決意−あなたとともに−
−Chapter 6−
(1)
ヤマトが旅立った日から、一夜が開けた。地球はなにごともなく、新しい日を迎えようとしていた。
トゥルルル…… 森雪は、早朝テレビ電話のベルで起こされた。時計を見るとまだ6時過ぎだ。
「誰かしら? こんなに早く……」
深夜帰宅してベッドに入ったが、いろいろと思うこともあって眠りについたのは随分遅くなった。だから、今朝はまだ眠い。うつろな目をしながら、テレビ電話の受信機のディスプレイを見る。発信者の名前は、「森晃司」となっていた。
「パパ……から?」
雪はすぐに電話を受信すると同時に、画像もONにした。画面にすぐに母の美里の顔が映し出された。
「雪っ! 雪っ!! いたの? あなた!!」
切羽詰ったような顔で、美里は雪の顔を見るなりいきなり叫んだ。
「えっ? いたのって?」
雪には美里の切迫している意味がわからない。
「今、朝起きてニュースを見たのよ。そうしたら、ヤマトが銀河系中心部の異常の探索に発進したっていうじゃない! それなのに、あなた達は何も言ってこないし、また黙って出かけちゃったのかと思って…… ああ、でもいるのね?あなたは」
雪の顔を見て安心したのか、美里は幾分表情を穏やかにして話した。雪は母が早朝に息せき切って電話してきた意味がわかった。また何かが地球に起ったのかとでも思ったのだろう。だが、雪が画面に出て、のん気な顔をしているのに、安心したらしい。
「ああ…… そう、ニュースで言ってたんだ」
「ええ、もしかしてヤマトはまだ出発してないの?」
「いいえ、昨日出航したわ」
雪がきっぱり返事した。美里はちょっと考えるようなそぶりをして、画面の中をあちこち見るようにしてから尋ねた。
「じゃあ、古代さんは……?」
「行ったわ。当然でしょう?彼、艦長だもの」
「そうよね。でも、あなたは行かなかったのね」
美里が、ちょっと不思議そうな顔をする。ヤマトが発進するいうと、いつも率先して乗っていた娘が、乗らなかったことが附に落ちないのらしい。
「……ええ、ちょっと秘書の方の仕事が忙しいの。だから……」
雪が少し言いにくそうに口篭もりながら答えた。自分がヤマトに乗らなかった理由をすぐに母に伝えるのはさすがに憚られた。
美里としては、雪がのんびりと仕事の都合で乗れなかったという言葉に心底安心したようだった。
「そう、じゃあ、今回はほんとにニュースの通り、ただの探索なのね?」
「そうよ、10日ほどで帰ってくるわ」
「よかった。ママ安心したわ。もう、テレビ見てびっくりしちゃって…… この前帰ってきたばっかりだって言うのに、また何かあったのかって思っちゃったわ。でも、あなたがいかなかったってことは……大丈夫ね。ふふふ。それとも、そろそろ地球に落ち着くことにしたのかしら?」
美里が顔をほころばせて笑い、そして探るように画面の方へ顔を近づけた。雪は心の中を覗きこまれそうで思わず体をのけぞらせてしまった。
「や……やぁねぇ、ママったら。今回はたまたま仕事が重なっただけよ。これからだって私はヤマトが発進する時は……あ……」
ふっと子供のことを思った。これからだって乗れるかどうかわからない。そう思うと、雪は一瞬ではあるが、今初めて妊娠したかもしれないと言うことを疎ましく思った。
母はそんな雪の思いなど気付くこともなく、ほっとして答えた。
「そう、まあいいわ。でも、たいしたことじゃなくてよかった」
雪も、今の複雑な思いはすぐに追いやって気を取り直して尋ねた。
「パパは?」
「まだ寝てるわ。ママ、今起きてテレビつけてびっくりしちゃってすぐ電話したから……」
「もうっ! ママったらぁ。うふふ。あっ、そうだ。ねえ、ママ」
「なあに?」
「今度、古代君が帰ってきたら、そっちに行くから」
「いいわよ。いつでもいらっしゃい。それで……いい話でも聞かせてくれるの?」
「えっ!?」
美里がさっきよりも増してうれしそうな顔をする。ずばり的を得た質問に、雪はドキッとして赤くなった。答えに詰まる。その姿を、母はきっちりと見て取って得意そうに再び笑った。
「あらっ、図星? 楽しみだわ。うふふ……」
「ん…… それにね、ママ……もしかしたら…… ああ、やっぱりやめた」
