絆−君の瞳に映る人は−

--- Chapter 6 ---
                                 

 (1)

 午後9時をまわってパーティーがほぼ終わりに近づいた頃、雪と諒は既に会場から出てきていた。諒は、車で雪を家まで送って行った。

 「諒ちゃん、今日は本当に楽しかったわ。どうも、ありがとう。こんな世界には縁がないけど、いい思い出になったわ」

 「いい思い出って…… いつでも、連れて行ってあげるよ。君が行きたいんなら」

 「ふふふ……ありがとう、気持ちだけ受け取っておくわ。でも、私には似合わないもの」

 「どうして? 君は、今日、注目の的だったんだよ」

 「それは、諒ちゃんと一緒だったからだわ。私だけだったら、何をどうしていいのか、困ってたところだわ、きっと」

 「そんなことないさ。雪ちゃんなら、社交界の華になれるさ。でも、本当のこというと、僕もああ言うのは苦手でね……」

 「ふふふ……やっぱりね」

 そうこうするうちに、雪の住むマンションの下までやってきた。

 「どうもありがとう。ここでいいわ」

 「夜遅いんだから、部屋の前まで送るよ。さぁ」

 半ば、強引に諒は、雪を連れて階上へと上がっていった。そして、雪の部屋の前まで来ると、雪を軽く抱き寄せて、あっという間に雪の唇を奪った。

 「あっ!」

 雪は、突然のキスに驚き、慌てて顔を背けた。そして諒の手を振り解こうとしたが、諒の手はがっちりと雪を抱きしめていた。

 「雪ちゃん、僕は君を愛している! 雪ちゃん、僕との結婚を考えてくれないかい?」

 「!!」

 諒のあまりにも突然のプロポーズに雪は言葉をなくしてしまった。

 「雪ちゃんが、古代君と婚約中なのは百も承知だよ。でも、ほんとに雪ちゃんは古代君といて幸せになれるのかい? 彼は、超一流の宇宙戦士だよ。それは認める。でも、それは逆に言えば、いつどこへ戦いに行ってしまうかわからない人なんだ。いつも、死と背中合わせで生きている男なんだ。そんな男と一緒にいて君は本当に幸せなのかい? どうなんだい? 僕はいつも君のそばでいるよ。君だけを守る事ができる」

 諒はそう言うと、雪をもう一度抱きしめようとした。しかし、雪は身をよじって抵抗し、手を両の胸に押し当てて諒を突き放そうとした。

 「わたしは……」

 そこまで雪が言った時、一人の男が駆け寄ってきて、諒の胸元をつかむと、あっという間に殴り倒した。

 「古代君!!」

 (2)

 その日の午後、イカルスでの仕事を終えた進は、真田の提案を受けて、小型実験機に乗りこんで地球を目指していた。真田の実験機の乗り心地はなかなか良かった。進は小ワープも行ってみたが、問題なかった。

 (この実験機が実用化されたら、ヤマトにも搭載できるかな。でも、ちょっと、ヤマトの艦載機にするには、サイズが大きすぎるな。もう少し、コンパクトにできないか、今度たずねてみよう。それに、この分だと、21時くらいには、地球に着くな。それから、雪の部屋に行ってもそんなに遅くはならないはずだ。まだ、いつもなら起きてる時間だ)

 進は、雪のことを考えていた。

 (雪…… 君に今の俺の気持ちを全部話したら、君は分かってくれるだろうか。君への欲求、君と上条さんのことへの不安、俺のこれからの不安、全部そっくり話してみたら、君はなんて言うんだろう。笑い飛ばして、俺に飛び込んできてくれるだろうか…… それとも、俺の不安が的中して……上条さんを選ぶというのだろうか……)

 進は、予定通り東京標準時刻21時に地球に帰りついた。第4ドックでは、既に林が待っていてくれて、進はその実験機を渡した。

 「どうでしたか? 古代さん、この機の乗り心地は?」

 「快適でしたよ。さすが真田さんだ。早く実戦でも使えるようにしてくださいって伝えてください。できれば、もう少しコンパクトなサイズにして欲しいなあ!」

 「わかりました。また、詳しいことは後日問い合わせますので、ご協力ください」

 「了解!」

 進は、いろいろ入り混じった不安をなんとか打ち消しながら、雪のマンションへと向かった。ほどなく、雪の部屋が見えてきたが、部屋には電気がついていなかった。

 (おかしいなぁ…… まだ、帰ってないんだろうか。まだ、あの資料のことで、うまくいかないんだろうか? それとも、もう、寝てしまったのかもしれない。とりあえず、部屋の前まで行ってみよう)

