命、繋いで

−Chapter 4−

 (1)

 冥王星海戦は終わった。敵の機動要塞は完全に破壊され、わずか数隻の戦艦が戦線を離脱したという報告があった。

 地球側も大変な被害を被った。ヤマトのほかには、たった一隻『冬月』だけが生き残っただけだ。だがその冬月も満身創痍の状態だった。クルー達のほとんどが傷つき倒れ、もはやヤマトに同行するだけの戦力は残っていなかった。
 冬月は、ヤマトや他艦の怪我人たちを乗せて、月面基地へと引き返していった。

 そして進が一時(ひととき)の眠りに入った頃、ヤマトの艦内では、次なる戦いに向かって、整然と準備が進められていた。

 第一艦橋では、進と雪の無事が伝えられ、雪が付きっきりで看病しているという徳川達の身振り手振りの説明に、安堵の吐息と失笑が広がった。
 そして、各々がチーフとして、それぞれの班の作業を進めるべく艦橋を後にした。

 ヤマトの修理が、工作班を中心に急ピッチに進められた。武器の補充がなされ、波動砲の修理も進んでいる。
 また、真田を中心とする開発部隊は、最大の案件、ハイパー放射ミサイルの防御システムの完成を目前にしていた。

 戦闘班は、南部が各砲塔を巡り、発射システムの再確認を行っていた。格納庫では、コスモタイガー隊が艦載機の整備に余念がない。
 第2艦橋では、島が中心になって航海班クルー達と今後の航路について、綿密な打ち合わせが行われている。
 通信室では、相原が地球との通信回線確保に万全を期していた。
 調理室からは、戦いの後の栄養補給のためのヤマトオリジナルスタミナ料理が、良い匂いを漂わせていた。
 医務室は、佐渡をはじめアナライザーや看護師たちが、艦に残った軽傷者の手当てに忙しそうだ。
 機関室では山崎の指示の元、エンジンの調整が行われている。

 皆が最後の決戦に向かって、それぞれの思いを抱きながら、それぞれの任務をこなしていた。

 (2)

 その夜、島大介は、航海班クルーとの会議を終え自室へ戻っていた。机に向かって座ると、壁に貼ってある弟の次郎の大きな写真が目に入った。

 (次郎は……今ごろどうしているだろうか?)

 今日の過酷な戦いを終えて、本当にもう一度地球へ戻れるのだろうかという思いがふつふつと沸いてくる。一度はヤマトを撃沈させたハイパー放射ミサイル。あれがある限り、ヤマトに勝ち目はない。真田がその防御システムを開発を急いでいるとは言え、もし間に合わなかったら……という不安が頭にもたげてくる。

 (そうなれば…… 俺達は地球を救えるのだろうか。いや、敵と刺し違えてでも必ず救わなければ! でないと次郎達の未来が……ない)

 島は弟の次郎がかわいくて仕方なかった。年が離れているせいか、今まで喧嘩もしたことがない。お兄ちゃん、お兄ちゃんと慕ってくる次郎は、島にとって掌中の玉のごとく大切な存在だった。

 ヤマトが地球を立つ前日、二人でやったサッカーの練習が思い起こされる。島は、自然と便箋に向かって、まるで遺書のような手紙を書き始めていた。

 『弟よ…… あるいはあの日の練習が最後の思い出になるかもしれない。いよいよ、敵本体との決戦の日を迎えた。この手紙をお前が読む可能性は少ないだろう。しかし……』

 島は手を止めて、目の前の弟の写真をじっと見つめた。サッカーボールを手にした彼は、嬉しそうに笑っている。彼は、いつも「大きくなったらサッカーの選手になるんだ!」と言っていた。

 (次郎……俺は、必ずお前の夢がかなえられる世界を、地球を残してやるからな……)

 そして島は、思いの丈を綴った弟への手紙を、最後まで書き終えた。

 (3)

 次郎宛の手紙を、机の一番上の引き出しにしまうと、島は再びふうっと大きなため息をついた。

 (これで、思い残すことはない。思う存分戦って……もしも、死んだら……その時は……)

 島は、別の引出しから小さなカプセルを取り出した。それはあの白色彗星と戦って宇宙の星となったテレサが残したホログラムカプセルだった。

 このホログラムは、地球で意識を取り戻した時、病室で進たちと一緒に見た。しかし彼は、それ以来再生したことがなかった。あの当時は、辛くてとても一人では見れなかった。今もまだ、どうしてももう一度そのスタートボタンを押す気にはなれない。
 しかし一方で、それがまるで自分を守ってくれるお守りのような気がして、いつも手元から離さなかった。

 島は、それを今じっと見つめた。

 「テレサ……」

 声に出してそうつぶやいた。それだけで、胸がちくりと痛む。彼女への思慕の情愛は、未だに消えていない。それは間違いなかった。
 だから、戦いの中で死を迎えることになっても、それはテレサのところに行けるということだと思っていた。それが、自分にとってはある意味喜ばしい、そう、最も望んでいることだと……思っていた……はずだった。

 (だが…… 本当に俺は、今死を迎えても、何も思い残すことはないのか?)