母のうれしそうな顔を見て、雪はもう少しで妊娠のことも告げそうになった。言えば母は大喜びに違いない。踊り出すかもしれない。だけど……まだはっきりしてないことを言うのはやめよう、と雪は思った。
「何よ、もったいぶって」
「ううん、いいの。今度行ったら話すから」
「そう、じゃあ楽しみにしているわ。体に気をつけてお仕事するのよ」
「はぁい、じゃあまたね」
美里は二人が挨拶にくることだけを聞けただけで十分と、今はそれ以上追求することはなかった。
(2)
母からの電話を切って、雪は寝室に戻った。着替えをしながら進達のことを思う。
(古代君達、もう太陽系外に出てワープしたかしら? もう、随分遠く離れちゃったんだわ……)
昨日の朝まで進と過ごしたベッドを見ながら、雪は少し寂しい思いにとらわれた。
「さあ! 私も頑張らなくちゃ!!」
とその時、なんとなく下腹部に微かな鈍痛を感じた。
(何!?)
雪はびくっとしてその痛みを感じた部分に手を触れてみる。ひどい痛みではない。じわじわとした軽い痛みが確かにある。この感覚は、いつも……そう、毎月のことの始めに感じるそれに似ていた。
(これは……!)
たったまま手で腹部を押さえ少し前かがみになったまま、雪は動けなかった。そのうち、すぅーっと何かが降りて行く感覚がした。
雪は、はっとして慌ててトイレに走った。そして……
トイレから出てきた雪の顔は、何とも言えない複雑な顔をしていた。
「はじまっちゃった……」
雪の妊娠は間違いだった。赤い鮮血を見て、もしや流産!?と一瞬青ざめた雪だったが、すぐに思いなおした。これはそんな痛みではない。いつもと同じなのだ。それに判定薬はマイナス、元々妊娠の兆候はまだ見せていなかった。
――ただ、数日遅れていただけ――
これが紛れもない事実だと、看護婦である雪にははっきりとわかった。
(古代君と私の赤ちゃん……いなかったんだ。どこにも…… 今はまだ私たちのところには来てくれないのね……)
雪はリビングの床にすとんと座りこんでしまった。体の力が全て抜け出てしまったようなそんな脱力感を感じた。
「うふふ…… あはははは…… ばっかみたい…… あははは」
なぜか笑いが止まらなくなる。情けないような気が抜けたような、そしてどこかでほっとしている……自分がいる。
笑うしかなかった。笑いながら、涙もこぼれた。なぜ笑うのか、なぜ涙が出るのか…… 雪には自分でもよくわからなかった。だから、自分の笑い声と溢れる涙を止めるすべを知らなかった。
(3)
しばらくそうやって呆然としていた雪だったが、7時を知らす時報を聞いた時、やっと我に返った。笑いも涙も止まった。雪はぐっと両手で涙をぬぐってたちあがった。
(古代君に言わなくてよかった……)
まず最初にそう思った。彼に話して動揺させたまま出航させなくてよかったと…… そして……
(ママにも言わなくてよかった……)
両親が間違った情報で空喜びすることにならなくてよかったと思った。しかし……
「ああっ!でも、長官と佐渡先生になんて言おう……」
今度は思わず声に出してしまった。そしてちょっと恥ずかしくなった。自分の早とちりから、二人には随分手を煩わせてしまった。なんて謝ろうか。そして、最後に……
(こんなことだったら、やっぱりヤマトに乗ればよかった……)
周りのことを考えた後に、自分の中の本音が出る。しかし、ヤマトはもう既に宇宙の彼方に行ってしまった後だ。どうすることもできない。
どうして、もうちょっと早く来てくれなかったんだろう。そうすれば何の事はない、いつものように自分はヤマトの乗員になっていたのに…… 雪の中ではその悔しさがふつふつと沸いてきた。
「やっぱり、ちょっとくやしい気分……」
ひとり部屋の中でそうつぶやく雪であった。そして、出勤の仕度をしながら、雪の心の中に色々な思いが入れ違いに沸いてくる。
進との子供が生まれる、ということを、とても楽しみにしていたのは本当だった。結婚する前だけれど、それでも純粋にうれしかった。
だがその反面、やはり子供を産んで育てるには、それなりの環境が整ってからの方がよかったんじゃないかとも思った。だから、結婚してからの方がよかったのよ、とどこかでほっとしている自分もいた。
