デート気分はジャングルで(宇宙戦艦ヤマトより)

 (1)

 西暦2200年6月のある日、イスカンダルを立ったヤマトは日々地球へ向けて航行を続けていた。往路での激しい戦闘のために予定よりは遅れたものの、地球到着は9月上旬の見込みで、なんとか地球を救えるめどが立ったヤマト艦内は明るさを取り戻していた。
 ガミラスとの戦い、イスカンダルでの出来事を通して、互いへの想いを深めた古代進と森雪もまだその想いを伝え合うことはできていなかった。
 ただし、進の雪への思慕は既に往路から有名だったし、雪も最近は進への気持ちを無理に隠そうとしなくなったようで、雪が進に気があるらしいという話は既にヤマト艦内では周知のこととなりつつあった。

 そんなある日のチーフ会議。この日はたまたま沖田も具合が良く参加していた。

 「艦長、現在通過中の星系の第2惑星に有用な鉱物資源を多種類発見しました。出来れば立ち寄って資源の採取をしたいのですが。もう敵の攻撃はないとは思うのですが、万が一のためにも不足になった資源を補っておきたいのです」

 工作班長の真田が沖田に向って提案した。往路では七色星団エリアを通過した空域だったが、レーダーの効かないエリアを避け別の航路を取った。その途中に今回真田が発見した惑星があった。

 「うむ……備えあれば憂いなし、というからな。島、航行スケジュールの方はどうだ? 余裕はあるのか?」

 「はい、帰りは戦闘によるロスをあまり考えなくても良いですから。また、今までもスケジュールは順調に進んでいます。現在、予定の航海に数日の余裕があり、惑星での発掘作業には問題はないかと……」

 島は、歯切れ良く簡潔に答えた。沖田はそれに頷くと真田に命じた。

 「よし、真田、鉱物採取の許可をしよう。それから、その星の環境はどんなものなのだ?」

 「はい、地球によく似た空気属性を示しているようです。ヘルメットなしでも作業が可能です。若干温度は高目かもしれませんが…… 知的生命体の存在は確認しておりません。爬虫類、甲殻類などが繁殖しているのではないかと思われます。ちょうど、数万年前の地球に似た感じと言えばよくわかるでしょうか」

 「うむ……ということは、植物なども豊富なのだな?」

 「はい、それは間違いなく」

 「そうか、森君。植物採取も同時に行うかね?」

 「はいっ! そうさせていただけるとありがたいです。少しでもたくさんの野菜類をみなさんに食べてもらえるのは健康のためにいいですから…… とりあえず、食用に適しているか探索に行かせてください!」

 雪は嬉しそうに即答した。が、それに進が異議を唱えた。

 「けど……艦長! 地球の過去のように巨大な爬虫類、つまり恐竜みたいなのがいるのでは……上陸は危険ではありませんか?」

 「どうだ? 真田」

 「可能性はないとは言えませんが、今までのデータからは大型の動物の存在は確認されていません。もちろん、気をつけるに越したことはありませんが……」

 「心配か?古代、雪を行かせるのが」 島が隣から進の耳元で囁く。

 「ば、ばかっ! そう言う問題じゃあ…… あの、ビーメラ星のこともあるし、一応用心した方がいいに決まってるだろう」

 図星をつかれ、赤くなりそうな顔をしかめて進は、ひそひそと島に言い返した。小さな会議室のことだ、二人の小声での会話も沖田達の耳に入る。沖田は目で笑いながら、進に命じた。

 「よし、古代。お前は、護衛として森に同行して上陸しろ。真田君の方も、戦闘班から何人か護衛に出してもらえ。それでいいかな? 古代」

 「あ……は、はい……」

 進が慌てて答える。艦長に聞こえていたのか……と焦る進に、島もその隣に居た徳川も笑いを必死に我慢している。雪はその展開にちょっと頬を染めて進の方を見た。真田も笑いを堪えながら雪に声をかけた。

 「それから、雪、今回は鉱物採取の方に、アナライザーが必要なんだ。植物の調査は機器を持ちこんでやってくれないか? 一人で無理なら助手を連れていってくれないか? まあ、古代に手伝ってもらってもいいし……」

 「はい、わかりました。調査機器は全部揃っていますから、一人でも作業はできます」

 雪はあっさりと了解した。

 「調査後、有益な植物が存在することが判った時点で、連絡をして下さい。すぐに採取部隊を降下させますから」

 通信班長の相原が、雪に最終確認をする。

 「わかりました! 古代君、明日はよろしくねっ!」

 雪は進にニッコリと微笑みかけた。進はその笑顔にドキッとする。何度見ても進の心をときめかす笑顔がそこにあった。

 (雪は一人で作業できると言った……ということは、護衛の俺と二人きり!? うわぁお〜!)

