決意−あなたとともに−

−Chapter 5−

 (1)

 間もなく深夜0時になろうとしていた。地球の大気圏を出たヤマトは、予定通りの航路を順調に航行していた。

 「さぁて、今夜は勝手知ったる太陽系を抜けるだけ、ワープもないし特に問題もない。後は俺と太田がやる。他の皆はもう休んでもいいんじゃないか?艦長」

 島がうーんと伸びを一つして言った。ワープを行うのは明日の朝の予定だ。それまでは自動航行で行けるはずだ。

 ヤマトは、太陽系内は通常航行をし、第11番惑星軌道を抜けたところで、一気に連続ワープに入る。銀河系中心部ガルマンガミラス本星のある核恒星系までは、途中の調査時間を入れて4日あまりの行程だ。とりあえず、今日のところはもう業務はない。

 「そうだな、今日は急な発進で皆も疲れただろう。そうさせてもらうか。悪いな、島」

 「どういたしまして…… 明日のワープが終わってからゆっくり休ませてもらうよ」

 「了解!」

 戦闘が予想される航海ではない。ヤマトの乗組員たちは地球の標準時を基準に作業を行う予定になっている。
 進は艦内放送で全クルーに発進時の特別勤務体制を解き、非常待機要員以外は業務終了する旨を告げた。そして、ふうっと肩から息を吐いて目を閉じた。

 「なんだか疲れたな。出発が決まってその日のうちの出航だったからなぁ。さてと……先に休ませてもらうかな」

 進はひどく疲労感を感じていた。なぜか今日一日がとても長かったような気がする。
 こんな日は、疲れを癒すのために美味しいお茶でも飲みたいな、と思う。ティーラウンジに行って飲むよりも、部屋で静かに飲みたい。雪に頼んで持ってきてもらおうか……
 戦闘指揮席から立ちあがると、右後ろのレーダー席に向かっていつもの調子で声をかけそうになって慌ててやめた。しかし、声の方が既に先に出てしまっていた。

 「雪…… あっ……」

 その瞬間、第一艦橋にどっと笑い声があがった。

 「わっははは……」 「あははは」 「やっぱり言うと思ったぜ」 「もう少し経ってからだと思ったけど、すぐだったなぁ」 「ホクハ 雪サンデハ アリマセ〜ン!」

 進の顔があっという間に真っ赤になった。そう、雪は乗っていないのだ。進の視線の先に座っているのはアナライザーである。
 振り返ればいつもそこに雪がいた。今までの航海で、進は背中に彼女の温かい眼差しをいつも感じていた。それはもう、進にとっても第一艦橋の誰にとっても当然の事だったのだ。

 「あ……いや、すまん。いつもの癖で……ちょっと……間違えた」

 焦る進の姿が可笑しくて、しばらくは周囲の笑いが止まらなかった。

 (2)

 笑いがほぼ収まった頃、南部がふと呟いた。

 「でも、雪さん、ヤマトより大事な仕事ってなんなんだろうなぁ? どうも附に落ちないよな」

 「うん、それは言えるな。おい、古代。本当はお前達大喧嘩でもしたんじゃないだろうなぁ」

 島も同調した。大喧嘩は冗談だが、雪本人に仕事だと聞いていても、ヤマトよりそれを選ぶと言う事が信じられなかった。

 「ば、馬鹿言うな。雪は仕事だって長官自らが言われたんだぞ。新しいプロジェクトがあるって」

 進が自分にもそう言い聞かせた訳を言う。と、真田が今度は首を傾げた。

 「しかし…… そんな急なプロジェクトの話は聞いてないがなぁ」

 「えっ、そうなんですか? 真田さん」

 「少なくとも俺の耳には入ってきてはいない。古代、お前プロジェクトの具体的な内容は聞いたのか?」

 「いえ、そこまでは。ほんの数時間前に急に言い出したことなので…… こっちも発進の準備で忙しかったし」

 「もしかしたら他の理由があるんじゃないのか?古代」

 「あやしいっすね」 真田の隣で太田が腕組みをした。

 「うん、あやしい。それに、佐渡先生も乗らないっていうのひっかかる。雪の体になにかあったんじゃないのか?」

 島もやはり真田の説に荷担し、佐渡の話も持ちこんで心配げな顔になる。

 「いや、しかし、それは俺だって最初そう思ったんだ。心配になって先生に『雪は病気じゃないのか』って尋ねたら、『雪は健康だ。わしが保証する』って言われたんだ」

 なら雪の不健康説は違うのかと、周りは一旦沈黙した。

 (3)

