命、繋いで
−Chapter 2−
(1)
「冥王星周辺に敵艦発見! ヤマト主砲射程距離まであと0.5宇宙時間!」
夜が明けた。ヤマトと地球の残存艦隊はすぐに戦闘体制に入り、今ここに地球を脅かす未知の敵との最初の決戦の火蓋が落とされた。
ヤマトを囲むように、地球艦隊の8隻の駆逐艦と巡洋艦矢矧が隊列を組んだ。
冥王星付近に、敵の艦隊が確認されている。その中にはハイパー放射ミサイルを発射させる水雷艇も含まれているとの報告だった。しかし、まだその本拠地である敵要塞の的確な位置は未確認状態だった。
ヤマト艦内では、進が戦闘班長として、全艦に戦闘配備の命令をだした。そして、艦長の沖田からメインクルーに向けて最後の指示が出た。
「ヤマトは現在波動砲が使用不可である。また、ハイパー放射ミサイル防御システムはまだ完成していない。よって、主砲と艦載機を中心とした戦法を取る。まずは全員宇宙服着用せよ!」
そこで進がすかさず進言した。
「艦長! 自分はコスモゼロで出撃し、加藤と2編隊でハイパー放射ミサイルを発射する敵水雷艇を迎撃します!」
「よし、頼む! ヤマトと地球艦隊に1発も近づけるな! あれを受ければ、艦に致命的な打撃を受けてしまう。すべて打ち落とせ!!」
「はいっ!!」
「島、万が一のときのためにミサイルを避ける最大限の努力をせよ! 南部、全砲門を開き発射準備せよけ! 太田、敵ミサイルの動きを的確に計算せよ! 雪、敵の主力艦の位置を確認せよ! 相原、各艦との通信回線を常に確保せよ!」
「はいっ!!」 「はっ!!」
皆がきびきびと戦闘準備をし始める中、進はヘルメットを手に席を立った。雪が振り向いて、その姿を目で追った。その視線に気付いた進も、チラッと雪の方を向いた。
病み上がりで、体大丈夫?古代君――そんな風に言っているように見える雪の心配そうな視線に、進は口元をわずかに緩めた。そして、「大丈夫だよ」と言うように軽く頷いた。
雪! 行ってくるよ!!――駆け出す前に、進は目でそう伝えていた。雪もそれに答えて笑顔で頷き、彼を見送った。
しかし、雪の心の中には、進の健康のことで一抹の不安が残っていた。
(2)
進の後姿を見送りながら、雪の頭には昨日の佐渡の話が浮かんでいた。
***************************
それは発進直後に佐渡が進に行った健康診断の後だった。佐渡は、診断を終えて部屋を出た進を見送ってから、医務室で作業をする雪に声をかけた。
「雪、ちょっとええか」
「はい、何か?」
雪が作業の手を止めて、佐渡を振り返った。佐渡はちょっと考えるような仕草をしたが、ふうっと息を吐いてから話を始めた。
「古代の体のことじゃがなぁ」
「何か問題でも!? さっきなんでもなかったって古代君が……」
進の健康診断の間、雪はちょうど他の仕事が入って席をはずしていた。先ほど医務室に戻ってきたときには、既に終わっていた。雪を見ると、進は「すべて正常だってさ」とにこりと笑って出て行ったのだ。それなのにどうして?という疑問が、雪の顔と言葉に出ていた。
「うむ…… まあ、体のほうは一応回復しておる。見た目も本人の感覚も、健康時と変わらないように思えるのじゃが…… やはりあれだけの大手術のあとだからな。ちょっと引っかかることがあった。実は、赤血球の量が健康時の古代の数値の3分の2しかないのだ」
「えっ?」
「まあ、もともと鍛えてある体じゃから、健康時の3分の2と言っても、普通の人の平均値より若干少ないだけで許容範囲だし、普通の生活をする分には何ら問題はないんじゃが。これからの激しい戦闘を考えると…… あいつがいつもの調子でガンガンやるとなぁ。ましてや怪我をして出血でもしたら……」
心配顔の佐渡の様子に、雪が驚いて尋ねた。
「命が危ないんですか!?」
「いや、すぐに命にかかわることはないとは思う。が……おそらく普段より体の消耗が激しいはずなんじゃ。いつもの古代ならこれくらいは大丈夫ということでも、今はそこまで体力が持たなかったりするかもしれん」
「そう……なんですか」
うつむき加減に考え込む雪を励ますように、佐渡は雪の肩をぽんとたたいた。
「まあ、あんまり心配するな。別にひどい状態だって言うわけではないんじゃ。とにかく、怪我のないように。万一怪我をしたときは、すぐに十分な休養を取るように、気をつけてやってくれ。
このことは本人にも伝えてあるが、あいつのことじゃ、戦闘に入ってしまったら、そんな意識ふっとんでしまうじゃろうからな」
「はい、わかりました」
***************************
進が既にいなくなった戦闘指揮席をじっと見つめながら、雪は心の中で祈っていた。
(古代君が無事に……怪我をしないで帰ってきてくれますように)
(3)
コスモゼロに乗り組んだ進から、艦載機部隊の指揮機として、全機への指示が飛んだ。コスモタイガー隊が発進し始めた。そして自分の愛機にも声をかける。
「よし! 行くぞ!! コスモゼロ発進!」
久しぶりのコスモゼロの座席に座り、進はやる気満々だ。艦長としてヤマトに乗り組んでいる間は、愛機コスモゼロはまったくお払い箱状態だった。それでもいつでも飛ばせるようにと手入れは欠かしたことはない。
進は今、その操縦桿を握りながら、愛機が以前と同じように操作できることに満足していた。
(やっぱり俺は、こうやって外に飛び出している方が性にあってるな……)
そんなことを思いながら、同時に雪の心配そうな顔を思い出した。
(今日の雪はずいぶん心配そうな顔をしていたな。俺の体がまだ本調子じゃないと思ってるのだろうか。大丈夫だよ、雪。俺はもう万全だ! さあ、やるぞ!!)
