命、繋いで

−Chapter  9−

 (1)

 医務室の手術室前、進は一人立ち尽くしていた。佐渡と雪そしてアナライザーは、島を連れて手術室に消え、廊下に残された進はただ祈リ続けるしかなかった。

 (島っ! 助かってくれ!! 生きろ!生きるんだ、島!!)

 手術室は上からその様子を見ることができる。進はそこに上がって下を見下ろした。
 佐渡や雪が忙しそうに手を動かし、島の体に様々な器具が取り付けている。蘇生の処置が施されているのだ。
 しかし、既に5分以上経過した今も、その顔にはまだ何の表情も浮かんでいない。苦悩すらも浮かんでこない!

 その時、班長の怪我を知った航海班のクルーの一部が駆けつけてきて、進に現状を尋ねたが、今はまだなにも答えられない。
 ただ、必死に蘇生のための治療を続ける佐渡たちに、そこにある全ての視線が集まっていた。

 だが、しばらくしてもその反応は芳しくなかった。1秒1秒の時が過ぎるたびに、皆の心に落胆の色が少しずつ広がっていく。止血のための応急処置を終えた雪が、佐渡たちの作業を祈るように見つめていた。

 そして20分が過ぎても反応のない島の様子に、クルー達からため息が漏れ始めた。進の心にも「あきらめ」と言う文字が浮かんでくる。
 もう二度とあの笑顔と自分を叱咤激励する声が聞こえないのかと、進も大きなため息を吐いた時、手術室の動きが急に変わった。

 うつむいて島に覆い被さるように作業をしていた佐渡の体が、手術室に入ってから初めて起こされた。それと同時に、雪がはっとしたようにモニター画面を見た。
 だが、進たちのいる外からはそのモニターの様子は見えない。佐渡の動きが止まったことを、誰もがすぐには吉報とは受け取れなかった。いや、逆にとうとう蘇生をあきらめたのかさえ見えたのだ。

 「どうしたんだ?」

 「やはりだめなのか……!!」

 「島さんっ!」

 クルーたちの間にざわめきがひろがり、進も目を閉じて天を仰いだ。そして最後通牒を受ける面持ちで、もう一度手術室の中を見た。
 すると、その進の視線に気付いたかのように、雪がゆっくりと進のいる後上方の窓を見上げた。雪の目に涙が浮かんでいる。進の胸が再びズキリと痛んだ。

 (だめなのかっ!? 島っ!!)

 が、その直後、雪は口元に笑みを浮かべ、進に向かってしっかりと頷いたのだ。

 (えっ!?)

 始め進は、雪が微笑んでいる意味がよくわからなかった。雪が頷いたこともすぐに理解できなかった。後ろのクルーたちから大きな歓声が起こって始めて、島が再び生を取り戻したことを認識したのだ。

 「やったぁ!! 島さんが生きかえったぞ!」

 「ひゃっほうっ!」

 そんな歓声が室内にも聞こえたかのように、佐渡も僅かに笑みを浮かべて外を見上げた。それは確信のなかった進の心に、はっきりと島の生還を伝えるに十分なものだった。

 「島っ!!」

 進の目に、さっきまでとは違った熱い涙が溢れ出してきた。

 (2)

 島の心臓は再び鼓動を取り戻した。雪の指示で手術室から出てきた看護師から、佐渡たちは、続けて怪我の治療のための手術に入る旨を知らされた。およそ1時間程度で終了するらしい。

 進はその報告を受けると、第一艦橋へ伝えるべく、近くの通信マイクのスイッチを押した。伝わった進の言葉に、マイクの向こうからも歓声が聞こえてくる。
 そしてその歓声が収まるのを見計らって、沖田の声がマイクから聞こえてきた。

 「それで島は今どうしている?」

 「はい、今度は怪我の処置をしている様子です」

 進は答えながら自分が興奮しているのに気付いた。言葉が上滑りしそうな感覚を必死に抑えながら冷静に答えようとした。

 「すぐに終わりそうか?」

 「1時間程度だそうです」

 「そうか……」

 沖田は、進の回答にいつもと変わらぬ口調で答えた後、数秒の沈黙があった。

 「では、島の手術終了後すぐに、アクエリアスを追って太陽系に向けてワープを行う。ワープの操縦は、アナライザーにしてもらおう。手術終了後、こちらに連れてきてくれんか」