 彼の脳裏に、今日の戦いの最中に一人の女性が見せた、決意に満ちた顔が浮かんできた。

 (4)

 時は、ある意味ではとても優しく、そしてとても残酷だ。年月が経つに従って、この世に生きる者と死の世界へ旅立った者の間が遠ざかっていく。ゆっくりと――そう自分でも気付かないほどゆっくりと――その隔たりは広がっていくのだ。

 あの時、彼女を失ったあの時……自分は、もう生きていく価値さえない気がしていた。いつ彼女の元へ行ってもいいとさえ思った。しかし、彼女がその身を呈してまで助けてくれた自分の命を、簡単に絶つこともできなかった。

 それからまもなく3年の月日が経とうとしていた。その間も、島は生き続け、笑い、泣き、怒り、そして戦ってきた。島は生きてきたのだ。
 その間、テレサは――停止していた。

 (そんな……)

 進と雪がそうであるように、島にとってもテレサは永遠に愛し続ける人であると、彼女が死んでしまった後もなお、固く信じていた。

 (違うのか……!?)

 時の流れを経るということとは……生きるということは…… ときに残酷である。いや、本当はそれこそが、時の優しさだと言うことに、島はまだ気づいていない。

 (俺は、テレサを忘れることなどできるはずがない。テレサ以上に心に想う女(ひと)がいるはずがない! 俺は……!!)

 しかし島は、それが揺らいでいることを、今、自ら認識した。それは、昨日第一艦橋で進に指摘され、改めて意識し始めたことだった。

 森雪。かつて淡い恋心を抱いた初恋の人。且つ、親友の最愛の人でありフィアンセだ。彼女への思いは、伝えることなく淡くも消えた。親友の幸せを喜び、彼女の幸せを望む。それが自分がしなければならないことだと思った。
 だからこそ、二人の幸せのために、何度もアドバイスをし、二人にはっぱをかけ続けてきた。

 ところが、彼女はまだ幸せになっていないじゃないか、と島は思った。

 彼女は自分が幸せだと言うかもしれない。だが、どう考えても、彼女はまだ幸せではない。なぜなら…… あいつが、彼女を本当に幸せにしてやっていないからだ。

 今日だってそうじゃないか。あれが古代(あいつ)の仕事だったのかもしれないが、無理をして飛出すから彼女が後を追ったんだ。あの時の彼女の迫力は、艦長の沖田でさえも、止められるものではなかった。
 あいつはいつもそうなんだ。彼女に無茶をさせて、苦労させて、悲しませるのは、いつもあいつなんだ。

 それでも彼女は……あいつがいいと言う。俺じゃだめなんだ。いや、俺だって、今更あいつから彼女を奪いたいなどとは露とも思わない。それに、天地がひっくり返ろうとも、彼女の愛はあいつにしか向けられていないことなど、百も承知だ。

 だから、あいつが彼女に最高の幸せの笑みを浮かべさせてあげなくちゃいけないんだ。俺はそれを見届けないと、死ぬわけにはいかないのだ。そうでないと、俺は、彼女を………………

 なんだって!? 俺はまだ……彼女を? まさか、違う! …………いや、違わない。俺の中で、彼女への気持ちは、まだ終わっていない……

 愕然とする事実。テレサを失った悲しみに隠されていた真実の心。
 それは青春の頃の淡い恋心だった。彼女が親友を愛していると知った時、ちょっぴり苦味を味わったが、本当に淡いものだったのだ。
 だからそんな思いなど、もしもテレサが今も存命ならば、遠に消え去っていたに違いない。

 しかし……テレサは死に、雪は島の目の前で生き続け、笑い泣き、そして時が過ぎた。

 『いい加減に心の中の整理をつけろ』――島は、昨日親友が言った言葉を思い出した。

 あいつは、テレサのこともそして雪のことも決着をつけろと、俺に迫ったのだ。テレサは永遠だ。もう届かないところにいる。そして、いつの間にか俺の中で昇華し始めていた。
 しかし、雪はどうだ? あいつらの煮え切らない態度のせいで、俺の中では不完全燃焼を起こしているのではないか? あいつにも雪にも、俺の燃えそこなった思いを伝えなければならないのではないのか? そうでなければ、俺の初恋は終わらないのかもしれない。

 それは、この戦いで死に向かうことになっても、また再び、この世界で生き続けることになったとしても……

 島が目を閉じると、瞼の裏にテレサの顔が浮かび、それがだんだんと、テレサでも雪でもない別の女性の姿へと変わっていった。

 ――でないと……俺は、どこへも行けない。誰も……愛せない。

 島は、机の上で頭を抱えたまま動かなくなった。

 (5)

