絆−君の瞳に映る人は−

--- Chapter 8−終章− ---
                                 

 (1)

 諒たち3人が部屋から出てくると、藤堂長官と古代守参謀が来ていた。

 「おお、上条君、古代君、森君。今日の主役3人はどこへ行ったかと思ったよ」

 藤堂は、3人にそれぞれ握手を求め、労をねぎらった。

 「今日は、大変な目にあわせてしまったな。地球防衛軍長官としても、警備の不備をわびると共に、早急に解決してくれた君達に大いに感謝するよ」

 「しかし、進。お前は相変わらず、ムチャなことするもんだな。どう考えても、あそこでお互い通信もせずに、タイミングをあわそうなんて…… もし、雪や長官になにかあったらどうするつもりだったんだ」

 守は、釘を刺すつもりで、敢えて苦言を呈した。

 「すまない、兄さん。さっき、参謀長からもそう言ってしかられたよ。結果オーライじゃだめだって…… でも、あの時は……」

 進は、はにかみながら雪の顔をチラッと見てから言った。雪も困った笑顔を進に返した。

 「雪の声が本当に聞こえたんだ。信じてもらえないだろうけど……」

 「本当です…… わたしも、聞こえたんです!」

 二人が声をそろえて言うので、守も苦笑した。

 「わかったよ、進、雪。俺も長官も、お前達の言う事を信じてるよ。しかし、いつもそううまく行くとは思うなよ」

 「うむ。まあ、とにかく、外部への正式発表では、君達は超小型通信機を持っていたということにしてあるから。カンだけで突入を敢行したとなれば、いろいろとマスコミから追求される恐れがあるのでな。そのつもりでいてくれ」

 長官も笑いながら、そう言った。

 「はい、申し訳ありません、長官」

 進は、素直に謝った。確かに、他の人間から見れば、ムチャな行動と見られてもしかたないだろう。その事は、自分でもわかっていた。

 「それで、明日からなんだが、明日付けで古代と森は元の部署に戻ってもらうが、それで問題ないかね? 上条くん」

 長官は話を変えた。プロジェクトは完成している。もう、進たちがしなければならないことはないはずだった。

 「はい。防衛会議で、承認いただきましたので、後はこちらで、実際の配備について、各艦隊の入るドックと連絡をとって順次行いたいと、思っています。古代君、森君については、通常任務に戻っていただいて結構です。長官、本当に最適任者を派遣していただきありがとうございました」

 諒は、そう言って深々と頭を下げた。そして、進と雪の方を見て言った。

 「古代君、雪さん…… ご苦労様でした。この設備が配備されることで、あなた方が、万一の戦いの時に赴いた場合でも、必ず、あなた方の身を守るために役立つと思います」

 「こちらこそ、とてもいい勉強になりました。いつかまた、ご一緒に仕事をしたいと思っています」

 進も、真面目な顔で諒に礼を言った。諒は、もう一度雪の方を見て言った。

 「雪さん、ありがとう」

 雪は、諒が最後に言った『ありがとう』の言葉の中には、多くの言外の意味を含んでいるように思えた。雪は、諒を愛することはできなかったが、諒のすばらしさは十分にわかったつもりだった。

 「上条さん、こちらこそ、ありがとうございました。今まで知らなかった新しいことをたくさん勉強させていただいて、本当に感謝しています。上条さんは、本当にすばらしい方だと思っています。」

 雪にとって、今諒に言える最大限の誉め言葉だった。そして、心の中で思った。

 (諒ちゃん、古代君と出会う前にあなたと再会していたら……きっと、私あなたを愛したと思います。ごめんなさい、そして、ありがとう……)

 「では、私はこれで失礼します」

 諒は、そう言って、放射能研究所の仲間の方へ歩いて行った。

 (2)

 諒が行ってしまうと、長官は、次の仕事の指示をした。

 「それでは、古代は、11月7日に、第10パトロール艇で、太陽系内パトロールに出航してくれ。それまでは、3日間の休暇だ。雪は、明日から、私のところに戻ってきてもらうが、君も、少し休んでからのほうがいいだろう? 同じく、3日間の特別休暇ということで、いいかね」

