命、繋いで
−Chapter 13−
(1)
「マモナク エネルギー吸収プラントニ 接舷シマス!」
アナライザーの声が響く。そして、続いてその言葉通りに、ヤマトはディンギルがアクエリアスに残したトリチウムの採取を行うエネルギー吸収プラントの真横に接舷した。
「接舷完了シマシタ」
アナライザーの報告を受けて、沖田が指示を出した。
「よし、作戦開始!真田、トリチウム積載任務に入れ!完了までの予定時間はどれくらいだ?」
「はっ、およそ3時間の予定です」
「うむ、全体の指揮を頼む」
「はっ!」
真田は立ち上がって厳しい顔つきで沖田に敬礼すると、第一艦橋を駆け出していった。
それを見送ってから、沖田は再び前方に顔を戻した。進をはじめとする他のクルーたちが、沖田を見つめる。
すると沖田がふうっと大きく息を吐いて、目だけでぐるりと全員を見渡した。
「トリチウム積載完了後に、波動砲エンジンを内部爆破に向けて回路を切り替える作業を行う。その作業なのだが……」
それを聞いた一同の顔色が一斉に曇った。この作業は、いうなればヤマトに最後の引導を渡すようなものである。それは、言いかえれば、自分の手でヤマトを爆破させるとも言えるかもしれない。それがわかっているだけに、みなの表情が硬くなるのも当然だ。
本来ならば、波動エンジンの処置は機関長である山崎の仕事だ。しかし、山崎は苦渋の表情を浮かべている。
山崎はヤマトの発進以来ずっと、前機関長の徳川とともに、このヤマトの心臓部を我が子のように大切にかわいがってきた。それだけに、自分の手でその息の根を止めることがおおいに躊躇されるのだ。
他のクルーたちも同じ気持ちに変わりはない。誰かがやらねばならないのは重々承知していながら、自分が、とは言い出せないのだ。
それでも山崎は自分の責務と意を決した時、それより先に進が立ち上がった。
「それは、私にやらせてください!!」
(2)
進がまっすぐに沖田を見つめる。沖田にヤマトのことを託すことになった進にとって、これは最後のヤマトへの思いでもあった。
その作業を行うことは、断腸の思いである。が、逆に自分の手で行うことが、気持ちにケリをつけるのに必要でもあるような気がした。
(他の誰かにさせるくらいなら、俺のこの手で…… それに沖田艦長の思いに比べれば、こんなことくらい……)
進は、下げたままの両手をぎゅっと握った。その進の立候補を、沖田が受けとめた。
「うむ、いいだろう。あと、もう一人誰か……」
沖田がそう呟くと、その言葉を待っていたかのように、雪が立ち上がった。
「私も一緒にやらせていただいて構わないでしょうか?」
進がヤマトとの決別の為に選んだ最後の仕事に、雪は自分も一緒に立ち合いたかった。最後まで二人でヤマトを、そして沖田を見送りたかった。
ただ、機関長の山崎を差し置いての女だてらの立候補だけに、少し遠慮がちな言葉になった。
「構わんが……」
沖田がそれでいいのか、と問いたげに山崎の顔を見ると、山崎は、ほおっと小さなため息をついた。
「お願いします。本来ならば私の仕事なのでしょう。ですが、やはりどうしても直接は…… お二人には申し訳ないのですが」
山崎が進と雪を交互に見ながらそう話すと、二人はこくりと頷き返した。すると、南部が何か思いついたように、顔をあげた。
「二人とも、ちゃんとその後ヤマトから退艦するんですよね!」
進と雪、そして沖田が、驚いて南部の方を見、他のクルーたちもえっ?と言う顔で進たちを見た。
「まさかとは思いますけど…… 二人には前科がありますからね」
白色彗星との戦いの時、ヤマトに進たちが残ったことを指しているのだ。南部はもう二度とあんな思いをしたくなかった。
真剣な眼差しで進を見る南部を見て、進はふっと微笑んだ。
「大丈夫だよ、南部。俺と雪は……必ずみんなと一緒に地球へ帰るから」
「ほんとう……です……ね?」
「ああ、絶対大丈夫だ。嘘じゃない!」
念を押すように尋ねる南部に対して、進は大きく頷いた。
「雪さんも、本当ですね?」
と相原が雪に尋ねると、雪も笑顔でこくりと頷く。
「ええ、必ず戻るわ」
