想ひ人(宇宙戦艦ヤマトIII 第17,18話より)
雪は、デスラーズパレスの展望室から、ガルマンガミラスの伴星、スターシア星を見つめていた。そして、早くまた進とのあの甘い生活に戻れることを祈っていた。
(工作船団が地球に向かって旅立っていった。成功すれば、この旅は終わる。そうしたら……)
「雪、スターシア星が気に入ったかね」
カツカツと威厳のある歩き方、そしてその深い声は、デスラーだった。
「デスラー総統……」
「古代はどうしたんだね?」
「部屋で休んでいると思いますわ。何かご用でしょうか?」
デスラーの計らいで、進と雪は、今日はデスラーズパレスのゲストルームに宿泊する事になっていた。
「いや…… ゆっくり休んでいてくれたまえ。特に用があるわけではないのだ。古代と一緒におらぬのか? ヤマトの中ではなかなかゆっくりも出来まいと思って招待したのだがね。そう言えば、部屋は別にしつらえて欲しいと言われたとタランが言っておったが……」
「ただの艦長と生活班長ですから……」 雪はちょっと淋しそうな笑顔を見せた。
「ふふん…… 君たちはまだ結婚しておらんのだね…… もう結婚しているものとばかり思っていたよ。それとも二人とも自由を愛するほうなのか……」
「…………」 雪が淋しげな笑顔で首を振るのを見て、デスラーは何かを感じたようだった。
「古代の頭の中は地球のことで一杯だというわけか…… あの男はまだ女の愛し方を知らぬと見える、ふふふ。雪、君の気持ちをわかってないのだろう?」
「デスラー総統……」
「私も、人のことは言えぬな…… スターシアを素直に愛せなかった。もう、十年以上も前の話になるが……」
デスラーは、遠い昔を思い出すように、スターシア星を眺めながら話しだした。その目は遠くを見るように宇宙の彼方を見つめていた。
「スターシアが生まれた頃はまだ、ガミラスとイスカンダルの関係は良好だった。イスカンダルの王家に娘が生まれたと聞いた私は祝いに行き、その時初めてスターシアに会った。会ったといっても、まだ赤子であったが、美しい赤子だったことを覚えている。イスカンダル人は5年もすれば立派に成人する。この子もすぐに美しい女王になるだろうとそう思ったものだ。
その後、妹のサーシャが生まれて間もなく、父王と母后を亡くし、スターシアはイスカンダルの女王になった。その頃のスターシアは、まだ幼さが残っていたが美しい女王だったよ」
デスラーはそこまで話すと、一旦言葉を止め、軽くため息をついた。その横顔は憂いを秘めていた。
スターシアが女王になってしばらくして、両星の間に影が差し始めた。デスラーは、ガミラスの総統として手腕を発揮し始めたばかりだった。ガミラス星の寿命がもう長くないことが国民の間で騒ぎが広がってきたのもちょうどその頃だった。
両星とも星の寿命の週末に近づきつつある証拠に、地殻変動が頻繁に起こり、多くの人々が犠牲になった。そのため、ガミラス人もイスカンダル人もその人口を減らしつつあった。だが、ガミラスは、他星の侵略を行うため多くの人材を求めていた。
「そんな折に、イスカンダルをガミラスの属国とする案が議会でもちあがった。私とスターシアの政略結婚の話がでたのだ。その頃の私には結婚などは、どうでもよいことだった。一度、異星の女性を妻にして子も儲けたが、つながりは耐えて久しかった。結婚に何の期待も興味もなかった。
しかし、この結婚が我がガミラスの隆盛に役に立つのならそれもいいと思った。美しい妻を飾っておくのも悪い気はしなかったしな。もちろん、スターシアが断わるなどとは思ってもいなかったよ。イスカンダルはあのままでは必ず一人残らず死滅してしまうことはわかっていた。我がガミラスの支援を必要としていたはずだった。
だが…… スターシアはみごとに断わってきた。愛のない結婚はできません……そう言ってね。私は笑ったよ。愛だと! そんなものはただのまやかしに過ぎない。あの頃の私はそう思っていた。
その後、移住先を地球と決めた我がガミラスが取った行動のことは君達の知ってのとおりだ。スターシアは憤慨して、何度も抗議してきたものだ。以来、私とスターシアの間はどんどん冷たい関係に陥っていった。
しかし、あの時、私が真剣にスターシアのことを考えていたら…… スターシアの言葉に耳を傾ける気持ちが少しでもあったら…… 愛する、ということを知っていたら…… 私達の未来が、いや、ガミラスとイスカンダルの未来も変わっていたに違いないと…… 今でもそう思うことがあるのだよ。雪……
本当はあの頃からスターシアを愛していたのだと、今になって気がついたのだ。遅すぎたのだ、何もかも……」
スターシア星を見るデスラーの顔が曇り、眉をしかめて険しくなった。そして自嘲気味の笑みをもらした。
「……ふふふ…… このような話をしたのははじめてだよ。雪…… 君なら何でも笑って受け止めてくれるような、そんな気がしたのだ。スターシアも生きていればそんな風に聞いてくれただろうかと……」
「デスラー総統……」
「だが、何を言ってももう始まらないのだよ、雪……」
雪は、あきらめたような淋しげな姿にデスラーの孤独を感じた。ガルマンガミラスと言う大帝国を統べる総統は、誰にも弱音を吐くことが出来ない孤独な存在だった。
「でも、人は生きていますわ。間違いに気付いたら、その時からまた新しく歩き出せばいいじゃありませんか?」
「雪……? 新しく……か…… まだ、スターシアや君のような女性がこの宇宙のどこかにいるのだろうか?」
