決意−あなたとともに−
−Chapter 1−
―エピローグ―
(もしかして……遅れてる……?)
早朝、洗顔のために鏡の前に立った雪は、ふとその事に気がついた。
異常増進した太陽の制御も完了し、地球は再び平穏な日々を取り戻そうとしている。
地球防衛軍では、司令本部を中心にして、体制の整備のための作業が急ピッチで進められていた。
重い任務を成し遂げたヤマトは、整備し直され、現在は海底ドックで英気を養っている。今までと同様、ヤマト発進は、司令長官の特別命令があった場合のみという事になった。ヤマト乗組員達も、わずかな休暇のあと、それぞれの部署に戻って日々任務に邁進していた。
進と雪は、他の地球市民同様、避難していた地下都市から以前から暮らしていた部屋に戻った。そして数日前、雪は進から念願のプロポーズを受けたのだった。
その進は、再びあさってから宇宙勤務に就く。
進の今回の仕事は、新造艦のテスト航海だ。1週間で戻ってくる予定になっている。この新しい巡洋艦が、進の新しい任務艦となる予定だった。
時に2204年8月31日。地球はやっと静けさを取り戻したかのように見えていた。
(1)
昨夜、二人して残業になった進と雪は、深夜帰宅すると、これからの事を話し合った。司令本部で仕事をしながら軽く食事も済ませていた。体は睡眠のみを要求している。二人は、入浴後、お茶を一杯飲んですぐに就寝するつもりだった。
カップの半分くらいお茶を飲んだ進が、ことりとそれをテーブルに置いて、雪を見た。
「なあ雪、ご両親にも改めてご挨拶しに行かないといけないよなぁ……」
照れくさそうに進が言った。
「えっ? ええ……そうね。パパもママもずっと……お待ちかねだったから。ふふふ……」
進のその言葉に雪もちょっと恥ずかしそうに笑った。進はこの前、雪に数年来待たせつづけていたプロポーズをした。もちろん、答えはYES。
つまり、これから結婚について具体的に話を進めていかなければならない。その第一歩が、雪の両親への挨拶なのだ。
「そうだよな。今更、ちょっと恥ずかしいけどさ」
「でも大丈夫よ。二人とも大喜びで大歓迎してくれるわ」
雪の両親、特に母親の美里は、二人の結婚と二世の誕生をもう何年も待ちつづけている。だから、今回結婚の話を持っていけば、母親が狂喜乱舞するのは目に見えていた。
進は今までの紆余曲折を思い出すように、目を細めた。
「ああ、ご両親には随分心配かけたからなぁ。今度の航海が終わったら行こうか? あ、そうだ、9日は雪の誕生日だろう? 8日には帰ってくるから9日にしよう。それがいいな」
進は、ちょうどいい日を思いついてうれしそうに手を打った。3年前、雪の20歳の誕生日に、二人は結婚式を挙げるはずだった。そのことを進も忘れてはいない。
「ええ…… そうね、わかったわ。私もお休み貰っておくわ。楽しみにしてる、今年の誕生日……」
(2)
そんな会話が昨日交わされたばかりだった。
だから雪は、今朝になって生理が2日ほど遅れていることに気付いた時も、不安というより期待の方が大きかった。そっと自分のお腹に手をやってみた。
(もしかしたら、古代君の赤ちゃん……!?)