 「はい……ありがとうございます」

 二人は声をそろえて、長官に礼を言った。

 「じゃあ、ゆっくり休んで、英気をやしなってくれたまえ」

 長官はそういうと、進たちから離れていった。守は、まだそこにいて、進たちに言った。

 「進、よかったな。雪とゆっくり楽しんでこいよ。旅行でも行ってきたらどうだ?ん?」

 守は進の顔を見てニヤッと笑った。進もその言葉に気恥ずかしさを隠せなかったが、兄には感謝の意を伝えた。

 「そうだね、兄さん。雪とのことでも心配かけてごめんよ。もう、大丈夫だから、もう、迷わないから……」

 「わかってるよ」

 守はそういうと、コツンと進の頭をたたいた。そして、雪に言った。

 「あいかわらず、困った弟だけど、よろしく頼むよ、雪。 だが、上条さんのこと、ちょっと惜しいと思わなかったか? 俺なら、この困った奴より、上条のほうが……」

 守の目は、いたずらっぽく笑っていた。雪も笑って答えた。

 「ええ、ちょっとだけ、そう思いました。うふふ……」

 「な、なんだってぇ!」 進は、目じりをあげて言った。

 「冗談よ。古代君」 雪は、進に甘えるような声でそう言った。

 「わからんぞ、進。よーく、気をつけるんだな。ははは……」

 守も、悪乗りして進に意地悪を言う。

 「兄さんもいじめるなよ!」

 進が怒ってみせたその時、進の携帯通信機が受信の合図を発した。

 (3)

 「はい、古代です」

 『あ、古代さんですか。相原です』 電話の主は相原だった。

 「ああ、どうした? 何かあったのか?」進は、一瞬緊張して言った。

 『いえいえ、そういうんじゃないんで……安心してください。 聞きましたよ。今日の古代さんと雪さんの活躍!!』

 「もう、知ってるのか? 早いなぁ。通信班長は…… そんなことでわざわざ電話してきたのか?」

 進は、相原の情報通に舌をまいた。いつも、相原は私生活でも情報収集が早かった。

 『いえいえ、そうじゃなくて。実は、これから、島さんや南部さん、太田さん達と落ち合って、南部さんのお父さんが所有している湘南の別荘へ行くんですよ。ちょうど、みんな明日休みがとれたもので、ゆっくり大騒ぎできると思いましてね。古代さんと雪さんも来ませんか? プロジェクト終わったから、休みなんでしょ? 明日』

 「えっ? 今からか?」

 『今からって、東京から、車で一時間もかからないですよ。まだ、5時じゃないですか。今、どこにいるんですか?』

 「まだ、防衛軍本部だよ」

 『じゃ、今から一旦家へ帰って、着替え取って来てくださいよ。泊まれますから、何人でも……』

 「ちょっと待ってくれ、雪に相談してみる」

 進は、電話口から一旦、口元を離すと、雪に今の相原からの提案を話した。

 「どうする?行くかい?」

 「ええ、行ってもいいわよ。なんだか、楽しそうだわ」

 雪は、うれしそうに言った。進は、雪と二人っきりになりたいというのが本音だったが、休暇は明日だけではないから、と今夜はみんなで楽しむことにした。今回の事では、ヤマトの仲間達も巻き込んで、ずいぶん心配させたから、ちゃんと礼をいわなければ、と進は思った。