それから、どんな理由であれ、進とヤマトの旅立ちに自分が一緒に行けなかったことが、雪の心をちくりと痛くした。
けれど、今回の航海は今までのとは違う、と自分にもう一度言い聞かせ安心させることにした。
(古代君が乗った艦が、たまたまヤマトだっただけ……命を賭けた戦いに行ったわけじゃない。もうすぐ、そうあっという間に帰ってきてくれるわ。ね、古代君、早く帰ってきてね)
地球時間9月3日、午前8:00。雪はその日もいつも通り出勤した。
同じ頃、地球を立ったヤマトは、予定通り太陽系第11番惑星の軌道を離れ、銀河系中心部核恒星系に向けて、連続ワープに入ろうとしていた。
その少し前、第一艦橋に現れた艦長は、クルーたち意味深な笑みを軽くかわし、いつもの座席についた。彼はすこぶる機嫌がよかった。
(4)
司令本部に着いた雪は、いつものように、まず今日のスケジュールを確認した。長官の今日の予定は、新造艦の進水式への出席、銀河系中心部の問題についての会議の出席、アジア地区長官との打ち合せなどが入っている。
そして「ヤマトから7:30に太陽系を抜け、これからワープする」旨連絡が入ったという通信員からのメールが届いていた。
(ヤマトは予定通り航海しているのね……)
雪は、安心すると同時に、一人取り残されたような疎外感を感じていた。
しばらくすると、藤堂が出勤してきた。
「おはよう、雪。ヤマトの方から何か連絡はあったかね?」
「はい、先ほど太陽系を出てワープに入ったそうです」
さっそく雪が、通信員からのメールの内容を伝えると、藤堂は満足そうに頷いた。
「うむ、順調だということだな」
藤堂が雪の顔を見てにこりと笑う。雪は例の話を告げなければと思った。長官室には今、雪と藤堂しかいない。話すのならチャンスだ。
が、昨日の今日である。進に知らせないようにするため、長官まで巻き込んでしまった。どう切りだそうか、そう思うと顔がこわばった。
「はい……あの……長官……」
「ん? どうした? 気分でも悪くなったのかね?」
雪の表情の変化に藤堂が心配そうに尋ねた。藤堂のやさしい眼差しは雪の体を気遣ってのことだろう。すぐに話さないとさらに手を煩わせてしまう。
「いえ、違うんです。実は……昨日のことなんですが……あれは、私の思い違いだったみたいなんです。間違いだったんです! すみません!!」
勢いに任せてそこまで言うと、雪は深々と頭を下げた。と、すぐに長官が穏やかに笑い出した。雪はゆっくりと顔を上げた。
「あ…… ははは、そうか。いや、それは残念だったね。別に謝る事はない。まだはっきりしないとは聞いていたからね」
「でも……長官まで巻き込んでしまって……本当に申し訳ありませんでした」
「気にする事はない。まあ、彼には何も言わなくてよかったじゃないか。あ、いや、君はヤマトに乗れなくて残念だったのかもしれないが、どっちにしても帰ってきたら話を進めるのだろう? 楽しみが先に伸びただけだろう?」
「はい……ありがとうございます」
雪の思い、進の思いを推し量ってくれる上司のやさしい心遣いに、雪はただ頭を下げて礼を言うばかりだった。
「そんな顔をしないで、ヤマトはすぐに戻ってくる。さあ、今日のスケジュールを聞かせてくれないか」
「はい……」
地球防衛軍司令本部の一日が今日もいつも通り始まった。
(5)
その日の業務は何事もなく終わり、雪は定時に司令本部を後にした。佐渡にも間違いを告げなくてはいけない。雪は佐渡の犬猫病院へ向かった。
佐渡の病院のドアの前まで来る。特に張り紙もなく、中は明かりがついているようだった。雪はそっとドアを開け、ドアの隙間から顔を覗かせた。
「佐渡先生?」
佐渡は相変わらず一升瓶を握って、ミー君を相手に酒盛りをしていた。雪はこの病院に何度か来たが、患者の動物が来ているのを見た事がない。といって佐渡が深刻な顔をしているのも見た事がない。
佐渡先生ってどうやって食べてるんだろう? そんな素朴な疑問がふと沸いてくる。
たぶん―雪は勝手に想像していたが―嘱託として登録している司令本部から、佐渡の酒代程度の給与がでているのかもしれない。それとも、今までの航海で貰った分の蓄えがあるのか……?
