命、繋いで
−Chapter 6−
(1)
ヤマトは、計測通りのワープをこなし、アクエリアスに着水した。そして幻影のように現れたクイーン・オブ・アクエリアスから、回遊水惑星アクエリアスの秘密と、敵の正体―ディンギル―のことを初めて聞かされた。
アクエリアスは、星々に恵みと、そして試練を与える星。そのアクエリアスを利用しようとしているのが、地球から遠い昔に宇宙へ旅立った人類の子孫が暮らしていた星、ディンギルだった。
アクエリアスの話を聞き、呆然とたたずむ第一艦橋のクルーの中で、進の顔はどんどん険しくなっていった。
(あの星が……ディンギル。なんという皮肉……)
ディンギル――その名を聞いて雪の顔色が変わった。進が雪を通してあの少年の故郷の星として聞いていた名前だ。進たちが大洪水から住民を助け出そうとした星、あの少年の故郷の星。それが、やはり地球を攻めている張本人だったのだ。
(あの子は、この話を聞いたのかしら。もし聞いていたら、ショックを受けているに違いないわ……)
だが、今は進にも雪にも、彼の様子をうかがいに行く時間はなかった。ヤマトが今成さねばならないのは、一刻も早くアクエリアスのワープを止めることなのだ。
この星には敵はいないとアクエリアスが言った通り、先行して発進していたコスモタイガー隊から敵基地及びワープシステムの存在がないことを知らせる通信が入った。
しかしそれと同時に、敵艦載機発見の一報が入り、さらには、後方から敵艦隊が攻撃してきたことを、雪がレーダーで突き止めた。
「全艦戦闘体制に入れ! 全艦戦闘配備!」
進の声が、マイクを通して艦内に響き渡った。そして、ついに太田が、敵の巨大要塞をアクエリアスの裏側に発見するに至った。
(そこにワープシステムがあるのか!)
これで目指す敵の拠点がはっきりした。後は、そのワープシステムを止めるだけだ。ちょうどそこに、作戦会議の後、席をはずしたままだった真田が飛び込んできて、沖田の前に立った。
「ハイパー放射ミサイル防御装置が完成しました!!」
ぎりぎりのところで、間に合ったようだ。テストなどしている暇はない!という真田の叫びを聞きつつ、ヤマトは発進した。
真田の防御システムは、完璧だった。ヤマトは、ハイパー放射ミサイルをみごと粉砕した。これで敵と互角に戦えるはずだ。
しかし、敵との戦闘を進めながら、進は考えていた。
出来得るならば、ディンギルと最後まで戦いたくはない。あの少年の故郷の星だとするならば、なおさらである。まず、ワープシステムを止め、その後に、彼らの移住を受け入れる方向で、和平交渉をすべきだと。
だが今は、その具体策を考える暇も、艦長に進言する時間もなかった。
(まずは、ワープシステムを止めることが先決だ!)
進は今はただ、戦闘に集中することだけを考えるようにした。
(2)
医務室では、佐渡と一緒に例の少年が、あのアクエリアスの話を聞き入っていた。佐渡は地球で見つけた石片に書かれていたことが事実だったことを、今の話で知った。
そこで一つの疑問に当たった。なぜ、ディンギルという星が、地球を水没させようとしているのか? もしやそれは……
はっとして、少年の顔を見た。案の定、少年は非常に険しい顔をしている。その唇は震え、瞳は揺れているのが、佐渡にもはっきりと見て取れた。
(やはり、そうじゃったのか…… あの古代達が助けようとした星、この少年の故郷が、ディンギルと言うわけか?)