 「はい、了解しました!」

 進ははっきりとした口調で答え、通信を切った。アクエリアスの地球への接近の阻止――ヤマトが今本当にしなければならないことはこれなのだ。進は再度自分に活を入れなおした。

 (アクエリアスを止めなければ…… なんとしてでも、どんなことをしてでも…… あの少年のためにも、そして……島のためにも)

 新しい手立てを思いついたわけではなかった。しかし、ヤマトならヤマトと一緒なら、そして島がいてくれるなら、自分はまだあきらめてはいないんだということを再度確認するのだった。

 (島……)

 進は、再び島の処置の様子を見た。一命を取りとめ眠る親友の姿を見つめていると、宇宙戦士訓練学校以来の様々出来事が次々と浮かんできた。
 訓練学校時代の出会いと始めの頃の確執、少しずつ心が通じ合うようになってからのこと、火星での最終訓練時の事件。
 そしてヤマトでの様々な出来事。恋のライバルとして内心心を乱したこともあった。仕事の上でのライバルとして、睨み合い、また励ましあったこともあった。進と島は、ヤマトと共に成長してきたのだ。
 その何もかもが進にとっては宝物のように輝いていた。自分が今ここにあることは、島が存在するからこそだと思う。公私ともに渡って自分を支え続けてきてくれたのが、島大介なのだ。

 (島、お前にはまだまだ借りがあるんだ。それをちゃんと返させてもらわないと困るんだ。それに、テレサさんのためにも……な! 俺は彼女におまえのことを頼まれたんだ。簡単に死なれてたまるもんか!)

 島をそして自分を励ますように、進は心の中でそう呟いていた。

 (3)

 およそ1時間後、島の手術は終わった。看護師が島のストレッチャーを、ゆっくりと押して手術室から出てきた。島は、まだ全く意識を取り戻した様子もなく、静かに眠っている。
 ストレッチャーはガラガラと小さな音をたてて、進たちの前を通り過ぎ集中治療室へと移っていった。その後から、佐渡、雪、アナライザーが出てきた。

 「先生!」

 進が三人のところに掛けつけ声をかけた。

 「古代か…… なんとか一命は取りとめた……」

 ほっとしたように佐渡が微かに微笑んだ。雪も隣で目を潤ませている。

 「そうですか! よかった。すぐに地球へ向けてワープしなければならないのですが、大丈夫でしょうか?」

 進は佐渡から「大丈夫」という言葉を聞けるものと確信して尋ねたが、予想に反して、佐渡の顔から笑みが消えた。

 「うむ、それは……わからんな」

 渋面を作り、眉をしかめる佐渡に、進が再び気色ばんだ。

 「先生!」

 佐渡に詰め寄る進を、隣の雪が制して、小さく首を振る。

 「古代君、島君が今命を取り戻したことだけでも奇跡的なことなのよ。これからワープに耐えられるかどうかなんて…… 誰にもわからないわ……」

 「しかし……」

 「でも! 島君ならきっと…… そうでしょう?古代君!」

 雪が真剣な目で進を見つめた。誰もが同じ思いなのだ。医学的な根拠などなにもない。だが、島ならきっと耐えられる。皆がそう思うしかないのだ。

 「…………ああ」

 進もやっと頷いた。しかし、佐渡の言葉はさらに進の心に追い討ちをかけた。

 「それとな、古代。島の状態じゃが、今の処置はあくまで応急処置でしかないんじゃ」

 「というと……」

 「つまり……はっきり言うがな、このまま放置しておけば助からんということじゃ」

 佐渡と雪の瞳が同時に曇った。現実に患者に接している者だけがわかることもある。静かに眠っているような島の穏やかな寝顔だけを見ていれば、もう大丈夫と安心したくなるくらいなのだ。

 「なっ!?」

 「さっきも言ったが、ここの設備とわしひとりだけでは、島を助けられん。地球の連邦中央病院の設備とそれから優秀な外科医が数名必要なんじゃ。いや、それとて必ず助けられるとは、わしにも言えんのじゃよ。とりあえず、地球の連邦中央病院には、緊急手術の連絡はいれておくがの。
 後は、島の生命力に期待するしかないんじゃが、それもまずは、地球に戻るまで命を保ってもらわんことには……」

