絆−君の瞳に映る人は−
--- Chapter 2 ---
(1)
雪も進も今は一人暮しをしている。雪の両親は父親の仕事の関係で、横浜に住んでいたが、雪の仕事柄、夜遅くなる事も多く、都心に一人暮らしていた。
進のマンションもその近くにあった。周りから見れば、結婚して一緒に暮らせばいいのにと言う話になってしまう。確かに、雪は、不在の多い進の部屋の管理をしていたし、進が地球にいる時は毎日のように、夕食を作りに行ったりするのだが、その後は、進は必ず雪を自宅まで送り届けるのが日課になってしまっていた。雪は、そんな時、『帰りたくない』と駄々をこねてみたくなることもあった。
進の兄、守もまた近くに一人で暮らしていた。スターシャとの忘れ形見のサーシャは、地球の環境があわない為、地球外に暮らす友人に預けていると聞いている。雪もその手に抱いたサーシャには、また会ってみたいと思っていたが、それはまだ果たせないでいた。進は、帰ってきた兄と一緒に住んでもいいようだったが、守に『一緒に住む相手が違う』と言われてしまったようだった。
雪が諒に再会した翌日、進は、雪の住む部屋に9時きっかりに迎えに来た。進の時間厳守はヤマトに乗って以来のくせである。もちろん、宇宙戦艦の指揮をとるものとしては、当然の事なのだが、私生活においても、他の事はさておき、約束と時間だけはいつもキチンとしていた。
「おはよう、雪」
「おはよう、古代君。よく眠れた?」
「ああ、部屋きれいになってたし、ベットもきれいにメイキングしてくれてて…… 楽な仕事だったとはいえ、地球に帰ってきた日は疲れてるから助かったよ。いつもありがとう」
「ううん、この前の休みの時にね、行って、一日部屋のかたずけなんかしてたの。なにか面白いもの無いかなぁって……」
「えっ? 何かあったの?」
「ないわよ。それとも、何かまずいものでもあったの?」
雪は、笑いながら進をにらんだ。
「ないに決まってるだろ」
進は、雪の頭をコツンたたくと言った。地球防衛軍の総司令本部へ着くまでの車の中では、そんな恋人達のたわいない会話が続いた。
(2)
司令長官室の前まで来ると、雪が先に立って長官室をノックした。
「長官、森雪、古代進を同伴して参りました。入ってもよろしいですか」
「入りたまえ」
長官の言葉にうながされて、二人は中へ入っていった。中では、古代守参謀も、同席していた。進は、室内に入ると同時に、長官に頭をさげ、守に目礼した。
「パトロールご苦労だったな、古代。報告は聞いている。今の静けさがいつまでもつづくといいな」
「はい」
「うむ、今日は、休暇のところ申し訳なかったが、向こうの都合で今日でないと顔合わせができなかったものでな」
「顔あわせ……ですか?」
進の質問に長官は頷いて言った。
「うむ、今回は、古代、君に特別プロジェクトに参加してもらいたいんだよ」
「プロジェクト……ですか?」
「1ヶ月半から2ヶ月で終了の予定なのだが、君もたまには地上勤務もいいだろう」
「は……それはかまいませんが……」
進は、ヤマトに乗っていないときでもいつも宇宙での勤務を希望していた。輸送艦の護衛艦、太陽系パトロール艇、新造艦のテスト航海と、常に進は宇宙を飛んでいた。進にとっては、その方が落ち着くようだった。対して、守は帰還以来、長官付きの参謀として、あざやかな采配をはらい、早くも頭角をあらわしていた。
「プロジェクトの内容だが、『地球防衛軍の全ての戦艦に搭載する対放射能設備の標準化』なんだが……」
「対放射能……」
「コスモクリーナーDをはじめ、対放射能の設備は、今、地球防衛軍でどんどん開発されつつあるのだが、これのどれをどの部分に配置するのが最も効果的かを検証してもらいたいのだ。検証終了後、防衛会議でその結果を発表してもらい、それを、地球防衛軍の全艦隊に順次装備して行くという計画なんだよ。
もちろん、プロジェクトの中心になるのは、放射能研究所の所員となるのだが、彼らはもう既にこのプロジェクトへの準備を整えつつある。が、最後の詰めを行うに当たって、実戦経験豊富な指揮官にこのプロジェクトへの参加を要請して欲しいと言ってきてね。私も実際、使うことになる者たちが参加しないでは、画竜点睛だと思ったものでね。その最適任者として、君に白羽の矢がたったんだよ」