 進には、任務とは言え何か浮かれるものがあるのも事実だった。
 (2)

 会議を終えて皆はぞろぞろと会議室を出てきた。雪と真田は忙しそうに駆け出て行く。調査の準備作業があるのだろう。進がそんな雪の後姿を目で追っていると、相原が後ろから肩をポンと叩いた。

 「こ〜だいっ! よかったっすねぇ…… 雪さんと『でえと』できるなんて、ラッキーだよなぁ。この際、一気に告白しちゃったらどうだよぉ?」

 口調はすっかり進を茶化す格好だ。

 「何言ってるんだよっ! 任務だ!任務っ!! お前、変なこと言いふらすなよ。ったくぅっ!」

 進はそう怒鳴るとどかどかと歩き去った。冷やかされると相変わらず意固地になる進を、相原はくすりと笑って見送った。後ろで見ていた島を振りかえると二人で肩をすくめるのだった。

 「あいつらのことなんかもうみんなにバレバレなのになぁ」

 「ほんとに…… 沖田艦長もすっかりお膳立てしてくれちゃって、いいなぁ、古代」

 一方、歩き出した進の方は、実は相原が言った通りの思いで一杯だった。今までも何度か雪の護衛の任務はあったが、必ず誰か(ほとんどの場合はアナライザー)が邪魔するように一緒で、二人きりと言うのは初めてだった。

 (デートかぁ、そう言えばそんなもんかなぁ。知的生命体はいないっていうんだし、めったなことはないだろう。これはチャンスかもしれないぞ。ここで一気に雪の気持ちを俺に向けられるような何かきっかけがないだろうか…… うーむ)

 進の頭の中は、護衛のことよりも雪の気を引くことで一杯になっていた。
 (3)

 翌日、目的の惑星の上空に到着したヤマト第一艦橋で、さっそく艦長代理古代進の命令が飛ぶ。

 「それでは真田さん、アナライザーと共に鉱物採取に入ってください。護衛は、加藤以下5名をそれぞれの採取艇に1名ずつ配置していますから。完了までに約12時間ということでいいですね?」

 「ああ、1日できちんと片を付けるから安心してくれ」

 真田の言葉に頷くと、進はコホンと小さく咳払いをして雪に向かって言った。

 「じゃあ、雪、こっちも行くぞ。島、南部、後を頼んだぞ。植物採取隊は準備していつでも出られるようにしておいてくれ。護衛の方の手配も頼んだぞ」

 「はいっ!」 「了解」 「了解しました」

 進がさっそうと駆けて出て行くのを、雪が追いかけるように走って行った。

 「張り切ってるなぁ、古代」

 同時に出かけるはずの真田が進たちの勢いに負けて置いてけぼりを食った。呆然と二人の出て行ったエレベータの方を見ている姿に、第一艦橋にどっと笑いが広がる。

 「姫の護衛ですからねぇ、それも二人っきりで。古代だって張り切るってもんですよ。雪さんも古代のことはまんざらでもないようだし、あの二人地球に帰るまでにできちゃうのかなぁ? 今回ので一気にってことになったりして」

 南部が目をきらりと光らせる。

 「しかし……あの古代にそんな芸当ができるかな?」

 進の性格を熟知している島が疑問を投げかけると、南部が早々に解説を加える。

 「あはは……実は、そうなんだよなぁ。僕が見るところ、古代は無事に地球に戻るまで告白はできないって心に決めてるみたいで。けど、雪さんはもう完全に古代の思いを感じ取ってるんだよな。だから、結構『告白オッケー信号』だしてるんだけど、古代の奴がみごとにそれを感じ取ってないんだよ」

 「プーッ、言えてる言えてる!!」 島が大受けした。

 「で、それをわかってて雪さんはさらに面白がってぎりぎりの線でちらちらと意味深な行動を……」

 「で、それでも奴はまだ気付いてないってのが現状か?」

 「そうそうっ! だから、周りにはバレバレ。あっちこっちからいちゃつき情報が入ってきてるんだよなぁ」

 相原が困ったような顔で苦笑すると、太田も負けじと話す。

 「そうそう俺も第2艦橋の連中に聞かれたよ。古代と雪は付き合ってんのかって」

 こんな具合に、二人の両思いは帰りのヤマトの中では周知のことになりつつあった。ひたすら地球を目指すヤマトの中は平和だ。
 (4)

