めざせ優勝!ヤマト艦内オリエンテーリング大会(宇宙戦艦ヤマトより)
イスカンダルからの帰り、戦闘もなく、気分が停滞気味のヤマト艦内の気分リフレッシュのために雪が考えたのが、『艦内オリエンテーリング大会』、優勝賞品はなんと雪のキッス?!。ヤマト艦内のある一日のイベントを軽いタッチで書きました。
(1)
ヤマトがイスカンダルから地球へ向けて発進してから、2ヶ月がたっていた。宿敵ガミラスを葬ったヤマトには戦う敵もなく、毎日続くワープの連続以外はあまりにも平穏な時間ばかり過ぎていた。
特に、戦闘班などは、日々の訓練や、たまにアステロイドベルトを見つけて、射撃およびブラックタイガー隊の実戦訓練を行ってはいたが、いかにも単調な日々にあきあきしていた。
また、地球へ帰りついても、間に合わないかもしれないという、不安が誰の胸にもあり、艦内は停滞した空気が流れつつあった。艦長代理の古代進の耳にも、ちょっとした小競り合いや揉め事の報告が増えていた。
そんなある日、進は自室で業務の航海日誌の記入をしていた。進にとってはあまり好きな作業ではなかったが、艦長代理としての大事な任務の一つであった。
コンコンと言うノックの音が聞こえた。
「古代君……」 雪の声だった。
「はい、あいてるよ。どうぞ」 進は、机に向かったまま答えた。
「少し相談したい事があるんだけど、今いいかしら?」
雪は、少し困ったような顔をして言った。
「ああ、いいよ。航海日誌をつけてただけだから。たいして書くこともないんだ。今日も異常なしってね…… ほんとに退屈するよなぁ。あっ、俺がこんなこと言ったらだめだな。ははは」
進は、雪しかいないので、思わず本音が出てしまった。進は雪が好きだった。イスカンダルで出発する時、兄の守がスターシアの元に残った。そのとき、雪と二人で見送った後、進は自分ももう少しで雪に告白しそうだった。しかし、地球に戻ってからと、その言葉を飲みこんだ。
帰りの航海は順調で、雪とたまに展望台へ行ったり、食堂で一緒になったりと、進には楽しい日々が続いていた。雪も進と話をするのが楽しそうだったので、進はちょっといい気分だった。もしかしたら、雪も自分を思ってくれているかもしれない。そんな期待も少し沸いてきていた。
「うふふふ……艦長代理がそうなんだから、他の人がだらけてしまってもしかたがないわね。実は、そのことで相談があったの」
「なんだ? 生活班でももめごとがあったのか?」
進は、心配そうにそう答えた。
「ううん、ちがうわ。今のところそれはないけど…… それも時間の問題かもしれないわ」
「うーん、やっぱりそうか…… なんか、こうぱぁっと大騒ぎでもできればいいんだがな」
進は、ここにきて、みんなの気持ちが中だるみしているのが気になっていたのだった。
「ええ、それでね、私考えたんだけど、ヤマト艦内大オリエンテーリング大会なんてどうかしら?」
「おりえんてーりんぐ?」
「ええ、緊急要員以外のクルーを集めて、最初に食堂に集まってもらうの。それから、行き先と指示を書いたメモをそれぞれに選んでもらって、その指示通りに艦内の各部署で作業をしてもらう。それが終われば、そこで次の指示をもらう。最後に、食堂に早く戻ってきた人が勝ちって感じかしら」
雪は、熱心にその内容を説明した。
「うんうん……いいかもな」 その説明に進も乗り気になった。
「それもね、作業は、掃除や片付けが中心で…… 近々艦内の大掃除をしたいって思ってたのよ。だから、、ふふふ……一石二鳥でしょ。最初っから大掃除っていったら、みんな『エーっ』って顔するから……」
雪の『これでどう!』とでもいうような得意げな顔に、進は思わず大笑いした。
「あっははは……考えてるなぁ、雪も」
「ねえ、どーお?」
「いいんじゃないかなぁ。沖田艦長はなんて?」
進は、艦長代理として指揮をとってはいるものの、やはり艦長の意志は確認したかった。現在、沖田艦長は、宇宙放射線病が思わしくなく、ほとんど艦長室からでてくることはなかった。
「ヤマトは古代君にまかせてるから、古代君に了承してもらえばいいって」
「そうか、うん、じゃさっそく、それやってみてくれ。もう、ほんとに変わったことないかって、そんな事ばかり考えてるんだ。俺も……」
進は、ちょっとしたイベントでもわくわくした気分になった。
「じゃあ。古代君も参加してね!」
雪はうれしそうに、そう言った。
「ああ、もちろん。だけど、競い合うとしたらなんか、景品みたいなのは、いらないのかい? といっても、ヤマトの中じゃ限られてるけどなぁ」
「ええ、それも少し考えて見たのよ。たとえば、食堂で好きなお料理を食べ放題とか……」
「それ、太田向きだな。あははは……」
