決意−あなたとともに−

−Chapter 2−

 (1)

 出勤した雪が聞いたのは、まだ連絡が取れない、という最悪の回答だった。さっそく10時から、地球政府の代表も含めてこの対応策を話し合う防衛会議を行う事が決定した。
 雪は会議の準備のための資料を整えながら、不安な時を過ごしていた。打ち合わせをする長官と参謀たちの声も聞こえる。

 「もしこのまま連絡が取れなかった場合、どうしますか?」

 「うーむ、状況がつかめないと言うのは、やはり問題があるだろうな。真田君もガルマンガミラスからの返信がなければ、調査船を出した方がいいと話していたしな」

 「調査船ですか。しかし、未知の事態です。何が起るかわからないとなると、万一の事を考えたら、やはりここは防衛軍の戦艦に調査に当たらせた方がいいのでしょうね」

 「そうだな。しかし、今すぐに星間航行できる戦艦となると……」

 このまま連絡がなければ、地球の戦艦が調査に出る。その話を耳にした時、雪の脳裏にはすぐヤマトのことが浮かんできた。

 (古代君、きっと行きたがるわ。真田さんだって島君だって…… あのデスラーの安否が気になるはず。それに、ヤマトはすぐにでも発進できる状態だし、まさかテストもしていない新造艦で行くわけにもいかないし……)

 その雪の思惑を聞いていたかのように、先任参謀がささやいた。

 「やはりここはヤマトですか?」

 雪は、はっとして二人の方を見た。しかし、長官はその参謀の問いに何も答えず、腕組みをしたままだった。

 「…………」

 ヤマトはほんの半月足らず前に、長い苦しい旅を終えて帰還したばかりだ。ヤマトの艦自体は航行に支障はないが、乗組員達のことを考えると、藤堂はすぐに了承する事ができなかった。

 しかしこの時点で、ヤマトが銀河中心部調査に派遣される事は、司令部の皆の心の中ではほぼ決定的になっていた。雪の心に重苦しい空気が流れた。

 (どうしよう……)

 ヤマトが発進するとしたら……雪は、自分の行動を決めかねていた。

 (2)

 会議には、政府の官僚と、秘書の雪を含めた司令本部の幹部達、そして資料提供者として科学局長真田志郎も出席した。

 真田の説明によると、以下のようだった。

 突然に別次元から現れた銀河が、我が銀河系を分断するように通りすぎて行ったと考えられる。通過した線上の星々は、恐らくほぼ壊滅状態ではないかと推測される。その線上に、ガルマンガミラスの本星も、ボラー連邦の本星も含まれている。
 この太陽系には今のところ影響はないという見解だが、太陽系内からの観測では、これ以上の詳しいデータがわからない。できれば、現地に行ってガルマンガミラスの状況を把握する事を含めて調査することが望ましい。
 また、その調査にあたっては、衝突した現場では大量の放射能が発生している可能性が高い。そのため、高度な対放射能設備を装備した艦でなければならない、と言う事も付け加えられた。
 真田は、現在その装備を持っており、かつ星間航行の経験のある艦はヤマトしかない、と結論付けた。

 会議はほどなく終了し、予想通り真田が推奨したヤマトが派遣される事が決定した。それも早い方がいいという決定のもと、できる限り今夜中に発進する事になりそうだった。
 ヤマト自体は補修は終わっていたが、放射能対策をさらに強化するために、放射能研究所に応援が要請され、装甲に新素材のコーティングをすることになった。
 幸い、ヤマト乗組員達はこの前の長旅からの帰還直後でほぼ地球に揃っており、召集は簡単だった。

 (3)

 雪は、長官の指示を受け、数人の秘書たちを動員して、ヤマト乗組員達に連絡をとり始めた。
 まずは艦長の古代進である。さっそく、雪は新造艦のテスト航海の予定で、午後出発予定だった進に長官室への出頭命令を知らせた。

 「古代艦長! 司令長官秘書の森さんから緊急通信です」

 発進を直前にして、新造艦「しおかぜ」の艦橋で最終チェックをしていた進に、通信士から声がかかった。

 (雪……? デスラーから連絡が入ったのか?)