進は体中に、闘志がみなぎるような気がしていた。
(4)
進達が発進して体制を整えると同時に、敵の艦載機や水雷艇が地球艦隊目指して続々と現れた。コスモタイガー隊の仕事は、敵水雷艇および艦載機の撃破とハイパー放射ミサイルの艦隊到達の阻止である。
「敵水雷艇発見!! 前方より二手に分かれて多数接近!」
進がヤマトへ報告し、攻撃開始を宣言した。それに答えて沖田が再度活を入れる。
「ハイパー放射ミサイルを発射させてはならん! 必ずその前に撃破しろ!!」
「了解!!」
進は、全機に攻撃の最終態勢を指示した。
「加藤編隊は左の水雷艇を攻撃しろ。俺の編隊は、右の水雷艇を叩く。行くぞ!」
二編隊に分かれたコスモタイガー隊は、水雷艇を迎え撃つ。そして、ヤマトからも主砲、副砲が一斉に発射され、第一段階は地球側の優勢に見えた。
しかしその時、ほんのわずかの差で仕留めそこなった水雷艇から発射されたハイパー放射ミサイルが、地球艦隊に向かって進撃してしまっていた。
「あっ……」
進が反転して撃破しようとしたが、今度は逆に敵の艦載機の攻撃を受けてしまった。スプンという鈍い音がしたと思うと、敵のレーザー砲が進のコクピットを襲った。レーザー砲はコスモゼロのシールドを貫通し、進の左肩に激痛が走った。
「うっ! くそっ!!」
予備のシールドが即座にコクピットをおおい、抜け出た酸素も自動的にすぐ補充された。進はその痛みを堪えて、なんとか操縦桿をぐいっと手前に引くと反転してその敵機を打ち落とした。
そしてさっきのミサイルへと目をやると、既に一隻の駆逐艦の至近距離にあった。
「しまった……」
進の見ている前で、その巡洋艦はハイパー放射ミサイルによりあっという間に撃沈してしまった。
「くっそぉ!」
しかし、進たちの努力の甲斐もなく、また次のミサイルが今度はヤマトに向かって一直線に飛んでいた。
「ヤマトがっ!! 間に合わない!!」
なんとか艦体を逸れてくれと祈る進をあざ笑うかのごとく、ミサイルはヤマトにまっすぐに突き進んでいた。一瞬進の脳裏に雪の姿が浮かぶ。
(雪……!)
進が胸のつぶれそうな思いでヤマトを見ていると、そこに同行していた駆逐艦の磯風が艦ごとミサイルの目前に突入してきた。そして、ヤマトとミサイルの間に立ちはだかった。
「ああっ」
進は思わず声をあげた。当然のごとく、ミサイルは磯風に命中し、艦はあっという間に大破してしまった。磯風は自らを犠牲にしてヤマトを守ったのだ。進は思わず目を伏せた。
おそらく、各駆逐艦には地球司令本部から「ヤマトを死守せよ」という指示が入っているのだろう。
「すまない……」
推進力を失って落ちるように戦闘地域から離れて行く磯風の残骸に目礼を送ってから、進は再び気を取りなおし、傷の痛みを忘れたかのように、敵艦の撃破に集中した。
しかし、戦況はだんだんと地球側の不利へと変わっていった。数に任せた敵の攻撃はとどまるところを知らず、ミサイルも進たちの処理できる量を遥かに超えていた。それからは、何隻もの駆逐艦が、磯風同様にヤマトを守りつつ自らを犠牲にしていった。
「だめだ……このままでは、勝てない!」
進が絶望的な思いでその光景を見つめていると、どういうわけか敵機が急に撤退し始め、あれよあれよと言う間に、いなくなってしまった。
「どうした? なぜ撤退して行くんだ?」
ヤマトから帰還命令が入った。進は敵の行動を不審に思いながらも、一旦ヤマトへ帰還することにした。
「コスモタイガー隊に告ぐ。全機一旦ヤマトへ帰還せよ!」
(5)
進は、コスモタイガーが全機着艦するのを確認した後、自分も格納庫へ戻った。コスモゼロが到着すると、加藤が駆け寄ってきた。
「戦闘班長! 大丈夫ですか?」
進が被弾したのを知って心配してきたようだった。進の腕の傷に目をやっている。進は軽く頷いて答えた。
「大丈夫だ。かすり傷だよ。それより、破損したコスモゼロのシールドの修理をしなければ……」
「今、工作班に機体の修理を依頼しました。コスモゼロは最優先で修理してもらいますのでご心配なく、それよりも早く怪我の治療をしてください!」
加藤は着艦すると同時にその手配をしたようだった。その手回しの良さに進は感嘆する。
「わかった。加藤……」
「はい?」
「お前もすっかり成長したな。兄貴にも負けない立派なコスモタイガー隊隊長だよ」
「あはは……ありがとうございます」
照れ笑いする加藤四郎を見るにつけ、兄の三郎を思い起こす進であった。後のことを加藤に任せると、進は医務室へ急いだ。
(6)
医務室では、佐渡が戦闘に際して数人のスタッフと共にスタンバイしていたが、幸いにヤマトの怪我人はほとんどなく、一息ついているところだった。そこにドアが開いて、進が入ってきた。
「佐渡先生、ちょっと応急処置をお願いします」
「どうした、古代?」
つかつかと歩いてきた進が差し出した左腕を、佐渡が掴んで眉をひそめた。腕には真っ赤な鮮血が服に染みでていた。出血もまだ止まっておらず、その赤い色はさらに広がりつつあった。進本人は平気な顔をしているが、相当痛みもあるに違いないと、佐渡は思った。
「ん、これは…… かなり出血しとるな。ちょっと服を脱いでここへ寝てみろ」
佐渡がすぐ横の簡易ベッドを指し示すが、進は首を振った。
「いえ、まだ戦闘中ですから、応急処置だけで結構です。服の上から止血処理だけしてもらえませんか。敵の爆撃機が一旦撤収したんですが、まだ予断を許さない状況なので…… すぐに上(第一艦橋)にあがってみないと……」
進は座りもせずに、鋭い眼光でそう告げる。佐渡はさらに困った顔をした。
「……しかしのぉ、昨日も言ったじゃろうが、お前さんの体は……」
とそこまで言いかけたところで、進が我慢し切れなくなって声を荒げた。
「とにかく!急いでいるんです。先生早くお願いします!!」
「わ、わかった。じゃが状況が確認できたらすぐここへ戻ってくるんじゃぞ、いいな」
殺気立った進の迫力に負けて、佐渡は仕方なくそのままの状態で、消毒スプレーをした後、包帯で強く縛った。
「ありがとうございました!」
佐渡の手が進から離れるや否や、進はきびすを変えて医務室から飛び出して行った。
あっという間に姿が見えなくなった進を見送ると、佐渡はすぐ横においてあった一升瓶を取って、ぐびりとあおった。ぷはぁーとげっぷのような大きな息を吐く。
「やれやれ…… 言わんこっちゃない。あいつのあの癖はどうにも治らんのう。雪も苦労するわい。なんでもないとええがなぁ」
佐渡の心配をよそに、進は第一艦橋に向かって大急ぎで走っていた。
(7)
「島! 敵に何かダメージでも与えたのか?」
第一艦橋へ飛び込むなり発した進の疑問に、島も不思議顔だった。敵に致命的なダメージを与えたわけでもない。いや、かえってこちらがもう少しで致命的なダメージを負うところだった。それが本音だ。
進は不思議そうな顔で窓から外を眺めると、戦闘宙域では既に救命艇が出動して、怪我人の収容を始めていた。
(もしかしたら……? このために時間をくれているのか?)
