絆−君の瞳に映る人は−

--- Chapter 1 ---
 (1)

 ヤマトがイスカンダルから古代守とその娘サーシャを救出してきてから、半年以上がたっていた。地球は、何事もなく、平穏な時を過ごしていた。時に、西暦2202年、日本はもう秋にさしかかっていた。

 古代進は、太陽系パトロール艇の艇長として、再び宇宙を飛び、進のフィアンセ森雪は、防衛庁長官の秘書として多忙な日々を過ごしていた。あの白色彗星との戦いの前、結婚式を目前にしていた二人だったが、激しい戦いに巻き込まれそれを果たせなかった。タイミングを失ったというわけではないが、二人の結婚話はうやむやになっていた。

 「森君、今日、古代艇は帰着だな」 藤堂長官が、雪に声をかけた。

 「はい、今のところ異常なくパトロールを終了したようです。15時には、コスモエアポート第25番ゲートに到着の予定です」

 「うむ…… 何事もないということが一番だな。森君、今日はもう帰っていいよ」

 「えっ、いえまだ時間があります」

 「今日はもう急ぎの用はないから。平和なときぐらい、恋人との時間をたっぷり楽しみなさい。明日から3日間の休暇も了承している。それと、古代に伝えて欲しいことがあるのだが。
 明日、午前中に少し私のところに出頭して欲しいんだ。休暇なのに悪いが、次の任務のことで相談したいことがあるのだ。それから、森君も一緒に着てくれたまえ。君にも、同じ任務を頼みたいのでね」

 「同じ任務? ヤマトが発進するんですか?」

 「いや、ヤマトではないが…… 詳しくは明日説明するよ。頼んだよ。午前中ならいつでもいいから」

 「はい、わかりました」

 ヤマトが発進するのではないらしい。それなのに、進と一緒に仕事ができると聞いて、雪は少しうれしくなった。仕事である以上、いいかげんなことをするつもりは毛頭ないが、やはり、進と長く過ごせる事が雪にはなによりうれしいことだった。

 「ところで、森君。私は、いつ結婚式の招待状がもう一度届くのかと、待っているんだがね」

 長官の、笑みを浮かべながらの話に、雪はかすかに頬を染めながら言った。

 「ありがとうございます、長官。でも、招待状の方はしばらくお待ちいただかないと…… ゆっくり恋人時代を楽しみたいと思っていますので。それに、結婚したら、もう長官の秘書をしていられなくなるかもしれませんわ」

 「いやいや、それは困るよ。結婚するときは、十分に休暇はあげるから、やめないでくれよ。森君がいないと、すぐに私のスケジュールが埋まりすぎて困ってしまうのだよ。本当に、君を科学局から貰い受けてよかった。頼んだぞ」

 長官は、本当に困った顔をして言った。

 「了解しました。長官」

 雪は、ニッコリ笑ってそう答えた。『結婚式はどうなった?』という質問は、雪にとっても進にとっても耳にタコができるほど聞かれていることだった。

 (結婚するかしないかで、私の古代君への気持ちは変わらないわ。だから、古代君がもう少しこのままでいようと言ったときは、それでいいと思った。私も同じ気持ちだったから。ただ…… 人に聞かれるとなんて答えたらいいのかわからないし、本当のところは、私……どうなんだろう。やっぱり、早くウエディングドレスを着たいと思う気持ちもあるし…… 少しでも長く、古代君のそばにいたい。それが、私の一番の願い……)

 雪は自分の進への想いが、二人が付き合い始めてもう2年近くたった今も、どんどん大きくなっているような気がしていた。ひとり地球に残っていると、進も同じ気持ちでいてくれるのだろうかと、不安になることもあった。進は、地球に帰ってくると、ほとんどの時間を雪と過ごしてくれるし、いろいろなところへ連れて行ってもくれる。とても、やさしい。けれど……

 (古代君、早く会いたい…… あなたに触れて、抱きしめられたい)