雪も一緒に笑って、さらに追加した。
「ヤマト農園で取れる花束とかね。あと、これはどう?私の手料理をごちそうするとか」
手料理と聞いて、進はびっくりした。雪の入れたコーヒーが、どうしてこんなに美味しくないのかと思うほどまずかったと、島が笑いながら言っていたのを、聞いたことがあった。コーヒーもいれられない雪が手料理と言ったので、進はびっくりしたのだった。
「えっ!! 雪、料理作れるの?」
「た、たぶんね……」
雪の返事が少し怪しかった。調子に乗っていったものの、あまり自信がないようだった。
「ふーん、まあ、ブービーの景品に胃薬付きってことでなら、いいんじゃない?」
進は、おかしそうに、意地悪を言った。
「まぁ!! 失礼ね!!」 雪は、ムッとしてツンとそっぽを向いた。
「あっははは…… ま、とにかく、大至急スケジュールを作って、案内を出して見てくれ。頼んだよ」
「ええ! ありがとう、古代君」
雪は、そう言うと、あっという間に走り出て行った。
(あいかわらず、忙しそうだな。帰りの航海では雪が一番忙しいんじゃないだろうか)
戦闘がなくなっても、艦内の生活は毎日続く。それをサポートする生活班は休みがない。その上、戦闘がない分、暇になったクルーが、いろんな施設を利用したり、道具を借りに来たりしているだろう。食べ物にも注文が多いらしい。そんな雑多な要望をまとめているのが生活班であり、そのチーフである雪だった。
(雪……ありがとう。本当に君には頭が下がるよ。いつも、艦内を明るくしてくれるのは君のおかげだな)
進は、雪の働きに感謝するとともに、雪への自分の思いもさらにつのらせていた。
(2)
翌日、食堂の掲示板に、さっそく案内が張られた。
『めざせ優勝!ヤマト艦内オリエンテーリング大会』 来る7月20日、ヤマト艦内オリエンテーリング大会を行います。 参加は簡単! 食堂から出発して、それぞれのメモによる指示の通り の作業をクリアして最後に食堂に戻ってくれば終了です。 優勝者には、豪華景品を検討中!! みなさん、ふるって参加ください!! 集合時間:7月20日午後1:00 (注)緊急要員は、持ち場を離れないでください。もし、参加希望で、緊 急要員の変更を希望する場合は、各班長と相談してください。 主催:生活班(班長 森雪) |
「へぇぇ…… 艦内オリエンテーリング大会だって」
「面白そうじゃないか。優勝者には豪華景品だって……」
食堂に来た面々は、それぞれに暇を持ち余していたので、すぐにこの企画に乗ってきた。第一艦橋のメンバーもまた同じだった。
その頃、第一艦橋には、雪を除くほぼ全員がそろっていた。
「おい、太田。見たか? あの艦内オリエンテーリングの案内」
島が、面白そうに太田に声をかけた。
「ええ、見ましたよ! おもしろそうですね。豪華景品ってなんでしょうねぇ? やっぱり、食堂の食べ放題券とか……」
「あははは、太田はいつもそんなことばっかり考えてるんだ」
相原が、食いしん坊の太田の発言で笑った。
「とにかく、他に楽しみなんかないんだから、しかたないだろ!」
太田は、笑いながら言った。
「それもそうだよな。よし! 俺も一丁出場して優勝を狙うかな?」
南部もはりきってそう言った。進は、明るい話題の出る艦内のようすをうれしそうに見ていた。
「古代さんは、でないんですか?」 相原が進むに尋ねた。
「でるよ! もちろん! 豪華景品だからな」
「でも、そしたら、第一艦橋の留守番は誰がするんです?」
「あっ…… そうか」そう言ってあたりを見まわすと、徳川が言った。
「わしゃ、出んが、機関室で当直を代わってやったからここにはおれんぞ」
徳川機関長は、もうすでに機関室から当番を頼まれていたのだった。
「機関室の連中、やる気ですねぇ、ははは」 南部が笑った。
進は、自分が艦長代理という立場上、残るしかないか、と思った時、真田が言った。
「わたしがここに残るよ。今、ちょっと新しい防御装置を考案中なんだよ。まだ、具体的になっていなくて、机上の仕事だから、ここでもできるさ」
「いいんですか? 真田さん」 進が聞いたが、真田はあっさりと答えた。
「私は気晴らしがいるほと退屈してないから大丈夫だよ、古代」
確かに、真田は常に研究に研究を繰り返していた。イスカンダルから持ち帰ったコスモクリーナーDも順調に組み立てが進んでいるようだし、特に新しい敵が出現したわけでもないのに、常に新しい武器、防御策を練っているようだった。今、真田が考案し始めたのは、冥王星基地の反射衛星砲の反射盤の仕組みをヤマトに応用しようとするものだった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。よし!! お前達には負けないからな!」