進はそんな思いを口にした。
「救助の時間を与えてくれているのか? 敵にも武士道があると見える……」
ほっと安心した顔でその救助風景を見つめる進を見る視線があった。雪だ。
(古代君……怪我をしてる!)
腕に巻きつけられた包帯から、わずかだが血が滲んでいる。恐らくここに来る前に応急処置をしてきたのだろうが、包帯の外からも血が見えると言うことは、浅い傷ではない証拠だ。
(古代君を休ませなくちゃ……)
幸い、敵の攻撃はやんだ。救助活動が一段落すれば、艦内も落ち着くだろう。そうすれば進も少しは休養を取る時間が取れるはずだ。雪は頭の中でそう計算していた。
(古代君ったら、相変わらず無鉄砲なんだから……)
雪の頬は、思わず苦笑気味に緩んでしまった。後でなんて言って説教してやろうか、などと考えると少しばかりおかしくなってしまった。
(8)
ところが、敵の心遣いと思ったそれは、進のとんでもない勘違いだった。半数以上の救助が終わった頃、それを見計らったかのように、どこからともなく現れた敵機が、救助中の救命艇や衛生兵を次々と攻撃し始めたのだった。恐らく敵本体の要塞からショートワープしてきたに違いない。
戦闘艇でもない地球側の艇に抵抗するすべもなく、メインクルー達の眼前には悲惨な光景が映し出された、進が歯軋りして叫んだ。
「くっそ〜ぉ!! きったねぇ真似しやがる!!」
雪の顔に浮かんでいた笑みもあっという間に消え、思わず手で顔を覆ってしまう。
(ひどい……! 彼らは血も涙もない種族なの!?)
艦橋にいるメンバーはみな同じ思いだった。どうすることもできず手を強く握り締める彼らの背では、艦長の沖田も胸を締め付けられる思いだった。
そしてまた敵は一通り攻撃し尽くすと再び去り始めた。来る時は、例のガミラスのようなワープ光線を使ってワープしてきたのだろうが、攻撃機自体にはワープ機能がないと見えて、そのまま通常航行でヤマトから立ち去ろうとしている。
(また、敵が撤退して行く…… なぜなんだ?…………あっ…… もしかすると、燃料補給のために帰還ているのか? ということは、水雷艇も今ごろ燃料を補給中かもしれない。次に発進してくる前に敵要塞を破壊しなくては…… そのためには、正確な位置確認が必要だ。よし、俺が!)
そう気付いた進は、振り返ると沖田の前まで駆けつけて進言した。
「艦長!追尾します!」
沖田が進を見つめ返した。彼も正に今同じことを考えていたのだ。『頼む』と頷こうとしたその時、沖田は進の腕の傷に気付いて驚いた。
「古代、お前負傷しているのではないのか?」
進の健康状態は、佐渡からだいたい聞いている。まだ余り無理はさせられないとの見解だった。
しかし、今この時に一刻の猶予もないのも事実だった。敵に見つかることなく追尾するとなると簡単な任務ではない。それには機動性のあるコスモゼロと進の判断力が最も適していると思われた。
どうしたら良いものかと春秋する沖田を促すように、進が言った。
「ああ、大丈夫です。手当ては済ませましたから!」
しっかりと沖田を見据えてそう話す進はもう行く気になっている。それ止める理由は、今の沖田にはなかった。
そして、沖田が無言で見つめるのが了解の印と認識した進は、こくりと頷くと艦橋から駆け出していた。
(本当に大丈夫だろうか、あの男……)
沖田の心には一抹の不安も残っていた。そんな思いで彼の後姿を目線で追い、顔を前方へ向けて戻したとたん、その眼前に緊迫した面持ちの雪が立っていた。
(雪?)
進が心配で何かを訴えに来たのかと思う沖田に向かって、雪はすかさずこう告げた。
「森雪! 古代機にナビゲーターとして搭乗します!」
「!!」
沖田は大きく目を見張って雪を見つめた。
(9)
進が沖田に敵機の後を追うと進言したときに、雪の心は既に固まっていた。
(古代君を今一人で行かせてしまったら…… 彼、帰って来れなくなるかもしれない。だってあの怪我……)
雪の脳裏に、さっきも思い起こしていた昨日の佐渡の診断結果と、そしてあのデスラーとの最後の決戦の時のことが思い浮かばれていた。
(あの時も……古代君は足の怪我が治ったか治らないかのうちに、デスラー艦との白兵戦に行った。帰ってこないんじゃないかっていう嫌な予感がして、私は彼を追いかけた。案の定……彼はデスラー総統を前にして……)
あの時の自分の眼前でふらりと倒れてしまった進の姿が目に浮かんでくる。心臓がずきんと痛んだ。あの時は夢中で彼の前に飛び出して行ったのだった。そうせずに入られなかった。そして今も……
もし、今もそれと同じ事が起こったら…… まだ、本調子でない進の体が、あの傷に悲鳴を上げたら……
進が万が一出血のために失神でもしてしまったら、高速で航行するコスモゼロは操縦者を失い、あっという間にどこかとんでもない方向に飛んで行ってしまうかもしれない。いやそれどころか敵艦に突っ込んでしまうか、付近の小惑星などに激突して大破してしまうかもしれない。
そんなことを考えると雪は体中にゾクリとする震えが来てしまった。
(だめっ!だめよっ!! 古代君を一人で行かせられない!!)