すると、南部も太田も相原も、そして山崎も安堵したような笑みを浮かべた。しかし、進と雪の微笑の裏にある深い悲しみを、この時の南部達はまだ知らない。
(俺と雪は地球に帰る、帰れるんだ。だけど……あの人は……)
そんな様子を黙って見ていた沖田は、彼らの会話が終ったのを期に、静かに決を下した。
「うむ、それでは古代と雪、二人に頼むことにしよう。回路の変更についてのマニュアルは、私のほうで既に真田から預かっている。この後、二人で艦長室に取りに来てくれ」
「はっ!」 「はいっ!」
二人が姿勢を正して敬礼し、沖田も敬礼で返した。
「山崎は、エンジンに問題がないか再チェックを頼む。他の者たちは、退艦の作業が滞りなく行われるよう、各班員をまとめてくれ。
トリチウム積載完了後すぐに飛び立ち、目標地点付近までヤマトを移動し、そこで冬月の到着を待つ。
なお、トリチウムを積み込んだ時点で、ヤマトはそれ自体が核爆弾と同じ威力を持つようになる。非常に危険な状態であることを忘れないように。以上だ」
沖田はそう指示すると、いつものように椅子を上昇させ艦長室へと消えていった。
(3)
沖田が去って、誰からともなくほおっというため息が漏れた。クルーたちは、なぜか体から力が抜けていくような感覚を感じた。
ヤマトがなくなる――この事実が、彼らの中でまだはっきりとは認識しきれてない。だが、その時は紛れもなく、刻一刻と近づいているのだ。
進が周囲を見まわした。
「じゃあ、みんな、準備に取りかかってくれ。俺と雪は艦長室に行く」
「はいっ!」
雪が、そしてみんなが自分を奮い立たせるように力一杯に答えた。進が軽く頷いて歩き出すと、山崎が立ち上がって頭を下げた。
「すみませんが……よろしくお願いします」
進は山崎に近寄ると、頭を下げたままの山崎の手を取った。
「山崎機関長…… 今からヤマトに……今までずっと頑張ってきてくれた波動エンジンに最後の別れをしてやってください。最後の大事な仕事をきちんとこなしてくれるように……よろしくお願いします」
「わかりました。必ず……立派に仕事を成し遂げられるように、最後のメンテナンスを…… 私の機関士生命を賭けて整備します!」
ぎゅっと手を握り合って会話する二人を見て、他のクルーたちから僅かな嗚咽が漏れる。今はまだ泣く時ではないと、必死に涙を抑えるのだった。
それから、進は雪と連れだって第一艦橋を後にした。
廊下からエレベータの中、そして艦長室への短い通路を通る間、並んで歩く二人に会話はなかった。何か話しだせば、息せき切ったように様々な思いと涙が出てしまいそうで、二人とも口を開けなかったのだ。
そして二人は、ほどなく艦長室の前に到着し、進がドアをノックした。
「艦長、古代進、森雪、両名参りました」
「入れ」
短い言葉を受けて、進と雪は艦長室に入った。
(4)
二人が艦長室に入ると、沖田はいつものようにドアに背を向けて外を見つめていた。目の前に見える光景は、エネルギー吸収プラントから太いパイプがヤマトにつながれ、トリチウムが取り込まれている様子だった。
沖田は二人の気配を感じると振り返って、テーブルの上をちらりと見た。
「マニュアルはそこにある。それほど複雑な行程ではないと思うが、確認してみてくれ」
その声はいつもと変わらず冷静だった。
「はい……」
沈痛な面持ちで二人は答え、並んでテーブルにつくとマニュアルを広げた。進が1ページずつめくりながら、二人は揃って黙読していく。読み終わると、互いに軽く頷きあって、また次のページへと進んでいった。
何度か雪が紙面を指差すと、進に質問をした。進はページを戻して別の場所を指差しながら説明を加えると、雪はしっかりと頷いた。
二人の仕草は、愛を語るというのとは全く違う任務のための行為であるにもかかわらず、さりげない動きの一つ一つが、まるで流れるように繋がり、互いへの深い愛情を感じさせた。
、その様子を、沖田は黙ったまま、目を細めて見つめていた。
(二人で重ねてきた年月が、お前達を最高の相棒にしたんだな……)
30分ほどして二人はやっと顔をあげた。そしてもう一度互いに顔を見合わせ、進が「いいな?」と尋ねると、雪は小さな声で「はい」と答え頷いた。