 「よし、パネルに切り替えてくれ」

 「はい!」

 パネルに雪の大きな姿が映し出された。進がそれを見上げる。しかしパネルに移った雪の表情は暗かった。進はいい知らせでない事をすぐに察知した。

 「どうした? ゆ……森さん」

 いつもの調子で「雪」と呼びそうになって、進は慌てて「森さん」と言い換えた。ここはヤマトの中ではない。周りの乗組員達は二人の関係など知るはずがない。
 しかし、雪は進のそんな態度には全く感知しないように、淡々と話し出した。

 「……古代艦長に緊急出頭命令です。ただちに司令長官室にお出でください。こちらで詳しく話しますが、古代艦長には別の任務が発令されます。新造艦「しおかぜ」のテスト航海は一旦中止、乗組員は指示があるまで待機するようお願いします」

 「!!……了解しました。直ちに出頭いたします」

 艦橋内がざわめいた。進が返事をすると、雪は軽く頷いてパネルから姿を消した。雪の様子から非常に急を要することは間違いなかった。進は振り返ると艦橋の要員に伝えた。

 「聞いた通りだ。申し訳ないが、私はすぐ司令本部へ出頭する。午後の出航は中止だ。次の指示があるまで待機してくれ。以上だ。柏崎君、何か急用があれば司令本部の森秘書の方へ連絡をしてくれ」

 柏崎と呼ばれた男が「了解しました」と返事した。彼はこの艦の副指揮官だった。
 進はその指示を済ませると、すぐに歩き始めた。艦から降りる道すがら、今回の緊急出頭命令について考えた。

 (やはりデスラーから連絡がないんだな…… とすれば……ヤマト……か?)

 進は例の銀河系の衝突問題で呼び出されたと確信していた。

 (4)

 雪は、進や乗組員への手配を終え、わが身の事を振り返る余裕が出来ると、急に自分の気持ちが混乱してくるのがわかった。

 ヤマトが発進する。その場合は、雪は当然ヤマトの生活班長として乗艦する、というのは、長官と雪との間では不文律になっている。
 今まで雪はヤマトが発進する時は必ず乗艦していた。白色彗星との戦いの時などは、進の反対を押し切って密航したくらいだ。
 雪はヤマトが立つ時は自分も共に行きたかった。それはもちろん、進が艦長として乗艦するからもあるが、雪自身、ヤマトへの思いがあった。進が、島が、真田が……ヤマトクルー達がヤマトを思う熱き心を、雪も同じように持っている。その思いに男も女もない、と雪は思っていた。

 しかし……雪は今、自分の体のことを考えた。進の子を妊娠している可能性がある。母になるかもしれないのだ。そんな体でヤマトに乗ることは可能なのだろうか。もし妊娠していたら……特に妊娠初期の妊婦は安静が第一なのだ。
 その上、今回の航海の先は、放射能に満ちているらしい。普通の体なら何でもない程度の放射能でも、胎児には致命的な影響を与える可能性は低くない。
 どう考えても、万一妊娠しているのならば、今回の航海には参加すべきではない、という結論に達してしまう。

 だが……本当に妊娠しているのかも今はまだわからない。このまま黙ってヤマトに乗っても誰にとがめられる事はない。

 (いっそ、このまま黙って乗艦してしまおうか……でも……)

 雪は昨夜の進の言葉を思い出していた。

 『もし、僕と君の命をつなぐ新しい命の芽が生まれたら、必ず守ってやろうな……』

 もしものことがあってからでは遅いのだ。しかし……時間はもうほとんどない。出航は恐らく今夜になるだろう。なんとか今すぐ結果を知ることができないだろうか?

