永遠にきみと……(宇宙戦艦ヤマトIII、宇宙戦艦ヤマト完結編より)
太陽の異常増進を止めたヤマト。その任を終え、古代進はやっと森雪のもとに戻ってきた。そして、彼は今、最愛の人と人生を始める決意をする。いよいよ本作品で、古代進は婚約当時できなかったプロポーズをします。どんな風に決めてくれるでしょうか?
作品を読む前に…… この作品は宇宙戦艦ヤマトIIIの最終話と完結編の間の期間を描いていますが、『進と雪の人生年表』の通り、この間は10日ほどしかありません。これは、年表の原典のよーよさん作成の『宇宙戦艦ヤマト謎が深まる航海日誌』(『ケロケロはうすの押し入れ』に収納)を参照にしているためですが、よーよさんの苦心の日程計算の結果、矛盾が多く含まれるもののこの日程にせざるを得なかったとのことです。
よって、物理的には不可能なことは承知の上で、地球は太陽増進を制御してから、約1週間で元の姿を取り戻したことになっていますが、フィクションということでご了承ください。(あい)

−1− 古代進と森雪と……

 (1)

 太陽の異常増進はヤマトの活躍で止まった。地球は再び青さを取り戻した。ヤマトも、そしてヤマト艦長古代進も、その任を無事終えることができた。時に2204年8月……

 第一艦橋で地球を目の前にしながら、古代進は艦長として、この旅最後の艦内放送を流した。

 「ヤマトの乗組員に告ぐ。ヤマトはあと2時間で地球に到着する。太陽の制御も完了し、今回のヤマトの任務はこれで終わった。長い……長い戦いだったが、皆の努力がここに実ったことを伝え、そして感謝の意を伝えたい。ありがとう…… 本当にありがとう。
 そして、この旅の途中で、志し半ばに亡くなった同志に対して深い畏敬の念を込めて黙祷を捧げたい。一分間の黙祷を……」

 進の声に艦内クルーが一斉に立ちあがり、頭(こうべ)を垂れて目を閉じた。

 (平田………… 揚羽…… 土……門……)

 進の脳裏には、散っていったクルーたちの姿が一人一人浮かんでくる。喉がぐうっとうなりそうになる。涙が込み上げて涙腺が悲鳴をあげた。しかし……ここでは泣けない。
 一分後、進はこみ上げてくるものを飲み込んで言った。

 「黙祷、終わり! 地球着陸の最終体制に入れ」

 進はもう一度眼前の地球をじっと見つめると、背筋を伸ばしなおして振りかえった。

 「みんなも本当にありがとう…… 真田さん、島…… 二人には本当に苦労をかけたが、俺が最後まで艦長としてやって来れたのは二人のおかげだ。
 山崎さん、太田、南部、相原、雪…… それぞれの部署をしっかり守ってくれてありがとう。誰が欠けてもこの旅を終えられなかったと思う。
 みんな、本当にありがとう」

 「艦長!」 山崎がにっこりと微笑み立ちあがった。

 「みんなよくやったよな」

 真田が島が、進の前まで歩いてき手を握り、肩を抱いて大きく頷いた。太田は鼻をすすっている。雪もうつむき加減に涙を堪えているように見えた。南部と相原は互いに笑顔で向きあった。

 最後に進は自分の左隣の空席の背もたれに手をやった。

 「土門…… 見えるか? 地球は必ずもとに戻るからな。ありがとう、土門竜介……」

 第一艦橋の全員が、再び頭を下げて土門の冥福を祈った。そして、きっかり2時間後、ヤマトは無事地下都市ドックに帰還した。地球時間の午後7時、地上ではあのいつもの大きさを取り戻した太陽が沈んで間もなく星空に変わろうとしていた。

 (2)

 全員に下艦命令を下した後、進も自身の荷物整理のために艦長室に来ていた。部屋に立って、窓から眼下を眺めると、ぞろぞろと降りていく乗組員達の姿が見える。遠巻きに大勢の群集も見える。迎えの人々も大勢来ているようだ。皆の歓声が聞こえてくるようだ。

