命、繋いで

−Chapter  12−

 (1)

 雪の制止を振り切った真田は、医療区を抜けて、まっすぐにエレベータへ向かった。上背のある真田が大股で歩くと相当の速さになる。自然、その後を追う雪は小走りになった。
 真田は振り向かない。雪を押し留めるわけでもなく、かといって付いてくるのを承知の上で、歩調を緩めることもなかった。雪ももう何も言うことができず、ただ黙って後ろに続いた。

 エレベータホールにつくと、真田は上方を示すボタンを押す。まもなくエレベータは音もなく到着しドアが開いた。
 真田がエレベータに乗り込んで振り返った瞬間、雪もそこに飛び込んできた。はぁはぁと荒い息をしながらも、雪は必死の形相で真田を見た。

 「真田さん……!」

 呼吸の合間に、こう言うのがやっとだった。しかし、真田は黙ったまま何も答えず、じっと上昇していくことを示すランプを見つめている。
 二人はそのまま押し黙ったまま、エレベータだけが小さな音を立てて上昇し続けた。

 真田がちらりと雪を見た。すると、雪の顔が複雑に歪んでいるのがわかった。進を留める術もなく、ましてやその代わりに真田がと言われても、雪が喜ぶはずがないことはわかっている。
 だが、それでも真田はそうしたかった。それ以外にどう言えばいいというのだ?と、大声で叫びたい気分なのだ。

 (古代! お前を逝かせるくらいなら俺がやった方がよっぽどマシだ。一体、どんな顔をして雪に告げたって言うんだ! かわいそうに…… 古代…… どうしてお前は気付いてしまうんだ!? 俺は、どうしてあいつに気付かせてしまったんだっ!)

 真田の胸に、進への怒りにも似た感情が湧き上がってきた。しかしそれ以上に、進にその秘密を隠し切れなかった自分への怒りの方が大きかった。

 (雪、なんとしてでもあいつは止めてみせるからな)

 何かを考え込むように視線を落とす雪を見ながら、真田は思った。

 (2)

 エレベータが最上階に着くと、二人はゆっくりとエレベータを降りた。そして廊下の先にあるドアをじっと見つめる。

 (艦長室に乗り込むか? しかし、艦長がご存知ないのなら……? だが艦長は本当に気付いていないのだろうか…………?)

 島の病室の前で話を聞いてから、感情の勢いに任せてここまで来たものの、冷静になって考えてみると、心によぎるのは沖田艦長の状況判断であった。さっきから嫌な予感とも言える不安な予測が一つあった。

 (もしかしたら、艦長もわかっておられるのではないだろうか? もしそうなら……ヤマトが自動制御で自爆できないとなれば、艦長がとられる行動は、ほぼ予測がつく……)

 立ち止まったまま動かない真田を見ながら、雪は戸惑っていた。

 (どうしたらいいの!? ここで騒ぎ出すわけにはいなかいし…… ああ、でも今ここで古代君の顔を見たら、私……また泣いてしまいそうで恐い……)

 それぞれの思惑で立ち止まってしまった二人が、その一歩を踏み出せないでいると、カチャッという音がして艦長室のドアが開き、沈痛な面持ちの進が出てきた。
 うつむいたまま、扉の向こうに軽く会釈しながらパタンとドアを閉めた進は、ふうっと大きくため息をついた。それから歩き出そうと顔を上げ振り返った時、目の前に真田と雪の姿を見つけた。

 「真田さん!! 雪!!」

 思わぬ人に出くわしたと言わんばかりに、進の目が大きく見開かれた。

 「古代、お前……!!」

 真田の胸に、再び怒りなのか悲しみなのかわからない熱い思いが吹き出してきて、立ち止まったままの進に向かって駆け出した。

 「お前……!!」

 真田は、進の目の前で立ち止まる。すると進は、その真田の形相に尋常でないものを感じた。真田の目は間違いなく怒っていろ。

 (真田さんと雪が一緒にここに来たということは…… 雪が……?)