 雪は、今、自分がどうしていいのか途方にくれていた。しかし、一人思い悩む雪の苦悩を感じ取る余裕のある人間は、司令本部にはいなかった。

 (5)

 進が長官室にやって来ると、入り口で雪が待っていた。雪は随分深刻な顔で不安げだ。進はその雰囲気がどこかいつもと違うように感じだ。しかし今、雪に話しかけている時間は無かった。雪もそれはわかっている。進が来たのを確認すると、黙って長官室のドアを開けた。

 「古代進、参りました」

 進が入室する後ろから雪も一緒に入ってきた。進は藤堂長官のすぐ前に立って敬礼した後、藤堂より先に口を開いた。

 「長官、やはりまだデスラーと連絡が取れないんですね?」

 「そうだ。そこで、調査のために戦艦を派遣する事になった」

 「それで……ヤマトを発進させるんですね?」

 進の言葉に長官の眉がするどくなり、じっと進を見返す。

 「うむ、さっきの緊急防衛会議で決定した。他にまだ満足な艦がない。どれも新造艦で、ワープを繰り返す長旅にいきなり出すわけにもいかない。ヤマト乗組員達には帰ってきて間がないのに、申し訳ないが……」

 「そんな事はありません。それに、デスラーのことですから、私自身大変気になります。是非自分の目で確認したいと思っておりました」

 進がまっすぐに長官を見返して言った。彼がこう言うだろうという事は、藤堂も雪も想像するに余りあった。

 「そうだな。彼らには、地球を助けて貰ったばかりだ。もし何かあったのなら、我々にできることがあれば協力したいと思っている」

 「わかりました。デスラーに会ったら、その旨必ず伝えます!」

 「うむ、頼む。すぐ全乗組員に召集をかけよう。真田君によれば、ヤマトは、いつでも発進できる状態らしいが、行き先が放射能の充満している可能性の高い場所だけに、その対処のために半日ほど作業が必要らしい。発進は、今夜21時でどうかね?」

 「はい、問題ないと思います。乗組員の召集のほどは?」

 進の質問を藤堂は、後ろにいる雪に投げかけた。

 「雪、どうなっている?」

 「は、はい! 島副長には直接ヤマトへ向かうよう指示しました。真田副長は既にヤマトで作業にあたっています。他の乗組員はほぼ全員に連絡がつきました。次の指示があるまで待機するよう伝えてあります。
 ただ、佐渡先生だけが留守番電話になっていまして…… たぶん、在宅されていると思うのですが…… あの、すぐそこですから、私直接行って見てきましょうか?」

 今の雪にとって、自分の体の事を相談するのにちょうど都合がよかった。連邦中央病院に行く事はさすがにためらわれる。ましてや、今の進にその事を相談するわけにはいかない。まず、医師である佐渡に相談してみようと思った。

 「あ、ああ…… 佐渡先生なら午前中は往診で居られないらしい」

 藤堂がそう答えた。えっと言う顔で進と雪が藤堂を見た。

 「どうしてそれを?」

 「あ、いや、この前たまたま佐渡先生のところへ言って飲んだものでな」

 藤堂が慌てて言い訳をした。が、二人は旧知の仲とはいえ、方や地球防衛軍司令長官、かたや場末の開店休業状態の犬猫病院の主となると、少し不思議な感じがした。

 「長官も佐渡先生と飲まれることがあるんですね?」

 「あはは、たまにな。昔の思い出話とかするのだよ」

 「そうなんですか。じゃあ、沖田艦長のお話なんかも?」

 「おきた……? ん、ああ、そうだな、沖田の話もこの前でたな、そう言えば」

 藤堂がなぜか複雑な顔をした。今は亡き親友の話を出して思い出す事でもあったのだろうか、と進は思った。
 しかし藤堂はそれ以上質問されるのを避けるように、時計を確認すると雪に指示した。

 「雪、じゃあ行ってきてくれたまえ。先生も、もう帰って来ている頃だろう」

 雪が「はい」と答える。そして進が既にヤマト艦長の顔になって雪を見た。

 「雪、今回の出航は調査だけだ。全員集められなくてもかまわない。三分の二の要員が手配できれば十分だし、佐渡先生もお疲れなら無理に乗艦してもらわなくても構わないと伝えてくれ。今回の航海はそんなに長いものではない。医師を医局から派遣してもらう事も可能だろう?」