 辛そうな顔で説明しながら、佐渡はふっと息をついた。

 「どれくらい…… どれくらいの間に地球に戻れれば、島は助かる可能性があるんですか?」

 当然の質問であるが、佐渡は困ったようにしばらく考えてから、やっと口を開いた。

 「おそらく……48時間以内かのう。それがギリギリの線じゃな」

 進が頷く。それが現実なのだと認識した。48時間以内に、地球をアクエリアスの水禍から守り、島を病院施設に届けること。それが自分に課せられた任務なのだと。

 「わかりました。とにかく、ヤマトをワープさせないと…… アナライザー、操縦の方、頼むぞ。島や俺たちの運命が、お前の腕にかかっているんだからな」

 「了解シマシタ! スグ第一艦橋ヘ 行キマショウ。島サンノタメニモ ガンバリマス。ヤマトノ操縦ハ 任セテクダサイ!」

 アナライザーは、ロボットとは思えないほどの浪花節根性の持ち主である。進の言葉に、張り切って答えた。さらに、

 「アナライザー、お願いね」

 愛する雪―それがたとえ他の男のものであるとわかっていても、彼にとっては今も愛する人である―の頼みとあれば、彼は120%、いや200%の力を出せる「男」なのだ。

 「ハイッ! 雪サンノ為ナラ ワープデモ 波動砲デモ!!」

 「よし、行こう! 雪、後を頼んだぞ!!」

 調子に乗ったアナライザーが張り切って先にたって歩き出した。その後を、進も苦笑しながら追いかけようとした時、雪が呼びとめた。

 「古代君、ちょっといい?」

 (4)

 雪の声に進が立ち止まって振りかえった。アナライザーは何かを察したかのように、そのまま先に行ってしまった。

 「どうした?雪。すぐにワープに入らないとならないんだ。急ぐのか?」

 「ええ…… あの……」

 雪は何かを言いたそうにしたが、言葉が出てこなくて口篭もってしまった。うつむき加減になる雪の肩に、進はそっと手を置いた。

 「雪…… 心配かけたが、ちゃんと帰ってきただろう? 俺はいつも、いつだって君のところに帰ってくるよ。それに島もきっと助かるさ」

 「ええ、わかってるわ、古代君」

 進の手の温かみと優しい言葉に、雪の瞳が潤んだ。肩に置いた進の手がすっと上がり、愛する人の頬にそっと触れた。うつむいていた雪の顔がゆっくりと上を向き、進を見つめる。

 雪が瞬きを一つした。一瞬閉じられた瞳から一粒の涙がこぼれ、添えた手をぬらす。進がその涙の後を親指でぬぐおうとした時、雪は大切そうにその手を、自分の両手で包んだ。そして強く握り締め、自分の体の前まで降ろした。

 「俺だって、あの衛星都市が爆発した時、ヤマトと君がどうにかなったんじゃないかって……」

 進が訴えるように見つめ、雪は握っていた手を緩めた。

 「雪……」

 進は、手が自由になったのを合図に両手を広げると、いきなり雪を強く抱き寄せた。

 「あ…… わたしは……大丈夫よ。私もヤマトも……」

 息苦しいほどの抱擁の中で、雪が途切れ途切れに話す。後は、伝わるぬくもりが互いの気持ちを伝え合っていた。

 (5)

 そしてもう一つ、雪は、彼に告げなければならないことを、やっと口に出した。

 「私は大丈夫よ。でも……あの……あの子が……いないの。あなたが助けた……あの」

 「えっ? あ……」

 進が驚いたように、抱き締めた雪を体から少し離し、その顔を覗き込んだ。雪の瞳に見る見るうちに涙が溢れてきた。

 「ごめんなさい! 私が目を離したばっかりに…… あの子、いつの間にかいなくなって…… きっとあの衛星都市に降りて……あの爆発に……」

 最後は涙で詰まって消え入りそうになる声を、なんとか絞り出すように、雪はその事実を伝えると、またうつむいてしまった。

 進の顔が見れない。
 彼はきっとひどく落胆するだろう。ここにきてやっと、心を打ち溶け合えるようになったというのに。どうして、あの子を行かせてしまったんだろう。
 雪は、進にその事実を告げながら、自責の念に駆られていた。

