絆−君の瞳に映る人は−

--- Chapter 7 ---
                                 

 (1)

 翌日から、プロジェクトの発表資料の作成が、最終の段階になった。チームメンバー達が心血を注いできたものが、全てここに表されているのだ。諒は、このプロジェクトの成功を確信していた。必ず、有益な設備を地球艦隊に設置することができるはずだと、自負していた。そして、そう思うことで、プライベートでの不安な思いを感じないようにしようとしていた。

 進があれだけ不安になり、迷っていたのと同じように、諒も迷っていた。いくら幼なじみで昔から知っていたとは言え、婚約者のいる女性を好きになり、こんなに強く求めるようになるとは、自分でも思いもしなかったことだった。幾度もの戦火の中を共にくぐってきた恋人達の絆の間に、自分は本当に入りこむ事ができるのだろうか、と思うこともあった。

 ただ、自分は雪に幸せになって欲しい。彼女が愛する人を失い悲しむ姿を見たくない。そう思うにつれて、進に雪を任せられないと思うようになっていった。雪が自分を愛してくれれば……そうすれば、自分が雪を幸せにできる。諒は、雪の心が自分に向いてくれる事を祈っていた。

 一方、進は、自分がどんなに雪を愛しているかを再確認した。雪を他の誰にも渡したくない、というのが、進の本当の気持ちだった。『幸せは自分の力でつかむもの』その言葉を、繰り返し自分に言い聞かせた。二人がどんな状況に陥っても、二人の幸せは二人で作り出せばいい。そう、自分に言って聞かせていた。揺れ動き不安に陥りそうになる、自分の心を強く支えるために。

 そして、プロジェクトが終わって、雪が、もし諒を選んだとしても、もう一度話してみよう、二人の今までの軌跡を思い、もう一度やりなおして欲しいと…… たとえ、それが女々しいことだと言われようとも…… 自分には雪しかいないし、雪を失って生きる人生は考えられなかったから。

 そして雪は、自分が誰と過ごし、何をすることが、自分にとっての最も幸せなことかを、しっかりと確認していた。『幸せは、待っているだけではつかめない』昔、スターシアに言った自分の言葉を、今、雪は思い出していた。

 3人はそれぞれ、自分の持ち場でプロジェクトの完成に向けて、最大の努力をしていた。その一週間は、他のメンバーも含め、ほとんど、泊まりこみ状態だった。

 そして今日、11月3日の防衛会議の日がやってきた。議題はただ一つ、『地球防衛軍の全ての戦艦に搭載する対放射能設備の標準化』であった。

 (2)

 11月3日の午前9時。藤堂長官を始め、各防衛本部長、各国の代表達が勢ぞろいして、防衛会議が行われた。

 諒が、まず壇上にあがり、主な部分を説明していった。午前中は、諒の説明で終始し、午後からは各項ごとに、佐藤を初めとする担当者が詳細を説明し、質疑応答していた。進と雪は今日は聞いていればよかった。そのほぼ完璧な仕上がりに、出席者からは満足の声が聞こえてきた。プロジェクトは大成功だった。

 そして、午後の休憩の時間となり、あとは、これからの設置計画だけになった時だった。雪は、藤堂長官に呼ばれ、何か話をしている。諒と佐藤は、最後に配布する資料を少し離れた控え室へ取りにいこうとしていた。そこに、一人の本部長が来て、佐藤に質問を始めてしまった。諒は、すぐに終わりそうにない佐藤をあきらめ、仕方なく近くにいた進に同行を求めた。

 「古代君、悪いけど、資料運びを手伝ってくれませんか」

 「わかりました」

 二人は、しばらく無言で廊下を歩いていたが、進が先に口を開いた。

 「上条さん、プロジェクトは大成功ですね。上条さんの努力の賜物です」

 進は、このことについては、本心から祝福していた。

 「ありがとう、古代君。君とは、出会ったときからタイミングが悪かったね。そうでなかったら、いい友達になれたと思うんだが……」

 諒はすまなそうに、そう言った。進も同じことを思った。

 (上条さんが雪の知り合いでなかったら、俺は上条さんを真田さんのように尊敬できる友として見れたに違いないのに……)

