決意−あなたとともに−       

−Chapter 13−

 (1)

 ヤマト発進の朝が来た。ヤマトで過ごした進とは別に、雪は二人の暮らした部屋で出発の朝を迎えた。

 アクエリアスがやってくるまでの勝負。ということは、短期決戦になるだろう。だから、部屋の整理は必要最低限に抑えた。もちろん、いつものことだが、ヤマトへは私物の持ち込みは制限されている。

 昨夜のうちに、大切なものはバッグの一番下に全て収めたつもりだった。
 ベッドルームに飾った二人の写真。
 19歳の誕生日に、進に初めてプレゼントされた蝶の標本。
 それから、誕生日やクリスマスに貰ったアクセサリー類。
 そして、大切な……婚約指輪。

 ヤマトの中で身に付けることはありえないと思いながらも、もしもの時は、これらと一緒に眠りたい。雪はそう思って、全部カバンに詰めた。

 しかし部屋を見渡すと、まだまだ手放したくない進との思い出の品があちこちにある。雪はその思いを断ち切るように、誰もいない部屋に向って大きな声で言った。

 「必ずここに帰ってくるわ、この部屋に…… 古代君と二人で……必ず……必ず!!」

 両親にも、昨日の夜電話した。進と一緒にヤマトに乗り込むと言うと、二人は喜んでくれた。
 このまま地球にいても水没を待つばかりだ。ならば万が一の希望の残る宇宙へ二人を送り出してやれることが、一番良いことだと父も母も心からそう思っていた。

 「古代君と一緒なら、心配せんよ。元気でな」

 雪の父は、静かにそう言って微笑んだ。まるで永遠の別れのような言葉に、雪は首を振ると、「必ず帰るから」と言って、涙が出る前に電話を切った。

 雪はその思いを全て心に秘めて、二人の部屋を出た。

 (2)

 雪が司令本部に着くと、藤堂は既に到着していた。彼にしては珍しく艦隊司令以上の者にだけ許される黒の艦長服を着ている。それも、彼のヤマトの発進にかける思いなのだと、雪は思った。
 隣りには、孫娘の晶子も制服姿で立っていた。

 「雪、ご苦労だったな。古代は大丈夫だったかね?」

 「はい、長官。古代君は昨日、ヤマトに泊まりました。今朝、新艦長が発表されたらヤマト乗艦を志願したいと……」

 雪の藤堂を見る目は、喜びと使命感で輝いていた。藤堂は、軽く頷くと微笑んだ。

 「うむ、そうか…… よかったな。雪」

 「はい」

 目に再びじわりと涙がわきあがろうとするのを、雪は必死に抑えた。

 「雪、君に渡したいものがある。晶子、あれを……」

 「はい」

 藤堂に指示されて、晶子は後ろのテーブルから小さなスーツケース大の箱を持ってきた。藤堂はそれを受け取ると、雪の前に差し出した。

 「開けてみたまえ」

 雪が渡された箱を開けてみると、いつものヤマトで着る黄色地に黒の制服ではなく、白地に黒のラインが入った制服と、それにあわせた白い上着が入っていた。いつもと色の違うことに、雪は不思議そうな顔をした。

 「白……? これは?」

 「君の新しい制服だ」

 「えっ?」

 「君の……戦士としての強い意志と、女性としての恋人を思いやる気持ちへ。そして、いつも前向きにひたすら頑張る君への私からの感謝と応援の気持ちだと思って欲しい。
 白の意味をどんな風に受け取るのかは、君の自由に考えてくれていい。私の方も色々な意味を込めているつもりなのだよ」

 藤堂が万感の思いを込めて手配してくれた制服を手に、雪は胸が熱くなる思いだった。

 「ありがとうございます……」

 制服を抱きしめる雪に、晶子も声をかけた。

 「雪さん…… 頑張ってきて、そしてきっと……帰って来て下さいね」

 「晶子さん……」

 晶子の目にも涙が浮かんでいた。彼女には彼女がやらねばならない持ち場がある。晶子はどんなに一緒にいたいと望んでも、相原と一緒にヤマトに乗ることはできない。
 それを思えば、自分はどれほど幸せだろうか! 雪は、ただ晶子に頭を下げるしかなかった。