進も、そう宣言して、当日の大会を楽しみにした。
(3)
7月20日の当日がやってきた。食堂には、思ったとおり、大勢の乗組員が集まった。さっそく、雪が正面に立って一歩高い壇上に上って、説明を始めた。進も、艦の責任者として雪の隣で立っていた。
「みなさん、今日は大勢お集まりいただいて、本当にありがとうございます。これより、ヤマト艦内オリエンテーリング大会を開催させていただきます。
さっそくですが、ルールについて説明します。まず、みなさんには、このテーブルの箱に入っているカードを1人1つずつ取っていただきます。その中には、艦内の各場所に行って、行っていただきたい作業が書かれています。ただし、その場所については、簡単な説明とマークしか書いていませんので、それがどこであるかは、ご自分で考えて探してみてください。
そして、正しい場所で正しい作業が終わると、作業場所に待機している担当者が、そのカードにOKの印を押して、さらに、新しい場所を示すカードをお渡しします。
みなさんそれぞれが3箇所ずつまわり終ったら、あとは、食堂に戻ってきてください。そこがゴールです。
早く着いた人から、5名までが、最終優勝のチャンスがあたえられます。最後に、5枚のカードから当たりのカードを選んだ方が優勝としたいと思います。
他にも、10着、20着、30着、40着、50着の方に、区切り賞を、ブービーの方にはブービー賞を考えています」
雪がここまでを一気に説明した。聞いている乗組員達は、それぞれわくわくしながら聞いていた。そこで、誰かが声をかけた。
「森さん! ところで、優勝賞品はなんですか?」
その言葉に雪はにっこりとして答えた。
「実は、その優勝賞品なんですが、まだ、ちょっと考え中なんです。可能な限りみなさんの希望をとりたいと思っているのですが、何がいいですか?」
「食堂で、一日食べ放題の食券!」 太田が言った。
「わっははは…… いいなぁ・・それも!」 大勢が笑った。
「なんなら、私の手作り料理でもいいのよ!」 雪がそう言うと、どっと笑いがとんだ。
雪の事は、艦内では何につけてもいつも話題になっている。雪が料理は下手そうだという噂もまことしやかに広がっていた。
「それ、ブービー賞の間違いじゃないのか?」
島がちゃちゃを入れた。進は、同じことを言っていると思って、プッと吹き出してしまった。
「ああ、胃薬付きで、ブービー賞の賞品だそうだ」 進が付け加えた。
「もう!二人とも!!いいです。それなら、私は作りませんから!」
雪は、語気を荒げてそう言った。すると、そこでアナライザーが言った。
「僕ハ 食事ハ食ベラレマセン。 ソレヨリモ、愛スル雪サンノキッスガイイデス!」
「なにぃー!!」
進は思わず怒鳴ったが、大勢の声がその声を消した。
「おお!いいぞ。いいぞ!」 「それがいい! やるきマンマンだぜ!」
大受けで叫んでいたのは、加藤と山本だった。彼らが一番退屈していた面々で、戦闘班のプラックタイガー隊はほぼ全員が前列に陣取って張りきっていた。
「そうだ。いいぞー、アナライザー!」
どの声も歓迎の声だった。その歓声に雪もびっくりしていたが、コホンと一つ席をすると、ニッコリ笑って言った。
「わかりました。じゃ、こうしましょ。食堂の一日食べ放題券がいい方は、それを。それから……私の……キスがいいかたは…… ま、ほっぺにチュッくらいなら、いいことにします!」
「やったぁーーー!!」
男性の乗務員達は一斉に歓声を上げた。雪は、その声を抑えて続けた。
「あと、女性乗組員のために、ヤマト農園でとれた花束も用意しますので、ぜひ頑張ってください。では、あと5分後に始めますので、みなさん、ウォーミングアップしていてください」
雪が言い終わって壇上から降りると、進は、雪にとりついて言った。
「おい! 雪、あんなこと言っていいのか? 今なら取り消せるぞ。誰が文句言っても俺がおさえてやるから、取り消した方がいい」
進の切羽詰ったように言う言い方が可笑しくて雪は笑って言った。
「古代君、どうしたの。そんなに必死になって…… いいじゃないの、ほっぺにキスくらい。減るもんじゃないし……」
「そういう問題じゃなくて……(俺が悔しい)」
「どういう問題?」
雪が済ました顔で尋ねるので、進は答えに窮してしまった。
「う……・」
進は、もうそれ以上いいわけがでてこなくなってしまった。
「じゃ、古代君もがんばってね!」
雪は、そういうと、すたすたとスタート台の方に歩いて行ってしまい、進は、取り残されたような気分になった。
(くそぉ! こうなったら何がなんでも優勝してやる!!)