「艦長、確認終了しました。操作についての不明な点はありません。作業はおよそ10分余りで完了できると思われます」
「うむ…… では、頼んだぞ、古代、雪」
「はいっ!」
進と雪は立ち上がり、威勢を正して敬礼した。沖田はそれに返礼すると、瞳だけで笑った。
用が済んだのだから退出しなければならないのだが、進も雪も同時に立ち去りがたい気持ちに捕らわれた。それは沖田も同じだったらしい。
「少し時間があるかね?」
「はっ?」
「少し話がしたいと思ってな。古代とはさっき少し話したんだが……」
沖田の言葉に、二人は顔を見合わせ、それからまず進が答えた。
「はい…… トリチウムの採取の方は真田さんが指揮しているので、私の方に急ぎは特に、雪は……?」
進が雪の方を見ると、雪も小さく頷くと、答えた。
「生活班の方も退艦の準備をするだけですから……」
「うむ……なら、もう一度そこに座れ」
沖田は安心したように、目の前の今二人が座っていた椅子を指し示した。
「……はい」
そう答えて、雪と並んで座ったものの、進は何を話していいのかわからなかった。いや、かえって話をすることで、今落ちつかせている感情が揺れ動くかもしれない気がした。
しかし一方で、沖田ともっともっと話をしておきたくて、聞いておきたいことも山ほどあるような気もする。
雪とて同じだった。あの航海前に会った時の沖田の優しい言葉が、今も雪の心に残っている。目の前にいるこの人と、もうすぐ別れなくてはならないとは、どうしても思えなかった。
自然、二人の顔色は雲り、緊張の度合いを深め始めていった。
(5)
しかし沖田の様子は二人とは全く違っていた。沈痛な面持ちの二人の向かいに腰掛けると、満足そうな笑みを浮かべた。
「そうやって並んでいるところを見ていると、あの頃のことを思い出すなぁ」
「あの頃?……ですか?」
沖田が何を話すのだろうと構えていた進と雪は、意外な言葉に驚きながら、互いを見あった。
「そうだ。イスカンダルへのヤマトの初めての航海の時だよ。あれはまだマゼラン星雲につく前だったかな。佐渡先生からお前が雪のことが好きらしいって聞いたのは……」
「えっ!?」
突然、そんな話を振られて、進はびっくりして大きな目を見開いた。
「佐渡先生の話じゃ、雪もまんざらじゃないらしいというし、なかなかいいカップルができると喜んだものだったよ。だが、それからなかなか進展せんので、少しやきもきさせられたがな。それでも、地球に戻ればいい話が聞けると楽しみにしていたのだよ」
沖田が昔を思い出すように目を閉じ、そして再び笑みを含んだ視線を二人に送ると、二人は恥ずかしそうに微笑んだ。
ヤマトで初めて互いへの思いを知った頃のことを、その気持ちを伝え合えなくて悶々とした日々を、二人も思い出していた。
「それが…… 地球に着く直前に雪があんなことになって…… あの時の古代の姿は今でも忘れられん。今にも雪を追って死にそうだったからなぁ」
沖田が笑いを抑えられないと言った顔で二人を見ると、二人の顔はさっと赤らんだ。
「あっ……!」 「あ、すみません……」
「あははは…… どうしてこの年寄りのわしではなく、よりによって人生これからという雪が死んでしまうんだ、と事の理不尽を恨んだものだよ。それに残された古代のことも気がかりでな。
あの時のわしは、もう死に瀕して何も思い残すことはないと思っていたが、それだけは心残りだった」
沖田は地球目前で意識を失った。その直前に進を励ましはしたが、沖田は雪の生還を知らぬままになっていたのだ。
「だから、わしが回復して雪の無事を聞いたときは、二重の意味で本当に嬉しかったよ」
「艦長……」
(6)
沖田の話はさらに続いた。
「ははは、あれは今から1年ほど前のことだったな。二人は変わらず仲良くやっていると聞いて、すぐにでも会いたかったが、私の生存自体がまだ極秘らしくて、そうもいかんかった。そのうちに、あの太陽の異常増進が起こって、お前たちは旅立ってしまったんだよ」
