決意−あなたとともに−       

−Chapter 7−

 (1)

 ガルマンガミラス本星――その星は、既に死の星と化していた。進は信じられない思いで、デスラーズパレスを見下ろした。真田もあきらめたように言った。

 「やはりデスラー総統の命運は尽きていたのか……」

 思えば、長いようで短い付き合いだった。かつては地球を侵略しようとした憎い敵であった。両親の仇といってもいい相手だった。
 それが、ある時から心を通わせ合うことになった。武人(もののふ)として、ある意味で尊敬できる人物でもあった。

 「デスラー、安らかに眠ってくれ」

 進はそう呟くと、白い花束をそっと地上に投げ落とした。それは……今は乗っていない雪が、丹精こめてヤマトで育てていた花だった。

 (彼女は来れなかったが、これが彼女の気持ちの代わりだと思って受け取ってくれ)

 黙祷が捧げられ、礼砲が撃たれた。その時、ヤマトが急に揺れた。まだ銀河交叉の影響が残っているらしい。付近の星々で爆発が起こり始めた。そして、ガルマンガミラス本星の地面にも大きな亀裂が生じ始めた。

 「みんな! 急いでヤマトの中にもどれ!!」

 クルーを収容するとすぐに発進するヤマト。そして、ワープ先を計算する暇もなくヤマトは無差別ワープに入った。

 (2)

 地球時間午前10時。

 「まだヤマトから第一報は入いらんのか?」

 中央司令室の真中にある席から、藤堂が通信員に声をかけた。

 「はっ、今の所まだ連絡がありません。こちらから連絡してみますか?」

 「頼む」

 傍で事務処理をする雪の手が止まり、通信員の背中を見つめる。

 ヤマトは、今日の早朝、最も被害の大きかった核恒星系に到着しているはずだった。もう既にガルマンガミラス本星に着いているはずなのに、未だ連絡がなかった。
 通信員が必死に連絡を取ろうとしているが、通信がつながらないようだ。

 「長官、だめです。ヤマトは現在通信圏外になっています。おそらく、障害物の多い星域に入ったためと思われますが……」

 「そうか、わかった。時々通信を送って確かめてくれ」

 「はいっ!」

 その様子をじっと聞いている雪は、心の中に微かな不安が浮かんできた。

 (古代君達、何か問題でもあったのかしら……)

 「雪、雪……」

 藤堂が呼んだが、考えこんでいる雪の耳に入ってこない。返事がない。藤堂がさらに声を大きくして再び呼んだ。

 「雪!!」

 「あっ、は、はいっ! すみません」

 「ああ、この書類を第2会議室にいる長崎参謀長に渡してきてくれないか」

 「はい、わかりました……」

 慌てて返事して立ちあがる雪に、藤堂がやさしく表情を和らげた。ヤマトとの連絡が取れないことが気にかかっていることくらいすぐにわかる。

 「心配するな、そのうち、すぐに連絡が取れるから」

 「はい……」

 雪はこくりとうなづいて、席を立って行った。

 (3)

 ワープが完了した。太田が位置確認を急いでいる。島は、ふうっと大きく肩から息を吐いて笑った。

 「お前の言った通りだったな」

 あの突然の、ガルマンガミラス星周辺の星々の爆発に、島は全力でヤマトを退避させようとしたが、不可能だった。
 (どうしよう!)そう思った瞬間、進が「ワープだ」と叫んだ。もちろん、航路計算も何もしていないワープは危険ではあったが、他に逃れる道もなかった。そして――その読みは正しかった。
 島は、進のこんな時のとっさの判断には、いつも感服する。一か八か、後がない背水の陣の時に、どれだけすばやく最良の判断をするかが、艦長に求められる資質の一つである。進はまさにその能力に長けていた。
 しかし、島はそこで一旦考えてしまう。その一瞬の躊躇が取り返しの出来ない事になってしまう。一瞬のひらめきということに関しては、やはり進に一日の長があった。

 (それが、古代が艦長になった理由なのかもしれない。指揮官としてのあいつの判断は迅速で的確だ)

 しかし、熟考の必要な冷静な判断については、島の方がすぐれていることも事実だった。だからこそ、島と真田が副長として存在するのだ。それがすぐ後に実証された。

 目前の惑星の大洪水を目のあたりにした進は、躊躇なく救助に向かわせた。そして、自分自身も、じっとしていられない性格だ。

 「俺も行ってくる!!」

 そう叫んだ時には、既に第一艦橋のドアが開いていた。

 「おいっ! 古代っ! 艦長!!」

 島が振り返って叫んだ時には、既に姿がなかった。

 「ちっ、真田さん! 艦長に行かせても大丈夫ですか!」

 島が心配そうに真田を見た。真田も厳しい顔をしているが首を横に振った。

 「あいつを止めようったって無理なことだ。できるだけ早く被災者を収容して、この星を離れた方がいい。天候も怪しくなっている。嵐がさらに激しくなりそうだ」

 「わかりました」

 島はふうっとため息をついた。

 (今、あいつのこと誉めたと思ったら…… ほんとにあいつときたら…… それがあいつのいいところでもあり、欠点でもあるんだ)

