絆−君の瞳に映る人は−

--- Chapter 3 ---
                                 

 (1)

 進と雪の休暇が終わって、プロジェクトが始まった。初日の今日、二人が揃ってプロジェクトチームの部屋を訪れると、そこには諒はいなかった。変わりに、佐藤というサブチーフが二人を待っていた。

 「はじめまして、古代さん、森さん。ようこそ我がプロジェクトへ、私は、サブチーフの佐藤と申します。今日は、上条がまだ出張中でして、私の方から、プロジェクトの中身について説明させていただきたいと思います」

 そう言って、30半ばくらいの、明かに諒よりは年上の男性が差し出した分厚い資料を、二人は受け取った。

 (上条さん、今日はいないのか……)

 進は、なぜかホッとしている自分を感じた。二人で過ごした3日間の休日はあっという間にすぎてしまった。雪も進もその間中、この新しい仕事の話も、諒の話もしなかった。お互いだけを見つめる時間に費やした。進はこの休暇中に、胸の中にある雪への想いをすべてさらけだしたいと思っていたのだが、いざとなると、どうしても言い出せなかった。
 雪は毎日、幸せそうな笑顔を見せてくれた。そんな姿を見ていると、進は、自分の想いだけがからまわりしているような気がして、臆してしまったのだった。

 雪も、同じ想いでいた。おもいきって、自分から進の胸に飛び込んでみたら…… そう、思いながらも、結局は二の足を踏んでいた。

 (古代君の鈍感…… 諒ちゃんのことで妬いてくれるくらいなら、どうして私をしっかり捕まえていようとしてくれないの?)

 雪の笑顔の裏にはそんな思いがかくれていたのだった。

 佐藤のプロジェクトに関する説明が延々と続いた。しかし、その、説明は的確で、また、内容は大変しっかりとしたもので、チーフである諒の指導力と実力を示すものであった。進は、諒が科学者としても、チームリーダーとしても大変優れた才能を持った男であることを痛感した。

 (上条さん…… すごい人だ。この資料を見ただけでも、真田さんにも劣らないくらいの尊敬できる人物だと言う事が分かる。けど、雪のことでひっかかってしまって、どうしても、いい印象が持てない。)

 最近の進にしては珍しく、仕事に私情が絡んできてしまう。これで、雪か諒かどちらかが一緒でなかったら、そうでもなかったのだろうが…… 雪の方はというと、資料を熱心に読んで、もう既になにやらリストアップを始めていた。進は余計な事を考えないようにして、資料に集中した。

 佐藤の説明が終わり、質問を繰り返し、また説明を受ける。それの連続で初日は終わった。進も雪もこのプロジェクトは実り豊かなものになるだろうと言う点では、一致した意見だった。

 「森さん、あと、これが上条チーフのスケジュールです。昨日まで、私が秘書の真似事をしていたんですが、いやいや、もうスケジュールや何かと整頓がつかなくて…… 今回、森さんがプロジェクトメンバーとして以外に、敏腕の秘書の腕を発揮していただけると聞いて、大変助かりました。どうか、よろしくお願いします」

 佐藤が、本当に助かったという表情で、スケジュールを渡すので、雪はおかしくなってしまった。

 (なれないことをしていたんだわ……)

 笑いながら、スケジュールを受け取る雪の姿を見て、進はまた複雑な心境になった。

 (これから、毎日、こんな思いをしながら仕事をしていけるんだろうか。いや、何も、雪が俺を嫌いになったとかいうのじゃないんだから、気にしなければいいんだよ!)

 進は自分に言い聞かせるように心の中でつぶやいた。

 (2)

 翌日からは、諒が帰ってきた。

 「古代さん、……森さん、ごくろうさまです。昨日、佐藤から説明を受けてもらったと思いますが、不明な点はなかったですか?」

 諒は、雪の名前を呼ぶときに、間違わないようにと一瞬間をおいてから、『森さん』といい、プロジェクトチームのリーダーらしい口調で、進たちに話しかけた。

 「いえ、大丈夫です。大変まとめられた資料で、昨日、雪ともいろいろ打ち合わせしましたが、変更または、改善の余地のある部分は、ピックアップしましたので、一つ一つ解決して行きたいと思いますが。」

 「雪?」

 先日、進が聞きとがめたことのお返しとでも言うように、諒はニヤっと笑って進の言い方をチェックした。進はヤマトでもそう呼んでいたし、無意識のうちにでてきてしまうのだったが、諒のちょっとした意地悪に対して、意地になって言った。

