命、繋いで

−Chapter  14−

 (1)

 アクエリアスと地球の中間点、その目標地点へ向かうヤマトへの来襲は本当に突然だった。それは、わずかに危惧していた通り、宇宙要塞から脱出したルガール大総統率いるディンギルの残党のそれだった。

 雪の敵艦隊発見の報告を聞いて、すぐに応戦しようとした進を、沖田が一喝した。

 「待て!!」

 そう、ヤマトは今戦ってはならない。戦えないのだ。大きな核爆弾と化したヤマトに、わずかでも火気が入れば爆発してしまう。ヤマトはこの艦隊から逃れ、ワープするチャンスを狙った。
 しかし、敵艦が回り込む速さはヤマトにそのチャンスを与えなかった。

  「だめだっ! もう間に合わない!!」

 ここまで来て!! この戦いのさなかに何度も感じた絶望感を、最後の最後に再び味わい、進が雪がぎゅっと目を閉じた瞬間、ヤマトに向かっていたミサイルが破壊される光芒を、瞼の外に感じた。

 (誰だ? 冬月か!?)

 進が慌てて顔を上げると地球のものではない艦隊が近づいてくる。パネルスクリーンに映し出されたその旗艦は、あのガルマンガミラスのデスラー艦だった。

 「あれは……デスラー艦だ!」

 デスラーは、驚く進たちに、あの銀河衝突の危機から奇しくも逃れていたことと、ガルマンガミラスへのヤマト来訪に礼を伝えてきた。
 さらに、事前に地球との交信を済ませたらしく、地球とヤマトの状況を知って、ここは自分達に任せるようにと言った。

 (ありがとう、デスラー……)

 今は、心の中でそう唱えながら頷くことしかできない。進の後ろで、沖田も無言で頭を下げた。
 思えば、あのガミラスとの戦いで最大の敵として戦った沖田とデスラーが、互いに正面から顔を見合わせたのは、これが最初で……最期のことであった。

 デスラー艦隊は、あっという間にディンギル最後の艦隊を葬り去った。それを確認すると沖田が最後のワープの指示を出した。

 「はいっ!」

 進が返答する。アナライザーが積載したトリチウム等の管理の任務に借り出されているため、進がヤマト最後のワープ操作を行うのだ。

 (島! 行くぞ!! 見ててくれ!! ヤマトの最後のワープ、無事に終えてみせるからな!)

 懇々と眠りつづける親友への祈りを込めて、進は操縦桿を引いた。

 (2)

 ワープを完了したヤマトに、デスラーからの短い通信が入電し、それを相原が読み上げた。

 「『ヤマトに告ぐ。敵艦隊は我が艦隊によって全滅した。ヤマトの諸君は、心置きなく任務を遂行されよ。これより、我が艦隊も体制を立て直した後、貴艦との最後の別れに参じる。ガルマンガミラス総統デスラー』以上です!」

 「うむ…… ガルマンガミラス艦隊に深く感謝の意を伝えてくれ」

 「はいっ!」

 相原と沖田のやり取りを耳にして、メインクルー達は一様に安堵の息を吐いた。と同時に、まもなく間違いなくやってくるヤマトとの別れを思い出し、心が激しくきしんだ。
 しかし、沖田はまったく動じた様子を見せない。いつも通りの低い声で次の指示を出した。

 「雪、冬月は到着したか?」

 「はい、予定通り、あと10分で所定の宙域に到着する予定です」

 「よし、それでは全乗組員に退艦を命ずる!! 古代、指示を出せ」

 「…………は、はいっ!!」

 進は立ちあがって振り返ると、右手をしっかりと左胸に押し当てた。雪には、その姿が、まるでその握ったこぶしで痛む胸を押さえ込んでいるように思えてならなかった。

 (古代君…… がんばって……)

 その雪の願いが聞こえたかのように、進は機敏に動き始めた。進の声が全艦に響き渡る。

 「総員に告ぐ。あと10分で、予定通り冬月が到着する。全乗組員は定められた方法ですみやかに退艦せよ。繰り返す! 全乗組員はすみやかにヤマトを退艦し、冬月に移動せよ!」