 と、その時、南部が何か思いついて進を見て、にやっと笑った。

 「ふむ……健康ねぇ。ねぇ、古代さん。もし、その仕事の話が嘘だったとしたら……どうします?」

 「嘘って? じゃあ、一体どうして雪がヤマトに乗らない理由があるって言うんだ。言っとくが、俺達は喧嘩なんかしてないぞ。だいたい俺はこの前雪にプ……あっ……」

 これ以上言うと、また冷やかしのいいネタにされると思った進は話を止めた。しかし、南部はそんな言葉尻を聞き逃さない。

 「なんっすか? この前って?」

 その質問には、進の代わりに頼みもしないのに島が返事した。

 「プロポーズしたんだろ? 古代」

 「島っ、余計な事を……」

 進が眉をしかめる。島は全く意に介さず笑う。相原は大喜びで両手を上げた。

 「えっ! 本当ですか?古代さん! やったぁ〜!!」

 「えっ、あ……ま、まあ……な」

 「へぇ、プロポーズですかぁ。じゃあ、雪さん結婚準備が忙しいとか……」

 もじもじ、しぶしぶ答える進に、反対側から太田が声をかけてくる。

 「まだ、そんな具体的な事なにも決めてないぞ!」

 右から左からいろいろと言われ、進は首をあっちこっちに振りながら否定したり照れたり怒ったり。同期の連中の大騒ぎを真田と山崎は面白そうに眺めていた。
 その騒ぎの締めくくりははやり南部の意味深な一言だった。

 「じゃあ、やっぱり……アレですかねぇ」

 南部が進の顔を見てくくっと笑った。

 「な、なんだよ、アレって!?」

 「病気じゃなくて、健康で…… でも、ヤマトへの乗艦はドクターストップがかかってしまうこと!」

 南部がすました顔で進をじっと見た。眼鏡の奥でその目は笑っている。

 「……あ、ああっ!」 「ふむ、そうか、それはありえるかもなぁ」 「ありえますね」 「ソ、ソンナ〜!」

 一瞬の沈黙の後、島、真田、山崎、そしてアナライザーが次々と反応する。南部の意味深な言葉の意味を理解したようだ。アナライザーはピコピコとあちらこちらを光らせて怒っているように見える。
 進と、おまけに太田と相原がまだわかっていない。

 「な、なんだよ。お前達だけで勝手に……!」

 進が怒鳴ると、島がぷっと吹き出し、南部が仕方ないなぁと言った顔をした。

 「あっははは……おめでたですよ、お・め・で・たっ!」

 (4)

 「はぁああっ!」 「ああっ〜!」

 相原と太田がやっと気がついて頷いた。二人も顔がにやけてくる。
 当然焦るは進ひとり。いきなりの指摘。何がなんだかわからない。ちょっと待て、どういうことだ!? 自問自答しようと思いながらも、頭の中が真っ白になる。とりあえず否定しろという指令だけが脳から発せられた。

 「な、な・な・なっ! ち、ちょっと待て! まさか、お前……そんなはずは……」

 「なにがまさかだ!古代。覚えがないとは言わせないぞ。帰って早々よろしくやったと豪語してたヤツが」

 島は容赦しない。言われてやっと我に返る。大いに覚えのある進なのだ。

 「うっ…… それは……」

 口篭もった進の代わりに、南部が再び解説を始めた。

 「ね、それなら話がうまく通じますよね。雪さんが妊娠に気付いて、佐渡先生に相談する。佐渡先生は当然乗艦をあきらめるように説得するだろうし、心配だから雪さんについていると言ったのかもしれませんしね。で、出航前の古代さんには余計な心配をかけないようにと、長官も巻込んで……」