 そんな雪を愛しそうに見つめてから、進は雪の両腕をしっかりと掴んだ。意外にも静かで穏やかな声が、進の口から漏れてきた。

 「雪…… あの坊やの最期は……俺が看取ったよ」

 「えっ?」

 驚いて顔をあげると、進は悲しげな笑みを浮かべ、小さく頷いた。

 「あの坊やは死んだよ。だけど、雪のせいじゃない。詳しい話はまたゆっくりするけど、とにかくあの子は、俺らを助けてくれたんだ。そして……死んだ。地球をもう一度見たかったって言って」

 「……古代君?」

 進の顔が引き締まり、再び戦士の顔に戻った。

 「だから、あの子のためにも俺達は地球を守らなければならないんだ」

 「でも……どうやって?」

 不安げな雪をもう一度見据えて、進はきっぱりと言った。

 「わからない。だが、まだ時間がある。必ず、なんとか手立てを考えるさ」

 「ええ…… 信じてるわ」

 雪の顔からも戸惑いが消える。彼なら、そしてヤマトなら、まだきっと地球を救う道を見出すに違いない。そう信じられる何かが雪にはあった。

 (6)

 進が第一艦橋に戻ると同時に、ワープの秒読みが開始された。

 「地球へのワープ開始まであと10分!」

 太田が叫んだ。進がその太田の横顔を見た。彼も厳しい顔でワープに臨んでいる。
 進は、さっき島が命を取り留めたと聞いたときの太田のなんとも言えない嬉しそうな顔を思い出した。

 ヤマトの初めての航海以来、操縦士の島と、航路計算とレーダ担当の太田は、二人三脚で航海班を指揮してきた。
 島が倒れ手術室に担ぎ込まれた時、航海班として共に戦ってきた一番の部下として、彼もついて行きたかったことだろう。
 しかし、雪が看護師として島に付き添い、進も感情に任せ後を追った。だから、太田は何も言わずにそこに留まったのだ。
 太田には、島のために今最もしなければならないことが、わかっていたはずだ。それは島や進の代わりに、仲間達と共に第一艦橋を守ること。そして雪の代わりに、レーダーを見逃さないこと。
 島の後を終えない太田が、どんな思いでその持ち場を守っていたのかと思うと、進の胸は熱くなった。

 (太田、島はきっと助かるぞ。助かるに決まってる! 頑張ろうぜ)

 そんな進の心の叫びが聞こえたのか、太田は自分を見つめる進の顔を見て、黙って小さく頷いた。

 「ワープ開始マデ 後5分。航路確認完了! ヤマトハ 予定通リ 冥王星ノ軌道付近ニ ワープアウトノ予定!」

 「エネルギー充填80%!」

 刻々とワープ準備が整っていく。2分後には、エネルギーもワープに必要な120%に到達する。そして……

 「ワープ開始10秒前! 9、8……」

 アナライザーの最終秒読みが始まった。

 (島っ、行くぞ!! 絶対に、これに耐えろよ!!)

 ヤマトは、予定通り地球へ向けてワープを開始した。

 (7)

 「ワープ完了!」

 アナライザーの声と共に、艦橋の窓から見える景色がいつもの星空に戻った。ワープ完了と同時に、医務室から連絡が入った。相原が受けて嬉しそうに叫んだ。

 「島さんは無事にワープを乗り越えたそうです!」

 その声に、クルーたちから安堵の声がもれる。進もほっとしながら視線をヤマトの前方に向けた。そこには、アクエリアスが水色の美しい光を放っていた。

 「ああ……」

 それを見ると、島の無事を喜ぶ気持ちが、再び暗澹たる気持ちに戻っていく。
 あの美しいアクエリアスが今は地球にとって存亡にかかわる大凶星なのだ。あれが地球に到達したら…… 第一艦橋の面々の心に同じ映像が映し出される。
 あのディンギル星で見た大水害。地球も同じ運命をたどることになるのだ。もちろん、島を助けることもできなくなる。

 (なんとかしなければ……だがどうやって!?)