 (4)

 真田の予告通り嵐がますます激しくなった。島は艦を安定に保つ為に必死に制動をかけている。しかし、強風にあおられて艦が右へ左へと大きく揺れる。

 「早くっ……してくれ……」

 操縦桿を握りながら、島が訴えた。真田はコスモハウンドのハッチに連絡をいれた。

 「コスモハウンドが到着したらすぐにハッチを閉めろ!! 艦が大きく揺れる可能性がある。いいな!すぐに収容…… うわああっ!!」

 そこまで言った時、ヤマトが大きく横に揺れた。第一艦橋の床も斜めになる。

 『うわあぁぁ…… コ、コスモハウンドが!! 救命艇が落下しましたーーーー!!!』

 ハッチの担当者から悲鳴に近い叫び声で連絡が入った。真田の懸念したことが起こってしまったのだ。

 「なんだとぉ!!! 乗組員はどうなった!!」

 『ほとんどが水中に投げ出された模様です!!』

 「なんだとっ!! 艦長はどうした!! 艦長はっ!!」

 「古代!!」

 島が叫ぶ。第一艦橋にも大きな動揺が走った。だがまだゆれが続く。島は艦をなんとか保つだけで精一杯だ。それもいつまで持つかわからない。艦の制御を続けながら、もう一度叫んだ。

 「古代はどうなったんだー!!」

 その時、再びハッチから連絡が届いた。

 『ただいま、古代艦長と少年一名を収容しました! その他には……生存者は……ありません。一旦ハッチを閉めます!』

 「わかった!」

 真田が答えた。艦橋の緊張が少しだけ緩んだ。しかし、眼下には水中に転落した人の姿がまだ見えている。

 「島、もう少し持つか? もう一度救命艇を出せないか?」

 真田がすがるような視線で島の手を見たが、島の答えは芳しくなかった。

 「だめです、真田さん!! もう持ちこたえられません!! 救命艇の発着など無理だ」

 「むぅ……」

 それ以上言葉が出ない。真田もこの状況がどういう状況なのかは良くわかっていた。揺れる艦内で、しばしの沈黙が続いた。
 その時、第一艦橋のドアが開いて、体中ずぶぬれになった進が駆け込んで来た。そして怒鳴るように、島に指示を出した。

 「島!! 何をぼやぼやしている。早く救命艇を出せ!!」

 「それより古代、ヤマトを発進させないと」

 島が辛そうな顔をする。

 「貴様!! 犠牲者の収容をしないで行こうって言うのか!! 彼らを見殺しにする気か!」

 島の胸元をわしづかみにする進に、島は苦痛に顔を歪めたまま訴えた。

 「うっ…… 艦の制御が限界に来ている。これ以上この惑星にいたらヤマト自体も危険だ。早く……発進命令を出してくれ!!」

 「くっ……」

 二人の歪んだ顔が一瞬にらみ合った。しかし、進にも揺れる艦の状況は痛いほどわかっていた。自席にすとんと腰を下ろすと、搾り出すように言った。

 「ヤマト……地球に向けて、発進!!」

 進は自分の前にある操作盤に、両手をバーンと力一杯叩きつけた。

 (5)

 ヤマトは地球に向けて発進した。謎の星で助けたのは、少年一人。それに対してヤマトのクルー10数名が彼の星の水中に飲み込まれてしまった。進は助けた少年の治療を見守りながら、自責の念にかられていた。

 (俺の判断は間違っていたのか……)

 進は時々、後で自分の若さ故の判断に悔いることがあった。前回の第2の地球探しの航海の途中でも、何度もそう思ったことがあった。それでも地球を救いたいと言う強い意志と、真田と島に支えられたことで、なんとか任務をこなしてきた。
 しかし、今度の事で進はもう一度自分がヤマトの艦長としてやっていくべきなのか、悩まずにいられなかった。

 (帰ったら進退伺いを出した方がいいのかもしれない)

 その時、回遊水惑星アクエリアスの情報が飛び込んだ。調査結果を受けて初めて、進は今日の地球への報告を、まだしていないことに気付いた。
 もう昼近い、早朝にガルマンガミラスに到着しているはずのヤマトから連絡がないとなれば、地球では不審に思っていることだろう。
 進は第一艦橋に戻ると、相原に地球への通信を指示した。