 声が震えそうになるのを必死に押さえ、進は乗組員達への最後の指示を終えた。

 「ごくろう……」

 沖田の声が、再び静かに響いた。

 「古代、お前はここで退艦の指揮を取れ。他の者は、それぞれの班員をまとめ、すみやかに退艦せよ。全班員の退艦を確認後、各班長は第一艦橋へ報告せよ」

 「はっ!」

 「古代、雪の両名は、全員の退艦を確認した上で、最後の作業に入ってもらう」

 「はいっ!」

 全員が一斉に、直立不動で敬礼をした後、沖田と進を除く皆が駆け足で第一艦橋を後にした。

 ヤマトからの退艦は、こうしてトラブルもなく粛々と始められた。

 (3)

 戦闘班砲術科は、南部の指示で動き出した。途中、主砲の発射指示室に立ち寄った彼らは、その座席をいとおしむようにさすっていった。

 同じく戦闘班飛行科は、加藤の指示の元、全員がコスモタイガーでの退艦となった。戦いで失った機も多い。残された数少ない艦載機に、2、3人ずつ分乗して、最後の発進をする。
 古代進の愛機コスモゼロも、先の戦いでその力を使い果たし、修理が間に合わぬまま、ヤマトと運命をともにすることになった。

 航海班は、太田の指示で退艦が行われた。第二艦橋に集合した後、各機器に惜別してから全員が揃って部屋を後にした。班長の島の不在が、航海班員達の心に一抹の寂しさを抱かせる。だが、きっと地球に戻れば必ず回復してくれる……彼らは皆そう信じていた。

 工作班は、真田の指示で作業を行った。かばんに詰められる小さな部品を、皆が黙々と詰めていく。私物を置いたままにしても部品を詰める班員も多い。さすが工作班というところだろう。
 様々な研究と開発をした部屋に別れを告げて、彼らも部屋を後にした。

 機関班は、山崎が苦渋の表情を崩さぬまま、最期の点検を終えた。うなり音を上げているエンジンをぽんぽんと叩くものもいれば、徳川太助のように、父徳川彦左衛門の遺影をかざして、ヤマトエンジンルームの最期の姿を、その写真にも、そして自分の目にも焼き付けようとしているものもいた。
 ヤマトを動かしていた波動エンジンとともに過ごした日々のことを、彼らは一生忘れないだろう。

 通信班は、相原の指揮で静かに移動を始めた。ヤマトの通信室に集合した彼らは、相原の「今までありがとう」の言葉に胸を熱くした。

 そして、生活班。雪と佐渡の指示のもと、まず病人達を最優先に退艦させる。重体患者である島を始めとする細心の注意が必要な患者を先頭に、ストレッチャーの列が退艦口に向かって続いた。
 雪も救命艇の乗り場まで、島を見送り、付き添う看護師に念を入れて注意を与えた。

 「島副長の容態については、冬月の医務室や地球の連邦中央病院にも連絡済です。救命艇到着後、最優先で運んでもらってください。冬月地球到着後は、すぐに病院に搬送することになっています。迎えが来ているはずですから。
 それまで、どんな些細な異変も見逃さないようにお願いしますね」

 「はいっ!」

 雪の言葉に、付き添う看護師がしっかりとうなづき、島のストレッチャーは救命艇に乗った。

 さらに、怪我人たちの列が続き、その全員を見送った後で、生活班員達も、ヤマトを後にした。雪だけが、ヤマトから飛び立っていくそれらの艇を見つめていた。

 (4)

 その頃、進は第一艦橋の自席からじっと退艦の様子を見下ろしていた。退艦のための救命艇が飛び立つのを横目に見ながら、進の視線は真下にあるヤマトの甲板に向いていた。

 戦いで傷つき、あちこちがひしゃげめくれあがったままのその姿は、初めてヤマトを目にしたときのそれを髣髴(ほうふつ)させた。
 ぼろぼろに朽ち果てた太古の戦艦大和…… あの戦いで大和は、その雄大な船体を生かすこともなく坊ヶ崎の海に沈んだ。

 しかし、200余年後、その中で新しく生まれた宇宙戦艦ヤマトは、地球の希望の星となり、その役目を果たし数々の戦いを勝ち抜いてきた。その活躍は、かつての悲劇の艦大和の無念さを、少しでも和らげられただろうか。