 進は、雪の部屋のある階でエレベータを降りると、歩き出した。エレベータを出て、一つ角を曲がると廊下にでる。その角まで進が来たとき、奥の廊下で人の気配がした。進は思わず、その角に身を隠して廊下を覗いた。薄明かりの仲で男女の抱き合う姿が映し出された。ちょうど、男は女にキスをしているところだった。

 (誰だ……? あっ! 雪!!! それに、上条!!)

 進の頭の中が真っ白になった。キスした後も諒は雪を離そうとしない。雪が少し、身をよじって抵抗するそぶりを見せたとき、進はもうじっとしていられなくなった。そのまま、全力で走り出すと、諒の胸ぐらをつかんで殴った。

 「古代君!! やめてぇ! 」

 雪は後ろから進を捕まえて、そう叫んだ。進に殴り倒されて尻餅をついた形になった諒は、唇を少し切ったようで、血を流していたが、すぐに立ち上がった。

 「雪ちゃん、僕はこれで帰るよ。さっきの事考えておいて欲しい。返事はプロジェクトが終わってからでいいから」

 諒はそう言うと、進と雪の横をすり抜けて帰っていった。

 「諒ちゃん……」

 雪が心配そうに小さい声でつぶやくと、諒は後ろ向きのまま、片手をあげてそのまま立ち去った。進はその雪を後ろから肩をぎゅっと握って強引に振り向かせた。雪を見るその顔は、怒りと嫉妬に燃えていた。

 「君は……君は…… 俺が今日は帰ってこないと思って、上条と……何をしてたんだ!!」

 進はとぎれとぎれに、怒りを抑えられない様子で、強い調子で言った。

 「私と諒ちゃんはパーティーに行ってきただけよ。今、送ってきてもらっただけ……」

 そして、キスされて、プロポーズされたの……とは雪は続けられなかった。進は異常に興奮している。これでは話にもなりそうもない。進が落ち着くのを待って話そうと、雪は部屋の中へ誘った。

 「古代君……入って。休んで少し落ち着いてちょうだい」

 しかし、雪が部屋を開けると、進はまだ興奮したままで、雪の腕をすごい力で掴み、部屋の中へ引っ張っていった。今の進の心の中には、さっきまでの不安な気持ちはどこかへ消えてしまって、ただ、怒りとそれと共に沸いてくる雪への男としての欲求だけで一杯だった。

 「古代君、話を聞いて!」

 進は、雪が懸命に言うのも耳に入らない様子で、居間までいくと、雪を強く強く抱きしめた。

 「古代君…… 苦しい……」

 進は、それにも返事をせず、今度は雪の唇を強引に奪った。それは、いつものやさしい進のキスではなく、まるで、雪の唇に汚いものがついていて、それを拭い去ろうとするように、激しくこすりつけられた。雪が顔を背けようにも両手で押さえられて動かせない。進は、罰を与えるような激しいキスを繰り返し雪に浴びせ、しばらくしてやっと離したが、その目はまだ納まっていなかった。怒りと欲望に満ちた獣に似た目で雪を見つめる進は、それを行動に変えた。

 「雪、あいつにあんな事をさせるくらいなら、俺が俺が……雪をもらう! 雪は!俺のものだ!!」

(by めいしゃんさん)

 進は、ソファーの上に雪を押し倒すと、激しく愛撫した。進の目は決して笑っていなかった。

 「やめて、古代君。お願い……」

 雪は、涙声になって進に頼んだが、進は答えようとはせず、雪を再び抱き起こすと、ドレスに手をかけた。今にも、そのドレスを引き摺り下ろそうとしたとき、雪は叫んだ。

 「いやぁ! 古代君!! そんな古代君なんて、大嫌い!!」

(by めいしゃんさん)

 『大嫌い!!』その言葉に、進の手がやっと止まった。はっとしたように、自分のしたことにやっと気づいたように、進はゆっくり立ち上がった。

 「古代君?……こだい……」 進の暴走が止まったので、雪は今度は静かに問い掛けた。

 「くそっ!!」

 進は小さな声で吐き捨てるように言うと、雪の部屋からあっという間に走り出て行ってしまった。

 「古代君……うううう……」 雪のすすり泣く声だけが部屋に響いていた。

 (古代君のばか…… 私の話をちゃんと聞いてくれてもいいのに……)

