命、繋いで

−Chapter  7−

 (1)

 コスモタイガー隊を率いた進は、神殿入口付近で、機から降り立った。神殿の中心にあたるところに、このウルクの中枢部とアクエリアスの制御サブシステムがあるに違いないと言うのが、真田からの指示だった。
 あと20分以内に、アクエリアスのワープを止めなければならない。進たちは、躊躇なくまっすぐに神殿へ突入して行った。

 神殿内は、予想に反して人の気配がしない。警備する兵士一人すら見えなかった。

 「戦闘班長、誰もいませんね? ここじゃないんでしょうか?」

 「いや、ここに間違いないはずだ。どこか、1箇所で集中的に警備しているのかもしれん。気を付けて行こう」

 「了解!!」

 進たちは用心しながら進んで行った。すると、突然目の前に大きく視界が開け、その真正面に、巨大な魔神像が見えた。

 「あれは……?」

 進たちは、あれがディンギルの神像だと確信した。そして、その足元にあるドアのようなものを発見する。

 (あそこが中心部への入口に違いない。よしっ!)

 進たちが広い空間に1歩足を踏み出した時、一斉に上部左右から警備兵の攻撃が始まった。やはり進が考えた通り、侵入者を狙いやすい広い場所で、迎え撃つ作戦だったらしい。
 進たちは、慌てて応戦したが、多勢に無勢で埒があかない。このままでは、先に進むことが出来そうになかった。しかし、時間は刻々と過ぎて行く。
 なんとか強硬突破するしかないと、進が思い始めた時、加藤が叫んだ。

 「戦闘班長! ここは自分達に任せてください!」

 はっとして隣の加藤を見た。グッドタイミングである。二人の思いが同じであることを、目と目で語り合う。その時、進の脳裏に、以前にも今と同じようなことがあったような気がしてきた。

 (あれは……? あっ、そうかっ! あれは、兄貴の方だった……)

 白色彗星へ決死隊として潜入した時の事を、進は思い出した。あの時も、加藤三郎は、進たちを前進させるためにコスモタイガー周辺で居残ったのだ。そして、その結果、彼は命を落としてしまった。

 (頼んだぞ、加藤! だが、お前は絶対死ぬな!! 兄貴の分もふんばれ!)

 進は心の中で叫びながら、加藤四郎の力強い後押しに答えた。

 「よしっ!! 援護を頼む!!」

 それだけを言うと、進は一人、魔神像に向かって駆け出していった。

 (2)

 その頃、ウルク神殿内に入った少年は、まっすぐに神殿の中心部にある大魔神像へ向かった。この像の心臓部から、ウルクの中枢部へ行くことができるのだ。

 まっすぐに魔神像へ向かう謁見者達の通路とは別に、選ばれたルガール一族だけが通ることができる秘密の通路があった。以前、父や兄とこの魔神像へ向かう時に、通ってきた道である。そこは、ディンギルでも限られた人間しか知らない極秘通路のため、警備兵などもいないはずだった。
 少年は、たった一度の記憶を頼りに、その通路を見つけだし、入口で例の鍵をセットした。すると、スーっという小さな音と共に、ドアが開いた。

 (お父さんっ……)

 少年は、その通路をひた走った。通路の到着点は、あの魔神像の真下になる。そこからすぐに上に上がるエレベータがあるはずだった。それに乗れば、少年の父のいる場所はもうすぐだった。

 一時も休まず走り、少年はあっという間に、魔神像の足元に着いた。出口から顔を覗かせてみると、そこでは、激しい銃撃戦が行われていた。

 (あっ! あれは……!?)

 頭上左右からディンギルの兵士らが攻撃しているのは、ヤマトのクルー達だ。黒い制服の中に、一人だけ白地に赤矢印服姿の兵士を見つけた。

 (あっ! あれは、お兄ちゃん!! ここまでやって来てくれたんだ…… そうだ! お兄ちゃんも一緒に行ってもらえれば……)

 なんとかこちら側まで来てくれたら、一緒に父の元へ行こう。自分が説得すると同時に、自分を助けてくれた進が、地球への受け入れを表明してくれれば、父も納得するかもしれない。少年はそう思ったのだ。

 (お願い! お兄ちゃん、ここまで来て!!)

 その少年の声が聞こえたかのように、進は一人ディンギル兵の攻撃の真っ只中を、後方の援護を受けて、魔神像前まで一気に駆け込んで来た。そして少年の眼前でサブコントロール室に向かうエレベータに飛び込んだ。

 (いまだっ!!)