「ぼうず……」
佐渡が声をかけると、少年はびくっとし、恐ろしいものでも見るように、おびえた目で佐渡を見ると、ずりずりと後ずさりした。
彼も自分の星が地球を攻撃していることに気付いたのだ。敵の人間だということがばれれば、自分の身に危険が迫ると思っているのかもしれないと、佐渡は思った。
そこで、佐渡は少年を安心させるように、笑みを浮かべた。
「大丈夫じゃよ、なにもせんよ。わしとお前さんは、もう友達じゃろ? 違うか?」
少年は無言で佐渡を見上げた。佐渡の小さな優しい瞳が、少年の瞳に映った。
「ディンギルちゅうのが、お前さんの星なんじゃろ? それで驚いているんじゃろう?」
「!!」
少年は、佐渡が全てに気付いた事を知った。もう、逃れられない……と思った。
「前から……わかってたんだ。僕の星が地球を攻撃していることは。でも、言うのが恐かったんだよ。だって僕は地球の敵の人間なんだよ! ぼくは……ぼくは……」
佐渡は、目を潤ませて涙が今にもこぼれそうになる少年を、そっと抱き寄せて、その背中をトントンと数回軽く叩いた。
「心配はいらんぞぉ。地球もヤマトも戦いを望んではおらんよ。ワープシステムを止めさえすれば、きっと戦いは終わる」
少年の瞳に、さっと明るい光がよみがえり、すがるような目で佐渡を見つめた。
「ほんと? 本当に、ディンギルの攻撃を止めさせられるの? ディンギルは母星を失って必死になってるんだ。地球を、地球人を滅ぼして、そこに住むつもりなんだよ! ディンギルの人なら、そんなことちっとも悪いことだと思ってないんだよ!」
少年は、必死に訴える。
確かに母星を失った彼らは、どんなことをしてでも住まう星が必要なのだろう。ならば……一緒に暮らせばよいのだ。元々は、地球から旅立った人類の仲間ではないか。佐渡はそう思った。
「地球に住めばええじゃろう。今、地球も度重なる異星との戦いで、人口は激減しておる。移住を希望する異星人がおれば、きっと受け入れられるはずじゃ。ディンギルの指導者に、そう伝えることができれば……」
「戦いは……終わる?」
「わしはそう思うがな。古代も雪も、それから沖田艦長もそれを望むはずじゃよ」
「お兄ちゃん達も…… そう……わかった」
少年は決意したように、目をきっと光らせた。
その時、ドン!と大きな音がして、突然ヤマトが動き始めた。進の「全艦戦闘配備!」と言う声が、マイクから聞こえてきた。再び、ディンギルが戦いをしかけてきたらしい。
佐渡は慌てて、医務室へ向かうべく立ち上がった。部屋を出ようと扉のところまで来た時、足を止めて振り返った。
「ぼうず! お前さんは、そこに隠れとるんじゃぞ、いいな! 古代達は必ずワープシステムを止めて、ディンギルとの和平を申し出てくれるはずじゃ。心配するんじゃないぞ」
佐渡はそれだけを言い捨てて、部屋から駆け出して行った。
(本当に地球とディンギルは一緒に暮らすことができるんだろうか? あのお父さんがそんなことを受け入れるだろうか? でも、そうなって欲しい。そうならないと、僕は…… そのために? そうだ!やっぱり僕が行ってお父さんを説得しよう!
お父さんは、地球の人と話なんかしっこない。でも、お父さんだって、僕の話を聞いたら、きっとわかってくれる! だって……だって、僕のお父さんなんだから)
揺れる部屋の端っこで壁につかまりながら、少年は窓から外の戦闘の様子をじっと見ていた。
(3)
ヤマトは、波動砲で敵艦隊を退けた後、敵の本拠地を目指した。ニュートリノビーム砲の攻撃を、波動砲の反動によるエネルギーのリークによって辛くも逃れ、その勢いのまま、敵都市衛星ウルクへの強行着陸を敢行した。
激しい衝撃に耐えながら、少年が窓の外を見ると、そこは見たことのある風景だった。
「ここは……あの……ウルク!?」
彼は、この都市衛星に以前一度だけ来たことがあった。