 「いえ……その事は今は言わないでください」 進は、話を止めた。

 「うん……そうだな」

 雪の選択を聞くまでは、二人にはこれ以上話すことがなかった。その時、突然緊急事態の警報が鳴った。

 『ウーウーウー ウーウーウー』

 進と諒は、立ち止まると、周囲を見まわした。

 「なにが起こったんだ?」 進が言った。その時、緊急放送が入った。

 『大会議室にテロリストが侵入! 総員緊急配備につけ! 繰り返す。大会議室にテロリスト侵入! 至急総員緊急配備につけ!』

 「なに! 大変だ。大会議室だと! 防衛会議の会場だ」

 諒が叫ぶと、進と諒は、廊下を走る所員の間を縫うように、大会議室へ向かって走った。

 (雪があそこにいる!) 二人は同時に同じことを考えていた。

 (3)

 二人が、大会議室に到着すると、既に全てのドアが閉じられ、周りには数多くの警備兵が周りを囲んでいた。進は、その中のリーダー格の男に声をかけた。

 「中の様子はわからないのか?」

 警備兵は、進をいぶかしげに見ると尋ねた。

 「あなたがたは?」

 それには、諒が答えた。

 「私は、地球防衛軍科学局放射線研究所副所長、上条諒です。こちらは、同じく地球防衛軍太陽系パトロール隊第10パトロール艇艇長、古代進さん、いや、宇宙戦艦ヤマト艦長代理と言った方がわかりやすいかな。今日の防衛会議の議題のプロジェクトのメンバーだ」 

 そう言って、二人は身分を証明するパスを見せた。それを確認すると、警備兵は敬礼した。

 「はっ! お二人とものお名前は存じ上げております。中に他のプロジェクトのメンバーの方が人質になっておられるんですね」

 「テロリストの数は?」 進が尋ねた。

 「はっ、それが、3名のようです」

 「3名? 少ないな」 進は考えるように言った。

 「はい、今までのところ、大規模なテロ組織のメンバーではなく、何らかの狂信者かと」

 「狂信者……とすると、説得が通じる相手ではないかもしれないな。時間をかけるとかえって人質が危険だ」

 進は、冷静な判断でテロリスト達を分析した。

 「そのとおりです。3人とも銃をちらつかせながら、うろうろしているようです。こちらへどうぞ」

 警備兵は、二人をカーテンが閉められた一つの窓に案内した。そこから、かすかに中の様子が見えるようだった。そこに、密かに超小型カメラをに設置して、会議室内を映し出していた。
カメラからはほとんど会議室中が見渡せた。カメラに雪と藤堂長官が一人のテロリストの前で銃をつきつけられている映像が映った。

 「雪!」 進は、思わず叫び、窓から直接中を見た。丁度、その目の前に雪たちが座らされていた。

 (雪……)

 進の心の叫びを聞きつけたように、雪の目線が窓の方へ移った。目の前のテロリストに気付かれないようにしながら、雪はその目で何かを訴えようとしていた。
 進は、しばらく雪と見詰め合っていたが、雪が現状打破のために、目前のテロリストに飛びかかるつもりだと気づいた。進は、雪に親指を立てて合図した。

 (わかったよ、雪。でも、無理するな)

 雪は、今度は長官に何か合図を送っていた。そして、再度、進を見た。雪の準備が整った合図だと、進は感じた。

 他の2人のテロリストは、会議場の前方にいる。その3人の配置を考えながら、進は警備兵に尋ねた。

 「外から突入することはできるのか?」

 「はい、前方2箇所の入り口は、緊急用になっていて、中から施錠されても、外から開けられるようになっています」

 「そうか……」

 それなら、可能だな、と進は思った。雪が目の前のテロリストの隙を見付け、その銃を奪う。進ともう一人が前方入り口から突入して、他の二人を銃で射撃すれば解決する。だだし、そのタイミングが問題だった。どちらかが少しでも、早かったり遅かったりしたら、早い方の命があぶなくなる。それをうまく掴めるかが勝負だった。

 「よし、突入しよう!」 進が意を決したように言った。

 警備兵がびっくりして言った。

 「無理です。古代さん、前方の二人はなんとかなるでしょうが、長官と秘書の森さんの前にいる一人がこちらからでは、死角になって危険です。突入されたと知ったら、長官たちの命があぶない」