そう思ったとき、雪の体は勝手に動き出した。あっという間の出来事だった。雪は、今しがた出て行った進がその直前までいた沖田の眼前に立ち、こう叫んでいた。
「艦長!! 森雪、古代機にナビゲーターとして搭乗します!!」
(10)
雪の爆弾発言に、艦橋内の皆が驚きを隠せなかった。全員の視線が彼女と艦長に集中した。
「雪! 何馬鹿なことを!! 君が行ってどうする!?」
島が後ろから叫ぶのが、雪の耳にも入った。南部が雪の気持ちを汲んで代案を出した。
「雪さん! 古代さんの傷が心配なんでしょう! でしたら、今コスモタイガー隊の誰かにコスモゼロに同乗するよう指示を出しますから……」
そしてマイクを取ろうとしたその時、沖田が静かに言った。
「わかった…… 森雪にコスモゼロのナビゲーターを命ずる。行ってこい」
「はいっ!!」
雪はその言葉にはじかれたようにうれしそうに返事すると、すぐに身を翻して進の後を追った。沖田の判断を非難するかのように、島が南部が叫んだ。
「艦長!!」
「行かせてやれ。古代の体の様子を一番よくわかっているのは、雪だ。彼女が案じるのだから、何か気がかりなことがあるのだろう。彼女がそばについていれば最も適切な処置ができるはずだ」
進と雪が消えた出口の方をちらりと見ながら、沖田が平然と答える。
「しかしですね、艦長。コスモゼロですよ! 万一、古代に何かあったら雪まで……」
島が辛そうな声をあげる。雪が進のそばにいたい気持ちはわかる。しかし、彼女では進が万一の時のフォローができないのではないか、それは逆に二人にとってはマイナスなのではないかと言いたいのだ。
しかし、沖田は落ち着いたままで答えた。
「古代に何かあれば、雪が操縦するだろう。彼女はコスモゼロを操縦できるはずだ」
「えっ!?」
雪は今までも探索艇は救命艇の操縦はよくしていた。ヤマトに乗る前に小型艇のパイロット訓練を受けた話も聞いたことがある。だが現役の戦闘機まで動かせることを知る者はいなかった。
しかし皆は忘れていたが、雪は実はコスモゼロの操縦の経験があった。ほんの少しだが、イスカンダルからの帰りの航海時、比較的余裕のある時に進に頼み込んで習っていたのを、沖田は覚えていたのだ。
唖然とするクルー達を尻目に、沖田はマイクを取ると格納庫に連絡をいれた。
『はい、格納庫です!』
「コスモゼロはすぐに発進できる状態になっているか?」
『はっ、ただ今大至急で修理中です! もう間もなく完了するかと…… 再発進ですか?』
「うむ、古代と……もう一人ナビゲーターとして搭乗する。ナビゲーターが到着するまで古代には待機するよう伝えてくれ」
『はい、了解しました!』
沖田は、雪が追いつく時間が何とかありそうなことに安心した。
(11)
ほどなく格納庫に飛び込んできた進を、修理を指揮していた加藤が迎えた。
「戦闘班長!」
「おうっ、加藤か! コスモゼロは修理できたか?」
「はい、今…… ちょっと待ってください。あれ? ナビゲーターで誰か乗るって聞いたんですが、南部さんか太田さんかと思ったんですが、違うんですか?」
不思議そうな加藤の顔を、一瞬足を止めた進がさらに不思議そうに見た。
「はぁ? ナビゲーター?何寝ぼけてる! 俺はそんな話聞いとらんぞ! 俺一人で十分だ!! それより早く敵機を追わないと見失ってしまうだろうが!!」
「あっ、古代さんっ! 班長っ! 待ってください!!」
加藤が静止するのも聞かず、押しのけるように前方に出ると、進はコスモゼロに向かって駆け寄った。
コスモゼロは、最後の溶接がロボット腕によってなされているところだった。その作業が終わるまで、待つこと約1分。作業が終了すると同時に進がコスモゼロにとりついた。その直後、格納庫に、もう一人の人物が駆け込んで来た。
「えっ!?」
加藤の驚いた顔に向かって、その人物はいつもの美しい笑みを浮かべると、彼が用意していたヘルメットに手を伸ばした。
「あの……」
「ナビゲーターは私です。加藤さん、ヘルメットを」
呆然としながら加藤がゆっくりとヘルメットを差し出すと、彼女はもう一度にこりと笑って、進の後を追って行った。
信じられない思いで進と雪を見送った加藤が、雪が乗った訳に納得したのは、彼らが帰ってきたときだった。
(12)
進はコスモゼロの機体にとりつき、ひらりと乗り込んだ。発進のために早速計器類を確認し始める。その時、ふと後ろに人の気配を感じて振り返った。
すると、そこにいたのは……森雪だった。
進は、自分の目を疑った。さっきまで第一艦橋にいた雪が、なぜかコスモゼロのナビゲーター席に座って、ヘルメットをかぶろうとしているのだ。
「はっ? ああっ!!雪っ!! 何をするんだ!!」
「森雪、ナビゲーターとして同乗します!」
驚愕の表情で尋ねる進に、雪は平然と答える。しかし、進にはその意味がすぐに理解できない。
(なぜ、こんな危険な発進に雪がついて来るんだ!? 降ろさないと……)
発進を焦る気持ちと相俟って、思わず進の声が荒いでしまう。
「ばかっ! 何が起こるかわからないし、帰れないかもしれないんだぞ!」
しかし、そんな進の強い口調にもひるむ様子もなく、雪は進をじっと見つめ返した。その小さな唇から切ない声が響く。
「だ・か・ら・行くの、古代君……」
「!!」
雪のその言葉は、進の胸に大きく響いた。一瞬の沈黙、二人は目と目で会話していた。
(危険なところに飛び込むんだぞ! 命の保証もないんだぞ!)