 しばらく眠っていた進が、ドアの開く音と人の気配で目を覚ました。

 「雪か?」

 そう言いながら顔をドアのほうへ向けると、そこに立っていたのは、例の少年だった。心配そうに進を見つめてる。進は、上半身を起こして、少年に微笑みかけた。

 「ああ、坊や。君だったのか…… どうした?」

 少年は、進が起きあがったのを期に、おずおずとベッドサイドまで歩いてきた。

 「……怪我は? 痛いの?」

 「ん? ああ……大丈夫だよ。少し出血が多くて気を失っただけだから」

 進が笑みを浮かべて大きく頷いたので、少年は、少し安心したように肩から大きく息を吐いた。

 「よかった。でも、まだ寝てなくちゃいけないんだよね?」

 「ん、佐渡先生からしばらく寝てろって言われたからなあ。次の戦いまでの間、ちょっと大人しくしてるだけだよ」

 「さど……せんせい? ああ」 少年は佐渡のことを思い出して頷いた。「ねぇ、あの人ってどうしていつも変な匂いのする水ばっかり飲んでるの? でもお兄ちゃんに命令するなんて、本当は偉い人なの?」

 少年の佐渡を形容する表現がおもしろかった。彼が進を心配して様子を見に来てくれたこと、佐渡のことを楽しそうに話すことなど、少しずつ自分達に打ち解けてきてくれているようで、進はうれしかった。

 「ははは、そうだよ、あの人はお医者様だからな。病人や怪我人は佐渡先生の言うことには、絶対服従なんだよ。従わなかったら大変なんだ」

 少し冗談含みで、進は言った。しかし、少年はそれをまともに受け止めたようだった。

 「ふうん……恐い人なんだ」

 さも恐ろしそうな顔をして眉を潜める少年を見て、進は声を出して笑った。

 「あっははは、そうでもないさ。それに……ヤマトには、もっと恐い人がいるぞ。誰だと思う?」

 進はウインクをしながら、ひそひそ声になった。少し少年をからかってやろうと思ったのだ。

 「へぇぇ、誰かなぁ? あ、もしかして白いひげだらけのおじさんかなぁ? それとも、最初に僕を検査した眉のないおじさん?」

 「ぷっ、はっはっは…… そうだなぁ。二人ともちょっと恐いけど、俺にはもっと恐い人がいるんだぞ。これもここだけの話だがな……」

 進がさもおもしろそうに笑って、少年を自分の枕元に招き寄せた。そして、少年の耳元でこそこそと何かを話した。
 すると少年は、とても意外そうな顔をした。それがあまりにも不思議でしょうがないという顔だ。真剣な眼差しになり、ちょっと考え込むような仕草をした後、「そうなんだ」と小さくつぶやいた。
 そして、進が再び念を押すように、少年の耳元で囁いた。

 「本人には言うんじゃないぞ。怒られるのは俺なんだからな」

 半分冗談、半分本気の約束だった。

 「う、うん……」

 しかし、少年にとってはその事実がどうしても納得いかないらしく、生返事をするばかりだった。

 (6)

 その時、病室のドアが開いて、医務室に行っていた雪が戻ってきた。雪はここに例の少年がいるのに気付いて、微笑みかけた。

 「あらっ、僕。ここに来てたのね?」

 進はあっ、という顔をして、少年の耳元から口を離した。雪の軽やかな声に反応して、少年は嬉しそうな顔で振りかえった。

 「うん! お兄ちゃんがどうなのか気になったんだ。でも、元気そうだね」

 「ええ、もう大丈夫よ。でも、もうしばらくはじっと休んでなくちゃならないの。それなのに、古代君ったら、すぐ言うこと聞かないで逃げ出すのよ。だから私が見張ってるの」

 雪はニコリと笑って、ウインクした。進が困ったような顔で苦笑している。

 「ふうん…… そうか、お姉ちゃんが見張ってたら逃げられないの?」

 「ええ、そうよ!」

 雪が自信満々に答えると、少年はその瞳を大きく広げて、畏敬を込めた眼差しで見つめた。

 「ほんとに、お姉ちゃんって女なのに強くて恐いんだね」

 「えっ!?」

 半分冗談で言ったつもりだったのだが、少年に冗談が通じなかったと見て、雪は驚いて少年を見た。彼は、さも感心したような顔でこう言った。

 「だって、お兄ちゃんが言ってたから」

 「お、おいっ、こらっ! それは二人だけの……うぐっ」

 進が慌てて少年の腕を掴んでその言葉を止めようとしたが、逆にベッドまでつかつかと歩いてきた雪の手に、その口をふさがれてしまった。そして振りかえって再び少年に微笑みかけた。

 「古代君が何て言ったの?」

 「あ、あの……だから、お兄ちゃんがこの艦(ふね)の中で一番恐い人は、お姉ちゃんだって」

 少年は至極真面目が顔でそう答えた。少年にとっては、秘密にしておくよりも、本人に確認したくなるほど興味深い内容だったらしい。雪の後ろで進が頭を抱えた。

 「……あぁ〜ら、そう? 古代君がそう言ってたの? そう、ふうん」

 雪はゆっくりと振りかえって進をギロッと睨んだ。

 「あっ、いや…… それは、そのぉ……ちょっと冗談で……」

 進は、都合が悪くなって慌てて横になると、上掛けを顔の半分くらいまで掛けてしまった。雪はベッドに腰掛けると、そんな進の上掛けをぐいっとひっぱって胸元まで引き降ろし、進を睨みつけた。

