命、繋いで

−Chapter  8−

 (1)

 進達コスモタイガー隊から何の連絡もないまま、アクエリアスは、とうとう20回目のワープを完了してしまった。

 「艦長!! アクエリアスが20回目のワープをしました!」

 太田の悲痛な声が第一艦橋に響いた。その声を聞くまでもなく、眼前からアクエリアスが消えて行く様を目のあたりにしたクルー達の心には、大きな重石がのしかかってきたようだった。

 (古代君…… 古代君!! どうしたの!? ワープシステムを止められなかったって言うことは、もしかしたら、あなたももう…… ううん!! 違う、絶対に違う!! 古代君は私を置いて逝ってしまったりはしない。きっと…… ああ、でも、地球が……地球がなくなってしまったら……)

 雪の心の中に、不安と希望が入り乱れる。全てを悪い方に考え始めると、もう何もかも終わりのような気さえしてきた。
 しかし、その時、沖田がゆっくりと口を開いた。

 「あと、24時間ある…… あきらめるのは、まだ早いぞ」

 静かな口調だった。しかし、この沖田の落ちついた言葉は、若いクルー達の心を再び沸き立たせる効果があった。皆の心に、再びあきらめちゃいけない、という強い意志が生まれ始めたその時、都市衛星のあちこちで爆発が起こり始めた。

 「どうしたんだ!? 都市が爆発してるぞ!!」

 相原が叫んだ。都市衛星は、自爆してヤマトを道連れにするつもりなのだ。沖田はすぐさま島に指示を飛ばした。

 「島、すぐ発進準備だ!!」

 「了解……発進準備に入ります」

 島は復唱したが、その口調が苦しげだった。傷の痛みが島の体を襲い続けている。それに気付いたのは雪だった。顔をあげ、島の席を見た。と同時に、彼の肩がふらりと揺れた。

 「あっ……」 雪が慌てて島の席に駆け寄って声をかけた。「どうかしたの? 島君」

 「あぁ……」

 島は、しまったという顔で雪から視線を逸らした。その手は、雪の側にある傷を隠すように添えられている。当然雪がそれに気付かないはずがなかった。

 「ああっ!!」

 雪の突拍子のない声に、異常を感じた皆の視線が島の席に集まった。真田も振り返った。そしてちょうど、右横から見れる位置にいた真田には、その傷が目に入った。

 「あっ、負傷しているじゃないか!」

 「どうして黙ってたの!?」

 真田と雪の非難めいた声が重なるように第一艦橋に響いた。傷口を見るように、かがみ込んだ雪は、じわじわと流れ出る血の量の多さに、島の状態が芳しくないことを察した。
 雪の表情を、沖田も見てとった。島に操縦は不可能と即座に感じ取った沖田が、静かに言った。

 「真田、お前が発進させろ」

 しかし、島はすぐに振り返って、沖田に訴えた。

 「艦長…… 私に……やらせてください。私はもう……」

 声も絶え絶えながら、島はこの操縦席を最後まで離れるつもりがないことを、強く主張した。死んでもこの席は俺が守る! そんな死を覚悟した島の最後の願いにも似た訴えに、沖田は返す言葉がなかった。
 力づくで、今すぐ島をその席から離す事は簡単なことだ。島の傷のことを考えると、すぐに医務室へ連れて行ったほうがいいのだ。そんなことは、十二分に理解していた。
 しかし……沖田は、その島の視線に、その真剣な訴えに、ヤマトの男を見た思いだった。あれはそう……怪我をおして、敵の要塞発見のために、コスモゼロで飛び出して行った古代進のあの目と同じ……ヤマトの男の瞳だった。

 「島…… いいだろう。お前が発進させろ」

 「艦長!!」

 雪の非難気味の言葉は無視して、沖田は医務室への通信回路を開いた。

 「佐渡先生、島が負傷している。至急手当てをしに来てくれ。雪!持ち場に戻れ」

 「はい……」

 沖田の指示が飛び、雪は後ろ髪を引かれる思いで、自席へと戻り、そして息を詰めて祈った。

 (島君……頑張って…… 島君も古代君もみんなみんな、無事で地球に……どうかお願い……)

 (2)

 島は苦しいなかも発進準備を進め始めた。しかし、エンジンはまだ修復が完了していない。機関室からエネルギーが上昇しないという悲痛な声が島の元に届く。島の心に絶望感が広がる。

 (このまま、ヤマトともども沈んでしまうのか!?)