 だが、その新しき星宇宙戦艦ヤマトの歴史も、今終わろうとしている。ヤマトは今再び、この広い宇宙で眠りにつこうとしているのだ。

 「ヤマト……」

 その最期の旅に、敬愛する沖田艦長もともに旅立っていく。進はただ、それを見守ることしかできないのだ。
 悲しいとか苦しいとか辛いとか…… 今の進の思いは、そのどんな言葉でも形容することはできなかった。言葉で言い表せない痛みが、胸だけでなく体中を駆け巡っている。
 だが…… 彼は生きていく道を選んだ。仲間とともに、愛する人とともに……

 (ヤマト…… 俺は、最後まで泣かないよ)

 進は、満身創痍の姿で最後の任を果たそうとしているヤマトに対して、心の中でそうつぶやいていた。

 (5)

 一方、救命艇の発進口では、もうほとんど人も艇も残っていなかった。最後に残った二つの救命艇が、そこで発進を待っている。その一つは、既に人が乗船していて発進間近だ。見送っているのは、雪と佐渡である。

 「これでほぼ全員の退艦が完了ですね。今発進する救命艇に、相原君達各班の班長も乗ったし、後残っているのは、私達と第一艦橋の沖田艦長と真田さんと古代君だけです」

 最後の退艦者は当然、艦長と副長そして最後の作業を行う進と雪ということになっていた。さらに、ヤマト最古老佐渡も最後まで残りたいと望み、艦長により了承された。
 だが、沖田が残ることを知らないの佐渡が後でどんな顔をするかと思うと、雪の心は痛んだ。佐渡の衝撃はできるだけ後にしたい雪は、佐渡を救命艇へと促した。

 「それじゃあ、佐渡先生は先に救命艇に乗っていてください! 私達は、最後の任務を果たしてきますから」

 「ああ、そうじゃな…… 雪……しっかりな」

 佐渡は少し情けなさそうな顔をしたが、すぐに気を取りなおして、まだ大切な任務の残っている雪を励ました。

 「はい……」

 こくんと頷き、歩き出した雪の背中に、佐渡が躊躇を含みながら声をかけた。

 「あ……それから……なぁ」

 「はい?」

 「艦長にな……」

 振り返った雪の瞳が微妙にゆれた。

 「わしもそう待たせんうちにそっちに行くから…… 酒を用意して待っとってくれと伝えてくれ」

 「!!」

 雪はぎょっとなって目を見張った。「あっ」という声が出そうなほど口が開いたが、声も出ない。そんな娘の顔をじっと見つめ返して、佐渡は厳しい顔つきでゆっくりと頷いた。
 ぜんぶわかっとるぞ…… 佐渡の顔はそう告げていた。

 「……はい」

 佐渡は何もかも知っている。そう悟った雪には、小さな声でそう答えることしかできなかった。それ以上会話を続けられなくて、雪はまた佐渡に背を向けて歩き出した。

 第一艦橋までの通路を進みながら、雪の心は千々に乱れいていた。ただ黙って歩き角を曲がり、そしてエレベータに乗る。

 心の中の思いはただ一つ。
 もうすぐそのときが来る。彼の人と最期の別れを告げなけらばならないそのときが……もう間もなく来る、ということ。

 エレベータのフロア表示が第一艦橋を指して、ドアが開いた。

 (6)

 雪が第一艦橋に入ると、沖田は艦長席に座り、進と真田は自席付近に立っていた。少し人数は少ないが、いつもと変わらぬ世界がそこにあった。雪は黙って自分の席についた。

 しばらくすると、冬月に到着したメインクルー達から次々に到着の連絡が入り始めた。最後に通信班の相原から連絡が入り、全ての班の退艦が完了した旨が告げられた。

 (よし、これで最後だ)

 進は立ち上がって、沖田のほうに振り返った。

 「艦長! 総員、退艦……完了しました!!」

 沖田が敬礼でそれを受けると、真田もそのやり取りをちらりと見た。彼もいよいよその時が迫ってきた事を知っている。そして雪は立ちあがって、進と並んで沖田の顔を仰いだ。

 「古代、雪…… お前達二人は、波動砲の回路を内部爆破に向け切り替えろ」

 「はいっ!」

 進と雪が声を揃えて敬礼をした。
 それを聞いた真田が、誰にも聞こえないように小さくはぁーと息を吐いた。真田もまた沖田との別れがきたことを痛いほど感じていた。

 「艦長、それでは私も参ります」

 真田のいつもと変わらぬ冷静な口調が、静かな部屋に響た。しかし、じっと見つめる視線には、沖田への敬愛や様々な想いがこめられていた。

 「うむ、ご苦労だった」

 沖田の返答に軽く会釈をして、真田はドアに向かって歩き出した。直後、沖田の後ろでツイーンというドアの開閉する音が聞こえてきた。

 廊下に出て初めて、真田は苦悩の表情を浮かべていた。

 (7)