 そのすぐ脇まで来ていた少年も、ディンギル兵の攻撃を避けながら、エレベータに転がり込んだ。

 (3)

 進が最上階への上昇ボタンを押すと、ドアが閉まり始める。その瞬間、閉まりかけたドアの隙間から、子供が一人飛び込んできた。

 「うわっ……」

 進は驚いて、転がり込んできた子供を見た。顔をあげたその子は、ヤマトに乗っていた例の少年だった。

 「ん?……!!……ぼうや!」

 「えへへ……」

 転がり込む時にぶつけたらしい頭を抱えながら、少年は恥ずかしそうに笑った。突然現れた彼に、進は驚きを隠せない。なぜこんなところにいるのか、進には理解できなかった。

 「どうして、ここに?」

 進の顔を見辛そうに、伏目がちに見てから、少年は視線を落として、ぼそりと答えた。

 「戦いを止めてもらいたくて…… 知ってるんだろう?お兄ちゃんも。僕が……ディンギル星人だってこと……だから……」

 そこまで言って顔をあげた少年の瞳は、真剣な眼差しが溢れている。

 (知っていたのか…… いつから……?)

 なんと答えてやればいいのか、進にはすぐに答えが出なかった。
 さらに疑問は膨らむ。どうやってこんなところまで来たのか? こんな小さな子がなんのために……? そんな進の疑問が聞こえたかのように、少年は頭上を見上げながら話し始めた。

 「僕、ここを知ってるんだ。エレベータの最上階に、大きな機械が置いてある部屋があるんだ。そこに行けばきっとアクエリアスを止められるはずだよ」

 「なっ!! しかし、どうして君みたいな子供がそんなことを……?」

 少年は一瞬躊躇した。それから何か言おうとした時、エレベータが止まった。

 「着いた! 行くよ!お兄ちゃん!!」

 少年は答えを出さなくてほっとしたように、一気に走り出した。
 進には、少年がどうしてそんなことを知っているのかわからなかった。しかし、今は時間がない。一刻の猶予もならないのだ。今は、どうして彼がここを知っているかなど、問題ではない。
 藁にをもすがる思いで、進も駆け出す少年の後に続いた。

 エレベータを降りてから、少年はあたりをきょろきょろと確認しながら、どんどんと進み、一つの細い通路を示した。

 「こっち……」

 指で指す少年に頷いて、進が続く。そして、長い渡り廊下を渡り終えたところで、少年は立ち止まった。

 「この奥のドアを開けたところがそうだよ」

 そう告げると、すぐに走り出そうとする少年を、進が止めた。

 「わかった。ここから先は俺が先に行こう」

 「えっ?」

 「誰かいるかもしれないだろう? 危険だから、ドアの外で待っていた方がいい」

 「でも…… 僕はディンギル人で、戦いを止めるように……その……言いたいんだ」

 少年が真摯な表情で訴えた。進はそれに力強く頷くと、少年の顔をしっかりと見つめ返した。

 「わかってる。それは俺だって同じだよ。俺がきちんと話すから、だから君はそこで待ってろ。いいな」

 少年はこくりと頷いた。進の言葉とその顔に、少年は絶対の信頼を感じたのだった。

 (どうか、お父さんとうまく話し合えますように……)

 (4)

 中では大きな機械を前に、一人の男性がこちらに背を向けて座っていた。進が駆け込むと、侵入者の存在に気付いたのか、その男はゆっくりと振り返った。上背のある堂々とした体格の男で、精悍な顔つきをしている。立派な身なりと大きなマントが、彼がこの星の重要人物であることを現していた。
 そして、用心深くゆっくりと歩いていく進を、黙ったまま見つめている。その表情は落ち付きはらっていた。

 「……ディンギルの王か?」

 尋ねる進に対して、相手は堂々と答えを返してきた。

 「そうだ。私は、ディンギル大神官大総統、ルガール」

 ゆったりとした口調で話すその声は、星の為政者としての威厳と威圧感に溢れていた。しかし、進もひるむわけにはいかなかった。
 地球への移住を受け入れる代わりに、アクエリアスのワープを止めてくれるように必死に話した。しかし、ルガールは全く聞く耳を持たなかった。

 「宇宙は、力のあるものだけが生き残るのだ!」

 堂々とそう言い放ったルガールは、腰から銃を取り出すと、ゆっくりと進に向けた。そこに一分の隙もなく、進は手をコスモガンに添えたまま、引き抜くタイミングを掴みかねていた。

 (5)