 「相原、地球へはつながるか?」

 「はい、ガルマンガミラス周辺では障害物が多く難しい状況でしたが、ここなら大丈夫かと……」

 「よし、防衛軍司令本部へつないでくれ」

 「了解!」

 (6)

 時計を見ると11時を回っている。だが、未だヤマトとは連絡が取れていなかった。
 この頃、既にヤマトはディンギル星周辺にワープしていた。地球からのヤマトの想定位置と方向が違う為、地球からの通信をヤマトは受信できなかった。もちろん、地球側はそれを解るはずがなかった。

 (古代君…… 通信機能が回復しないだけなの? でも、もしかしたら、銀河交叉の影響でヤマトも被害を受けたんじゃあ…… ああ、やっぱり一緒に行けば良かった。どうして私だけ地球に残ってしまったんだろう。あの時はそれが最良の選択だと思ったが、今となれば後悔しか残らない)

 ほんの数時間連絡がつかないというだけで、雪の心はすっかり重くなってしまった。それもこれも出発前後の自分の妊娠騒ぎで心が浮き沈みしたせいなのかもしれない。
 雪の目の前の書類は、なかなか減らなかった。

 その時、外宇宙の戦艦からの通信を、中央司令室で受信した。

 「長官! ヤマトから入電です!」

 藤堂と雪ははっと顔を上げて大パネルスクリーンを見た。艦長の進の顔と共に、送られてきたガルマンガミラスの映像、アクエリアスの航路データなどが瞬時に前面のスクリーンに映し出された。
 進は、姿勢を正して敬礼すると、すぐに事務的に報告を始めた。

 「長官、ご連絡が遅くなりまして申し訳ありませんでした。残念ながら、ガルマンガミラス星は……壊滅状態でした。生存者の姿はなく、デスラー総統の生死も不明です」

 「そうか…… 残念だ」 藤堂が眉をひそめた。

 「それから……」

 進は次に、急遽ワープした先で出会った惑星のことを告げた。一人の少年を助けたこと、その為に多くのクルーを失ってしまったことも、淡々と話しつづけた。司令本部に僅かなざわめきが起るが、藤堂は黙ったまま聞いていた。
 そこまで伝えると、進は一旦話を止めて目を閉じた。司令本部内でも自然と黙祷する姿が見られた。雪も同じ姿勢をとった。
 最後に、送ってきたデータ画像と共にアクエリアスの説明をして、進の報告は締めくくられた。

 「古代艦長に打電してくれ。任務ご苦労、直ちに帰還せよと」

 通信が切れると、藤堂は後ろを振り返って雪の顔を見た。ヤマトが無事でよかったな、そう言いたげな視線だ。
 ヤマトに乗りたくて乗れなくて、切ない思いで待っている娘。そして、あの男が帰ってくれば、今度こそ結婚話が進むはずの娘がそこにいた。藤堂にその思いを見透かされたと思った雪は、その頬がぽっと赤く染め、目を伏せた。

 (古代君……)

 ガルマンガミラスや謎の惑星の悲劇や、犠牲になったクルー達のことでは、心が痛んだ。しかし、雪は心の中に、進が無事に帰ってくることへの喜びがふつふつと沸き上がって来るのを、止める事が出来なかった。

 (7)

 帰路につくため、ワープの準備を始めたヤマトに、突然未知の敵が襲い掛かった。敵との戦闘など全く予想していなかったヤマトは、まさに不意打ちを食らった形となった。

 「未知の放射能を含んだミサイルだ。大至急全員に宇宙服を!!」

 そう叫ぶ真田の声を聞くと同時に、進は全艦放送のスイッチを入れる。

 「総員宇宙服着用!」

 第二波ミサイルの襲来を太田が告げた。進はすぐさま迎撃ミサイルの指令も出す。しかし突然の攻撃に慌てたのか、通常航海よりも少ない人数の為か、それとも敵ミサイルの装甲が強力な為なのか、予想以上に当たらず、破壊もできない。ミサイルはまっすぐにヤマトへ、それも第一艦橋目指して飛来してきた。
 第一艦橋のクルー達もヘルメットを装着する。進だけがまだヘルメットを被る時間も惜しんで、戦闘指揮を続けていた。

 「古代!!」

 指示を出し続ける進に、真田がヘルメットを投げ渡す。受け取り被ろうとしたその瞬間、第一艦橋脇にミサイルが被弾した!