 「そうよ! 私が一番恐いのよ! 古代君、よぉくわかっているじゃないの! 今度私の言うことを聞かなかったら只じゃ置かないわよ!」

 わざと強い口調で、進に命令する雪は、なかなか凄みがある。進は大人しく返事をした。

 「……は、はい……」

 少年は、その様子をぽかんとした顔で見ていた。彼の目には、本当に「男」の進が、「女」の雪を恐がっているように見える。だが本当は、進も雪も目が笑っていることには、彼は気付いていなかった。

 雪は再びそっと進に上掛けを掛けなおすと、立ち上がった。

 「さ、坊や、行きましょう。お兄ちゃんは、しばらくゆっくり休まないといけないのよ」

 「でも、見張りは?」

 「大丈夫よ。一番恐い私に睨まれたら、もう逃げ出したりしないでしょうから。そうよねっ、古代君っ」

 「はい、その通りで……」

 「ほらね」

 最後には進と雪は、二人ともくすくすと肩を震わせて笑った。少年が真剣な顔をすればするほどおかしいのだ。

 さっきまですごんでいた者とびくびくしていた者が、今度は笑いながら会話している。その姿を、少年は最後まで不思議そうな顔をして見ていたが、雪にもう一度促されて、部屋を後にした。
 自室に戻る雪が、その少年を誘った。

 「よかったら、一緒に部屋に来る? お菓子も少しあるのよ」

 少年は、少し迷っているように考え込んでいたが、しばらくして小さく頷いた。

 「……うん」

 (7)

 雪の後ろから部屋に入った少年は、きょろきょろと中を見まわした。雪はその子供らしい様子に安心すると、バッグの中から小さな缶を取り出し、ふたを開けて差し出した。その中には、カラフルな包み紙に包まれた菓子が詰められていた。

 「チョコレートっていう地球の甘いお菓子よ」

 差し出された缶を見て少年が怪訝な顔をすると、雪がくすりと笑った。

 「どうしてこんなもの持ってるのか?って顔してるわね。うふっ、たまにすごーく食べたくなるのよ。甘い物って疲れた時にいいのよ。食堂じゃ、あまり出て来ないしね。とっても美味しいのよ。遠慮しないでどうぞ」

 少年はじっと中身を見ていたが、雪が缶を目の前まで突き出して、もう一度「さあどうぞ」と言ったのをきっかけに、ゆっくりと手を伸ばした。
 ひとつ手にして上目遣いで見ると、雪がくすりと笑って「もっと取りなさいな」と勧めた。すると、再びおずおずと手を伸ばして、今度は三つほどわしづかみにした。

 「うふふ…… 子供はそうでなくちゃね。さ、食べてごらんさい。あなたの星にあるお菓子とは違うかもしれないけれど、結構いけるわよ」

 雪の微笑みと優しい物言いにつられるように、少年も微笑んだ。そして手元に取った包みを開けてチョコレートを口の中に放りこみ、口をもごもご動かして食べた。
 ひとつが喉を通ると、勢いがついたように黙ったまま次を口に入れる。あっという間に手に持っていた菓子はなくなってしまった。
 そして全部食べ終わると、小さな声でつぶやいた。

 「ありがとう、おいしいかった」

 「うふっ、よかった! 一度にあまりたくさん食べるのはよくないから、また今度あげるわね。何かお話しましょうか?」

 「ううん……いい。お姉ちゃん、したいことしてて」

 雪はお菓子で少年の心を少しでも溶かしたかったが、まだだめらしい。ただ、彼は部屋から出て行こうとはしなかった。

 「そう? じゃあ、私はちょっと荷物を整理するわ。乗艦してから、ばたばたしててまだ片付いてないのよ。あなたは、そこの椅子に座っててね」

 雪はデスクの椅子を少年に勧め、さりげなさを装うように、着替え類を入れたバッグの中身を整理し始めた。

 (8)

 少年は、勧められた椅子には座らず持たれかかったまま、雪の仕草をじっと見つめていた。雪も背中に視線を感じていたが、特に振り返ることもせず、彼の口が自分から開くのを待っていた。
 少年は、考え込むように視線を落としていたが、しばらくして意を決したように口を開いた。

 「なぜ、地球人は他人のために死ぬの?」

 「えっ?」

 予想していたのとは全く違う突拍子もない質問に、雪は驚いて手を止めた。少年の顔を見ると、真剣な眼差しをしている。彼は話を続けた。

 「駆逐艦がヤマトを守って、自分からミサイルに向かって行ったろう?」

 雪ははっとした。彼は今日の戦闘を見ていたのだ。数隻の駆逐艦がヤマトを守って撃沈したことを尋ねているのだ。ヤマトを助けるための駆逐艦の自己犠牲の姿が、少年には疑問に思えたらしい。

 「それはねえ……んー」雪が、ちょっと考えてから答える。「地球では他人の幸せのために尽くすのが、一番大切なことなのよ」

 どう言っていいか雪は迷った。なかなか簡単には説明しきれないことである。だが、少年に地球の人々の優しさを説明しようと、雪はそんな表現をした。
 それを聞いた少年は、再び考え込むように頭を垂れた。そして雪に背を向け、体を椅子の方にくるりと回した。