 「よし、じゃあ、相原。行くよ」

 『分かりました、じゃあ、住所を転送しますから、それをカーナビにセットして来て下さい。僕ら先に行ってますから……』

 「あっ、ちょっと代わって」

 雪は、進から通信機を受け取った。

 「相原君、もちろん、私の部屋はちゃんと個室を用意してくれてるんでしょうねぇ?」

 『あっ! 雪さん、えっ? 個室ですか……大丈夫だって言え……はい、大丈夫です! 雪さんには、えっ? ああ…… あの、特別のスペシャルルームを用意してますから』

 なにか、後ろでごちゃごちゃと言っている人間がいるようで、相原の返事はしどろもどろだった。たぶん、南部たちが一緒にいるんだろう。
 
 「うふふ……わかったわ、じゃあ、あとでね。古代君、はい」

 雪は笑いながら、通信機を進に渡した。

 「じゃあ、古代さん、住所転送しますよ」

 しばらくして、行き先の住所が転送されてきた。

 「じゃあ、兄さん、そういうことだから、俺達は行くよ」

 「ああ、たっぷり楽しんでおいで」

 「うん」「はい」 二人は、うれしそうに会場を出ようとした。

 「あっ、そうだ。進、ちょっと」

 守が進だけを呼びとめた。雪は「外で待ってるわ」といって先に部屋を出る。

 「なんだい? 兄さん?」

 「お前、今夜こそは決めろよ!」

 守は雪が部屋を出たことを確認すると、進に耳打ちしてにやりと笑う。

 「な、何の話だよっ!」

 とぼけた返事をした進だったが、兄の守が言いたいことは解っていた。今まで何度も兄からせっつかれたり、こうしろああしろと言われつづけていたことだった。

 「そんなこと決まっているだろうがっ! 雪をちゃんと物にしろ! いいなっ!」

 焦る進に、守は今度は真剣な眼差しで迫る。その勢いに、進は後ずさりしそうになって言い訳した。

 「わ、わかってるけど……今夜はみんなと……」

 「どうだかな。まあいい、休暇は3日あるんだ。とにかく解ってるな!」

 守は、さっきの電話にちょっとした策略の予感を感じていた。ニヤリとした守が、もう一度活を入れると、今度は進もニコッと笑ってしっかりと答えた。

 「わかったよっ! お節介兄さん!! 行って来る!」

 (4)

 『うまくいったか?』

 『はい、オッケーです』

 『じゃあ、後は留守電にメッセージを入れて……』

 『ほんとにいいんですか? 後で古代さんからお目玉くらいませんかぁ? 南部さん』

 『大丈夫だって……絶対感謝されるって……』

 (5)

 二人は、急いでそれぞれの家によって、旅支度を整えた。進の仕度は早かったが、雪の仕度で進はすっかり待たされてしまった。

 「あー、やっと来た。何やってたんだ? 一年も家、空けるのかと思ったよ」

 「もう! 女の子には、いろいろ用意するものがあるのよ」

 (だって、この旅行で、もしかしたら古代君と初めての夜を過ごすのかもしれないんだもの……)

 「はいはい、そんなもんですかねっ」 進は、肩をすくめると、笑った。「じゃ、行くよ!」

 進は、相原が送ってきた住所をカーナビに登録すると、車を発進させた。目的地までの海辺のドライブは快適で、美しい夕日が海に沈んで行くところが見えた。

 「まぁ、夕日がきれい!」

 うれしそうに、そういう雪の顔に夕日があたり、きらきらと光る瞳に赤く映っていた。進はチラッと横を向き、雪のその姿を見た。

 「きれいだ……」

 進は、雪の横顔に、思わずそう言っていた。

 「えっ? なあに?」

 よく聞こえなかったのか、雪はくるっと進の方を向くと尋ねた。

 「なんでもないよ。あっ、そろそろこのあたりから曲がっていかなきゃね。」

 進は、恥ずかしくなって話をそらしてしまった。

 (6)

 日が沈み、薄暗くなりかけた頃、二人は目的の別荘地に到着した。海辺に沿って建てられた別荘の家並みは、まだできてから新しそうだった。相原の言っていた住所にあたる別荘は、その中でも一番海よりに建てられていた。おそらく、裏庭は浜辺につながっているのだろう。中は電気がついて、誰かがいるようだった。

 「素敵なおうち……」 雪はにっこりと笑った。

 「ここだ、雪。あいつら、もう来てるみたいだな」

 進はそう言うと、玄関のベルを鳴らした。ピンポーンという音にすぐ反応して人が出てきた。

 「いらっしゃいませ」

 そこに出てきたのは、相原でも南部でもなく、年はとっているが、とても愛想のよさそうな男性が一人立っていた。

 「?……」

 進は、一瞬家を間違えたかと思って尋ねた。

 「あの……? ここは、南部さんの借りてる別荘ではありませんか?」

 「はい、そうです。ここは南部重工様が、お客様用にいつも、お使いいただいております。あの、古代さんですね」

 「はい、そうですが……」

 「お待ちしておりました。南部様よりうかがっております。どうぞ、ごゆっくりお過ごしください。私達は、この別荘地の管理人で、古代さんがおいでになるのをお待ちしていたんです」

 何か思っていた様子と違うので、進と雪は顔を見合わせたが、間違いはないようなので、家の中に案内されて入っていった。

 「今日は、お着きになったばかりで、お疲れかと思いましたので、夕食はわたくしどもで用意してございます。後は、材料がなんでもそろっておりますので、ご自由に料理してお召し上がり下さい。奥様、それでよろしいでしょうか?」

 雪は、奥様と言われて頬を染めたが、特に否定はせず答えた。

 「え、ええ。わかりました」

 「3泊でご予約いただいておりますが、変更があればお知らせください」

 状況がわからない二人はただうなずくばかりだった。

 「それでは、なにかご不明の点がございましたら、この別荘地の入り口すぐの赤い屋根の家へおいでください。そこが私どもの家ですので」

 管理人はそう言うと、鍵を進に渡してその家から出ていった。

 (7)