とにかく、彼は常にのん気である。今日もとぼけた顔で雪を見て笑った。
「おお、雪か? 仕事は終わったのか?」
「はい……」
「なんじゃ? そんなつまらん顔しおって。まだ、ヤマトに乗れなかったことが悔しいのか? 仕方ないじゃろう。そういう体なんじゃから」
佐渡が雪を手招きして自分の前に座れと顔で合図する。困った娘を諭す父のような視線だった。
佐渡の言葉に押されるように、雪はその間違いを告げた。
「それが……違ったんです」
「あ〜ん?」
佐渡は赤らんだ顔を不思議そうに傾げて雪を見た。雪は、自分の妊娠が間違いだった状況を説明した。
欲しかったのか欲しくなかったのかも解らなくなって……ヤマトに乗れなかったことが悔しくなり…… 自分の気持ちが整理できないまま話していると、何かがこみ上げてくる。やっと話し終えた雪は、黙ってうつむいてしまった。
佐渡がその小さな肩をやさしくトントンと2回たたいた。
「そうか、まあ、しゃあないのぉ。そんなに落ち込まんでも、またすぐできる。お前達は若いんじゃからの。まあ、古代も今度こそちゃんと結婚する気になってるようだし、慌てて結婚式挙げたりせんでもよくなってよかったじゃないか。な」
「…………」
雪は頷くだけで言葉が胸に詰まって答えられない。佐渡はコップに酒を注いで雪の前に差し出しながら話しを続けた。
「やっぱり、この前の航海のストレスがあったんじゃろうなぁ。太陽系に戻ってからも、最後の戦いであんな事になったしのぅ。もし、来月も予定が大きく狂うようだったら、婦人科を受診したほうがええぞ。これから、お母さんになる大事な体なんじゃて」
佐渡が医者らしいアドバイスをする。長旅の疲れもあっただろうし、特に太陽系での最後の戦いでの自分を慕ってくれた竜介の死は、確かに雪の心に大きなショックを与えたことは間違いなかった。
だが、彼が自分や進に「幸せになって……」と言い残した。だから、自分たちは後ろ向きにならないと心に誓ったのだ。竜介を見送るヤマトの中で…… そうヤマト……ヤマト…… 乗りたかった。
その思いが雪の詰まっていた言葉を押し出した。と同時に、雪のつぶらな瞳からも大粒の涙を溢れさせていた。
「……はい。でも、ヤマトに……みんなと一緒に……行きたかったです」
「ああ、ああ。泣かいでもええって。なんじゃ、生理中のおなごは情緒不安定でいかん」
雪の言葉と涙に、佐渡が困った顔をする。佐渡の、聞き方によってはセクハラじみた言葉に、雪がキッと睨んだ。
「そんなことありません!」
「おお、こわぁ〜」
佐渡が技とらしく震えながら笑う。その姿が可笑しくて雪は思わず笑い出してしまった。
「もうっ、佐渡先生ったら」
「そうじゃ、その笑顔じゃ、笑ろうとる雪が一番かわいい、なっ」
その笑顔を待っていたかのように、佐渡が雪の顔を見てにっこりした。佐渡は雪の扱いがとても上手だ。雪の涙はあっという間にかわいてしまった。
その夜、雪はしばらくの間佐渡の酒の相手を務め、自分も久しぶりに日本酒に酔った。
(6)
翌朝、佐渡はほぼ毎日のように通っている、往診患者の家を尋ねた。
「昨日は野暮用で失礼しましたな」
そう切り出した佐渡は、手馴れた手つきで診察をこなして行った。そして、ふうーっと大きな息をつくと、にこりと笑った。
「ほとんどようなりましたなぁ、艦長。もう毎日の検診もいりませんな。これからは週一回にしますわい」
「ありがとう、佐渡先生。だがもう艦長はやめてくださいよ」
佐渡に艦長と呼ばれた男性は、ひげ面の顔をほころばせた。以前からすれば幾分やせたかもしれないが、恰幅のいいその姿はまさに艦長と呼ばれるにいいふさわしい風格があった。