 「うわぁっ!」

 第一艦橋の全員が、大きく席から投げ出されそうになる。立ったままの進はものすごい勢いで床に叩きつけられた。床に投げ出された進は、ヘルメットをころりと横に転がしたまま、頭部を殴打した。
 朦朧として行くその一瞬に進の脳裏に映し出されたのは、やさしい笑顔の雪の姿だった。

 (雪……?)

 しかし、目の前にいる愛しい人の姿は、笑顔のままどんどん遠ざかって行く。悲しそうな瞳で自分を見つめるながら……

 (雪!! ゆき……!?)

 進の意識は、そのまま薄れていった。

 (8)

 地球へも再度の事態急変が伝えられた。ヤマトとの通信が回復して安心した雪が、昼食を取って戻ってきて間もなくのことだ。
 ヤマトから突如予定外の通信が入った。それも相原は非常に慌てている様子で告げられたのが、未知の敵から攻撃を受けたという衝撃的な内容だった。

 「長官!!」

 気色ばむ雪を制するように藤堂は頷き、次の連絡を待った。

 「ヤマトからの次の連絡はまだないのか?」

 最初の緊急連絡を受けた後、何度その言葉を繰り返しているだろうか。中央司令室では、通信士がひっきりなしにヤマトへ打電しつづけていた。だが、その声だけが空しく響きつづけるばかりだった。

 それから半日が過ぎた。普通なら定時退勤時間になっても、この部屋には席を立つものは誰もいなかった。ヤマトからの連絡がまだ途絶えたままなのだ。何十回目かのヤマトへ打電する通信士の声が響いた。

 「ヤマト……ヤマト!! 応答せよ!! ヤマト……相原通信士!!」

 まるで反応のない石に向かって叫んでいるかのように、その声への返答はなかった。雪は揺れる心を押さえながら、事務処理をこなしていたが、とうとう思い余って藤堂の顔を見た。

 「長官……」

 藤堂が振り返って雪の両肩をそっと掴んだ。

 「雪……そんなに思いつめるな。まだ絶望と決まったわけではない」

 「はい」

 同情を込めた言葉に、雪の瞳が細かく揺れる。涙がこぼれそうになるのを必死に押さえているのだ。藤堂が雪にやさしく告げた。

 「あまり気にしすぎるといけない。少し休んだ方がいいな」

 「はい……」

 その勧めに雪は素直に応じた。作戦室を抜け出して、司令本部の前面にある大きなベランダに出る。
 夕日が今にも沈もうとしている。雪はその陽を見ながら、大きなため息をついた。

 (あの夕日も、この前見た夕日もまた明日は明るい朝日になる…… 古代君……あなたもそうよね、どんな事があっても必ず私のところに帰ってきてくれるわよね! 古代君!!)

 雪の心に、今まで中で押さえ込んでいた進への思慕の思いが、あっという間に溢れてきた。ぐっと言うくぐもった声と同時に、嗚咽と涙が漏れ始める。

 (やっぱり一緒に行けばよかった。もしものことがあったら、どうしよう。死ぬ時は一緒。そう決めていたのに……)

 遠く離れた宇宙(そら)の果てで彼が倒れる姿が目に浮かび、再び涙で消えていった。

 「古代……君…… 進……さ……ん……!! お願い、早く帰ってきて」

 雪はベランダの柵に寄りかかって体を震わせて泣き続けていた。

 (9)

 午後の7時を過ぎでもまだ連絡は取れなかった。中に戻ってからの雪は、もうほとんど仕事が手に付かない。藤堂も同じく二人はただ悶々として、時折響く空しい呼掛けだけを耳にしていた。
 その時、勢いよく作戦室に駆け込んでくる女性の姿があった。研修のために他の施設に行っている藤堂晶子だった。

 「おじい様!! ヤマトが行方不明なんですか!!」

 一同がその叫ぶような声の出所を振り返って見た。藤堂がさっと顔を曇らせて言った。

 「晶子! ここは司令本部内だ。言葉に慎め」

 「……はい…… でも、あの……長官、ヤマトは?」

 晶子の声が小さくなった。その切ない問いにも、藤堂は芳しい答えを出したやる事は当然出来ない。目を閉じてゆっくりと首を左右に振った。

 「ああっ……」

 そう声を出したまま、両手を口に当て、晶子は立ち尽くしてしまった。雪にもその気持ちは痛いほどわかる。晶子の顔を見ると、その目が潤み涙が溜まり始めるのが見てとれた。そして、あっという間にそれは流れとなって落ちていった。相当動揺している。
 雪は、同じ思いの彼女を抱きしめたい気持ちで一杯になった。

