君の寝顔に……


 
 俺の名前は、古代進。宇宙戦艦ヤマトの艦長として、第2の地球探しに出発して、早8ヶ月になろうとしている。
 途中、ボラー連邦とガルマンガミラス帝国との争いに巻き込まれながらも、予定の探索を続けてきたが、未だ新しい地球は見つけられない。

 艦長としての勤めを果たすため、婚約者の雪との間も距離を置いて過ごしてきたけれど、この間の雪の遭難事件で、俺にとって彼女がどれほど大切なものなのかを再度痛感させられた。
 あれからも、雪と俺との間は、相変わらず艦長と生活班長のままだけど。ただ……あまり肩肘をはるのだけはやめようと思った。
 そうでないと、俺も周りのやつらも疲れるばかりだということに、今更ながら気が付いたから……

 さて、今日も遅くなったな。もう10時か…… 明日の午後にも、次の惑星の探査に入る予定だ。今日は早めに寝て、それに備えないといけないな。
 資料は……と…… んっ!? 生活班からの資料が足りないぞ。そう言えば、雪は今朝夕方までに仕上げると言っていたが…… まだ届いていないな。どうしたんだろう?
 あんな事件があって体力を相当消耗したはずなのに、彼女は3日の休養命令の間だけはおとなしくしていたけれど、それからはまたいつもの調子でばたばたと毎日忙しそうだった。大丈夫だろうか、と気にはなりながらも、俺も自分の周りの仕事に忙殺されていたし、あの事件後の周りの(特に第一艦橋のやつら)の意味深な視線が気になって、人前で雪を気遣うようなことを言えなかった……
 なかなか、こういうことって、むずかしもんだ。

 だが…… 資料が届かないのは、気になる。そうだ、雪の部屋に連絡してみよう。そう決めたら、俺の心が突然浮き立った。雪の声が聞けるのも楽しみだし、もしかして「今すぐ持って行きます!」なんて言ってくれるかもしれないと思うと、それだけで嬉しくなる。そうすれば、顔も見れる。
 絶対に人には言えない、口には出せないことだけど、これが俺の正直な気持ちなんだ。

 俺はさっそく雪の部屋をコールしてみた。すると、

 「はい、森雪です。ただ今在室しておりません」

 答えてきたのは、無機質な不在を告げる留守録の声だった。
 作業の部屋や艦橋などは、必ず当直がいるので、こんな留守録はないが、個人の部屋の場合、不在の場合はこう言う回答がされるようになっている。

 ということは、まだ仕事しているんだろうか? ちょっと行ってみるかな。なにか手伝えるかもしれないし……

 まただ。嬉しくなってしまう。
 等身大の俺は、別に好きなときに顔でもなんでも見に行けばいいと思っている反面、もう一人の艦長面した俺が、その行動を躊躇させる。だから、雪の顔が見れるという大義名分が見つけられると、二人の俺の気持ちが一致するのだ。とにかく、嬉しい。

 さっそく行ってみよう。まずは医務室でも覗いて見るか。

 医務室に入ると、そこには誰もいなかった。佐渡先生の部屋の方をのぞいてみた。

 「先生、雪を知りませんか?」

 「ん? ああ、雪ならまだ生活班長室で資料を作っとるんじゃないかのう。急ぎの資料だったのか?」

 「まあ、明日の探査のための資料なので……」

 「そうか、悪いことしたの。今日なぁ、雪に、午後からは資料作りするからって言われとったんじゃが、急患が立て続けに2件も入ってしもうて、すっかり雪に手伝わせてしまったんじゃ。7時ごろにやっと落ちついて、飯を食うヒマも惜しんで部屋に駆け込んどったから。まだ、できとらんのじゃろうか……」

 「そうですか。わかりました。まだならちょっと手伝ってきます」

 「おお、頼んだぞ。雪も喜ぶじゃろう。ゆっくり手伝ってやれ」

 佐渡先生は、ニヤリと笑った。先生っ! 真面目に手伝うって言っただけですよ! 俺はなにも変なこと…… あっと、やばい。そんな事言ったら、またやぶへびだ。黙って引き下がったほうがいいな。