 「…………まさか……」

 呆然として言葉を失っている進に、山崎がズバリ指摘した。

 「有り得んことではないですな」

 「そうだな、まぁ、はっきりそうだっていうわけでもないがな。違うかもしれんし、そうかもしれん」

 「可能性高いよなぁ! じゃあ雪さんの乗れなかった原因は、古代さんにあるってことだな」

 「そうそう、原因があってこそ結果がある……ってことだからなぁ。な、古代」

 皆の突っ込みに、進は恥ずかしさや嬉しさ、驚きと言った様々な感情が入り乱れ、混乱する自分の気持ちが整理できなくなってきた。そしてとうとう、その場に居たたまれなくなった。

 「ああっ! もう、どっちにしたってヤマトは出航したんだ。いるメンバーでなんとかするしかないんだ。お前達もしようもないことを言ってないでいい加減に寝ろ! 俺は寝るぞっ!! 明日からワープの連続なんだ。早く寝ておかないと体が持たんぞ。いいなっ!」

 進は、照れ隠しに周囲を怒鳴りつけると、さっさとひとり出口に向かって歩き始めた。そんな進の後姿に島が茶化して声をかけた。

 「おやすみ、原因君!」

 進は、びくっとして立ち止まったが、振り返りもせずすぐに歩き出し、エレベータに消えた。再び、艦橋に笑い声がこだました。
 進が立ち去った艦橋では、他のメンバーたちもそれぞれ立ち上がり始めた。

 「今の話、当たりですかね?」

 南部がぐるりと周りを見まわして言った。

 「そうだなぁ、しかし帰ってからのことだったら、まだ妊娠がわかるには早すぎるような気がするがなぁ」

 唯一の父親経験者、山崎がちょっと考えるように答えた。真田も考えるような仕草をした。

 「そうですねぇ、10日あまりしかなかったですから……」

 「てことは……あいつら、シャルバートからの帰りにやったのかな? 暇そうだったからなぁ、あの頃の艦長」

 「うわっははは……」 「ひぇぇ〜」

 島が笑いながら言う。大受けしたのは南部。驚愕の声をあげるのは、当然……相原だ。

 「でもどっちにしても、この航海が終わったら忙しくなりそうだなぁ。帰ったらすぐ式の準備しないと!」

 気を取り直した相原が、自分のことのようにうれしそうに言った。

 (4)

 艦橋の仲間達からの「口撃」から逃れて、進は艦長室に戻った。あんまり焦ったので、体中がまだ暑い。汗もかいてしまった。深呼吸しながら部屋の前まで来ると、移動式のトレーが置かれていた。その上には茶葉の入ったティーポットとカップが置いてあり、メモが付いていた。

 『ご不在でしたので、ここに置いておきます。生活班長から、「艦長は今夜きっとお茶を欲しがるだろうから、準備しておくように」という指示がありましたので……幕の内』

 就寝前のティータイム。毎晩と言うわけではないが、進は好んでお茶を飲んだ。寝る前にカフェインをとると眠れないという人もいるが、進はそれはなかった。かえって疲れた日の夜などは必ずお茶を一杯飲んでから寝る。そうすると、とてもぐっすり眠れる。地球にいるときもよくそうしていた。
 だから、雪は今日一日多忙だった進の様子を知っていて、事前に幕の内に指示していたのだろう。雪の心遣いを感じて、進の心は温かくなった。

 「雪……ありがとう」

 (5)

 部屋に入り、ベッドにどっかりと腰掛けると肩から大きく息をついた。そして、さっきの話を思い出した。

 (さっきの南部の話は本当だろうか……)

 ――雪が妊娠した。だから、ヤマトに乗らなかった――

 この前地球に帰ってきた日、進と雪は久しぶりに愛を確かめ合った。それも夜を徹して…… その時の二人はただ夢中で愛し合った。だから、当然新しい命を誕生させることになる可能性は十分にある。そんなことは、進だって十分に自覚している。結婚しよう、そう思っている相手とのことである。もしも、そういう事があっても覚悟はできているつもりだった。

 「だが…… こんなに早くわかるものなんだろうか?」

 進は誰に言うでもなく、ひとり艦長室で呟いた。

 (普通はよく妊娠に気付いて3ヶ月とか言っている。3ヶ月ということは、90日も経ってるってことだ。そんなにしないと解らない事が、たった10日で判るんだろうか……? 雪は看護婦だったからな。そのあたりは詳しいのかもしれない)