 進は物問いたげな顔で雪を見た。

 「雪?」

 「あぁ…… ごめん……なさい……」

 雪が謝りながら辛そうに顔を逸らすのを見て、進は自分の思惑が真田に全て伝わったことを知った。

 「真田さん……」

 そう呟く進に真田は近づくと、耳元に口を持っていった。ドアの後ろにいるはずの艦長に聞こえないようにという配慮だった。

 「俺は……絶対に許さんぞ!」

 本当なら、胸倉でも捕まえて叫びたかったのだろう。その声は小さかったが、強い決意と凄むような迫力があった。
 しかし進は全くそれに動じようとはせず、ゆっくりと顔を真田の方に向けた。その顔は恐いほど無表情で、真田も一瞬怯みそうになるほどだった。

 (3)

 進は、言葉が出てこない真田と雪を見て、大きくため息をつくと、二人の顔を順にゆっくりとなぞるように見た。その間も、表情も顔色はまったく変わらなかった。

 「アクエリアスが地球へ最接近した時に発生する水柱を立ち切るため、ヤマトを……自動制御で爆破します」

 「そんなことを言っているのではっ!」

 激昂する真田とは対照的に異様なほど冷静な進が、真田の言いかけた言葉を途中で立ち切るように話を続けた。

 「アクエリアス着水後、全乗組員を側方展望台に集めて、艦長がその件について話されます。その際、乗組員たちの動揺を押さえ、皆が冷静に対処できるよう説得するのが僕の任務です。真田さんも雪も手伝ってください」

 「だから、俺が言いたいのは!!」

 「真田さん!!」 進の声がここだけ大きく威圧的に響いた。そして再びトーンを落とした。「後は全て……艦長に……任せました」

 「艦長に」と言う言葉が、全てを表していた。この任務の為にヤマトには誰かが残らねばならない。このことは、既に三人の中では暗黙の了解に達している。そしてそれを艦長に任せたと進が言ったということは……

 「まさか……!?」 「古代君!!」

 真田と雪がそれを察して顔色を変えた。真田が艦長室の方に目をやり、一歩足を出すと、進がすっとその前に立ちふさがった。

 「古代……」

 進が黙ったまま首を左右に振る。それでも真田が押しのけようとした時、ガチャリと音がして、艦長室のドアから沖田が顔を出した。
 三人の会話が中にも聞こえていたのだろう。だが、そのことはおくびににも出さず、沖田の表情はいつもと変わらなかった。

 「真田か…… ちょうどいいところに来た。アクエリアスの地球最接近時のことで相談したいことがあるのだ。ちょっと入ってくれんか」

 「艦長っ!!」

 沖田は、非難めいて叫ぶ真田を見て苦笑した。

 「わかっておる。ヤマトのことだから、君には隠せないと思っていたよ。とにかく入れ」

 不服そうな顔ではあるが、言われた通り部屋に入る真田を通してから、沖田はもう一度進に指示を出した。

 「古代、後は頼んだぞ。わしは時間になったら展望室の方へ行く」

 「はっ!」

 進は厳しい表情のまま、さっと敬礼した。そんな三人三様の態度を、雪は呆然と眺めていた。

 (4)

 艦長室のドアが締まり、廊下に進と雪二人が残された。まだ敬礼をしたまま動かない進の後ろから、雪がおずおずと声をかけた。

 「古代……君? 本当なの? 艦長が?」

 進がゆっくりと振り返った。雪の顔を見ると、今まで動かなかった顔の表情が、一瞬僅かに変化した。
 すぐに元の顔に戻ったのだが、雪には、進が情けないような泣きたいようなそれでいて怒りたいような、なんとも形容し難い表情を浮かべたように見えた。

 「ああ…… 君が想像している通りだ。俺なんかより艦長の方がずっとヤマトのことを良くご存知なんだ。艦長は最初からそのつもりだったんだ……!」

 雪から顔を逸らせて、ぎゅっと目を閉じる進を見て、雪はその全てを確信した。

 「ああっ……」

 雪は両手で口元を被った。揺れる眼差しが進を見つめる。

 「……私、私……どう言ったらいいか……」

 震える声の元を確かめようと、進が逸らしていた顔を雪の方へ戻した。その雪の瞳は、進と同じように複雑に揺れている。
 進は一歩前に出ると、雪をそっと抱き寄せた。触れたその体が小刻みに揺れている。

 (君にまで背負わせてしまうことになって……すまない)