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あれはほんの半年ほど前のことだった。ずっと遠征に出ていた父が、珍しく兄を伴って、少年と母の元を訪れた。
「息子よ、ついてまいれ」
父親は、感情のない声で、それだけを言うと、少年を連れてこの都市衛星ウルクにやってきたのだ。父はこの都市衛星を、次々と案内し説明した。兄には理解できることなのだろうが、少年には半分も理解できない難しい話だった。だが、父はそれ以上噛み砕いて話そうともしなかった。少年も聞かない。父に質問は無用なのだ。
そして、最後に来たのが、都市の中心部を成す神殿への入口だった。
「あの神殿は、我がディンギルの守り神のおわすところだ。そしてあそこでは、都市衛星の全ての機能を操作することができる。あそこへは我が一族の男子と、私が特に認めたものだけしか入れぬ。
そして、今日、お前にもその鍵を授ける。お前はまだ子供で弱い。しかし、我が息子として、いつか兄とともに、このディンギルを統べる立場にあるのだ。その証を、今授けよう。
明日から、お前は大人の男になるために必要な修行を始めよ。そして、それが全て身についたとき、お前も兄と同じく、ディンギルの将軍となるのだ」
その日から、少年にとって大人への階段の第1歩を踏み出したのである。翌日から、少年は、父がよこした家庭教師や武道の教授達について、様々な帝王学を学び始めた。
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その時にもらった鍵は、今手元にあった。肌身離さず持つようにと言われ、母がペンダントのように鎖に通して、少年の首にかけてくれたのだ。少年にとっては、たった一つの父と母の思い出の品だった。
「お父さんは、あそこにいるんだろうか……?」
窓から、その神殿の方を見た。激しい戦闘の音が響き、その度にヤマトが揺れた。少年は立ち上がった。
「お父さんを探しに行こう」
彼は、ヤマトの外に出てみることにした。佐渡の部屋からそっと医務室を覗いて見ると、佐渡や看護師が忙しそうに動き回っている。小さな子供の行動など目に入る状況ではなかった。
少年は、彼らの目を盗んで、そっと医務室を通りぬけた。
(4)
第一艦橋では、進の指示で、主砲によってワープ光線発射棟に向かって集中攻撃していた。そこに、敵の艦載機が飛来してきた。それをパルスレーザーで応戦しつつ、さらに主砲発射に力を注いだ。
しかし、敵の攻撃も執拗で、ヤマトの砲塔はどんどん沈黙し始めた。それに追い討ちをかけるように、今度は敵は白兵戦をしかけて来たのだ。地上からは、ロボットホース部隊が迫り、そして空から一人乗りの攻撃円盤が、多数飛来してきた。
「艦長!! このまま敵に艦内に潜入されたりしたら、大変なことになります! 戦闘班を集めて、甲板で迎え撃ち、艦内侵入を阻止します!!」
進が叫んだ。沖田が頷く。それを受けて、進がマイクに向かった。
「戦闘班に告ぐ。敵との白兵戦のため、最低限の砲塔要員を除いて、全員甲板に集合せよ。よし!南部行くぞ!」
南部が「おう!」と叫んで立ち上がった。すると、島と太田、そして相原も立ち上がった。
「俺も行くぞ! ヤマトは今操縦の必要がないからな」 「俺も行きます!! 一人でも多い方がいいですからね!」 「僕もです!」
「島、太田、相原…… 白兵戦だぞ。命の保証はないんだ」
「馬鹿やろう、そんなこと言ってる場合か!」
島が、進の肩をバンと叩いて笑った。太田も相原もコクンと頷いて、進をじっと見ている。思いは皆同じなのだ。
「わかった。頼む」
二人は頷きあうと、5人揃って駆け出した。
進と島が、並んで2,3歩駆け出したところで、島がひじで進のわき腹をつついた。「ん?」と島の顔を見ると、ニヤッと笑って、左手の方を横目で見た。進がその方向に顔を向けると、雪が心配そうな顔で見つめていた。