 小型艇発進口に着くと、進と雪は探索艇に乗り惑星へ降下していった。二人きりの艇内とは言え、目的は地上の植物調査だと言うことを二人は忘れていない。

 「雪、地上の状態はどうだ? 事前のチェック項目と変わりはないか?」

 「はい……空気の含有量80%が窒素、17%が酸素、残り3%にも有害な物は見うけられず、ヤマトでとったデータと変わりありません」

 「よしっ!」

 雪の返答に、進が元気よく答える。今朝から進が張りきっていることは、雪にも判っていた。自分と二人きりで出かける探索を喜んでいるのかと思うと、雪もうれしかった。

 「古代君……今日は一段と元気ね?」

 「えっ? そうかな? しばらく戦闘もなかったし、ヤマトの外に出るのが久しぶりだからかなぁ……」

 進は雪に自分の上機嫌を指摘され、慌てて言い訳をする。

 「うふふ…… そうね、地面を踏むのは、イスカンダルを出て以来ですものね」

 「そうだな、うん」

 二人は互いに見合って微笑んだ。互いを愛しく思う気持ちは、二人ともに帰路に入って益々大きくなっていた。だが、互いにはっきりと口に出して伝えることがまだできない二人でもあった。

 地上が随分と近くなってきた。視界にうっそうとした森が広がっている。進は探索艇の着陸地点を探した。雪がレーダーで地上の状況をチェックしながら着陸出来る場所を発見して告げた。

 「古代君、前方約10キロの地点に目的の平地を発見したわ」

 「了解!」

 雪のナビゲーションにしたがって、進たちは森の合間に広がっている草地に降り立った。
 (5)

 進が探索艇を草地に着陸させると、二人はさっそく地表に立った。空気含有量が地球並ということで、進も雪もヘルメットのガードをあげて外を空気を思いっきり吸った。
 足元の草は20センチくらいに伸びて二人の膝近くまであった。ところどころに鮮やかな色も見える。花をつけている草もあるらしい。あたりはシーンとしていて動くものはかすかな風になびく草花くらいだった。
 しかし、かがんでみると、草の間には小さな昆虫類と思える小動物がせっせと動いているのが判った。特に危害を与えるようなそぶりを見せるものもなかった。

 「うーん、空気がうまいやぁ……」

 「ほんとぉ、ひさしぶりね、こんな緑の中は」

 「なんだか地球に帰ったみたいな気がしてくるよ。それに……」

 進はかがみこんで、生える草花や虫たちを一生懸命眺めている。雪はそんな進をチラッと一瞥するとくすっと笑った。

 (古代君ったら、なんだか目が輝いてる……好きなのね、草花や虫が)

 しかし、ずっとそうしているわけにはいかなかった。雪は調査機械を肩にかけると歩き出した。

 「さあ、さっそく森の方に入って植物を数点採取してこの機械でチェックしましょう。OKならすぐに採取部隊を呼び出さないと……」

 「おいおい、まあそんなに急ぐなよ。せっかく気持ちのいい空気の中に降りたってのに……」

 早々に仕事モードに入る雪に進が慌てた。反対に雪にたしなめられてしまった。

 「古代君っ! 何言ってるの!! 任務が第一でしょう!」

 「へいへい……」

 「もう、ふふふ」

 頭を掻く進に雪も思わず笑いが漏れる。笑いながら森へと歩く二人の心の中は軽かった。森が近づくと、護衛を自認する進が雪の前に出て先に歩き始めた。
 進の後姿を見ながら、雪はふとその腕に自分の腕を通してみたい欲求に駆られた。

 (ああ、だめだめっ! 今、古代君をたしなめたばかりなのに、私の方が…… 今は私たち任務で来てるんですもの。でも…… 古代君とデートしたらこんな感じなのかしら?)

 そんな視線を感じたのか進が「ん?」と振り返る。

 「どうしたの? 古代君?」 雪は今の自分の思いを隠すようにすまして尋ねた。

 「いや……別に」

 雪に問われて進は慌てて再び前方に向き進んでいく。
 実はさっきから、二人きりという感覚が進の心臓をドキドキと大きく動かし続けているのだ。このまま、振り返って雪を抱きしめたら、どうなるんだろうか…… 進の中でそんな欲求が沸いてきては、もう一人の冷静な自分に諌められていた。
 (6)