デスラーはその言葉にはっとして顔を上げ、雪の顔をじっと見返した。
「ええ、きっと…… 総統を心から愛してくれる誰かが……きっと……」
「ふむ…… そうであろうか…… ふふふ、そう考えると少しは楽しくなるな」
デスラーが遠くスターシア星を見つめる。そしてまた、雪の方を見て口元を緩め、冗談とも本気ともつかぬことを言い放つ。
「それとも、雪、あの朴念仁の古代など見捨ててこのガルマンガミラスで暮らさぬか?」
「デスラー総統、ご冗談が過ぎますわ!」
とんでもない提案に、雪は顔を微かに染め、デスラーに軽く抗議した。
「ふっはっはっは…… 冗談にしてしまわれたか、このデスラーの申し出を。そうであろうな、古代と雪の間には誰も割り込めぬわなぁ、ふははは……」
簡単にあしらわれてしまったことが逆に面白かったのかデスラーは声を出して笑った。
「まあ…… うふふふ…… 朴念仁にもいいところがありますもの……」
雪も微笑む。
「どちらにせよ、今しばらくの辛抱だよ、雪。フラウスキーが我々の科学力を証明してくれるはずだ」
「はい……」
雪が頷いて答えたその時、後ろから足音がした。雪がすぐに振り返る。最も愛しい人の足音だ。
「古代君!」
「雪? そこにいたのか? 部屋にいないと思ったら…… デスラーも……?」
デスラーがさっきの話を思い出して、少し意地悪そうに進を見た。
「雪が寂しそうに星など眺めていたので、話し相手をしていたのだ」
「…………」
デスラーの笑みの意味をなんとなく感じとった進だが、返す言葉が出ないまま、じっとデスラーをにらんだ。その進の顔つきにデスラーは苦笑した。
「さて、私は先に休ませてもらうよ。まあ、ゆっくりくつろいでくれたまえ。何か不都合があればいつでも言ってくれたまえ。では、おやすみ…… 雪、古代」
「おやすみなさい、デスラー総統」
「おやすみ、デスラー」
雪の隣から離れ、進の横に来た時、デスラーは進に囁いた。
「女にはたまにで良いから、やさしい言葉をかけてやるものだ。さもないと……」
進がその囁きにデスラーの顔を見ると、デスラーは口元を少しだけ緩めてそのまま出ていった。
二人きりになるとまた、進と雪は振り返ってスターシア星を黙って見た。進が何も言わないので、雪が尋ねた。
「古代君? 何か用だったの?」
「いや…… 工作船団のことが気になって寝つけなかったから…… ちょっと部屋を出たんだ……」
「でも…… 私の部屋に来たんでしょう?」
雪に突っ込まれて進は言葉に詰まってしまった。艦長と生活班長だと言っても、ヤマトの中でもこのガルマンガミラスでも進と雪はいつもカップリングして見られてしまう。デスラーも必ず二人を一緒に招待する。
進の自分を抑制する気持ちをみんなして壊そうとしているかのようだった。その雰囲気と工作船が成功すればと言う期待感が、進に雪への思慕を一層強くさせてしまうのだ。別にしつらえてもらった部屋だったが、部屋から出ると自然と雪の部屋に向かって足が動いてしまった。
「いや…… それは…… 君が起きてたら少し話でもしようかと思って…… それより、デスラーと何を話してたんだい?」
自分の気持ちをこれ以上悟られないように進は話を変えた。
「うふふ…… デスラー総統の昔の思い出話を……スターシアさんのことを……」
「スターシアか…… あの星にその名をつけたくらいだから、本当に愛していたんだな、デスラーも」
「ええ、後悔しているみたい。もっと早く自分の気持ちに気付いていたらって……」
「そうか…… デスラーも人間らしい気持ちを取り戻してくれてうれしいよ」
もしデスラーが最初からスターシアへの想いを素直にしていたら、地球も進たち家族の人生も全て変わっていたことだろう。しかし、今それを思ってもせんないことだった。
「でも、まだこれから新しい出会いもあるわよって励ましてあげたの……うふふ」
「そうか…… なんだい? その笑いは……」
「ううん、いいの……」
デスラーの冗談とも言える提案を思い出して雪は笑ってしまった。進に話したらなんて言うだろう、今の彼には刺激になるかしら?…… ちょっと試して見たい気もした雪だった。
雪の態度にちょっと小首をかしげた進だったが、それ以上は詮索しなかった。
「真田さんたちが無事に太陽の制御に成功してくれるといいな。いや、きっと成功してくれるよな」
「古代君……」
「そうしたら、僕達は地球に帰れる。あの地球に……」
「そうね…… きっと……きっと帰れるわ、あの地球に……」
『きっと帰れる、あの地球に……』二人でその言葉を繰り返しながら、互いの顔を見た。進の手が雪の肩に伸び、軽く抱き寄せた。進の手は震えていた。震えるほど力を入れないと、雪を強く強く抱きしめて離せそうにない。
「愛してる、雪……」
「え? なに?」
だが、聞きなおした雪の声が聞こえなかったかのように、進は雪を抱く手を離した。
「さぁもう遅いし、部屋に戻って寝ないと……」
「古代君…… いまなんて?」
進は何も答えずにそう言うと、きびすを返して、雪を置いたまま展望室を後にした。
雪はこみ上げてくるものを押さえながら、その背を見つめていた。進の姿が見えなくなると、もう一度振り返ってスターシア星を見た。
(今、古代君、愛してるって言ってくれたような気がしたけれど…… まさか……ね? 空耳だったのかしら……)
雪をやさしく包むように、スターシア星は蒼く静かに穏やかな光を放っていた。
数日後、ガルマンガミラスの送った工作船は不幸にも失敗に終わり、進と雪たちヤマトの旅はまた再びあてもなく始まった。
−おわり−