 「終わったんだな…… 本当に……終わったんだ……」

 進は自分に言い聞かせるように、もう一度そう繰り返しつぶやいた。初めてヤマトの艦長として、地球を救うべく旅だったあの日から今日まで、思えば苦しくて辛い日々が多かった。自分も艦長の重圧に耐え兼ねることもあった。それに皆も戸惑ったこともあっただろう。島や真田さんは、見た目以上に苦労したに違いない。
 共に戦って、その命を落としてしまった若者達には、今も心が痛み後悔もする。
 そして……雪…… 彼女は最後まで弱音をはかなかった。最後まで笑顔でついて来てくれた。感謝という言葉だけでは彼女のことを語る事は出来ないだろう。

 (雪…… この艦を降りたら、彼女には伝えなければならないことがある。今度こそ、必ず…… 絶対に……)

 進の心の中に雪への想いが広がっていった。

 (3)

 その時、第一艦橋から通信が入った。島からだ。

 「艦長! ほぼ全員が下艦完了しました。只今から、真田、島の両副長が艦内を確認後下艦いたします」

 「了解。ご苦労だった。これで全員だな?」

 「……いえ……あと一人……」

 「俺のことか?」

 進の問いに、マイクの向こうで島の潜み笑いが聞こえてくる。

 「くくく……いえ……生活班長が……艦長を迎えに……」

 「あっ…… わ、わかった」

 「整備員には、艦長と生活班長は、艦内をチェック中だと言っておくから、ゆっくりしてきていいぞ! 1年分の無作法をよおく謝れよ!」

 「ば、ばかやろう……!」

 最後まで手を抜かない島の突っ込みに、誰もいない艦長室で進は一人焦っていた。

 「そ・れ・と! 今日とは言わんが、近いうちにちゃんと言うことを言えよ!」

 第一艦橋にはもう島と真田しかいないのだろう。島は言いたい事を言う。進は苦笑いをするとこう答えて通信を切った。

 「了解! 相変わらずのお節介に感謝するよ」

 (4)

 そのとき、部屋のドアをノックする音がした。

 「古代君?」 

 雪の声だ。今まで入室の際は必ず『艦長』と声をかけていた雪が言い方を変えた。

 「いいよ、どうぞ」

 進の声に、カチャッとドアの開く音がして荷物バッグを持った雪が入ってきた。

 「もう、片付いた?」

 進は視線をベッドに向けた。荷物バッグはベッドの上に乗せられて、もうまとめられている。

 「ん。私物ってそんなにないからな…… 今、島から連絡があって、もうみんな降りたそうだ」

 雪のほうにゆっくりと歩み寄りながら、進が答える。

 「そう、じゃあ、私たちが最後ね……あ……」

 雪がそう言うか言わない内に進は雪をぎゅっと抱きしめた。突然のことに、雪は手に持っていたバックをポトンと落としてしまった。

 「こだ……」

 進は雪の言葉をさえぎるようにすばやく唇を奪った。それは、いつからそんなキスをしていないだろうと雪が思うほど、強く熱のこもったキスだった。
 始めはゆっくり舐めるように唇をあわせ、何度もそれを繰り返し、更に強く吸い寄せるように……そして、互いの舌を絡めあう濃厚なくちづけへ……
 雪の腰を抱きとめる腕にも力が入る。雪も負けないくらい強く、強く何度も強く進を抱きしめた。
 それでもまだキスは終わらない。『1年分』のキスを全て取り戻すかのようにむさぼるような熱いキス……

 そして…… やっと二人の唇が離れた時には、雪は体中が火照り、頬が熱くなっているのを感じた。

 「やっと帰ってきたよ、君の元へ」 進が微笑む。

 「古代君……」

 二人は互いを見詰め合うと再び強く抱擁しあった。そして……

 「よしっ! 降りるぞ」

 二人の内なる戦いは今、一つの終わりを告げた。

 (5)

 進と雪がヤマトのタラップを降りると、長官と話す島と真田が眼前に見えた。長官は二人を見つけると、島達に声をかけてから近づいてきた。島はウインクして、真田は手を振って帰って行った。