 森の入り口にやってきた。周囲は人の背丈を越える木々で一杯になる。森の奥からは何かの鳴き声のような音も聞こえてきたが、目の前には何も姿を現さない。

 「大きな動物はいそうにないな。真田さんが地球の恐竜時代並だって脅かすもんだから…… な〜んてことないみたいだな」

 「ええ、でも油断は禁物よ。それにこの森は深そうだわ……」

 「ああ。森に入って一人になったら厄介だ。絶対に俺のそばを離れるなよ」

 「わかったわ」

 進が真剣な表情で雪にさっと手を伸ばした。普通ならその手を取るのがためらわれるところだが、未知の場所の探索であることで、雪の手は自然にその手をつかんだ。二人とも手袋をはいているが、その手袋を通しても互いの温かみが伝わってくる。二人は心の中で自分が不謹慎だと思いつつも、それぞれに幸せな気分になった。

 歩きながら、雪は植物を物色し始めた。比較的まとまって同種類が生えていて、しかも食料に向きそうなものを選ぶのだ。進も一緒になって検討した。進の植物への知識が意外に豊富な事に雪は驚いた。

 「古代君って、こう言うことに結構詳しいのね?」

 「ん、我流で勉強しただけだけどな。好きなんだ……」

 「そう言えば、バラン星でも植物のことで、人工太陽を見破ったことあったものね」

 「えへへ……」

 雪に誉められて、進は嬉しそうに笑った。雪も微笑む。二人は互いの顔を見て、また笑いあい、任務の事も一瞬忘れそうになった。なんとなく幸せな雰囲気、まるで森の中でデートでもしているような気分になる。

 とその時、前方にバサバサという音がした。進がさっとそちらの方を向くと、雪の手を離しコスモガンを構える。見ると、トカゲの大物のようなものがゆっくりと前を横切っていた。こちらの存在に気付いているはずだが、逃げる気配も攻撃してくる気配もなかった。ほっと安心する進の後ろで、雪が悲鳴を上げた。

 「きゃっ!」 その声と同時に後ろから進に抱きついた。

 「どうした!!」

 「今、足元にぬるっとしたものが……」

 進は振り返って、雪を自分の後ろに回してから足元を見ると、そこにも別の種類の爬虫類らしき動物がのそのそと歩いていた。

 「なあんだ、これだよ、雪。こんなもん」

 「だってぇ、急に足にヒタッとくっついてきたんだもの……」

 今までに見たこの星の爬虫類たちは、比較的おとなしく、おそらく草食動物なのだろう。天敵も少ないのか、進たちを見ても逃げようとしない。

 「あはは、大丈夫だよ、雪。臆病だなぁ。さぁ、続きをやってくれ」

 雪は、安心したように頷いて再び作業に入った。そんな雪を見ながら進は心中でほくそえんだ。

 (役得ってのは、こういうことを言うんだよな。さっきも雪に抱きつかれたし、あの背中に当たった二つの感触ってやっぱり…… へへへ)

 そして……途中何種類かの植物を採取し森の中を1時間も探索しただろうか。雪は目的を達したようだった。

 「さあ、これでいいわ。すぐに調査しないと、採取の時間がなくなるわね。ここでしましょう」

 雪が小さな平らな場所を見つけて、機器と植物を広げた。

 「手伝うことは?」 「特にないわ、すぐに終わるから待ってて」

  雪は採取した植物を持ってきた調査機器で分析を始めた。ヘルメットをしたままだと作業がやりづらいのか、雪がそれをはずした。進は一瞬危険はないかと周りを見回したが、落下してきそうなものもなさそうなので、自分もヘルメットを脱いだ。

 作業をする雪の姿を進はじっと眺めていた。真剣な表情の雪の顔は、笑顔とはまた違った魅力がある。そんな姿に進は思わず見とれてしまう。

 (雪はどんな顔しててもかわいいよなぁ……)

 雪の調査は10分ほどで完了した。

 「全部OKね、食用に使えるわ。よかった!」

 そう言うと、雪は持ってきた通信機をオンにし、早々にヤマトへ植物採取隊の降下を指示した。採取隊は、さっそく進たちが降り立った草地に向うとのことだった。
 (7)

 「さて、戻るか……」

 そう言って、進が立ちあがった時、雪がふと斜め前方に赤いかたまりを見つけた。それは、地球では見られないほど大きな赤い花がかたまって咲いていた。この星の植物は豊富だった。あちこちで様々な色の花が咲いていたが、雪が発見した花は今まで見た中でも、最も大きく鮮やかな色をしていた。

 「あれは何?…… まあ、きれいな花ね? なんて大きな花なんでしょう」

 雪がうっとりするように見つめた。

 「ちょっと待ってて」

 雪の様子を見た進は、その花のところまで行くと一輪だけ手折って戻ってきた。

 「はい……」

 珍しく気のきくことをする進に雪は素直に礼を言った。

 「あらっ…… 古代君、ありがとう……」

 花は、血の様に鮮やかな赤色をしている。花の形はちょうど地球の百合の花に似て、筒状の部分から花の先端になって5枚に分かれて開く形をしていた。大きさは百合の中でも大きい方のカサブランカよりも、さらにその倍以上はありそうなくらい大きい。その上、甘い香りもただよってくる。
 雪が嬉しそうに匂いを嗅ごうとその花を顔に近づけた瞬間、花の中から何かが勢い良く飛び出してきた。