 最後に3人だけが残された。最終命令をし終えたからか、他に誰もいないせいか、沖田の顔が安心したような柔和な表情になった。
 沖田は、艦長席から降りてくると、二人の前に立った。その瞳は、艦長としての厳しく険しいものではなく、先ほど艦長室でも見せた愛しい我が子を見つめるような、穏やかで愛情に満ちたものだった。

 「古代、雪…… いい子を産むんだぞ。お前達の子供だ、きっとかわいいだろうな。わしに取っちゃあ孫のように思えるわい」

 目を細め、まるでその子が目の前に見えるかのように、沖田は嬉しそうな顔をした。それがかえって雪の心に鋭く突き刺さり、思わず彼を引きとめたいという欲求に駆られてしまう。

 (まだ生きていて欲しい……まだ、私の、そして何よりも彼のそばにいて欲しい……!!)

 「艦長!」

 その思いが雪の短い言葉に感じ取られた。もっと何か言いたそうにしたが、ふと目に入った硬く引き締まったままの進の表情に、雪は言葉を押し留められた。

 「あっ……」

 進の表情は変わらない。無表情のままただ淡々と先ほどの命令を復唱した。

 「ただいまより、古代進、森雪の両名、波動砲回路の切り替えに参ります」

 雪は、進が淡々と感情を排除した態度を取れば取るほど、彼が苦しんでいるな気がしてならなかった。

 (彼は私以上にずっと辛い思いをしている……)

 今の進は、なにか自分の感情を込めた言葉を吐くだけで、もうそこに立っていられないほど心を乱してしまいそうでならなかった。だから、彼はこれほどまでに冷静を装うのだ。

 「うむ……」

 こくりと頷いた沖田は、一歩前に歩みを進めると、大きく手を広げ、二人をすっぽりとその胸の中に抱きしめた。二人は、温かい大きな胸に包まれる。

 (強くてたくましくて温かい…… これが……父さんの大きな胸のぬくもりなのだろうか……)

 進はじっと目を閉じてその厚い胸に頭を預けながら、じわっと迫ってくる思いを感じていた。
 遠い昔、実の父に抱きしめられた温かさが、体の奥底から甦ってくる。そして、この温かさから感じ取った幼い頃の父の深い愛が、今再び心に溢れ出してきた。

 無意識のうちに、進も沖田の体を強く抱きしめていた。

 (8)

 しばらくして、沖田はそっと二人を抱きしめていた手を離すと、抱擁を解かれた二人も、一歩下がってからもう一度沖田の顔を見た。
 すると沖田は黙って大きく頷いた。その瞳は、「さあ、行くんだ」そう言っているように見えた。

 進と雪は揃って一礼をすると、ドアに向かって歩き出した。

 ドアまで来ると、その足の重みに反応して、ツイーンという音とともにドアが開く。先になっていた進が、一歩外に踏み出した時、まさに後ろ髪を引かれたように、くるりと振り返った。それに合わせて、雪も同じく歩みを止めて同じ動作をした。
 その何気ない二人の動作に、二人の強い繋がりが感じられ、沖田の心に爽やかな風が吹いた。

 (幸せになれ…… 必ず……二人で……)

 振り返った二人の視線の向こうでは、沖田がまだ同じ場所に立ったまま、じっとこちらを見つめていた。その視線は限りなく優しかった。

 あの姿を目に焼き付けておこう…… 進は思った。
 続いてぐるりと第一艦橋内をもう一度見渡した。この艦橋とも、血と汗と涙のこもったあの席とも、これで本当に最後の別れになるのだ。

 進は、残る未練を振り切るように、ぐっと歯を食いしばって勢いよく前を向いて歩き出した。そして今度こそ、彼はもう振り返ることはなかった。

 進が歩き始めると、雪もあきらめたように振り返り、うつむき加減にその後に続いた。

 (9)