 その思いが、島の口から付いて出てしまう。

 「速度が上がらない…… 飛びたてない……」

 と、その時、沖田が起死回生の指示を出した。爆発で都市衛星の地盤がもろくなっていることを利用して、下へ突き抜けろと言うのだ。島はすぐにそれを実行に移そうとした。

 「全姿勢制御ロケット逆噴射用意! うっ……ううっ……」

 ロケット逆噴射のレバーを求めて、島の左手がゆっくりと伸びた。だが、既に目がかすみ始めており、手も思うように動かせない。手探りでレバーを探す島を見て、真田がすっと立ち上がり、操縦席に近づいてきた。そして、島の手をぐっと握り、一緒にレバーまで導いた。
 その様子を、沖田を始めメインクルー達が固唾を飲んで見つめている。島の気迫の声が響いた。

 「制御ロケットスイッチオン!」

 真田に支えられ、島はその後の作業を的確にこなしていった。
 ヤマトの操作は島の体が覚えていた。どうすればどんな風にヤマトが動くのか、彼の頭と手には全て組み込まれているのだ。
 目の前の計器もぼやけて見えなくなってきているし、手のひらの力もほとんど残ってはいない。腹部の痛みは既に限界を超えていた。痛いと言うより既に別物になったように大きな脈動が襲ってくるのだ。
 だがそれでも、島は残る限りの渾身の力を込めて、ヤマトを制御し続けた。

 そして、都市衛星が大爆発を起こしたその一瞬前、ヤマトは見事、衛星下部を突き抜けて脱出に成功した。

 (3)

 「ヤマト……都市衛星から脱出……完……了……」

 それを言い終わると、島はふらっと頭を後ろに逸らせて、座席にどっさりと仰向けに倒れ込んだ。

 「島っ!!」 「島君!」

 真田が叫び、雪が再び駆けつけてきた。そしてその声に呼ばれたように、後ろから佐渡が駆け込んできた。

 「ふうっ…… やっとたどり着いたわい。すごい操縦じゃのう、島。揺れて揺れて、なかなか進めんかったぞ」

 いつもの調子で、やってきた佐渡ののんきな口調にも、今日のクルーは笑うことができなかった。そんな空気を佐渡は即座に把握したようで、顔を引きつらせ、真田と雪が囲んでいる操縦席に駆け寄ってきた。

 「どうしたんじゃ!島!!」

 「先生!! 島君が……」

 涙声で訴える雪に頷いてから、佐渡が島の横にひざまづいた。真田が操縦席の椅子の背もたれをそっと後ろに寝かせ、それに沿うように島の体も横になった。

 「こ、これは……」

 佐渡はそれだけ言うと絶句してしまった。傷の酷さと出血の多さに、佐渡の脳裏に絶望感が広がった。

 (4)

 「どうしてもっと早く医務室に連れて来んかった!! 島っ! しっかりしろ!!」

 誰に言うでもなく大声で非難の声をあげると、佐渡は島を刺激して覚醒させた。

 「……佐渡……せん……せい……」

 うっすらと開けた目を佐渡に向けた島に、佐渡は再び叫んだ。

 「おお、わかるな! 島!! 今、医務室につれていってやるからの! 雪っ!ストレッチャーの手配じゃ! わしはその間に応急手当をする!!」

 「はいっ!」

 雪が、慌てて立ち上がろうとした時、島が苦しい息の中で、それを制止した。

 「ま……待って……ください……せんせい」

 雪がびっくりして振り返った。佐渡の目が釣り上がっている。事態は急を要するのに、島の反応が解せなかった。

 「何を言っとる! すぐに手術せんと!!」

 「古代が……帰って来るまでは、ここを離れるわけには…… それに……俺は……もう…… だから……最期はここで……」

 声も絶え絶えに、島が訴えた。その気持ちは、佐渡にも雪にも、クルー達みんなにもよくわかる。しかし、医者としては、簡単にはいそうですか、と言うわけにもいかない。

 「ば、ばかもん! 何を気弱な!!」

 「お願い……し……ます……」

 切実な視線が佐渡に向き、さすがに佐渡も、その気持ちに心が動いた。

 「む…… 雪、古代は?」

 佐渡が振り返って雪に尋ねたが、雪は別の意味で泣きだしそうな顔になって、首を横に振った。

 (なんと!古代も……!? 古代も島も二人ともこんなことになるとは……!!)