 進を始め、皆の心によぎるのはその言葉だった。その時、相原が通信センサーの反応に気付いた。

 「地球防衛軍司令本部から入電です」

 「うむ、メインパネルに切り替えろ」

 沖田の指示で切り替えられたメインパネルに、藤堂の姿が大きく映し出された。渋面で見詰め合う藤堂と沖田の口は互いに重かった。
 決定的な解決策を講じられなかったことを詫びる沖田に、藤堂はねぎらいの言葉をかける。しかしその声は、既にあきらめの境地に入っているかのような力のないものだった。
 だが、沖田はそれを払拭するように力を込めて言った。

 「わしはまだあきらめておらんよ」

 「しかし、この期に及んでどんな手段があると言うのだ!?」

 えっ!?となる藤堂と艦橋のクルー達の視線が、沖田に集中した。それを彼は、無表情のまま受けとめた。

 「わからん。ない、と言ったほうがいいのかもしれん。だが、わしは絶望せん。この若者達とヤマトがある限りはな」

 沖田の話に、一つ一つかみ締めるように頷いた藤堂は、涙ぐみそうな目をしっかりと開いて受けとめた。そして、自分もヤマトがある限り、最後まで決してあきらめない、と答えた。
 最後に、地球市民は皆地下都市へ避難をすませたと告げた。大量の水にどれだけ浸水が防げるかは不明だが、ただ地上で水没を待つよりも、生存の可能性があるだろうと告げて、通信は終わった。

 (8)

 パネルから藤堂の顔が消えた。しかし、艦長沖田の言葉を、胸を熱くして受けとめたのは、藤堂だけではない。そう、もちろん、進を始めとするヤマトのメインクルー達だ。

 (沖田艦長はまだあきらめておられない。俺たちのいる限り、ヤマトのある限りあきらめない、と。そうだ、最後まで戦うのが男の道なんだ! だがしかし、どうやったら……)

 何かせねばと、解決策が思い浮かばぬまま堂々巡りを繰り返していた進の目に、アクエリアスの巨体が大きく映った。

 (アクエリアス……水の惑星…… 水……H2……O…… ん!? そう言えばっ、重水!?)

 進の脳裏に、ディンギルがアクエリアスに建設していた重水のエネルギー吸収プラントが突然鮮やかに浮かび上がってきた。アクエリアスの重水の中にはトリチウムがふんだんに含まれている、と真田が言っていた。
 重水とトリチウムを核融合させれば、莫大なエネルギーが得られる。それをディンギルではエネルギー源として使っていたに違いない。
 それは当然、大量に一気に燃焼させることで大きな爆弾にもなるのだ。

 (あれをなんとか利用して、アクエリアスの方向を変えることができないだろうか。いや、アクエリアス自身でなくてもいい、アクエリアスから地球に向かう水柱の流れを他に逸らすことができないだろうか? だが……)

 時間がなかった。アクエリアスの最接近まで、あと18時間を切った。新たに兵器を開発し爆弾やミサイルを作るには、例え最高の科学者たる真田を以ってしても、18時間は、いかにも短すぎる。

 (兵器が作れないとすると、すぐに使える器にあの重水を入れるしかない。器……!? ……しかし、それは)

 進がそこまで考えた時、沖田が口を開いた。

 「太田、現在、敵の存在は認められるか?」

 「いえ、全く反応はありません」

 ディンギルの都市衛星が爆発した時に逃れた残存部隊がいるはずだった。しかし、今現在は、ヤマトのレーダーの届く宙域に、その姿がないという。
 最後のワープをすませたアクエリアスが地球を水没させるのを、高みの見物でもするつもりなのだろうか? そう進が思ったとき、沖田から意外な指示が出た。

 「うむ、よし。それでは一旦戦闘体制を解除する。ヤマトはアクエリアスとの距離をこのまま保ったまま追随せよ。古代、戦闘で疲れた者も多いだろう。皆交代で仮眠を取るよう、艦内に指示を出せ」

 いきなりの戦闘体制解除に、進は驚いた。

 「しかし、艦長! 後18時間でアクエリアスは地球との最短距離の位置に達するんです! そんな余裕は……」

 「古代、その時が来れば、地球は大打撃は必至だ。わしも、なんとかそれを食いとめたいと思っている。そのための策を、今少し静かに考えてみようではないか。疲れがたまった頭では考えられることも考えられんだろう。確かに18時間しかない…… しかし、まだ18時間あるのだ。
 航行と警備に必要な者以外は、体と頭を休めるのが第一だ。明日の朝までできる限り仮眠をとるよう、みなに伝えてくれ。いいな。
 そして考えようではないか。地球を救うための何か手立てを……」

 沖田がぐるりと周りを見まわした。その視線と合うにあわせて、それぞれのクルーが頷いて、沖田をじっと見返す。そして再び視線が中央に戻り、沖田と進の視線が真正面からがちりと出会った。