 雪は、切ない、苦しいまでの気持ちが湧き上がってきて、胸がきゅんとなるのを感じた。

 (ばかね、雪……今、古代君を迎えにいくところなんだから…… もう会えるのよ! 休日の楽しみのことを考えよう) 

 (2)

 一方、第10パトロール艇内では、進が、今回の航海のパートナーとなった南部に着陸の最終確認を取っていた。

 「南部、地球に最終到着報告は済ませたんだな」

 「はい、古代艇長。報告済みです。予定通り、地球標準時15時到着予定で、エアポートの許可もとっています」

 南部は、周りの計器類を何度も確認しながら言った。小さなパトロール艇の勤務はヤマトとは違いいろいろな業務を一人でしなければならなかったが、またそれが、おもしろいところでもあった。

 「よし、了解」

 「というところまでで、職務報告終了します。はぁ…… 今回のパトロールは暇でしたね。古代さん」

 「うん、南部と一緒にパトロール艇の勤務なんて、最初で最後かもしれないのに、一暴れしたかったな。ははは…… けど、事件を期待するわけにはいけないしな」

 「そりゃそうですけどね。暇だった分、古代さんがパスを見る時間がたっぷりあってよかったんじゃないですか」

 「うっ! なんで知ってる!?」

 進は、身分証明書の入ったパスケースに、雪と一緒に撮ったの写真を忍ばせてあった。仕事に関しては自分にも他人にも厳しい進は、写真1枚でも、気が引けるところがあった。お守りのつもりだと自分に言い聞かせ、こっそりといれていたのだ。だから雪にも内緒だったし、人がいるところでは、開けてみたことはなかったはずだった。ところが、今回のパトロールでは全くといっていいほど、問題にぶつからず、のんびりムードだったので、つい何度か隠れて写真を取り出したことがあった。南部は、ちゃっかりとそれを発見していたのだ。

 「あっははは…… いいじゃないですか、古代さん。隠したってちゃんとわかってるんですから…… いいなぁ、あんなに美人で聡明な女(ひと)はどこにもいませんよ。古代さんにはもったいないくらいですよ。はやく結婚しないと、他の誰かにとられてしまいますよ」

 南部は、ニヤニヤと笑いながら、進をからかった。

 「うるさいっ!」進は、赤くなっている自分をふりきるようにどなった。

 「ひぇっ、おっかねぇ。でも、古代さん、雪さんとまだ……なんでしょ?」

 「なんだ? 雪とまだって?」

 「…………」

 南部はニヤニヤと笑うだけで何も言わない。しばらくの沈黙の後、進はやっと南部の言っている意味を理解した。

 「なっ!? な・南部!! な、何を言うかと思ったら……」

 進は、さっきよりさらに熱くなって言葉もしどろもどろになってしまった。南部の方は、へっちゃらな顔をしている。

 「やっぱりねぇ…… 古代さん、そういうところ、まじめですからねぇ」

 「まっ まだ、結婚したわけじゃないし、そういうことは、したくてもがまんするのがだな……」

 「古代さん。21世紀の若者でもそんなこと言わないですよ」

 「うっ、そ、そんなものか……」

 「結婚を約束した仲なんでしょ。別になんの問題もないじゃないですか」

 「そりゃ、そうなんだけど……」

 南部の言葉に、進は急に考え込んでしまった。雪の姿を思い出して、時々こみあげてくる雪への想いのことを考えていた。

 (雪を愛している。これは、誰に聞かれても、堂々と言えることだ。雪を見ていると、いつも触れていたい、抱きしめたい、そんな気持ちが湧き上がってくる。雪も同じに思っているのだろうか? それが、少し不安で……自分の行動を抑えなくてはと努めてきたが…… 雪……)

 「古代艇長、到着30分前です。最終着陸体制に入ります」

 南部の声に、はっとした進は、我に帰って任務に戻った。15時ちょうど、古代艇は25番ゲートに到着した。

 「おつかれさん」 進は、南部にねぎらいの声をかけた。

 「こちらこそ! また、一緒に仕事したいですね。それより、きっとフィアンセがお迎えですよ! 楽しい休暇を!」

 南部は、何か言い返そうとしている進の背中をバンとたたいて、先に立って降りて行った。

 (3)