「あ…… 行ってくるよ、雪。後を頼む」
進は、しっかりと雪を見すえてそう言った。短い言葉だが、雪には十分だった。彼の思いが伝わってくる。雪はそれに答えようと、なんとか笑顔を作った。
「はい。気をつけて、みんな。必ず無事に戻ってきて……」
それに、進がコクンと頷き「わかった」と言った。他の4人も頷き、5人は第一艦橋を後にした。
(5)
甲板に出た進たちは、数人ずつに分かれて、出入り口を中心に守備を固めた。進と島、そして加藤がメインブリッジに最も近い場所を受け持った。
「よしっ! 行くぞ!!」
進の掛け声とともに、3人は敵を迎え撃つべく飛び出した。地上からは、ロボットホースが、そして上空からは攻撃円盤が攻撃を仕掛けてくるが、それを巧みによけながら応戦した。
その中にひときわ目立つ白い大きなロボットホースを操る将軍がいた。ルガール大総統、少年の父であった。最も巧みにロボットホースを操り、ヤマトの歩兵達を次々と撃ち抜いていった。
少年が甲板に出ると、眼下は地獄絵だった。敵対する二つの星の兵達が発射するレーザーガンが花火のように光り、手榴弾があちこちで爆発している。そして、さらに彼を驚かせたのは、その中で悠然と敵の攻撃を避けながら、レーザーショットを撃ち続けている父の姿だった。
「ああ……!!」
やめてっ! そう叫びたかったが、今ここで叫んだとてとても聞こえるはずがない。ましてや、この戦火の中、子供が飛び出して行くなど出来ようはずがなかった。呆然と見つめている少年の目の前で、今度は、父とそして命の恩人であり、心を通わせた兄のような存在の進が、撃ち合いを始めた。
「!!……」
あまりの衝撃に、体が動かない少年の前で、二人の攻防はしばらく続いた。だが、互角の腕の二人の攻防はどちらも傷つかないまま、父は去って行った。
(よかった……)
とりあえずは、二人とも無事にすんだらしい。父の姿も進の姿も少年の視界から見えなくなった。それとともに、白兵戦の攻防は、少年のいる場所から若干遠ざかっていった。
(どうしよう…… このままじゃ、あの神殿まで行けない)
少年が、ヤマトの周辺を見まわした時、ちょうどヤマトのすぐ下に、内部への入口を発見した。
(あそこからウルクの内部に入れるかもしれない。よしっ!)
少年は、まだ攻撃が続く中をかいくぐるようにして、ヤマトの甲板を走り、階段を降りていった。そして、ウルクに降り立つと、必死になって走った。幸い、戦闘の中心からは離れたようで、しばらく走ると、周りには、誰もいなくなった。それでも少年は、ヤマトの上から見つけた入口に向かって走り続けた。
まもなく入口に到着した。ヤマト不時着の衝撃で、あたりはあちこちに煙が上がっていたが、入口周辺は幸いにも損傷は少なかった。
少年は、その入口から、ウルク内部に入った。内部にも誰もいない。人の気配はなかった。おそらくヤマトが不時着した関係で避難したか、戦闘のために駆り出されているのだろう。
少年は、神殿のある方向にひたすら走った。しばらく走っていると、見たことのある場所にやってきた。
(確か…… ここはお父さんたちと来たことがある。そうだ! この通路を通って行けば、神殿のすぐ近くに出られるはずだ!)
少年が見つけた通路は、神殿へつながる地下通路だった。
途中何ヶ所かゲートがあってドアが閉められていたが、少年は慌てなかった。以前来た時に父がしていたように、貰った例の鍵をゲートのチェック位置にセットした。すると、ゲートは自動的にオープンし、通行が可能になった。
少年が父の大総統から与えられた一見すると円盤状の小さな飾りにも見える鍵は、ウルクの全扉に対応するマルチキーだった。
少年は、走りに走って、ついに神殿のすぐ前までやってきた。上を見上げると、長い階段が神殿へとつながっている。そこにも、人の気配はなかった。
(よしっ、行くんだ! お父さんは、きっとここに帰ってくるはずだ!)