 「大丈夫だ。雪は、森君は私と同時に行動を起こす。後方の一人は彼女に任せる」

 「なんですって! そんなこと、どうしてわかるんですか? 万一、その気があったとしても、それはタイミングが難しすぎます。どちらかが少しでも遅れたら……」

 「それは、わかっている。しかし、長期化させないように、ここで一気に片付けた方がいい。全責任は私が取ります。ひとり、突入の援護をしてくれる兵を貸してください」

 「それは、私がやろう」

 それまで、黙って進たちを見ていた諒が言った。

 「上条さん……?」

 「私だって、地球防衛軍の管理職だ。一般兵よりはずっと銃の腕はたつ。私を信用してくれ!」

 諒の真剣な目を見て、進はうなずいた。

 「わかりました。では、雪が飛びかかるのと同時に私は突入します。上条さんも一緒に突入して、入り口近くの男を狙って、私の援護射撃をしてください。その間に私は手前の男の攻撃を避けながら、奥の男を狙いますから。いいですか?」

 「分かった」

 諒もしっかりと頷いた。もし、進が見極めたタイミングが狂っていたら、雪がまだ、後方のテロリストを襲っていなかったら、進と諒は後方からの攻撃をうけてしまう。命の瀬戸際の選択だった。しかし、諒は不思議と何の心配もしていない自分に気づいた。彼らなら、できる。なぜかそう思えてくるからだった。

 「じゃあ、行きますよ」

 進がそういうと、警備兵は慌てて言った。

 「ちょっと待ってくださいよ! もし、突入するんでしたら、私が森さんの飛びかかるタイミングを窓から見て合図しますから! そうでないと、タイミングがわからないでしょ!」

 進は、ふっと一息つくように、唇の端を上げただけの笑みを浮かべ、そして言った。

 「では、お願いします」

 そう言ったが、心の中では、『それでは遅いんですよ』とつぶやいていた。

 進は、コスモガンを構えると、もう一度、雪の方をみた。雪も進を見つめる。何かを話し合っているかのように。

 (雪、いつでもいいよ、君のチャンスをねらってくれ……)

 (4)

 テロリストが会議室に侵入してきた時、雪は長官と雑談していた。突然、天井へ向けて発射される銃声がしたかと思うと、前方2箇所、後方1箇所のドアが開き、それぞれから一人ずつのテロリスト達が入ってきた。テロリスト達は、それぞれ一番近くにいた人間に銃をつきつけると、それぞれのドアを中から施錠して、閉じこもった。

 「長官!」

 雪はとっさに長官をかばって、後ろに下がった。後方から入ってきたテロリストは雪と長官に気付き、銃の方向を雪たちにむけた。

 「ほう、これはこれは、きれいなお嬢ちゃんもいらっしゃるとはね……」

 テロリストは、まさか、雪が一級の戦士だとは思ってもいないので、気軽に近づいてきた。雪は黙ったまま、その相手を見た。

 (ここは、まだ、おとなしくしていた方がいいわ。古代君達は外に出たはず、必ず助けにきてくれるわ…… 古代君!!)

 しばらくすると、閉められたカーテンの隙間から、人の気配がした。雪は、それが進である事がすぐにわかった。

 (古代君だわ! 来てくれたのね。これで、やれる。古代君、わかって…… 前からは外から入れるはずだから、後ろのテロリストを私が抑えれば……いける!)

 雪は、目線でそう訴えた。しばらく、見つめあった後、進は分かったようだった。小さく、親指を立てた。雪はテロリストの隙を見て、藤堂長官にもそれを伝えた。

 「長官…… 古代君が来ています。私が、あのテロリストに飛びつき、銃を奪います。その時、古代君は前方から同じタイミングを見て、必ず突入してきてくれます」

 「……雪!」

 長官は、雪と進がどうやってコミュニケーションをとっているのか分からなかったが、この二人を信じようと思った。 

 「わかった。私も君と一緒にあのテロリストに飛びかかろう」

 「長官……!!」

 「うむ」

 雪は、もう一度、進を見つめた。進は、雪が準備完了した事を察知した。進が一旦窓から離れた。

 (古代君、外からの突入の準備に入ったんだわ)

 しばらくして、進が再び窓の外から雪を見た。じっと雪を見つめる姿を見ながら、雪は進の声が聞こえたような気がした。『雪、いつでもいいよ。君のチャンスをねらってくれ』と……

 (いよいよね。古代君……)

 雪は、じっとテロリストの動きを見ていたが、その男が何を思ったかふっと下を向いた。

 (いまだわ!古代君!!)