 独身の進にとって、女性の体の周期などわかるはずもない。妊娠のタイミングにしてもそうだ。
 胎児の月数の計算は普通の1ヶ月とは違い、4週をひと月と数える。最終の生理のあった日から1ヶ月目に入るから、実際は1ヶ月の前半は受精すらしていない。当然、生理がないと気が付いた時には、既に2ヶ月目なのだ。
 雪が妊娠していた場合、今はこの時期になるのだが、進にそんなことがわかるわけもない。佐渡がいるならまだしも、代わりの医者にそんな事を聞くのは、彼自身恥ずかしくもあり憚られた。自分の中で想像をたくましくするしかなかった。

 (そう言えば、雪は昨日変なこと言ってたよなぁ。車から見た赤ん坊を突然かわいいって言ってみたり、子供は好きかとか聞いてきたり…… もしかしたら、あれは妊娠を予感、いや実感してたから……?)

 子供…… 進にはまだ実感が沸かなかった。雪に直接告げられたとしてもすぐには沸かなかっただろう。それが男っていうものだ。目の前に見せられる形があるわけでもない。体の中の違和感を感じることのできる女性とはそのあたりが違う。
 もし、この航海前に雪にそれを告げられていたら、確かに動揺したかもしれない。何も焦る必要はないとは言え、やはり落ち着かなかっただろう。だから、雪は言い出せなかったのか……
 もちろん、進は責任を逃れるつもりなど、もちろん全くない。それに……

 (戸惑いはある。だけど……やっぱり、うれしい……気がする)

 進の顔が少し緩む。立ち上がって、テーブルに置いたポットのお湯をティーポットに移し替えた。蒸らし時間は3分。進は時計のタイマーを3分にセットし、窓の前に立ち星々を眺めた。

 (6)

 (俺は、父親になるのだろうか……)

 父親…… 進の実の父は、12歳の時に亡くなった。子供の頃の父の記憶はたくさんある。医者として立派に働いていた父。進を海や山につれて行って生き物の様々な生態を教えてくれた父。兄を心配し、母を労わっていた父。穏やかでやさしい面影が今も残っている。しかし、男として成長する時に聞きたかったことはなにも聞けなかった。

 父親……というと、進にはもうひとり頭に浮かぶ人物がある。ヤマトの初代艦長沖田十三のことだ。戦う事しか頭になく、ささくれ立っていた自分を、男として一人前に鍛えてくれたのは、他の誰でもない、沖田艦長だった。時には厳しく、しかし時にはやさしくつつんでくれた。男の生き様を目の前で示してくれた。
 今、進がこうしてなんとかヤマトの艦長としてやっていけるのも、沖田がいたからこそだと思う。

 (俺は、沖田さんに父親を感じている…… もう少し一緒にいたかった。もう少し、教えて欲しかった。男の生き方を…… まだ、俺は半人前なんだ)

 だから進は、自分が父親になる心構えが十分あるのかどうかわからなかった。

 (帰って雪の口から事実を聞いたら、覚悟を決められるのだろうか……)

 いや、決めなければならないのだ。それは自分の行いの証なのだから。進は、雪が妊娠したかもしれない、という一つの説を自分の中で受け止めることにした。それは、決して不安ばかりではなく、大きな期待でもあった。

 「おとうさんか……」

 タイマーの音が3分を知らせた。進はティーポットからできたばかりの紅茶をカップに注いでゆっくりと飲んだ。

 「全ては帰ってからでいいさ」

 そうであっても、そうでなくてもいい。もしそうだったとしても、帰るまでの間に、自分の中で雪に告げられた時の心積もりもできるだろう。悪い事じゃない。幸せなことなんだから。
 ただ、仲間達の冷やかしや突っ込み攻撃が辛いか? 彼らの様々な言動が想像されて、進は嬉しいような困ったような妙な気分になった。

 進は紅茶を飲み干すと、声に出して「ははは……」と笑った。そして、つぶやいた。

 「雪、すぐに帰るからな。待っていておくれ」

 宇宙戦艦ヤマトは、出発初日を何事もなく無事に終えた。

 同じ頃、地球でヤマトを見送った雪も、広いベッドでひとり、恋しい人と新しい命への思いを馳せながら、眠りについていた。

Chapter5 終了

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