少年は、荒いだ息を整えるように大きく深呼吸をすると、その階段を駆け上がった。
その少し前、20回目のワープ光線発射を間近にして、ヤマトへの攻撃を中断して戻ってきたルガール大総統が、既にその神殿に入っていったことを、少年はまだ知らなかった。
(6)
少し時間が遡るが、進がルガールの姿を発見して―その時は、まだルガールだとは認識していなかったが―持ち場を変えた後も、島は、その場で迎撃を続けていた。右から左から、そして上からの攻撃を必死になってかわしていた島が、左手のロボットホースの敵を打ち落として振り返った時、上空から攻撃円盤が、レーザービームを発射した。
「ううっ!!」
突然の攻撃によけきれず、わき腹に焼けるような痛みが走った。敵のレーザービームが、右のわき腹を貫通したのだ。しかし、島はその痛みに耐えながら、攻撃してきた上空の円盤を撃ち返した。それは命中し、円盤は燃えながら落ちていった。
ホッと安心するとともに、急激に痛みが広がってくる。手をあてると、ぬるりとした感触がする。心臓の鼓動も激しくなり、その鼓動に併せるように、どくどくとそのぬめりが広がっていくよう(な気がする。そして島は、とうとう痛みに耐えかねて膝をついてしまった。
「あうっ……」
(くそっ、これしきの傷で負けてたまるか! まだ、敵は去っていないんだ!!)
自分を鼓舞するように、心の中で激しく叱咤激励する島のところに、ちょうど進が戻ってきた。今は、進に余計な心配をさせたくない。島は、無意識に自分の傷を進から見えないように隠した。
それが功を奏したのか、進は島の様子の変化にまったく気付かなかった。それを気にするだけの余裕がなかったとも言える。なぜなら、まもなく20回目のワープの時間になるはずなのだ。それまでに、なんとしてでもワープシステムを破壊しなければ、地球は破滅するのだ。彼の頭の中はそれで一杯だった。
進は、膝をついている島をちらりと見て、すぐに背を向けると、敵の様子を伺いながら早口で言った。
「島! このままじゃ時間がなくなる。俺はコスモゼロで攻撃を防ぐ。その間に、なんとか艦を持ち上げ、コスモタイガーを発進させてくれ」
「……わかった」
苦しい息の中でも、それを悟られないようにできるだけ普通を装って答える島の答えに、進は何の疑問も持たなかった。あたりを再度見まわすと、島の後ろからやってきた加藤に命令した。
「加藤、コスモタイガー隊を集めて待機だ!」
「了解!!」
加藤が歯切れのいい返答をして振り返って行く。彼も目の前の任務のことで頭が一杯で、すぐ前にうずくまっている島が負傷しているとは、思いもしないのだ。
そして同時に、進もコスモゼロに向かって走り出した。
そんな二人を見送って、島はゆっくりと立ち上がった。
(今は、誰にも頼れない。みんな必死なんだ。俺も自分の役割を果たすまでは……!! たとえ死んでも、俺は任務を果たすんだ……)
傷を抑えるように隠しながら、島は艦内に戻ると、第一艦橋へ戻った。
一方、進はコスモゼロに向かって走った。途中で太田を見つけ、指示を出す。
「太田!俺はこれからコスモゼロで発進する。至急第一艦橋に戻って、アクエリアスのワープまでの正確な時間を知らせてくれ!」
「了解!!」
太田は、はじけるように身を翻して第一艦橋に走っていった。必ず時間内にワープを止める! コスモゼロに向かって進の脳裏には、この命題だけが大きく広がっていた。
(7)
島が第一艦橋に戻ると、艦長、真田、雪に加え、先に戻っていた太田も、自分の任務を必死に行っている。島が入ってきたのには気付いたものの、顔色にまで気を配れる者はいなかった。
島も痛みに耐えながら息を整え、出来得る限り普段通りに歩いた。その甲斐あって、結局島は誰にも気づかれることなく、操縦席に腰を下ろした。
「コスモタイガー発進口、オープン!!」
機関室で復唱し操作するものの、ヤマトがウルクにめり込んでいるため、発進口は開かなかった。
「だめです!! 艦底がどんどんめり込むだけです!!」
と言う悲鳴にも近い徳川の声が第一艦橋に響き渡った。と同じに、
「アクエリアス、20回目のワープまであと3分!!」
太田が、悲痛な声で叫んだ。島は窓から見える真っ赤になったアクエリアスにチラリと目を向けた。太田の声は、同時に進の耳にも入っているはずである。コスモタイガー隊が発進できなければ、進は一人で奮戦しなければならない。
(何とかしなければ!! 早くしないとアクエリアスがワープしてしまう! 古代が一人で頑張っているんだ! そうだ!)