 (5)

 『いまだわ!古代君!!』

 進には、雪の声がはっきりと聞こえた。雪は、後方の男に飛びかかる。と、同時に進はドアを開けて、突入した。

 ドタン!! パヒューン、パヒューン、パヒューン・・・ 後方と前方から、同時に大きな音がして、その後、大勢の兵士がどっと入ってきた。大勢の人質達はなにが起こったのかとっさにはわからなかった。

 窓から覗いて、突入のタイミングを教えると言っていた警備兵が、雪の突撃を確認し、「今だ」と振り向いたときには、もう既に銃声が聞こえてきていた。警備兵は、この作戦の失敗を確信した。ああ、まずい、なんてことをしたんだろう。そう思った時、歓声があがった。

 「やった! やったぞ!!」

 警備兵は、最初なんのことか分からなかったが、彼が後ろを向いたときには、進は、既に雪と絶妙のタイミングで突入した後だったことを後で知った。

 雪が後方のテロリストに飛びかかり、それに続いて、藤堂もその男に飛びかかって銃をむしり取った。同時に前方では、進が飛び込んだ。諒もじっと進の動きだけを見つめ、進の動きに続いて部屋の中に飛び込んだ。

 進の侵入に気づいて手前の男が銃を放ったが、進はそれをくるりと一回転して避けると、その体勢のまま、奥の男の右手を打ちぬいた。進を撃った手前の男は、後ろから入ってきた諒に、やはりその右手を打ちぬかれた。その後、どっと入ってきた警備兵達に3人はあっという間に取り押さえられてしまった。

 雪が動いてから、3人が取り押さえられるまで、おそらく一分もたっていなかっただろう。あざやかな解決劇だった。

 (6)

 「やった! やったぞ!!」

 口々にそう言う声がする中で、進は立ち上がると、雪の姿を探した。雪もやはり進を探した。

 進は、部屋の後ろにいる雪を見つけ、ゆっくりと歩きながら、 「雪……」 と、小さくつぶやいた。雪は、その声と進の姿とを確かめるようにじっと見つめると、さっきまできっとしていたその瞳から、大粒の涙を流して、進の方へ走ってきた。

 「古代君!」

 雪は進の胸に飛び込んで泣きじゃくった。今の二人には周りのものは何も見えなかった。

 「古代君、古代君……」

 「雪…… もう、大丈夫だよ。恐かっただろ。もう、大丈夫だから」

 進は、雪を強く抱きしめ、髪をやさしくなぜると、そう言った。その声は、子供をあやす父親のようなとても優しい声だった。泣きじゃくる雪の姿と、さっきのテロリストに飛びこんだ気丈な女性とがとても一致しなくて、周りの人達を困惑させた。しかし、ほどなく、それは拍手に変わった。

 藤堂長官が二人のそばに来て言った。

 「ごくろうだったな、古代。雪……」 その言葉に二人は黙ってうなづいた。

 それをきっかけに、周囲からどっと人が押し寄せ二人を囲んだ。

 「絶妙のタイミングだったね。どうやって、外と連絡したんだい?」

 褒め称える声と共に、そんな質問が、あっちこっちから飛び交った。けれど、進にも雪にも説明ができなかった。ただ、聞こえてきたから…… 進には雪の声が、そして、雪には進の声がとても鮮明に…… お互いを想いあう気持ちがそうさせたのかもしれない。二人の心は一つにつながった。

 (7)

 諒は呆然としていた。諒も立派に働いた。研究所のメンバーをはじめ、諒の周りにも大勢の人が駆け寄ってきて、口々に諒を賞賛した。しかし、その声は諒には届いていなかった。

 (なんだ、今のあの二人は…… どうして、あんな事ができるんだ!? 二人の間には何があるというんだ……)

 そして、引きつけられるように、進の胸に飛びこんだ雪の眼中には、当然、諒の姿はなかった。諒は今、本当に愛し合う二人の絆の深さを目のあたりにしたのだった。

 (なんてことだ…… 雪ちゃんを幸せにしてやろうなんて……そんな必要はどこにもなかったんだ。彼女にとって、古代と一緒に存在する事自体が、幸せなんだ。古代も同じだ。雪ちゃんが自分の後ろにいる、その事さえわかっていれば、彼はなんでもやってのけられるんだ…… なんていう……)

