命、繋いで

−Chapter 3−

 (1)

 ヤマトが敵要塞を撃破したという連絡が入ってすぐ、乗務員控え室で待機していた加藤が、格納庫の担当者から呼び出された。事情を聞くと、進が負傷し、雪がコスモゼロを操縦していると言う。加藤は思わず絶句した。

 「森さんが……まさか!」

 加藤でさえ、コスモゼロの操縦はしたことがない。コスモゼロは、コスモタイガーの前身とも言うべき機体で、コスモタイガーより操縦も複雑である。さらにその機動力は今なおコスモタイガーにも勝るとも劣らない。そんな機を、戦闘機要員でもない雪が操縦できるなどとは、彼には驚きでしかなかった。

 加藤は、心配気にレーダーに映されたコスモゼロの軌跡を見た。しかしそこに映っているゼロは特に蛇行することもなくまっすぐに飛んでいる。いつものスピードはないが、確実にヤマトに向かっている。

 「信じられない……」

 加藤は、コスモゼロが出発する時に、ヘルメットを要求した雪の笑顔を思い出し、あの時の雪の心情に今初めて気付いた。

 (森さんは、コスモゼロの操縦経験があったのか!? あの時、古代さんの傷が相当深いことを知っていて、それで……)

 その時、格納庫の要員の一人が叫んだ。

 「コスモゼロが、あと約3分でヤマトに到着します!」

 加藤が着艦口から外宇宙を見ると、ヤマトに向かって飛んでくるコスモゼロが目視できた。同時に、コスモゼロからも通信が入る。雪の声だった。

 「こちらコスモゼロ、まもなくヤマトに着艦します。操縦に不慣れたため、若干のアクシデントがあるかもしれませんが、よろしくお願いします!!」

 「こちら加藤です。森さん!! 僕が誘導しますから、指示に従ってください!!」

 「はいっ! お願いします!!」

 加藤は、機体の方向や着艦時の停止の手順などを詳しく説明した。雪はそれを一つ一つ復唱しながら、無難にこなした。そして数分後、コスモゼロは無事に着艦口へ滑り込んだ。

 (2)

 コスモゼロが通常の停止線を少々越えて止まった。それと同時に、数人のクルーがその機体へ駆け寄った。コクピットのシールドが開くと、すぐに雪が立ち上がり、その無事な姿に安心した加藤が声をかけた。

 「森さん! 大丈夫ですか!」

 雪は軽く頷くと、すぐに何かを探すようにあたりを見回した。

 「私は大丈夫です。それより古代君を!!」

 雪は今何よりも進の状態が心配だった。雪の声が緊迫しているのが、傍目にもよくわかる。加藤の横から、ストレッチャーを押してきた看護師の声がかかった。

 「こちらに用意しています!!」

 その声に、雪は即座に反応して、進の体を抱き起こした。

 「お願いします。腕からの出血が原因で失神しているだけだと思うんですが……」

 看護師と加藤が、二人がかりで進を抱き上げストレッチャーに移した。雪もそこにぴたりと付き添って、進に声をかけた。

 「古代君!! ヤマトに着いたのよ、しっかりして!!」

 進は雪の呼びかけに、かすかに眉をしかめるような様子を示したが、意識はまだ戻らなかった。

 ここで雪は、急に体の力が抜けるような感覚に襲われた。今までなんでもなかった体が震えだし、目に涙が湧き上がってきた。ヤマトに着いて、少し気が緩んだのかもしれない。
 そんな雪を励ますように、加藤が声をかけた。

 「森さん、古代さんはきっと大丈夫です! 気をしっかり持ってください!」

 「ええ……」

 雪は潤んだ目でかすかに頷くと、医務室へ急ぐストレッチャーと共に、格納庫を後にした。

 彼らを見送っていた加藤に、整備クルーの一人が話しかけてきた。動揺している雪の様子が気になったようだ。

 「森さん、よくあれでコスモゼロを操縦して来れたもんですね」

 「ここに着くまでは必死だったんでしょうね」

 「森さんって、すごいですねぇ。古代さんは、本当に幸せな人だ」

 「確かに…… でもそれだけ、古代さんが魅力のある人なんですよ」

 話す加藤と頷く整備クルー。会話する二人の顔に笑みが浮かんだ。冥王星空域での戦闘が勝利に終わり、コスモゼロを無事に迎え入れたことで、格納庫全体が安堵の空気に包まれていた。