 その夜、進はどこをどう走ったのか車を一晩中走らせていた。自分で自分のしたことが情けなくて、悲しくて辛かった。雪になんとののしられても文句など言えるはずがない。嫌われてしまったかもしれない…… 自分の馬鹿さ加減に嫌気がさしてくる。だから、走って走って、走りつづけた。
 空が明るくなった頃、進は知らず知らずのうちに自分の部屋の前に帰ってきていた。

 「進のばかやろう……」

 進は部屋でシャワーを浴びながら、自分を強く責め続けた。

 そして、一人自室に残った雪もやはり、一睡もする事ができなかった。

 (3)

 翌日、雪が重い足取りで、プロジェクトチームの部屋に行くと、諒はもう既に出勤していた。諒の口元は、まっ青になっていて痛々しかった。

 「雪さん、昨日は大丈夫でしたか。すみませんでした。僕があんなところで、あんな事をしたから……」

 「いえ…… それより、怪我は大丈夫なんですか?」

 「それはたいしたことありませんから、気にしないでください」

 諒は、口の横あたりをさすりながら言った。科学者とはいえ、地球防衛軍の精鋭である彼はそれなりに鍛えられていた。雪が思ったほどの傷にはならなかったようだった。

 「あの……私……」

 雪が言いかけたが、諒が制止した。

 「雪さん、昨日言ったはずです。返事はこのプロジェクトが終わってからにしてください。もう、一週間ですから…… 全てが終わってから」

 「…………」

 諒が進が雪が力を注いだ、プロジェクトの最終発表の防衛会議が、後一週間後に迫っていた。今、プライベートな事で内部に波風を立てたくないのは、雪も同じだった。雪にとって、その返事はもう決まっているつもりはしていたのだが……

 しばらくして、メンバー達が出勤してきた。諒の顔の傷を見つけて、メンバーたちは何があったのかと噂しあったが、忙しい時期にそれをとやかく言うものはいなかった。そして皆が出揃ったころ、進が部屋に入ってきた。進は、雪の顔も見ようとせず、諒に向かって書類を差し出した。

 「真田さんと検討した結果の資料です。これで、このプロジェクトの検討事項もなくなったと思います。後は、整理してまとめるだけです。」

 進は、どんな気持ちで諒に話しているのだろう、と雪は心配になったが、昨日のことの後だけに雪も進に声をかけ辛かった。

 「わかりました。古代君、真田さんとの検討事項の報告をお願いします。こちらの部屋で」 

 諒は、進を個室の方へ案内した。諒は雪にプロポーズした事を進に言うつもりだと雪は思った。雪はついて行きたい衝動にかられたが、仕事場で、理由もなく入っていくわけにはいかなかった。

 (4)

 「古代君、報告を聞く前に少し話をしてもいいですか?」

 進は諒の顔をじっと見つめたまま、その質問には答えず、諒に謝った。

 「上条さん、事情はどうであれ、昨日あなたを殴った事、申し訳ありませんでした」

 「いえ、それは気にしていません。あそこで、私達を見つけて、黙っていられるようでは、逆に変ですからね。でも、僕は謝りませんよ」

 「…………!」

 進は、昨日の二人の抱擁とキスがまた目の奥に浮かんできて、苦虫をつぶしたような顔をした。諒は、思いきって昨日のことを話した。

 「昨日、あそこで僕は雪さんにプロポーズしました。そして、プロジェクト終了後に返事を欲しいといいました」

 「!!」

 進が諒を見つめると、諒もしっかりと進を見返した。諒が本気であることを、進は痛切に感じた。

 「もちろん、君という婚約者がいることを承知の上でです。君は、素晴らしい宇宙戦士で、ヤマトの艦長代理を務める立派な青年です。しかし、君はいつも、最前線で戦っている。雪ちゃんはそんな君をいつも後ろで見てきたんだ。そして、君のためには命も捧げかねない。
 君は、それで雪ちゃんを幸せにしているつもりなんですか?
 もし、地球と雪ちゃんのどちらかを選べと言われたら、君は地球を捨ててでも、雪ちゃんを守れるんですか?
 僕は、雪ちゃんを全力で守るつもりです。それに、僕の仕事では、最前線で戦って愛する人に心配させることなんかありませんからね」