沖田が長い昏睡状態から目覚めたのは、今から1年あまり前の地球が短い平和を享受している頃だった。担当の医者から、ヤマトのその後やクルー達のことを聞き、資料を少しずつ読めるようになったのは、あの第2の地球探しが始まる直前の事だったのだ。
あの時点では、沖田はまだヤマトに乗り込むことなど出来なかったし、ある程度回復して人と会えるようになった頃には、既にヤマトは宇宙の彼方へと飛び立った後だった。
「そうだったんですか……」
「お前が艦長として旅立ったと聞いて、月日の流れを痛感したよ」
沖田がその頃を思い出すように、目を閉じた。自分が育てた若者が、立派になってヤマトを指揮していると聞いたときの喜びを思い出すように……
「お恥ずかしいです…… 最後まで任務をまっとうできなかったのですから……」
進はこの航海の前に、艦長を辞任してしまったことを思い出していた。
「いや、お前はよくやった。何度も地球を救ってきたではないか。わしは、お前もヤマトの皆のことも誇りに思っとるよ」
沖田は進をまっすぐ見据え、進の視線をしっかりと受け止めるように頷いた。沖田にとって、頼もしく成長した進たちを見ることが、なによりも嬉しかったのだ。
(7)
「とにかく、お前たちが戻ってくる頃には、わしも自分で身の回りのことができるほどに回復しておってな。お前達の帰還後すぐに、佐渡先生に会うことが出来たんだよ。防衛軍の配慮で、その後の担当医は佐渡先生ということになって、それからはほとんど毎日先生が来てくれていたのだよ」
雪は地球帰還後に、佐渡が毎日午前中、自分の病院を休んで出かけていたことや、藤堂長官もそのことを知っていたことを思い出した。
「佐渡先生も長官も、全然何も言ってくださらないんですもの……」
雪の非難めいた拗ねた声に、沖田は声を出して笑った。
「ははは、近いうちにみんなをびっくりさせてやろうと先生と話していた矢先だったんだよ。すまなかったな。
ま、それで、今まで資料でしか確認できていなかったそれまでの出来事を、先生から詳しく聞いて、お前達の通ってきた様々な苦難を知ったというわけだ。古代はもちろんだが、雪も随分苦労したな……」
沖田の視線が柔らかに雪を包んだ。
「そんな、苦労だなんて……」
雪は、恥ずかしそうに頬を染めて進の方をちらりと見る。そんな姿を沖田は微笑ましげに見た。
「ずっとそばにいて、古代を支えてきたのだろう……」
沖田の優しい言葉が雪の耳をくすぐる。
「はい…… 彼女がいなかったら、僕は今ごろどうなってたか……」
進が恥ずかしげにそうつぶやくと、沖田はまた笑い出した。
「ははは…… 雪がおらんかったら、古代は何度死んでいたかわからんからな」
「艦長っ!」
沖田に図星を突かれ、真っ赤な顔で立ち上がった進だが、目前の人の訳知り顔を見て、ゆっくりと腰を下ろした。進には、沖田の目が正直になれと言っているように思えた。
雪は今までずっと、精神的にも肉体的にも、進の命を守り続けてくれていたのだから。
進は雪を見ると、素直な気持ちを告げた。
「あはっ、本当だよな、雪。艦長の言う通りだよ」
しみじみと囁く進の愛しげな声も、さらに雪の心をくすぐった。
「古代君ったら……」
雪が進を見つめると、進も同じように視線を返した。そんな二人に、沖田は今までの自分の選択が正しかったと思わずにいられなかった。
(8)
最高に互いを思いあう二人の姿を目の前で確認して、沖田はとても満足だった。
「結婚しとらんかったのは意外だったが、いろんな意味で、二人は夫婦以上に寄り添ってやってきたんだろう」
「……はい」
進ははっきりとそう答えると、再び雪を見た。心の中は、静寂な湖面のように静かに、やわらかな真綿のように素直になっていた。
「大勢の仲間を亡くしたことや、イスカンダルのことで踏ん切りがつかんかったんだろうとは思っていたが……」
「彼女には…… いつも頭が上がりません」
進の答えにさもあらなんと頷くと、沖田は少しばかり眼光を鋭くした。
「うむ、だが今度こそ踏ん切りをつけろ。この戦いが終ったら、式を挙げるつもりだと、佐渡先生から聞いとるぞ。帰ったらすぐだな?」