そう思うと、不思議な感覚が湧き上がってきて、体中が温かくなってくるような気がした。洗面所の鏡を見ると、ポッと顔が赤くなっているのがわかる。雪の心は今のこの場を離れぽかりと浮かんでいた。
そこに起きたばかりの進がやってきた。雪が鏡をじっと見つめている様子を、数歩後ろでしばらく伺っていたが、雪は全く気付く様子がない。
すると、進はゆっくりと後ろから雪に近寄り、うなじに口元をそっと寄せた。
「きゃっ!」
「おはよう……」
「もうっ、古代君ったら、びっくりするじゃないの」
雪は飛びあがって振り返った。くすぐったいのと驚いたので、赤くなって抗議する。
最近雪は、進の呼び方を「古代君」と「進さん」の両方を混在して使うようになった。人前では未だに「古代君」と呼ぶのだが、プライベートでは、進が喜ぶので「進さん」と呼ぶ事が多くなった。だが驚いた時など、ふと出てくるのは「古代君」の方だ。長年の癖はなかなか取れないものだ。
そんな顔の雪を見て、進はくくっと笑う。彼女の顔を両手で挟むと、まじまじと見つめた。
「何やってんだ? さっきから、自分の顔に見とれてさぁ」
「えっ?ええっ? あの……ああ、いいえ、なんでもないのよ。ごめんなさい。今終わるわ……」
雪は何とかその場を取り繕って鏡の前を離れた。一瞬話してしまおうか、とも思ったが、まだはっきりしていない。進に話すのは時期尚早だと口にするのはやめた。
進に雪のそんな態度の意味がわかるはずもなく、首をかしげながら笑うばかりだった。
「変なやつ……」
(3)
朝食を済ませ、出かける車の中でも、雪は一人なんとなく笑みがこぼれてきてしまう。
(きっと……この前の航海から帰ってきたあの日よね。地下都市のあの部屋で…… あら、やだわっ、思い出したらドキドキしてきちゃった。
でも、予定ではもう安全日のはずなんだけど……でも、あの時は、ヤマトから降りたばかりで……何もしてなかったし、可能性がないわけじゃぁ。
私、ずっと順調で、ほとんど遅れたことなんかなかった。いつも通りなら、おとといからのはずなのに。古代君からのプロポーズやなんかですっかり忘れてたわ。
ああ、でももし本当だったら、古代君なんて言うかしら? びっくりするわね…… でも喜んでくれるかしら?)
様々な思いと期待と不安が入り乱れる。それが自然と顔に出たのだろう。進が不思議そうに尋ねた。
「雪? どうしたんだ? ひとりで赤くなったりニヤニヤしたりして…… 何かいいことあったのかい? あっ、わかった。この前の夜のことでも思い出してるんだろう?」
「この前の夜って?」
「ん? プロポーズした日の晩じゃないのか? あっ! それとも、地球に帰ってきた日のことかぁ? あの時は雪もなかなか……」
進は前を向いたままニヤリ。
「なっ? 何言ってるのよ。ち、ちがうわよぉ…… ばかっ!」
雪の顔をちらちらと見ながらニヤニヤし始めた進に、雪は頬を染めて抗議した。
「そうかなぁ? ここ何日か、残業続きで雪のお相手してなかったよなぁ。それで君の頭の中はそういうこと巡ってるんだろう? 心配するなって、今晩は早く帰るから!」
「やあね、もうっ! えっち! だから違うっていってるでしょう!」
雪は横から運転している進の頭をペチンと叩いた。
「いてて…… なぁんだ違うのか。じゃあ、何だ?」
「ひ・み・つっ! もう少ししたら教えてあげる!」
まだちょっと赤い顔をしたまま、雪は再び微笑んだ。
「ふーん、まあいいさ。どうせろくでもないことなんだろうけど? 期待しないで待ってますよっ! お嬢さんっ」
これ以上変なことを言うと、また頭をペチンとやられそうで、進は肩をすくめた。
「うふふ……」
(4)
雪が笑いながらふと外を見ると、道路を赤ん坊を抱いて歩く若い母親の姿が目に入った。今までなら見逃していた光景なのに、今朝の雪には目に入ってしまう。そして思わずつぶやいた。
「かわいい……」
「なにが?」