 「はい。佐渡先生に連絡がつかなかった時点で、中央病院には念の為医師の派遣要請をして了承を得ています。古代……艦長」

 古代艦長と呼ばれて、進の眉がぴくりと動いた。古代艦長……さっきもそう呼んだが、雪はこんなに早く、進のことを再びこう呼ぶ事になるとは思っていなかった。雪にとっても進にとっても、非常に重い言葉だ。

 「さすが、雪だな。手配は抜かりないな。今回の航海でもよろしく頼むよ」

 進は雪のヤマトへの乗艦を当然のことと認識している。以前、雪に気を使って乗艦させなかった時に密航されて以来、進は雪のヤマトへの乗艦に付いては、もう何も言わなくなった。
 しかし、雪は進のその言葉に曖昧に微笑んだだけで、返事をする代わりに長官のほうを向いた。

 「では、長官。ちょっと行ってまいります」

 雪が逃げるように長官室を出て行くのを見て、進はなんとなく彼女の様子を不審に思った。この部屋に入室する前から、雪の姿がいつもと違うような違和感を感じるのだ。
 ヤマト発進と言えば、いつも雪は、キッと顔を引き締め、自分を置いて行くなと言いたげな顔をする。今回もそうだと思っていた。それがなぜか不安げな顔をし、何かすがるような顔で進を見ているように思えた。まるで、ヤマトに乗ることを恐れているかのように見えた。

 (結婚の話がまた延びるかもしれないと不安なんだろうか? それほど、危険でも長旅でもないはずなんだが……)

 しかし、進にそれを問いただす暇はなかった。雪が出ていったのを見届けると、藤堂とヤマトの航海のスケジュールについて打ち合せを始めた。
 (6)

 雪は司令本部を出て徒歩で佐渡の犬猫病院に向かった。太陽は平常に戻ったとはいえ、まだ9月に入ったばかり。昼間はまだまだ夏の陽射しが強い。汗がじわりと沸いてきた。
 雪は額ににじんだ汗をハンカチでぬぐうと、まぶしそうに空を見上げて、ふっとため息をついた。
 時計はちょうど午後1時。そう言えば、忙しさで昼食の時間も忘れていた。しかし、全く空腹感はない。というより、胸に何かつかえているようで、ずっしりと重いものを体の中にかかえているような気分がする。心なしかむかつきを感じるような気もしてきた。

 (やっぱり、これってつわりなんだろうか……?)

 昨夜まで妊娠の可能性をあんなに喜んでいた自分の姿が嘘のように、雪の心は沈んでいた。

 (でも…… 今回の出航はそれほど大変なものではないし、いいじゃない、雪。はっきりしないのなら、地球で待っていれば…… いつものことじゃないの、古代君が宇宙へ行くのは。たまたま今回はヤマトだってことだけで……)

 何をそんなに無理することがある?……と、雪の中の女の部分がそう言う。

 (でもでも…… ヤマトが行くのに! デスラー総統の安否を確認する為に、私の、私達のヤマトが発進するのに…… 私だけ参加できないなんて、嫌!)

 雪の中の別の存在、ヤマトが発進すると聞くと熱く燃える思いを持った宇宙戦士の自分がそう叫んでいた。

 (7)