 「大丈夫です。雪さん…… 相原さんは必ず帰ってきてくれるっておっしゃってくださいました。私は、その言葉を信じて……待って……います」

 「ええ、必ず!」

 思わず涙を抑えきれずに、泣きながら雪に抱きついてきた晶子を、雪はしっかりと抱きしめ返した。行く者も待つ者も、それぞれに様々な思いが去就する。

 しばらく二人のやりとりを聞いていた藤堂が、時計を見て雪を促した。

 「では着替えてきたまえ。すぐ出発しよう」

 「はいっ!」

 晶子や他の参謀たちが見送る中、藤堂と雪は、ヤマトのある秘密ドックへ向かって、司令本部を後にした。

 (3)

 一方、ヤマトに残った進の方は、雪と会った後、再び艦内を巡った。
 心が決まると、急にすがすがしい気持ちになった。艦長を辞任したことも、皆に告げた方がいいと思い、各班長を巡り、その旨を説明して回った。そして、明日また一から出直してヤマト乗艦を志願したいということも……
 誰もが寂しそうに、だが、その進の思いをしっかりと受け止めて頷き、そして、皆が「一緒に頑張りましょう!」と力強く励ましてくれた。

 太助などは、「もし古代さんを乗せないなんて新艦長が言ったら、エンジンストップさせて、発進できないようにしますから大丈夫ですよ!」 なんていう冗談まで飛び出して、進と山崎をおおいに笑わせた。

 そして、最後に第一艦橋で最終調整する真田と島を見つけ、これまでのことを詫びた。

 「色々と心配かけてすまなかった。もう、大丈夫だから……」

 「当たり前だ! お前がいないとヤマトじゃないからな!」

 真田が嬉しそうに笑った。島は、と言うと、深々と頭を下げる進の顔を、ニヤニヤと笑いながら見ている。そして、いつもの『口』撃が始まる。

 「謝って礼を言うのは、俺達でなくて、お前の女神様の方にだろう?」

 「女神様?」

 きょとんとする進の顔を見て、二人は声を出して笑った。そして、真田が最後に顔を引き締めた。

 「あっははは…… まあいいじゃないか! さあ、古代。戦いはこれからだ。前途は多難だが、みんなで頑張ればきっと道は開ける! 俺も例の装置、最後の詰めだ。完成に向けてがんばるぞ!」

 そして進は、ヤマトの自室で久しぶりに熟睡した。

 (4)

 朝、進が仕度を終えて部屋を出ると、艦内放送が入った。

 「司令本部より入電です。まもなく司令長官がヤマトに到着されます。全員甲板に出て整列してください」

 いよいよ新艦長の発表である。チーフクラスの面々は、ヤマトから降りて、タラップの前で新艦長を迎えることになっている。進もヤマトから出て、真田達が並んでいる場所にやってきた。
 新艦長が来たら、すぐにヤマト乗艦を願い出るつもりで、タラップの下にその進路を阻むように立った。進の体に緊張が走る。

 (いよいよ、新艦長の到着か…… 絶対に乗艦許可を貰わねば!!)

 ドックのエレベータが開いた。長官の藤堂と隣りには雪がいる。その姿を確認すると、掛け声がかかった。

 「総衛兵礼式! 整列!!」

 あちこちの甲板に出てきたヤマトの全クルーが敬礼する中を、藤堂長官と雪は、まっすぐに進のいるヤマトのタラップに向かって歩いてきた。他には誰も一緒に歩いていない。

 「長官だ!」 「新艦長は、長官か!?」

 正装して歩く長官の姿を見て、皆が噂しあった。

 (長官自らが、ヤマト艦長を!? ならば、話は早いぞ!)

 進もその覚悟で長官の目前に一歩足を踏み出した。

 「長官……」

 藤堂は、進を一瞥すると、その意気込みを感じたように軽く頷いてから、静かに言った。

 「新艦長は、昨日からヤマトに乗り込んでおられる!」

 進と真田が顔を見合わせた。それに合わせたように、えっ!?となる総員の頭の上から、大きな声が響いた。

 「私は、宇宙戦艦ヤマト初代艦長、沖田十三である。ただいまよりヤマトは出撃準備に入る。総員配置につけ!」

 その声はまさしく沖田十三の声だった。進は、驚きのあまり艦橋部分を見つめたまま、動けなくなってしまった。

 (まさか……沖田さんが!? 沖田さんが生きていた!? そんな……ばかな???)

 沖田の声が、さらに力強く響いてきた。

 「重ねて言うヤマトは出撃準備に入る。総員配置につけぇ!!」

 立ち尽くしていたクルー達が、ばらばらと走り始めた。まだ信じられない思いで呆然としている進に、真田が声をかけた。

 「古代! 行くぞ!!」

 「は、はいっ!!」

 とにかく第一艦橋を目指すべく、真田と進を先頭に、メインクルー達は身を翻してタラップを駆け上がっていった。

 驚くクルー達とは裏腹に、全く冷静な藤堂と雪は最後にもう一度しっかりと頷きあった。

 (しっかり頼んだぞ!!) (はい、長官!)