 『第25番ゲート、パトロール艇、定刻に到着』

 地球防衛軍基地内のコスモエアポートのアナウンスが古代艇の到着を知らせている。数多くあるゲートには、それぞれ戦艦、巡洋艦、輸送船などが到着していた。それを迎える家族が大勢来ていた。一般の人々が入れる場所は限られているが、この送迎ゾーンはその限られた内の一つである。

 パトロール艇は、到着しても乗務員には報告義務があってすぐには出てこない。だが、今回のパトロールでは事件もなかったので、簡単に終わるはずだ。30分もあればでてくるだろう。
 が、雪はその30分を待つのももどかしかった。早く会いたい気持ちでじっとしていられなくて、となりの24番ゲートの到着ロビーの方にうろうろと歩いて行った。24番ゲートでは、火星からの輸送船が到着していた。その船で帰還してきた人々はもう既にロビーへ出てきていた。

 ふとその中に、雪はとても懐かしい顔を見つけた。もう、ずいぶん前から会っていない。確信はないけれど、あのころの面影がある。

 「諒ちゃん?」 雪は、思わずそう叫んでいた。

 諒ちゃんと呼ばれた人物も自分のことを呼ばれたことに気づき、その声の方を向いた。しかし、最初は雪が誰なのかわからずじっと見つめていたが、はっとしてはじけるように言った。

 「雪ちゃん!? 雪ちゃんだね? いやぁ、久しぶりだなぁ。元気だったかい?」
 
 「ええ、とっても。諒ちゃんこそ、いつから会ってないかしら?」

 「もう、10年近く会ってないんじゃなかなぁ。でも雪ちゃんの噂は、いろいろ聞いて知ってるよ。ヤマトでの活躍のことや素敵な彼氏のこともね」

 「えっ、そうなの?」

 雪は、諒がヤマトのことはまだしも進の事まで知っているのに、思わず頬が染まるのを感じた。

 「どうしてそれを?」

 「ははは……僕は真田さんと同じ大学で研究してたんだ。真田さんは、宇宙戦士訓練学校を卒業後、連邦工科大学で武器関係の開発研究部署にいたんだよ。僕は、放射能関係の部門だったけど、ちょうど、あの遊星爆弾の飛来した時期だったから、放射能の研究者と武器の研究者は密に関連して研究をしていたんだよ。真田さんとは、よく議論を戦わしたものだし、古代守さんも真田さんの紹介で知り合いになって、よく飲みに連れて行ってくれたものさ」

 「まぁ、そうだったの」

 「うん、それで、古代進君や雪ちゃんのことも話にでてきてたから。ま、僕は二人の会話を聞いていただけだから、僕が雪ちゃんと幼なじみだってことは、真田さん達は知らないだろうけど。で、今は、地球防衛軍の放射能研究所にいるんだよ。今日は、火星基地への出張の帰りさ」

 諒が真田や守の知り合いで、尚且つ同じ地球防衛軍で働いていたとは…… 雪もこんなに身近に懐かしい人がいたのにびっくりした。

 「でも、諒ちゃんが地球防衛軍の研究者として働いていたのに、私全然気がつかなかったわ。今、長官の秘書をやってるから、人事のことも結構知ってるつもりだったのに……」

 「あぁ…… それは、僕の名字が変わってるからだよ」

 「え? 諒ちゃん、結婚して養子にでもなったの?」

 「ははは…… ま、近いところだけど、僕はまだ残念ながら独身なんだ。が結婚して、義父の養子になったんだけどね」

 「あらっ、そうなの……」

 「ああ、遅くなってしまったけど、今は、上条諒というんだよ。雪ちゃんの隣から引っ越したのも、その母の結婚が理由なんだ。僕としては、かわいい隣人と別れるのは辛かったけどね」