すると、進の顔に戸惑いが見えた。この戦いの後、ヤマトを失い、沖田を失った自分がどんな風になるのか、今の進にはまだ見当がつかない。自分の幸せがどうこうなど考えられないのだ。
「あっ…… ですが……」
「わしがいなくなったからといって、もう延期したら許さんぞ」
しかし、沖田はそれを見越したように、断固とした言葉で進を攻めた。雪はただ、心配そうな眼差しを進に向けている。
「艦長……」
進は困ったような、しかし観念したような顔で沖田を見た。沖田は進に軽く頷くと、今度は雪の方を見た。
(10)
「そうだろう? 雪…… 早く二人の子供も欲しいんだろう? このあいだは期待が外れて随分がっかりしとったじゃないか」
沖田がからかうような視線を雪に向ける。子供、と言う言葉に雪の頬が瞬く間に染まった。航海前の騒動のことも思い出され、雪は恥ずかしくてたまらなかった。
「いやです……艦長ったら……」
恥らうそんな雪の姿も好ましげに、沖田は笑った。
「ははは…… わしも……昔、そんな頃があったよ…… 妻となる人を愛し、結婚して二人の子供に恵まれて……」
進も雪も顔をあげて真顔になって沖田を見つめた。沖田は、二人の後ろ遥か彼方を見るように遠い目をした。
「まだガミラスの攻撃もなかった頃…… あの頃が一番幸せなときだったかもしれんな」
沖田はじっと目を閉じた。昔、家族と共に過ごした日々を思い起こしているかのように……
「だが、その家族はみんな先に逝ってしまった…… わしには何も残っていない…… わしの命を繋ぐものは、誰も……いなくなってしまったのだよ」
沖田は、淋しげに呟いた。しかし、そんな自分を心から気遣わしげに見つめる目の前の4つの瞳に、ハッと気付いた。
「いや、違うな。わしには、お前たちやヤマトの若者たちがいる。わしの命は、間違いなくお前たちに受け継がれているんだな」
進と雪が大きく頷いた。
「わしは、イスカンダルからあの赤茶けた地球に戻ってきた時、自分の人生がこれで終っていいと思った。もう何も思い残すことはない、家族の元へ行ける……とな。
だから、再び生きろと言われた時は、正直言うと、どうして生き返らせたのかと憤りを覚えたほどだったよ。このわしにまだ何をしろというんだ!と言いたい気分だった」
沖田の厳しくも淋しげな顔が、二人の心を打った。沖田が生き続けることの苦しみをほんの少し知ったような気がした。
しかしすぐに、その沖田の表情が、再び穏やかなものに戻った。
「だが、こうしてお前達と再会できた時には、もう一度平穏な生活もいいのかもしれない、とも思った。
そして今、こうやってヤマトに再び乗り、わしの果たす役割があったことを知って、今まで生き長らえられて、本当に良かったと思う」
その言葉は、深い確信を含んでいた。沖田は、今の自分の人生に何も悔いを残していない。
「沖田……艦長……」
ここまで昇華しきった沖田の思いと決意を、進は深い感動を持って受けとめた。
(11)
沖田は、進の気持ちを受け止めるかのように、何度目かの相槌を打ってから、二人の若者へのはなむけの言葉を口にした。
「古代、ヤマトがなくなってもヤマト魂は……ヤマトの仲間は生き続ける。それを忘れるな。それから……いつものことだが……余り無茶するな」
「はい」
進が神妙な面持ちで答えると、次に沖田は雪の方を向いた。
「雪…… この男は、この宇宙中のどこの誰にも負けない、立派な最高に素晴らしい男だと、わしは思っとる」
雪が「はい」と小さく答えて頷くと、沖田は今度は進をチラッと見て苦笑すると、再び話し始めた。
「だがなぁ、いろいろ問題もある。まず、こうと思ったら絶対に引かん。曲がったことが大嫌いな男だからな。それがどんな相手に対してでも融通はきかんだろう。そのことで、これからも女房にはいろいろと心配や苦労をかけるに違いない……」
沖田のそんな話を、進は黙って聞いている。当たっているだけに反論はできない。そんな進を、雪も苦笑しながら見た。
「いえ……そんな」
「かく言うわしもそういうところがあったのだ。女房はいつも困ったような顔で笑っておったがなぁ。そういういらんところが、こいつもわしに似てしまったようで……」