 心の中でそんな会話を交わしたあと、雪もその後を追ってタラップを駆け上がっていった。

 (5)

 第一艦橋へ昇るエレベータの前で、雪は他のクルー達に追いついた。皆、顔一杯に驚愕の表情を浮かべ声もでない。その中で雪だけが平静な顔をしているのも、気がつかないようだ。
 もちろん、進も同じである。いや、彼が最も信じられないと言う顔をしていたかもしれなかった。

 エレベータが到着してドアが開いた。がやがやと乗る最後に雪が乗ると、やっと進は雪の姿を見つけた。

 「雪! 君は、このことを知ってたのか?」

 雪は黙って頷いた。みんなも雪の顔を見た。だが誰も次の言葉が出てこない。それほど、驚きが大きいのだ。
 進も口を開けたまま、それ以上なにも聞けずに押し黙ってしまった。そして、エレベータが第一艦橋に到着した。

 進を先頭に皆が我先に艦橋に飛び込んだ。そしてそこで見たのは……間違いなくヤマト初代艦長沖田十三の姿だった。

 「沖田さん?」 「沖田艦長……」

 皆が口々に沖田の名前を口にした。それら顔には、どうして!?という疑問が浮かんでいる。
 しかし、沖田は艦長席のテーブルをばしんと叩くと、叫ぶ。

 「説明は後だ!!」

 各クルーに、沖田から発進準備の手配をするように指示が飛ぶ。ひとりひとりがその命令に弾かれたように自席に走り、雪も静かにレーダー席に移動した。そして、残ったのは進ただひとり。

 沖田は、じろりと進の顔を睨んだ。進はまだ驚愕の顔のまま呆然と立っている。沖田は、なぞるようにゆっくりと言葉を発した。

 「古代……」

 「はい?」

 進は、直立不動の姿から全く動けないでいた。名前を呼ばれてびくりとする。

 「お前は戦闘班長として、出航の指揮を取れ」

 「えっ!?」

 進は、驚きのあまり、沖田の言葉が頭の中にまっすぐに入ってこない。新艦長に会ったら、すぐにヤマトの乗艦を頼むつもりにしていたことさえ、すっかり思考の中から消えてしまっている。目の前の人物が、本当に沖田なのだろうか? という思いすら、再び頭をもたげてくるのだ。

 (今、なんと言ったのだろう? 戦闘班長として……? 何をするって?)

 しばらく沈黙が続いた。雪がちらりと二人の姿を見る。進の驚きや動揺が痛いほどよくわかる。

 (古代君、しっかりして! 沖田艦長が帰ってこられたのよ!)

 そんな雪の声援が聞こえたかのように、沖田の渇が入った。

 「ぼやぼやするな!! 急げぇ!!」

 「はいっ!!」

 やっと我に帰った進は、勢いよく返事して戦闘指揮席に走った。
 しかし、上着を脱いで、椅子にかけたところで、再び頭の中に感動が広がった。

 (沖田さんが……生きて……おられた……)

 しかし、今はそんな感慨に耽っている時間はないのだ。発進準備完了のライトが、進の席の前で点滅し始めた。それを見た島の言葉に促されて、進は慌てて席についた。

 「艦長!! 出航準備完了しました!!」

 こうして再び、古代進は宇宙戦艦ヤマト戦闘班長に復帰し、ヤマトは再び宇宙へと旅立って行った。

 しかし、これが最期の旅になるとは、その時には、誰も知るはずもなかった。

 (6)

 ヤマトの発進、大気圏離脱が完了した。
 沖田の操艦は見事なものだった。数年のブランクを全く感じさせない沖田の力量に、ヤマト艦内からは賞賛の声が上がった。さすが、ヤマトの初代艦長。そして、前艦長の進が戦闘班長として、発進の指揮を取ったことも、全艦に伝わっている。二人の見事なコンビネーションを、クルー達はしっかりと受け止めたのだ。
 これで、ヤマトのクルー達の心は一つにまとまった。

 ヤマトが無重力圏に入ったのを確認すると、沖田は第一艦橋のクルーを集め、今後の方針を伝えた。残された日は、たったの6日。皆の心に強い緊張感と大きな使命感が沸いてきた。