 そんな思いをこめて、進は声をかけた。

 「雪……」

 耳元でそっと自分の名を囁く愛する人の声に、雪の心も震えた。

 「あなたのことは……あなたがこれからもそばにいてくれることは…… 私、たまらなく嬉しいの。でも……でもその代わりに艦長がだなんて……」

 これ以上なんと表現のしようがあるだろうか。進が生きてくれる、自分のそばにこれからもずっといてくれる。それが嬉しくて飛び上がりたい気持ちなのは、否定しようがない。けれど今は、それを喜ぶことなどできない。

 進も、そんな雪の思いは十分に察していた。静かに柔らかい栗毛の髪をなぞりながらつぶやいた。

 「わかってるよ、雪。君の気持ちはよく…… だが……」

 髪から手を離して、再び雪を抱擁する。その進の腕に力がこもった。雪が苦しくなるほど、その体を自分に引き寄せるように抱き締めた。

 「僕は今、さっき君に言った言葉を、全部自分に言い聞かせてるんだよ」

 雪がハッとして顔を上げると、進は前方の空(くう)を見るように遠い目をしていた。

 「……生きる道がある限り……人は生き続けなければならない。それが命を与えられたものの使命……だと…… 艦長はおっしゃられた…… 僕は……僕にはまだ生きてやらなければならないことがあると。君と一緒にすることがある……と。そのための道を、艦長に与えられたんだ。だから、僕は……」

 とつとつと途切れながら話す言葉から、進の心の葛藤が読み取れる。彼は自分よりも何倍も辛い選択を今している……雪はそう思った。

 「古代……君……」

 進は、じっと見上げる雪に気付いて、視線を落とした。雪を見る瞳が、優しく輝く。雪は進の心の安らぎだった。これからの人生を何もかも背負って生きていくために、雪はなくてはならない人なのだ。

 「僕は君と一緒に生きていくよ。これからもずっと……」

 その言葉に雪は黙ったまま、こくんと頷いた。その雪を、進がもう一度強く抱き締めた。

 「だから最期まで……あの人を……一緒に……頼む……」

 「古代君!」

 (5)

 艦長室に入った真田は、背を向け外を見る沖田を黙って見つめた。言いたいことはたくさんあるはずなのに、言葉が一つも出てこない。艦長室には、ただヤマトのエンジン音だけが小さく響いていた。
 真田には、沖田の背中が自分の言葉全てを既に受け止め、そして拒否しているような気がしてならなかった。何を言ってももう……だめなのかもしれないと思う。それでも真田は何か言わなければと、必死に声を絞り出した。

 「艦……長……」

 数分間の沈黙の後、そう言いだすのが精一杯だった。しかし、沖田はそれにはなんの反応も示さなかった。
 真田は一歩足を踏み出すと、再び口を開いた。

 「私は……!!」

 その時初めて沖田が振り返った。真田を見つめる瞳は、予想以上にとても穏やかだった。それはもう自分の取るべき道を確信した男の信念の顔だった。

 「真田…… わかっている。お前の言いたいことは……全部……わかっとる。……だがな、もう決めたのだ。頼む、私に任せてくれ…… ヤマトを……」

 「くっ…… 艦長っ!!」

 真田が沖田から僅かに顔を逸らせ、歯軋りする。艦長、と呼ぶ声が懸命に涙を堪えたためか、上ずって甲高い声になった。

 真田ははっきりと認識した。もう何を言っても、目の前のこの人の意志を覆すことができないということを。もう……戻ることのない道を、この人は歩みだしている、ということを。

 口元を振るわせる若き副長に、沖田は歩み寄り、その両肩をがっちりとつかんだ。

 「辛いだろう…… ヤマトを生み出し育ててきたのは真田、お前なんだからな。
 だが、そんな顔をするな。これからは自分のことも考えろ。お前にも生きてまだまだしたいこと、せねばならないことがあるはずだ」

 顔を上げて黙ったまま、ただ見つめる真田に、沖田は頷き、それから厳しい顔に変わった。

 「そして、乗組員たちを頼んだぞ。それが……ヤマト副長としてのお前の勤めだ。最後までそのことを忘れるな!」

 「…………はっ!」

 居を正して敬礼した真田は、そう答えるのがやっとだった。すると、沖田は安心したように、僅かに微笑んで頷いた。

 「君は、年若い者たちの中でも年長者として今までよくまとめてきてくれた。これからも古代たちのことは任せたぞ。それから、自分のことも、な」

 涙を堪え、黙って頷く真田を励ますように、何度か肩をトントンと叩いてから、沖田は本題に入った。

 「あとは、アクエリアスの最接近のタイミングについて、君の知っていることをできるだけ詳しくわしに教えて欲しい。これは……ヤマト工作班長としての最後の任務だな」

 真田は、高ぶっていた感情を懸命に心の奥に押しやると、いつもの冷静な工作班長に戻った。
 艦長の沖田は、今それを望んでいる。それが真田がなすべき任務だからだ。

 「わかりました。では、説明いたします……」

 (6)

