決意−あなたとともに−       

−Chapter 12−

 (1)

 進は、今再びヤマトの中に足を踏み入れた。ここまで来るのに随分長かったような気がする。距離も時間も…… 気持ちも……
 タラップを降りてあたりを見まわしたが、誰もいない。際立った音も聞こえてこなかった。ただ、外から外壁を修理する溶接の音が遠く聞こえてくるだけだった。

 (ヤマトに戻ってきたんだな)

 ヤマトに両足を付けて立つと、今までのふわふわとした感覚が一瞬に消えて、どっしりと落ち着いた気持ちになる。そして、とても懐かしい。誰かに抱かれているような…… そう、母親と言うよりは、父親か年の離れた兄に守られているような……そんな感覚。

 (ヤマトの匂いがする……)

 進は大きく息を吸って深呼吸した。自分の周りを包む特別な空気を感じる。

 (俺は本当に戻ってきたんだな。だが……これからどうしようか……)

 さすがにいきなり第一艦橋へ上って行く気になれず、足は自然とその逆の艦尾の方へと向いてしまった。

 「エンジンの具合はどうなっているんだろうな?」

 勝手に動く足にわざわざ理由をつけて、進は機関室へ向った。

 (2)

 機関室の前に来た。エンジンの唸り音が聞こえる。その音さえ、今の進には懐かしい。
 開け放たれた入り口からは、大勢の機関部員たちが整備をしているのが見えた。

 「うー、くっ、くっそう! 頑固なメカだぜ。ちっとも動きやがらねぇ。明日の朝は発進だってのになぁ、もうっ!」

 太助が力いっぱい機械と格闘しながら唸るように叫んでいる。そこに進が入っていったが、誰も気が付かないのか、作業に没頭していた。

 その時、山崎が人の気配に気付いて振り返り、進を見つけて目を輝かせた。

 「艦長!!」

 その声に、他の部員達も「えっ?」と驚いて振り返った。

 (艦長? みんな、まだ俺のことを艦長だと思っているのか?)

 いきなり注目を浴びてしまい、進はぎくりとしたが、ここで慌てるわけにもいかない。きょろきょろと機械の様子を見ながらさりげなさを装った。

 「あ、ああ…… 修理は進んでいるのか?」

 「はぁ、あの時敵にこっぴどくやられたらしくて、あっちこっちだいぶ損傷していますので、ちょっと手間取りそうです……」

 山崎が悔しそうに答えた。その横で太助が聞きたくてうずうずしていたらしい。嬉しそうに尋ねた。

 「そ、それより、艦長! もう退院できたんですか?」

 そのまっすぐな瞳は、進を艦長として今も慕っている事をはっきりと示していた。

 「う、うん……」

 「そうですか? それで急に発進命令が出されたんですね?」

 「発進!?」

 山崎が納得したように腕を組んでニッコリとした。機関部の部員達も口々にそうかと言う顔をしている。しかし、進にはその「発進」という一言だけが大きく耳に残っていた。

 「じゃ、じゃあ……よろしく頼む」

 顔色の変化を気付かれないように、進はそれだけを言うと慌てて機関室を出た。

 (ヤマトが……明日、発進する!?)

 その紛れもない事実を付きつけられて、明らかに動揺している自分の姿を、誰にも見られたくなかった。

 (やはり……もう、新艦長が決まっているんだ…… だが、まだクルーには知らされていない? 一体誰が? ということはやっぱり、俺の居場所は、もうこのヤマトにはないのか?)

 渦巻く不安を胸に、進はまた廊下を歩き始めた。

 (3)

 機関室から逃れてきた進は、あてもなく歩き、行きついた先は工作区だった。
 工作ルームの前でふと足を止める。中で、真田が島に何かを説明しているのが見えた。
 しかし、二人の姿を見止めても、進はすぐに入ることができなかった。そのまま通り過ぎようかどうしようかと躊躇していると、島が人の気配を感じて廊下を見た。

 「古代?」

 呼びかけられた進は、逃げるわけにもいかず、観念したように部屋に入った。しかし、先に何か聞かれるのが恐くて、進は彼らの口が開く前に真田に尋ねた。

 「真田さん…… 地球艦隊は?」

 そして、地球艦隊も避難船団も、あのヤマトを一撃で沈黙させたハイパー放射ミサイルで壊滅状態になったことを知った。もちろん、真田は今、その予防策を既に開発中らしい。

 「早く成功させてください」

 進は、ただそれだけを言うと、二人に背を向けて歩き出した。彼らにそれ以上何が言えるだろうか…… その答えは浮かんでこなかった。

 真田と島がその後姿をじっと見つめ、二人揃って同じように感じていた。その背中がとても……寂しげで痛々しいと。

 「古代!」

 真田が思わず呼びとめた。進が立ち止まる。しかし、振り返りはしなかった。その背中に向けて、真田が語調を柔らかくして言った。

 「お前……辞表を出したんだってな。お前らしいな。だが、ヤマトもみんなも……きっと寂しがるぞ」

 進は、びくっとしたように固くなって聞いていたが、また再び肩を落とすと、そのまま立ち去って行った。
 真田と島の視線を、進は背中に痛いほど感じていた。

 『俺はヤマトに戻りたいんだ』――そのひと言が、進にはまだ言えなかった。

 (4)