(わかってるわ。そんなところに怪我をした古代君一人を行かせられないじゃないの! もしものことがあったらどうするの? 私達死ぬまで一緒にいようって約束したじゃないの!)
雪の目が本気であることは、進にもすぐにわかった。それに、プライベートではないこの大事な戦いの最中にここにいると言うことは、雪の搭乗を沖田も承知しているのだと思った。
そして進は、真剣な雪の眼差しを真っ直ぐに受け止めた。微かに頷いて、静かにしかしはっきりと一言答えた。
「わかった……」
進の胸が熱くなる。コスモゼロの発進準備を進めながら、進は心の中で雪を力いっぱい抱きしめていた。
(雪……)
(13)
コスモゼロを乗せたカタパルトがゆっくりと上昇し、ヤマトの甲板に出る。コクピットの中からも周りが見えるようになった。周辺には破壊された敵味方の艦の破片が散らばり、誘爆もまだ続いている。まさに戦場の真っ只中である。進は、計器の確認を終え、今発進しようと雪に声をかけた。
「用意はいいか、雪?」
その声は恋人古代進の声ではなく、宇宙戦艦ヤマト戦闘班長古代進の緊張の糸を張り詰めた声である。雪はそれにはっきりと大きな声で返事をした。
「はいっ!」
「よしっ! コスモゼロ発進!!」
進はそう宣言すると同時に、操縦桿をぐっと握った。一気にエンジン出力が上がる。ものすごいGが雪の体を襲ったかと思うと、コスモゼロはあっという間にヤマトを離れつつあった。
雪は、すぐにヤマトから送られてきた帰還途中の敵機の位置データをコスモゼロのレーダに投影した。
「現在敵機は、当機の前方約20宇宙キロを航行中。このまま直進してください」
「了解!」
雪の報告を受けて、進はコスモゼロのスピードをさらに上げた。
(急がなくては……)
加速するたびにかかってくるGは腕の傷を直撃する。痛みで顔がゆがみ、脂汗も出始めた。もちろん、後ろの雪には見えないし、見せるつもりもなかった。
(くそっ、これしきの傷くらいで、負けるものか!)
進はもう一度自分を叱咤激励した。数分間、何も見えない宇宙空間を飛んだ。速度もエンジン全開に近い状態まで上がった。加速が落ち着くと、進の腕の痛みも少し和らいだ。
進の気持ちに少しの余裕ができる。後ろに雪が乗っているという事実が何かとても頼もしい気持ちになる。こんな戦いの最中なのに、嬉しいという素直な感情が沸いてくるのだから不思議だ。進は「しかしなぁ……」と思わず苦笑がもれてしまった。
「ははは……」
「何? どうしたの、古代君?」
雪が進の笑い声をとがめた。進は顔は前方を見据えたままで答える。
「いや、君も相変わらず無茶するなあ、と思ってね」
言いながら、雪がむっとして拗ねたような顔をしているのが目に見えるようで再びおかしくなってしまう。
「まあっ、その言葉そのまま返させて頂くわ!! 昨日佐渡先生に言われたことを忘れたの? 怪我をしたら大事をとらないとだめだって。無茶なのはあなたよ」
案の定、雪はご立腹でしっかりと言い返されてしまった。そういうことか、と進は納得した。
「聞いてたのか、雪」
「あなたに言ってもすぐ忘れてしまうからって、佐渡先生が……」
「先生も相変わらずお節介だな」
進は、嬉しいような困ったようなそんな面映い気持ちになる。
「もうっ、ふふふ。そのお節介に感謝しなくちゃならないようなことにならないでね」
雪の言葉に、わざとらしくゆっくりと「り・ょ・う・か・い」と答えてから、進は再び真剣な表情に戻った。
前方に小さな小惑星アステロイドが多数集まる地帯に差し掛かったのだ。機動力のあるコスモゼロでもその障害物を避けながら航行するのは、難しいものがある。
気を引き締めなおした進が、雪に伝えた。
「さぁて、前方にアステロイドベルト地帯だ。雪、ナビゲート頼むぞ!」
「はいっ!!」
雪も真剣な眼差しで、レーダーをじっと見つめた。
(14)
アステロイドベルトでの雪の的確なナビの声が響いた。
「前方二時の方向に巨大な岩壊! 回避してください」
「了解!」
進は視界に入る小さなアステロイドの隙間を巧みに操縦しながら、雪の指示のとおりにコスモゼロを進めた。その操縦振りは、艦長時代の1年間のハンデを全く感じさせない。
しかし、その細かな作業が今の進には、大変な苦痛となっていた。操縦桿を上下左右に頻繁に操作するには、それ相応の機敏性と腕力が必要になる。それもコスモゼロは最大速度で突き進んでいるのだ。
いつもの進になら何でもない操作が、怪我をした腕には難題としてのしかかってくる。再び進の腕に激痛が走り始めた。じわりと生暖かい感覚がする。傷が開いて再び出血し始めたようだった。
進は、後ろの雪から見えないように、右手でぎゅっと患部を押さえながら、航行を続けた。
しばらくすると、敵の艦隊とすれ違う。敵は、コスモゼロの存在には気付かなかったのか、そのまますれ違って行く。
敵艦から身を隠すように航行しながら、その艦隊を二人は見た。それは、敵の機動艦隊だったが、幸いにして水雷艇を乗せた母艦は含まれていなかった。
敵艦とすれ違ったことで進の心に「急がねば」と言う思いが広がる。と、突然雪がレーダーの反応を見て叫んだ。
「後方、0.9宇宙キロ敵機2機!」
機動艦隊はやはりコスモゼロを発見していたのだ。2機の戦闘機が機動艦隊から放たれ、コスモゼロを後ろから追ってきた。それに対して、進は即座にその対応を決める。