 「古代……雪…… ごくろうだったな。本当に……ごくろうだった」

 長官の目は涙で潤んでいた。

 「長官…… ただいま、宇宙戦艦ヤマト帰還いたしました」

 姿勢を正して敬礼する進に、長官も涙を押さえ敬礼を返した。

 「うむ、古代艦長、本当にごくろうだった。地球は救われた。君達のおかげで…… すぐに元の地球に戻るだろう」

 「はい…… 太陽の制御には成功しましたが、全員無事で帰還することが出来ず……残念です……」

 進がうつむき加減に顔をゆがめた。

 「うむ、犠牲者の戦士たちには哀悼を表する。だが、古代、いつもそれが戦いなのだ。辛いが、耐えねばならない。かえって被害を最小限に押さえてくれたと感謝しておるよ」

 「…………」

 長官のねぎらいの言葉に進は軽く頷いた。

 「さあ、それより、今夜は地下都市の施設を用意してある。今後のことは、決まり次第連絡を入れるから、それまでゆっくりしていてくれたまえ。雪、君も同じだ」

 「あの……長官、秘書のお仕事のほうは?」

 地球復帰に向けて防衛軍も直ちに体制を整えることになるだろう。とすれば、長官はまた多忙を極めるはずだ。雪はすぐにそれが気になった。

 「ああ、もちろんまたお願いしたいが、今は古代とゆっくり……な。晶子がいるから当面は大丈夫だ」

 そう言ってちらっと晶子の方を見ると、相原と二人うれしそうに話がはずんでいる。

 「ははは…… あれではあてにならないかもしれんな」

 長官が苦笑する。進も雪も一緒に笑った。

 「いつでもおっしゃってください。私はいつでも……」

 「ありがとう、雪。だが今は大事なフィアンセの方だけ気にしていなさい」

 「あらっ……」

 長官の言葉に雪は両手を頬にあてて恥らう。長官は嬉しそうに二人の肩に手を置いてそれから背中を押した。

 (6)

 長官に押されるように歩き出した二人が関係者出入り口から出たところには、一般の出迎え客が大勢来ていた。それぞれの家族と笑い合う乗組員達の姿をまぶしそうに見ていた二人に声がかかった。

 「雪! 古代さん!」

 「ママ!! パパ!!」

 人ごみの中からやっと抜け出してきた森夫妻だ。雪はまっすぐに母親の胸に飛び込んだ。進もすぐその後ろに駆け寄った。

 「お帰り、雪……」

 母親の美里が雪を抱きしめて涙声で言う。父親の晃司も嬉しそうに雪の頭をなでながら、目線は進に向けられ、ねぎらいの言葉をかける。

 「古代君も無事でなによりだ。本当にご苦労だったね。我々はまた君達に救われたよ」

 「いえ…… みんなの努力でなんとか間に合いました。ご心配をおかけしました」

 二人の姿に進も安心したように微笑んで頭を下げた。

 「さ、雪。疲れたでしょう。おうちに帰りましょう。地下都市の前のおうちよ」

 「あっ……」

 雪は顔をあげて、驚いて進の顔を見た。それに気付いて美里は言葉を足した。

 「あら、古代さんもうちへいらっしゃい。まだ、地上のあなた達の部屋にはすぐには戻れないわよ。地上に戻れるのは数日後らしいから」

 「ありがとうございます。でも、僕は……あの、長官が用意してくれている部屋があるので…… ああ……雪、じゃあ、また明日。ご両親とゆっくり過ごすといいよ」

 進は本当は今雪を離したくはなかった。しかし、せっかく再会を果たした両親から雪を引き離すにはしのびない。かと言って、正直なところ、今は人との会話を楽しむ気持ちにもなれなかった。
 一人、自分にあてがわれた部屋に向かおうとする進を雪が呼びとめた。