 「きゃぁっ!」

 雪が叫ぶ。昆虫のようだった。花の中にいたという事は、地球で言う蜜蜂のようなものかもしれない。その小動物は雪の首筋をかすめた後、ブォーンと音を立てて飛び去っていった。

 「痛いっ!」 雪が首筋を押さえて座り込んだ。

 「雪っ! だ、大丈夫か!?」

 進が驚いて雪に駆け寄った。飛び出した虫のようなものは、そのまま遠くへ飛んで行ってしまった。大きさも地球の蜂より若干大きかっただろうか。

 「今の虫みたいなのに……刺されたみたい……で……」

 刺された痛みとショックで雪の言葉がつまる。

 「見せてみろ!」

 進の大きな叱責するような声に、雪はビクッとして押さえていた両手を離した。雪の左の首筋に赤い小さな膨らみができていた。進はすぐに両手で雪を自分の正面に向け抱き寄せると、その首筋に自分の唇を押し当て、強く吸い始めた。

 「なっ! なにする……の……! 古代君……」

 雪は一瞬、進が何を始めたのかよくわからなかった。

 (こんな時にいきなり抱きしめてキスをして来るなんて!! 古代君、気でもおかしくなったの!?)

 雪が慌てて進を押しのけようとしたとき、進が強く吸っていた口を離して、つばを何度も吐き出した。

 「古代……くん……?」

 進は険しい表情のまま、再び同じ場所に唇を押し当てるとさらに吸った。雪はやっと進の行動を理解した。
 普通、地球上で蜜蜂に刺されたくらいならほとんど心配などいらないのだが、未知の星で未知の虫に刺されたのだ。その虫に毒がないとは限らない。進はそれを危惧して、刺し口から毒を吸い出すために唇を寄せたのだ。
 (8)

 2度目を吸い終わると、進はやっと落ちついて、だが心配そうな顔を雪に向けた。

 「大丈夫かい? 雪」

 「ええ…… 古代君…… 大丈夫みたい」

 応急処置のための作業とはいえ、進に抱きしめられ唇を寄せられたと言う事実が、雪の心を刺激した。虫に刺された場所……というか進に吸われた場所はまるでそこに心臓ができたかのようにどくんどくんと鼓動が聞こえてくるようだった。しかし痛みはあまり感じない。

 「体に痺れとか変な痛みとかはないかい?」

 さらに尋ねる進に雪は微笑んでもう一度答えた。「大丈夫よ、古代君」

 雪の答えに安心すると、進は急に自分がした行為を思い出して赤い顔になった。雪をつかんでいた両手をパッと離すと、言葉も突然しどろもどろになる。

 「あ……そうか……よかった。あ、あの……ごめん、急にあんなことして……その……びっくりしただろう? あ、いや……別に変な気持ちでやったんじゃあなくて…… それに、あんな花を取ってきてしまって……ごめんよ」

 その焦り具合に雪は可笑しくなってクスクスと笑いだした。

 「古代くんっ、ありがとう…… そんなこと、全然気にしてないわ。最初はびっくりしたけど、あの……でも、とっさにそんな風に気付いてくれてありがとう。うれしかったわ」

 答えながら雪もさっきのことを思い出すと、体が熱くなってくるのが判った。進も同じだ。二人とも相手の顔をまっすぐに見れなくなってしまった。恥ずかしそうに進を見つめる雪とその瞳に魅了されたように見つめかえす進。

 キスしてしまった……キスされちゃった…… 唇同士ではないけれど……

 進は唇に残る雪のきめこまやかな肌の感触を、雪は首筋に残る進の唇の感覚を……それぞれに思い起こすのだった。
 しばらくして、進がはっと気がついたような立ちあがった。

 「さあ、雪、早く帰らなくちゃ! 念の為、佐渡先生に見てもらわないと!」

 進は再び雪の手を取って歩き出した。黙って前を向いて歩く進を見つめながら、雪は、いつか進とデートをして、はじめてのキスをした後ってこん感じなのかしら、などと思いを馳せていた。ちょっぴりあの蜂のような生き物に密かに感謝する二人だった。毒性がなければ、の話だが。
 (9)