 「あっ、すみません、森君でしたね」

 「いいですよ、いつもそう呼んでいらっしゃるんでしょ。特に問題ありませんよ。僕もそう呼ばせてもらおうかな……」

 諒はチラッと雪の方を見ながら、そう言ったが、進は、顔を逸らしたまま何も答えなかった。

 「雪さん」 諒は、さすがに遠慮して、『雪』と呼び捨てにはしなかった。

 「はいっ!」 はらはらして見ていた雪ははじかれるように返事した。

 「ちょっと、こちらに来てくれませんか。昨日預かってくれていると思いますが、僕のスケジュールの事で相談したいんですが、いいですか?」

 「はい」

 雪は、進がどんな顔をしているのか心配になっていたが、進は反対の方を向いて、資料を整理しているふりをしているので、見ることはできなかった。雪は、うながされるまま、上条について応接セットの方へ歩いて行った。

 進が見えなくなると、諒は雪に言った。

 「ちょっと、意地悪でしたか?」

 「えっ?」

 「古代君に……」

 「上条さん! わざと古代君にあんなこと言ったんですか?」

 雪が、怒ったような表情で言うと、

 「はははは……そんなに怒らないで、彼が何かと僕につっかかるものでね、ちょっと仕返しですよ」

 「古代君、上条さんには、なんだか過敏に反応してるようで……」

 「雪さんを取られるとでも思ってるのかな?」

 「まさか…… 上条さんがわたしなんか相手にするはずないのにね」

 雪は、おかしそうに言った。

 「そうかい? 君は立派なレディだよ。雪ちゃん……」

 諒に間近でそう言われて雪はドキッとしてしまった。

 「さて、余計な事はこれくらいにして、スケジュールですが、あさってのこの会議で……」

 諒は、さっさと話題を変えると、それからは真面目なミーティングになった。諒の希望とプロジェクトを進行具合を踏まえながら、スケジュールを作るのは、なかなか難しい作業だったが、それがまた、雪にとっては面白い作業だった。だんだんと真剣になって、二人ですっかり話しこんでしまった。雪も相手が優秀であればあるほど、自分の力を出すことができた。

 (さすが、諒ちゃんだわ。すごく仕事ができる。打てば響くとはこういうことね。これだけの過密スケジュールにもかかわらず、こなして行けるわけだわ)

 進の方は、あまり好きとはいえない、机上の作業をしながら、応接セットの二人が気になっていた。話が盛り上がって話しこんでいるかと思うと、時折、何かうれしそうに笑いあう声も洩れてくる。進は急に大声を出したくなって、慌てて廊下にでた。

 「ふう!」

 諒と雪の声の聞こえない廊下に立って、やっと一つ深呼吸をした。

 (だめだなあ、俺は。こんな事ぐらいで惑わされるなんて。これから、2ヶ月近くはあるんだぞ。雪を信じてるんだろ、進!)

 自分を叱咤して、進は部屋へ戻った。打ち合わせは終わっていた。その後は、進もいつもの自分に戻って、仕事をこなして行った。

 (3)

 プロジェクト3日目を迎え、進も雪もスムーズにチームの中で作業ができるようになっていた。今日は、9月6日、ヤマトがイスカンダルから地球に戻った日、そして、沖田艦長2度目の戦没記念日だった。進と雪は、今日は定時で作業を終了させ、共に英雄の丘へ向かった。

 イスカンダルから帰ってきてから、2年。白色彗星との戦いから1年足らず。しばらくの間にいろいろな事があった。辛いとき、悲しいとき、ヤマトのクルーはみんなここへ来た。そして、今日もヤマトの主なメンバーが揃った。ここには、沖田艦長をはじめ、戦いで散っていった仲間達が待っている。

 進と雪が来たときには、ほぼみんなが揃っていた。進はさっと見まわした。島もいる、南部に大田、相原、アナライザー、佐渡先生。だが、真田が見えなかった。

 「あれ、真田さんは?」 進の質問に相原が答えた。

 「真田さんは、今イカルス天文台で、手が離せない仕事があるらしくて、みんなによろしく言ってくれとのことでした。これ、花を頼まれて持ってきました。」

 「そうか、真田さん、そんな大事な仕事にはいっているんだな。俺たちのプロジェクトのメンバーになっていながら、地球には来れないようだしな」

 進たちは、揃ったところで、沖田艦長像の前で、敬礼し黙祷した。その後は、恒例の飲み会になる。みなそれぞれ、今の消息などを話し合っていた。進はヤマトの仲間達といるのが一番気が休まった。そして、今のプロジェクトでつまらない感情を掻き立てられていることを忘れたかった。雪は佐渡に呼ばれて酒を勺に行っていた。一人で座っていた進のところに、相原がやってきた。