 第一艦橋を出てから、二人はエレベータに乗った。しかし二人の間に言葉はない。雪の唇は微かにわななき始めたが、進の硬くかみ締めた唇は微動だりしなかった。

 エンジンルームのある階に着いても、二人はまだ押し黙ったまま歩き続けていた。しかし、目的の場所が近づくにつれて、雪の歩みがだんだんと遅れがちになり始め、とうとう我慢できなくなって、雪は壁に寄りかかるようにして泣き出してしまった。

 「ううっ……ううう…………」

 先ほどの沖田の顔が目に浮かんできてしまう。雪の我慢の限界だった。
 しかし、進は後ろで泣き崩れそうになる雪の方を振り返ることはしなかった。

 「泣くんじゃない、雪…… あの人を見送るまでは」

 必死に涙を我慢する進は天を仰ぐように顔をくいと突き上げた。ぎりりと歯を食いしばり、涙を必死に押さえているのだ。喉が焼けるように痛かった。
 それでも進は振り返らないし何も言わない。振り返って雪の涙を見れば、自分も泣き出すことがわかっているから、振り返れないのだ。ただ、彼女の涙が止まるのを、待つことしかできなかった。

 進が立ち尽くす中、雪の嗚咽は少しずつ小さくなっていった。進は黙って背を向けたままそれを聞いている。そして泣き声が聞こえなくなって、初めて進は振り返った。

 涙を拭いた雪は、寄りかかっていた壁からも離れ、気丈にも唇をかみ締めて立っていた。そして小さな声で、「ごめんなさい」と言った。

 進は小さく頷くと、雪のところまで2、3歩戻ってその肩をそっと抱き寄せた。

 「雪…… 行こうか……」

 雪がその呼びかけにこくりと頷き、二人は再びエンジンルーム目指して歩き始めた。

 (10)

 エンジンルームに入ると、そこには既に一人の男が立っていた。真田志郎だった。先に第一艦橋を出た彼は、そのまま救命艇に向かったと思っていた二人が、驚きの表情を見せると、真田は静かに言った。

 「俺も手伝わせてもらうよ……」

 開発者の真田にとっても我が子のようにかわいいヤマトである。それを自らの手で爆破への手続きを行うということは、とてつもなく辛いことだ。しかし、真田も進と同じく、どうしても自分の手で最後までやり遂げたかった。
 ヤマトとともに戦い歩んできた自分が、他の誰のでもない自分のその手で……

 進はふと思った。
 もし、島が元気であれば、やはりここに立っていたに違いない、と。
 ヤマトを、そして沖田を送り出すために…… 自らの気持ちにケリをつけるために……

 真田の気持ちがよくわかる二人は、黙って頷いた。今は互いに慰めの言葉も励ましの言葉もでてこないし、必要もなかった。ただ、淡々と作業を進めていくことだけが、彼らができるたったひとつの行動なのだ。

 「それでは始めます。雪、マニュアルチェックを……」

 「はい……」

 雪がマニュアルを読む。進と真田がそれを確認しながら作業を行う。この繰り返しが何度も続き、そしてとうとう最終段階へと入った。
 進が最後のレバーに手をかけた。真田が、雪が、じっとその手を見つめている。これが本当にヤマトでの最終作業なのだ。

 進は一瞬の躊躇の後、力をこめてレバーを引き下げた。グイーンという機械音がして、波動砲の発射口がふさがれた。

 「ヤマト内部爆破への回路切り替え完了……」

 作業完了のランプがともると、進が静かにそうつぶやいた。真田も雪も、出る言葉がない。会話のない静かな部屋には、エンジン音だけが静かに響いていた。

 そして、進が再び口を開いた。

 「さあ、行きましょう…… もう、時間がありません」

 そして、3人は名残惜しそうに、再度波動エンジンを一瞥してから、エンジンルームを後にした。

 (11)

 数分後、とうとう3人は最後の救命艇が止まっている発進口にやってきた。入り口の艦内通信のマイクのところで、進が止まった。

 「艦長に作業完了と退艦の報告をします。二人は先に乗っていてください」

 進の声に頷いて、真田と雪は先に救命艇に向かって歩き出した。二人の後姿を見つめながら、進は、マイクを手にして第一艦橋に通信を入れた。

 「古代です。波動砲の回路切り替え完了し、只今から退艦します」

 『了解。ご苦労だった……』

 マイクを通して、沖田の静かな声が返ってきた。この期に及んでも沖田の声はまったく動じた様子はない。

 (艦長……!)