 佐渡が絶望感に満たされようとした時、相原の通信席にコスモゼロからの連絡が入った。

 「こちら古代! コスモタイガー隊、ただ今から帰還いたします!」

 元気そうな進の声に、艦橋内の空気が一瞬パッと明るくなった。

 「古代君!!」 「古代っ!!」 「古代さん!!」

 雪が喜びで声を震わせながら彼の名を呼ぶ。そして重なるように、クルー達の歓喜の声が響いた。相原が、涙を堪えながら進の帰還を促した。

 「了解…… 古代さん!大至急、第一艦橋へお戻りください!」

 (5)

 進が帰ってくることがわかり、佐渡はひとまず、島の希望通り、ここで応急処置をすることにした。
 しかし、無言で島の傷口を手当てし始めた佐渡の顔は、曇る一方だった。当の島も意識があるのかないのか、目を閉じたまま、苦しそうに微かな呼吸をするばかりだ。その雰囲気が、雪に、そして周囲のクルー達にも伝わっていった。

 島や周りに聞こえないように、雪が佐渡に尋ねた。

 「島君は……?」

 が、佐渡は悲しそうな顔で小さく首を左右に振った。愕然とする雪の顔を見ながら、佐渡も小さな声でぼそりと言った。

 「怪我をしてから結構時間がたっとるようじゃの。出血の量も相当のもんじゃ。とりあえず止血の処理はしたが、輸血が必要じゃろう。それに……こっちの方が問題なんじゃが、内臓もやられとる。それもちょっと厄介な感じがするんじゃ。ヤマトの施設での治療は……無理かもしれん」

 「なっ!?……」

 雪は小さく声をあげたが、それ以上言葉が出てこなかった。島の命が危ないという事実を、すぐに受け止められなかった。

 (島君は本当に……もう、だめなの!? まさか! ああ、古代君、早く!早く帰ってきて!! そして彼を励ましてあげてっ!)

 佐渡に包帯を渡しながら、雪は心の中で祈り続けていた。

 (6)

 島は、夢と現(うつつ)の間をさまよっているような感じがしていた。俺は……もう……おしまいなのか? そう思い始めると、急に今までの人生が走馬灯のように浮かんできた。
 幼い頃、まだ自然がいっぱい残っていた地球の公園で父や母と遊んだ日のこと。一人っ子として両親の愛を一身に受けて育っていた自分に、突然弟が産まれた時のこと。かわいくってうれしくって……でも、少しだけ母を独り占めする赤ん坊が疎ましくも思ったことも。

 そして間も無く起こったガミラスの遊星爆弾の攻撃。どんどん悪化して行く情勢を見て、宇宙パイロット志望だった自分の志望校を、少年宇宙戦士訓練学校に変えたあの日のこと。母は泣き、父は黙って肩を抱いてくれた。弟にはまだなんのことかわからなかったはずだ。

 宇宙戦士訓練学校での厳しい訓練と日々問題化する放射能汚染問題。そして、後の親友となる古代進との出会いも、ここでだった。

 古代……かぁ。成績は抜群、いつも俺と張り合っていた。なのに、どこか暗くてひねくれたところがあったりして、かと思うと異常なほど友達思いだった。最初はこの男ほど俺と称のあわないヤツはいないって思ってたっけなぁ。それが……ははは

 何をしでかすヤツかわからないと思ったのが最初だっただろうか、あいつの行動を監視するつもりで行動を共にするようになったのが、いつの間にかすっかり引き込まれていたような気がする。