 (3)

 進を乗せたストレッチャーが医務室に到着した。そこでは佐渡が既にスタンバイして待っていた。

 「佐渡先生!!」

 雪の顔がゆがむ。嬉しいのか悲しいのかわからない表情だ。その両方なのだろう。

 「よく頑張ったな、雪。さぁ、こちらに移して」

 佐渡は雪に優しくねぎらいの声をかけると、アナライザーを指示して、ストレッチャーからベッドに移させた。
 すぐに、看護師たちの手で進に様々な器具が取り付けられた。佐渡が傷の状況を調べ体のあちこちを触診する。アナライザーは、数値データの収集に取りかかった。

 その様子を、雪がまだ震えが残る体を必死に押さえながら眺めていた。
 が、ふと隣に小さな人影を感じて見ると、例の異星の少年が心配そうに立っていた。そして雪を見上げると、小さな声で尋ねた。

 「お兄ちゃん、大丈夫なの?」

 自分を助けてくれた進に、この少年は親しみを持ち始めているのだろう。気遣わしげに、進の様子を眺めている。

 「ありがとう。でも心配しないで、きっと大丈夫よ。古代君は、こんな怪我くらいでどうにかなる人じゃないもの」

 雪は、少年に優しく答えた。少年は少し安心したように、口元を緩めた。

 アナライザーが取得したデータを佐渡に報告し始める。それを耳にして、佐渡はにっこり笑った。

 「雪、大丈夫じゃ。やはり失血のために、意識を失っとるだけのようじゃ。少し輸血して休ませれば、すぐに気がつくじゃろう」

 「ああ……」

 その言葉に安心して、雪はふらりと体をぐらつかせた。それを、隣にいた少年が横から支えた。

 「大丈夫っ?」

 「あ、ありがとう。ごめんね。でも、お兄ちゃん、大丈夫だって…… よかった。本当に、よかった」

 体を立てなおして笑顔になった雪が少年に向かって微笑みかけた。だが、その瞳からは、涙があふれだしていた。
 少年は、雪のその涙を不思議そうに眺めていた。

 「ほれ、雪っ! ぼさっとせんと、輸血の準備じゃ。しっかりせぇよ!!」

 佐渡の檄が飛んだ。雪は心と体をしゃきっと締めなおすと、大きな声で返事した。

 「はいっ!!」

 (4)

 それから数時間が経った。進は病室で静かに眠っている。まだ、意識は回復していないが、輸血を済ませ顔色は格段に良くなった。
 ベッドサイドでは、雪がその横でじっと座っていた。

 静かなその部屋では、心拍数などを映し出すモニターの音だけが小さく聞こえるだけだった。さっきまでいた佐渡やアナライザー、そして少年の姿はもうない。
 1時間ほど前、処置を終えた佐渡が、

 「もう大丈夫じゃ。しばらくすれば目を開けるじゃろう。お前さんは、そばについててやれよ」

 と雪に言い残し、彼らを連れて出て行った。それから雪は、ずっと進の顔を横で見つめていた。

 (古代君……本当にたいしたことにならなくてよかった……)

 進の髪をそっとなぞりながら、雪はひとりごちた。進は眠っているように穏やかな顔をしている。
 さっきまでの戦闘が嘘のように、ヤマトの外も中も静かだった。こうやって二人だけでいると、今どこにいるのか忘れてしまうくらいだ。

 (古代君…… もう一度地球に帰りましょうね、きっと……ね)