 二人が探索艇のところまで戻ってくると、ちょうど上空に採取部隊が見えてきた。すぐに帰還を促す進に、雪は植物採取の指示だけはしてからと制止する。進は心配げに雪の首筋を見るが、虫の刺し傷は思ったほど腫れてもおらず、かえって進が力いっぱい吸ったためのあざの方が目立っているくらいだった。

 ほどなく採取艇が着陸する。さっそく、雪は降り立ったクルーたちに、植物を示して指示を出した。クルーたちは、植物を確認して頷いている。数分で説明は完了した。と、その時、クルーの一人が雪の首筋の赤いのに気付いた。

 「生活班長……その……首のあざはどうしたんですか?」

 「えっ? あっ、ああ……」

 何もやましいことがあるわけではないが、雪は急にそう問われると、なぜだか顔が熱くなってしまう。しかし、これからこの星を歩く彼らにも注意を喚起しなければと思いなおし、ポーカーフェイスに戻って説明した。

 「これはね……さっきこの星の蜂みたいな昆虫に刺されたのよ。花に付いていたの。毒はないと思うんだけれど……万一ってこともあるし、みんなも気をつけて。私は念の為、先に帰って佐渡先生に見て貰おうと思ってるのよ。採取に同行しなくてもいいかしら?」

 「大丈夫ですよ、採取する植物については十分わかりましたから、どうぞ行ってください。他のメンバーにもこの件は伝えておきます」

 質問したクルーはそう答えて話は済んだ。

 「雪! はやくしろっ! 発進するぞ」

 進が探索艇から叫んだ。雪はそれに「はーい」と返事をすると、もう一度クルーたちに「よろしく」と声をかけて進の艇の方へ走って行った。

 雪たちが立ち去った後、地上部隊はさっきのあざについて興味津々に噂しはじめた。

 「なぁなぁ、あの班長の首筋のアレ、キスマークじゃないのか?」

 「うん、お前もそう思ったか? そうだよなぁ…… 虫刺されの跡には見えなかったよなぁ」

 「っつーことはぁ…… 艦長代理と、むふふ……ってことか? ああ、いいなぁ…… うらやましいっ!」

 にやけ顔やうらやましそうな顔、いろんな顔が集まった。

 「まさかっ! 任務中だぞ」

 「だけど、確かに二人っきりだったしなぁ……それに、あの二人ってできてるんだろう?」

 「まだ告ってないって噂だけど……二人っきりになって艦長代理が告白して迫ったってわけかなぁ?」

 「それでいきなりあれかぁ? そりゃあ、ちょっと飛躍しすぎないか?」

 「んなもの、若い男と女だぜ。それに、キスくらいなら5分もあれば……なぁ」

 こんな話題はあることないことどんどん広まるものである。採取隊が帰る頃にはそれに参加した全てのクルーにその話が広まっていた。
 (10)

 「なんでもないぞ! 血液検査の結果も通常通りだし、傷口からも毒素反応はない。心配はいらんわい」

 ヤマトへ帰着後、雪はさっそく医務室で診断を受けた。佐渡の言葉に最もホッとしたのは後ろから見ていた進だった。自分が取ってきた花のせいで雪になにかあったら……と心配しまくっていたのだ。

 「しっかし……これ…… 古代の仕業か?」

 佐渡が面白そうにその首筋のあざを見る。佐渡に覗き込まれて雪は急に恥ずかしくなって真っ赤な顔になる。

 「いやだわ、佐渡先生っ! なんか変な想像してません?」

 「ち、ちがいますよっ! お、俺はあの時もしものことがあったら大変だと必死になって……」

 進も真剣な顔で抗議する。

 「わかっておる、わかっておる…… それはわしも十分わかっておるがのぉ……」

 そう答えながらもニヤッと笑う佐渡に、二人は再び顔面から火が出そうな思いだった。

 「刺されたところはもうひき始めているから1日もすれば消えるだろう……あぁ、あざの方は数日残りそうじゃな。くくく…… まぁ、これでも貼っとくか」

 佐渡はまだ笑いがとまらないと言った様子で、雪の首筋にバンソウコウをペチンと貼りつけた。

 「ありがとうございましたっ、佐渡センセ」

 佐渡に笑われて赤くなったままふくれっつらになった雪は、なんとか礼だけを言うと、椅子から立った。進も、その場に居辛くなってそわそわとしだし、

 「あ、俺は持ち場に帰ります。じゃあ……」 と医務室を駆け出ていった。

 「ありゃあ、しばらくヤマトの噂のネタになりそうじゃのう、わははは……」

 医務室からそれぞれに出ていった二人を見送りながら、佐渡はまた面白そうに笑っていた。
 (11)