島は、思いついた作業をすぐに始めた。
「あっ、ロケットアンカーだ……発射!!」
ロケットアンカーと補助エンジンの力で、ヤマトをなんとか浮上させられるのではないかと考えたのだ。
続いて、補助エンジンを起動すべくレバーを引こうと持つ。しかし、とてつもなくそのレバーは重かった。それでもいつもなら、力任せに一気に引けるバーをなかなか動かすことが出来ない。わき腹の怪我から激痛が体に走る。血が流れ出しているのが自分でもわかった。
(くっ…… こんな痛みぐらいなんだ! 古代は気絶するほどの痛みの中で、コスモゼロを操縦したんだ。俺だって……必ずヤマトを浮かせて見せる!!)
歯を食いしばり、出せる力を振り絞って、レバーを引いた。レバーは、ぐぐぐっとようやく動き始める。さらに島は、渾身の力を込めて手元に引き寄せた。
グワンという音が響いて、ヤマトがわずかに動いた。体が浮いたような感覚がしたが、それがヤマトが浮上した証拠だった。
「コスモタイガー発進口開きました!」
「やった! コスモタイガー発進!!」
徳川と加藤からの連絡がマイクから聞こえてくると同時に、艦橋の窓から一気に飛び出してきたコスモタイガー隊の勇姿が見えてきた。
(やったか……)
島は一気に脱力した。体中の力が抜けていくと言うのは、こういうことを言うのかと思う。ただ、わき腹だけは別だった。そこにだけ別の心臓でも出来たかのように、ドクドクという鼓動のような痛みが、心臓の動きに併せるように、規則正しく激しく襲ってくる。
そっと手を触れると、べっとりとしたぬめり感がある。出血がひどくなっているようだった。
島は自分が思った以上に、傷が大きいことを認識した。意識もだんだんと朦朧としてくる。
(俺は、もう……このまま死んでしまうのだろうか……)
しかし、ヤマトもクルーたちもまだ戦い続けている。今、自分がどうにかなってしまうわけにはいかない。
(ヤマトが勝つまで…… アクエリアスのワープを止めるまでは、絶対に俺は死なない! 死ぬわけにはいかないんだ)
強い意志だけが、島の体と心を支え続ける。ヤマトで鍛えられた強い精神力だけが、彼をなんとか支えていた。
(8)
ヤマトを飛び立ったコスモゼロとコスモタイガーは、敵の攻撃をかいくぐって、ワープシステムを攻撃し続けた。そしてとうとう、そのシステムを沈黙させることに成功した。真っ赤になっていたアクエリアスは、徐々にその色を薄め、元の水色に戻り始めた。
コスモタイガー隊長の加藤機が、進のコスモゼロの隣に並んだ。
「戦闘班長! やりましたよ!!」
「うん、やったな、加藤……」
嬉しそうなはねるような声に短く答え、進も心が穏やかになっていくのを感じた。
(これで、地球の危機は一旦遠ざかる。あとは、ディンギルとの和平交渉をするだけだ…… 雪、もうすぐ地球に帰れるぞ)
戦闘中は、頭の中から消える雪の存在だが、ホッとした瞬間、また、絶体絶命の危機に会った瞬間に、愛しい彼女のことが思い起こされる。彼女もきっとこれを見て安堵しているだろうと思うと、こみあげてくるものがあるのだ。
同じ頃、ヤマト艦内では、進が思ったとおり雪も狂喜していた。ワープシステムが停止すると同時に、立ち上がり駆け出した。
「佐渡先生や怪我をした人たちに伝えてきます!!」
マイクを通しても伝えられるのだが、どうしても会って言いたかった。そして、あの少年にも……伝えてあげたかったのだ。
雪は、居住区の医務室の隣にある大きなフロアに入った。そこは、戦闘時に怪我人を収容して、一斉に治療を行う場所である。そこで治療を続けている佐渡を見つけると駆け寄った。
「先生! 古代君たちがやってくれたの!! 地球は救われるわ」
「そうか、また地球で一杯やれるなぁ……」
佐渡は片手をぐいと口元に当てて動かすと、ニコリと笑った。
「あの……あの子は?」