 雪は、その手を髪から頬へとゆっくりとなぞりながら下げていった。頬にも温かみが戻っている。
 その時、ゆっくりと進の目が開いた。

 「雪……?」

 「古代君!」 雪の目が輝いた。

 「ヤマト……に帰ってきたのか? ヤマトは勝ったんだな?」

 不思議そうにあたりを見回しながら、進が尋ねた。

 「ええ、そうよ。あなたが発見した要塞を、ヤマトが波動カートリッジ砲で撃破したわ.。ここはヤマトの病室よ」

 「あれは、夢じゃなかったんだ。俺は……途中で気を失ってしまったんだな?」

 雪が可笑しそうに笑って頷いた。そして、今度は目だけで軽く睨んだ。

 「だから言ったでしょう! 無茶しちゃだめだって……」

 「ごめん……」

 進は、まるでいたずらを母親に注意された少年のような、ばつが悪そうな笑みを浮かべる。

 「雪が連れて帰ってきてくれたんだ……」

 「ええ、そう。もう、戦闘機なんてものすごく久しぶりに操縦したから、寿命が縮まる思いだったわ」

 「そうか、そうだよなぁ。君も俺に負けず、無茶なことするもんだなっ。あっははは……」

 冗談っぽくおどけて話す雪に、進も声を出して笑った。

 「ん、もうっ!笑い事じゃありません!!」

 雪は拗ねたような顔で進を睨んだ。そして寝ている進の胸元を軽く拳固でトントンと叩いた。その衝撃が進の怪我をした腕にも響いた。進はびくんと体を跳ねらせてうめいた。

 「うぅっ、いてぇっ!」

 「あっ、あら、ごめんなさいっ!」

 びっくりして慌てて謝る雪に、進は片目を閉じて苦笑いした。

 「あ、いや、ちょっと傷に……響いただけだ。大丈夫だよ、雪」

 「…………」

 その答えた口調が、雪にコスモゼロの機内で苦しげに話している進を思い起こさせた。雪の表情が突然曇り、無言になって、目を潤ませ始めた。

 「ん? 雪?……どうした?」

 当惑気味の進に、雪は一言ポツリと言う。

 「……ばか」

 雪の瞳から一粒の涙が、ぽろりと進の胸に掛かっているシーツの上に落ちた。それを隠すように、雪は進の胸に顔を押し付け、その胸で頬をこするように、頭を左右に動かした。その姿が、進にはとてもいじらしかった。
 進に向かって強い意志を主張し、コスモゼロに乗り込んだ雪。そして進の代わりにヤマトまでコスモゼロを操縦してきた雪。しかし今の雪には、そんな女宇宙戦士の姿はどこにもなかった。

 進は、胸の上に乗せられた雪の頭の髪をそっとなで続けた。ゆっくりと、何度も何度も……

 (5)

 どれくらいの間、そうしていただろうか。胸にあてた雪の耳に、進の鼓動が規則正しくとくんとくんと聞こえてくる。それが彼女にとって、例えようがないほど心地良かった。なぜなら、彼と暮らすようになってからずっと、この鼓動を耳に眠るのが、雪にとって至福のときだったのだ。雪は今、それを思い出していた。

 とくん、とくん…… 雪は目を閉じ耳を済ませ続けていた。

 「雪……」

 頭を胸に預けたまま動かない雪に、進が声をかけた。雪はやっと頭をあげ、笑みを浮かべた。だが、その顔には涙が流れた後が残っていた。進はその涙の後を、右手の人差し指ですっとなぞった。

 「泣くなよ……」

 雪が黙って頷く。

 「俺はまた、君に助けられたね」

 今度は雪は首を大きく振った。唇がわずかに震え、また瞳に涙が溜まり始める。

 「泣き虫だな、雪は……」

 「あなたの……前だけよ……」

 進がふっと笑みを浮かべ、体を起こそうとした。

 「だめよ、まだ…… 休まなくちゃ」

 雪がそっと押さえようとすると、進はその手をやんわりと払いのけた。

 「いいんだ、少しだけ…… 今は、君を抱きしめたいんだ」

 そう言うと、進は上半身を起こして、怪我をしていない方の腕で、雪の体をぐいっと自分の方に引き寄せた。片手だけだけれど、力いっぱい抱きしめる。強く、強く…… そして、自分の頬を雪の顔に摺り寄せた。
 雪の体に電流が走る。彼の力強い腕に抱かれて、その命を感じる。