 「まあお上手ね。あの頃っていえば、私はまだ小学生よ」

 雪と諒は、6つ違いの幼なじみだった。雪のマンションのとなりに、諒とその母が二人で住んでいた。雪が生まれたときから、諒はよく雪の家に遊びに来ていた。二人とも一人っ子だったので、ちょうど兄と妹のように仲が良く、お互いの家族を含めて付き合っていた。その大好きなお兄ちゃんが引っ越していったときは、幼心にもとても悲しい思いをした記憶がある。

 「いやいや、雪ちゃんはあの頃からとても美人だったから…… 高校生の僕には十分かわいい隣人さんだったよ」

 「うふふふ…… そんな事いってもなんにも出ないわよ」

 「あっははは…… ところで、今日はここへはどうして? 仕事かい?」

 「ううん、あの…… 古代君がね、今、帰ってきたから、お迎えなのよ。あらっ!いけない!! もう、降りてくるわ…… じゃあ、諒ちゃん私はこれで」

 雪は時計を見た。もう、古代艇が到着してから30分たっている。雪が今日ここへきたのは、長官の好意なので、進は雪が迎えに来ている事を知らない。雪が休みでも取れれば来ているかもしれないと思ってはいるだろうが、到着ロビーにいなければ一人で帰ってしまうだろう。雪は、慌てて駆け出した。

 「あっ、雪ちゃん待って……」

 諒は、急に走り出した雪を追って、隣の25番ゲート付近までやってきた。諒が雪に追い着いたとたん、雪は慌てていたために、足をもつれて転びそうになった。

 「あぶない!!」

 諒の右手は、その倒れそうになった雪の体を間一髪でとらえた。

 (4)

 諒は、雪をとらえ、ぐっと引き戻した右手と、後で追いついた左手で、ちょうど抱きしめたようになった。雪のほんのりと甘い香りが、諒の鼻をくすぐった。諒は、しばらくこのままでいたいと思った。

 (雪ちゃん…… 昔の子供の頃とは違う、もう大人の女性なんだなぁ……)

 「あっ! ありがとう……諒ちゃん」

 雪はそう言いながら、偶然とはいえ、諒に抱きしめられ、自分の体がほてるのが分かった。諒の両手が雪をがっちりととらえていたが、雪は体制を整えると、すぐ諒を手で少し押して、諒の腕から抜けた。

 「いやいや、よかった。久しぶりだからもう少し話したいと思ってたのに、急に走り出すから……」

 諒は、笑顔のままそう言った。

 「ごめんなさい。時間が過ぎてしまっているかと思ってびっくりしたものだから……」

 「はっはっは……いとしい彼に会うんだもんなぁ」

 「いやだ、諒ちゃんたら…… あっ、そうだわ、諒ちゃんにも紹介するわ。真田さんや守さんともお知り合いなんでしょ?」

 「ああ、でもいいのかい? 彼との感動的な再会シーンのお邪魔をして」

 諒は、そう言いながらも、古代進という人物を自分の目で見てみたいと思った。なぜそう思うんだろう……きっと、お兄ちゃんとしてはかわいい妹の彼の姿を見ておきたいんだと、自問自答した。だが、本当にそれだけなんだろうか……本当のところは自分でもわからなかった。

 「からかわないでったら……ふふふ」

 雪はうれしそうに笑いながら、25番ゲートへと歩き出した。

 (5)

 業務報告が難なく終わった進と南部は、晴れ晴れとした顔で25番ゲートから到着ロビーに出てきた。

 「さぁ!! 休みだ休みだ!! 何をしようかなぁ。古代さんと違ってデートもないし」

 南部は、大きくのびをすると、そう言った。

 「何言ってやがる。いつも、違う彼女を連れて歩いているくせに……」

 進は、笑いながら言い返した。

 「あれは、ただのオトモダチなんですよ。彼女じゃないんですって。いろんなパーティーでね、ちょっと会っただけの…… 僕のバックの金が好きな女(ひと)が多くてね。本当の僕を愛してくれる女(ひと)はなかなかいないんですよ」