そう言う沖田と、聞いている進は、二人で顔を見合わせて、揃ってなんとも言えない困った顔をした。その顔がまるでばつの悪いいたずらっ子のようで、雪は笑ってしまった。
「まあ……ふふふ……」
雪の笑顔を見て、沖田は再び笑みを取り戻して、今度は目をきらりと光らせた。
「だから雪、この男が自分勝手に突っ走らんように、しっかり手綱を握って……亭主の操縦をするんだぞ」
「か、艦長っ!」
「ふふふ……はい!」
焦る進と鷹揚に笑う雪の対照的は姿が、なんともおかしい。沖田の心の中は、ますます温かくなった。
「はっはっはっ…… とにかく二人とも、これからもずっと仲良く助け合って生きていくんだぞ。結婚は終点ではなく、出発点なのだ。これからが二人の人生の始まりなのだから、な」
「……はい。ありがとうございます」
二人が揃って頭を下げた。沖田は椅子に深く座りなおすと、少しの間を置いてから、静かにこう言った。
「結婚式には出られないが……これがわしのお前たちへの祝辞代わりだと思ってくれ……」
「艦長……」
「幸せに……なるんだぞ」
「…………」
二人の口から声が出てこず、雪の瞳が潤み始めたのに気付いた沖田は、さっと立ち上がると、二人に背を向けた。
「まだ、泣くのは早い。さあ、二人とも行くんだ! これからのヤマトの最後の戦いを必ず成功させねばならん!」
「はいっ!!」
進と雪も立ち上がって、沖田の背に向かって、力いっぱいの敬礼をした。
(12)
第一艦橋に戻る進と途中で別れた雪は、医務室へ向かった。医務室の片づけが始まっているはずである。
(みんなどんな思いで片付けをしているんだろう…… 辛いのは皆同じなのよね。でも……)
沖田を失うことを事前に知ってしまった重さは、やはり計り知れないほど大きかった。
雪が医務室に着くと、数名の医務室勤務の看護師達が、薬品類を携帯バッグに移し替えているところだった。皆押し黙ったまま、黙々と働いている。
「ご苦労様…… 遅くなってごめんなさい」
雪のかけた声に、クルー達は振りかえると力なく微笑んだ。
「いえ、特に問題はないですから。希少な薬と、入院中の患者に必要な薬品だけを選んで入れています。全部は無理だと思うので……」
看護師の一人が雪に向かってそう答えた。
「ええ、そうね。そうして頂戴。入院患者は、冬月が到着次第最優先で移動する予定ですから、患者さんたちにはあなた達が付き添ってください。私の退艦は後になると思いますから」
「はい……」
まだ不安げな顔で見るクルーに、雪は「最後まで頑張りましょう」と無理に笑顔を作って励ました。
(13)
その時、佐渡が集中治療室からひょこりと顔を出した。
「おお、雪か…… 何しとった? 来るのが遅いから先に片付けさせとったぞ」
「はい、すみません。ちょっと艦長室に行ってたものですから…… あの、島君、変わりないですか?」
「ああ、心配いらん。今のところ脈拍も鼓動もしっかりしとるよ」
ヤマトの最後の話を聞いた後でも、佐渡は相変わらず飄々とした表情をしている。心の底ではヤマトへの愛着は誰にも負けないものがあるはずなのに、これも年の功というものだろうか、と雪は思った。
(でも……沖田艦長のことを知ったら、佐渡先生だって……)
そう思うと、雪の心は再び沈んだ。
「どうした? 浮かない顔をしよって」
「いえ……」
顔色の冴えない愛娘を励まそうと、佐渡の目が一層優しくなる。
「ヤマトのことは決まった事じゃ。古代も言っとったじゃろう……地球のためならヤマトは喜んでそうする、とな」
「……はい」
小さな声でなんとか答えた雪は、手に持っていた書類をぎゅっと握り締めた。すると佐渡がそれを見咎めた。
「ん? それはなんじゃ?」
「あっ、ああ…… あの、波動砲の……内部爆破への転換のためのマニュアルです」
周りのクルー達に動揺させたくなくて、雪は小さな声で囁くように告げた。
「どうしてお前さんが?」
「あの……古代君が最後までやりたいって…… だから、私も一緒に……」
「そうか、古代が……辛いのう……」
「でも、私達は…… 艦長に比べたら……あっ」
艦長と言ってしまってから、雪は慌てて口をつぐんだ。
(佐渡先生に……気付かれた?)