進が不思議そうに尋ねた。雪は進が隣にいるのに一瞬忘れていた。慌てて進の方に視線を戻し、照れ笑いしながら答えた。
「えっ……ええ、赤ちゃん。今抱いて歩いてる人がいたから」
「ああ……」
なんだとでも言うかのように大した関心も寄せない進の態度が、雪には気に食わなかった。
「ねぇ、古代君? 古代君は子供は好き?」
進は突然の質問に驚いて、チラッと雪の顔を見た。
「えっ? なんだよ、急に」
「だって今赤ちゃんを見てたらちょっと……」
少し口篭もりながら、上目遣いで進の表情を探った。進の答え次第では、何か言ってやらないと、と雪は構えた。が、進はふっと相好をくずすと答えた。
「ふうん……欲しくなったのかい? 雪は」
「えっ? えっええ……まあね」
いきなり「欲しいのか」と聞かれて、雪はドキッとした。
「好きだよ、子供は。ちょっとうるさいって思うこともあるけど。でも見てて飽きないもんなぁ。いつかは家族が欲しいって思ってるし…… あっ、でも、今すぐってわけじゃないんだ。君も僕もまだ若いんだし、急ぐことはないって思っている」
「そう…… でも、すぐにできてもいいんだ?」
「ん、まあなぁ。僕は別にいつでもいいよ」
進とすれば、家族を持つことは長年の夢だった。自分が早くに失ってしまった暖かい家庭を、雪と一緒に作れたら…… いつも心の中にそんな思いがあった。
自分に自信が持てなくて、結婚を延ばし延ばしにしてきたけれど、雪と二人で歩く事の本当の意味を自覚し、やっとその決心もついた。だから、結婚をはっきりと決意した時から、家族を増やす事として、子供のことは進の頭にあった。
いや、実はもっと前から、そう、雪と結ばれてからは、男としての責任として、進の潜在意識の中には存在していた。ある意味、そうなったらそうなったで、結婚のきっかけになるかもしれない、という思いも心のどこかにあったのかもしれない。
「でも大変なのは僕より君のほうだろうしな。仕事とかいろいろ…… それに……僕がちゃんと父親出来るかどうかの方が問題かもしれないけどね」
進も、自分なりに考えているのだ。そんな風に少しはにかんで微笑む進の答えに、雪は満足した。
「大丈夫よ、古代君は。だって、子供と同じレベルになって遊べそうだもの。ふふふ」
「おいおいっ! それって全然誉め言葉じゃないぜ、まったく…… ん? まさか、ゆ、雪……!? できたって言うんじゃ!?」
(5)
進は突然、雪の質問の真意を思い立って、びっくりして声を大きくした。さすが心積もりは無くはないといっても、やはり突然のその発想は進を驚かすに余りあった。
すぐには喜んでいいのか驚いていいのかもわからないが、進は車を運転する事に集中できなくなり、運転中の車を路肩に寄せた。そして、がばっと体を雪の方に向けて迫った。
「できたのか……? 本当に?」
進があまりにも真剣な表情で自分を見つめるので、雪は思わず体を仰け反らせてしまった。が、すぐに手を振って否定した。
「あ……ああ、違うのよ…… ちょっと例えの話よ」
「はぁ……驚かすなよ。今、ご両親に挨拶しようっていう時に、そんなオマケまでつけて行ったら……」
進が肩から大きな息を吐いて前向きに座りなおした。その態度に雪はちょっとムッとして、意地悪そうに尋ねた。
「あら? 困るの?」
「いやぁ、そういうわけじゃないよ。でも、なんだか恥ずかしいじゃないか、やっぱり……」
進は鼻の頭を人差し指でかくような仕草をしてわずかに口元を緩めぽつぽつと答えた。進はただ照れているだけなのだ。
「よかった」と安心する雪の顔を、再び覗き込んだ進はニンマリと笑った。
「まあ、雪が欲しいって言うんなら、いつでも協力は惜しみませんが」
「んっ! もうっ……またぁ!」
最後は進のウインク付きの口説き文句でこの話題は終わった。
気を取り直して運転を始めた進の横顔を見ながら、雪はまた笑みが漏れてくるのがわかった。
(パパとママに挨拶にいく時は、本当におまけつきかもしれないのよ、どうする?古代君っ!)