 沖田が艦長室に戻ったのを確認すると、今度は進が、留意点を皆に指示し始めた。

 「みんな、太陽系離脱まで気を緩めないでくれ。この先何が起こるかわからない。ヤマトは長距離ワープもできない上に、波動砲も使えないんだからな」

 皆がコクリと頷いた。引き締まる思いは皆同じである。と、そこで急に進の顔が気恥ずかしそうに緩んだ。

 「あ、いっけねぇ。艦長時代の癖が出ちまったよ」

 こんな訓示は、艦長のすることだ。今は戦闘班長の身の自分のすることではないと気付いたのだ。恥ずかしそうに照れ笑いする進を見て、みんなは大笑いした。

 「はっははは……」

 雪だけが、微笑んだだけで、ただ進の顔をじっと見つめていた。

 (古代君…… これで本当に吹っ切れてくれたんだわ)

 嬉し涙が込み上げてくるのを止めようと、雪は顔をそらした。そこに、進が質問を始めた。

 「雪…… 沖田艦長が無事だったことをどうして内緒にしてたんだ?」

 いたずらっぽく尋ねる進に、雪の涙は止められた。笑顔になった雪が答える。

 「うふふ……ごめんなさい。沖田艦長や長官から強く止められていたの。ヤマトの発進まではみんなの心を乱さないようにって……」

 「こんなに突然知らされたら、余計に心乱されましたよぉ!」

 「そうだよぉ!」

 相原がため息混じりに言い、皆がそれに同調して笑った。さらに進が尋ねる。

 「それで、どうやって助かったんだい? 沖田艦長は……」

 「それは私もまだ伺っていないのよ。色々と忙しくて……ゆっくり聞く暇がなかったの」

 ふむと考え込む進に、真田が笑いながら声をかけた。

 「お前達聞きに行ってこいよ」

 「えっ?」

 二人が同時に顔を見合わせた。

 「そうだ! ぜひ、代表して行ってきてください!」

 そう言う南部を始め、皆に急き立てられるように、進と雪は艦長室へ行くことになった。

 (7)

 二人は、黙ったままエレベータに乗った。エレベータの中で、二人は同時に深呼吸して、大きく息を吐いた。そのタイミングの良さに、また顔を見合わせて笑ってしまった。

 「なんとか発進には間に合ったな……」

 照れくさそうにはにかむ進の顔を見て、雪も微笑を返した。

 「ええ、いつものあなたに戻ってよかった」

 「雪……」

 進が手を伸ばそうとしたところで、エレベータは最上階に着いた。ドアが開いて二人は慌てて飛び降りた。
 並んで艦長室の前に立つと、部屋をノックする。

 「古代ですが……」

 すると、中からすぐに「入れ」と言う声がした。二人は頷きあうと、艦長室のドアを開けた。
 中に入ると、そこには診察でもするつもりだったのか、佐渡も来ていた。佐渡は、進とその後ろに雪の姿を見つけ、二人を促した。

 「ほれ、そんなところに突っ立っておらんで、そこに座れ」

 「は、はい……」

 佐渡も沖田も、二人の様子をニコニコと笑いながら見ている。二人がテーブルの椅子にかけると、沖田達も席についた。
 さっそく、沖田の復活の謎を尋ねる進に、佐渡は丁寧に説明して聞かせた。さらに、みんなに秘密にしていてひどい、と雪に攻められ、冗談を言っておどけて謝った。艦長室に笑い声が広がる。

 その時、ヤマトの現在位置報告の通信が入った。冥王星のすぐ外側に、敵の前線基地になっている要塞を発見したと言う。敵との決戦は、翌日早々になりそうだ。

 「いよいよだな、古代」

 「はい!!」

 力強く返事する進を、雪はまぶしそうに見る。

 「腕がなるのぉ!」

 佐渡もやる気満々だ。そんな様子に、進と雪も互いを見て頷きあった。

 (8)