 「古代さん、しばらく地上勤務なんですって? それも、雪さんと一緒の仕事とか…… いいですねぇ」

 からかい口調の相原の話に、進は苦笑しながら言った。

 「まだ、何日もしてないけど、やっぱり机の上の仕事は俺にはあわないよ」

 「またまたぁ、雪さんといつでも会えるし、毎日デートもできるでしょ?」

 「ははは、まあな」

 進があまり力なく答えるので、相原は不思議に思って尋ねた。

 「どうしたんですか?古代さん? 雪さんとけんかでも?」

 そこまで相原が言った時、南部が相原を呼んだ。

 「おーい、相原! ちょっと、こっち来いよ!」

 「どうしたんですか?南部さん?」

 「いいから、早くこい!」

 南部に促されて、相原は進から離れて行った。進は、答えにくい質問に、どう言い訳したら言いか分からなかったので、助かったと思った。だが、進は雪のところへ行くでもなし、他の仲間達が笑い、飲み、語り合っているのを一人で眺めていた。

 「なんですか?南部さん。古代さんがあんまり元気ないようだったんで、今ちょっと話を聞こうと思ってたところだったんですよ」

 「わかってるよ、だから呼んだんだから」

 「えっ?」

 「実はな……」 南部は、今回のパトロールから帰って来てからの話を、相原に聞かせた。

 「じゃあ、古代さん。雪さんとのことで悩んでるんですか?」

 「たぶんなぁ…… 上条さん、結構やる気になってたもんなぁ」

 「それって、すごくまずいことしたんじゃないですか? 南部さん」

 「おまえもそう思うか? やっぱり」

 「思いますよ! 僕が女だったら、上条さんて言う人の方が……  知りませんよ、南部さん。これで、古代さんたちが婚約解消なんていうことになったら、南部さんの責任ですからね」

 「おいおい! とんでもないこといわないでくれよ! あの二人に限ってそんな事はないと思ってたんだけど、自信なくなったよ」

 二人が真剣な顔をして、こそこそ話しているのに、島と大田も気づいてやってきた。

 「何やってんだ、お前たち。二人でこそこそと……」

 島が言うと、相原は待ってましたとばかり、今、南部から聞いた話を繰り返した。

 「へぇぇ…… それは、古代さん、ピンチですよね!」

 大田が相原に同調して言ったが、島はまゆをしかめたまま言った。

 「ほっとけ、ほっとけ、何とかの喧嘩は、犬も食わないっていうぞ。古代と雪の仲はそんなに簡単にどうこうなるもんじゃないことくらい、お前たちもよく知っているだろう」

 島のその言葉に、南部もホッとしたような顔をした。

 「そうですよね、島さん。島さんにそう言ってもらって、僕はちょっと安心しました。」

 「古代には、いい薬だよ。あははは……」

 島はそう言って笑うと、その場をおさめた。しかし、島もそう言ってはみたものの、古代が一人で浮かない顔をしているのを見ると気になった。

 「よっ! 古代。どうした、一人で」

 「ん? いや・・・ 別に」

 「今、お前には珍しく地上勤務なんだってな」

 「ああ、だが遣り甲斐のあるプロジェクトだよ。実際、俺たちが乗るヤマトを含めた戦艦全てに配備する設備についてのものだからな。きっと、いいものになると思うよ。」

 「チーフがあの上条さんだもんな……」

 「知ってるのか。上条さんのことを?」

 「知ってるも何も、関係者の中では有名な人だよ。地球を代表するすごい科学者だって。なにせ、まだ20代で、放射能研究所の副所長だろ。所長ったって、ほとんど上条さんに頼りっぱなしで、実際の権限は上条さんのほうがあるんじゃないかって話だぞ」

 「そうだろうな、何日かだけど一緒に仕事すればわかる…… 真田さんに引けをとらないくらいすごい科学者だと思ったよ」

 進はため息まじりに、答えた。その答え方がおもしろくなさそうだったので、島はさっきの南部たちの噂話で聞いたことを尋ねた。

 「その上条さんって、雪の幼なじみだったんだってな」

 「何でそれを? ……あっ、南部だな」

 ちらちらとこちらを気にしてみている南部たちを見て、進は言った。

 「心配してるのか? 雪と上条さんの関係を」

 島のストレートな質問に進は動揺して、顔がこわばるのを感じた。

 「別にそんなことは……ないよ」 島は、進が諒の事を強く意識していることに気づいた。

 「そんな事あるって顔だ。ま、たまには、お前が雪の値打ちがよくわかっていいだろ」

 「わかってるよ、そんなこと!! いつだって……」

 進が怒り出しそうになったので、島は笑いながら誘った。

 「まあまあ、落ち着け。それより、一人でいないで、大事な雪のところへでも行こうぜ」

 (4)