 「長官、少し晶子さんと少し席を外してもよろしいでしょうか?」

 「うむ……頼む。もしヤマトの事がわかればすぐ連絡するから」

 「はい……」

 雪は長官に軽く会釈すると、晶子の方へ2、3歩歩み寄って、そっと優しく肩を抱いた。

 「晶子さん……ちょっと出ましょう」

 晶子は、雪の顔をすがるように見つめ、こっくりと頷いた。中央司令室を後にする二人の女性の後姿を、藤堂が苦悩に満ちた顔で見つめていた。

 (10)

 雪と晶子は、エレベータに乗って最上階にあるカフェテリアに入った。晶子は始終黙ったまま首をうなだれている。急いで走ってきたのだろう。汗をかいて、髪が首筋や顔の側面に張りついている。しかし、晶子にはそれを取り払う気力もないようだった。雪はそんな彼女の肩を軽く叩きながら歩いた。

 雪の性格だが、人が悲しんでいる姿を黙って見ていられない。今の状況では、自分自身、晶子に負けないほど辛くて悲しい。もしかすると、進と二度と会えないかもしれないと言う危惧の中、その思いを必死に耐えているのだ。
 だが、目の前の憔悴しきった晶子を見ると、雪の心は彼女を励ます事で一杯になる。

 この時間のカフェテリアは、もうほとんど人気(ひとけ)がない。窓は大きなガラス張りになっている。外は既に星空になり、街明かりの夜景が輝いて見えている。いつもの夜と何ら変わらない。
 窓際に晶子を座らせると、雪は向い側に座り、カフェオレを2つ注文した。座ると同時に晶子の目から再びはじんわりと涙がこぼれ落ちてきた。

 「晶子さん……大丈夫よ。気を確かに持って」

 「でも……」

 晶子は顔を上げるとすがりつくような目で雪を見た。雪の心がズキンと痛む。それでも、雪はそれを顔に出すことなく話を続けた。

 「敵の攻撃で通信不能になっただけかもしれないわ。ヤマトはそんなに簡単にやられる艦じゃないことくらい、あなただって知ってるでしょう?」

 諭すようにゆっくりと柔らかな口調で、雪は話した。

 「……そう……ですね……」

 「しっかりしないと、きっと大丈夫。古代君も相原君もそう簡単にどうにかなるはずはないわ。必ず帰ってきてくれるわ。必ず!! そう信じるのよ!」

 しっかりとした口調で励ます雪の言葉に、晶子も少しずつ落ち着きを取り戻し始めた。

 「そうですね。私が泣いてても仕方ないですものね。相原さん……必ず帰ってきてくれますよね! 雪さん」

 「そうよ、必ず!!」

 雪が晶子を真正面から見つめ、はっきりと断言した。もちろん、そんな保証はどこにもない。それは、晶子を慰める方便でもあり、そして、自分に言い聞かせる為の言葉でもあった。そう宣言することで、自分のくじけそうになる思いを奮い立たせようとしていた。

 (11)

 雪は思い出していた。あの時もそうだった……

 暗黒星団帝国との戦いの発端に、進と離れ離れになった。あの時も……彼は……生きていてくれた。もう死んだと伝えられ、その姿を目にするまではと、あきらめきれない気持ちを引きずりながら、だがもう少しであの男の手に落ちるところだった。
 しかし、進は帰ってきてくれた。雪のために生きて戻ってきてくれたのだ。

 (今度もきっと…… きっとよ……古代君!)

 雪の切なる思いは、ただそれだけだった。

 それからしばらく、雪はヤマトがどれだけ強い艦なのかということを晶子に聞かせ続けた。

 しかし、雪の本心は不安で不安でたまらなかった。自分があんなことで乗れなかったヤマトが、行方不明になってしまった。何度考えても悔やまれて仕方がなかった。守るべきものを間違えたのではないかという後悔が、何度も何度も沸いてくる。
 今までのどんな辛い戦いの中に立たされても、進と一緒だということが、雪にとっては最大の幸せだった。

 (それなのに……私は残ることを選んでしまった。私の選択は間違っていたのかしら)

 それでも雪は晶子の前では気丈な姿を押し通した。一緒に泣ければ楽なのに…… 雪にはそれができなかった。それが、森雪なのだ。

 だから――――もっと辛かった。


 その後、二人はカフェテリアを出た。司令本部に残って、雪と一緒にヤマトからの連絡を待つという晶子を、連絡が届き次第すぐに連絡するからと説得した。そして1Fのエレベータホールまで一緒に降りて帰りのタクシーまで拾ってやった。

 「何か連絡があったらどんな夜中でも構いませんから、教えてくださいね」

 そう言い残して、晶子は車中の人となった。

 (12)