 ほどなく雪は佐渡の経営する犬猫病院の前に着いた。入り口まで来ると張り紙が張ってあるのが見えた。

 『午前中は、往診の為休みます。午後1時から5時の間にお越しください。佐渡犬猫病院』

 佐渡はまだ帰ってきていないらしい。雪がその張り紙を見ながら、どうしようか、と立っていると、佐渡が帰ってきた。

 「雪じゃないか? どうしたんじゃ?こんな時間に」

 「帰っていらしたんですね。よかった」

 「ああ、すまんすまん、今開けるから。ミー君はいるんじゃが、あれだけじゃ留守番にはならんしのう。アナライザーはこの前の帰還後まだ真田君につかまっとるんじゃ」

 佐渡は笑って言い訳をしながら、病院の扉を開け雪を招き入れた。中に入ると、ミー君がにゃおーと鳴きながら、佐渡に飛びついてきた。

 「おお、ミー君、留守番ご苦労じゃったなぁ。あ、雪、どこでも好きなところに座ってくれ。こっちに帰ってきて以来じゃな。元気にしとったか?」

 好きなところと言われて、雪は案内された佐渡の私室を見まわしたが、相変わらず一升瓶が乱雑に転がっている。それでもなんとか隙間をみつけ、瓶を少しずらして座った。

 「……はい、あの……」

 雪はどう話を切り出そうかと、思い悩みながら佐渡の顔を見た。

 「ん? なんじゃ、お前さんちょっと顔色悪いな。どうしたんじゃ? ははあん、またあいつと喧嘩でもしたな」

 平日の昼間に雪が佐渡のところに来るの事はめずらしい。佐渡は喧嘩の愚痴を言いにきたのかと一瞬思った。

 「してませんっ!」

 雪が睨んだ。佐渡にとってはその雪の怖い顔もかわいらしく見える。いつもの雪の顔だった。元気が出てきた雪に佐渡はまた尋ねた。

 「そうか、そうか、そりゃよかった。で、そろそろ決めたのか、お前達?」

 「決めたって?」

 「決まってるじゃろう、結婚じゃ、結婚! また一緒に暮らしてるんじゃろ? いい加減にケリをつけんと、順番がくるってしまうぞ。ま、いまどき珍しい事でもないがなぁ」

 「…………」

 佐渡が冗談半分にからかうのを、いつもの雪なら、すぐに「もうっ!佐渡先生ったらぁ」とか言いながら、笑って怒るはずだった。が、今日は違った。顔色を青くして黙ってしまったのだ。今にも泣き出しそうだ。

 「ゆ、雪? 本当にどうしたって言うんじゃ? ん?」

 「佐渡先生……」

 「とりあえず、事情を説明してみなさい」

 佐渡は、雪の前にゆっくりと座りなおすと、静かに諭すように声をかけた。

 (8)

 雪は佐渡を見た。佐渡の温和な顔が我が娘をいとおしむように自分を見ている。それに励まされるように、雪が口を開いた。

 「私…… 私…… もしかしたら、古代君の……古代君の赤ちゃんが……」

 後半は消え入りそうな声で雪が話した。佐渡の言った冗談が冗談でないらしい。

 「……! 妊娠……したのか? 本当に?」

 「わからないんです、まだ。遅れたのに気付いたのが一昨日で…… それで、今朝検査薬で試したらマイナス反応だったんです。でも、まだ始まらないし……」

 「うーむ。ちゅうことは、お前さん達ヤマトの中でもしとったのか?」

 佐渡のストレートな質問に、雪の顔が真っ赤になる。が、今回に限っては、佐渡はからかっているわけではない。

 「いいえ……あの、帰ってから……です」

 雪がしどろもどろに答え、佐渡はそれを聞いて「うむ」と考えた。帰ってきたのは8月の半ば過ぎ、そして今はまだ9月に入ったばかりだ。

 「と言う事は、まだ帰ってから10日あまり。受胎していたとしても、2週間にもならん。とすると、まだはっきりせんな」

 「やっぱり、そうなんですか?」

 「そうじゃなぁ、後1週間、いや、数日あればはっきりすると思うがのう」

 佐渡が困惑気味に微笑んだ。

 「今日中になんとかわかりませんか?」

 「……それは無理じゃ。お前さんだって看護婦なんじゃ、それくらいの知識はあろう?」

 「…………」

 雪にはそれはわかっていた。しかし、もしかしたらなんとか……そんなすがる思いで佐渡を訪れたのだった。

 「なあに暗い顔しとぉる! いいんじゃろう? 子供ができとっても…… だから、早く結婚しないと順序が反対になるって言っておったじゃろうに。心配するな。古代だって喜ぶに決まっとる! ま、男っちゅうのは最初はおたおたするかもしれんが、心の中じゃ万万歳じゃ。はっきりしたら話せばいいんじゃ」