しかし、雪がこっそりと佐渡の顔を盗み見るとうんうんと頷いただけだった。
「そうじゃのう…… あの人もよく決意したもんじゃ。この航海が終えたら、ヤマトを坊ヶ崎に戻して、ゆっくり眠らせてやりたいと話しておったのになぁ。無念じゃろう……」
「…………」
答えに窮して口篭もっていると、佐渡は「おお、そうじゃ」と手を打って私室に戻り、すぐに一升瓶を持って出てきた。
「雪、ちょっと艦長室に行ってくるぞ」
「えっ?」
「艦長を慰めてくる! ヤマトで最後の飲み会じゃ!」
勢いよく出ていく佐渡を見送りながら、雪の心は揺れていた。
(佐渡先生…… まさか気付いたんじゃ?)
(14)
進と雪との会話を終えてから、一人物思いにふけっていた沖田は、ノックの音といつもの佐渡の声に我に返り、振りかえってドアの方を見た。
「艦長、佐渡ですが、ちょっとよろしいかな?」
「先生?…… ああ、どうぞ」
ガチャリと言う音がして扉が開くと、佐渡がいつものごとく一升瓶を片手に入ってきた。
「ちょっと艦長と飲みたいと思いましてな……」
「…………」
沖田は微かに笑みを浮かべると、黙ったままコップを2つ用意して座った。佐渡は勝手知ったる様子でその向かいにどかりと座ると、2つのコップに酒をたっぷりと注いだ。
「どうぞ」
「ありがとう……」
二人で軽くコップを掲げると、佐渡はぐびぐびとうまそうに酒を飲んだ。
沖田の方は、コップに注がれた酒を一口口に含むと、一旦口から離した。それからコップを持ったまま立ち上がり窓辺まで行くと、壁の縁に沿わせるように酒を滴らせた。
透明の液が壁を伝い、足元のじゅうたんに吸い込まれていくのを、沖田は黙って下を向いたまま見つめていた。
「艦長……」
その声に沖田は顔をあげると、振り返って淋しそうに笑った。
「ヤマトにも飲ませてやりたくて…… ご苦労さん……と。それから、最後まで頼む……とね」
そして再び佐渡に背を向けて、窓の外を見た。その後姿を佐渡はしばらく黙ったまま見ていたが、残っていた酒を一気に飲み干すと、ことんと机に置いた。
「艦長…… 艦長は、ヤマトに残るおつもりですね?」
(15)
動揺した風でもなく、いつもの静かな佐渡の口調だった。沖田もすぐには動じない。しかし、しばらくして観念したように振りかえった。
「佐渡先生には、隠せませんな」
沖田の肯定の言葉に、佐渡は眉をしかめた。自分の悪い予感が当たった…そう言いたげな顔である。
「しかし、どうして? 乗組員達には、自動制御で自爆させると言われたではありませんか。いくら艦長と言えども、無駄死は許しませんぞ!」
口調は静かだが、その言葉には断固とした抗議が覗われる。しかし沖田の表情には全く変化がなかった。
「無駄……ではない。ヤマトは……人がいてこその、人が動かす艦(ふね)だということは、先生ならお分かりでしょう」
「それはわかるが……しかし……」
「自動制御は……無理なんですよ、佐渡先生。失敗の恐れがある」
「な、なんと!」
小さな目をかっと見開いて、佐渡は絶句した。
「もしや……古代もそれを知っていて?」
佐渡は、さっきの側面展望台での一件を思い出していた。古代の必死の叫びと涙は、ヤマトに対してだけではなかったのだと、今更ならに気が付いたのだ。
沖田は黙って小さく頷いた。
「古代も……それから真田も……あの話の前に、自分が残ると直訴してきましたよ」
「あいつらは…… それで雪もそのことを知っとんたんじゃな」
「古代が話したそうです。しかし若者達には、まだやらねばならないことがある……そう諭しました」
「艦長……」
佐渡は絶望的な顔で沖田を見つめた。
沖田の決意や若者達への思いは全て、佐渡には痛いほどわかった。だから、沖田にはもう何も言えないのだということが、佐渡には……よくわかっていた。