 「はい、じゃあ……」

 だけど雪のヤツ、今日も忙しかったんだなぁ。去年の末に女子クルー達を返してからは、雪は本当にフル稼働だからなぁ。あの時はそうするしかないと思ったけど、やっぱり雪には負担が大きかったんだろう。彼女はあの調子だから、愚痴一つ言わないけど……
 そういうのをわかってやるのが、俺の仕事なのになぁ。艦長としても、恋人としても……

 ごめんよ、雪。やっぱり、俺はまだまだ半人前だよな。

 医務室から少し歩いて、生活班長室へ向かう。あそこに雪がいるのか。なんだかドキドキしてきた。バカだなあ、俺。今朝だって会ってるのに…… でも、二人きりで会えると思うと、わくわくするのかもしれない。
 部屋に入ってすぐ横のデスクで、雪は作業をしているはずだ。さて……

 「雪…… どうだ?まだ終わら……」

 入ってすぐ横を見ると、なんと……そこにいた雪は、気持ち良さそうに、机に体を預けて居眠りをしていた。

 「雪?」

 ゆっくり近づいてみて、声をかけてみても、雪はスースーと小さな寝息を立てるばかりで、返事がなかった。
 かわいい寝顔だ。幼子のようにとても無防備に見える。こんな寝顔を、俺はいつも横に見て眠っていたんだよなぁ。

 思わず手が伸びて、俺はそっと雪の髪をなぞっていた。すると……


(by めいしゃんさん)

 「ん……ううん……」

 雪が、小さな声をあげて、頭を動かした。おっ!起きるのか?と思ったけれど、結局そのまま嬉しそうな顔を見せただけで、その目は開かなかった。
 夢でも見ているのだろうか、やけに嬉しそうな顔だ。そんな彼女がいじらしくて、かわいくて…… 俺は愛しさがこみ上げてきて、たまらなくなった。それが言葉になって、

 「ばかだなぁ。こんなところで寝たら風邪引くぞ」

 と思わず声が漏れてしまった。と、雪が……

 「ううん…… 古代君っ、もう少し……」

 とつぶやいた。今度こそは起きたのかとまたびっくりして、慌てて雪の髪に触れていた手を離したが、やっぱり雪は起きなかった。

 寝言だったのか。びっくりしたなぁ。雪のやつ、俺の夢でも見てるのかなぁ。そう思ったら、また雪のことがたまらなく愛しくなった。 しばらくその寝顔をじっと見つめていたが、ふと、寝ている雪の横を見ると、例の資料が置いてあった。手にとってみると、出来上がっているようだ。
 必死になって作ったんだろうな、と思うと、なんだかすごく切なくなった。

 俺はその資料を持ってから、雪のことをどうしようかと考えた。起こして部屋に戻るように言ったほうがいいのだろうが、あまりにも気持ち良さそうに眠っている雪を、起こすのがかわいそうな気もした。かといって、このままの状態で寝かせていてもいいものか……

 俺は思いきって、自分の来ていた上着を脱いだ。そして雪の肩からそっとかけた。
 艦内服は簡易宇宙服にもなっている。それに艦内は空調も適温になっているのだから、何か掛けなければならないというわけではないのだろうが、今はどうしても、こうしてやりたかったんだ。
 一生懸命仕事をして、疲れて眠っている愛しい人へ、今の俺ができる精一杯のことだった。

 俺はデスクのメモを一枚破って、資料を持っていった旨を書き残した。

 「おやすみ、雪…… いい加減に目を覚まして部屋に戻れよ」

 そしてもう一言、彼女が眠っているのをいいことに、小さな声で「愛しているよ」と囁いてから、その部屋を後にした。

 さてと、早く部屋に戻らないといけないなぁ。なにせ、この格好だから…… つまり、上半身は下着だけってわけだ。
 まあ、この時間だからめったに誰にも会わないと思うし、第一ヤマト艦内は、雪以外は野郎どもだけなんだから、まあいいさ。おっと、もう一人、ルダ王女もいたんだった! まあでも彼女がこの時間に廊下を歩くとは思えない。

