出して笑った。雪はお茶を飲むのも忘れてすねたような顔をした。

 「笑い事じゃないわよ!」

 「わかってるって、無茶はしない。それに……」

 進は笑いをやっと納め、残っていた紅茶をぐっと一気に飲み干すと、真顔に戻って雪を見た。

 「俺には雪がついていてくれるからな」

 真面目な顔でそんな風に言われると、今度は雪のほうがドギマギしてしまう。赤くなりそうな顔を必死に抑えながら、渋面をわざと作ろうと努力した。

 「本当にそう思ってるんでしょうね? 今の言葉忘れないでよ」

 「ああ、忘れないよ……」

 進は立ち上がると、雪の座っているベッドに自分も腰掛けた。体がピッタリとくっつくほどすぐ隣りに座った進を意識して、雪の心臓がとくんと鳴った。

 (まさか、古代君、今ここでこのまま……?)

 ヤマトの中で不謹慎なと思いつつも、雪はそんなことを思ってしまう。その気持ちを知ってか知らずか、進は雪が手に持っていたカップを取ってテーブルに置くと、雪をそっと抱きしめた。

 進の胸にうずめた雪の耳には、愛する人の鼓動が聞こえてくる。その鼓動にあわせるように自分の鼓動が雪の体を揺らした。生きている証、それを耳にしながら、雪は今この一瞬の幸せを体に感じていた。

 「雪……」

 その呼びかけに雪が顔を上げると、進の顔がすっと近づいてきて、そして……唇を奪われた。
 雪を抱く進の手に力がこもる。苦しいくらいに抱きしめられ、激しく唇を求められ、雪は夢見心地になった。
 進に抱かれて眠ったあの懐かしい日々が目の前に甦ってくる。こんなむさぼるような熱くて深い口づけは、核恒星系に旅立つ前のあの夜以来だった。

 (ああ、このまま……どうなってもいい)

 幸福感と快感で雪が我を忘れそうになった時、進の唇と体が雪からすっと離れた。雪が驚いて目を開けると、進は既に立ち上がっていた。

 「さあ、もう部屋に戻るよ。ありがとう、雪。ご馳走様」

 「あっ……」

 なぜか肩透かしを食ったようで、ちょっと不満げな声をあげる雪に、進は辛そうな顔で笑いウインクした。

 「続きは地球に戻ってから……なっ。俺も辛いんだっ!」

 「もうっ! ばかっ」

 赤くなった雪の小さな声にもう一度苦笑すると、進は部屋を出ていった。

 進だって心の底では、強く雪を求めていたはずだ。しかし、今置かれた状況を考えて自制心が働いたのだろう。雪は、そんな進の強い精神力が、今は少しだけ疎ましかった。


 ヤマトは太陽系を外宇宙に向かってひた走る。明朝早くには、冥王星基地周辺に到達するだろう。その時、ヤマトは再び戦いの渦の中に巻き込まれるのだ。

 今はまだ、嵐の前の静けさだけが、艦内に広がっていた。

Chapter 1 終了

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