 南部は、ホッと小さなため息をついた。彼の父親は、大会社の社長である。南部自身は、家の仕事を継ぐ気は全くないようだが、世間から見れば、大企業の御曹司ということになるのであろう。そんな彼の妻という地位を欲しがる女性は、少なくなかった。

 そんな話をしながら、進は雪が来ていないかと、目線だけで探していた。きょろきょろと探せば、また南部になにか言われるに違いなかったから。

 (休みがとれなかったら、今はまだ勤務中だろう。来てないかもしれない)

 進は、そう思いながらも、やはり探してしまう自分がおかしかった。一通り探していないようだと、進があきらめかけていると、

 「あーあー こんなところで、ラブシーンやってるやつらがいるぞ。いいなぁ。彼女のお迎えかぁ……」

 南部の言葉に、進は24番ゲートとの境を見た。二人の男女がちょうど、抱き合っていたように見えた。その二人はすぐに離れたが、こちらからは男性の顔しか見えないが、何やらうれしそうに話しているのが見えた。
 
 「あれ? 上条さんだ……」

 南部は、こっちを向いている男を見知っていたようだった。

 「知ってるのか?南部」

 「ええ、上条諒って、上条財閥の次男坊ですよ。パーティで何度か会ったことがあるから。もてるんですよね、彼。いい男だし」

 「どうして、そんなボンボンがこんなところにいるんだ?」

 進は、部外者がいることにちょっとムッとして言った。

 「彼は、地球防衛軍の放射能研究所にいるんですよ。すごい科学者で、まだ30前なのに既に所長の右腕といわれているんですよ。家の方は、長男が後継者としてやっているんで、彼はノータッチらしいですがね」

 「ああ…… そういえば、そんな名前聞いた事あったなぁ。ふうん」

 (上条……確かに優秀な科学者として名前を聞いた事がある。部外者ではないのか…… それにしても、なんだかおもしろくない…… ん?・・・えっ!!!!)

 ちょうどその時、女性の方がこちらを向いて歩き出した。進は一瞬自分の目を疑った。その女性は、なんと森雪だったのだ。すぐ後に、上条という男性もついて来ていた。

 「雪!!!」

 進は、思わず叫んでしまった。そしてその時、自分の中で、もやもやとした感情が湧き上がってくるのを感じた。

 「えっ? 雪さん? あっ……」

 南部も、古代の視線の先の雪の姿をとらえた。と同時に、進の顔色が変化している事にも気づいた。

 (なんか、ちょっとヤバイような雰囲気が…… 古代さん、ムッとしてるぞ)

 南部は、なんとなくその場から逃げ出したいような気分になった。その時、雪は進の叫んだ声を聞きつけ、進と南部の姿を見つけると、手を振りながらやってきた。

 「古代くーん!」

 (6)

 進たちが、雪と諒のことを少し前から見ていたことなど知らない雪は、満面に笑みを浮かべて小走りにやってきた。

 「古代君、おかえりなさい! 今日は、お休みじゃなかったんだけど、長官が行ってこいって言ってくださって……」

 進は、雪のうれしそうな笑顔に軽く笑顔を返したが、後ろからきた諒に目線をやると、口をひきしめた。

 「ただいま、雪…… ところで、こちらは?」

 進は、さっき南部から諒の事を聞いたにもかかわらず、雪に聞きなおした。雪は、進があまりうれしそうな顔をしないことに少し不満だったが、後ろに諒がいることで、ふたりっきりのような表情にはならないのだと思った。

 「ああ、あの上条諒さんって言って、地球防衛軍の放射能研究所にいる方よ。」

 (そんなことは、知ってる! どうして、雪とこんな場所で抱き合ってたんだ!?)