 諒は一気に語った。進は、その諒の言葉がそのまま、諒に会ってから自分が抱いていた不安と同じである事を認識した。白色彗星との戦いでも、進は雪を安全なところに残して行こうとした。だが、雪は進についてきてしまった。そのために、雪は危険な目にもあっただろうし、何よりも進がデスラーと対峙して倒れたときに、その代わりに盾になって、デスラーに銃を向けたのだ。

 (俺は雪に苦労をかけるばかりなんだろうか……やはり……)

 「……わかりました。雪がどう答えるか私も待ちます。彼女に幸せになって欲しい気持ちはあなたには決して負けません。だが、雪があなたに自分の人生を託すというなら、その時は…………私はきっぱりあきらめます」

 進は、自分の決意を諒に告げた。雪が一番幸せになれる選択をして欲しいと心から思っていたから。それが、自分の手でできないかもしれないということは、耐えられないほど辛い事であっても…… 今の進はそれが雪のためだと思っていた。

 「わかりました。では、この話はプロジェクト終了まで、もうしないことにしましょう」

 諒は、一旦、目をつむってから、ゆっくりと進を見据えて行った。 

 「真田さんとの検討結果の説明お願いします」

 進も自分も気持ちの切り替えをしなければと、心の葛藤を抑えながら、意識を仕事に集中させた。

 (5)

 午前中一杯で、諒と進の検討会議は終了した。後は、防衛会議にむけて、説明資料をまとめあげるだけになった。昼食の時間になって、メンバー達が食堂へ行っても、雪だけは二人が出てくるのを待っていた。進たちは、昼を少し過ぎて、出てきた。二人の姿を、雪は不安な表情で見ていた。諒はそのまま、部屋から出て行った。そして、進は雪の方へ歩いてきた。

 「雪……昨日はすまなかった…… 許してくれ」

 進は、まだ雪の顔を見ることができずに、ややうつむいたまま言った。

 「いいのよ、古代君。あれは、私も悪かったんだわ。軽はずみな事をしてしまったって……」

 雪は昨日の進の激情を思い出して、胸がキュンと痛むのを感じた。進の前であんな姿を見せるなんて……昨夜中、雪は後悔しつづけていた。

 「いや、俺が悪いんだ。上条さんから、昨日プロポーズされたことも聞いたよ。雪、俺に遠慮せずに上条さんのことも真剣に考えてみてくれ」

 進は眉をしかめて、苦渋の表情でそう言った。

 「古代君! わたしは!」

 雪が言おうとするのを押しとどめるように、進はかぶせて言った。

 「雪……俺も時々上条さんが言うようなことを不安に思っていたんだ。俺より上条さんの方が君を幸せにしてくれるというなら、俺に遠慮する事はないんだよ。君の選択にまかせるから…… この一週間でよく考えてみてくれないか?」

 「古代君!」

 進は、それだけをいうと、雪のそばから離れて行った。

 (古代君、ほんとにそんなこと言っていいの? 私が諒ちゃんを選んでもいいって……そう言うの?)

 雪は、進の淋しげ後姿を黙って見送った。

 (6)

 その日、雪が自宅に戻ると、部屋に電気がついていた。

 (古代君? そんなことないわ。今日の様子じゃ、きっと、しばらく私を避けようとするはずだし……)

 雪は警戒しながら、部屋に向かった。だが、部屋にいたのは雪の母の美里だった。

 「ママ!! どうしたの、こんな時間に珍しいわね。パパは? もしかして、パパとけんかでもしたの?」

 「ばかおっしゃい。パパとママは今でも仲良しよ。雪、元気にしてた?」

 「ええ、元気よ。でも、それじゃどうしたの?」

 いままで、母親が夜に一人でやってくるなんて、そんなことは一度もなかったので、雪が不思議だった。

 「あなたのことで来たのよ、雪」

 「私のこと?」

 「今日ほんとに久しぶりに上条さんから電話があったのよ」

 「上条さんって、諒ちゃん?」

 諒は、まさかもう両親にまで挨拶をしたのかしらと雪は思った。

 「いいえ、香さん。諒さんのお母様よ。香さんがいうには、あなた諒さんと付き合い始めてるって言うんだけど……」

 「付き合ってはいないわ。今、一緒に仕事をしているだけ、……でも、プロポーズはされたわ」

 雪は昨日のことを思い出しながら言った。

 「やっぱりそうなのね。じゃあ、古代さんはどうしたの? 何も言わないの?」

 「古代君も……知ってるわ…… 私の選択にまかせるって……」

 「あんなに仲の良かったあなた達が……けんかでもしたの?」

 美里は、進と雪が来るときはいつも仲が良かったのを思い出していた。誰がなんと言っても離れそうにないほどに。進と雪の思いはそんなに簡単に変わるものではないと思っていた。