「よぉしっ! 引き付けておいて一気にやろう!」
「はいっ!」
二人の間に緊迫した空気が流れる。進はわざとスピードを落として、敵機が追い付くのを待った。
「敵機との距離、0.2宇宙キロ!」
雪がそう叫んだが、.進はまだ動かない。とうとう敵機の射程範囲にコスモゼロが入り、パルスレーザー砲が後ろから襲ってきた。進はそのレーザー砲を巧みによけ、そしてぐいっと操縦桿を手前に大きく引いた。今まで以上の激痛が左腕に走った。しかし、それでも進は操縦桿を強く引きつづける。
コスモゼロは、急転上昇しそのまま後方に大きく回転して、敵機の後ろについた。ほぼそれと同時に、進の目前ディスプレイに敵機の照準があった。
「よしっ! パルスレーザー砲発射!」
雪の面前で、進は見事に敵の艦載機2機を一気に撃破した。ほっと安堵の空気が流れる。
(さすが古代君…… 腕の傷のことも私の取り越し苦労だったかしら)
しかし、雪が安心したのもほんの一瞬であった。
(15)
雪が進の後姿から目を離して、再びレーダーに戻ろうとした瞬間、進の体がびくんと揺れ、左肩がわずかに下がる。その様子に雪は驚いた。
「古代君!血が……」
雪が身を乗り出して、進の様子をうかがった。はっとする。腕の包帯に見る見るうちに真っ赤な血が滲み出してきた。再び出血している。進の体が小刻みに震えていた。操縦桿を握っているだけでも、相当辛いことが雪の目からも明らかだった。
佐渡が危惧したとおり、回復しきっていなかった進の体は、既に限界を超えていた。彼の体が悲鳴を上げているのが、雪にも痛いほどわかる。
それでも進は何でもないというように、あっさりと答えた。
「傷口が……広がっただけだ……」
しかし、その声もわずかだが震えている。やはり、見た目以上に彼の傷の打撃が大きいらしい。雪は危機感を強めた。思わず心配の言葉が口に出てしまう。
「大丈夫?」
「ああ、ひとりじゃないからな」
傷を気遣う雪の言葉が、心地よい調べとなって進の苦痛を和らげてくれる。肉体的な痛みは消えることはないけれど、心の中はなぜか温かくなる。
後ろには雪がいる。いつも彼女が……いる。俺は、いつも……一人じゃない。そんな気持ちが、進の精神力を支え、気持ちを奮い立たせる。それが自然とその言葉につながった。
雪の心も熱くなっていた。傷を押して戦う男の後姿をこみ上げるものを押さえながら見つめる。その彼が、ふと漏らした言葉――ひとりじゃないからな――
なんの変哲もない言葉、愛を語る言葉でもなく、恋心をかきたてる熱い台詞でもない。けれど、今の雪にとって一番温かく大切な言葉。
(そう……私達はひとりじゃない。いつも二人は一緒……)
「古代君、頑張って……」
「ああ……」
雪はレーダーを注視しながら、そして時折進を励まし続けた。せめて今の任務を果たすまでは、敵の本拠地を突き止めるまでは…… 雪の中にはその思いでいっぱいだった。
出血がひどくなれば、意識を失う可能性もある。そうなれば、雪が代わってこの機を操縦せねばならなくなる。ずっと前に進に教わって何とか飛ばすことは出来るとは思うが、敵の目を交わしながら偵察をすることはとてもできそうになかった。
(古代君、お願いっ、もう少し頑張って……)
雪の励ましを受け、進は苦痛と出血のためふっと意識が遠のきそうになるのを必死になって堪えていた。
(どこだ! どこなんだっ!! もうずいぶんと飛んできたはずだ。これ以上離れてしまえばヤマトの射程距離を越えてしまう。しかし、それほど遠くにあるとも思えないんだが……)
(16)
再び先を急いだ。進はもう気力だけでコスモゼロを操縦し続けている。ヤマトは、コスモゼロからの報告をひたすら待っているはずである。
(今すれ違った機動部隊には幸いにして水雷戦隊はいなかった。だが、必ず水雷戦隊は出撃してくるだろう。今ハイパー放射ミサイルを受けたらヤマトはおしまいだ! 水雷艇が発進する前に…… 早く、早く……敵の本体を見つけ叩かねば……)
進の焦りと体の限界が頂点に達しようとしたとき、アステロイドベルト地帯からコスモゼロが抜け出し、視界になにもない広い宇宙が広がった。そのときである。雪が悲鳴にも近い声で叫んだ。
「前方に巨大な物体のデータをキャッチ! すぐ近くよ!」
「何!? どこだっ!」
「宇宙位置N3510、このまま直進すれば下方に見えてくるはずよ。妨害電波を周囲に張り巡らせているので、ヤマトから捕らえられなかったのね。レーダー反応は微弱だけれど、間違いなく巨大な要塞だわ!」
「よしっ!」
間違いないか目視で確認しようと、進はその地点を目指してコスモゼロを進めた。目が霞んでくる。息も荒くなる。何とかもう少し持ってくれ……祈るような思いで進は操縦を続けた。
雪も進の体を気遣いつつも、目的を達するまでは手を出せないでいる。張り詰めた空気がコクピット内に充満した。
敵に発見されないように細心の注意を払いながら、若干高度を上げ、しばらく進むと、突然眼下に巨大な要塞が見えてきた。
「ああっ」
思わず進が声をあげた。それは間違いなく敵の巨大移動要塞だった。周囲には多くの水雷母艦が張り付いて、エネルギー補給を受けているのが見えた。
(もうすぐ発進する!?)