 諒は、自分が届かぬ人に恋をしていたことを痛感した。ふと、気づくと隣に古代守が立っていた。

 「上条、よくやってくれたな。しかし、あの二人には、驚かされるよ。兄貴の俺でもあんな風にはできない。あの二人にしかできないことだな」

 諒をなぐさめているのか、諭しているのか、守はそうつぶやいた。

 (プロポーズの返事は確かに受け取ったよ、雪ちゃん)

 諒は、大勢に囲まれて、涙で一杯の目をしながら、微笑んでいる愛しい女(ひと)に向かって、心の中でそうつぶやいていた。

 (8)

 その日の会議はそこで中断したが、プロジェクト自体は防衛会議で、認証された。残った説明や詳細については個別に対応する事になった。
 別室に戻った、プロジェクトメンバーを前にして、諒はねぎらいの言葉をかけた。

 「今日は、ご苦労様でした。とんでもない事件にまで、巻き込まれましたが、古代君と雪さんの活躍で、無事、事無きを得ました。本当にみんな、今日までありがとう」

 諒はそこまで言うと、深々と頭を下げた。メンバー達から大きな拍手が起こった。メンバー達はみんな、このプロジェクトの成功を本当に喜んでいた。

 その場は、そのまま打ち上げ会場になった。簡単なオードブルとビールや酒が並び、皆は心置きなく飲んで食べた。

 雪は、進の隣で満ち足りた気分でいた。進も同じだった。今の二人にもう言葉はいらなかった。ただ、お互いがそこに存在しているという事実だけがあればよかった。

 そこに、佐藤がやってきた。

 「古代さん、森さん。本当にありがとうございました。あなた方がいなければ、このプロジェクトを成功させることはできませんでしたよ。それに、今日の活躍! さすが、これがヤマトの戦士魂なんですね。いやぁ、すごかった。でも、森さんは、副所長と怪しいと思っていたんですが、古代さんが本命だったんですね。知らなかったな……」

 佐藤がさりげなく言った言葉に、雪はしなければならないことに気づいた。

 (諒ちゃん……)

 雪は、周囲に諒を探した。丁度、会場から別室へ出て行くところだった。

 「古代君。私、諒ちゃんに会って話さないと……」

 「うん、わかった。待ってるよ」 進はそれだけ言って、雪の背中を軽くおした。

 雪は、諒を追って別室へ入っていった。

 「諒ちゃん……」

 「ああ、雪ちゃんか…… 今日まで本当にありがとう、そして、今日の活躍にも拍手喝采だね」

 「諒ちゃん……私……」

 「もう、何も言わなくてもいいよ、今日の君達を見せられて、僕が割り込む余地なんかどこにもないことは十分にわかったから…… 君達の幸せは君達二人でしかつかめないものなんだね」

 「……ごめんなさい……」

 雪には、何も言い返す言葉はなかった。このプロジェクトの間、諒の方にチラッと心が動いたことが何度かあったのは確かだった。けれど、それはもう過去のことだった。

 「最後にもう一度だけ、抱きしめさせてくれないか」

(by  めいしゃんさん)

そう言うと、諒は、雪を軽く抱きしめた。その手は、少し震えていた。涙をこらえているのだろうか。そして、精一杯の努力で、声をだした。

 「幸せになっておくれ、僕のかわいい……妹…… 雪ちゃん……」

 それだけをやっと言うと、諒は、しばらくして抱きしめていた手を離した。

 「雪ちゃん、古代君を呼んできてくれないか」

 雪は、言われるまま、進を呼びに行った。進と雪が再び、諒のいる部屋に入ると、諒は、進に言った。

 「古代君、プロジェクトを今日までありがとう。プライベートでは、君をずいぶん苦しめることになったようで、申し訳なかった」

 「いえ、俺がしっかりしていなかったから、雪の気持ちをつかみきれなかったんです。でも、本当に上条さんなら、雪の心を奪って行ってしまいそうでした」

 進は、はにかむように少し笑みを浮かべた。

 「ははは……そうしたかったんだけどね。僕も本気で雪さんに恋をしたよ。それは紛れもない事実だ。だから…… やっぱりこれだけは言わせて貰いたい。古代君、雪さんを悲しませたら、承知しないぞ!」

 「はい……」

 進は真面目な顔できっぱりと答えた。すると、諒は、すっと手を差し伸べた。進もその手をしっかりと握り締めた。固い握手だった。それが、雪を巡って争った二人の男の和解の握手であった。

 雪の目にも再び涙が光っていた。

Chapter 7 終了

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