進は、そう決心すると、スタートを待ち構えている大勢の中を掻き分けて行った。
「こらこら、俺を通せ!」
進は、ずかずかと他の参加者を押し分けて、スタートの一番前まで出た。
「古代さん、目が血走ってません?」
最初から最前列に陣取っていた加藤が、進に言った。
「うるさい! 俺が優勝するんだからな」
周りがどっと笑った。
「古代の奴、雪がキスするっていったもんだから、熱くなってやがんだぜ」
「他の男にその権利を取られたくないってわけですね」
「分かりやすい人ですね。古代さんって……」
島、相原、太田が、少し後ろでひそひそと話しながら笑いあった。
(3)
「それでは、スタートします。まずは、こちらのテーブルからカードを1枚ずつとって出発してください。…… では、用意!スタート!!」
雪の号令に、進をはじめ、参加者が一斉に走り出した。食堂出口に置かれた大きなテーブルにはたくさんのカードが広げられていた。皆は、カードを取り、内容を確かめると食堂から出て目的の場所に散って行った。
進が取ったカードには、こう書かれていた。
『指定場所の清掃を行い、完了後、担当者からチェックをうけること。指定場所:◎のマーク張付地区の第一ブロック、ヒント:掃除は廊下だけでいいわよ。私の部屋に入らないでね(森雪)』
「なんだ。簡単じゃないか。居住区だな、雪の部屋の近くってわけか。よし!」
進は、急いで、幹部乗組員居住区へ急いだ。進がつくと、まだ誰も来ておらず、◎の印とブロックの区切り線、清掃道具が置かれていた。
「お!俺が一番乗りだな。担当者が来る前にやってしまおう!」
進は、清掃道具を手に取ると、指定の廊下を磨き始めた。掃除がだいたい終わったと思って、ふと目線をあげると、そこは雪の部屋だった。
(雪の部屋だ……どんな風なんだろう)
周りを見まわすと、他のブロックのカードを持ってきた参加者が懸命に掃除を始めていた。見た感じでは進が他の者よりも一歩進んでいるのは歴然だった。みんな、わき目もふらずに一生懸命作業をしていた。進が、好奇心から雪の部屋のドアに触れた。その時丁度、入り口のオープンボタンを押してしまったようで、進は転がり込むように雪の部屋に入ってしまった。
(まずい……早くでないと……)
そう思いながらも、思わず、部屋の中を見渡してみた。きれいに整頓された部屋は、特に何を飾ってあるわけでもないのに、女の子らしい雰囲気だった。テーブルの上には、両親と3人で取った写真が飾られていた。進は、その写真に少し近づいてみた。
(雪のご両親か…… きれいなお母さんだな。ん・・? これは……)
写真のとなりに一冊のきれいなピンク色をしたノートが置かれていた。そのノートには『雪の航海日記』と書かれてあった。好奇心にかられて進は、そのあるページをめくってしまった。
『10月13日………………古代君たら……………………・・ 生活班長としては、要注意人物ってことかしら。それに比べて、島君は優等生だわ。言葉遣いも丁寧だし……』
「だれ?……古代君じゃない?!! 何してるの?!」
雪が部屋に入ってきて大声で怒鳴った。進はびっくりして、とびあがってしまった。
「ご……ごめん…… 廊下を掃除してて、間違って部屋に入ってしまっただけだよ」
進は、それだけを言い訳すると、雪の横をすり抜けて走り出いった。
「ん! もう、古代君たら。 ……あら、私の日記…… 見たのかしら?」
雪の日記の後半部分には、進への思いがいろいろと綴られていた。進が見ていたらどうしようと、雪はちょっと恥ずかしくなって、外へ出て行った進を追いかけた。
進は、まずいことになったと、焦りながら掃除をし終えて、早々に逃げ出そうとしていた。しかし、ここの担当者は雪のようで、まず、雪のチェックが必要なようだった。それに、あの日記でチラッと目にした、『古代君……・要注意人物、島君は優等生』の文字が頭に残っていて、なんだか悔しくなっていた。
(なんで俺が要注意人物なんだ!?)