 「変ねぇ…… あの人の話だとなんだか、私達だけしか来ないような言い方だったけど……」

 雪がそう言ったが、進にもさっぱり分からなかった。

 「とりあえず、相原に電話してみよう」

 進は、部屋の中に入っていった。入ってすぐが、広いリビングになっていて、ソファーやテーブルが置かれていた。その奥に、食卓らしきテーブルがあり、暖めれば食べられるようになった2人分の夕食が説明のメモと一緒に置いてあった。
 その向こうには、カウンターを挟んでキッチンになっていた。リビングから、らせん階段が2階へとつながっていた。階上には、主寝室と、客用の寝室がならんでいる。

 進が部屋を見まわして、電話を見つけて受話器をとろうとすると、その電話の留守電機能が作動していて、伝言ありで点滅していた。

 「留守電が入っているぞ」

 進の声に雪も電話の方へやってきて言った。

 「相原君達から、遅れるっていう連絡でもはいってるのかしら?」

 「うん、聞いてみよう」

 進は、再生ボタンを押した。

 −再生中の音声は、二重括弧で発言者の名前を文末に表記しています(作者注)−

 『えっと、今そこで聞いているってことは、着いたんですね? 古代さん、雪さん』(南部)

 「南部の声だ……」

 『あの、実はですね、俺達そっちへ行けなくなりました』(南部)

 『行けなくなったんじゃなくて、最初から行くつもりなかったんでしょ』(相原)

 『ま、そういうことだけど…… ははは』(南部)

 「なんだって? 南部のやつ……」 進はなんとなく状況がわかりかけてきた。

 『なんかいろいろあったようですが、今日のことでばっちり仲直りされたと思うんですが、ここで再度、よーく仲直りしてくださーい! 僕が上条さんをけしかけたばっかりに、なんか大変だったみたいで、反省してます。でも、古代さん! これで、雪さんの魅力がよくわかったでしょ!大事にしないとだめですよ!』(南部)

 「南部……言いたい事言いやがって」

 進は苦笑して言い、雪はくすくす笑っていた。

 『ということで、僕はムリヤリ南部さんに手伝わされたんです。今度ヤマト乗った時、パンツ一枚で艦内一周は、南部さんだけですよ! 島さんや太田さんも声掛けようと思ったんですけど、今、二人とも地球にいなかったんで……』(相原)

 『むりやりじゃないだろ、お前だって乗り気だったじゃないか…… あっ、でもご心配なく、この件は、相原通信士がヤマトの仲間に確実に連絡してくれるそうですから』(南部)

 「ばかやろう!」

 進は、電話に向かってどなった。雪はますます笑い出した。

 『じゃ、楽しんできてくださいね』(相原)

 『そうそう、雪さん、そこ海辺で、ベランダにでたら波が見えるくらい近いですから…… それに今日は良い天気ですから、星の方もオッケイですね! 後は、古代さんに頑張ってもらってくださいね!』(南部)

 雪は、その話を聞いて耳まで真っ赤にした。

 「もうっ! 南部くんったら…… いやだ、どうして知ってるの?」

 「この前島が言ってたな、海の見える部屋から満天の星が見えるところに連れて行ってやればいいって…… あっ……」

 さすがの進もやっと、なんのことを言っているのかに気づいたようで、二人とも互いの顔を見ると赤くなってしまった。

 『あとね、雪さん。古代さんの身分証明書のパスケースの中、一度チェックしてみた方が良いですよ』(南部)

 「あいつ、また、余計な事を……」

 進は、心臓がどきどきしているのが自分でもわかった。

 『なんですか?それ』(相原)

 『あのな……』(南部)

 その後、ブチッと音がして録音は終わっていた。

 「くそっ!あいつらに一杯食わされたよ」

 進は、フッと息を一つ吐くと言った。が、その顔は笑っていた。

 「素直に騙されましょ…… こんな素敵なおうちで休暇を楽しめるんですもの」

 「ああっ、そうだな。南部の奴、普段避けてる父親にまで頭下げてくれたんだな。今回のことは、南部にも、島にも、真田さんにも…… みんなに心配かけてしまったな」

 「だって古代君、すぐ顔にでるんだもの」

 雪は、くすくす笑いながらそう言った。

 「ちぇっ」 

 「そういえば、何なの? パスケースの中身って?」

 雪は、さっき南部が最後に言っていた言葉を思いだした。

 「えっ? いや大したものじゃないから、気にしなくていいって……」

 そう言って進はごまかそうとしたが、雪は当然承知しなかった。進は、しぶしぶパスケースを差し出した。その顔がなんとも恥ずかしそうで、雪は笑ってしまった。雪は、パスケースの身分証明書の裏から一枚の写真を見つけた。