 そして進は一旦顔を離し、今度は唇で雪の耳たぶをそっと触れた。その唇が動いた。

 「ありがとう……雪」

 それから彼の唇は、首筋から頬をつたい、そしてわずかに開いている彼女の唇に到達し、それを包みこむように重ねられた。
 進は、その唇を、丁寧に慈しむようにゆっくりとなぞり舐めて、愛しい人の甘い感触を十分に味わった。

 雪も積極的に反応を示した。両手を進の首筋に巻きつけると、進の唇を受け入れる。その唇から彼の熱い思いが伝わってくる。そして、決して失いたくない人の熱い血潮を今再び感じた。それは雪にとって、何物にも変えがたい幸せだった。

 (古代君……愛している)

 戦いの合間のわずかな恋人達の時間だった。

 (6)

 「うぉぉぉ〜!」

 「い、いいぞ、その調子だ……」

 病室の外では、ドアの隙間から中を覗く二人が、小さな声で歓声をあげていた。そこにまた別の二人が近づいてくるのを、この覗き野郎たちは全く気付いていなかった。

 「やっぱり予想通りだったぜ。雪さんが看病しているって聞いてやってきたら、案の定だ!」

 「ああ、この前の航海の時は、いいところでドジ踏んだからなぁ。今度こそばっちりだな……」

 まるでよだれを垂らさんばかりで会話をしている怪しげなこの二人は、戦闘班砲術科第一砲塔キャップの坂巻と、機関班チーフの徳川だ。
 近づいてきた二人―艦長の沖田と医師の佐渡―が呆れた顔で見ている前で、彼らの視線はまだ室内に引きつけられたままだ。口をあんぐり開けて覗き続けている。
 佐渡は肩をすくめて苦笑すると、とうとう二人に声をかけた。

 「なにしとるんだ?」

 それでも二人は夢中になって覗いている。後ろの声の主が誰なのかも考えが及ばないらしい。その時、中の様子に変化があったのか、返事もそこそこにさらに興奮し始めた。

 「なにって、心配だからちょっと様子を…… をををっ! や、やった……」

 「うわぁ……おぉぉ……」

 全く後ろにいる人間を意に介さない。どうせ同好の輩だと思っているのだろう。後ろの声が不思議そうに尋ねた。

 「いったい、なにをやったんじゃい?」

 「そんなもん決まってるだろう! 艦長が怪我をされて、恋人の雪さんが看病してるんだぞ! やっぱりぎゅーっと抱きしめて、ぶちゅーっとだなぁ」

 坂巻は、まだ部屋を覗きこんだままで、そんなこともわからんのかといった口調で答えた。彼はまだ進の艦長時代の意識が残っているのだろう。進の事を艦長と呼んだことを、自分でも気付いていないようだ。
 佐渡と沖田は顔を見合わせて、苦笑した。そして再び佐渡が口を開いた。

 「艦長なら、ここにおられるぞ」

 「はっ!?」 「えっ!?」

 二人は、始め佐渡の言葉の意味がよくわからずに、素っ頓狂な声をあげてやっと顔をあげた。そして目の前に沖田と佐渡が立っているのを見て、あっという間に体が硬直してしまった。
 一瞬、目と目があってしまった四人。目が笑っている沖田たちに比べて、坂巻と徳川は、驚愕の目を見開いた。そして……

 「うわわわ……」 「ひっぇぇぇぇ……」

 あまりにも驚いたため、言葉が出て来ない。二人そろってどすんと後ろのドアに体当たりしてしまった。さらにどちらか一人の背中がちょうどドアの開閉ボタンに当たり、ドアが全開になった。

 「うわぁぁぁ!」

 二人は後ろ向きのまま、進たちのいる病室に向かって尻餅をつくように転がり込んでしまった。

 (7)