「ん? ああ、わしの部屋で待機しとるはずじゃが…… アクエリアスのワープを止めたら、きっと和平交渉してくれるはずだと言ってやったからな。今ごろあいつも喜んどるじゃろう」
佐渡は嬉しそうに答えた。雪は、ディンギルとあの少年のとの関係を佐渡が知っていたことに気付いた。
「佐渡先生、ご存知だったんですか?」
「まあな、アクエリアスの女王の話を聞いて気付いたんじゃよ。雪、ちょっと行って、見てきてやってくれんか」
「はい、わかりました。行ってまいります!」
佐渡に促され、雪は足取り軽やかに病室を後にした。
(9)
甲板では、さっきまで敵と白兵戦を続けていた南部や相原も、ホッと一安心してアクエリアスを見上げた。
「これでアクエリアスはワープが出来ない!」
明るい声で叫ぶ相原の方を向いて、南部はニコリと微笑んだ。
第一艦橋でも、進たちからの報告と同時に、アクエリアスが青い光と取り戻し始めるのを確認していた。
沖田が、真田が、山崎がアクエリアスをまじまじと見つめる。
そして、島もその光景を目にして、やっと安心した。
(地球は、これで救われるんだな……)
力が抜けて行く体を支えながら、アクエリアスを見つめていると、思わず涙が湧き出しそうになった。
心に浮かぶのは、弟のこと。この戦いに立つ前に、次郎と過ごした短い時間を思い出す。次郎は、上手にサッカーボールを蹴る。そして、ちょっとばかり気を抜いていた島は、それをからぶりしてしまったのだ。その仕草に、大喜びで万歳しながらけらけら笑っていた弟の姿が、眼に浮かんでくる。
(次郎…… 兄さんはやったぞ。地球はもう大丈夫だ。お前の夢も、叶うさ……きっと!)
しかしその時、体が凍るような光景が、窓の外に展開し始めた。再びワープ光線がさっきとは別の場所から発射され始めたのである。
真田が慌ててマイクを取って、進に指示を出した。古い地球文化を継承しているならば、中心は神殿だろうと知らせる。
進とコスモタイガー隊は、再び神殿に向かって方向を転換させた。
(10)
同じ頃、雪が佐渡の私室に行くと、そこにはあの少年の姿はなかった。
(あら? あの子がいないわ。どこへ行ってしまったのかしら!?)
雪が慌てて、医務室から廊下に飛び出した時、第一艦橋からの真田の声が艦内に響き渡った。
「アクエリアスワープシステムが再起動した!! 総員、再度戦闘体制に戻れ!! 至急、総員戦闘体制に戻れ!!」
(ワープシステムが再起動!? どうして!!どうしたって言うの!? それに、あの子はどこへ行ったの!!
もし、艦外に出てあの戦闘に巻き込まれていたりしたら……どうしよう!! 古代君がいないときに、あの子に何かあったら……!)
雪は、パニックになりそうな頭をなんとか抑えながら、第一艦橋へと走った。少年を探したい気持ちは山々だが、今はそれどころではなかった。雪は後ろ髪が引かれる思いで走り続けた。
第一艦橋に戻り席についた雪の耳に入ったのは、真田の悲痛な叫び声だった。
「再計測の結果、アクエリアス再ワープまであと20分!!」
まだ、戦いは終わっていなかった。
進とコスモタイガー隊は、神殿に突入するため、猛スピードで敵の攻撃の中に飛び込んでいた。
真田も沖田も太田も切迫した表情で計器や状況を見守っている。南部と相原も、甲板から戻って自席につき、窓の外を睨んでいた。
そして、雪は、進とそしてあの少年の安否を心から気遣いながら、アクエリアスを見つめていた。
島は、再び沸き上がる緊張を持続させるべく、痛みを堪えながら、ふらふらする体をなんとか支えようと必死になっていた。脂汗がにじりと額から頬を伝った。それでも、島はぐっと外を睨んだ。
(地球を守りきるまで、俺はこの席から絶対に離れない!離れるものか!!)
島は今、悲痛な決意でヤマトの操縦席を守っていた。だが、今はまだ、島の異常に気付く者は誰もいなかった。
Chapter6 終了
(背景:Giggrat)