 「自分の幸せのためにはどんなことをしてもいいって、言うけどなぁ。ディンギルの人たちは……」

 この時、少年はヤマトに助けられて以来初めて、自分の星のことを口にした。雪は聞きなれない言葉に、顔色を変えて少年を見つめた。

 「ディンギル!?」

 (9)

 「あっ……」

 雪がその言葉に反応したことで、少年ははっとして振り返って、顔を曇らせた。母星の名を漏らしてしたことは、失言だと後悔しているようだ。

 「それが……あなたの星の名前なのね?」

 しかし、少年はそれには答えず、顔をこわばらせて再び雪に背を向けた。

 「あなたの星のこと、思い出すのはまだ辛いの? そうよね、あんなに辛い目にあったんですもの。でも、あなたのお名前だけでも教えてくれないかしら?」

 「…………」

 「それも、まだ言いたくない?」

 少年はこくりと頷いた。雪はふっとため息をつくと一、二歩少年に近づいた。

 「わかった。もう聞かないわ」

 「さっきのことも……誰にも内緒にして!」

 少年はくるっと振り返ると、切迫した顔で雪に訴えた。そして、また背を向ける。まだどうしても自分の星や自分のことを話したくないらしい。

 「いいわ、誰にも言わない。その代わり、私達のことを少し話させてね。私たちの名前は知ってるわよね? 私は森雪、怪我をして休んでいたお兄さんは、古代進って言うのよ」

 「知ってる……」

 少年は背を向けたままぽつりと答えた。その背中がとても寂しげで、雪は、少年の後ろに立つと、両手を彼の肩にそっと乗せた。少年がびくっとして顔をあげた。

 「みんな、あなたのことを心配しているのよ。それに古代君は、今のあなたみたいに、ご両親も家族もみんな亡くして一人ぼっちなの。だから、あなたの気持ちはとても良くわかってると思うわ。心配しないで何でも相談してもいいのよ。私も古代君も、あなたの幸せのために何かしたいのよ。古代君はあなたを……命がけで助けてくれたのよ」

 雪の言葉をじっと聞いていた少年は、それでもうつむいたまま動かなかった。

 「ね、じゃあ。あなたが聞きたいことは他にはない? 地球人のことや、私たちのこと…… どんなことでもいいのよ」

 (10)

 少年は長い間考え込むようにうつむいていたが、やっと顔をあげて振り返った。雪はその行為を受け止めるように、にこりと微笑んだ。

 「なんでもいいわよ」

 少年は少し言いにくそうに、もじもじしていたが、雪の笑みに安心したのか、やっと話し始めた。

 「お兄ちゃんとお姉さんって……どういう関係?」

 「えっ? あっ、と……それは……」

 雪の顔がポッと赤くなった。また予想外の質問が飛び出して、なんて答えていいかすぐに頭に浮かばなかった。しかし、少年の顔にはからかいとかそう言うものはなかった。言葉に詰まっている雪を見ながら、真面目な顔で話を続けた。

 「お兄ちゃんが怪我をして帰って来た時、お姉ちゃん泣いてただろう? ふらって倒れそうになるくらい……心配してただろ? だから、恋人なのかな?って思ったんだ」

 「えっ!?」

 「恋人」と言う指摘に、雪はドキリとした。そう言えば、あの場所にも彼は来ていたのだったと、雪は思い出した。子供とは言え侮れない。二人の様子をちゃんと見ているのだ。

 「なのに、さっきはお兄ちゃんは一番恐いのがお姉ちゃんだって言ったりして、それに本当に恐がってた…… そうかと思ったら、すぐ二人とも笑いだしたりして……」

 少年が首を傾げて、なんとも言えない顔をした。彼は、ただのちょっとした冗談を冗談に取ってなかったらしい。そんなところはやっぱりまだ子供なのだと思うと、雪はやっと余裕が出てきた。

 「あ、あれね…… うふっ、不思議?」

 雪は、恋人達のほんのお遊びの会話が理解できないらしい彼の子供らしさに好感を持った。しかし、少年が口にしたのは、意外なことだった。

 (11)

 少年が、恐い顔で雪を見た。

 「男が女を恐がるなんて変だよ。信じられない…… だって、男の方が強いんだから。力でだって、頭脳でだって…… 女と子供は、男に絶対服従するものだよ。絶対に口答えなんかしないよ。そんなことしたら、殺されても文句は言えないよ」

 彼の真剣な眼差しが雪を射した。彼の母星の人々の様子が推し量れる発言だった。

 「まぁっ! あなたの星では……そうなの? あなたのお父さんとお母さんはそうだったの?」

 「お父さんは、いつも命令してたし、お母さんはそれには必ず従っていた。お父さんは、いつも女子供や老人なんていう弱いものは、強いものに従っていればいいんだって言ってた。そうでなければ、弱いものはいつでも切り捨てられるんだって…… お父さんは、子供には興味がなかった。だから大人になって強くなったら、僕もお父さんから認められるんだって思っていた……」