 「違うわ、ただ……古代君が諒ちゃんに対してすっかり、自信をなくしちゃってて…… 自分が私を幸せに出来るかどうかわからなくなったって……」

 雪は、最近の元気のなかった進のことを考えていた。『俺より上条さんの方が君を幸せにしてくれる』 そう言った、進の言葉を思い出すと、思わず涙が溢れてくる。

 「そう……そうね、ママの立場からいうと、やっぱり、古代さんより諒さんの方を選んでくれた方がうれしいかも」

 「ママ!」

 「だってそうでしょ? 古代さんは、いつも危険なところへばかり行って、それにあなたもついていくわ。ママ達はいつも心配ばかりよ。でも、諒さんなら、科学者だし、そんな心配はしなくてもいいわ。ご両親だって、立派な方々だし、女として妻としての幸せを願うなら、最高の相手だと思うわ」

 母のいうことは、当然だろう。雪は一人娘、その娘が、何度も死と隣り合わせの戦場に出て行くのを、平静に見ていられる親がいるはずがなかった。
 その点、他人から見れば、諒はどこに持って行っても申し分ない人物だった。それに諒の妻になっても、身の危険を感じることはもちろん、夫の生死の心配をする必要もない。諒を選ぶのは、娘を嫁がせる親の正直な気持ちだった。それは、雪にも痛いほどわかった。

 「ママ……」

 「ただね、ママも女として言わせてもらうとね。条件だけで自分の伴侶を決める事が、本当にあなたの幸せかどうかってことよ。本当にあなたが愛して尊敬できる人と、あなたには幸せになって欲しいと、女としてのママは思うのよ。わかるわね?」

 「ええ……」

 雪は母が自分の気持ちを押し殺して、雪の気持ちを尊重しようとしてくれていることがうれしかった。

 「雪、よく考えてみるといいわ。あなたの幸せがどこにあるのかを…… ママもパパも、古代さんも諒さんもどちらも立派な方だと思うから、雪がどちらを選んでも祝福するわ。だから……」

 「ママ……ありがとう」

 雪は、母親の深い愛情に触れて、熱い涙が流れてきた。そして、自分が本当に愛する人のことを想い、自分が何を幸せと感じるかということを掴めそうに感じた。

 (by Qさん)

 (7)

 進は、その日の夜、英雄の丘に来ていた。人生の辛いときを迎えると必ず来るここに…… さっきからしばらく沖田艦長の銅像をじっと見つめていた。

 (沖田艦長……俺は雪を失ってしまうんでしょうか? 沖田艦長の死と引き換えのように、雪が息を吹き返したあの時から、雪はいつでも、いつまでも俺のそばにいてくれるものと信じきっていたんです。それが、こんな事になるなんて…… 俺は…… 雪にはあんな強がり言ったけど、もし、雪があの男の方を選んだら、俺はどうしたらいいんでしょう。とても、耐えられそうにない。……雪、君の瞳にはいったい誰が映っているんだ!)