 そして、あの運命の日。火星で不思議なカプセルをサーシャから受け取り、地球に帰った。それがヤマトとのかかわりの第1歩だった。そしてもう一つ、彼女との出会いも……
 島はうっすらと目を開けた。霞む目の向こうで、涙目の美しい女性が自分を見つめている。そう、彼女の名前は――森雪。
 俺は、彼女に一目惚れした。それは、あいつも同じだったんだ。イスカンダルへの旅の途中、互いに牽制しあったこともあった。だが……彼女の目が追っていたのは、自分ではなく、あいつだった。
 それに気付いたあの日、俺は初めて痛飲した。恋が破れるということを初めて知ったのがあの日だったんだ。そう、結局俺は彼女に自分の気持ちを伝えることすらできなかったのだ。
 だが、それでもいいと思った。あいつが彼女を幸せにしてくれるのなら…… そうだ。彼女が幸せになるのなら、俺はもういいんだ。だけど……
 島の思考がこの時点まで来た時、第一艦橋のドアが音をたてて開いた。進が帰ってきたのだ。
(6)

 進が、第一艦橋に足を踏み入れたとたん、場の異様な雰囲気を感じた。そして数歩走ったところで、雪が叫んだ。

 「古代君! 島君が……」

 その言葉に、進の胸がズキリと痛んだ。島の身に何かあったということはすぐにわかった。
 進が、大急ぎで操縦席に駆けつけると、青い顔をした島が横たわっており、そばで佐渡が包帯を巻いていた。雪は今にも泣きそうな顔で目に涙をためている。怪我の具合が相当悪そうなのは、本人を見てもすぐにわかった。

 「島、大丈夫か!?」

 息せき切ってそう告げた声に、島が気付き、閉じていた目をゆっくりと開いて進の方を見た。

 「うっ、うう…… 古代か…… もう会えないかと思ったぞぉ。ヤマトは立派に発進したろう?」

 言葉を出すのも辛そうに、それでも進に会えたことが嬉しかったのか、笑みさえ浮かべて話す島を見て、進の目にも涙が込み上げてきた。

 「ああ、お前の腕は、天下一品だぞ!」

 島の手をぐっと握って、大きく頷く進を見て、島はにっこりと笑ってから、そっと目を閉じた。こいつが帰ってきたからには、もうヤマトは安心だ。島は心からそう思った。体の力を抜いて、背もたれにすっかりと体を預けると、ヤマトの温かみが伝わってくるようだった。

 「ああ、いいなぁ、ヤマトは…… まるでおふくろの腕に抱かれているみたいだ」

 しかし、その笑みとはうらはらに、体の痛みはますます激しくなっていった。ずきんと大きな激痛が島の体を走った。

 「うっ……」

 思わず唸り声が上がってしまう。脂汗もじわじわと額を伝った。すると、雪がそれを拭こうと、白いタオルを島の額に当てた。ふわっと柔らかい感触と香りが島を包む。

 (雪……か。古代と雪…… 二人に最後に伝えなければならないことがある)

 島は、震える手で、その額に乗せられた雪の手を取った。

 「おい、雪」 島は、顔を少し動かして雪の方を見た。そして、何年も言えなかったあの言葉を一気に口にした。「俺は君が好きだった……」

 その告白に、進も雪も目を見張った。ずっと昔、島が雪に惚れていたことは、二人とも知っていた。しかし、今この時にそんな言葉が出てくるとは思っていなかったのだ。

 「最初に君を見つけたのは、古代じゃなく、俺だもんな。なぁ雪……」

 「島君……うううう」

 優しげな口調で、遠い昔を懐かしむように話す島の言葉に、雪は思わず涙を漏らしてしまった。あの頃のことが三人の心に広がっていく。
 島の視線が雪から進に移った。

 「古代! どんな、どんなことが……あっても、ゆ、雪を……雪を、し……幸せにしてやれよ」

 力をこめて、進に訴える。この期に及んで、島が雪への気持ちを口にしたのは、全てこれを言いたかったためなのだ。
 俺がはじめて愛した人を、俺の一番の親友であるお前が幸せにしろ! そうでないと俺はどこへも行けないんだ! そんな島の思いが、進に痛いほど伝わってくる。