 実際に彼の兄がそうだった。子供の頃は、少年とともに遊び、父にただ従っているだけの大人しい人間だったが、成人すると同時に、兄も冷酷なディンギル男性に変貌していった。

 雪は、そんな少年の告白に驚いた。彼の母星ディンギルの社会は、数百年前の地球に似て、男性上位主義の歪んだ社会構造だったらしい。
 その上、極端な利己主義に走っているように思えた。弱いものは切り捨ててもいいなどと、息子の前で断言する父親など、雪は見たことがない。そんな社会や家庭を想像すると、情けなさで雪の目が潤んできた。

 「そんなこと……悲しいわ」

 「悲しい?そうなのかな? 僕にはよくわからない。僕は、今までそういうもんだと思ってた。僕の星では強いものだけが生き残れるんだ。だから、僕たちも……」

 少し躊躇するように、少年は言葉を詰まらせたが、

 「星に置き去りに……されたんだ…… 僕達は弱いから、それは仕方ないんだって……思ってた」

 少年の目もだんだんと潤み始めた。

 水没したディンギルと言う星には、やはり進が想像した通り生き残りがいるらしい。星の危機を事前に察知していた者がいたのだろう。ただ、何らかの理由でそれを知るのが遅すぎ、全人類脱出のための時間がなかった。
 だから、自分の幸せのために手段を選ばない強いディンギル人だけが、この少年達のような弱者を見捨てて飛び立って行ったのだ。

 雪は泣いている少年を見ながらそう思った。

 「ひどいわ……」

 少年は、雪の同情に満ちた視線を感じた。じっと雪を見上げる。雪の目にも涙が光る。ひどく傷ついているのではと思い、少年を抱きしめようと雪は両手を差し出した。
 しかし少年は、はっとしたように再び顔をこわばらせ、雪の腕をすり抜けて、部屋から駆け出して行った。

 「あっ、待って!」

 雪の声は、ドアが閉まる音にかき消された。

 (12)

 雪に優しくされればされるほど、地球の人々の話を聞くほど、少年の心は重くなっていた。そして、雪が自分を思い抱きしめようとしてくれた時、少年は居たたまれなくなって部屋を飛び出してしまったのだ。

 (僕の星の生き残りが……地球を滅ぼそうとしているんだ! それも、たぶん……指揮をしているのは……)

 廊下を走りながら、少年はあの尊大な父の姿を思い出した。

 (お父さんが……やってるんだ! 僕のお父さんは、地球の敵なんだ。だから地球の人は、僕のために何かすることなんかないんだ!!)

 ヤマトに助けられて以来、大勢の優しい地球の人々に触れて、少年の心はどんどん地球人に惹かれていった。今日の出来事も、雪の話も、少年にとっては大きなカルチャーショックだった。

 (そんな優しい人達を……お父さんは、滅ぼそうとしている!!)

 少年は、自分がこれからどうすればいいのか、全くわからなかった。自分の身を守るため、名前も何も話さなかった。話せばすぐに殺されるかもしれないという不安もあった。
 だが、彼らの話を聞いているうちに、地球の人は、少なくともこの艦(ふね)に乗っている人達は、自分の出自を知ったとしても、受け入れてくれるような気がしてきた。

 (でも、僕はどうしたらいいの! どうしたら……)

 父が地球を攻めているのは間違いない。好きになりかけている地球人と血を分けた父の星の間で、少年は迷走していた。
 だから、ただ走った。どうしていいか分からず闇雲に走り、そして廊下の角を曲がった。
 その時、ドスン!という大きな音がして、少年は柔らかい壁にぶち当たった。

 「おっと!! 危ないぞ、坊主」

 少年が顔をあげると、そこには密航した時逃げて行った第一艦橋に、進と一緒にいたあの青年が、苦笑しながら立っていた。島大介だ。

 (13)

 島は、部屋で一人悶々としているのが嫌になって、少し気ばらしでもしようと部屋を出たところだった。驚いて見上げる少年の頭を、島はごしごしとなでた。

 「どうした? 泣いてるのか? 男は簡単に泣くもんじゃないぞ。寂しくなったのか?」

 しかし、少年は、島の顔を見て慌てて一歩後ろに飛びのいき、不安そうな顔で、じりじりと後ずさりした。
 すると、島は今度はしゃがみ込んで少年と目の高さを合わせた。

 「逃げなくてもいい。俺にも君と同じくらいの弟がいるんだ。だから、結構話せるぞ」

 島の「弟がいる」の言葉に、少年の拒否反応が弱くなり、少し安心したような顔になった。

 少年にも兄がいた。少年が物心付いたばかりの頃は、よく一緒に遊んでくれたものだった。小さい頃は優しかった兄。
 しかし、成人し武将として父の元に行くことになった兄は、もう昔の兄でなくなっていた。その時、少年はもう二度と兄に遊んでもらうことがないことを、実感した。

 「弟ってどんな子?」

 おずおずと少年が尋ねた。自分と同じ年頃の地球の少年のことが、無性に知りたくなったのだ。地球の少年達はどんなことをしてどんな風に考えているのかを知りたかった。そうすれば、今の自分がやるべきことがわかるような気がした。