 雪が司令本部に戻っても、まだ進展はなかった。藤堂が雪の姿に気付いて尋ねた。

 「晶子はどうした?」

 「一旦家に帰るように言って、タクシーに乗せました」

 「そうか、すまなかったな…… 雪、君も一度帰って休んだほうがいい。いろいろとあったから疲れただろう」

 自分を気遣う藤堂に感謝しつつも、雪は首を横に振った。

 「いいえ、長官がお帰りにならないのに、長官秘書が帰るわけにはいきませんわ」

 微かに笑みを浮かべてそう答える気丈な雪の姿を見ると、藤堂は痛々しくてならなかった。

 時だけが空しく過ぎていく。深夜になっても状況は変わらない。要員達も交代で仮眠を取ることになり、雪も藤堂に促された。

 「眠れなくても、目を閉じて横になっているだけでも違うから」

 そう言って押し出されるように中央司令室から引っ張り出された。そして藤堂は、雪を女性用の仮眠室の前まで送り届けて、自室に戻って行った。

 (13)

 仮眠室には誰もいなかった。雪は一番手前のベッドの上に力なく腰を落した。誰もいない部屋に一人になって初めて、雪はやっと本当の自分の姿をさらけ出した。
 なにも考えてないのに、ポロリと涙がこぼれてくる。瞬きをする度に大粒の涙が落ちて行く。そしてとうとう、雪はベッドに突っ伏した。

 「うっく……ううう……」

 枕に顔をうずめて、声が漏れないようにしながら、雪は泣いた。声に出して泣くことで、少しは楽になるかもしれないと思った。
 しかし……それは何の慰めにもならなかった。

 ここにはもう、晶子の前であれほど気丈に振舞った、しっかり物の先輩はいない。ただ愛しい人の無事だけを祈りつづける、心細くて寂しくて仕方のない娘が一人いるだけだった。

 (古代君……進さん……! 私、どうしてあなたの傍にいなかったのかしら!! どうしてついて行かなかったのかしら!!)

 昼間から同じ事ばかり思いつづけ、後悔し続けている。

 (お願い……古代君!! 必ず……必ず!! 必ず帰ってきて! でないと私……生きて……ゆけない……)
 
 ――あなたのいない地球なんて私にとっては何の意味もないわ――

 いつか彼女が、彼に向かって告げた言葉だった。その言葉が雪の脳裏に浮かんでくるのだった。

 ヤマトとの連絡が取れないまま夜が空け、再び地球には朝日が昇った。
 (14)

 朝になっても、ヤマトと依然連絡が取れない。その上、今度は地球に大問題が起った。進から報告のあったアクエリアスが、突如ワープしたというものだった。このままでは、地球は16日で水没してしまうと言う。
 長官の執務室では、そのシュミレーション説明が先任参謀によってなされていた。そして、いつの間にか現れた佐渡が、昔の石版を持ち出して、そのアクエリアスが以前にも地球に訪れていたことを告げた。

 「大昔の地球に生命をもたらしたのも、あの伝説のノアの方舟の時の大洪水も、アクエリアスの仕業ということになりますかな」

 佐渡がしたり顔で一同を見渡した。藤堂はうーむと唸ると、すぐに指示を出した。

 「地球防衛軍の所有する全ての戦艦、輸送艦、それに民間の宇宙船も全て総動員して、避難船団を結成させなければ…… 地球人類を一旦宇宙に避難させなければならない。まずは、大統領に連絡を!」

 「はっ!」 「はいっ!」

 周りが騒然となった。ヤマトの所在問題は一旦棚上げされたような恰好になった。避難船団の組織編成に、司令本部及び地球連邦政府は全精力を費やした。
 雪も多忙を極める。各部署への早急な伝達、藤堂への連絡の整理、昼食も食べる間を惜しんで動きつづけた。それは、却って雪にとってはよかった。何もしていないとヤマトのことを、進のことを考えてしまうから。

 気が付けば、再び日が暮れようとしている。やっと一息ついた雪は、外の風に当たろうとベランダに出た。空を見上げる。薄雲がかかり、夕日は間もなく落ちようとしている。昨日見た風景と何ら変わるものはなかった。

 夕日を見ていると、さっきまで紛らしていた気持ちが再び浮かび上がってくる。ヤマトと進への思い。

 (古代君、地球は水没するかもしれないのよ。あなたはどこにいるの……? なぜ早く帰ってきてくれないの!!)