 「やっぱり、ここにいたな」

 その声に進は振り向いた。そこには、島と南部が立っていた。

 「南部、それに島…… どうしたんだ?」

 「古代さん、家に行ってもいなかったから、きっとここだと思って、来たんですよ」

 南部は進を発見して満足そうな顔をした。

 「どうしたも、こうしたもないだろ。南部が今日、俺のところに電話してきて、古代さんがピンチかもしれないから、励ましに行こうって」

 島は、むりやり引っ張ってこられて迷惑だったとでもいうように、両手を上げた。

 「南部……」

 「いやあ、これでも、古代さんの悩みの発端が俺にあるんじゃないかと思うと、とてもじっとしてられなくて…… 上条さんを最初挑発したのは、俺ですからね」

 「ん? ああ…… それは、関係ないよ。これはあくまでも俺と上条さんと雪の問題だ」

 進は、南部の心配を否定した。

 「で、どうなってるんだ? 古代。雪と上条さんは何かあるのか?」 島が尋ねた。

 「雪は…… 上条さんにプロポーズされたよ」

 「えっ! プロポーズですかぁ……! やばいっ」 南部は、びっくりして大声をだした。

 「それで、お前はどうしたんだ? 何か言ってやったんだろ?雪に」 島がさらに尋ねた。

 「雪の選択に任せるしかないだろ。雪がアイツの方がいいって言うんなら…… それに俺、雪にとんでもないことして、『大嫌い』って言われてしまったし…… もう駄目かもしれない」

 進は、さすがに辛くなってうつむき加減に言った。

 「ばかやろう!」

 島がどなった。進と南部はびっくりして、島の方を見た。

 「お前、それでいいのか。そんなことで! おい、古代!」

 「そう言われても…… 俺なんかより上条さんの方が雪を幸せにしてやれるような気がしてきて…… 俺は今までも、いつでも雪のそばにいてやれなかった……」

 進は、さらに下を向いてしまった。

 「お前がそんなに情けない奴だとは知らなかったよ、古代。雪の気持ちを考えたことがあるのか? 雪がいつ、お前に幸せにして欲しいと言った? ええ! 古代」

 「島……」 進はやっと顔を上げた。

 「雪はなあ…… 古代進!お前に惚れたんだ。すぐ熱くなって、どんな危険なところにでも飛び込んで行ってしまう、真っ正直なとんでもない男のお前をな! 雪はお前と幸せになりたいと思ったとしても、お前に幸せにしてちょうだい、なんて絶対にいわない女(ひと)だぞ。雪は、幸せは自分で掴むものだという事をよく知っているはずだ。それなのに、なんだ! お前が自信をなくしてどうするんだ。他の奴に雪をたくすだと、馬鹿なことをいうな! お前が雪と一緒に自分たちの幸せを探さなくてどうするんだ!!」

 「島……」

 進は、島の言った言葉を自分の中で繰り返していた。『幸せは自分で掴むもの』その言葉を……

 「俺は……忘れていたのかもしれない。幸せは二人で探すものだということを…… 人にして貰うものじゃないってことを。何が幸せで何が不幸せなんて人それぞれなんだ……そうなんだよな」

 「思い出したか、ばかっ!古代、自分の気持ちに正直になれ。いいな」

 「ああ、真田さんのあの時言ったことはこういうことだったんだ。わかったよ。島。プロジェクトが終わったら俺もう一度、雪に自分の正直な気持ちを話すよ」

 進は、やっと顔を上げ正面の島に向ってそう言った。

 「当たり前だ。そうこないとな……」

 進が笑い、島も南部も笑った。島はホッとしたが、ふと、さっき進が言っていたもう一つの事を思い出した。

 「ん?ところで、お前、雪にとんでもない事してしまったって、何したんだ?」

 何をした?と言われて、進は急に恥ずかしくなった。

 「いや、あのそれが……」

 進は、しどろもどろになりながら、やっとのことで昨晩の出来事を話した。その話を聞いて、島も南部もニヤリとした。

 「なぁんだそんなことか…… それはお前が悪い。初めてなんだろう? いくらなんでもそれじゃムードも何もあったもんじゃないじゃないか。雪が怒るはずだ。しっかし、お前がそんなことするなんてなぁ……相当動揺してたんだな、お前」

 進は、すっかりばつが悪くなった。

 「やっぱり……俺……雪に嫌われたよなぁ」 ため息がまた出る。

 「あはは…… そうでもないって、古代。雪は待ってるんだから。そういうことはな、海の見える部屋から満天の星が見えるところに連れて行ってやれば大丈夫だ! それで解決だよ」

 「えっ? なんだそれは?」 突然の話の飛躍に進は戸惑った。

 進が戸惑っているのを見て、南部はおもしろそうに笑った。「あっはははは……」

 「この鈍感男! はははは」 島も南部と顔を見合わせて、大笑いしていた。

 進は何がなんだかよくわからなかったが、とにかく雪の気持ちを信じよう、そして、自分の気持ちにも素直になろうと思った。

 (島、南部……ありがとう……)

 進は、友が自分と雪のことをこんなにも心配してくれている事がとてもうれしかった。

Chapter 6 終了

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