 進を見送った二人は顔を見合わせた。島がため息混じりに言う。

 「あいつ、まだ立ち直っていないのか?」

 「らしいな。だが、ここまで自分で来たようだから、なんとかなるさ」

 不安げな島とは逆に、意外に楽観的な真田である。

 「しかし…… 明日発進なんですよ!」

 「歩いている内にそのことも耳にしているだろう。それを聞いてあいつが黙って降りるとは思えん」

 真田の分析はいつも正確だ。確かに一理あるな、と島は思う。さらに真田が続けて言った。

 「それに、ヤマトには救いの女神がいるからな」

 「女神……?」

 「ああ、ヤマト……というより、古代の女神かな?」

 とその時、軽い駆け足の音がカツカツと聞こえてきた。真田はピタリのタイミングにニヤッと笑った。

 「噂をすれば影……だな」

 「?」

 島が、驚いて足音のする入り口の方を見ると、そこに現れたのは雪だった。

 「あっ、真田さん、島君! 古代君、こちらに来ましたか?」

 真田が島の方を向いて、「なっ!」という顔をする。島もやっとわかってにこりと笑って「ああ」と頷いた。しかし、訳のわからない雪が再び尋ねた。

 「どうしたんですか? 私の顔を見るなり、頷きあったりして…… それで古代君は? 病院を出てヤマトに向ったらしいって聞いたので、急いで来たんですけど……」

 「ああ、来たよ、さっきまでここにいた」

 心配そうな雪に、真田が微笑みかけた。

 「ほんと!! ああ、よかった……」

 雪が嬉しそうに笑う。両手を合わせ、その手を胸に抱きしめた。その笑みは、相変わらず輝くように美しかった。島は心の中でため息をつく。

 (その笑顔は、今も古代のためだけにあるんだな……)

 そして、古代を最後に励ませるのも、きっと雪なのだと思った。

 「けど、あいつまだ本調子には見えなかったぞ。もう少し、ケツを蹴飛ばした方がいいぞ、雪」

 「えっ? あっ、そ、そう……ね。じゃあ、探して見るわ」

 駆け出そうとする雪を、島が慌てて呼びとめた。

 「あっ、雪! 新艦長はどうなったんだ?」

 「それは、明日の朝、長官が発表するわ。それまでな・い・しょ!! じゃあっ!」

 雪はにこりと笑って、ウインクすると、来たときと同じような軽やかな足取りで工作ルームを出ていった。

 雪が出て行くと、島が肩をすくめて両手を挙げた。

 「女神様……か。ホントに、あいつにはもったいない女神様だよっ!!」

 ヤケになったような言い方をする島を見て、真田が苦笑する。

 「島、お前、今頃になって惜しくなったか? 逃した魚はさぞ大きいだろう?」

 「バカ言わないでくださいよ! いつの話してるんですか!」

 真剣に怒る島を見て、真田は大声で笑った。

 「あははは……」

 (5)

 工作区から出た進は、再び歩き始めた。山崎の安心したような顔、太助の嬉しそうな顔…… 真田と島の心配そうな顔…… そのそれぞれの顔が浮かんでくる。

 (みんなは、俺をまだ必要としてくれているんだろうか?)

 ふと気が付くと、艦橋へ上がるエレベータの前に来ていた。どうしようかとエレベータを眺めていると、階上からエレベータが降りてきた。ドアが開き、見なれた顔が降りてきた。放射能研究所の上条諒だった。

 「ああ、古代艦長!!」

 「上条さん……!」

 突然の再会に驚いている進とは裏腹に、諒は嬉しそうに笑った。

 「もう元気になられたんですね? よかった! 雪さんが随分心配されていたんですよ」

 「あ、ありがとうございます。おかげさまで…… 今日は?」

 「ああ、さっきまで真田さんと例のハイパー放射ミサイルの防御システムの検討をしていたんです。私の知識は全て真田さんに伝えました。ですが、完成までにはもう少しかかるようですね。
 明日の発進に間に合わなかったのは残念ですが、真田さんならきっと完成させてくれますよ!」