 「島、わかった。約束するよ」

 大粒の涙を浮かべた進が、涙声になって大きく頷き答えた。さらに島は続けた。

 「雪を……つらい目に合わせたら、承知しないぞ」

 島は、最後の力を振り絞るように、右と左の手にそれぞれ握っていた進と雪の手を一つに重ね合わせ、力尽きたようにがくりと手を落とした。

 「おいっ! 島!!」

 進が島を再び揺り動かすと、島は微かに目を開けて、再び念を押すように二人を見た。

 「二人とも俺の……俺の、俺の分まで幸せにな、なっ!」

 「うんっ! うんっ!!!」

 進が大きく頷き答えると、島は、嬉しそうに微笑んでそしてゆっくりとその目を閉じた。そして、ことんと首を落とした。

 「島っ おいっ! 島、島 おいっ…… しまぁぁぁぁぁ……」

 進が号泣しながら、島の体に抱きつき、そしてその体を揺すったが、もう島はその瞳を開くことはなかった。雪もその場で泣き崩れるように、大粒の涙をこぼした。

 「ううううう……」

 そばでは、佐渡が立ち上がってうなだれ、他のクルー達が涙を堪えきれずに目を伏せる。そして、沖田が彼の姿に敬礼を送った。

 (7)

 目を閉じた島にはもう、進たちの声は聞こえてこなかった。ただ静寂が自分の周りを包んでいるようだった。

 (俺は……死んだのか?)

 すると、さっきの思い出が再び頭の中を駆け巡り、そして浮かんできたのが、雪ではなく、もう一人心から愛した人、たった一人の恋人のことだった。
 自分に命をかけてくれたあの美しい人の面影が、島の心に鮮やかに甦ってきた。
 テレサ…… 君に会えて、俺はほとばしるような熱い愛情というものを知ったような気がする。雪への想いとは格段に違う激しい感情だった。あの時、思ったよ。俺も、たった一人俺だけの愛する人を見つけたって。
 それなのに……君はいってしまった。

 あの時、抱き締めた腕をどうして離してしまったのだろう。どうして最後まで手を離さずにいなかったのだろうと、どれほど悔やんだかわからない。君を置いてきてしまった時のあのかきむしられるような苦しみは、これ以上のものはないと思うほど辛かった。
 地球に戻ってきて、彼女の命と引き換えに、俺が命を助けられたことを知るまでは……

 あの時、死んでもいいと思った。いや、死ぬべきだとも思った。どうして俺を助けたんだと、君を恨みたくもなったよ。
 だけど……君のあの言葉が俺の死への行動を止めたんだ。カプセルに残る君の残像が…… 俺を引き止めた。

 だけど、テレサ……

 俺はもう……今度こそ、だめみたいだよ。もう……君のところへ行ってもいいだろう? テレサ……
 (8)

 どれだけ叫んでも、どれだけ揺すっても島はその目を開けなかった。進の声がかすれて出なくなると、佐渡がそっとその肩に手をやった。
 その手を感じて、進は子供のような目で佐渡を見上げたが、佐渡は寂しそうに2、3度首を横に振っただけだった。
 それを合図に、進はやっと島を抱き締めていた手を、ゆっくりと緩め、島が愛した操縦席にその体を戻した。

 その時、カラカラと小さな音がした。島のズポンのポケットから、10センチ足らずの小さなカプセルが床に落ちた音だった。

 「ん?これは……!!」

 進がそれを手にとって見た。雪も顔をあげる。

 「テレサさんの……メッセージ……」

 それは、テレサが白色彗星帝国の巨大戦艦との最後の戦いに赴く前に、島に託したメッセージのホログラムカプセルだった。進と雪は、それを地球に戻ってから島の病室で一緒に見たのだ。
 二人は顔を見合わせた。そして、あの時聞いたテレサのメッセージを思い出していた。

 ――生きてください、島さん…… そうすることで、あなたの中で私はいつまでもあの美しい地球で、あなたと一緒に生きることが出来るのですから――

 「生きて……ください……島さん」

 テレサの言葉を進が繰り返した。テレサは、島が生き長らえることで自分も同じように地球に生きられると言った。

 「古代君……」

 「テレサはそう言っていたんだ。島に生きろと…… テレサの命も一緒に生きろと。島は……島だけの命じゃないんだ」

 「そうよ、テレサさんの分も島さんに生きて欲しいって……それなのに……ううっ」

 雪は島と共に、テレサの想いまで死んでしまったような気がして、再び涙が溢れてきた。

 (そうだ……!! このまま島を逝かせたら、俺がしたテレサとの約束もなくしてしまう! テレサのためにも、島は……島は!!)