「古代君!」
雪に声をかけられて、ビクッとしたが、進は観念して雪の前に行って、カードを差し出した。
「終わった」
「OKよ。ご苦労様。次はこのカードよ。がんばってね」
雪はさっきの事を怒っている風でもないようだった。進はホッとした。
「あ、ああ。じゃ……」
ここは、すばやく逃げるにかぎると進は行こうとした。
「ところで、こ・だ・い・く・ん…… さっき、私の日記見てなかった?」
雪がじとっと進を見ながら言った。
「み、みてません! 何も見てないよ!じゃぁな!」
進は、大慌てで走り去って行った。
(あの様子じゃあ、後半は見てないようだわね…… 最初の方見たのかしら?そしたら今度は反対に誤解しそう……ま、いいわ。後半を読まれるよりは)
雪は走って行く進の後姿を見て、くすくす笑いながらそんな事を思っていた。
(4)
加藤が手にしたのは、こんな内容だった。
『指定場所の整理整頓をその部屋の責任者から指示を受けて行い、チェックをうけること。指定場所:☆マーク張付地区の第2ブロック、ヒント:患者さんがいるかもしれません。お静かに』
「よし! 医務室だなこれは。楽勝だぜ!」
加藤も目的の地点をすぐに確認して走っていった。医務室に入ると、そこにはもう山本が来ていた。
「おい、山本。早いな」
「あっ、加藤か。俺が一番乗りさ。第1ブロックてどこだ?」
「おお来た来た。こっち来い!」 ここの責任者は、佐渡医師のようだった。
「お前達が一番乗りじゃよ。どこが担当じゃ?」
「えっと俺は第2ブロック」「俺は第1ブロックですけど」
二人が口々に言うと、佐渡は指示をした。
「第1ブロックと第2ブロックはわしの部屋の方じゃな。酒ビンが溜まって困っておったとこじゃったんだ。ぜーんぶ捨ててくれんか」
「はい!」「了解!」 二人は、元気よく返事して佐渡に私室の方へ向かった。
「うわあああ!」「なんだ!この量は!」
加藤と山本の声が叫ぶ通り、佐渡の飲み干した酒の空ビンは山になっていた。
「よろしく頼むよ」 佐渡はこともなげに言った。
しかたなしに、かたづけ出した二人だった。そのうち、他の参加者達がやってきて、医務室の方の清掃も始まったようだった。
「俺達ってなんか、すんごく運の悪いところがあたったと思わないか?」
加藤は山本にぐちっていた。
「俺もそう思う。佐渡先生の酒の空ビンなんてひどいよな……」
それでも、二人はなんとか協力し合って酒ビンをかたづけ、ダストボックスまで運んで行った。
後から来た医務室清掃隊の方が早く終わって、既に佐渡から次の指示カードを貰っていた。
「佐渡先生!終わりましたよ!!」
山本がやけっぱち半分に言うと、佐渡が感心したように部屋を眺めて言った。
「ほおお…… こりゃいい、すっきりしたな。よし、合格。次は、これじゃな。おお、丁度2人一組の仕事があるから、このカードを持って二人で行って来い」
「へーい」
加藤と山本は、もうすっかり疲れきって肩を落としながら、新しいカードを受け取った。そのカードにはこう書かれていた。
『指定場所の清掃を行い、完了後、責任者からチェックをうけること。指定場所:△のマーク張付地区、ヒント:一番高いところです。』
「お、こりゃ、艦長室だな。あの狭いところを二人一組っか。これは逆転のチャンスだぜ」
「おお! よし!行くぞ」
加藤と山本は気を取りなおして勇んで、最上階の艦長室へ向かった。
(5)
艦長室の前へくると、部屋の入り口に△マークが張られていた。コンコン、と艦長室をノックして加藤が言った。
「艦長、加藤および山本です。艦内オリエンテーリングで来ました。入室してもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
中から沖田の声がした。
「失礼します」
二人が入ると沖田はベッドから起きて椅子に座っていた。
「よろしいんですか、艦長、起きてらしても……」
山本が心配そうに聞いた。
「うむ、今日はなんか調子がよくてな。それに、シーツのとりかえもするからと、森君から聞いていたからな。頼むよ。部屋の掃除は簡単でいいから」
「やった。ラッキー! これで、みんなに追いつけるな」
「おお、なにせ、雪ちゃんのキッスが待ってんだからな。あっははは……」
加藤と山本がシーツを替えながら話しているのを聞いて沖田が尋ねた。
「雪のキッス? それが優勝賞品なのか?」