 真田が説明していたさっきのシステムを思い出した。あれは、諒との共同開発だったらしい。

 「そうですか……色々お世話になりました」

 進は素直に礼を言い頭を下げた。が、その姿は、まさにヤマトのクルーとしての仕草だということに、進は気付いていない。

 「いえ。ああ、それから今、この前第一艦橋に付けさせてもらった改良型コスモクリーナーのチェックしてきたんですが…… あれ、いけそうですね。今回も大事なときに働いてくれたようですし……」

 諒の話を聞いて、進ははっとした。自分が奇跡的に助かったのは、あの装置のお陰だったと気が付いたのだ。

 「あっ…… じゃあ、僕が助かったって言うのは……!? あの……」

 「古代さんが倒れていたのが、ちょうどあの機械のまん前だったらしいですね。本当に不幸中の幸いでした。おかげで雪さんを悲しませなくてよかった。ですが…… 他の多くの方々を救う事ができなくて……残念です」

 諒は、軽く微笑んでから、同情を込めて進を見た。

 「いえ…… そう……だったんですか? あなたが、僕の命の……」

 「大げさな事は言わないでください。私の使命を果たしただけです。できることをしただけですよ」

 「……使命……」

 さりげなくそう言ってのける諒。進は何か感じたように、諒の顔を見た。

 「そしてこれからは……古代さん! あなたがその使命を果たされる番でしょう? もし、私が自分の使命を全うしたことで、あなたの命を救ったのなら、今度は……あなたの番です。
 あなたが、私達地球市民の命を救ってください! 地球を守る、それがヤマトの、あなたの使命なんでしょう? 我々はあなた方を信じて待っています」

 諒の顔が真顔になって、睨むような鋭い視線で進を見た。進は、彼の期待を体中に痛いほど感じた。それは、あの病院で見せた綾乃のそれと同じだった。

 「上条さん……」

 「じゃあ、これで……無事のご帰還、お待ちしています。あ……結婚式、必ず呼んでくださいよ」

 諒は顔の緊張を緩めると、また微笑んで立ち去って行った。その後ろ姿を進は、しばらく見続けていた。

 「使命……か」

 (6)

 諒が見えなくなると、進は振り返った。無性にそこに行きたくなっている自分を、もう抑えきれなかった。エレベータに乗って第一艦橋へ向う。

 エレベータのドアが開いた。そこはまだ誰もいなかった。小さなボタンがチカチカしている以外は、部屋の明かりもついていない。
 進は、ゆっくりと戦闘指揮席の方へ歩いていく。そして、いつも座っているその席の背もたれに触れ、目前の各種の計器にそっと触れた。

 進の胸にヤマトへの思いがふつふつと沸きあがってきた。さっきからのクルー達の笑顔や言葉が、再び次々と浮かんでくる。

 (みんな、行くんだなぁ……ヤマトと一緒に……)

 そして、さっきの諒の言葉が浮かんできた

 ――地球を守る、それがヤマトの、あなたの使命なんでしょう?――

 (俺は…… 俺がしなければならないのは……!!)

 その時、急に計器が光りだし音声も漏れ始めた。艦内通信関係のチェックが始まったようだ。少しずつ計器類のランプが点り始め、いつものヤマトの計器音があちこちで鳴り始めた。

 (ヤマトが動き始めた!!!)

 進はたまらなくなって、自分の席につくと、その計器の上に両手をついた。熱い思いが体の中で駆け巡った。
 自分がしたいことは何なのか! 体裁や恰好や理屈もなにもかも捨てても、自分がしたいことは!

 (ヤマト、お前は再び発進しようとしている。俺は艦長に向かない男だったかもしれないが、ヤマトよ……もう一度お前とやりなおしたい。一乗組員でいい!! もう一度……もう一度地球のために、お前と一緒に戦わせてくれ!! くっ、うううっ……)

 進の心からの叫びだった。艦長とか戦闘班長とかの肩書きもいらない。責任問題も今はもうどうだっていい。ただ、この地球の危機に、自分がヤマトと一緒に戦う事が自分に課せられた使命だと思う。
 それが……自分が生きる道であると、進は今はっきりと気が付いた。

 『それほどヤマトに戻りたいか? 古代!』

 ヤマトに抱きつきたい気持ちで嗚咽する進の心の耳に、ふと懐かしいそんな声が聞こえたような気がして振り返った。その太い声は、まるで沖田艦長の声のようだった。
 そして、進の視線の先に見えたのも、艦長席の後ろに飾られた沖田の姿だった。

 (沖田……艦長……? そうだ!俺はどうしてもヤマトに戻りたいんだ!!)