進は、痛みと出血で手先の感覚が麻痺し始めている左手でマイクを取ると、ヤマトへの連絡をはじめた。力を入れてマイクを口元まで持ってこようとするが、それすらももうひどく苦労する。それでも進は満身の力を込めてマイクのスイッチをONにした。苦しい息を押して話し始めた。
「こちら古代進。敵本体を発見! ハイパー放射ミサイル搭載母艦発進直前っ! くっ……時間がありません! ヤマトからの現在位置、主砲最大射程距離内……」
そこまで言うのがやっとだった。進はとうとう力尽きてしまう。体のすべての力ががくんと抜け、意識が遠のいて行った。
「古代君、しっかりして!! 古代君、古代君!」
雪の励ましに、進ははっとして再びマイクに向かって話そうとする。
「ヤマトからの位置……宇宙座標……N3510……」
そこまで言うのが今の進には最後の最後の限界だった。そこでがくんと体と手を落としてしまった。
「古代君っ!」
(17)
雪の進への悲痛な叫びがヤマトの艦橋にも響いていた。クルー達が思わず目を閉じたとき、雪の悲鳴に似た声が艦橋内にこだました。
『こちらコスモゼロ、報告を続けます!! Dブロック、座標修正0.9、距離4万2千宇宙キロ!! 急いでぇっ!!』
その声に、即座に沖田が反応した。
「主砲発射開始10秒前!!」
ヤマトは直ちに準備していた波動カートリッジを込めた主砲を最大射程で発射する。その光線が束になって宇宙を走る。一方で機動艦隊を攻撃しつつ、ヤマトの主砲は確実に敵の要塞を捉えていた。
「宇宙位置N3510の地点で大爆発を確認!」
しばらくして響いた太田のその声が、ヤマトが冥王星海戦を制したことを表していた。それを受けて、沖田が相原に指示を出した。
「コスモゼロにすぐに帰還せよと伝えろ」
「はいっ!」
相原がうれしそうに通信のスイッチを押した。
(18)
ヤマトへの報告を終えた雪は、すぐに操縦のメインスイッチをナビゲーター席側に切り替えると、要塞から遠ざかるようにゆっくりと上昇しながら大きな弧を描いて要塞上空から離脱した。
その直後、強力な光線が要塞目指してきたかと思うと、要塞はあっという間に大爆発を起こした。その光が目にまぶしいほどに真っ白になって眼前に広がる。その明かりに進がふと意識を取り戻した。
「やったか…… ヤマトは凄い船だな…… うっ、うう……」
進はその爆発で、ヤマトが勝ったことを知った。うれしそうにそう言うと、それを最後に進は完全に意識を失ってしまった。
「古代君……」
雪が慌てて進の頚動脈を確認した。そこからはしっかりとした鼓動が雪の手に伝わってきた。雪は安心すると、体制を立て直してコスモゼロをヤマトの方向へ向けた。
(よかった……古代君、すぐにヤマトに帰るわ、それまで頑張ってね)
進は出血のせいで失神しただけのようだった。雪は、すぐに戻って治療すれば大丈夫だろうと判断し、心から安堵した。その時、ヤマトからの通信が入った。
「こちらヤマト。コスモゼロ応答願います」
相原の声だった。雪はマイクを取ると、はっきりとした口調で答えた。
「はい、コスモゼロです」
「ヤマトは敵機動艦隊及び移動要塞撃破に成功しました。コスモゼロは直ちに帰還してください」
「了解。あっ、帰ったら格納庫の方に救護班の手配をお願いします」
「あっ!古代さん……大丈夫なんですか!?」
「大丈夫よ。ちょっと気を失ってるだけだから、心配しないで……」
「わかりました。救護班の手配します。雪さんも操縦気をつけてください」
「ええ、ありがとう」
通信を切った雪は、ふうっと大きく息を吐いて再びコスモゼロの操作に集中した。
(19)
ヤマトへ向かう道すがら、雪の脳裏には進からこの機の操作を教わったときのことが浮かんできた。
――あれはイスカンダルからの帰還途中のことだったわね、古代君……
ヤマトがひたすら地球へひた走っていた頃、私は空いた時間を利用して自分の仕事以外のことを色々と勉強しようとしていた。
一番に手をつけたのは料理。これは生活班長としてと言う名目もあったけれど、実は古代君のことを意識してのことだったことは、その時もうコック長にはバレバレだったけれど……
それから、色々なメカの操作。その中で一番最後になったのが、戦闘機。いろんな小型機の操縦は実際の任務でやっていた。でも、さすがにガミラスがいつ攻めてくるかわからない状況では、戦闘機を扱いたいとは言えなかった。
でも…… 帰りの航海中はほとんどその心配もなくて、戦闘班は、演習と哨戒の繰り返しだったし、思いきって艦長に頼んでみた。そうしたら、艦長は苦笑しながら、古代君がOKと言えばと言う条件で許してくれた。
問題は古代君…… 私は早速古代君に頼んでみた。
「古代君にお願いがあるんだけど……」
「なんだい? 何かイベントでも開きたいのかい?」
「違うの……実は……戦闘機に乗ってみたいんだけど……」
おずおずと尋ねる私の問いに、古代君は面白そうに笑って答えてくれた。
「えっ!? ま、まあいいけどぉ。たまには宇宙遊覧でもしたいのか? 宙返りの一つくらい体験させてやるぞ」
古代君はたんにちょっとした興味から乗ってみたいだけだと勘違いしたみたいだった。でも違うの!