「いやぁ、しかし、あなたが生きていらしたとは……地球に帰ってきて話を聞かされたときはびっくり仰天しましたぞ。わしの一生の不覚ですわい」
佐渡がつるつるの頭をかきながら笑顔を向ける。診察の後はいつもとりとめのない会話が続くのだ。旧知の仲というのは、そう言う話が尽きない。
「ははは……私も驚いているよ。まだ、生き恥をさらさねばならないとはな」
「いやぁ、何を言いますか! まだまだ花を咲かせてもらいますよ」
「もうわしの出番はないよ、佐渡先生。古代を初め、若いものがよくやってるじゃあないか」
彼が笑う。その笑顔は生き恥をさらそうと言うような悲しげな笑いではない。自分の出番がなくなったことを心から喜んでいるような、そんな顔だった。
「そうですのぉ。わしもヤマトの艦医をそろそろ誰かに譲らねばならんですな」
「それで、客の来ん犬猫病院で日長酒三昧ですかな? いいですな、付き合いますぞ」
「あっははは……こりゃあ一本とられましたなぁ。いや、それより孫たちの世話でもしませんかのう、二人で?」
佐渡が、いたずらっぽく笑う。わしらももう孫の話をする年になったわい……そう言いたげな顔である。それに対して、相手の男性が初めて寂しげな顔になった。遠くを見るような視線が悲しそうに揺れた。
「孫……か。古代と雪……あの二人はずっと前に結婚しておると思っておったがな」
「仕方ありません。イスカンダルから帰ってきてから、あの子らがどれだけ苦しい思いをしてきたか……」
佐渡も視線を落した。白色彗星、自動惑星ゴルバ、そしてその母星暗黒星団帝国、最後にガルマンガミラスやボラー連邦。多くの敵とヤマトは戦ってきた。そしてその都度、ヤマトのクルーたちは大変な思いをしながら地球を守ってきたのだ。
「そうだな。わしが眠っている間に起ったことを聞いた時は、本当に驚いたよ。随分辛い思いをさせたものだ」
「しかし、あんたの子らはみんな強いですぞ! 大丈夫です。これから、きっと幸せが待っとります!!」
佐渡が気を取り直して力強く言う。そうなのだ、彼が教え導いたヤマトのクルーたちはとても強い精神(こころ)を宿している。
(7)
「うむ、しかし古代はいい加減に腹をくくる気にならんのか……」
「うわっははは……今度こそ、だそうですわい。ご存知でしょうが、一昨日ヤマトが発進しましてな」
相手もテレビのニュースでその事は知っていたようで、ただの調査航海と聞いて安心しているようだった。
「それで、この旅から帰ってきたら決めるらしいですな」
「そうか、それはよかった。では近いうちに、わしらに孫の顔を見せてくれますかな?」
「そうですなぁ。孫と言うと、実は今回の旅には雪も乗らんかったのですがな……」
佐渡は雪がヤマトに乗艦しなかったいきさつを説明した。ヤマトに乗れなかった雪の複雑な思いが相手にも伝わったようだ。
「ほぉ、そういうことがあったのか。雪は一人でいろいろショックも大きかったろう」
「あの子も勝気な子ですからな。ヤマトに自分が乗れなかった事が随分悔しかったようですわい」
「雪をこれ以上心配させないためにも、早く帰って来て事を決めてもらいたいものだな」
「はい、帰ってきたらすぐに結婚式の準備でしょう。式には是非出てやらんとなりませんなぁ。しかし、ヤマトの連中はみんな若くて独身が多いですからのぉ。相原もいい人ができましたし、これからは結婚式と子供のお祝いで相当出費がありそうですなぁ」
「あっははは……それは大変ですなぁ」
「ヤマトが帰ってきたら、あいつら驚くじゃろうなぁ。今から楽しみでなりませんわ、沖田さん」
佐渡は、すっかり元気になった沖田十三の姿を誇らしげに見て、嬉しそうに笑った。
(8)