 熱い抱擁を交わした後、雪は進を再びそっとベッドに寝かせた。

 「今日はゆっくり休んでね」

 進の胸の上まで上掛けをかけて、雪が立ちあがった時だった。突然ドアが開いて、坂巻と徳川が転がり込んできた。

 「うわぁぁぁ!」

 「きゃっ!」

 雪が突然の乱入に悲鳴を上げた。進もびっくりして目を見開いて出口の方を見る。そして、転がり込んできた二人を驚いた顔で見つめた。

 「どうしたんだ? お前たち?」

 すると今度は、後ろから笑いを堪えきれない老戦士が二人入ってきた。進も雪もすぐにそちらに視線が移った。

 「艦長!」

 二人の声が重なった。突然の出来事に驚いている二人に、佐渡が笑いを押し堪えながら答えた。

 「二人とも、古代のことが心配で様子に見にきたそうじゃ」

 進と雪が顔を見合わせた。前もこんなことがあったような……? そんなことを目と目で話し合って、二人はくすりと笑った。

 微笑む四人を前に、飛び込んでしまった二人は大慌てである。すぐに立ちあがって、両手をぴたりと体につけて直立不動に立ったまま、固まってしまった。逃げようにも、出口を沖田たちに押さえられてしまっている。
 どうしていいかわからず、二人とも真っ赤な顔になっていた。

 進はそんな二人に、やわらかな視線で微笑を返した。

 「坂巻、徳川、ありがとう。心配をかけてすまなかったな。俺は大丈夫だから。少し休めば戦列に復帰できるよ。みんなにも、君達からそう伝えてくれないか」

 「は、はいっ!」

 「そ、それでは皆に伝えてきますっ! 失礼しましたぁっ……」

 二人はやっと逃げ出すタイミングを見つけ、まだ笑い顔の沖田と佐渡の横をすり抜けるように、部屋を駆け出していった。

 (8)

 ツイーン……二人が出ていってドアがしまった瞬間、佐渡がワッハハハと大きな声をあげて笑い出した。沖田も一緒になって笑っている。

 「なんですかっ? 沖田艦長も佐渡先生も、突然笑い出しちゃって!!」

 なんとなく状況を察知した雪が、ほんのりと頬を染め、照れ隠しをするように、二人を責めるような口調で言った。

 「あっははは…… すまん、すまん。じゃかのう、今度からイチャつく時は、部屋をロックしてからの方がええと思うぞ」

 佐渡が笑いながら答える。

 「あっ……」 「なっ……」

 雪と進が同時に短い声をあげ、顔を赤く染めてうつむいた。やはり二人の抱擁を坂巻達は覗き見していたのだとわかったのだ。

 「す、すみません……」

 進が恐縮して謝ると、佐渡はまたおかしそうに笑った。

 「まあ、いまさら珍しくもないか…… ヤマトの名物の一つじゃからのう。お前さん達のナニは……のう、雪」

 佐渡が雪を横目で見て、ニヤリとした。雪の顔が燃える。

 「あんっ! 佐渡先生の意地悪っ!」

 「ほぉぉ、名物か。そうだったのか。それは周りの連中も大変だな」

 沖田も顔をほころばせる。沖田が艦長をしていたイスカンダルへの航海時代は、二人はまだ恋人になる以前で、くっつきそうでくっつかない二人の噂をよく聞いたものだった。それから、互いの気持ちを確かめ合ってからは、二人はいつも離れることなく、ぴたりと寄り添ってきたのだということを、またここで再確認した。

 「ええ、そうなんですわい。逆にイチャついてくれんと、今度は心配になるくらいで…… こうやってイチャついてるのを見れる時の方がヤマトは安泰なんですわい」

 「わっはっは、それはいい! わしも今度は見つけてみたいもんだな」

 「沖田艦長まで……やだわっ!」

 再び大声で笑い出す佐渡と沖田を、真っ赤な顔の若い二人が、ばつが悪そうに上目遣いで見ていた。

 (9)