 「あっ……古代君……」

 それは、雪と進が遊びに言った公園で撮った、記念写真だった。写真の中の雪はとても幸せそうに笑っていた。雪は、その写真を見て、進がいつでも、どこにいても自分のことを忘れていない事をはっきりと知った。

 「もう、いいだろ」

 進は恥ずかしそうに、またその写真をパスケースに戻した。

 「古代君……」

 雪はうれしくなって、進の胸に頭をことんと置いた。進は、そんな雪を両手で軽く抱きしめた。

 「雪……」

 雪が上を向くと、進はそっと雪にキスをした。雪はそのキスに答えるように、両手を進の首にかけて、強く抱きしめた。進の雪を抱く手にも力が入った。しばらくの間、二人はそうやって熱いキスと抱擁を繰り返した。

 『グー』 突然、進のお腹がなった。二人は手を離して、見詰め合って大笑いした。

 「まずは、腹ごしらえね…… お食事あたためるわ」

 雪は、くすくす笑いながら食卓の方へ向かった。

 (8)

 二人は食事を終えると、リビングに戻ってきた。夜もすっかりふけていた。

 「お風呂、入る?」 雪が、進に聞いた。

 「一緒に?」 進が冗談っぽく言った。

 「バカ……」 雪は、頬をそめて小さくそう言った。

 「あははは…… 残念だな。先に入っていいよ、俺は少しテレビ見てるから」

 「わかったわ…… 古代君、覗いちゃだめよ」

 雪はそう言うと、かばんから着替えをだして、風呂場へ行った。進は、しばらく見るでもなくテレビを見ていたが、雪があまりにも風呂からでてこないので、心配になって様子を見に行った。

 「雪? どうしたんだ? 大丈夫か?」

 返事がなかった。進は青くなって、急いで風呂のドアを開けると、雪がシャワーを止めて丁度出てきたところだった。シャワーの音で進の声が聞こえなかっただけのようだった。

 「きゃっ…… 古代君、覗いちゃだめっていったでしょ!」

 進は、慌てて風呂場からでてきたが、進の目には、雪の美しい裸体が目に焼き付いて離れなかった。雪がローブを羽織ってでてくると、困ったような顔で進をにらんで言った。

 「ん、もう、古代君たら…… 覗かないでって言ったのに……」

 「あっ、いやぁ……ごめん、ごめん、あんまり出てくるのが遅かったから、のぼせてしまったんじゃないかって、心配になって…… それに、そんなに時間かけて、どこ洗うところあるっていうんだよ」

 進は、必死になっていいわけした。

 「女の子はね、いろいろとあ・る・の!」

 雪は、ほてって紅潮した顔でそう言った。進の方はまた、さっきの雪の姿が頭に浮かんできて、あわてて雪から視線をそらした。

 「俺、風呂入るから……」 進は、雪の前から逃げ出した。

 「うふ、古代君ったら」
 
 (9)