その後もヤマトは順調に旅を続けていた。銀河中心部に近づくにつれて、若干の障害物が増えてきた程度で、他にほとんど問題がなかった。
地球防衛軍の司令本部への定期報告も、毎日ありきたりの連絡で済んだ。
定期連絡をする画面の向こうでは、長官の後ろにいつも雪がさりげなく立っている。業務報告であるがゆえに、進と雪は、当然声をかわす事はなかった。しかし互いの存在を確認するだけで、その日一日を安心して過ごすことが出来た。
地球時間9月6日20:00。進はその日の業務を終えて、艦長室に戻っていた。
(雪、元気そうだったね。明日、ガルマンガミラスの本星に着くよ。デスラーの様子を確認したらすぐ帰るから。待っててくれ)
妊娠しているかも……と聞かされたものの、日々の雪の様子を見る限り、そんな雰囲気は全く感じなかった。もちろんまだ外見的に目立つ時期でもないのだが。
(子供か……)
何度考えて見ても、進にはまだ実感と言うものが沸いてこなかった。そういうものなのだろうか? 進は苦笑いすると、今日の航海日誌をつけようとデスクに向かった。
その時、部屋のドアをノックする音がした。
「艦長、島です」
「入れ」
「さっき修正した今後の行程計画を持ってきました」
ドアを開けて入ってきた島は、ファイルを進に手渡した。進はその中身を目でさっと追って確認すると礼を言った。
「ああ、これでいい。すまなかった。いよいよ明日だな?」
「はい、明日の早朝のワープで、核恒星系に突入します。破壊された星もあるらしく、恐らく障害物も多いと思われます。明日のワープ後は、艦内は緊急体制でいった方がいいと思われます」
「わかった、そうしよう。ありがとう、島」
「ではこれで……」
島が一礼してドアから出て行こうとした。それを進が呼びとめた。
「ああ、島。どうだ、お茶でも一杯飲んでいかないか。幕の内さんが毎晩、お茶の用意をして届けてくれるんだ」
進の口調が変わった。さっきまでは艦長と副長モードだったか、島を呼ぶその声は同期の親友に対するそれだった。島が振り返る。彼もすぐ察知して友人モードになる。
「忙しくないのか?」
「いや、後ちょっと日記を書くだけだから。この航海で忙しいのは航海班だけじゃないのか」
「あはは、いや、そうでもない。順調に航海しているからな。じゃあ、一杯もらおうかな」
「何にする? コーヒーか?」
「そうだな、レモンティにするかな?」
「めずらしいな」 進はちょっと驚いた風で、笑って島の顔をみた。
「お前のいれたコーヒーじゃあ、昔の雪のいれたのと変わらなさそうだからな」
島も笑顔を返してウインクをした。昔の雪のいれたコーヒー……懐かしい思い出である。島を初めとしたコーヒー通にとっては、雪のコーヒーは飲めたものではなかったらしい。コーヒーの味音痴の進は、そんな味だと思って飲んでいたが。
「はっはっは……今ごろ地球でくしゃみしているぞ。ちょっと待ってろ」
進は苦笑しながら、紅茶を2杯分用意しはじめた。ティーポットを用意する進の背をちらりと見てから、島がデスクに近づいた。そしてその上に飾ってある写真立てを手に取った。
「ふうん、お前もこういうのを堂々と飾るようになったんだ」
それは、どこかの芝生の上に座っている進と雪の二人の写真だった。二人でピクニックでも行った時にでも撮ったなのだろう。二人ともこの上なく幸せそうな顔をして笑っていた。特に雪が何とも言えない甘い顔をして、隣の男の存在を意識しているのが見て取れた。
島は目を細めて思う。雪がこんな顔をするのは、こいつの前だけだな…… 当然の事とはいえ、何かしら複雑な思いが交錯する。
「ふんっ、別に俺が持ってきたわけじゃないさ。雪の奴が、俺のバッグに勝手に入れたんだ。バッグの中に置いたままにしておいたら、後で文句でも言われそうだったから」