 「古代、復唱は?」

 「……はっ、戦闘体制を解除し、可能な限り仮眠を取るよう指示します」

 進は、姿勢を正して復唱しながら、さっきの最後の手段として思い出した策について、再び考えを巡らしていた。

 (沖田艦長…… 俺は……ヤマトを……)

 「それでは解散する!」

 沖田はそう宣言と同時に、艦長室へと消えた。

 (9)

 沖田がいなくなった後、進は指示通り、艦内に戦闘解除の放送を入れた。

 「ココハ ワタシガ イマスカラ 皆サンハ 明日ノ朝マデ ユックリト 休ンデクダサイ」

 疲れを知らないロボットのアナライザーが、皆を気遣って自分が当直を申し出てくれた。だが、第一艦橋のクルー達は、誰一人席を立つものはいなかった。沈黙が続く。皆、手立てを考えているのだろう。
 進も先ほどの考えをもう一度整理してみた。他の手立てがあるならば、それに越したことはないのだ。どうしても、それしか方法がないのか、進は再度考え始めた。

 そして、刻々と時が過ぎていった。過ぎ行く時を感じると、クルー達の心の中には、何とかしたい気持ちとは逆の弱気な思いも、頭にもたげ始める。

 (もし、このまま地球が水没してしまったら……?)

 通信席に座る相原の心に、そんな不安が沸き上がってきた。

 (もしも、地球を救うことができなかったら、ヤマトはこのままどうすればいいのだろうか? アクエリアスの水が地球を襲えば、人類はおそらくほとんどが死滅してしまうんだ。そう、ほとんど全てが…… !!晶子さん!!)

 その思いが、とうとう相原の口をついて、出てきてしまった。

 「もしも……もしも、地球を助ける手段が見つからなかった時は、僕らはどうするんですか?」

 「えっ!?」

 ぽつりと漏らされた誰に問うでもないその言葉に、全員が反応し、ハッとしたように相原を見た。相原はさらに続けた。

 「もし有効な手立てが見つからなかったら、僕は……僕は、地球へ帰りたい。ヤマトと僕らだけが生き残ったって……」

 そこまで言って、相原はうつむいた。先ほどの地球防衛軍との通信の際、藤堂の後ろに晶子が小さく映っていた。相原には、彼女が不安げな表情で自分を見つめていたように思えてならなかった。そしてまた、たった一人で暮らす年老いた母も地球に残しているのだ。

 (もしもの時は、彼女のそばにいてやりたい。死ぬのなら母さんのそばで……)

 しかし、そんな思いを抱いているのは相原だけはない。彼の思いは、ヤマトのクルーみんなの思いなのだ。誰にとっても、地球にはそれぞれの愛する家族や恋人達がいる。もしも助からないのなら、最期の時を迎える時は共にありたいと思うのは当然のことであろう。

 その思いがずしりと心にのしかかったのか、艦橋の中はさらに重い沈黙に包まれた。進にも相原の気持ちは痛いほどわかっていた。

 (俺だって雪を地球に置いていたら、同じことを思うだろう。いや、雪がここにいるとか、いないとか、そういう問題じゃないんだ! そうだ。ヤマトだけが残ったって仕方がないんだ…… やはり、あの手段をとってでも地球は救わなければならない!)

 (10)

 あの手段とは…… つまり、アクエリアスの重水をヤマトに汲み上げ、波動エンジンを起爆剤に、重水とトリチウムの核融合を誘発し、ヤマト本体を爆弾として使うということである。

 ヤマトをアクエリアスの至近距離で爆破させれば、アクエリアスの進路が変わるかもしれない。それが無理ならば、地球へ伸びた水柱の真中で爆破させれば、爆発のエネルギーによって水柱の流れは、四散するか、または変わるはずだ。

 白色彗星との戦いで帰還してしばらくたった頃、もしあのままヤマトが巨大戦艦に突入していたらどれほどの爆発が起きたかという話を、真田としたことがあった。その時に、真田が言ったのだ。

 『ヤマトの波動エンジンは非常に強力な爆発力を持っている。しかしあれだけ巨大なものを爆破させられたかどうかは疑問だな。もちろん、敵戦艦の動力炉と連動すればわからんがな。それとも、ヤマトに核融合させられる重水素でも積んでいれば、話は変わるかもしれんがな』