雪はその時の進や両親の驚く顔が思い浮かばれてしかたなかった。
(6)
雪は地球に戻ってから、長官秘書に復帰した。雪がヤマトで航海している間、臨時で秘書をしていた藤堂の孫娘晶子は、地球が復帰後、正式に地球防衛軍に採用となった。そのため、初期研修に参加する事になり、今は、別の場所で研修中だった。研修が終わり次第、雪の下で補佐することに内定していた。
出勤後、長官室に入ってからも、今日の雪は機嫌がよかった。と言っても今日に限ったことではない。数日前から雪の機嫌がすこぶる良いというのは、秘書課の仲間や司令部の上司たちの間でも話題になっていた。
「おはようございます、長官」
雪が今日の予定をチェックしているところに、藤堂が出勤してきた。
「ああ、おはよう、雪。今日も楽しそうだね」
「そうですか? 私はいつもこうですよ」
そう言いながらも、鼻歌でも飛び出しそうな上機嫌な雪の姿に藤堂は思い当たる節があった。
「いや、ここ数日は特に機嫌がいいとみんなが噂しとるよ。何かいいことでもあったのかね? ああ、もしかしたら決まったのかな? 古代とのこと」
」
「えっ……?」
ズバリと正解をつかれて、雪はびっくりして藤堂の顔を見た。藤堂は笑みを浮かべて雪を見ている。雪は、恥ずかしながらも、話を切り出すのにちょうどいい機会だと思った。
「……はい、実は…… それで、近いうちに休暇について、ご相談させていただこうと思っていたんですが」
話ながら頬が熱くなってくるのがわかった。その姿を長官は目を細めて見た。この二人がやっと重い腰を上げる――それは、藤堂にとっても自分の身内の祝いごとのようにうれしいことだった。
「そうかそうか、それはめでたいな。日取りを決めたら早めに申し出てくれたまえ。出来る限り、二人の都合のいいように配慮させるから」
「ありがとうございます、長官。でも、まだ具体的には何も……」
「そうか。君達の結婚式となると、ヤマトのクルー達は皆出席したがるだろう? となると、仕事のローテーションもヤマト発進時並に変更せねばならんしな。他に、司令本部内にも出席するものもおるだろうし。スケジュールを調整が大変そうだ」
藤堂が困ったような笑みを浮かべる。雪はさらに自分の顔が赤らむのがわかった。
「すみません。できるだけ早く決めるように……相談します」
幸せな笑顔が長官室に広がった。藤堂もやっと訪れようとしているこの娘の幸福を心から喜んだ。
その時、バタンと激しい音がして、科学局長に戻った真田が長官室に飛び込んできた。
「長官! 大変なことが起こりました!!」
(7)
その厳しい形相に藤堂にも雪にも緊張が走った。真田は二人のその表情に騒ぎすぎたかと、声のトーンを一つ落として話し始めた。
「あ、いや…… 地球にとって、それほど心配なことではないんです。すみません、ちょっと興奮していたものですから」
真田の返事に、二人はホッと胸をなでおろして微笑んだ。
「おいおい、真田くん、驚かせないでくれよ。今、雪といい話をしていたところだったのに……」
「いい話って?」
真田が二人を順に見た。雪が微かに頬を赤らめている。そういうことか…… 進からプロポーズをすると言う話を聞いていた真田は、すぐに合点した。
が、長官はそれには言及せず、まずは真田の説明を要求した。
「いや、それよりも大変なことってなんだね?」
さっと表情を引き締め、真田は長官に向かって資料を差し出し、説明し始めた。
「はい、すみません。実は……このデータを見て下さい。銀河系の中心部の次元が突然異常に歪曲したのです。そして、こちらの方向、わが太陽系とは反対の方向ですが、その方へ歪曲は流れて行っています」
「というと……?」
「つまり、簡単に申し上げますと、異次元から突然もう一つの銀河が現れ、銀河系の中心部をばっさりと切るように通り抜けて行った――と考えられるのです。それもほんの数日の間に……」
「なんと!! それで、地球への影響はないのかね?」
長官が眉をひそめた。雪も心配そうにその資料を見つめる。