 艦長室を出た進と雪は、エレベータで第一艦橋へと降りてきた。ここから全乗組員に集合の指令をだすつもりだった。
 エレベータに乗っている間中、進は雪の手をしっかりと握り続けていた。

 ツイーン…… ドアが開いて、進を前に二人が艦橋内に入ると、真田と島を除くメインクルー達が既に勢ぞろいしていて、一斉にドアの方を振りかえった。

 「みんな……」

 皆がまだ部屋で休んでいると思っていた進が驚いた顔をすると、相原が切迫した表情で尋ねた。

 「何か決まったんですか?」

 「ああ……それが……」

 内容が内容だけに、進が言い出ししぶっていると、相原は別の意味にとって、真剣な眼差しで叫んだ。

 「やっぱり、策はないんですね! なら!! ヤマトだけでも地球から離れて安全な場所に避難したほうがいいんじゃないですか? そうだ! あの、シャルバートへもう一度行って…… あそこなら、人類も暮らせるし……」

 「えっ……!?」

 ヤマトだけでも助かりたい。そう言った相原の真意を図りかねて、進も雪も驚いて相原を見た。しかし、彼の本意はやはり違っていた。

 「でも、僕はここで降ろしてください。救命艇でも探査艇でも何でもいいから…… 僕は……地球へ……戻りたいんだ。死ぬときはみんなと…… でもヤマトも一緒に巻き添えになることはないだろう? ヤマトのみんなだけでも……」

 そこまで言って泣き出しそうになる相原を、隣の南部が叱り付けるように怒鳴った。

 「相原! バカなことを言うなって言ってるだろう! 俺は最後の1秒まであきらめないぞ! ヤマトで、このヤマトで地球を救わないでどうするんだよ!」

 「じゃあっ、どうするっていうんですか!南部さん! 何か策があるって!? さっきから、この話で堂々巡りばっかりじゃないですか!!」

 「くそっ!」

 叫ぶ相原と悪態を着く南部。さっきから、ここではそんな会話が何度もされていたらしい。地球を救えないジレンマが彼らの顔からにじみ出ている。

 「古代君……」

 相原達の苦しみに胸を痛めた雪が、進の脇を軽くトンとつついた。進ははっとして雪に向かって頷くと、静かな口調で話した。

 「相原……南部…… 心配するな。策は決まった」

 「えっ? じゃあ?」

 第一艦橋のクルーたちが揃って、その視線を進に集中させた。その瞳に僅かな希望の光が見え始める。

 「ああ、ヤマトがなんとかするに決まってるだろう」

 「本当ですか! 本当に、地球を救えるんですか!?」

 相原が立ち上がって振り返った。すがりつかんばかりのその視線を、進はまっすぐに受けとめた。

 「ああ…………そうだ。これからアクエリアスに着水する。着水後、ちょうど今から1時間後に、側面展望室に全乗組員を集めて、艦長から最後の作戦についての話がある。今から全乗組員に指示を出すぞ」

 「はいっ!!」

 「よっしゃぁ〜!!」

 部屋の中に歓声があがる。当然ながら、その喜びの中で、進と雪だけが悲しげに視線を絡ませたことに、誰も気づくことはなかった。

 地球を救えると知って一気に元気になった相原は、席に戻ると勢いよくスイッチをパチパチと入れ、進を振りかえった。

 「古代さん、艦内放送全回線をONにしました。どうぞ!!」

 進は、頷いて自席に座ると、ヤマトのアクエリアスへの着水と、作戦伝達のための1時間後の集合を、全乗組員に告げた。

 (7)