 ホログラムの中のテレサに後押しされるように、進はすがりつくように佐渡の両腕を掴んで懇願した。

 「佐渡先生!! なんとかしてください!! もう一度島に命を!! あいつには、生きてもらわないと、テレサも……!!」

 「……しかしのう……」

 進に揺さぶられながらも、佐渡は辛そうに顔をそらせるばかりだった。しかし、進はあきらめない。

 「蘇生処置はできないんですか!! 戦闘は終わったんだ。今ならゆっくり治療もできるでしょう!」

 心肺停止後の蘇生措置は、1分1秒でも早くかかればそれだけ蘇生率は上がる。心配停止患者が出た場合は、心臓マッサージなどの蘇生処置をすることは常識である。
 ただ、島の場合は……佐渡の見解ではこうだった。

 「もちろん、それは……できるかもしれん。だが、もし蘇生に成功したとしても、わしの見るところ島の怪我は内臓までいっておる。ヤマトでは治療できそうにないんじゃ。せめてここが地球なら……連邦中央病院の最新の機器とスタッフがいれば、もしやとも思うが…… どう考えても、わし一人の手では如何ともしがたいんじゃ」

 「じゃあ、地球に戻ればなんとかなるかもしれないんですね!」

 進が佐渡の言葉に、即座に反応する。可能性があるなら、なんとか!と言う気持ちになる。

 「それは……じゃが、地球は……あと24時間で……」

 そこまで言って、佐渡が口篭もった。アクエリアスは最後のワープを完了させたのはほんの少し前のことである。そして、それは地球の命運があと24時間足らずで尽きることを現していた。進はそのことを今更ながら、気がついた。

 「あ……!!」

 「万一、地球に生存者があったとしても、すぐに手術できる手立てをとるなどということは不可能じゃろう」

 進も答えに詰まりうつむいてしまった。沈黙が走る。誰もなにも言うことができない。だが、進は決意したように再び顔をあげた。

 「……だがしかし、いえっ! まだ時間はあります!まだ僕らはあきらめてません!! 地球はなんとしても救います! だから、だから先生お願いします!! 1%でも、いえ、万に一つも可能性があるのなら、どうか島を!島をっ!!」

 進の決意と叫びは、第一艦橋のみんなの心を揺り動かした。地球は俺達でなんとか救う手立てを考えよう。だから、島は佐渡先生の手で助けて欲しい。そんな思いが、一つの言葉に集約された。

 「佐渡先生!お願いします!!」

 佐渡の胸にもその熱い思いがずっしりと伝わってきた。そうだ、ヤマトはいつでもそうだったのだ。もうダメだと思っても、最後の最後まであきらめないのが、ヤマト魂なのだ。そして、佐渡もヤマトの一員だった。
 佐渡は、後ろの沖田を振り返った。沖田が力強く頷くと、それに頷き返して答えた。

 「……わかった。やってみよう。じゃが、期待はせんでくれ。蘇生に成功するかどうかもわからんし、その後どれだけ島の体が持つかどうか、わしにもわからんのじゃ。だが、わしの力の限り、やるだけやってみよう!」

 「先生!!」

 力強い佐渡の言葉に、進が涙声で叫んだ。そして佐渡がもう一度大きく頷いた。

 「うむっ。雪っ! 至急、手術室の手配を!」

 「はいっ!」

 届いたストレッチャ―に島を移すと、佐渡と雪は、それを押して部屋から出ていった。進もその後を追った。


 その20分後、佐渡達医療スタッフの必死の努力の甲斐あって、島大介の心臓は再びその鼓動を取り戻した。しかし、その命の炎は、地球の命運と共に風前の灯であった。

 島の命を救うため、そしてなによりも地球全人類の命運を背負って、ヤマトはアクエリアスの地球接近を阻止するための最後の作戦を迫られていた。

Chapter 8 終了

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