 進は、心の中でそう叫んでいたが、南部や諒のいる前でそんな事を言うわけにはいかなかった。雪は、笑顔を諒に向けると説明を続けた。

 「それでね、上条さんって、私の幼なじみなのよ。もう、10年近くも会ってないから、すっかり見違えちゃってこんなところで会えてびっくりしたのよ。なつかしくって…… いっつも、諒ちゃん諒ちゃんってくっついて回っててねぇ…… 私の、お兄ちゃんみたいな人だったのよ」

 雪がそこまで説明した時、諒が握手のつもりで、手を出しながら口を開いた。


(by めいしゃんさん)

 「はじめまして、古代さん。さっき、雪ちゃんに久しぶりに会って……いやぁ、きれいになっていて最初は分かりませんでしたよ。この前見た雪ちゃんは、まだ確か小学5年生だったかなぁ。フィアンセを迎えに来たっていうもので、お会いしたくて、のこのこついてきてしまいました」

 (『諒ちゃん』『雪ちゃん』 だって! 幼なじみ!? 雪と親しそうにしていた理由はわかったけど、やっぱりなんだかおもしろくない。大体、雪があんなうれしそうな顔をして、他の男の顔を見るのは初めてだ!)

 進は諒の出した手に気づかないのか、諒の方を見つめたままだった。

(by めいしゃんさん)

 「古代君?」

 雪は、進が黙ったままでいるので、進をうながした。雪の一言に我に帰った進は、作り笑いを浮かべてやっと手をだした。

 「はじめまして。古代進です」

 進の愛想のない返事に雪はちょっと困った顔をして言った。

 「どうしたの?古代君。変よ、少し。」

 雰囲気があやしくなったのを察知した南部は間に割って入った。

 「やあ、上条さん。お久しぶりです」

 諒も、進の隣にいた南部に向きを変えた。

 「南部君も。お父上にもごぶさたしてますが、お元気ですか」

 「父にはしばらく会ってないんですが、きっと元気ですよ。ははは…… それより、二人の再会の邪魔しちゃ悪いですから、僕らはさみしくギャルハントでも行きませんか?」

 南部は、わざと場をなごませようと、そんな冗談で諒を誘った。諒も、進の機嫌が悪そうなのは、自分が雪についてきたからかもしれないと思ったので、同調した。

 「ああ、そうだね。僕も仕事が終わってちょっと一杯っていうのもいいなぁと思ってたんですよ。まだ、飲むには時間が早いけど、男二人でデートしますか。 じゃあ、雪ちゃん、古代さん、これで」

 「あら、いいのに。諒ちゃん……」

 雪は突然、南部と諒が息投合してしまったのに驚いたが、進と二人っきりになれるのはうれしかった。進の方は、相変わらず表情を変えずに黙っていた。そんな二人の姿に、諒は少し意地悪したくなった。

 (雪ちゃんのうれしそうな顔…… 好きなんだな、古代君のことが。せっかくの10年ぶりの再会も、やっぱりフィアンセとの再会にはかなわないか…… だけど、古代君はそれがわかってないようだな。僕の方をにらんだままだ。彼に少しヤキモチでも妬かせてやるかな)

 「雪ちゃん、今度うちにもおいで。雪ちゃんの顔見たら母さん喜ぶよきっと。また連絡するよ。じゃ!」

 諒は、わざと進の前で、雪を誘った。効果はあったようだった。進の視線が諒に鋭く刺さったが、それ以上何か言うでもなかった。

 「ええ、ありがとう。お母様にもぜひお会いしたいわ」

 雪は、なつかしい顔に会えたことで、もう少し話したいような気もしたが、進が帰ってきているときにはなによりも進といたかった。諒には、そのうち会う事もあるだろうと思った。この後またすぐに会うことになろうとは、その時は思いもしなかった。

 (7)

 南部と諒が行ってしまうと、雪はくるりと進の方を見てにっこりした。

 「おかえりなさい、古代君」

 その声は、さっきの他の二人がいた時とはちょっと違って、甘えたような声だった。

 「ん……」

 その声にも、進は反応が鈍かった。そして、黙ったまま歩き出した。

 (上条諒…… 雪の幼なじみ……か 今まで、雪があんなに甘えるような視線を送っているのを見たことがない。本当にお兄ちゃんへの視線なんだろうか)