 進の胸が再びぐんと痛んだ。何か言いたくてたまらないのだが、何を言っていいのかもわからなかった。もちろんまだ泣くわけにもいかない。進はただマイクを強く握り締めたまま、動くことができなかった。

 進がマイクの向こうで動かないことを、沖田はその気配を感じると、こう言った。

 『行け!古代……』

 「は、はいっ!」

 沖田の言葉に促され、進はやっと決意を固めて、マイクを戻して歩き始めた。歩きながら、考えていた。
 さっきマイクを戻す時、進の耳に沖田の最後の言葉が聞こえたような気がした。いや、もしかしたら錯覚だったかもしれない。
 それはもう決して確認することはできないことなのだが…… 進には聞こえたような気がしてならなかった。

 『ありがとう……』

 沖田が何に対してありがとうと言いたかったのかわからないし、またはただ進が勝手にそう感じただけだったかもしれない。だが進の胸には、なぜか沖田がすがすがしい声で「ありがとう」と言ったように思えてならなかった。

 (12)

 しかし、救命艇に一歩一歩近づいていくにつれて、進の心は再び重くなっていった。

 (これに乗ってしまえば、もう二度とヤマトへは戻ってこれない……)

 あちこちの節目節目で、春秋を繰り返しながらも歩(あゆみ)を進めてきた進の、これが最後の躊躇だった。

 救命艇のハッチに足をかけたとき、とうとう進の足がぴたりと止まった。そして振り返る。体がむずむずと動いた。思わず再び第一艦橋目指して走り出してしまいそうな感覚に襲われる。

 (ヤマト……!!)

 その時、先に救命艇に乗っていた雪の声が背中の後ろに聞こえた。

 「古代君っ!」

 はっと我に返って体を救命艇の方へ戻すと、艇の入り口に持たれかかるようにたたずむ雪の姿が目に入った。

 (雪……)

 じっとその姿を見つめる。彼女の瞳は、わずかに潤んでいた。その潤んだすがるような視線を見て、進は気が付いた。

 (そうだ…… そうだった…… 俺が選んだのは……彼女と生きる道だった……)

 心の中がすっと軽くなったような気がして、進は再び救命艇に向かって歩き出した。

 (もう戻るまい。もう……決して戻ることはないんだ。さらば、ヤマト……!)

 これが、愛する人と生きるために、命ある限り生き続けるために、進がヤマトと訣別した瞬間だった。

 その数分後、救命艇は静かにヤマトから離れていった。

 (13)

 冬月に到着した最後の救命艇を、艦長の水谷自らが迎えてくれた。そして、そこに沖田がいないことを知った水谷は、全てを察し、黙ってヤマトクルーの全員退去完了の報を艦内に伝えた。

 進たちは、水谷に案内されて冬月の展望室に入った。そこには既に退艦を完了したクルー達が最後の任務を果たそうとするヤマトを見送ろうとしていた。進たちが入って来たことにも気付くものはいない。皆、一様にただひたすらヤマトを目で追っていた。

 進と雪、そして真田、佐渡は、黙ってその片隅の窓際に立った。遠方にヤマトが見える。既に目標位置に向かって、ゆっくりと動き始めていた。

 ヤマトの周囲を飛んでいたコスモタイガー隊の加藤四郎からの衝撃的な報告が入ったのは、その時だった。

 『ヤマトに!! 沖田艦長が……残られています!!』

 一気に騒然とする室内。艦長を助けろと叫ぶ者。艦を止めろと叫ぶ者。一気に動揺が走った。しかし……

 その時、クルー達が目にしたのは、ただ静かに敬礼する4人の姿だった。今まで騒いでいたクルー達も、その姿を見つけた者から順に言葉を失っていった。

 4人の姿が、何を意味するのか…… 彼らにも十分にわかったのだ。そして、皆が4人に習って再びヤマトに向いた。

 窓外では、既にアクエリアスから水柱がゆっくりと立ち上がり始めていた。そして、ヤマトはまっすぐにその真中に向かって航行していく。艦長沖田に操られて……

 全てを悟ったクルー達も、進たちに倣い始め、下がっていた手をゆっくりと持ち上げ、直立不動の体制で敬礼した。誰ももう抗議するものはいない。再び全員がヤマトをじっと見つめた。
 すすり泣きや嗚咽、うめきのような声が、室内で小さく響き始めた。