 ひとしきり笑った後それを収めて、沖田が口を開いた。

 「古代も雪も今回はご苦労だったな。特に、雪、お手柄だった。コスモゼロに乗ると言い出した時の迫力は、すごかったぞ。しかし、あまり無茶はせんようにな」

 沖田が雪のほうを見た。雪はさっきの自分の大胆な行動を、今更に思い出して、またもや赤面した。

 「はい……」

 進の顔をチラッと見る。笑っていいのか赤面すべきなのか、はたまた無茶を怒るべきだったのか複雑な顔をしている。

 「とにかく二人のおかげで敵の移動要塞を破壊することができた。これで、地球への直接攻撃はしばらくはないだろう」

 沖田の言葉に、進も雪もさっと表情を引き締め、真剣な眼差しでこくりと頷いた。

 「はい…… それでは、さっそく次はアクエリアスに乗りこむんですね?」

 進の顔があっという間に、ヤマト戦闘隊長のそれに変わった。眼光が鋭くなる。

 「うむ、それがそうもいかない。今回の戦いでヤマトもずいぶん損傷した。それにまだ例のミサイルの防御システムも完成していない。その上、波動砲の修理もまだだ。
 となると、すぐに戦うのは危険だというのが、真田の意見なのだ。そこで、一か八か……ぎりぎりのところで一気に勝負をかけようと思うのだが」

 「ということは……それに失敗すれば後がないということですか?」

 「その通りだ」

 沖田が答え、その作戦に対しての意見を求めるように、じっと進を見つめた。進は考えるようにしばらく沈黙したが、静かに顔を上げて沖田を見上げた。

 「やはり……今、無茶をするよりは……それに賭けた方がいいと、私も思います」

 「うむ、そうだな。その線で調整を進めよう」

 進の決意を込めた同意を受けて、沖田が頷き、雪と佐渡も心が引き締められる思いで頷いた。

 艦長と戦闘隊長のミニ作戦会議が終了すると、佐渡が医者の顔に戻った。

 「そういうことじゃから、古代は体の復調に最重点を置くんじゃぞ。後2日は、入院して体を休めろ。いいな!」

 佐渡は厳しい顔で睨むが、進の方はやはり戦闘班長としてはそうは言ってられなかった。気になることがいくつも浮かんできて、思わずこんな言葉がついて出てきてしまう。

 「……しかし、色々と戦闘の準備が……」

 「まだそんなことをいうのか!」 佐渡の渇に、進と雪がびくりとした。「雪っ!」

 「は、はいっ!」

 「お前さんは、これから2日間、古代が病室を抜け出さないように24時間体制で見張ってるんじゃぞ!」

 「えっ!?」

 大きな目を見開いて見つめるかわいい瞳に、佐渡は優しく頷き返した。

 「そうですな、沖田艦長」

 「うむ、艦長命令だ。雪、頼んだぞ」

 沖田も同じ表情を見せる。こんな二人の笑顔は、優しい世話好きのおじいちゃんのようだ。

 「……はい……」

 雪は二人の暖かい思いやりに心が暖かくなる。そして、くすりと笑って、進を盗み見た。彼女の目に映ったのは、困ったような、だがなんとなく嬉しそうに苦笑する進の顔だった。

 (10)

 沖田たちが出ていって、また部屋は二人だけになると、進はふうっとため息をついた。

 「雪、俺は少し寝るよ。こっちは大丈夫だから、君は自分の仕事をしてくれていいぞ」

 「でも……佐渡先生が……」

 心配そうに見つめる雪に、進は笑って答えた。

 「ははは、逃げ出さないって。また体調不十分で飛び出してったりしたら、今度は君に波動砲を撃ってもらわなくちゃならなくなるからな。そんなことになったら大変だからなっ」

 「ん、まぁっ! 言ったわねっ!」

 進の冗談に、わざと怒った振りをして、雪は彼の胸を軽くトンとついた。進は、はははと笑いながら、それをかわし逆にその手を掴み、そのまま手を引いて雪の体を引き寄せた。

 「あっ……」

 雪は体ごと進に倒れこみそうになる。彼女の口がそれ以上動く前に、進はその唇を奪った。
 あっという間の出来事だった。ほんの数秒間の短いキスの後、二人は顔を見合わせ気恥ずかしそうに微笑みあった。
 そして、その直後二人は同時にはっとしてドアの方を見た。しかし、今度はドアに何も変化はない。

 「大丈夫みたいだな」 「そうね……」

 二人は再び顔を見合わせると、小さく声を出して笑いあった。

 「じゃあ、ちょっと医務室の方へ行ってるわ。何か用事があったら、いつでも呼んでね」

 そう言って病室を後にする雪を見送った後、進はゆっくりと目を閉じた。 

Chapter3 終了

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