 10数時間後、生活班の植物採取隊も、真田の鉱物採取部隊も無事に作業を終えて、再びヤマトは発進した。そして…… 佐渡の予想通り、噂は瞬く間にヤマト艦内を駆け巡っていた。

 食堂で遅い夕食を食べ始めた進のところに、先に食事を終えた加藤がコーヒーカップを持ってやってきた。

 「おい、古代。お前、今日うまいことやったんだってなぁ」

 「あん? 何の話だ?」

 進は最初、加藤が何のことを言っているのか見当がつかなかった。

 「何をしらばっくれてる。雪のココだよっ!」

 加藤が面白そうに自分の首筋を指差してウインクする。そのしぐさに進はそれがどう言うことを示しているのか察すると、赤くなって怒鳴った。

 「ばかやろうっ!! 違うぞっ! あれは、あの星の虫に刺されたんだ…… 俺は何もしていない!!」

 「へぇぇ……虫ねぇ」 加藤の顔がにやつく。「でもホントに何もしなかったのかぁ? もしも毒でもある虫だったら……」

 「だ、だから……応急処置だけは……した」

 進の声が先細り気味に小さくなっていく。そして、その「した」と言う言葉を待っていたように加藤がたたみかける。

 「ほぉら、やっぱりしたんじゃないか」

 「だからっ!……それだけだ」 進がムッと口を尖らせた。

 「ほんとかなぁ? 首筋の後は、君の唇も……なぁんてやってたんじゃないのかぁ?」

 「こ、この野郎!! まだ言うのかっ!」

 進が真っ赤になって、加藤に飛びかかるようにして押さえ込み、左手で胸座を掴み、右手で口を押さえた。加藤はもがきながらもまだ笑いつづけていた。

 「ははは……降参降参。何はともあれツーショットでよかったっすね、あっははは」

 加藤は言いたいことだけを言って食堂から出ていった。

 「あいつぅ……!」

 一時が万事こんな調子で進は行く先々でからかわれた。その度に、進はムキになって否定するものだから、逆に相手から面白がられてしまうようだ。すっかり皆のおもちゃになっていた。
 (12)

 そして、第一艦橋。通常航行に入った第一艦橋は、当番以外のクルーに在席義務はないが、進は特に他に仕事のない時はここに来ることが多かった。他のメンバーも同じで数名が在席していた。

 「よっ! 古代。なんだかんだ言っても、隅に置けないなぁ」

 南部がニヤニヤと進の顔を見て笑う。進は、またか……とムッとした顔で自席に座ると、大声で一喝する。

 「南部っ! バカな事言ってる暇があるんなら、射撃訓練でもして来い! しばらく戦闘がないからったって、たるんでるんじゃないぞ!!」

 「へいへい……」

 すっかりオカンムリの班長命令に、肩をすくめて立ちあがりながら、南部はぼそっと言った。

 「けど……こういうのって、女性の方が傷つくんだよなぁ…… あることないこと言われてさぁ。そういえば、雪さん、展望台で悲しそうに星を見てたっけ……」

 「なっ!!」

 「さぁて……訓練でも行って来るかなぁ……」

 南部が席を立って歩き始めながら、振り返ってチラリと進の顔を見る。

 「ちょ、ちょっと待て! 俺も行く」

 「えっ?」

 そう言うが早いか、進は南部を押しのけて先にエレベーターに乗ってしまった。

 「何しに来たんだ? アイツ……」

 隣席の島が、来るなり出ていってしまった進の方を見て苦笑した。

 「相変わらず、反応が面白いよなぁ。古代は……」 相原が笑っている。

 「でも、雪さんが展望室にいたってのは本当だよ。別に悲しそうな顔はしてなかったけどさ。あはは、2名様、展望室にごあんな〜い!!」

 南部が冗談めかしてそう言うと、再び第一艦橋に笑いが起きた。
 (13)

 進が走って側面展望室まで行くと、そこには確かに雪が一人星を見ていた。

 「はぁ……はぁ…… ゆ……き……」

 「古代君!? どうしたの? 何かあったの? そんなに息せき切って」

 息切れしそうなくらい激しく呼吸しながら話す進に雪は驚いて尋ねた。

 「えっ? あ、いや…… なんでもないよ。はぁはぁ」

 「うふふ…… 変な人」

 笑う雪には、特に辛そうな雰囲気は感じられなかったが、進は一言謝っておこうと言葉を切りだした。

 「あのさ……雪。本当にごめんよ……」

 「何が?」

 「その……首の…… みんなにからかわれたんだろう? あることないこと言われて、イヤな思いしたんじゃないかって思って……」

 進が心配そうに雪の顔をうかがう。

 「あ、ああ…… 私は大丈夫よ。ちょっと、みんなの視線は感じたけど、ふふふ……別に何も言われてないわよ。ああ、アナライザーだけはなんだかすごく怒ってたけど。古代君、そのうちやつあたりされるかもしれないわね。
 でも私、なんにも気にしてないわよ。だって、あの時の古代君の行動は何も間違ったことなんかしてないもの。私を助けるためにしてくれたことでしょう? だから、謝る事なんかないわ。何もやましい事はないんだから堂々としてればいいじゃない。私だって同じよ、ね」