 「古代君! 待って!」

 雪は母の手元を離れ、進に駆け寄ってその腕をつかんだ。

 「どうした? 雪」 進が首をかしげる。

 「私も行く……」 すがるような視線で雪は進を見た。

 「雪!?」 

 両親が驚いて雪を呼んだ。雪はその声に振り返ると両親に懇願するような顔をした。

 「ママ、パパ。元気に帰ってきた姿見てもらえたから、もう安心してくれたでしょう? 私……私……今は古代君と……一緒に……そばにいたいの……おねがい」

 「雪? 今日はお母さんのところ戻ったほうが……」

 慌てて雪をなだめようとする進の声をさえぎるように雪が泣き出しそうな小さな声で訴える。

 「いやよっ」

 雪は進の腕をさらに強くつかんで進の顔を見つめた。
 今は離れたくない……進だって本当はそんな気持ちで一杯だった。やっと恋人同志に戻れた二人だから、ひとときだって離れたくなかった。

 「雪……」

 進は雪のその真剣な眼差しを見てから、雪の両親に向きなおった。

 「あの…… すみません…… 今日1日だけ、二人きりにさせてもらえませんか。僕達、今、やっとヤマトに乗る前の二人に戻れたんです。だから……」

 雪の両親も、二人のその表情を見て、あきらめたようにやんわりと微笑んだ。

 「わかったわ、雪、古代さん。明日にでもうちへいらっしゃい。待ってるわ」
 「ゆっくりやすみなさい、雪、古代君」

 「すみません」

 雪の父と母は、頭を下げる進にもう一度微笑んで、二人のことを思いやりながら帰って行った。

 「あの二人…… ヤマトの中では上司と部下。1年間自分達の思いを押さえていたんだろう。帰って来てやっと今、恋人同志に戻れたんだ。仕事とはいえ、辛い思いもしてきたんだろう。因果な商売だな、あの子達も」

 「ええ……」

 そんな話をしながら森夫妻は歩きだした。両親が立ち去る姿を見送ると、進は雪の手をぎゅっと握って歩き出した。

 「古代君……?」

 「行こう」

 握った手から伝わる進の温かさと想いが雪の体中にしみてきて、うれしかった。周りには、まだ迎えの人々と話すクルーたちが大勢いたが、進はもう決して雪の手を離そうとはしなかった。
 進が雪の手を握ったまま歩く姿に、目を止めるクルーたちもいた。そして、誰もが皆、そんな二人の姿に安心したように微笑を送っていた。

 (7)

 長官の配慮だろう、進には二人用の部屋が用意されていた。キーを開けて部屋に入ると、雪はさっそく部屋の様子を見てまわった。

 「ちゃんと食料も数日分用意してくださってあるわ。シャワーも出るみたい…… 大変な事態だったのに……」

 衣食住を確認してまわっている。どんな時でも女は現実的だ。しかし、男は……

 「雪……」

 「古代君、疲れたでしょう? シャワーでも浴びて着替えたら?」

 荷物から着替えを引っ張り出そうとしている雪を、進は呼び寄せた。

 「ゆ・き!! いいから、こっちにお出で」

 「なぁに?」

 雪が近づいてくると、進は雪の両腕をしっかりと握り、そしてゆっくりと抱きしめた。

 「ただいま……雪。長い間、辛い思いさせたね。もう、いいんだよ。終わったんだよ。今からは君だけの古代進だ」

 進の声が柔らかに雪の耳に響き、進の瞳が優しく輝く。

 「ああ…… こだい……く……ん、すすむ……さん……」

 雪の瞳から涙がこぼれた。ほんの数時間前まで、自分にずっと悲しい背を向けつづけることしか出来なかった彼が、今やっと笑顔で振り返ってくれた。その笑顔は出発前と何も変わっていない。あの人懐っこい、やさしい笑顔なのだ。
 雪は進の胸に体をすりよせた。そしてそれを進はゆったりと包み込む。大きな胸板で愛しい人をそっと包んで抱きしめる。
 そして、さっきの艦長室でのキスに負けないくちづけを再び繰り返した。熱くて甘くてとろけそうなキスを……たくさん……たくさん……

 (8)

 しばらくして、それにやっと満足すると、進は雪を抱き上げた。

 「あ……」

 そして進は雪を抱いたままベッドまで連れて行くと、そこに雪をそっと降ろし、自分もその上に重なった。

 「雪……」

 「古代……くん…… シャワー……を」

 雪のおずおずとした願いを進はあっさりと切り捨てる。

 「だめだ。もう、待てないよ……」

 ヤマトの制服のまま、絡み合って互いの姿を見ると、なんとなくまだヤマトの艦内にいるような気分がしてきて、雪も進も不思議な感じがした。しかし、もう二人が互いを求める気持ちは最高潮に達している。もう……止められない!