放射能研究所、という言葉に進は、なにかひっかかるものを感じた。
(放射能研究所……? 昨日の上条のいるところじゃないか…… だが、それがどうしたっていうんだ……)
「わかりました。どれくらいやれるかわかりませんが、私達が使うものですから、使い勝手の良いようにしてもらいたいと思いますので、やらせていただきます。ところで、他のメンバーは? 真田さんは参加されないんですか?」
「いや、真田君にも、参加してもらっているのだが、彼には別に特別任務があって、今は、イカルス天文台から離れるわけにはいかないんだよ。もちろん、何度かは打ち合わせにイカルスに行ってもらうかもしれないがな。それと、古代守くんにも、アドバイザーとして参加してもらうから、よろしく頼むよ。それから、森くんだが……」
「はい」
「君には、このプロジェクトで2つしてもらいたい事があるのだ。一つは、ヤマトの生活班長として、また、看護婦としての経験から、生活面での放射能の人体への影響について、意見を出して欲しい。戦艦と行っても、長期に渡れば生活の場だからね。武器、装甲などだけでは戦艦全般を網羅できるわけではないのだから」
「はい、了解しました」
「それと、もう一つ、今回このプロジェクトチーフとして、参加してくれる放射能研究所の副所長なんだが、非常に多忙な人間でな、このプロジェクトにかかりきりになれないのだ。そのため、その雑多な対応を、君に秘書としてついてもらってこなしてもらいたいんだよ。君の秘書としての腕は、私がよく知っているから、一石二鳥ということで助かるんだが」
「わかりましたわ。私がお役にたてるのでしたら……」
(放射能研究所の副所長? 諒ちゃんの上司になるのかしら…… 奇遇だわ、昨日会ったばかりなのに、すぐに、それに関係のある人と一緒に仕事するなんて…… 諒ちゃんの話も聞けるかも)
「そういうことだから、今、放射能研究所からはプロジェクトチームのメンバーが来てくれているんだ。別室で君達への説明資料の最終確認中だ。チーフを呼んで紹介するから、ここで待っていてくれたまえ。」
「はい!」
(3)
同じ頃、諒は第二会議室で、部下達が現在までに進行したプロジェクトの総括をしているのを見ていた。が、諒は心の中では、これから一緒に仕事をする進のことを考えながら、昨日の南部との会話を思い出していた。
「古代進君か…… 雪ちゃんの婚約者で、ヤマトの艦長代理、立派な男らしいが」
***********************
昨日、あの後、南部と諒は都心に戻って夕食を取ったあと、南部の行き付けのバーへ行って飲んだ。酒が少し入ってくると、南部は、進と雪のことを話題にした。
「今日は、すみませんでした。久しぶりに幼なじみの雪さんに会ったって言うのに、無理やり連れ出してしまって……」
「いや、いいんだよ。古代君、なんだか僕が雪ちゃんについてきたのがおもしろくなかったみたいだから、僕と雪ちゃんの仲を疑ったのかな、と思ったんでね。早々に退散したほうがいい感じだったから助かったよ」
「ははは…… あれね、だって、上条さん、あのちょっと前雪さんと抱き合ってませんでした? いくら幼なじみとの再会でも、抱き合ってるのを古代さん目のあたりにしたらねぇ……」
「抱き合ってた? ん? あっ、そうか。あれは、雪ちゃんが転びそうになったのを助けただけさ。見てたのかい? あの時から…… そうか、それで、古代君は僕の顔をあんな顔してにらんでたんだ。はははは……」
「そうだったんですか。でも、古代さんにはいい刺激ですよ」
「刺激? なんだ、あの二人うまくいってないのかい? はたから見る限りでは、ずいぶん惚れあってるなって感じがしたけど……」
「いえ、うまくいってないって言うんじゃないんですけどね、僕らから見れば、古代さん、雪さんのこと信じきっているっていうか、だからほっておきすぎるって思うんですよね。雪さんに甘えてるっていうんでしょうか。なんか、上手に説明できないないけど」