 夕日に祈るように、雪は心の中で叫んだ。そしてまた……渇いていた目が潤み始める。昨日から、どれだけ待って、どれだけ泣いたかわからない。しかし、奇跡は未だ起らなかった。

 (15)

 仕事に戻っていた雪に朗報が入ったのは、その直後だった。

 『こちら冥王星基地、ヤマト確認!!』

 その声が中央司令室に響いた時、雪は体が浮き上がるかと思うほど、心踊った。

 「長官!!」

 藤堂がその声に振り返る。昨夜から一睡もできず、今日も身を粉にして働きつづけ、やつれた顔をしていた雪の顔が、あっという間に明るく輝いている。

 「よかったな、雪」

 心から藤堂は心からねぎらいの意味を込めてそう言った。雪もにこりと微笑みを返した。

 (よかった……古代君……! あ、そうだ。晶子さんにも知らせないと……今日も研修には参加しているはず)

 とそんなことを考えた時、また再び雪の心を奈落に落すような連絡が冥王星基地から入る。

 『ヤマト、依然応答なし!!』

 「な、なんだとぉ!!」

 藤堂の声が荒立つ。どういうことだ! わかりません! そんな言葉が交わされる中、雪はまたもや深い穴に落されたような気がした。

 (どうしたっていうの……古代君!)

 司令本部側の不安とは裏腹に、ヤマトは順調なスピードで太陽系内を地球に向けて飛び続けている。しかし、何度応答を求めても、一切返信は返ってこなかった。
 刻々と過ぎて行く時を睨みながら、とりあえずはヤマトが地球に向かっている姿を、雪はじっと見つめ続けていた。
 雪の中の時が止まる。周りの騒然とした音すらも、雪の耳には入って来なかった。

 ヤマトは確かに目の前に帰ってきていた。しかし、乗組員達の生死は依然不明なのだ。

 昨日から何度一喜一憂しただろうか…… 連絡のない不安、そしてつながった安心感、クルーを失った進の気持ちを思い、そしてまた……沈黙するヤマトに心を痛めた。
 いや、その前からだ。ヤマトの発進が決まってからのここ数日の雪の心は、まるでジェットコースターのように、大きく揺れ動く毎日だった。雪の心の平静は、本人も気付かないうちに少しずつ壊れていた。

 (16)

 『ヤマト、月軌道を通過!』

 衛星監視基地からの連絡が入ったとき、雪ははっとして我に返った。

 「長官!! ヤマトを迎えに行ってきます!!」

 雪が真剣な眼差しで藤堂を見つめた。

 「うむ…… 頼む」

 彼女を引き止められる者は誰もいない。藤堂も大きく頷いた。駆け出して廊下に出た雪に、佐渡が声をかけて来た。午前中に来て以来、ずっと待機してヤマトの情報を待っていたのだろう。

 「おっ、雪か! わしも行くぞ!!」

 「はいっ!」

 ヤマトは程なくいつものように東京湾の階上に着水すると、海底ドックにゆっくりと戻ってきた。あちこちに攻撃の跡は見られるもが、それ以外は全く問題がないような航行具合である。
 英雄の丘からその光景を確認した雪達は、ヤマトが目指している地下の海底ドックへと降りて行った。

 雪と佐渡がドッグに接岸したヤマトに到着した時には、既にまわりには大勢の作業員が集まっていた。雪はヤマトの第一艦橋を見上げる。そこにも生々しい攻撃の痕跡が残っていた。それを見た雪がヤマトに駆け込もうとするのを、係員が制止した。

 「誰だ!! 許可なく艦に乗艦するな!」

 「地球防衛軍長官秘書、森雪です。長官の代理でヤマトの状況確認に来ました。こちらは、ヤマト艦医の佐渡先生。今回は都合で乗艦しませんでしたが、二人ともヤマトクルーです」

 雪が身分証を見せて早口で説明する。と、その係員はっとして敬礼した。

 「はっ! ご苦労様です。ですが、今少しお待ちください! 念の為、只今艦内の有毒物質の有無を調査しておりますので!!」

 「有毒……!」

 雪の顔が蒼白になる。

 「大丈夫じゃ、雪!! 絶対大丈夫じゃ!!」

 佐渡がとにかく雪を励ましつづけた。今はまだ判断するには早いのだと……

 (17)

 程なく艦内の安全が確認され、艦内への乗艦が許された。一気に大勢の救急隊員達が駆けこんだ。雪も佐渡もそれに負けじとタラップを駆けあがった。
 艦内に入ると、そこには大勢のクルーが倒れている。佐渡が一人に駆け寄って瞳孔を調べた。死んでいる…… 体の状況を探る。大量の放射線を浴びた痕跡が見られた。
 雪は倒れているクルー達の姿を一瞥すると、一目散に第一艦橋へと向かう。佐渡も廊下の死体、病人を他の救急隊員に任せると、雪の後を追った。

 エレベータが第一艦橋を示すランプがつき、ドアが開いた。佐渡と雪が飛び込んで行く。そこには声を発するものは当然誰もいなかった。ロボットのアナライザーを含めて、全員が床に倒れていた。