 と、腹をくくったとたんに、人が来た…… あれは、坂東と雷電だ。俺の姿を見つけると、びっくりしたような顔をしている。

 「か、艦長!! どうかなさったんですか?」

 あははは、やっぱり聞かれたな。まあ、ここは用意しておいた言い訳を……

 「いや、ちょっとコーヒーを飲みに来たんだが、派手にこぼしてしまってなぁ。着ているのもひどいんで、ランドリールームに放り込んできたんだ。はっはっは……」

 「ああ、そうなんですかぁ。艦長もドジなところあるんですねぇ。ははは……」

 「まあなっ。明日は探索があるんだ。お前達も早く寝ろよ!」

 「はーい!」

 ふうっ、予定通りってところだな。さぁて、部屋に戻って資料に目を通してから寝るとするか。今日はぐっすり眠れそうだ。次の星こそ、第2の地球であって欲しいものだ。それさえ見つけることが出来れば、俺は雪と…… 今度こそ……

 おやすみ、雪…… また明日。

 「雪……」

 遠くで声が聞こえた。古代君? 髪をなぞる優しい手の感触がする。私今どこにいるんだっけ?

 「ばかだなぁ。こんなところで寝たら風邪引くぞ」

 こんなところ? ソファででも寝ちゃってるのかしら? それに古代君、今地球にいるんだったっけ? あれ??
 ああ、でもそんなことより、今私ね、とっても気持ちがいいの。だからもう少しこのままでいさせて。もう少し、うとうとさせて、ね。古代君……

 「ううん…… 古代君っ、もう少し……」

 そしたら、背中にふわりと温かい感触が広がった。古代君が抱き締めてくれたんだわ。ああ、とぉっ〜てもいい気持ち!! あったかくって、そして古代君の匂いがする。私……しあわせ……

 目を覚まして、時計を見たら、午後10時半を少し過ぎていた。やだ、私ったら居眠りしてたのね、それに……うふふ、古代君の夢見てた。

 机から体を起こしたら、後ろでばさりと言う音がした。なに? 振り返って椅子の下を見たら……あらっこれって!?

 そう、床に落ちていたのは、白地に赤矢印の戦闘班の制服。もしかして、これって……?
 私は慌てて立ち上がって、その制服を手に取った。服の内側に入っている制服の持ち主の名前を見て、想像通りでびっくりした。

 「古代 進」 その制服には、はっきりとそう書いてあった。古代君、ここに来たのね? 振り返ってデスクを見ると、さっきまで作っていた資料がない。そして、メモが一枚。

 『雪へ 資料は貰って行きます。そんなところで居眠りしていたら風邪引くぞ。早く寝ろよ』

 古代君…… 古代君だったのね。じゃあ、あの夢も…… あれは半分現実のこと? 古代君ったら…… やだっ。もうっ! 起こしてくれればいいのに!!

 ちょっと腹が立ったけど……でも、ちょっぴり得した気分。嬉しかった。

 私は、古代君の置いていった制服をぎゅっと抱き締めて、もう一度彼の香りを胸一杯に吸い込んだ。
 さあ、部屋に戻って眠ろう。今日はぐっすり眠れそう。だってこれがあると、彼と一緒にいるみたいなんだもの。

 古代君……おやすみなさい。それから…………大好き!!

 次の日の朝ミーティングに出たメインクルーたちの間で、艦長と生活班長が、やたら機嫌がいいという噂が広がった。一体何があったのか!?という様々な憶測も飛んでいるらしい。
 さらに、深夜上着を着ないで歩く艦長の姿を見たという新人達の話が、その噂話をさらに盛り上げたことは言うまでもない。

おわり

このお話は、めいしゃんさんのイラストから浮かんだお話です。そちらのイラストは、『古代主義【コダイズム】』(7.9更新のイラスト)でご覧ください。

2011.3 めいしゃんさんより、当該イラストを彩色した上で、このお話の挿絵にとご送付いただきました。
めいしゃんさん、本当にありがとうございました。

トップメニューに戻る           オリジナルストーリーズメニューに戻る

(背景・切分線:Pearl Box)