「あっ、ハイ。艦長。アナライザーが提案したら、雪さんオッケイだったんですよ。ただし、ほっぺにですけどね」
「ほお、よく、古代が許可したな」
「えっ? あははは。艦長もご存知なんですか…… 古代、反対しようとしてたけど、みんなの声に押されちゃっていいだせなくて、雪さんがOKしたもんだから……」
山本がそう答えると、加藤も言った。
「そうそう、それでもう、頭にきちゃって、『俺が優勝するんだから』なぁんて言って、先頭きって走ってっちゃいましたよね。もう、困っちゃうよなぁ、あれで艦長代理だっていうんだから……」
「そうそう、あははは……」
面白そうに話す二人の会話に沖田は少し気になって二人に尋ねた。
「古代が艦長代理というのは、やはり問題なのか?」
「え?」
二人は、びっくりしたように沖田の顔を見た。
「今、言ったではないか。あれで艦長代理なんだから困ると……」
「あっ、いや。そう言う意味じゃなくて……」
二人はとんでもない事を言ってしまった、と思って顔を見合わせた。
「ちがうんですよ、艦長。古代の事は俺達大好きだし、そりゃ、たまにバカするし、一人でつっぱしったり、けっこうムチャな命令したりするんですけどね。でも、俺達古代と一緒だったら頑張れるかなって思うんです。最後の最後はちゃんと俺達のこと見てくれてるって、思えるし。な、山本」
加藤が必死になって自分たちの気持ちを説明した。
「ああ、なんていうか、冷静とか沈着とかそんな判断力なら、真田さんや島の方があるかもしれないけど、着いていくぞ!って思えるのはやっぱり古代ですよね。言いかえれば、ほっとけないっていうことでもあるけど…… ははは」
山本もそれをフォローした。
「そうそう、ほっとけないっていう感じだな。ほんと。だから、俺達は同じ戦闘班だからかもしれないけど、古代のためなら、ちょっときつくてもがんばろう!ってそんな気持ちになるんです。それに、古代、自分を鍛える事にかけては、きっと戦闘班一の努力家ですよ。表にはださないけど……」
加藤は、進がいつも、自分をいじめて、鍛えている姿を思い出して言った。
「うんうん、この人ならついていけるって、そう思わせる人だと思いますよ。古代は」
二人の言葉をじっと聞いていた沖田は、大きく頷くと言った。
「そうか……よくわかった。わしが古代を選んだのは間違いではなかったんだな。そうか……」
「艦長…… もちろんですよ。心配しないでくださいよ。きっと、第1艦橋の人達を含めて、艦内のみんなが同じ気持ちで頑張ってると思います。だから、艦長は自分の体治すことだけに専念してください」
加藤たちの言葉に、沖田は、若者達の熱い団結を知って喜んだ。
「じゃ、艦長、こんなもんでいいですか?」
「ああ、ごくろうだった。これが、次の指示カードだ。それぞれ、行き先が違うから、好きな方を選んでくれ」
「はい! よし、もう一踏ん張りだ! いこうぜ、山本」
(6)
ヤマトの艦内では、あちこちで、参加者が行き交い、久しぶりに活気ある雰囲気ができていた。ゲームにしたことで、掃除をする方も、ダレないでやれたようだった。雪の狙いはまさに大当たりといったところだった。
2時間あまりが経ち、生活班の各担当者から、第3チェックポイントに参加者が来つつある事の連絡を受けた雪は、最終ゴールの食堂へ戻ってきた。
(うふふ……さあ、誰が一番にやってくるのかしら? 古代君、がんばってるかしら……)
しばらくして、廊下がざわざわしだした。誰かが言った。
「一番乗りは、アナライザーだ!」
アナライザーは、当然という顔をして食堂に入ってきた。
「アア、雪サン! 僕ハ アナタノタメニ 命ガケデ 3カショヲ クリアシテ キマシタ。 アナタノ愛ノキッスは 僕ノ タメニアル!」
相変わらず、雪が命のアナライザーは自分の能力をフルパワーに働かせたようだった。
「ふふふ、アナライザー一番乗りおめでとう!」 雪はニッコリ笑ってアナライザーを迎えた。
次に来たのは、太田だった。
「あ、太田さんだ。意外だなぁ。けっこう、すばやいんだ、太田さん」
「いやぁ、あれは、やっぱり賞品につられたんじゃないか? ほら、食堂食べ放題券の方……」
周囲は、勝手な事を言って喜んでいた。太田は見た目と違って、割合要領のいい男だった。目的地での清掃を必要最小限でうまく切りぬけてきたようだった。その後が、少しとぎれた。
「アナライザー、太田さん、ご苦労様です。あと、3人来るまで、少し待っててくださいね」