 ヤマトはゆっくりと、再び運命の星アクエリアスに着水した。
 その後、乗組員達は続々と側面展望台へ集合し、沖田の話が始まる10分前には、全員が集合していた。

 皆口々に話し合っている。ヤマトの次の作戦について艦長から話がある、とだけ聞かされているのだ。だから誰もが、艦長がこの期に及んで一体どんな手を考え出したのか、不安と期待で一杯になっている。

 待っている乗組員の中には当然進もいた。雪もいる。そして、ほぼ全員が集合した頃、真田もやって来た。
 進が真田の顔をちらりと見ると、真田は厳しい顔のまま小さく頷いた。それは、沖田の決意が変わらかったことを暗に表していた。
 進と雪の瞳が曇る。それを真田も見て取り、これから沖田が話そうとしていることの真意を知っている者にある苦しい胸のうちを、3人の目と目が語り合った。

 そして予定の5分前に、沖田がゆっくりと部屋に入ってきた。一段高くなっている壇上に上がると、沖田は全乗組員をぐるりと見まわした。全ての真剣な眼差しが、沖田に集中している。
 沖田は大きく深呼吸してから、ゆっくりと話し始めた。

 「我々の奮闘も虚しく、アクエリアスはあと9時間後に地球の至近距離を通過する。しかし、地球の人類の明日の為に、絶対に水没を防がなければならない」

 全員がこくりと頷いた。誰もが願う地球の未来だ。その熱い思いは沖田も、そしてどの乗組員たちにとっても同じだろう。沖田は意を決して、ヤマトの取るべき最後の策を切り出した。

 「故に、最後の手段として、これよりヤマトにトリチウムを積み込み、地球付近で待機させる。最後に自動制御でヤマトを発進させ、アクエリアスから地球へ水柱が伸びるその途中の地点で、波動エネルギーとトリチウムを融合させて爆発、水柱を立ち切る!」

 沖田は、そこで一旦話を止め、もう一度全員をぐるりと見渡した。皆がえっ?という顔をした。
 まだ沖田のその言葉の意味が飲み込めない者も多いのだろう。また、もしや……とその意味を認識した者もいるようで、ざわざわとした若干の動揺が走り始めた。
 そしてとうとう、沖田は、最後のそして大切な一言を発した。

 「…………ヤマトは、そこで自沈する!!」

 直後、誰もがその言葉を聞き息を飲み、一瞬の静寂が広がった。それから、すぐに小さなざわめきが所々からわき上がってきた。

 「そんな……」 「まさか!」 「ヤマトが……?」 「どうして?」

 皆、それぞれに隣同士で話し始め、部屋中が一斉に小さな声で充満した。ヤマトが自沈するという衝撃的な内容を、誰もがすぐには受け入れられないのだ。
 そんな中で、進と雪、そして真田だけが、じっと黙ったまま周りの様子を眺めていた。

 (8)

 まだざわめきが消えぬままで、沖田は次の指示を伝えた。

 「諸君はその前に、駆逐艦冬月が到着次第ヤマトを退艦し、それぞれの新たな人生に向かって歩みだしてもらいたい」

 沖田は、完全に自己の感情を抑えている。発する声も表情も、普段と全く変わるところはなかった。
 そして、伝えることだけを伝えると、それ以上はなんの言い訳もなく、ただ黙ってその部屋から歩き出した。

 そこで初めて、乗組員たちはその事実――ヤマトの自沈――をはっきりと認識させられた。
 背を向けた艦長に向かう乗組員たちのざわめきがさらに大きさを増し、とうとう相原が、後ろから押し出されるように大声で叫んだ。

 「待ってください! 艦長!!」

 相原はひどく動揺していた。自分は地球に残るつもりではあったが、ヤマトは生き長らえて欲しいと思っていた。そしてなんとか地球で生き長らえて、再びヤマトに会えることを願って……
 しかしそのヤマトがなくなるという。ヤマトが消える……その事実に、相原は大きな衝撃を受けたのだ。
 それに同調するように、隣にいた加藤も感情のままに叫んだ。

 「ヤマトを消滅させるなんてっ!! それでもヤマトの艦長なんですか!!」

 相原も加藤も、その勢いで、沖田に組みつこうとでもしているような物凄い形相である。いや他の乗組員たちも、今にも駆け出しそうな険悪な空気が広がり始めた。

 その時、それま脇でじっとその様子を見ていた進が、二人の前に飛び出してきた。

 「やめろ!」

 (9)