 進は、今まで、雪が自分一人をいつも見つめてくれていると信じていた。事実そうだったのだが、進に会う前には、雪にも進の知らない世界があって、そこには雪が別の人物と過ごした時代があったことをいまさらながらに感じた。

 「古代くんってば…… どうしたの? 今回のパトロールで何か問題でもあったの? また、宇宙で不穏な動きでも?」

 雪は、一人ですたすたと歩いていく進があまり元気がないようなので、心配になってきた。

 「ごめんごめん。違うんだなんでもないよ。ちょっと、考え事してただけさ。でも……雪……」

 進は、歩みをゆるめて、雪と並んで歩き出したが、諒のことが気になっていた。そして、さっきの二人が抱き合っていたように見えたのはどう言う事なのか、やっぱり聞きたくなった。

 「なぁに?」

 進が何か言いたそうにしているので、雪はうながした。

 「いや、いい……」

 「なぁに? いやねえ、言いかけてやめるなんて…… ちゃんと言って!!」

 ここで、聞き逃したら進はもう言わなくなるかもしれないと思った雪は、語気を強くして言った。その雪の言葉に押されて、進は思いきって言った。

 「さっき、上条さんと…… (沈黙) ……抱き合ってなかった……か?」

 進は、やっとの思いでそれだけを言った。

 「え? 抱き!? 古代君、何を言い出すかと思ったら……あっ! あの時ね? あははは…… やだ、あれ見てたの? 違うわよ。私が急ぎすぎて転びそうになったのを、諒ちゃんが助けてくれただけなのよ」

 雪は、抱き合ってたと言われたことの事実を説明して、慌てて否定した。

 「転びそうに? なんだ……そうだったのか」

 進は、少しだけホッとして、ポツポツとしていた口調が柔らかくなった。ホッとすると顔の表情も明るくなってきた。

 (なんだ、転びそうになっただけか……そうだよな、雪が他の男と抱き合うはずないものなぁ)

 「あらっ、もしかして、古代君、それで機嫌が悪かったの? 諒ちゃんのこと、ヤキモチ妬いてたの? いやだぁ……ふふふふ」

 雪に図星をつかれて、進は慌てた。

 「なっ! 違うよ。別にそんな! 俺は……」

 進が慌てている様子がおかしくて、雪はうれしくなった。

 (古代君ったら、私と諒ちゃんのこと心配してたんだ…… だから、諒ちゃんにもあんな顔してみせてたのね。うふふふ、なんだかおかしい)

 「あら、でもうれしいわ。古代君でもヤキモチ妬いてくれるんだ」

 「ばかいえ!」

 進は、都合が悪くて小さく怒鳴ってしまったが、それで今日ことは、なんとなくスッとしたような気がした。

 (めったに会う事のない人にたまたま会ったんで、雪はうれしかっただけなんだ。今度いつ会う事があるかもしれない人に、俺もばかみたいに熱くなってしまったんだな。もう、こんなこと考えるのはよそう。せっかく雪が迎えに来てくれたんだから)

 進の顔が普段に戻ったので、雪は自分の右手を進の左腕に滑り込ませた。進も、やっと雪にニッコリと笑ってみせた。

 「さて、お嬢様。今日は、どちらへお連れしましょうか?」

 進は、笑いながら雪に言った。

 「古代君疲れてるでしょ。今日は、夕食をどこかで取ったら、早めに帰りましょ。お休みはまだあるし……」

 そこまで言ってから、雪は長官からの伝言を思い出した。

 「そうだわ。古代君、明日の午前中、長官が会って話したいんですって。なんだか次の仕事のことらしいわ。休暇中悪いけどって言ってたわ。それに私も一緒に来て欲しいって……」

 「ふうん、なにか急ぎの仕事なのかな? 雪も一緒の? ヤマトかい?」

 「ううん、ヤマトが発進するのではないって言ってたわ。とにかく、明日行ってみましょ」

 「ああ、わかった。明日、9時ごろに迎えに行くよ」

 「ええ」

 その日、二人はレストランで夕食をともにし、久々の会話を十分に楽しんだ。

Chapter 1 終了

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