雪は二人にねぎらいの言葉をかけた。その時、廊下ががぜん騒がしくなった。何人かが一緒に走ってきているらしい。
「おお、いいぞ!加藤さん!!」
「古代さん、負けるな!」
いろいろな掛け声がかかる中、5,6人が一緒に走っていた。進の他に加藤、山本、残りは工作班と航海班から一人ずついた。しかし、最後の走りの勝負になると、やはり日ごろ鍛えられている戦闘班の3人が有利で、進が先頭で、そのあと、僅差で山本、加藤が入った。
「はい。ここまでね。優勝をかけてカードを引いてもらうのは……」
雪が、加藤が入ったところで、一旦入室を止めた。
「あとは、区切り賞、ブービー賞があるので、順序を間違えなく数えてくださいね」
その後、参加者は続々と食堂へ戻ってきた。最初にアナライザーが来てから、約20分で全員が作業を終えて帰ってきた。雪は、全員が帰ったことを確認してから、壇上へ上った。
(7)
「みなさん、ごくろうさまでした。ヤマト艦内はすっかり見違えてきれいになりました。生活班長としてお礼をいいます。どうもありがとうございました」
そう言うと、雪はぺこりと頭を下げた。参加者からは、笑いと拍手が起こった。
「生活班長! 人を使うのがうまいですね!」
「ほんとほんと! 楽しく掃除させていただきました!!」
「それより、早く優勝者を決めてくださいよ!!」
そんな声が飛び交った。優勝の可能性のある5人は最前列で並んでいた。みんな、それぞれうれしそうな顔で立っていた。。
(よし! きっと当ててやるからな。加藤たちに取られてたまるか……)
進も、力が入っていた。
「太田! 優勝したらどっちの賞品貰うんだ?」 島が声をかけた。
「えー、どうしようかなぁ。迷ってるんですよ。僕」 太田が本当に困ったような顔をした。
それを聞いて、みんなが大笑いした。
「太田さんはやっぱり、色気より食い気ですよね!」 相原が言った。
「へへへ……」 太田は図星と言うような顔をして笑っていた。
「じゃあ、抽選に入ります。ここにあるカードの中からお好きなものを選んでくださいね」
雪の説明に、5人は、じっとカードを見つめた。進は、その中の一番右とその隣の二つのカードをつかんでみて悩んでいた。
「うーん、どっちがいいかなぁ」
「古代サン、フタツモトッテハ イケマセン」
アナライザーがそう言うと、進が右手に持っていたカードを取り上げた。
「おい! こら、アナライザーまだ俺が悩んでいるんだ。ちょっと返せ!」
「イヤデス。ワタシハ コレニ シマス!!」
アナライザーが譲りそうにないので、進はしぶしぶあきらめた。雪はおもしろそうに、そのやり取りを見ていたが、それぞれカードを選んだのを確認して、言った。
「では、そのカードをオープンしてください。『当たり』と書いてあったら、その人が優勝です。はい、どうぞ!」
参加者達が固唾を飲んで見守る中、それぞれがカードの中を見た。
「ヤッター!!」 と叫んだのは、なんとアナライザーだった。参加者の中から、「おお」という声が上がった。進のカードには無情にも何も書かれていなかった。
「くそ! アナライザーそれは俺が選ぼうと思ってたのに、お前が取っていったんだぞ! 俺にかせ!」
「ダメデス 古代サン。男ハ アキラメガ 肝心デス。残念デシタネ。カッカッカッカ……」
アナライザーは大喜びだった。
「そうそう、古代。いさぎよくあきらめろ!」 島が笑いながら言い、周囲も笑っていた。
(あーでも、惜しかったよな。あのカードを手に持ったんだぞ)
進は、内心くやしかったが、これ以上いうのも大人気ないし、相手が他の男でなく、ロボットのアナライザーだったこともあって、あきらめた。
「では、優勝はアナライザーということで、みなさんよろしいですね」
「はーい!」
「じゃ、コホン、アナライザーおめでとう。チュッ!」
雪は、アナライザーの側面にキスをした。
「ハレホレハレハー ユ、雪サンノキッス…… アア、ボクハモウ 死ンデモイイ……」
アナライザーは意味不明のことを繰り返しながら、あらゆる電気を光らせてふらふらとみんなの中へ入ってきた。
「アナライザーよかったなぁ」
「ちょっとそこ俺にもキスさせろ。間接キッスだ!」
「いい男だぜ。アナライザー」
みんなが口々にアナライザーをからかっていたが、アナライザーは全く意に介さないようにまだ踊りを踊るように、食堂内をぐるぐると回っていた。