「違うの! 戦闘機の操縦を教えて欲しいの!」
「えぇぇぇぇ!!!」
そう言ったきり絶句してしまった古代君。彼ったらまじまじと私の顔を見ていたかと思ったら、今度は「がははは」と笑い出す始末。涙目になるくらい笑った後で、あっさりと断られてしまった。
「あははは…… いやぁ、いくら雪の頼みでもそれだけはだめだ。戦闘機ってのは、その辺の小型艇とは訳が違うんだぞ。だめだよ!」
あんまりばかにしたような言い方に、ちょっと腹を立てた私は思わず喧嘩腰になってしまう。
「どこがどう違うの!? 別に敵と戦えるまでとは言わないけど、ちょっと操縦できるようになりたいって思っただけなの。いいじゃない!どうせヒマにしてるんだからっ!」
そんな私に、古代君も意地になって恐い顔で睨み返してきた。
「だめって言ったらだめだ!」
はっきりと拒絶されて、私も頭に来てしまって、古代君のOKが取れたらと言う艦長の許可を、ちょっとばかり私にいいように言い換えてしまっていた。
「ならいいわ、もう古代君に頼まない! 艦長からはお許しをもらってるんだから、加藤君に頼んで乗せてもらうわ。ああ、山本君でもいいわねぇ。きっと手取り足取り教えてくれるわ……」
横目でちらりと見ながら言った私の台詞は、古代君には結構効いたみたいだった。彼ったら急に慌て出した。
「なっ! ブ、ブラックタイガーは単座機だぞ、どうやって二人で乗るつもり……いっ! まさか、二人でその座席に乗るってのか!?」
「あら、どんな風に乗ろうが古代君には関係ないでしょう。じゃあねっ!」
こうなれば私のペース。古代君にNOは言えなかった。
「ま、待てっ!! わ、わかった…… 仕方ない、教えてやるよ。ただし、ちょっとだけだぞ! 簡単な操縦法だけだからなっ!!」
「うふっ、ありがとうっ♪ こっだいくんっ!」
結局、古代君を押し切ってしまった私は、その後コスモゼロのナビゲーター席に乗せてもらって、操縦を教えてもらった。今まで乗っていた小型艇とは比べ物にならないスピードで飛ぶコスモゼロは、ちょっとした操作であっという間にあっちに行ったりこっちに行ったりする。さすがにそれには最初閉口したけれど、それでも何とか思った方向に飛べるようになって、ようやく古代君を感心させることが出来た。
「へぇぇ、結構やるもんだな。本気でやる気ならブラックタイガー隊にスカウトしてやるよ」
本気だか冗談だか判断できないような古代君の誉め言葉に気を良くした私は、着艦までやりたいと言い出して、誉めた古代君を焦らせてしまった。でもいつもの勢いで押し切って着艦まで操縦桿を離さなかった。
で、ちょっとばかり怪しい着艦だったけど、無事にヤマトに戻ったときは、格納庫は大騒ぎだったわね。
到着するなり、加藤さんが駆けつけてきて、
「艦長代理! 今日は酔っ払ってたのかよぉ!?」
なんて言うから、古代君は苦笑して親指をくいっと後ろに向けてウインク。それで加藤君は、私の操縦だって事がわかったみたいで、びっくり仰天。
「えぇっ!? 雪さんが操縦してたんっすかぁ! そりゃあすごい!! 俺だって扱いかねてるコスモゼロを初めて操縦して着艦させるなんて!!」
それから、大勢のブラックタイガー隊のみんなが駆け寄ってきてくれて、口々に誉めてくれて、私ったら嬉しくて仕方なかった。なのに古代君だけはぶすっとした顔をして、
「そんなに誉めて、へんな気起こされても困るんだからな! いい加減にしておけよ」
なんて言うんだからっ! さっきはあんなに誉めてくれたのにってムッとしたけれど、きっとそのときは照れ隠しだったのね。だって、何より嬉しかったのが……最後に加藤君がそっと耳打ちしてくれた言葉。
「チーフがコスモゼロの着艦を初めて操縦する人間に任せるなんて、俺には信じられませんよ。なんてったって、チーフが恋人みたいに大事にしてる愛機なんですよ。俺達にだってほとんど触らせてもくれないし、ましてや操縦させてなんかくれないんですよぉ! それが雪さんだと…… やっぱり雪さんは特別なんですね」
そんなことを言ってにやりと笑った加藤君。私、思わず赤くなっちゃった。古代君、不思議そうな顔で私達を見てたけど……
でもそれって、古代君が恋人みたいに大切にしてるコスモゼロよりも私のことを思ってくれていて、それでもって私の力を信じてくれてたってことだって思うと、すごくうれしかった。
おまけと言っては何だけど、あの後私達二人がコスモゼロで二人っきりのデートを楽しんだって噂までまことしやかに流れちゃって、古代君が困ってたけど…… 本当にあれは真面目な訓練だったのよ。
――あの時教わっていたことが、こんなところで役に立つなんて…… やっぱり、なんでも経験しておくといいわね、古代君……
雪は、肩を斜めに落としたまま眠るように気を失っている進の後姿に向かって、そう語っていた。
(20)
コスモゼロは、ヤマトを目指してひたすら飛んでいた。
その間、じっと進を見つめながら、雪は二人の愛の思い出を次々と思い浮かべていた。
彼の愛をはっきりと感じたあの瞬間、そして地球への帰還。初めてのキス、両親への紹介。初めての喧嘩、そしてプロポーズ。結婚式を夢見ていたあの頃。
そして……その夢が遠ざかったあの日のこと。辛い戦い、彼の怪我、デスラーとの対決。最後にはなすすべもなく、ヤマトと共に二人で死のうと決めたあの時……
その後のひと時の平和の日々と、初めて結ばれたあの湘南の別荘の夜のこと。
そして再び戦いに巻き込まれ、離れ離れで戦ったあの辛い日々。その後、二人が心の傷を舐めあうように、一緒に暮らし始めた部屋。
またしてもあてのない長旅にでた二人。艦長の彼と生活班長の私。それから、それから……やっと地球に戻ってきた時の熱い夜。そして、プロポーズ。
今度こそ幸せを掴めると思っていた矢先のヤマトの事故と彼の大怪我。死んだと思った彼の後を追おうとしたこと。そして、この航海の旅立ちの日。
そのすべてが走馬灯のように頭を駆け巡っていく。ほんの短い間の閃光のような時であり、かつ遠い遠い昔のことのような遥かな記憶。二人の愛の歴史。
――私たち、ずっと一緒だったわよね、古代君。そう、体が離れ離れのときも、心はいつも一つだった…… そうよね、古代君。私たちは、いつも、いつまでも一緒よね。
レーダーがヤマトが視界に捕らえられる距離に来たことを示す。ふと前方に目をやると、遥か彼方に小さな点のようなヤマトが見えた。
「ああ…… 古代君、もうすぐ帰れるわよ。ヤマトに……帰れるのよ」
ヤマトは二人の第二の我が家だ。二人が一番大切な日々を送ってきた心の我が家なのだ。
雪は最後の操縦に気を引き締めた。ほどなく、コスモゼロはヤマトの着艦口を目前にしていた。
Chapter 2 終了
(背景:Giggrat)