 そんな話をした後、真田に釘をさされた。

 『こんな話を聞いたからって二度と変な気を起こすんじゃないぞ! どうしてもヤマトを爆破しなければならないときは、自動制御できるようにしてあるんだからな!』

 真剣な表情で迫る真田に、進は苦笑して頷いたことを思い出した。自動制御が可能なら、たとえヤマトを失うことになっても、艦長も真田もウンと言ってくれるだろう。

 (艦長に提案してみよう……)

 「相原、心配するな。地球は必ず助けるさ、絶対に。だから……」

 「古代さん! 何か思いついたんですか?」

 進の言い方が何かしらの確信を持っているように思えて、相原がすがるような顔で見た。しかし進にも今はまだ即答はできなかった。

 「……いや、まだ。もう少し時間をくれ。少しゆっくり考えてみたいんだ。皆も少し休んだほうがいいぞ。アナライザーの言葉に甘えて、俺は部屋に戻る。みんなもそうしろ!」

 その時、進の「何か」に思い立った男が、第一艦橋に一人だけいた。真田志郎である。

 (古代……まさか、お前?)

 艦橋のエレベータに向かって歩く進の後姿を見て、真田は立ち上がった。

 「俺も休ませてもらうぞ。お前達もそうしろ!」

 真田は、目線で進を追いかけながら歩き出した。そして、エレベータに乗ろうとした進に追いつくと、二人は並んでエレベータに消えた。

 艦長に続き、元艦長の戦闘班長の進と副長の真田が、休むと言って第一艦橋を出ていくのを見て、やっと南部も立ち上がった。

 「とりあえず部屋に戻って休もうぜ。艦長の言う通りだ。疲れた頭じゃ何も思いつかない」

 南部が同意を求めるように呟くと、太田と相原が頷いてゆるゆると立ち上がり、最後に山崎も立ち上がった。

 「アナライザー、悪いな、頼んだぞ」

 「了解シマシタ!」

 4人は、進たちを降ろして再び上がってきたエレベータに並んで乗った。

 (11)

 一方、進とエレベータに乗った真田は、進の顔を探るように見た。進は黙ったままじっと斜め下一点を見つめている。

 「古代…… さっき相原も言っていたが、何か思い当たる策でもあるのか?」

 真田の問いかけに、進はふっと小さな息を吐くと顔をあげた。そして少し考えるようにしてから、「いえ、まだ」と小さく答えた。が、真田はその答えに納得しなかった。

 「ほんとうか? お前、また一人で背負い込むつもりじゃないんだろうな!」

 真田の鋭い視線が、進を睨む。それを察したように、進も真田に顔を向けた。

 「真田さん…… 地球が滅んで、ヤマトだけが残っても仕方がないですよね?」

 「どう言う意味だ!?」

 真田がさらに眉を潜めて問いかけた時、エレベータが士官居住区に着いた。ドアが開くと、進は先に立って降りた。そして振り返って降りてくる真田に向かって話し始めた。

 「ヤマトにアクエリアスの重水とトリチウムを積んで、波動エンジンを起爆剤に核融合を起こして大爆発を誘発する。これで、アクエリアスの進路を変更することができませんか?」

 「お前やっぱり!」

 真田が気色ばんだ顔で、進の両肩をがっちりと抑え込んだが、それをなだめるように、進は微笑んだ。

 「違いますよ。僕は…… だって『ヤマトの爆破は、自動制御でできる』と言ったのは、真田さんでしょう?」

 「む…… そ、そうだったな」

 進に切り返されて気勢をそがれたのか、真田はあたふたと答え、進から視線を逸らせた。その横顔に、進が真剣な面持ちで尋ねる。

 「可能でしょうか?」

 真田は即答しなかった。じっと何かを考えるようにしてから、ゆっくりと答えを選ぶように話した。

 「……アクエリアスの進路を変えるほどのエネルギーは難しいかもしれんが…… 再接近時に地球ヘ伸びる水柱の流れを変えるくらいなら……可能だと思う」

 「それじゃあ! それを、ヤマトの自動制御で出来るんですね!」

 「あ……ああ」

 我が意を得たりと喜ぶ進に対して、真田の反応は思いの他鈍かった。視線も進からはずしたままだ。そんな様子に、進が怪訝な顔で声をかけた。

 「真田さん?」

 「あ、いや…… そうだな、大丈夫だ。お、俺が保証するよ……」

 ハッとして真田は顔を進に向けて、そう告げた。しかしその表情には、いつもの真田らしいきっぱりとした切れがなかった。
 進はそれに気付いたのか、気付かなかったのか、そのことには触れようとはしなかった。