 「違うんです、佐渡先生…… それだけじゃなくて、ヤマトが……今日発進するんです!」

 「なんじゃと!?」

 (9)

 雪は、今回の銀河系の衝突の話と、その調査のためにヤマトが急に出航する事になった話をした。佐渡が腕を組んで雪の話を聞いていた。話が終わると、ぽつりと言った。

 「そうか、ヤマトがまた行くのか……」

 「だから私、どうしていいのか……」

 雪の言葉に、ん?と言った感じで顔を上げて佐渡が雪を見た。

 「簡単な事じゃ。今回の乗艦はあきらめた方がいい。もし妊娠していたら、取り返しのつかないことになることくらい、十分わかっておるじゃろう」

 「佐渡先生……」

 「そんな情けない顔するな。なぁに、お前さんの話を聞いていると、ほんの10日かそこらの旅程じゃないか。それに、調査だけなんじゃろ? 危険だと思えば引き返してきてもいいんじゃろう? 敵がいるわけでもなし、いつもの古代の宇宙勤務と同じに思って待っとればええじゃないか。な―んも心配いらん!」

 佐渡は、心中、雪が「ヤマト」が発進すると言う事にこだわっているのに気付いていた。しかし、ここはそれを全く見せないように気楽な言い方をした。

 「そうですか…… そうですよね?」

 雪は、佐渡に向かって言うというより、自分に言い聞かせるように答えた。

 「そうじゃ。もし本当に妊娠していたとしたら、その子を守ってやれるのは、今はお前さんだけなんじゃぞ。大事な大事な古代との子だろうが」

 「はい……」

 雪は頷くと、視線を落とした。佐渡は、彼に見られないようにそらした雪の瞳が、わずかに潤んでいる事を知っていた。

 (10)

 雪の涙に整理のつかない思いを見た佐渡が、ふうっとため息をつくと、もう一度雪を諭すように言った。

 「まあ、お前さんの気持ちもわからんわけでもない。そんなに心配するな。ヤマトはすぐに帰ってくる。だから、わしも今回は行かんぞ」

 「えっ? どうして?」

 「いや、今毎日、午前中に往診をしておってな。昔主治医をしていたある患者が、長い間の療養生活を終えて帰ってきたんじゃよ。日常生活に復帰するのに問題ないか確認しとるところなんじゃ。この患者はどうしても自分で診ておきたい患者でな。
 それもあるし、お前さんの体のことも心配だから、わしも地球に残る。今回だけは、ヤマトへ他の医者を乗せてもらってくれ。な、雪、それなら安心じゃろ?」

 「せんせい……いいんですか? 本当に?」

 「いい、いい。だから言っとるじゃろう。この航海はすぐ終わる、たいしたことないって。ただ、他の艦もないし、デスラーのことがあるからヤマトが行くんだと、お前さん自身わかっとるじゃろうが!」

 「は、はい……そうですね、ありがとうございます。あっ、でも、どう言って……古代君に……」

 「あっ、そうだった。それを忘れていたわい。わしの方はいいとして、お前さんが乗らない理由よなぁ。やっぱり正直に話したほうがええんじゃないか?」

 佐渡が正当論を語る。しかし、雪は大きく首を振った。

 「今はまだ古代君には……」

 「どうして? あいつだって自分の行動がどう言う行為なのか、それなりの覚悟はしとるだろう?」

 「でも……」

 「こういうことは、男も女も責任は五分五分じゃ。古代がそんないい加減な男じゃないことくらいよくわかってるじゃろうが……案外大喜びするんじゃないのか?」

 「そうかもしれません。妊娠が確認できたらすぐ言おうって思っていたんですけど……でも、まだはっきりしてないことで、これから出航する古代君の気持ちを変に紛らわせたくは……」