「ふむ……」
南部は、思い出すように、とつとつと二人の出会いを話し出した。
「古代さんと雪さんって、もう付き合い始めて2年近くなるのかな。ヤマトのイスカンダルへの旅で知り合って。雪さんってヤマトではアイドルみたいな存在だったんですよ。若い男達はだれもが雪さんにあこがれていたし、特に第一艦橋で一緒に仕事していた連中はもう夢中でしたよ。といっても、大事な任務の最中に、恋愛沙汰でもめるなんてことはできませんでしたから、みんな心の中にしまってたんですよね。それに、雪さんは、古代さんや同じ同僚の島さんと一番仲もよかったし、それなりにみんなあきらめもしてたし……
イスカンダルから帰りの旅では、急がなければならないことを除けば比較的楽な旅だったものだから、みんなもそろそろとアタックしよう、なんて思い出したんですけど。
その頃には、島さんはなぜかすっかりあきらめていたし、はた目からも古代さんと雪さんが好きあっているのは一目瞭然でした。古代さんが雪さんに惚れてるのは、出発の頃からみんな知ってましたけど、雪さんが古代さんを見る目が全然変わってましたから。
みんな、古代さんも雪さんも好きだったから、祝福しようって見守ってました。雪さんが古代さんのこと好きだって、最後まで知らなかったのはきっと当の古代さんだけですよ。ははは……」
南部の話はまだまだ続いた。
「それで、古代さんが雪さんの気持ちを知ったのは、地球に着く直前、あのデスラーが最後の突入をしてきた時、古代さんや僕らは、白兵戦のために現場に行ったんです。デスラーは自分が居やすい環境をつくるために、放射能ガスをヤマト艦内に送り込んできて、宇宙服を着ていなかった僕らはあやうく危ない目にあうところだったんです。運良く、近くに予備の宇宙服を見つけて着て難はのがれたし、誰かがコスモクリーナーを操作してくれて、艦内の放射能も除去されて、一安心だと思ったときでした。
コスモクリーナーは真田さんが動かしてくれていたんだとばかり思っていたら、動かしたのは雪さんだったんですよ。それも、一度も実験してなかったものを…… 真田さんは止めたそうですが、雪さん、古代さんが宇宙服を着ないで戦闘に行ったのを知ってたらしくて、古代さんを助けたい一心で自分の命も省みず……」
「助けたんだ、ヤマトと古代君を……」
「ええ…… そして、死んでしまったんです」
「えっ?」
「いえ、実は、仮死状態だっただけで、数時間後に息を吹き返したんですけどね。その時の古代さんはもう、今にも雪さんを追って死んでしまいそうでしたよ。死んだと思ってた雪さんを抱いて第一艦橋の自分の席に座らせて…… いやぁ、あの時は僕も涙がでましたね。
まあ、それで、古代さんも雪さんの気持ちを知ったってわけで、あの後は、もう熱々の二人のできあがりですよ。地球に帰ってからは、もうとんとん拍子で、半年もすると、婚約発表でしょ。古代さんもやるときはやるんだ、と感心してたんですけどね。ところが、結婚式直前に……」
「あの白色彗星の一件かい?」
「そうなんです。あと3日で式だったんですよ。それが……敵が攻めてくるかもしれないっていうし、ヤマトは廃艦だっていう知らせが入ってくるし…… 僕らとしてはいてもたってもいられなくて、後は、上条さんもご存知でしょ?」
「ああ、雪ちゃんも行ったんだよね」
「ええ、でも、古代さんは雪さんには行かせたくなかったみたいで……雪さんも最初は乗ってないと思っていたんですが、古代さんに内緒で乗ってたんですよ。あの時も、古代さん、雪さんに助けられてるんだよなぁ」
「ふうん」
「デスラーと白兵戦で戦ったとき、古代さんは手傷を負っていたらしくて、デスラーの面前で倒れてしまったらしいんです。そこへ雪さんが駆けつけて、女だてらにデスラーと対峙したらしいですよ。その時のことは、雪さんあまり詳しくは言わないんですけど、とにかく、デスラーは二人の様子に感服したらしくて、雪さんに白色彗星の弱点を告げて去って行ったというわけです」