進は振りかえりもせずに答える。島が何を手にしているのか見なくてもわかっていた。互いに背を向けたままの会話が続く。
「ふふん……いいことだ。この前の航海に出る前のお前なら絶対置いてなかったな」
「そうかな……」
進はお茶の準備を終え、ティポットにポットウォーマーを掛けると、振り返った。島もその雰囲気を感じて写真立てを元に戻し、進の方を向いた。
(古代はいい顔してやがる) 島は親友のその姿が嬉しくもあり羨ましかった。その表情をちょっとばかり変えさせたくて話題を変えた。
「上条さん、ヤマトに来たんだってな」
「ああ、この航海では放射線の濃度の高い個所に行くことになりそうだから、装甲の増強をする作業をしただろう。その作業の指揮を取りにな。相変わらず忙しそうだったな」
突然、島が諒を話題にしたが、進は顔色を変えずにあっさりと答えた。真田さんの行っていたことは本当だな。島はそう思った。
「ふうん、上条さんがお前のこと誉めてたってなぁ。真田さんから聞いたよ」
「な、なんのことだか……」
進が初めて動揺の色を見せ、島から視線を外す。彼自身自分で言っておきながら、不安に駆られたこともあって恥ずかしかったのだ。
「はっはっは、まあいい。とにかく、あの人も昔の事は水に流して、お前達の幸せを心から願ってくれているわけだ。上条さんも複雑な心境なんだろうな。その気持ち……俺もよくわかる」
「えっ!?」
進が驚いて島を見た。島はそれに気付かないような振りをして、もう一度デスクの写真立てを手に取って見た。
「この笑顔…… 雪を幸せに出来るのはお前しかいないんだ。古代、もう絶対後戻りするなよ!」
「島お前、まさかまだ……?」
雪の事……好きなのか? 進はその言葉はさすがに飲み込んだ。
「ああ、好きだ。といっても、よき友人としてな。雪は俺が初めて真面目に惚れた相手だ。今はそんな気持ちはないが、彼女が幸せになってくれないと、俺だって気が休まらない」
島はまっすぐに真剣な眼差しを進に向けた。その言葉の一つ一つが全て真実なのだと、進は思った。
「島……」
進が答えに窮していると、島があっという間に相好を崩した。
「ま、今度と言う今度は逃げるわけにはいかなさそうだしな、お若いパァパさんっ!」
「なっ!」
「はっはっは……それよりレモンティ、もう飲めるのか?」
真っ赤になる進を面白がるように、大笑いした。進も話題がそれたのを機会に、慌ててお茶をついだ。
「あ、ああ……できた。ここへ来て飲めよ」
それから二人はテーブルに座ると、紅茶を前にとりとめもない話をし始めた。もう雪のことを話題を出す事はなかったが、進は、彼の想いがなんとなく伝わってくるような気がした。
初めて恋をした人は親友の恋人となり、運命的な出会いをし心から愛し合った人は、もう既にこの世にない。大切な想いを掴みそこなった彼の心は、未だ宙に浮いている。
彼を慕う優しい人はすぐ身近にいる。しかし、彼自身それにわざと気付かない振りをしているように見える。
一歩足を踏み出して新しい愛を見つけるために、彼は、心を残す嘗て愛した人の幸せを、自分の目で確かめたいのかもしれない。
自分はこの男から託された想いをしっかりと受け取らなければならない――進はそう思うのだった。
「ありがとう、島」
二人の会話の間に短い沈黙があった時、進の口からポツンともれた。それに島は何も答えず、ただ口元を緩めただけで、黙ってレモンティをすすっていた。
翌7日早朝、ヤマトは核恒星系に向かって最後のワープに入った。
Chpapter6 終了
(背景:Atelier Paprika)