 進の唇が雪の首筋をなぞり、右手は艦内服の隠れたファスナーを探り、見つけだして一気に降ろす。進はあらわになっていく雪の素肌を唇で愛撫しながら、その身にまとうものを取り去って行く。
 そして……あっという間に雪は生まれたままの姿になった。久しぶりに恋人に自分の裸身を見つめられ、羞恥心と幸福感が入り混じった感情が雪の胸の中を駆け巡る。体が熱くなる……そして、濡れる。

 進は雪の白い肌からひとときも目を離そうとせずに、自分の制服をもどかしそうに脱ぎ捨てると、再び恋人を強く抱きしめた。

 「雪…… どんなに、どんなに…… この時を夢見ていたか…… 雪…… 変わらないね。何もかも…… 君は……とても……きれいだ」

 「進さん…… 私もよ…… ああ、あなた……」

 進の熱い情熱がほとばしる。雪はその波に翻弄されるように体を波打たせた。ヤマトの中で押さえつづけていた全ての感情が一気に爆発する。


(by めいしゃんさん)

 あの日……離れ離れになった日々を終えて再会したあの日の逢瀬。雪は、彼にあんなにも激しく求められることは、もうないだろうと思っていた。けれどそれは違った。今日の方がもっともっと激しい。
 その激しさは決して力任せのそれではない。振れる手も唇もそっとやさしく舐めるように丁寧なのだ。それでいて、内からあふれ出る進の激しい想いが雪の体に突き刺さってくる。
 そして彼が中に入ってきた時、一つになった幸せに浸る雪の心と体は最高に満たされた。

 さらに、何度なぞっても、何度触れても飽きることを知らない進の欲求が、雪を求め続け、雪の欲求を誘った。

 (9)

 あれから何度果てただろうか…… その度にぎゅっと抱きしめあい、そしてすぐまた新たに火が燃え始める。
 空調がまだ完全に回復していない地下都市の部屋は、温度が高くなっている。その中での激しい動きの繰り返しに、絡み合う二人の体は汗でじっとりと濡れていた。
 そして、何度目かに進が上になった時、その額から顔を伝い、汗がぽたぽたと雪の肌の上に落ちてきた。雪が見上げると、

 (額から……? もしかすると……目……からも? 涙……? 泣いてる?)

 「あなた…… 泣いてるの?」

 「違う……ただの汗だよ」

 否定する進の目は潤んでいた。汗が目に入ったのかもしれない。けれどやはり雪にはそれが進の涙に見えた。

 (進さんは、たぶん……泣いている……)

 雪は感じていた。進の激しいが、しかし、憂いを秘めた悲しみの思いを…… ヤマトが無事任務を果たした安心感も確かにある。しかし、大切な友を、また期待していた部下達を亡くした悲しみも、一緒に雪への行為にぶつけているのだ。
 今は忘れさせてくれ、なにもかも…… 俺の義務も責任もその全てを投げ捨てて、雪の中でおぼれたい…… そんな俺を受け止めてくれ…… 進の心からしぼりだすような叫びが聞こえてくるようだった。

 進にもわかっていた。今まで溜まりに溜まっていた欲求を満たしながら、深い愛情と共に、悲しみも辛さも全てを彼女にぶちまけていることを。そしてそんな自分を彼女が全て抱きとめてくれていることを……
 そんな彼女に報いなければ…… 自分が大切に思っていることを伝えなければ…… もう待てない、もう彼女を待たせないことを…… 

 その決意は雪にもはっきりと伝わっていた。

 (進さんは何かを……心に決めた……それは、私達の未来?)