 「よし、写真を見せてやろう。俺の部屋へ来ないか?」

 島はくいっと後方のドアを指差した。少年は「うん」と頷くと、島に続いて廊下を歩き始めた。

 (14)

 部屋に入ると、島はさっそく壁の写真を指差した。少年より少し年下かと思われる写真の男の子は、とても嬉しそうな顔で笑っていた。
 島は、その写真を見ながら言った。

 「次郎って言うんだ。サッカーが好きで…… あ、サッカーって言うのは、地球のスポーツで、11人ずつでチームを組んで、ボールを蹴ってゴールにいれて点数を競い合う競技なんだよ。ほら、この抱えてるのが、そのボールなんだ」

 「ふうん……」

 少年はめずらしそうに、写真の顔と腕に抱えているボールを見つめた。その隣に立って、島は説明を続けた。

 「プロのサッカー選手になるのが、次郎の夢なんだ」

 「夢……」

 少年が、ひとこと寂しそうにつぶやいた。島は、はっと思い当たって、慌ててわびた。

 「すまない……君は大変な目にあって、夢どころじゃないよな。けど、このままだと地球や次郎も、君達と同じ運命が待っているんだ。だが、俺は絶対にそんなことはさせない。必ずあのアクエリアスのワープを止めて、地球を救ってみせるさ。こいつの夢が叶えられるようにね」

 「次郎のこと、大好きなんだね? 大人になってからも気持ちは変わらないの?」

 (大人になってからも……?)

 島は、なぜそんなことを聞くのか少年の質問の意図を理解しかねたが、答えは明白である。だから、すぐに答えた。

 「もちろんだよ。たった一人の弟だからな。最近ちょっと生意気になったけど、元気が良くて、いつも兄貴を心配してくれる心の優しいヤツなんだ。次郎は、いつまでもかわいい弟さ」

 「そう……なんだ…… 地球では、兄弟はいつまでも仲良しなんだ……」

 少年が寂しげに微笑む。

 「えっ? 地球ではって、君の星では違ったのかい?」

 しかし、少年はそれには答えようとはしなかった。少年が、自分のことは余り話したがらないと聞いていた島は、これ以上質問するのを止めて、自分と弟のエピソードをいくつか話して聞かせた。
 少年は、熱心にそれを聞いていたが、30分ほどして話が途切れたのをきっかけに、立ち上がった。

 「ありがとう。もう帰るよ」

 「そうか。まだ星のことを思い出すのは辛いだろうけど、頑張れよ。この戦いが終わったら、きっと仲間を探してやる。なんとか逃げ出せた仲間が、きっとどこかにいるはずだから」

 島が懸命に励ましてくれた。少年は黙って頷いた。しかし、少年は知っているのだ。母星から逃げ出した仲間がどこにいるのかも、そして今、何をしようとしているのかも……

 「それに、いつか次郎に会ってやってくれ。きっといい友達になれるぞ」

 「うん……じゃあ」

 少年は力なく微笑むと、部屋を出ようとした。その姿がなぜか頼りなげで、心配になった島は、佐渡先生のところまで送ってやると、再び連れだって部屋を出た。

 今日一日の出来事が、少年の心の中に浮かんできた。戦闘中の出来事、進の事故、その後の進と雪の姿、二人の自分に向けてくれる優しい思い、そして今の島の温かさ。

 ――地球では他人の幸せのために尽くすのが、一番大切なことなのよ――

 そう言った雪の言葉が、頭の中に蘇ってくる。そして少年の心に、あるひとつの考えがまとまりつつあった。

 (この戦いを止めさせなくちゃだめなんだ。地球をディンギルと同じ運命になんてできない…… お父さんを……止めないと……)

 (15)

 二人が並んで医務室に入ると、すぐに心配そうな顔をした雪と鉢合わせになった。後ろには、佐渡やアナライザーもいた。

 「あっ! 坊や!! どこに行ってたの?」

 「アッ、島サント 一緒ダッタンデスカ? ヨカッタ、ヨカッタ」

 雪が嬉しそうに微笑み、佐渡とアナライザーも喜んだ。この少年を探していたようだ。

 「えっ? 探してたのか、雪? それはすまなかった。俺の部屋で少し話してたんだ」

 「あ、そうだったの……よかったわ。外へ出るわけはないと思っていたから、きっと帰ってくるとは思っていたんだけれど…… でも、安心したわ。坊や、疲れたでしょう? さあ、もう寝た方がいいわ」

 「うん」

 少年はその言葉に素直に従った。佐渡が少年の肩を抱いて部屋に入ってしまうと、島と雪は二人してふうっと大きなため息を吐いた。

 「本当に悪かったな、雪。次郎のことを思い出して、少し話をしたくなってね」

 「ううん、いいのよ。さっき地球の話を少ししてたら、なんだかすごくショックを受けたみたいで…… でも、島君と話して元気になったみたい」

 「そうだといいがなぁ」

 「ええ……」

 少年の消えたドアの方を眺めながら、二人は微笑み合った。

 (16)