「そんなことがあったんだ…… 男は地球の生命を救った。そして……女はその男の命を守った。ふふふ…… 誰が本当の地球の恩人なんだろうね」
「ははは…… そうでしょ? 古代さん、そこんとこよくわかってるのかなぁ…… だから、今日上条さんが雪さんと話しているのを見て、古代さん動揺してたでしょう? あの時は、ヤバイ!って思ったんですけど、よく考えたら、これは古代さんにはいい刺激になるんじゃないかって思ったりしましたよ。
古代さんは、地球のことをいつも心配して、自分の命も顧みず先頭に立って戦う事が自分の任務だって、思っているんだと思うんですが、その尻拭いを雪さんにさせているようなそんな気がするんです。自分が気を配ってないと、雪さんだって愛想尽かすんだってことを、たまには考えてもらいたいな、なんて思ったりしてね。ね、上条さん、たまには、雪さんの前にでて、古代さんを刺激してあげてくださいよ。」
「はっはっはっ…… 古代君を刺激しろって? 南部君がやればいいじゃないか。話しを聞いてると君も雪ちゃんに惚れてるんじゃないのかい?」
突然、自分に切り返されて南部はあせった。
「えっ?僕がですか…… いやいや、僕なんかじゃ、雪さんに振り向いてももらえませんよ。憧れだけで十分です。今日の雪さん見てたら、上条さんには、なかなかいい笑顔を見せてたみたいですよ。あの鈍感な古代さんが顔色を変えたくらいですから……」
「そうか……雪ちゃん、僕も今日雪ちゃんに再会して、とてもうれしかったよ。母が今の義父(ちち)と再婚して、雪ちゃんとも離れ離れになったんたけど、あの頃から雪ちゃんはきれいで利発な子だったなぁ。小学生だったけど、ませてたっていうか、頭がよかったんだろうけど、高校生の僕に引けを取らないで話をするんだ。こりゃぁ、大人になったら、すごい聡明な美人になるな……なんて、思ってたけど。
ヤマトでイスカンダルへ行ってきた話なんか、噂で知って、やっぱりなって思ってたんだ。思ったとおりの大人になったんだなぁって。真田さんや古代守さんと最近、飲んだときに、進くんとの婚約の話もちょっと耳にして、よかったような残念なようなそんな気持ちだった。守さん達もさっさと結婚すればいいみたいな話してたよ」
「そうなんですか」
「今日、雪ちゃんに再会して、ほんとはもっと早く再会したかったっていうのが、本音だね。昔はもちろん、恋愛感情なんてなかったけど、今日の大人になった雪ちゃん見てると、男としてはほって置けない魅力があるよね。南部君……」
「は、はぁ……」
(上条さん、本気で雪さんのこと好きになったんだろうか…… こりゃ、とんでもない人にえらい事を頼んでしまったんじゃないだろうか)
「僕も雪ちゃんには幸せになって欲しいし、古代君が彼女を本当に幸せにできる人間なのか僕なりに当たってみたいと思ってるんだ。南部君のいうとおり、刺激してみるかな。でも、ミイラ取りがミイラになるっていうんじゃないけど、本気で雪ちゃんを奪いたくなるかもなぁ」
「えっ!…… それは、きっと、あの二人に限ってそれは無理じゃないかと……」
そういいながらも南部は、上条の才能、家族環境、ルックスの全てが、進よりも勝っているように気がして、そんな男に求められて雪が進を見放す事もあるんじゃないかと思った。
(やっぱり、まずい人にまずい事を言って、扇動してしまったんじゃないだろうか……もし、これで大嵐でも起こったら? 俺、古代さんに顔向けできないぞ)
「まぁ、今度のプロジェクトで、古代君たちとは一緒に仕事をすることになっているから、じっくり攻めてみるとしようかな」
「えーー!!」
諒のその言葉に、南部はおもわず大声をだして、バーの中の人の注目を浴びてしまった。
***********************
「上条さん。長官がお呼びです」
長官からの使いが、第二会議室に来て、諒は席を立った。
(4)
トントンとノックする音が聞こえると、外から声がした。
「上条さんをお連れしました」
(上条!?・・・)
進も雪もその言葉に鋭く反応して、ドアの方を見た。
「上条諒入ります」
まぎれもなく、昨日会った雪の幼なじみの上条諒であった。
「上条さん!」