「はい、今のところ、わが太陽系は銀河系でも辺境の場所に位置していますから、問題はないと。ただ、銀河系の中心部というと、ガルマンガミラスやボラー連邦の星々があります」
「それらの星が心配だというわけだな?」
(デスラー総統……)雪はすぐさま彼のことが頭によぎった。
「はい…… その影響が地球には全くないかどうかはまだなんとも……」
真田が口篭もる。まだ、何もわからない、というのが現状なのだ。
「よし、わかった。地球政府に連絡しよう。それから、ガルマンガミラスとボラーに通信を送って被害の状況を確認してみよう」
長官がさっそく対応する事を約束した。銀河系内での出来事である。そのままにしておくことはできない。地球としても、各星間国家の状況を把握しなければならない。
「よろしくお願いいたします。とにかく、地球への大きな影響はまずないとは思われますので、その辺はご心配なきように」
長官がその言葉に力強く頷いた。真田は長官に向かって頭を下げると、雪の方をちらりと見て、にっこり笑って出て行った。
(8)
地球防衛軍司令部は、さっそく両国家に緊急通信を送ったが、1時間たっても2時間たっても返事は返ってこなかった。
「どうしますか? 長官」
司令部付きの先任参謀が長官の指示をあおいだ。
「うむ…… 連邦政府からもまずは情報を収集するようにとの指示だ。24時間待ってみよう。異変があったのは間違いないようだが、混乱の中で返信が遅れていることも考えられる。
明日朝9時まで待って返事がなければ緊急防衛会議を行う。雪、手配の方頼む」
「はいっ!」
雪が藤堂の指示でばたばたと処理を始めた。
地球には直接関係のない話とはいえ、ガルマンガミラスには今や地球の盟友ともなったデスラーがいる。雪も進も、彼とはある意味で心を通わせた仲でもあった。
(何事もないといいのだけれど……古代君も聞いたら心配するでしょうね)
この時の雪は、デスラーへの心配はあるものの、まさか自分たちがこの件に大きくかかわる事になろうとは思ってもいなかった。
(9)
その日帰宅した雪と進の会話もその話題が中心になった。新造艦のテスト航海の打ち合せをしていた進には、その件では何の連絡も指示もなかった。しかし、銀河系中心部で異常があった事は、あっという間に司令本部内に知れ渡った。
また、夜のTVニュースでもその事がトップニュースとして取り扱われていた。ただし、地球には全く影響がないというコメントも忘れずにつけられていた。
「デスラーの事が心配だな…… でも、あいつのことだから、何らかの対処をしてるはずだよ、きっと。心配ないさ。明日になれば、平気な顔で通信を送ってくるさ」
進はあのデスラーのしぶとさを考えて楽観的だった。
「そうね…… きっと大丈夫よね」
雪も、この前の旅で優しい声をかけてくれたデスラーの姿を思い起こしていた。
そして、二人の個人的な事情……雪の体には、その日も変化は訪れず、雪は『妊娠』を強く意識し始めていた。
(明日の朝までになかったら、検査薬で試してみよう……)
(10)
その夜は久しぶりに進も雪も早く帰宅していた。進は明日、宇宙へ出航する。そのため、夕食と入浴を済ませると、二人は早めに床に入った。
そして、進は今朝の約束通り?雪にそっと手を伸ばした。
「雪……」
進は雪の上に体を重ねると、唇を雪の口に持っていき、ゆっくりと舐めるようになぞった。その唇がゆっくりと首筋に降りて行く。それは、もちろん、進の愛の交歓を望む意志表示だった。
「だめよ、古代君」
雪は、進の唇が離れると、両手で進の体を軽く押し上げるようにして、その誘いをやんわりと断った。もし、妊娠が本当であれば、控えなければならないと思ったからだ。
「ん?」 進は不思議そうな顔で雪を見つめた。
「だめ……なの」
「どうして? ここんとこお預けだっただろう? それに、明日から僕は出航なんだ。な、いいだろう?」
「今日は……あっ、あの、だめな日なの」
とっさに、雪は嘘をついた。
「あ…… 始まったのか?」
雪が肯定も否定もせず、恥ずかしそうに微笑むと、「そうか、なら仕方ないな」と、雪の嘘を進はすんなりと受け入れた。