 一歩前に踏み出し始めていた相原と加藤の体を、進は両手を大きく広げて、懇親の力で押し留め叫んだ。皆の興奮を鎮め説得するのが、進の大切な任務なのだ。皆には今はただ冷静に考えて欲しかった。

 「艦長命令に従うんだ!」

 しかし、ヤマトを簡単に爆破すると言い放った艦長の言葉に、怒りが爆発している相原には、その進の思いなど推し量る余裕はない。

 「古代さん! あんた、あんな命令を承服できるのか!」

 「そうだそうだ!」

 怒りでわななく相原の言葉を指示するように、後ろから大勢の乗組員たちが声を上げた。しかし進は怯むことはなかった。
 彼ら全員を鋭い眼差しで見返して、進は大きな声で叫んだ。

 「できる!!」

 その声に、全員が怯んだ。進の声はそれほどに迫力があった。乗組員たちの声が止んだのをきっかけに、進は今の自分の思いの丈を、懸命に話し始めた。

 「みんな! よく聞いてくれ。誰が好き好んでこのヤマトを爆破したいなどと思うか! 誰だってヤマトを失いたくない。沖田艦長だって、俺だって…… 俺が一番……」

 進の声が途切れた。ぐうっと涙を飲み込むそのしぐさに、全員の思いが重なり合う。そして、進は半分涙声であるが、再び声を取り戻して話し出した。

 「だけど、ヤマトが残って地球が破滅して、それで俺達は幸せなのか! 地球を救うためにただ一つ、たった一つ最後の方法が残されているとしたらヤマトは喜んでその方法を選ぶんじゃないだろうか。そうさせてやるのが、ヤマトにとっての幸せじゃないか。そのために、例え俺達がどんなに辛い思いをするとしても……」

 それ以上、進は話せなかった。両こぶしを握り締めて、うつむく進を見ながら、相原や加藤をはじめ、色めき立っていた乗組員たちもすすり泣きを始めた。

 誰もが知っているのだ。進の言った通りだということを。
 ヤマトの最大の任務を。ヤマトが地球の為ならば、その命など惜しいと思わないことを…… そして、そうさせてやるのが、ヤマトの乗組員として培ったヤマト魂なのだということを……

 だからもう、誰も進の言葉に反論するものはいなかった。

 (10)

 しばらく皆のすすり泣きの声が漏れ響いていたが、最後を締めるように、真田がゆっくりと進の隣に立った。

 「みんな、まだ感傷に浸るのは早すぎるぞ。それはヤマトが見事に最後の任務を果たしてからだ。今はまだその時ではない。これから、それができるよう、全員最善の努力を……頼む」

 沖田同様、完全に感情を押し殺した真田の言葉が、逆に皆の胸を強く打った。そして今、ヤマト乗組員たちは全員、自分達がなすべきことをしっかりと把握した。

 「はっ……」

 涙を拭きつつ全員が敬礼した。

 「これからヤマトはトリチウム採取のため、アクエリアスに着水する。全員持ち場に戻って、指示を待て」

 「はいっ!!」

 乗組員が大きな声で返事をすると、バタバタと走り始めた。ヤマトは今、全員が地球を救うため、最後の戦いに動き出した。

 相原も南部も、太田も山崎も、進と真田に向かって軽く会釈すると駆け出していく。雪も悲しげな目で訴えるような顔をしてから、先に部屋を後にした。
 そして、あっという間に誰もいなくなった。進と真田二人だけを残して……

 全員を見送ってから、真田がほっとしたように進を見た。

 「古代…… ごくろうだったな」

 「いえ、真田さんこそ……」

 二人の表情が、別の苦痛でひどく歪んだ。誰もいない今、二人だけだからこそ見せられる弱みのように、その情けない顔の互いを見つめあった。
 二人にある他の乗組員たちの知らない深い悲しみと苦痛。だが、それはもう二人にもどうすることもできないことでもあった。
 ただ、最後まで見守ること以外は……

 「行こう、古代」

 「はい……」

 思いの全てを振り払うかのように頷きあった進と真田は、第一艦橋へ歩き始めた。

 第一艦橋に戻ってきた二人を迎えた沖田は、地球司令本部にヤマトの最後の作戦を告げ、冬月の派遣を依頼したあと、アクエリアスのエネルギー吸収プラントへの接舷を指示した。

Chapter12 終了

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