「諒ちゃ・・・ あっ、上条さん」
進と雪は、同時に声を発した。諒は、それに対して、軽く会釈した。その声に、長官は進たちを見た。
「ん? 君達、上条君を知っているのかね。それは、よかった。では、知っているとは思うが、上条副所長は、放射能の研究者としては、地球を代表するといってもいいほどの人物なのだ。
ヤマトがイスカンダルへ行った時も、最初はメンバーに入っていたんだが、彼は地球の放射能汚染を少しでも食い止めていたいと言って、残ってくれたんだよ。その成果は非常に功を奏したのだ。放射能の除去は、君達の帰還を待たなければならなかったが、地下への浸透はずいぶん遅れさせる事に成功したんだよ。上条君は、真田君と並んで、わが地球防衛軍が最も期待している若手研究者なんだ」
長官は、上条を誇らしげに紹介した。その紹介を、雪はうれしそうに聞いていたが、進は……複雑な心境だった。
(まさか、彼と一緒に仕事をすることになるなんて、それも、雪が彼の秘書として…… 仕事に私情は禁物なのに……くそっ。受けてしまった仕事をこんなことで断ることなんかできない)
昨日、一旦おさまって自分なりに納得したつもりの雪と諒のことが、諒を目の前にすることで進の胸の中に大きな重しになって現れてきた。
「ところで、君達どんな知り合いだったんだね」
長官の質問に雪が答えた。
「私と、諒ちゃん、あっ、すみません。上条さんは、幼なじみなんです。昨日、エアポートで偶然再会して、古代君にはその時紹介したんです……」
「ほぉ……それは、奇遇だね。では、森君も上条君の秘書として息のあったコンビネーションがとれそうだね」
「はい。よろしくお願いします。上条副所長」
雪は、諒にニッコリと笑いながら言った。
「こちらこそ、ちょっと前から聞いてたんだよ。たぶん、古代君と一緒にこのプロジェクトをするかもしれないっていうことは。でも、雪ちゃんも一緒だとは思ってなかったからね。長官の秘書の方が僕に臨時に秘書になってくれる、とは聞いていたんだが、それが雪ちゃんだとは、昨日会うまで気がつかなかったよ。昨日会えていてよかった。ここで、久しぶりに雪ちゃんに会ったら、慌ててしまったかもしれないからね」
諒の言葉に、雪はくすくすと笑った。
「雪ちゃん?」
進が、諒の言葉を言いとがめた。その語気の強さに、諒はあわてて訂正した。
「あぁ、すまない、勤務中だったね、古代君。森君……すまない」
言った後で、諒は苦笑しながら雪の方を見た。
「い、いえ……」
(古代君たら、まだ、昨日のこと、気にしてるんだわ。大丈夫かしら。あの二人…… 古代君が仕事で私情を交えるとは思えないけど。今回の件は、古代君、やけに敏感に反応してる。でも……たまにはいいわ。私のことで、少しくらい心配くらいしてもらっても)
雪は、二人を交互に見ながら思った。
「では、そういうことだ。古代、森、明々後日から、プロジェクトに参加してくれたまえ。今日は、休暇中にすまなかったな。次の仕事にむけて、ゆっくり英気をやしなってくれ」
長官は、紹介と挨拶がすむとそう言って、今日の話を終わらせた。3人はそのまま退室した。後を追って守がでてきた。
「上条、どうだ? 資料の整理の方は。」
守が諒に尋ねた。
「はい、順調です。明々後日には、皆さんとすぐ討論に入れるようにできると思います。自分は明日から別件で出張ですが、佐藤君が全部まとめてくれています」
「そうか、じゃあ今夜はいるのか? いるなら、一杯やらんか?」
「はい。よろこんで……」
諒は、二つ返事でOKした。守は隣にいた進にも声をかけた。
「進、おまえもくるか?」
「いや、僕は……」
進は言葉をにごすと、雪の方をチラッと見た。進の視線に守は気づくと言った。
「おっと、そうか。邪魔しちゃ悪いな。じゃあ、進、雪、休日を楽しんでおいで」
「私は、いいのよ…… 古代君」
雪は進に言ったが、進は首を横に振った。
「じゃあ、兄さん、上条さん、僕らはこれで」
進は、雪の手を半分無理やり引っ張って総司令本部から出て行った。
「なんだ、あいつ。機嫌悪いな。」