「だがね、佐渡先生。わしは死ぬわけではないと思っとります。わしの命は、古代や雪、真田や島、そしてヤマトの皆の中でこれからもずっと生き続けられると……そう思っているんですよ」
全てを悟ったように超然とした沖田の顔が、佐渡の目には霞んで見える。
佐渡は顔に手をやり、涙と鼻水をまとめて拭い取ると、自分のコップに再び酒をなみなみとついだ。
それから、ぐっと握ったコップを睨んでから、酒を飲み干した。そして、ぷはぁ〜っとわざと大きく息を吐いて、もう一度鼻をすすった。
「わしが代わってできることなら……」
情けない顔で沖田を見る佐渡に、沖田は微笑んだ。
「佐渡先生…… ありがとう。これからも、古代達のこと、よろしく頼みます」
佐渡が黙ったまま頷くと、沖田は思い出したように大きな笑みを浮かべた。
「先生とは、二人で孫達の面倒を見ようと約束しておりましたのに、できなくなって申し訳ありませんなぁ」
「わし一人じゃ、ちょっと荷が重いです……なぁ……」
佐渡が初めて口元を少しほころばせ、涙声ながら冗談めかして答えた。
脳裏に、進と雪の、そして島や相原たちの子供たちをあやしている二人の年寄りの姿が浮かんだ。いたずらされたり、泣かれたり、手を焼かせられ、それでも嬉しそうに目尻を下げる好々爺が二人…… いつかは、と思う年寄りの夢だった。
すると、沖田もおかしそうにこう答えた。
「ははは…… どうしてもだめな時は、先に逝ったやつらも連れて、助けに行きますよ」
「いかつい連中は連れてこんでくださいよ! そんな事されたら、余計に泣かれますからなっ!」
「はっはっは…… それもそうですなぁ」
「はっはっは…… ははは……はは……」
艦長室に響く笑い声は、これが最後だろう。それは悲しく部屋の中でこだましていた。
その時、通信室から連絡が入った。冬月から予定通り到着する旨の連絡が入ったという。その時がいよいよ間近に迫っているのだ。
それをきっかけに、佐渡は席を立った。
「では、わしはこれで…… 艦長、どうかご武運を!」
佐渡は直立不動に立つと、きりっと敬礼をした。沖田も力をこめて敬礼を返した。これが今生の別れになる長年の戦友同士の、最後の挨拶であった。
(16)
進が第一艦橋に戻り、立ったまま窓からプラントの様子を見ていると、真田が戻ってきた。
「真田さん! 採取の方は順調のようですね?」
「ああ…… 予定より早く終るかもしれん。しかし移動には細心の注意が必要だから、時間に余裕があるほうがいいだろう」
真田は相変わらずの厳しい顔で答えた。
「そうですね…… あ、真田さん」
「ん?」
「ヤマトの最後の作業、波動砲の内部爆破への処理は……僕と雪ですることにしました」
少し驚いたように目尻を吊り上げて、真田が進を見た。そして進の顔にその決意を感じた。
「…………そうか。山崎さんは?」
「辛すぎるから……と」
「そうだな、辛すぎる……かもしれないな」
真田は視線を下げて計器類を睨む。山崎の気持ちは真田にもよくわかった。真田自身、ヤマトの設計者として一から作り上げてきた人間である。ヤマトのどの部分一つ取っても、大切なものばかりなのだ。
「それでも……僕は……自分の……この手でやりたいと思います」
進は、右手を胸元まで持ってくると、ぎゅっと握り締めて見つめた。
「そうだな。ヤマトも喜ぶだろう」
「はい……」
それから二人はまた黙ったまま、ただじっと外の作業を見続けていた。
トリチウムの採取は、3時間を待たず予定収量を確保して終了した。ヤマトは、それぞれの胸に万感の思いをこめた乗組員達を乗せ、再びアクエリアスを飛び立った。
時に、地球時間2204年9月27日午後0時。アクエリアスの地球最接近まで、あと5時間と迫っていた。
Chapter13 終了
(背景:Giggrat)