 ヤマトの赤く燃えていた後方のエンジン噴射が消えた。ヤマトは完全に停止したのだ。そのヤマトに向かって、一本の太い筋となった水柱がまっすぐに伸びてきた。そして……



 水柱がヤマトに届いたか、と思った瞬間、大きな閃光が水柱の先端部分で光った。水柱は、そこで大きく四散し、渦を巻いて再びアクエリアスへと戻り始めた。そして、その閃光の中心にあったヤマトもその流れの中、アクエリアスへと流されていく。
 それはまるで、海上でゆっくりと沈没していく大船のように、艦首を大きく上に突き上げた状態で、飲み込まれていった。

 「ああっ……」

 それまで敬礼したまま見つめていた雪が、見るに絶えられなくなって進にすがり、顔をうずめた。
 だが、雪の体の重みを感じながらも、進は動かなかった。ただひたすら敬礼の体制を取ったまま、微動だりしなかった。少なくとも、後ろから進の姿を見ている者には、そう見えた。

 しかし……進にも大きな変化があった。頭も手も体も足も動かないが、たった一つ、ただ……彼の大きく見開かれた瞳から、とめどなく涙が零れ落ちていた。

 (……おとう……さ……ん……)

おとうさん!
(by かずみさん)

 雪は、進にすがりながら、彼の心の叫びが聞こえてきたような気がした。

 展望室のあちこちからすすり泣く声が、静かに流れ続ける。もう誰も泣くなとは言わない。いや、泣いていない者はいない。そしてもう、進の涙を止めるものは、何もなかった。

 (14)

 2204年9月27日17時05分。艦長沖田とともにアクエリアスの海に沈み、永遠の眠りについた。
 その勇姿を見送ったのは、地球の戦艦冬月とガルマンガミラス旗艦デスラー艦の2隻であった。
 デスラー艦はヤマトを見送った後、静かに太陽系域から離脱していった。

 アクエリアスは、ヤマトを飲み込んだまま、ゆっくりと地球から遠ざかり始めた。まるで何事もなかったかのように、静かに……
 地球には先の事件で乾いた海を潤すに十分な恵みとなる降水をもたらしただけで去っていった。
 そしてまた、次の数千年後の邂逅まで、再び遠き宇宙を進み続けるだろう。

 宇宙戦艦ヤマトは、またもや地球を救った。その……命の全てを賭けて……



 同じ頃、冬月もゆっくりと動き始めた。ヤマトクルー達を、新しい地球を築く若者達を乗せて、一路地球へ向けて……

 ヤマトクルー達は、真田副長、古代戦闘班長以下生存者全員が、無事に地球へと帰還した。
 そして、島副長を始めとする重症患者達も、地球での手厚い看護の結果、全員がその命を取りとめた。


 ヤマトは消えた。しかし、ヤマトを愛した者たちは、艦長沖田の遺志を受け継ぐ者たちは、これからもその命を繋ぎ続ける。地球がある限り……その想いは繋がる。ヤマトの伝説とともに……

 ――ヤマトがなくなっても、ヤマト魂はなくなりはしない。お前達の心の中で、ヤマトはこれからも生き続けるのだ。それを忘れるな――

 地球で新たな人生を歩み始めるクルー達の耳に、沖田の声が聞こえたような気がした。



 (エピローグ)

 地球へ戻ってきた古代進は、島大介の生還が確実になったことを知ると、雪にも行き先を告げず、家を出た。
 必ず戻ってくるから心配するな、と、それだけを告げて……
 雪はただ彼を静かに見送り、そして待つことしかできなかった。必ず帰るという彼の言葉を信じながら……


 そしてきっかり一週間後。少しやせた体に不精ひげとよれよれの服をまとって、彼は帰ってきた。彼を愛する恋人の元へ……

 「こだい……く……ん……」

 彼の帰宅を、恋人は涙で向かえた。

 「ただいま……雪」

 そして彼は……地球に戻って来て以来初めて、すがすがしい笑顔を見せた。

 二人の時は――――再び動き始めた。

Chapter14終了

『命、繋いで』完

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(背景:Giggrat)