守は、進が浮かない顔をしているので、いぶかしがった。守は、進が雪をめぐって、諒を意識していることなど知るよしもなかった。
(進はこのプロジェクトへの参加がおもしろくないのだろうか、アイツはいつも宇宙(そら)を飛んでいたいんだろうか……)
進たちを守と一緒に見送りながら、諒は、進とは、プライベートで一波瀾起こりそうだな、と思っていた。
(5)
「古代君、痛いわ。」
雪のとがめるような口調に、進は雪の腕をずいぶん強く握っていた事に気づいて、手を緩めた。
「ごめん…… それより、どこか出かけよう」
進は、さっきの対面のことを忘れたかのように、雪に笑顔を向けた。雪は、進が何か言うのではないかと構えていたが、何も言わない事に拍子抜けした。
(古代君、何も言わないのね。それなら、それでもいいわ。仕事は仕事、休暇は休暇だもの、おもいっきり楽しまなきゃ)
「どこがいいかしら…… ドライブ? お買い物?」
「雪は何か買って欲しいものでもあるのかい?」
「あるわよ、たーくさん!!」
雪は、笑いながら手を大きく広げて、大げさに言った。
「うへぇ…… ドライブにしよう、ドライブ!」
「うふふふふ…… 冗談よ! 古代君たらっ! でも、ドライブに連れて行って」
「わかった。どこがいいかな……」
その日、二人は進の車で海辺の水族館へ行った。色とりどりの熱帯魚や人間でも飲みこみそうな巨大な魚に、二人はまるで初めてそれを見るかのように、歓声をあげながら見ていった。雪は、そんなひとときがとてもうれしかった。進も、仕事のことは全く口にしないし、雪もしない。ただ、二人がいて、笑顔があって、幸せがあった。
夕方近くなって、二人は、小高い海が見える丘に来ていた。そこは、二人がなんどか足を運んでいるとっておきの穴場であった。めったに、他の人を見ることが無かった。赤く燃える夕日がまもなく、海へ沈んで行こうとしていた。
肩を組んで、夕日を見ていた進が雪に声をかけた。
「雪……」
「なあに?」
雪が進の方を向くと、進の顔は目の前にあった。そっと触れる唇と唇、それがだんだんと熱気を帯びてきて、二人は熱いキスを交わした。雪の頬は夕日に映えたのか、紅潮しているのか赤くそまっていた。進はそんな雪がいとおしくてたまらなかった。このまま抱きしめつづけていたい。進は強くそう思った。
「古代君……」
「雪……愛してるよ」
「私も…… 愛してるわ」
進の口から、そんな言葉が出る事はめったに無かった。雪は今日という日がいつまでも終わらない事を祈った。
しばらくすると、進は遠くを見るような目つきをして言った。
「このままずっと、平和が続けばいいんだけど……」
それは、平和が続かない事を知っているような口調だった。
「イスカンダルで出会った敵のことを思っているの?」
「ああ…… あれは、どこかの侵略国家の前線部隊だった。本体は、どこかにあるはずだ。その本体の星が、いつ地球に攻めてきても不思議はないんだ……」
「古代君……」
「こんなことを考え始めると、眠れなくなる事があるんだ。もう、戦いたくはない、ないが……」
「あなたはいつも、地球の事を考えすぎよ。あなただけが、地球を守っているわけではないんだから、他にも、大勢の人が、この地球のために頑張ってるわ。ひとりで、背負い込むのはやめて」
「ああ、そうだな、君もいるし、ヤマトの仲間も、今は兄さんもいてくれる。僕だけが悩んでいてもしかたがないよな……」
進は、そう言って、それからその話をするのをやめた。けれども、雪にはわかっていた。進がなぜまだ結婚しようと言わないのかを。進の心の中には、侵略者への大きな不安があるのだった。侵略者がくれば、進は間違いなく先頭に立って出て行くだろう。あの、白色彗星の時のように……
その時、また、結婚式を控えていたりしたら、雪を悲しませるだけだ。進はそう考えているのだと、雪は思った。
(だけど、違うのよ古代君。私の思いは…… 結婚したいとか、そういうものではないのよ。どこでもいつもあなたとともにいたいだけ、だから……)
雪は自分の気持ちをうまく言葉に表現できなかった。二人は黙って、日が暮れるまで海を見つめつづけていた。
Chapter 2 終了