 「うーん、そうか…… まあ、帰ってきてからのお楽しみってことでもいいかもしれんなぁ」

 「……はい」

 「とするとだなぁ。病気とかにすれば、それはそれでまたあいつが心配するだろうし…… やっぱり長官に頼むのがええんじゃないかな? 雪を外せない仕事があることにしてもらうのが一番じゃ」

 「そう……ですね。でも……」

 「あははは、言いにくいか? ま、そうじゃな。心配するな、わしがうまく行ってやるわい。長官もそんなに固い人間じゃなし、かわいいお前さん達のことだ、話して頼めば付き合ってくれるはずじゃよ」

 「はい……すみません、よろしくお願いします」

 (11)

 雪と佐渡が連れだって司令本部の長官室に戻った時には、進はもう不在だった。ヤマトに向かったのだろう。雪はとりあえずここに進がいなかった事に安堵した。長官が二人を迎えて言った。

 「おお、佐渡先生もご一緒ですか。じゃあ、雪、さっそく君も仕度してヤマトに向かってくれたまえ。古代とスケジュールについて話したが、10日前後の航海予定だ。着替えとか必要なものがあるだろう? 帰って仕度してきなさい。古代は、元々出航の予定だから大丈夫だと言っておった」

 「あの……」 雪が言いかけて口篭もる。

 「ん? ああ、私のことなら心配はいらんよ。10日くらい何とかやるから」

 藤堂の言葉に雪はどう答えて言いかわからず、すがるように佐渡を見た。佐渡はその視線を受け止めるように頷くと、長官に話しかけた。

 「じつはなぁ、長官。雪とわしは今回の航海は見送ろうと思っとるんじゃ」

 「えっ?」

 藤堂がびっくりした顔で二人を見た。予想していなかったことだ。

 「実はのう……」

 佐渡がゆっくりと説明をし始めた。まず、佐渡の事情を話す。この件は、藤堂も知っている様子で、黙って頷いて「わかりました」とだけ答えた。
 続いて雪の話を始める。その間、雪は二人の目の前で立っているのがとても恥ずかしかった。こんなときに、こんな個人的な事情で……と思うと、悲しくもなるのだ。
 だが、長官は佐渡の説明を聞き終えると、にっこりと笑った。

 「よくわかったよ、佐渡先生。雪、おめでとう……というのは、まだ早いかな」

 「長官……」

 悪いことをしたわけではないのだが、やはり恥ずかしさと申し訳ない思いが表情にでてしまう。

 「あははは、そんなに心配そうな顔をするもんではない。ヤマトに乗れないのは辛いのかもしれないが、今回ばかりは仕方ないだろう? 本来なら喜ばしい事なのだから。それに、違っていたとしても、今回の航海はそれほど危険な旅でもないし、あっという間に帰ってくる。心配はいらんよ」

 「……はい、ありがとうございます」

 藤堂のやさしい言葉に、雪もやっと笑みが浮かんできた。佐渡に諭され、藤堂にねぎらわれ、やっと雪も、今回のヤマト乗艦をあきらめることに納得した。誰もが「たいした航海じゃない。すぐに帰ってくるから」と言ってくれた。今は、雪もそう思っていた。
 だから、今回は見送る立場でいいのだ……雪はそう心の中でつぶやいた。

 「まぁ、結婚の話も進めるつもりだったのだから、ちょうどよかったじゃないか。いやいや、はっきり出来ていると判ったら急いだ方がいいな。お腹が目立たないうちになっ」

 「長官っ……」

 「あはははは……」

 3人に笑い声が広がった。少し心の安定を取り戻した雪は、今日初めて声を出して笑った。

 「雪、ヤマトへの医師の派遣を正式に医局に発令してくれ。それから、ドックまで行って君達が乗艦できないことを古代艦長に伝えよう」

 「はいっ!」

 雪の処理が終わるのを待って、藤堂、佐渡、雪の3人は、ヤマトの停泊する海底ドックに向かった。
Chapter2終了

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