 島は進をひっぱって、佐渡の方へと歩いて行った。そこには、雪の他に、いつものごとくアナライザーが座っていた。

 「おお、島、古代! こっち来て、一緒に飲め飲め! 元気なものたちがこうやって楽しくやってるのを見せるのが、沖田艦長たちが一番喜ぶんじゃぞ! 雪、ついでやれ」

 佐渡に促されて、進と島は、そこにどっかとすわると、雪からコップを受け取った。

 「はい、島君どうぞ」

 「古代君も…… きゃぁ!」

 雪が、進に酒をつごうと腰を上げたのを見計らって、後ろにいたアナライザーの手がぐっと伸びてきて、雪のお尻をさわった。

 「ん!もう! アナライザー!! なんてことをするのぉー!!」

 アナライザーはいつものごとく、さっと逃げるのを、雪が追いかけた。

 「はははは……年中行事だな、あれは。」

 島がそういうと、進も笑いながら、追っかけっこをする二人(一人と一体?)を見ていた。すると、アナライザーは、逃げながら進たちのほうへやってくると、進に向かって言った。

 「タダイマ、雪サンノ 臀部ヲ 分析シマシタ! 強度、弾力、異常ナシ! デスガ、女性トシテハ マダマダ 未熟デスネ、オソラク、マダ ヴァージント 思ワレマス 古代サン!」

 「なっ! 何を! ア・ナ・ラ・イ・ザー!! 何を分析してやがるー!!」

 今度は、進が真っ赤になって、アナライザーを追いかけ始めた。

 「ワタシハ 追イカケラルノデシタラ 女ノヒトノホウガ イイデース 男ニ 追イカケラレル 趣味ハ アリマセーン」

 「わっははは……」

 島と佐渡は大笑いしている。雪の方は、息を切らしながら戻ってきたが、怒っているのやら、恥ずかしいやらで顔を赤くしていた。その雪に佐渡は言った。

 「なーんじゃ、雪、お前たちまだやっとらんかったのか」

 佐渡の露骨な聞き方に、雪は赤くなってふくれた。
 
 「やっとらん……って…… 佐渡センセ! もう!」

 「なぁに言っとるぅ、愛し合う男と女が結ばれるというのは、自然な事じゃぞ」

 「そうでしょうけどぉ……そういったって、古代君が……」

 雪が、口ごもると、佐渡は簡単に言ってのけた。

 「雪、お前から迫ってやればいいじゃないかぁ」

 「ん、もう!佐渡先生ったらぁ……いやだわ」

 「惚れた女に迫られて、嫌がる男はおらんぞぉ。 なぁ、島」

 佐渡は、真面目な顔をして雪を見て言うと、島に向かって同意を求めた。

 「そうそう」

 島は、ニヤニヤ笑いながら、大きく頷いた。

 「二人とも勝手な事言ってぇ…… 女の子には、夢があるのよ! 愛する人と初めて結ばれるときは、やっぱり、海の見える素敵な部屋で、空には満天の星が……」

 雪が、手を合わせ目を閉じて、夢見るように言うと、佐渡たちにはそれがまた可笑しかった。

 「がっはっはっは……」 「あっはっはっは……」

 佐渡と島は、一緒に大笑いを初めた。そして、佐渡が笑いながら言った。

 「そりゃぁ、雪。古代となら当分お預けじゃわい」

 「ん!もう! 笑い事じゃないわよ!」

 雪は、佐渡と島に大笑いされて、すっかりすねてしまった。進とアナライザーも大笑いの声を聞きつけてびっくりしたような顔をしてこっちを向いた。

 「なんだなんだ? 何がそんなにおもしろいんだい?」 古代が駆け戻ってきて聞いた。

 「雪に聞けよ…… はははは」

 島は、まだ笑いながら言った。そう言われて、進は雪の方を見たが、雪が少し頬を染めてすねていた。

 「知らないわっ!」 雪は、プイッとそっぽを向いた。

 「どうしたんだ? 島??」 進は、再度島に聞いたが、島は笑って酒を勧めた。

 「まあ、いいじゃないか。ほら、古代飲め」

 佐渡の周辺で、笑い声が大きくなったので、南部たちも安心して集まってきた。進は、酒を一口含むと、気分が少し晴れたのを感じた。

 (やっぱり、いいなぁ。ヤマトの仲間といると、嫌なことも忘れられる。)

 その日は、夜遅くまで宴が続いた。 

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