 「……そうですか。ヤマトのことは辛いですが、もう……こうするしかないと思っています」

 「そうか…… そうだな」

 真田が小刻みに頷いた。それはまるで震えているようにも、自分に納得させているようにも見えた。

 「艦長も休んでおられるだろうから、しばらくしてから相談に行ってみます。ありがとうございました」

 進は頭を下げると、先に自室へと歩き始めた。その後姿を見つめながら、真田は胸がかきむしられるような苦しみに襲われていた。

 (古代…… 自動制御は……むずかしんだ。水柱の伸びるその瞬間を捕らえるという微妙な操作は、自動制御では難しい。不可能だとは言わないが、一度しかないチャンスで、もし失敗したら後がない。
 だが俺がそう言えば、お前は必ず自分の手でやると言うだろう。それがわかっているだけに、俺には言えなかった。
 沖田艦長がどんな判断を示されるのか…… 艦長も自動制御で行くと言えば、このまま黙って僅かなチャンスに賭けたほうがいいのだろうか? それとも……!?)

 真田も何をどう選択して、行動すればいいのか、決めかねていた。

 (12)

 そして、先に歩き出した進も、先の真田の態度に何かしら違和感を感じていた。自室のドアを入ったところで立ち止まると、考えを巡らしてみた。

 (真田さんの反応が、どこかおかしかった。なぜかおどおどしたような…… あの人が、あんな表情を見せることなんて、ほとんど見たことがない。あれは確か……自動制御の話を出してからだ。ということは……もしかして!? 自動制御は無理だというなのか!!)

 進は愕然として、視線を宙に浮かせた。自動制御が無理、もしくは失敗の確率が高いということになれば、それはもちろん、手動での作業しなければならないということになる。

 (誰かがヤマトに残って操作しなければならないということか……!)

 その誰かとは誰か? 進の答えはすぐに出た。波動エンジンの内部爆破を行うための引き金は、当然ながら波動砲のトリガーである。それをいつも握っているのは……自分なのだ。

 (それは、俺の仕事だ……)

 そう考えると、真田の反応が怪しかったも容易にわかった。進にこの選択をさせたくないが為の反応だったのだろう。ヤマトに残るということは、当然それはイコール「死」を意味するのだ。
 だが進にとっては、地球を救うために、波動砲の最期のトリガーを引くこと、引いてはヤマトと共に最期まで使命を果たすことは、辛い選択ではあっても、他人に譲れるものでもなかった。

 (ヤマト…… お前と一緒に俺は最期までやるぞ! 地球を救うためにな)

 自分を鼓舞するように心の中で叫んだ時、同時にズキリという鈍い痛みが胸を貫いた。視線を眼前のテーブルに向けると、そこには一人の女性の写真が飾られていた。

 「雪……」

 誰よりも大切な最愛の女性のことを、進は思った。そして、自分のこの決意を知った彼女がどんな行動をとるだろうということも手に取るようにわかる。一度、身を持って知っているのだ。

 (彼女は一緒に残ると言うに違いない。しかし……やっぱり、雪を連れていくわけには…… だが……)

 進は大きく深呼吸すると、部屋の電話のボタンを押した。呼び出し音が数回なった後、佐渡の声が聞こえてきた。

 「医務室じゃが……」

 「佐渡先生、雪はいますか?」

 「雪なら部屋に戻ったぞ。ほれ、さっきお前さんが戦闘体制解除の艦内放送をしたじゃろう。あの時に部屋に戻るように言ったんじゃ。島も今は落ちついているし、休んでおいた方がええと思ってな」

 「そうですか、わかりました。じゃあ、そっちに行ってみます」

 進はそう答えると電話を切り、再び自分の部屋を出た。目指す先は、数ブロック先にある最愛の人のいる部屋だった。

Chapter9 終了

Chapter 8へ     Chapter10へ

トップメニューに戻る    オリジナルストーリーズメニューに戻る    目次にもどる 

(背景:Giggrat)