 進が風呂から上がってくると、雪の姿が見えなかった。

 「雪? 雪?」 進が探していると、ベランダから声がした。

 「ここよ!ベランダよ!」

 雪は、ローブの上にカーディガンを羽織って、部屋から海辺のベランダに出ていた。進も上着を取って着ると、ベランダに出て行った。

 「雪、今ごろ外に出たら風邪引くよ。もう11月にもなれば、寒いんだから」

 ベランダで、雪は空を仰いでいた。天の川も見えるほど空は晴れ渡り、星々が輝いている。

 「ほら、とっても星がきれいよ。それに……見て! もうオリオン座が見えるのよ、ほら」

 冬の星座として有名なオリオン座だったが、もう、この時期になると姿を表していた。

 「イスカンダルに行った時、あのα星に願い事をしたことがあったわね」

 雪は、しみじみと見つめながらそう言った。α星では、その後大変な目にもあった。

 「うん、君は、こんなに近くだから、お願いを良く聞いてくれるとか、言ってたね」

 「ええ……」

 「あの時の願い事はかなえられたんだろ?」

 「ある人が私のことを好きになってくれるようにって……ね」

 「もちろん、俺のことだったんだよな、雪」

 「あら、どうだったかしら、あの頃は……」

 「えっ! 俺じゃなかったの? まさか……島か!?」

 「うふふふ……だれかしら。妬ける?」

 雪が意地悪く言うが、進は逆に慌てるのをやめてフッと笑った。

 「もう、妬かないよ。あんな思いをするのは、もうたくさんだ。もう君の心を疑ったりしない。それより、俺も願い事しようかな……」

 そういうと、進は真剣に星に向かって祈っていた。

 「よし!これで大丈夫」

 「何を祈ったの? あなたのことだから、宇宙の平和とか?」

 「いや、ちがうよ……」

 「教えて」

 「だめだめ、内緒だよ」

 「ん! もう! いじわる」

 そう言うと、雪はくるっと進に背を向けた。進は、そのしぐさがいじらしくて、後ろからそっと雪を抱きしめた。うなじのあたりに軽くキスをすると進は言った。

 「君といつまでも一緒にいられますように、って願ったんだよ。叶うだろうか?」

 「古代君…… もちろんよ。だって、私もそうお願いしたもの」

 二人は、微笑みあった。そして、進が雪をうながした。

 「もう寒いから、部屋に戻ろう」

 「ええ……」

 進は、雪の肩を抱いて導くように部屋に入った。

 (10)

 部屋に帰ると、進は自分と雪の羽織っていたものを取り、雪を抱きしめた。二人の目と目があった。そして、そっと目を閉じると、熱いキスを交わした。永遠にも思うほど長いキスのあと、進は雪を再び見つめた。

 「古代君……」

 雪は、進の首に抱きついて甘えるような声で言った。

 「2階へ行こう」

 二人は手をつないだまま、階段を上がって行った。
 2階には、大きなダブルベッドのある主寝室があった。その部屋の入り口で、進は部屋の明かりをつけた。寝室らしい間接照明がぼんやりと中のベッドを浮かび上がらせていた。

 進はそれを確認すると、雪を抱き上げ、そのままベッドまで運び、そっと寝かせた。
 そして隣に自分も横になると、雪の顔をやさしくなでた。無言のまましばらく見つめあっていたが、進がゆっくりと口を開いた。

 「雪……君が欲しい……」


(by めいしゃんさん)


 自分の告白と共に、体が熱くなっていくのを進は感じていた。すぐにでも強く抱きしめたい衝動を押さえながら、愛する人の反応を待った。

 「古代君……私も……」

 雪の頬が染まった。それを合図に、進は雪の瞳をじっと見つめた後、雪の首筋に唇をはわせた。雪の口からため息がもれる。

 「あ……」

 進の手はゆっくりと雪のローブのひもを解き、その中の暖かい素肌をなぞった。

 「暖かい……」

 進は、手に雪のぬくもりを感じていた。今まで、間接的にふれていたぬくもりとは違う暑いほどの感覚が、進の胸をときめかせた。触れる手が震えそうになるのを押さえながら、ゆっくりと肌をなぞっていく。

 進の手が動くにつれて、雪の体がぴくんと動き、声が少しずつ大きくなっていく。
 雪のローブが肩からはずされると、雪の形の良い胸があらわになった。進はその美しさに息を飲んだ。

 「きれいだ……雪」

 そして、その胸の上で唇を遊ばせ、手で丸い柔らかなマシュマロのような膨らみを包んだ。
 しばらくそうしてから、進が顔を上げて雪を見た。雪は進の顔を見るのが恥ずかしくてそっと目を閉じた。

 さらに、進の唇が少しずつ、下へ下へと降りて行き、雪を覆っていた最後の小さな布のところまで到達した。

 その周囲を手で唇で触れると、雪の微かな声が震える。

 進は、その小さな布を雪から取り去ると、自分も生まれたままの姿になった。
 進の体が再び雪の上におおいかぶさると、雪は閉じていた目をあけて彼の姿を見つめた。進の鍛えられた体は、たくましく、大きかった。その胸に埋もれ、強く抱きしめられ、熱くなりたい…… 雪は切にそう願った。