 その時、ドアの外から、あの少年が駆け込んできた。

 「お父さん!! やめてっ!!」

 「お父さん?」

 一瞬ひるんで後ろを意識した進に向かって、ルガールが引き金を引いた。同時に、進もコスモガンをルガールに向け、引き金を引こうとした。が、その瞬間、眼前に少年が進をかばうように飛び込んできたため、進はその手の動きを止めた。
 しかし、既にルガールの銃からは光芒が発射され、それは、少年の胸を確実に捕らえていた。

 「ああっ……」

 どっと倒れ込んだ少年を、ルガールは無言で見つめたが、その顔の表情には変化がなかった。進の方が慌てて駆け寄り、少年に取りついた。

 「ぼうや!!」

 抱き上げて揺すってみるが、既に少年は虫の息で、体をぐったりとさせている。
 混乱しそうな進の頭の中で今起こった事がリプレイされる。

 少年は、「お父さん」と言った。眼前の大総統なる人物がこの少年の父親だと言うのか。ということは、父親が息子を躊躇なく撃ったというのか!? 進は怒りがこみ上げてくるのを抑えられなかった。

 「貴様! それでも地球人か!! それでも人間なのか!!」

 進の怒りに満ちた叫びを受けても、ルガールの表情は全く変わらないように見えた。じっと二人の様子を見つめていたが、しばらくすると向けていた銃をすっと下げた。
 そのまま何も言わず振り返り、座っていた席に戻ると、その席ごと階下へと降りていってしまった。

 (6)

 残された進が再び少年に話かけた。少年は微かに瞼を動かしていた。

 「ぼうや、ぼうや!!」

 進に声をかけられ、少年は、うっすらとその瞳を開いた。

 「お兄ちゃん……僕、地球では誉められること、したんだよね?」

 「ああ、そうだ。君はいい子だ……」

 「よかった……」

 少年は嬉しそうに微笑み、その瞳からは一筋の涙が零れ落ちた。苦しい息の中で、最後に自分が地球の人と同じように、誰かを救えたことが嬉しかったと、その顔が訴えていた。

 「ぼうや!! ぼうやぁぁぁ!!!」

 体の力をなくして目を閉じた少年を抱き締めながら、進が号泣する。
 その背後の窓の外では、宇宙空間で真っ赤になったアクエリアスが、とうとう20回目のワープを開始し、宇宙空間の彼方へと消えていった。
 そして、それに合わせたように、周囲のあちこちから爆発音が聞こえてきた。

 (7)

 その時、進のヘルメットに取りつけられた通信機から、加藤の声が響いた。

 「戦闘班長!古代さん!! 聞こえますか!!」

 「どうした!?加藤?」

 「この都市衛星が自爆を開始したようです。あちこちで爆発が始まっています。すぐにここを脱出しないと危険です!」

 「わかった、すぐ行く。お前達は先にコスモタイガーで脱出しろ!」

 「了解!!」

 進はそう答えると、少年を抱き上げたまま立ち上がった。目を閉じたまま何の反応も示さない少年に向かって話しかける。

 「地球へ行こうな…… 君はもう……りっぱな地球人だよ」

 その声が聞こえたのか、少年がうっすらと目を開け、進を見上げた。そして力を振り絞るようにして口を開いた。

 「お兄ちゃん……」

 「少し我慢してろよ。今、ヤマトに連れて帰ってやるからな。それから、俺と一緒に地球に戻ろう……」

 涙で曇りながらも、進は少年に向かって優しく囁いた。しかし、その少年は力なく首を振った。

 「……だめだ……よ。降ろして……」

 「な、何を言うんだ! こんな所に置いて行けない!」

 少年をぎゅっと抱き締めながら、進も大きく頭(かぶり)を振る。そんな進を少年は寂しそうに見あげた。

 「お願い……僕はここに…… 僕は……ディンギル人……だから、ここ……ディンギルで…… こんな星だけど……僕にとっては……ふる……さと……だから」

 再び涙で潤んだ瞳で、少年は切れ切れにそう訴えた。

 「ぼうやっ!」

 「それに…… お父さん…… 最後にとても困った目をしていた。僕にはわかるんだ。だって、今まであんな目見たことなかったよ。いつも厳しくて自信に満ちてて…… あんな目…………初めて……見たんだ」

 少年の瞳が一瞬柔らかく光った。父子の愛情の薄い社会だと聞いていたが、それでもやはり互いに思うことがあったのだろう。少年にとっては、あれが父の最大の思いだと受け取ったのだろう。