 「ところで、古代……」

 沖田が笑顔のまま、進に声をかける。

 「はい?」

 「雪に世話になった礼は言ったのか?」

 とたんに進の顔が、赤く染まった。困った顔でちらりと雪を見るその姿を、沖田も佐渡も笑顔で見ている。

 「あ、いえ…… まだきちんとは……」

 しどろもどろに返事する進の声にかぶさるように、これまた同じく赤い顔をした雪が割り込んだ。

 「沖田艦長! いいんです。あの……もう、お礼は言ってもらいましたから……」

 だんだん尻つぼみに声が小さくなるそんな雪を見て、沖田は笑う。

 「しかし、わしのところに初めて来た時の雪の顔は、随分悲壮なものだったぞ」

 「沖田かんちょおっ!」

 「そうじゃ、わしだって何度雪に泣き付かれたことか。随分心配したんじゃぞ!!」

 「佐渡先生までぇ! もう、言わないでくださいってばぁ!」

 「あ…… すみません……」

 真っ赤になって焦って立ち上がる雪。恐縮して素直に謝る進。そんな二人の様子に、沖田も佐渡も十分満足した。

 「まあ、後は二人の問題じゃからのう。雪や、この借りは古代にたっぷり返して貰えや!」

 「……はい」

 佐渡がウインクする。雪はちらりと進の顔を見て、恥ずかしそうに笑って頷いた。

 「さて、ちょっと艦長の診察をするとしようかのぉ」

 「あ、じゃあ僕達は失礼します」 「ありがとうございました」

 「ああ、そうじゃ、古代!」

 「はい」

 「お前さんも後で検診するから、医務室に来い。雪も一緒に頼むぞ。ああ、1,2時間してからでええから…… それまでゆっくりしとれ」

 「はい、わかりました」

 進と雪は一礼すると、艦長室を後にした。

 (9)

 二人が部屋から出ると、進は雪の肩をそっと抱いた。触れる体のぬくもりが、雪にはとても嬉しかった。

 「みんなが待ってるな。戻ろう」

 二人は、再び第一艦橋に戻ると、今聞いてきた話をみんなに伝えた。待っていたクルー達は、その説明を聞いて納得すると、今度は二人をはやし立て始めた。

 「じゃあ、今度はお前達の番だな?」

 島がニヤリ。

 「何が俺達の番なんだ?」

 「何とぼけてやがる! 古代は、雪にちゃんと謝ってよく礼を言わなきゃなんないだろう? さあ、どっかへ行って二人っきりでゆっくりやってくれ」

 島がしっしっ、と何かを追い払うかのような仕草で二人を急き立てるので、進が照れ紛れに怒る。

 「な、なんだよぉ!」

 「べ、別に……いいわよぉ!」

 雪も両手を振って遠慮するが、そんなことで大人しく「はいそうですか」と言う彼らではなかった。

 「ほらほら、早く!!」

 「用があったら、艦内放送で呼ぶからそれまでごゆっくり!」

 「あっはははは……」

 赤くなる二人を、クルー達は第一艦橋から追い出すように送り出した。艦長室でも第一艦橋でも、同じようにからかわれた二人は、逃げるように第一艦橋を後にした。

 (10)

 第一艦橋を出ると、進と雪は顔を見合わせてしまった。雪が少し赤くなった顔で微笑む。

 「いいのよ、古代君。みんなの言うことなんて気にしないで…… 私……医務室の方、様子見てくるわ」

 「あ、ちょっと待って……」

 進は、先に立ってエレベータに乗ろうとする雪の腕を掴んだ。

 「少し……話がしたいんだ。いいかなぁ?」

 「……ええ」

 進は雪の了解を得ると、その手を引いて後方展望室に連れ出した。ヤマトは既に火星の軌道まで来ている。星の海が二人の目の前に広がっていた。
 今までも何度もそうしたように、二人は並んで眼前の星々を見つめた。

 そうやっていると、雪の心の中には、その時々のことが思い出されてくる。嬉しかったことも悲しかったことも、笑ったことも怒ったことも……

 押し黙ったまま、うつむき加減の雪に向かって、進が先に口を開いた。

 「また戻ってきてしまったな、ヤマトに……」

 「そうね。降りたと思ったら……すぐだったわね」

 「これから、また大変だけど…… 雪と一緒なら、俺はやれるって……そう思ってる」

 「古代君……」

 進は雪の横顔を見た。雪もその視線を感じ、進の方に顔を向けると、優しい微笑が雪の目の前にあった。

 「雪、今回の事故のことでは本当に心配ばかりかけて済まなかった」

 「だから……もういいの。そんなこと……」

 「怪我の看病ももちろんだけど、意識を取り戻してからも…… 俺は……もう少しで自分を見失うところだったよ」

 「でも、あなたは自分の力でこのヤマトに帰ってきたわ」

 沖田が言ったように、自らの足で再びヤマトに戻ってきた彼の姿を、雪は誇らしげに見上げた。しかし、進は微笑んで首を振った。

 「……いや、君がいなかったら、戻って来れなかったかもしれない。……雪……本当にありがとう。ああ、もっと上手く言いたいんだけど、他に言葉が浮かばないんだ」

 「いいのよ。あなたが元気になってくれればそれで…… 私もあなたと一緒ならどんなことでも頑張れるわ」

 雪の言葉に進も頷いた。そして、そっと手を差し延べて、雪の体を自分の方へ引き寄せる。包みこむような抱擁、互いへの愛しさが膨れ上がる。あの辛かった日々も、今から思えばもう思い出になるのだ。