 「ここの乗組員は宇宙服を着とるな」

 佐渡がそうつぶやくと、倒れている南部の姿のところに駆け寄った。そして彼を診察しながら、嬉しそうに叫んだ。

 「よし! 心配いらんぞ、雪。どうやらみんな得体の知れん放射線を浴びたようじゃが、宇宙服を着ておる者は一時的な仮死状態ですんどる。恐らく古代もだいじょうぶじゃろう」

 佐渡の声を耳にしながら、雪が戦闘指揮席の方に歩みを進めた。しかし、そこで雪が見たものは……

 「あぁぁぁっっーーー!!!」

 雪が、悲鳴をあげて倒れている進に駆け寄った。進のヘルメットは、無情にも床に転がっている。それはイコール放射線をまともに浴びたということを示しているのだ。

 「こだい……古代君!! 古代君!! 古代君!!! 死んじゃいや!! 死んじゃいやぁぁぁぁ!!」

 雪が進の体を揺り動かしながら泣き叫ぶが、進の反応は全くない。目を固く閉じたまま雪に揺すられるがままになるばかりだった。

 (古代君が……死んだ……?)

 雪の中でこの言葉がリフレインされる。

 (古代君が死んだ……? まさか…… 嘘よ!! 古代君起きて!!ねえっ!!)

 進は雪の心の叫びにも反応しなかった。自分の中の全ての世界が破壊されたような衝撃が、雪の中に走った。

 「ああぁぁぁぁぁ……」

 雪は進の胸の上に突っ伏して大声で嘆き悲しんだ。そしてこの二日間、何度も自分の中で問い続けた言葉が甦る。

 ――どうして一緒について行かなかったんだろう――

 死ぬ時は一緒、と固く誓い合い、二人は今度こそ結婚を夢見た。それがどうして……! 二人の血をつなぐ子もいなかった。雪は生きていく理由を完全に失っていた。

 ――どうして一緒について行かなかったんだろう…… ううん、私は彼と一緒にいなくちゃ……もう離れない!! そうよ、私も一緒に逝かなくちゃ――

 雪が顔を上げて進の顔を見た。眠るようなその顔から、視線が少しずつ下に移って行く。胸から腰へ……そこで進のコスモガンが雪の目に入った。
 数日来の心労から雪の心の平静が一気に弾ける。雪の心はもう進と共にあることにしか向いていない。つまり、進と同じ世界に存在することだけを……望んでいた。

 (これで……一緒に…… 古代君……!)

 雪は動かなくなった進の腰からコスモガンをすっと抜くと、銃口をまっすぐに自分の喉もとに向け、目を閉じた。

 (古代……今、逝くわ……待ってて)

 しかし、引き金を引く寸前に気配を感じた真田に、雪は体ごと押し倒された。雪の衝動的な行動は真田の間一髪の所作で阻止された。

 「うわぁぁぁぁぁぁ……」

 号泣する雪を真田は動きの鈍った体で見つめていた。

 (18)

 なんとか南部の意識を回復させることができた佐渡は、今度は進のところに駆け寄ってきた。ヘルメットを着用していない姿を見、嘆く雪を見て、沈痛な面持ちになったが、念の為首筋の脈を取った。そしてその口から出てきた言葉は、意外な言葉だった。

 「生きとる……」

 「えっ!?」

 その言葉を聞いて、雪と真田が顔を上げて佐渡と進を見た。雪が聞き間違い出ないかと大きく目を開いて佐渡をじっと見つめる。佐渡はもう一度雪に向かって頷いた。雪の目があっという間に輝いた。

 「微かだが脈動があるぞ。奇跡的に助かったんじゃ!! しかし、危険な状態であることは間違いない。雪、何ぼやぼやしとる!! 至急病院に移送せねば!! すぐにストレッチャーを持って来い!! 早くっ!!」

 「は、はいっ!!」

 雪はすぐに立ちあがって階下へと移動した。

 (古代君が生きていた…… 古代君が……!!!)

 降りて行くエレベータの中で湧き上がってくる喜びと驚き、そして自分が今しようとしていたことの恐ろしさを今更に感じて、雪の体は震えが止まらなかった。


 西暦2204年9月8日深夜、倒れたクルー達を乗せた宇宙戦艦ヤマトは、自動操縦によって地球へ帰還した。
 そして、ヤマト艦長古代進はかろうじて生還した。しかし、生還した彼の身にはこの後「死」以上の辛い試練が待ち構えていた。
Chapter7終了

Chapter6へ    Chapter8へ

トップメニューに戻る    オリジナルストーリーズメニューに戻る    目次にもどる 

(背景:Atelier Paprika)