 その言葉に、進は答えを返せなかった。
 確かにあのディンギルの大総統ルガールは冷酷な人間に違いない。他星の人類を滅ぼしても、生き延びようとする利己主義の星の指導者である。それが当然かもしれない。
 しかし、少年が倒れ、そこに駆け寄った進に対して、ルガールはしばらく銃口を向けていたが、そのまま撃つのを止めて立ち去って行った。
 あの時、無防備になった進を撃つ事など、女子供でも簡単だっただろう。だが、彼は撃たなかったのだ。
 それが、あの男ができる最大の息子への温情だったのかもしれない。

 「僕はもう……だから、早く行って…… お兄ちゃんは……ヤマトに帰らないと…… お姉ちゃんが……待ってるよ。お姉ちゃんを……悲しませないで……」

 少年の声がだんだんと小さくなっていく。もう話をする気力も尽き果てようとしている。彼の命のともし火は、もうまもなく消えようとしていることがはっきりしていた。

 「ぼうや……」

 死ぬのならディンギルの地で、と言う少年の思いを、進も受け入れざるを得なかった。進は、とうとうその場に少年を抱いたままひざまづいた。

 そして同時に、少年に告げられて、進の脳裏にヤマトと雪のことが浮かんできた。ヤマトもこの爆発からうまく脱出できるだろうか、と不安がよぎる。

 (ヤマト……雪…… どうか、無事でいてくれ…… 俺は必ず帰るから……)

 「わかったよ…… 俺は必ずヤマトに帰る。心配するな」

 進はにっこり笑って頷いた。その姿に、少年は安心したように微笑んだ。

 「ありがとう、お兄ちゃん。きっと地球に帰って……ね。そして……僕の分も…… 地球は綺麗な星だったね…… もう一度……もう一度、見たかっ……」

 少年の全身から、一気に力が抜けていった。がっくりと反らせてしまったその顔は、微笑みすら浮かべていた。
 しかし、もうその口からは、声も呼吸も聞こえてくることはなかった。

 (8)

 進は、その場に少年をそっと横たえると、黙祷してから、きっと顔をあげた。ウルクの爆発がどんどん激しさを増してきていた。下手をすれば脱出できないかもしれない。進はコスモゼロに向かって、全速力で走り出した。

 そして、かろうじてコスモゼロに飛び込んだ進が機を発進させると同時に、その背後で大爆発が起こった。
 なんとか体制を整えて、ウルクから脱出した進の目前には、多数のコスモタイガー隊が飛来してきた。

 「戦闘班長!! 無事だったんですね!!」

 加藤の声だった。進の沈んでいた心に、一筋の光が差す。

 「加藤! 無事だったか!!」

 「はい、神殿に突入したコスモタイガー隊は、全員無事に脱出しました!」

 「そうかっ!」

 とその時、後ろでウルクが大爆発を起こしたところだった。大きな光芒があたり一面を明るく照らした。

 (ヤマトは……!! 雪っ!! まさか、この爆発に巻き込まれたのでは!?)

 再び、進の心の中に重苦しい空気が流れようとしたその時、一つの光の塊がウルクから飛び出してきた。それがヤマトだった。
 ヤマトは、爆発の衝撃を逃れようと、一気にウルクから遠ざかって行く。光と煙に隠れていた艦体もゆっくりと姿を現した。ヤマトは、あちこちに損傷があるものの無事だった。

 (ヤマト!! 雪っ!!)

 進の心の暗闇がパッと開け、意識が現実に戻った。あたりを見まわしても、アクエリアスは見えない。20回目のワープは、実行されてしまったのだ。しかし、進はまだ絶望はしていなかった。気を取りなおして、コスモタイガー隊に指示を出した。

 「よし! 全員帰搭する!」

 そして、続いてヤマトへも連絡を入れる。

 「こちら古代! コスモタイガー隊、ただ今から帰還いたします!」

 「了解…… 古代さん!大至急、第一艦橋へお戻りください!」

 相原の切羽詰った声が帰ってきた。アクエリアスがワープしてしまい、最後の作戦の相談でもあるのだろう、と進は思った。

 「了解!」

 (とにかくヤマトに戻ろう。アクエリアスがワープしてしまったとはいえ、後24時間あるんだ。まだ何か手立てがあるかもしれない…… いや、あるはずだ!! 最後まで、あきらめるものか! 地球のために、俺のために、そして俺を救ってくれたあの少年のためにも……)

 進は、決意を新たにヤマトを目指した。しかし、今ヤマトの第一艦橋で、何が起こっているかなど、彼に想像できるはずもなかった。

Chapter7 終了

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