 進は、もうその気持ちに迷いがないことを確信した。そして、

 (新しい艦長に頼もう。どんな仕事でもいい、ヤマトでみんなと一緒に戦わせてもらえるよう、頼もう! そうなんだ!! 俺は、どんなことをしてでもヤマトに戻りたいんだ!)

 (7)

 今すぐ司令本部に行って、新艦長が誰なのかを確かめよう、そして艦長に自分のことを頼むんだ。そう思って進が駆け出した時、エレベータのドアが開いて、雪が入ってきた。

 「古代君!! やっぱりここにいたのね……」

 「雪!? 」

 「あっ……」

 進は雪に駆け寄ると、彼女を力いっぱい抱きしめた。突然の事に、雪は驚き戸惑った。しかし進は、そんなことはお構いなしに、ぎゅっと抱きしめてから、雪の顔を見た。

 「いままではごめん…… 俺はヤマトとやり直したいんだ。だから……」

 進が元の進に戻っている…… そう思うと、雪の目に涙がふわりと沸いてきた。

 「古代君……やっと……その気になったのね? よかった……」

 「ああ、だから教えてくれ! 君なら知ってるだろう? 新艦長は誰なんだ! 今から行って頼んでくる。土下座でもなんでもする!! どんな仕事でもいい、ヤマトと一緒に……君と一緒に、地球のために戦いたいんだ!!」

 「古代君……」

 「ゆきっ!」

 進の余りにもの勢いに、唖然としてその顔を見ていた雪が、突然笑い出した。

 「うっふふふ…… だめ、それは内緒っ!」

 「えっ?」

 勢いをそがれた形になって、進が拍子抜けしたような顔になった。そして、雪の方はすっかり冷静さを取り戻した。今度はいたずらっぽく笑うと、こう言った。

 「新艦長は明日の朝発表することになってるのよ。それまでは誰にも内緒なの。だから、あなたも明日の朝頼めばいいわ」

 「明日の朝って……発進……?」

 それじゃあ、遅すぎる! と言いたげな進の不安も、平気な顔でさらりと交わした。

 「ええ、そうよ。明日の朝発進するわ。その前には新艦長もこちらに来られるから…… じゃあ、あなたここで待ってたほうがいいわね!」

 「あ、ああ……」

 あっけに取られている進に、今度は雪がてきぱきと指図を始めた。

 「大丈夫よ。新艦長だって自分から志願してくる人にダメだって言わないわよ、きっと……
 さあ、そうと決まったら、明日の朝まで、ゆっくり休んでおいた方がいいわ。あなたはまだ病み上がりの体なんだし…… お部屋の方用意しておいたから…… 昔あなたが使っていたお部屋ね。荷物も置いてあるわ」

 雪はこうなることを見越して、既に進の部屋も用意し、荷物も搬入してあるらしい。その手回しのよさに、進は言葉がない。

 「雪?」

 「ああ、心配しないで、ヤマト生活班長として、とりあえず今日のヤマトへの宿泊を許可します。あっ、言っておきますけど、私のヤマト乗艦命令は長官からいただいてるんですからね。あなたにとやかく言わせませんから!」

 「あ、ああ……」

 「もうっ、なによ。ああ、とか、雪……とか もう少し言葉が出ないの?うふふ……」

 「あ……いや……」

 「ほら、もうっ!!」

 いつもの調子の二人に戻った。話すのは雪の専科。進はいつも雪に振り回されていたそんないつもの二人の姿に…… 進はそれがおかしくて、そして嬉しかった。

 「あははは…… ごめん、雪。そうするよ。例え誰がなんと言おうとも、絶対ヤマトにしがみついてやるさ! もしもの時は、密航でも何でもしてやるよ……昔の君みたいにね!」

 「もうっ! でも、その調子よ!!」

 雪がニッコリ笑う。そう、さっき島も羨ましがった一番の笑顔だ。進はその雪の笑顔が大好きだった。真顔に戻ると、雪の顔を両手でそっと包んだ。

 「雪……ありがとう……本当に……ありがとう」

 雪の目の前に顔を寄せてそう言うと、そっと雪の唇に自分の唇を合わせた。地球に帰ってきてから、彼が能動的に雪の唇に触れたのは、初めてのことだった。むさぼるように、なぞるように…… 強く、そして優しく……

 だらりと下に降ろしていた雪の両腕が、ゆっくりと上に上がり進の背中に回される。そして進の手も、雪の腰に回り、その体を強く引き寄せた。ぴたりと体を密着させたまま、二人の唇は、さらに強く強く相手を求め続けていた。

Chapter12 終了

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(背景:Atelier Paprika)