 (11)

 だが、雪が一人悩んだあのことを、進はきちんと話しておきたかった。そう、雪が先の航海でヤマトへ乗艦しなかった本当の理由を……

 (雪だって、自分一人で胸に閉じこめて悩むんだからな。俺にだって一緒に悩ませろよ)

 進のそんな思いが言葉に変わる。

 「君だってヤマトが事故にあって、君が乗れなかったことで自分を責めてたんだろう? 俺、知っているんだ。君が核恒星系への航海でヤマトに乗らなかった本当のわけを……」

 「えっ!?」

 雪は驚いて、進の胸にうずめていた顔を、ぱっとあげた。その雪の顔に、進は優しくそっと手を触れた。頬を優しくさすり、そこにそっと唇を寄せた。

 「ごめん、俺は何も気付いてやれなくて…… 本当に、済まなかった。君だけの責任じゃないのに。君だけに悩ませてしまって……」

 「古代君…… じゃあ、知って……?」

 「ああ、航海の間は、もしかしたらって思っていただけだったけど、帰ってから佐渡先生から全部聞いたよ。それに……あの分じゃ沖田艦長もご存知なんだろう?」

 はにかみながら微笑む進。進は本当にあの妊娠騒動のことを知っているんだ。そう気付くと、雪はなぜが無性に恥ずかしくなった。くるりと進から背を向けると、小さな声で答えた。

 「ええ…… でも、恥ずかしいわ。あれは私の早とちりだったんだもの……」

 「けど、あの時点では可能性があったわけだろう? そのために君が地球に残る選択をしてくれたこと、俺はとてもうれしかった……」

 もしもいつか二人の子供が生まれたら、どんなことをしてでも守りたい。そんな二人の約束を雪が守ってくれたことに、進は心から感謝していた。

 「古代君……」

 再び振り返った雪の目から、じわりと涙が沸いてきた。
 あの時、ヤマトに乗らなかったことをどんなに後悔したかわからない。けれど、それは結果であって、あの時の自分の判断が間違いでなかったことを、進の言葉から感じ取った。

 「あの……プロポーズまだ有効かな? こんな俺でも……」

 「ああっ! もちろんよ! 古代君!!」

 進はほっと安心したような顔をして、雪の肩に両手をそっと置いた。

 「雪、いつまでも俺のそばにいて欲しい。ずっと…… そして、この戦いが終わって地球に帰ったら、すぐに結婚しよう。今度こそ、僕らの子供達が授かるように……なっ」

 進の心は雪への愛で一杯になる。自分をいつも励まし叱咤しながら、見守ってくれる雪。彼女とともに人生を生きることが、進にとって何物にも変え難い大切なことだと、強く強く感じていた。

 「ええ…… もう……離さないで!」

 進の胸に飛び込む雪を、進は力いっぱい抱きしめた。視線が合い、そしてその瞳がゆっくりと閉じられて、二人の唇がそっと合わさった。
 二人の心の中には、同じ光景が……あのプロポーズの日の夕日が大きく映し出されていた。

 (雪…… この戦いに絶対に勝とう!! そして、二人で地球に戻ろうな!! ずっと君と一緒に……)

 (古代君…… もう、私あなたのそばを離れない。ずっとずっと、どんな戦いの中でも、あなたと一緒にいる。もう、絶対そばを離れない。ずっと、あなたとともに……最後まで……)

 「君とともに……」 「あなたとともに……」

 二人は心の中で、最後までともにあることを固く誓いあうのだった。


 新たな敵ディンギルとの戦いの火蓋は切られた。これからの戦いは、ヤマトと彼らにとって最後のそして最大の戦いとなる。
 しかし彼ら若者は、ヤマトとともに最後までひるむことなく、生きるための戦いを全うするのだ。

 ――夕日は、必ず次の朝、朝日になって昇るんだよ。

 地球の、そして二人の新しい夜明けは、もう……近い。

Chapter13終了

『決意−あなたとともに−』 完

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(背景:Atelier Paprika)