 進はまた、雪をいつくしむように、丁寧な愛撫を続けた。雪の体は、その愛撫に敏感に反応し、体をそらせる。雪は進を、進は雪を望んでいた。

 「古代君……あなた……」

 雪の声が切なげに聞こえてくる。進は雪が愛しくて、たまらなくなった。

 「雪……愛してるよ」

 「あ……あなた……愛してる……わ」

 進と雪はお互いを求め、そして一つになった。

 その瞬間、雪の体に電気が走った。痛み……だけでない何かが……雪の中を巡った。今、進と一つになれたという一体感が、雪を幸せの空間にいざなった。熱いものが体の中で沸いてきて、自分でもどうしていいのかわからなくなった。雪は夢の中で浮かんでいるような気がしていた。

 「雪……雪……」

 進は、雪に負担をかけないようにゆっくりと体を動かす。雪からはその動きにあわせてため息混じりの声が漏れる。
 進はさらに雪をぐっと抱きしめると、最上の時を迎えた。進も雪も互いの姿以外のものが何も見えなかった。

 窓からは、満天に輝く星から届く、かすかな光がふたりにそそがれていた。

 (11)
 高揚の時がすぎ、その余韻にひたりながら、二人はもう一度唇をあわせた。

 「雪、大丈夫かい?」

 「ええ…… とても、素敵……」

 雪は、まだ紅潮している頬を、進の胸にすりよせた。進は、雪をもう一度抱き寄せて髪をなぜた。

 「もう、私を離さないでね」

 雪は、進の胸に手を置いて、そう言った。

 「雪……」

 「私、あなたが好き、あなたのいつも一生懸命な姿が大好きなの。そんな古代進が好きなの。私の幸せはあなたと共に生きること…… あなたが戦いの場に行くのなら、私も行くわ。それは、全然不幸なことじゃない。あなたについていける私が幸せ……」

 「雪…… 僕は君の事を見間違えてたんだ。君がとても強い人だってことを忘れてた。僕はいつも君に助けられているのに……
 僕は明日をも知れない戦場に出ていってしまう。そんな僕は、君を幸せにしてあげられないんじゃないかって、今までずっと心配に思っていた。
 でも、違うんだ。君もそこでは僕の同志だ。君も僕と一緒に生きてるんだ。それが、僕の幸せなんだって、そう思うようになったよ」

 「古代君…… 地球のために自分の命も顧みないで、とんでもないところに飛びこんでしまうあなただから好きなの。そこで、私のことが気になって尻込みするようだったら、私がお尻をたたいてあげるわ……
 だいたい、こんなムチャな人を他に誰が面倒みるっていうの。うふふ」

 雪がいたずらっぽく笑った。

 「なんか、とんでもない女(ひと)に惚れちゃったみたいだな」 進も笑った。

 「でも、約束して。一人で私のいないところへ行ってしまわないで。必ず帰ってくると…… 私もどんなところにいても、どんな事が起きても、必ずあなたの顔を見るまであきらめない…… あなたを見つけ出すまで」

 雪は、今度は真顔になって、進に訴えた。

 「雪…… わかったよ。必ず約束する。どんなことがあっても、君といるよ。君のところに帰ってくるよ。最後まで一緒に生きよう」

 「古代君……」

 「雪……」

 二人は、再び強く抱きしめあった。互いの体温の温かさを自分の体に感じながら……お互いの命が今まさに燃えている事を確認するように。

 その夜遅く、雪はふと目を覚まして、隣の進の寝顔を見つめていた。ぐっすりと眠る進は、満足げな笑みを浮かべているように見える。
 雪は、今まで見た進の寝顔とは違う事に大きな喜びを感じた。雪が今まで見た進の寝顔は、苦痛にゆがむ姿だった。白色彗星との戦いの途中、傷を負い、手術後の麻酔が効いている時の進の眠り顔…… それは、雪にとって今思い出しても涙が出る姿だった。

 (あの時の古代君の寝顔が今も忘れられない…… でも、今日のこの寝顔……私は一生忘れないわ。古代君……愛してるわ)

 雪は、進と初めて結ばれた今日という日の幸せを強く強く感じていた。
あ な た−初めての夜−

古代君…… ぐっすり寝ちゃったの?