 ニッコリと笑ってそう答える雪の姿に、進の不安は一掃された。

 「雪……」

 「みんな暇にあかせて噂話を楽しんでるだけよ。あざだって何日かすれば消えるし、それと一緒に噂も静かになるわ、きっと」

 「ふう…… そうだな、あはは。俺は何も悪いことしてないもんな」

 「ええ、それに今回の採取作戦は大成功だったわ。沖田艦長にもいい食料調達できたなって誉めていただけたし…… ほんとにありがとう、古代君」

 「そっか……」

 「そうよ、さぁてと…… じゃあ、私仕事に行くから、古代君また後でね」

 進の視線を後ろに感じながら、展望室を後にする雪の心は弾んでいた。

 (古代君ったら、私のこと心配してきてくれたのね。ありがと、古代君。私、噂になるのはちょっと恥ずかしかったけど……でも、ほんとはね、ちょっぴりうれしいのよっ! だって…… うふっ)

 見送る進も再び雪に惚れなおしてうっとりと見送っていた。

 (やっぱり、雪っていい娘(こ)だよなぁ。こんな噂なんか全然気にしてないって言ってくれるなんて…… 俺は地球に帰ったら絶対、きっと自分の気持ちを伝えるぞ。そして、今度は正真正銘のデートをするんだ!)

 今日は二人にとってなかなかいい日になったようだ。
 (14)

 一方、艦長室にいつもの往診に来た佐渡が、沖田と今日の出来事について話していた。

 「艦長、今日の探索時の噂はもう聞きましたかな?」

 「ん? なんだね? もしかして、雪の首筋のあれのことかな? 虫にさされたとか言っておったが……」

 「ははは……大した事ではないんですがな……」

 佐渡は、笑いながら今艦内に広がる噂を話して聞かせた。

 「あははは…… そんなことだろうと思っていたが、で、あの二人困っておるのかな?」

 「いや、そうでもなさそうですな。雪は、かえってご機嫌なくらいで…… 古代は、みんなに好き勝手言われて往生しとるようでしたがな」

 「まあ、行きと違って緊迫した雰囲気のない艦内だから、仕方あるまいな。本人たちが大丈夫ならいいが」

 「ヤマトのクルーたちはみんないい奴ばかりですわい。仲のいい二人をちょっとからかって楽しんでるだけじゃから…… まあ、噂など数日で消えてまた新しい話題探しになるでしょう。最近は、あちこちでそういう恋の噂があるみたいですしのぉ」

 帰路に入ってヤマトの艦内では、カップルらしきものが数組できつつあった。往路では、戦闘に次ぐ戦闘に、そんな暇もなかったが、ガミラスを打ち破った後の帰路は、若いクルーたちの間に華やいだ気分を少しずつ広まっていた。
 もちろん、地球を救うという第一の目的を達成することを忘れている者はいない。

 「うむ…… ところで、あの二人はまだ気持ちを伝えあってないのだろう?」

 「地球に帰りつくまでは……と心に決めているようですな、二人とも。じゃが、既に周りには公然の秘密になっとるらしいですな。それに雪の方は古代の気持ちなど遠の昔に気付いておるし」

 佐渡が二人を思い出して微笑む。沖田も笑顔を作った。

 「そうだろうな。地球に帰りつくまで、か…… 必ず地球を救って、あの二人の前途を祝してやらねばなりませんな、佐渡先生」

 「もちろんっ!ですとも!!」

 沖田の言葉に佐渡が力強く答えた。ヤマトは今日もまっしぐらに地球に向かってひた走っていた。


 一方噂の方は、雪や佐渡の言った通り、あざと共に薄れ、数日後には話題にするものもいなくなった。
 ただそれは、事の真偽は別として、二人の両思いがさらに公然の秘密化し、二人に聞こえないところで、新しいデート情報が流れ始めただけのことであった。

 情報源は誰だ?……と言うことは、読者の方々のご想像におまかせすることにしよう。
−お し ま い−

トップメニューに戻る           オリジナルストーリーズメニューに戻る