「ごめんなさい」
「どうして謝る?別に君が謝る事じゃないよ」
「でも……」
雪の申し訳なさそうな顔を見て、進は笑いだした。
「あはは…… なら、ここにだけは挨拶しておくかな」
そう言うと、雪のパジャマの胸元のボタンを3つほど外した。白く光る肌が進の目の前にさらされる。雪が大きく息を吸う。それと同時に高く膨らんだ二つの膨らみを、進の手と唇がそれぞれ覆った。
「進……さ……ん」
雪のため息混じりの声を耳にしながら、ゆっくりと愛撫を繰り返し、手と唇の左右を代え、再び繰り返した後、進はそっと雪の胸に頬擦りした。
「あったかいね」
「進さんったら…… あまえんぼ」
「はは……」
進が照れたように笑う。確かに、進が雪の胸に顔をうずめる仕草は、まるで小さな子供が母に甘えているように見えた。進は体を起こして、目を細め、もう一度雪の胸をじっと見つめた。
「いつか雪はこの胸に赤ん坊を抱くんだよなぁ」
「えっ?」
「なんかちょっとね、今朝雪がそんな話してたこと思い出して……」
愛しそうに雪の胸をなぞる進の手と視線を見ていると、雪は可笑しくなって、くすくすと笑い出した。
「古代君、子供と取り合いの喧嘩でもするんじゃない?」
「ばかやろう、するか!」
進は何か悪巧みが見つかったようなバツの悪い顔をして否定したが、すぐにその顔に笑みが浮かんだ。
「でも……新しい命を僕達が誕生させる事ができるなんて……やっぱり不思議だな。そういう行為をしておいて、こんなこというのもなんだけどね。僕としては子供なんてずっと先の話だと言う感じしかしていなかった。
だけど……今朝の雪の話を聞いていて、これからは、それは目の前のことなんだなって、急に思うようになったよ」
「古代くん……」
「僕達は消えて行く命をたくさん見てきた。そのどれもが大切な大切な失いたくない命だった……辛かったよな。
だからこそ、いつか生まれ来る命を、僕達の手で迎えることができるかもしれないっていうのが、とてもうれしいんだ。なあ、雪……」
「ん?」
「もし、僕と君の命をつなぐ新しい命の芽が生まれたら、必ず守ってやろうな。どんな事をしても……絶対に……なっ」
「ええ、もちろんよ!」
雪が進に体を投げかけ抱きついた。進は両手で雪を抱きとめる。進の伸ばした手で、雪は進の胸にすっぽりと包まれた。そして、暖かく大きな胸の中で満ち足りて眠りについた。
(11)
翌朝早く、雪はベッドを抜け出した。時計はAM5:00を指している。進はまだ寝息を立てて眠っている。今のうちにと、雪は昨日薬局で買ってきた検査薬を試してみた。
「マイナス…… 違ったのかしら?」
検査の結果は、マイナス。妊娠の反応は示されなかった。しかしまだはっきりと否定されたわけではない。現に雪の生理はまだ始まっていない。薬の注意書きにも書いてあったが、その場合は、あと数日あけてもう一度検査する必要があるのだ。
雪はふうっと大きくため息をついた。
「なんだか、宙ぶらりんな気分…… はっきり陽性反応が出てくれれば良かったのに」
どちらかと言うと、心配よりも、わくわくドキドキという期待の方が大きかっただけに、雪としては非常にがっかりする結果だった。
その時、ガチャリという音がして、進が寝室から出てきた。雪はテーブルにおいてあった検査薬の箱や説明書を慌てて隠した。
「ふぁぁ〜、雪、今日は早起きだなぁ」
「え、ええ……ちょっと目がさめちゃって。まだ、早いわよ。もう少し寝てても……」
「ん? いや、いいよ。俺もちょっと昨日のことが気になって。あれから連絡取れただろうか?」
進は、雪が隠したものには気付かなかった様子で、銀河系の衝突事件の話題を切り出した。確かにこの件も、心配な事項ではあった。
「そうねぇ。今日、司令本部に行って、もし連絡が取れていれば、すぐ古代君に知らせるわね。心配でしょう? デスラー総統のこと……」
「ああ、頼むよ」
あのこともこのことも中途半端のままで、雪の心は少しばかり重くなった。
Chapter1 終了
(背景:Atelier Paprika)