「はい! それでは、今日の艦内オリエンテーリング大会はこれで、終了します。今、外れた方と各賞を取った方は、帰りに記念の賞品を受けっとって帰ってください。ご協力ありがとうございました」
雪は、そういうと、再び深くお辞儀をした。参加者から拍手が起こって、それがおさまると皆は三々五々散って行った。
(8)
ほとんどの人が引き、まだ、残っていた進に雪が声をかけた。
「古代君、今日はご協力ありがとうございました。ホントに助かったわ。艦内もきれいになったし、雰囲気もよくなったし……」
「ん? ああ、よかったな……」
艦内の雰囲気がよくなって、艦長代理としては大変助かったはずなのに、進は、たいしてよかったような顔をしていなかった。
「どうしたの? うふふ、さては、アナライザーに優勝をさらわれたのがそんなに悔しかったの?」
「だって、あれは俺が取ってたカードだぞ! 本当なら俺が優勝だったんだから……」
「いいじゃない…… で、古代君、優勝賞品は何が欲しかったの? 食堂の食べ放題券? それとも……」
雪は、わざとその後は言わなかった。
「え? そりゃ、もちろん、あれだな…… あははは」
進は、本人に聞かれてなんとなく答えにくくなってしまった。雪はそんな進にもう少し意地悪して言った。
「あら、食券だったの? なんなら、特別にサービスしてあげましょうか?」
「ちがうって、あ、いや……その、なんだな、ま、アナライザーだから仕方がないか……」
進は、うまく言えなくてごまかしてしまった。雪は、そんな進の様子を笑いながら見ていたが進に耳打ちするようにこう言った。
「私ね、きっとアナライザーが勝つと思ってたの。だって、なんてったってアナライザーはロボットよ。疲れは知らないし、ちょっとヒートアップすれば作業も速くこなせるし……」
「けど、最後は抽選だぞ」
「あら、それだって、アナライザーにはお見通しよ。なんたって分析ロボットですもの。カードの中身を透視するくらいお茶の子さいさいってところかしら…ふふふ」
「ちぇっ、なんだ、そういうことか……」
進は、雪が最初から、他の男にキスする心配はなかったのかと安心すると同時に、自分にもチャンスがなかったことが悔しかった。雪はそんな進の考えている事がわかったように、周囲を見まわして、もう、誰も食堂に残っていない事を確認すると、進の頬に軽く唇を触れた。
「あっ……」 進は、予期しなかったことに、びっくりして、カーっと熱くなってしまった。
「ふふ、残念だった古代君に特別サービス! じゃあ、今日は本当にありがとう」
雪は、そういうと、駆け足で走り去ってしまった。進は、今、雪がキスした頬に手をやったまま、呆然と立っていた。
「雪……」
(なんだ、雪のやつ、俺にキスしたかったのかなぁ…… ははは……)
しばらく、じっとしていたが、だんだんとうれしさが沸いてきて、進はニヤニヤと笑いながら、食堂から出た。
(by ポンタさん)
(9)
「見ーたぞ、見たぞ!」 「古代、ずるいぞう!」
そう言って、声をかけたのは、さっき優勝を争った加藤と山本だった。
「げっ! 見てたって…… な、なにを……」
進は、まずいところを見られてしまってあせって、顔を赤らめた。
「決まってるじゃなか、今雪さんにキスしてもらっただろうー!」
山本はニヤニヤ笑いながら、はっきりと進に言った。
「お前ら、誰にも言うなよ」 進がそう言ってにらむと、加藤が言い返した。
「どうしようかなぁ…… あっ、明日から1週間、パトロール哨戒、古代が行ってくれるか?それで、手をうとうかなぁ……」
加藤は口封じに交換条件を言ってきた。
「わ、わかった!やるから、絶対言うなよ! わかったな!!」
進は、なだめるようなおどすような口調で、二人に言った。
「いやっほー、了解! 古代カンチョウダイリ!」
艦長代理と言うところを強調して言いながら、二人は笑った。
「ほんとに、一番まずい奴らに見られてしまった……」
進は、ぶつぶついいながら、第一艦橋の方へ歩いて行った。
「おい、山本。これで、しばらくは、古代、俺達におとなしくなるぜ」
「ホントホント! はははは……」
若者達の笑顔は、ヤマトの艦内を明るくする。ヤマトのある一日の出来事だった。
時に西暦2200年7月20日、ヤマトは一路地球を目指していた。ヤマトよ急げ。地球は君の帰りだけを待っている。地球滅亡と言われる日まで、あと78日。
−おわり−