とても安らかな寝顔ね……

幸せよ、わたし……

今夜のことは一生忘れない……

窓から見える夜空に輝く星々と、微かに聞こえる静かな波の音が

わたしたちの幸せを包んでくれる


生まれたままの姿で初めて見つめあったわたしたち……

あなたの唇が、手が、胸が…… わたしの肌に触れた

あなたの手がわたしの胸を包んだとき、わたしの心臓は大きく高鳴った

あなたの唇がわたしの首筋をなぜたとき、わたしの体はしなった……

あなたの胸がわたしの上に覆い被さったとき……わたしはとけた……


わたしの唇も、手も、あなたの胸をなぞった……

わたしの唇があなたの胸にキスしたとき、あなたの心臓のドキドキが聞こえた

わたしの手があなたの顔をなぜたとき、あなたは素敵な笑顔をくれた

わたしの……愛しいあなた……


あなたの穏やかな寝顔、生まれて初めて見たわ

あの戦いの日々で、わたしが見たのは……

傷ついて苦痛に歪むあなたの寝顔

地球を想い、ヤマトを想い、苦悩するあなたの姿

でも……今日のあなたの寝顔は微笑んでる、なごんでる……

今日のあなたは、幸せの夢を見れるわね?

だって、そんな柔らかな寝顔なんですもの


古代君……

いとしくなって、そっと、彼の胸の上に手を置いて体を預けた

あっ……?

彼の腕が動いて、わたしを抱きしめた

起きてたの? 眠ってたんじゃなかったの?

あなたを見つめるわたしに気付いてたのね……

わたしの頬が熱くなる


眠ってたよ…… 今の今まで……

夢を見てた

雪が微笑んでいた

何もまとわない姿で、僕だけを見つめて……

でも、それは夢だけじゃなかったね

ここに君がいる……

何もまとわぬ姿で…… 僕の大切な素敵な人が……

雪、愛してる……

心地いいね、肌のぬくもりが…… 雪の心が……

 (12)

 それから数日後、南部は諒に呼び出されて、いつか一緒に飲んだバーに来ていた。

 「今日は呼び出してすまなかったね、南部君」

 諒は、そう切り出した。

 「いえ、もう一度一緒に飲んでみたかったから、よかったですよ」

 「ここ数日、忙しさで紛らわしていたんだけど、今夜はなぜか暇になってね。そしたら、一人でいるのが無性にさみしくなってしまって…… 今の僕の気持ちをいちいち説明しなくてもわかってもらえる人といったら、君の顔が浮かんだんだ」

 「本当にすみません。僕が余計な事を言ったために、上条さんを苦しめたんですね」

 南部が頭を下げて謝った。

 「苦しめるなんて、そんなことはないよ。僕は、雪ちゃんを好きになったことは、後悔していない。今でも素敵な人だと思っている。そして、幸せであって欲しいと…… あれからどうしたんだろう、あの二人」

 「えっ? ああ、昨日から古代さんは宇宙へでましたよ。雪さんは、長官の秘書の仕事に復帰したし……」

 「そうじゃなくて…… あ、いや……いいんだ」

 「あっ、あの日の後ですか? あははは……実は……」

 南部は、自分たちのいたずらを話した。

 「おととい、二人で、休暇の帰りだって言って、僕のところに来ましたよ。雪さんはまるで新妻のように幸せそうでした。古代さんは、ちょっと怒って見せてましたけど、やっぱりうれしそうだったし、土産まで買ってきてくれましたから」

 「そうか…… 雪ちゃん、幸せそうだったのか…… あんまり聞きたくない話だが……でもよかった」

 諒の目が微かに細められた。

 「上条さん、これで古代さん少しは変わるでしょうか? これを機に結婚すると思いますか? あの二人」

 「どうかな? 変わらないかもしれないな、彼は、きっと。雪ちゃんもそれを望んでない。古代君は、まだまだ重い重圧を背負って生きなければならないだろう。辛いかもしれないが、それが、彼が選んだ道なんだ。 その道を雪ちゃんも一緒に歩いていくさ。それが、二人の幸せなんだ。
 そして、いつか、もうヤマトが出て行く必要がなくなったと彼らが思った時、二人の平安な時間が始まるのかもしれない……
 君も同じだろ。ヤマトが立つときは、彼らと一緒に行くんだろう?」

 「そうですね…… 僕らヤマトクルーはいつも同志です。いつか本当の平和が来たと確信するまで……」

 「近い将来だと良いね、その時が」

 「はい。さっ、飲みましょう。今日は、僕がおごりますよ!」




 宇宙の彼方では、また、青き地球を狙う暗黒星団帝国の刃が砥がれ始めていた。つかの間の幸せを楽しんだ恋人達が、また新たなる試練にさらされる日は、もう遠くない。

 けれども、愛を確かめあった二人にとって、その別離も、その後のどんな苦労も、二人で克服して行くことができるはずである。二人の絆が固く結ばれている限り。

Chapter 8 −終章− 終了

『絆−君の瞳に映る人は−』

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(イラスト:Studio Blue Moon)