 と、ふと島が思い出したように尋ねた。

 「あっ、それより、古代はどうなんだ? 徳川達が説明に来てくれて、大丈夫だとは聞いたけどね。しっかし…… くくっ、またアツアツだったらしいな」

 島がぱちんとウインクをした。徳川達が色んな演出をつけて彼らに話したことは間違いなかった。雪の頬が一気に染まった。

 「ま、やぁねっ! うふふ…… ええ、古代君は元気よ。普通にしてれば、なんともないんだけど、次の戦闘のことを考えるとね。今はゆっくり休んでおいたほうがいいって…… 佐渡先生から、2日間の入院命令がでたのよ」

 「あははは……そうか、それはよかった。けど、あいつ大人しくしてるんだろうなぁ?」

 いつものことだが、じっとしていないのには、定評のある進である。島は、苦笑しながら言った。

 「うふっ、私が24時間体制で見張ってることになってるの。艦長命令よ」

 「24時間……ねぇ……」

 島は横目でチラリと雪を見ながら、意味深に囁いた。

 「もうっ、だからぁ。そういう意味じゃなくって…… ん、もうっ!」

 「あっははは…… とにかく、だ。雪に睨まれてんなら、あいつも今度ばかりは静かにしてるだろう」

 「ええ、そう願いたいわ」

 「そうだよ、雪も怒れよ。いい加減にあいつもわかってもいいなずなのに……」

 「そう言わないで…… 彼だって必死なんですもの。それに、それが古代進なんですものね。そうでしょう?島君」

 雪の微笑が、島にはとても寂しそうに見えた。

 (そう、それが古代進だ。雪の言った通りだ。しかし……)

 島の心の中に、さっきの部屋での思いが一気に噴出してきた。

 「雪……」

 「私はね、島君。いつでもどんな時でも、彼について行こうって決めてるの。だから、戦いのなかでだって、彼と一緒にいられるのが、一番幸せ……」

 伏目がちになる雪の瞳は揺れていた。今までの、そしてこれからの辛い戦いのことが、頭の中で去就するのだろうか。口では幸せと言いながらも、本音のところでは、なにかしら不安を感じているのだ。
 長年の仲間であり、進の親友である島の前で、思わず気が緩んだのだろう。そんな雪の姿がとても痛々しかった。

 「幸せ…… 本当に幸せなのかい、君は?」

 「島君……?」

 雪が顔をあげ、島を見上げた。美しくきれいにカールした睫毛が、ぱちぱちと二度ほど上下した。

 「俺は……」

 「??」

 「俺は、君には一番に幸せになってもらいたいんだ。あいつには、なんとしてでも…… 俺は……」

 ――君のことが、好きだったから……

 島は、そう続けようとしたが、どうしても言葉が出なかった。何か言いたそうな島の言葉を、雪は黙って待っていたが、とうとう島は、その思いを告げることが出来なかった。言葉を飲み込んだのを見透かされないための理由付けに、慌てて時計を覗いた。

 「あ、ああ、もうこんな時間だ。もう寝なくちゃ。次の戦いのためになっ」

 「あっ、ああ……そうね。私もちょっと古代君の様子を見てみないと…… じゃあ、ありがとう島君。おやすみなさい」

 雪も、あえてその続きを問いたださなかった。何か、聞いてはいけないものがあるようで。進と二人の幸せを彼が常に望んでいることは良く知っていた。それは、自分達への深い友情のためだと思っていた。
 だが、雪には、今日の彼の瞳に映ったものが、それとは違う光があったように思えた。それとも……ただの気のせいだったのかもしれない。

 「おやすみ……」

 島はそれだけを言うと、医務室を出ていった。

 (17)

 進の部屋に行った雪は、進に少年とのやり取りを話してきかせた。進はちょっと考えるような仕草をしていたが、すぐにこう言った。

 「あの子のことは、この戦いが終わったら、ゆっくり考えてやろう。まずは、地球を救うことだ。地球をあの子の星と同じ運命にするわけにはいかないからな」

 「ええ、そうね」

 雪は、小さく頷いた。そして、もうひとつ、さっき引っかかった島の態度のことも話そうか迷ったが、結局話すのはやめた。今の進は、休養が第一である。彼の負担になるような話は、すべきではないと思ったのだ。

 おやすみのキスをすると、雪は病室を後にした。部屋に一人残った進は、さっきの雪の話を思い出していた。

 (あの少年の星……ディンギル…… 強いものだけが生き残り、弱いものを切り捨てる社会。そして、あの子たちを見捨てて立ち去った人々がいた? ということは……!
 ヤマトが、例の謎の戦艦に攻撃されたのは、ディンギルを出てまもなくだった。もし、あれがディンギルから逃げ出した艦だったとしたら……!? 母星を失ったディンギル人が、新しい星を手に入れようと、アクエリアスを操作しているとしたら……!
 あの少年の同朋と言うのは、俺達の敵のことなのか!?
 まさか…………)

 進は、自分の想像が突拍子もない間違いであることを、心から願っていた。

Chapter4 終了

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