(by めいしゃんさん)

 (10)

 二人が久しぶりに迎える地球の熱い熱い夜は時を刻み、いつしか二人は知らぬ間に眠っていた。
 翌朝、雪がふと目をあけると、時計はもう6時前を指していた。いつ眠ったのかも覚えていない。隣を見ると、やすらかな寝息をたてる愛しい人の顔があった。

 「進さん……」

 雪が進の胸に手をやって体を預けると、進はうっすらと目を開けた。

 「ゆ……き……」 雪を抱き寄せ囁いた。「いつ、眠ったんだろう……?」

 進もいつまで愛しあって、いつ眠ったのか全くわからなかった。ただ二人にあるのは、心地よい、あまりにも心地よい疲労感だけなのだ。そして、触れ合う肌の暖かさに、再び互いへの熱い思いが沸き起こってくる。
 もう一度二人で愛を確認しあったあと、進はゆっくりと起き上がった。

 (11)

 「シャワーを浴びてくるよ」

 進はベッドから降りるとバスタオルを手にした。その雰囲気に雪は何か感ずるものがあった。

 「古代……くん? どこか出かけるの?」

 「ああ、艦長として最後の務めをね。亡くなったクルーの遺族の方に報告をしてくる。1日もあれば終わると思うから、雪はご両親の所に行っておいで」

 進は背を向けたままそう答えた。

 「私も……行くわ」

 雪が慌てて起きあがった。以前、彗星帝国や暗黒星団帝国との戦いの後でも、進は艦の代表者として遺族の訪問をしていた。それに雪も時間が許す限り同行した。

 「いや、いいよ。今回は、島や真田さんがいる。たぶん、二人ともそのつもりをしているはずだ。だから…… 今日1日で終わると思う。終わったら、君の両親のお宅に寄るから」

 「そうね。立派な副長さん達がいらっしゃるものね」

 男というものは…… 昨夜やっと私の元に帰って来たと思ったら、またすぐに仕事モードに戻れるのね。

 雪はふと、あのヤマトの航海中に遭難し救助された後のことを思い出した。進がただ一晩だけ古代進に戻ったあの日、翌朝再び艦長に戻っていく進の背中を見ながら心が痛んだことを。

 でも、今は違う。もう私の心を痛めることはない。淋しくもない。だって彼は、あの時の彼ではない。悲しい背中しか見せてくれなかった彼ではないはずだ…… その証拠に、きっともう一度振り返ってくれる。きっと……!

 「いってらっしゃい……艦・長さん……」

 「雪……?」

 雪のちょっぴり淋しそうな言葉に、思惑通り進は反応した。振り返ってもう一度ベッドまで戻ってくると、雪の顔を両手で包んで、軽くキスをした。

 「どうした? 淋しそうな声を出して…… 一緒にシャワー浴びるかい? それとも……まだ、したい?」

 進がいたずらっぽく笑う。

 「ばかっ…… それにあなたと一緒にシャワーに行ったら…… ゆっくり入っていられないんだもの」

 雪はまた頬が赤くなるのを感じていた。思い出す……二人の部屋でいつもそんな会話をしていたことを。

 「ははは、右に同じ! 雪、心配はいらないよ。僕はもう君に背を向けたりしないから」

 「わかってる…… シャワー浴びてる間に朝食作っておくから」

 「ありがとう。愛してるよっ、雪ちゃん!」

 進は笑いながら、そんな軽口をたたきウインクを一つして、部屋を出て行った。

 「んっ、もうっ! 古代君ったら」

 雪も思わず笑みがこぼれる。いつもの……そう、ヤマトの艦長になる前のいつもの古代進がそこにはいた。彼は本当に帰ってきたのだ。まちがいなく……

 (12)

 朝食後、進は島と真田に連絡を入れ、雪に貰ったクルーたちの遺族の所在地を記した書類を持って出かけていった。

 進を見送った後、シャワールームに入った雪は、自らの体をそっとなぞりながら、体の内外に残る有形無形の進の愛の証を感じていた。

 「進さん…… おかえりなさい……」

 すがすがしい涙が雪の目からこぼれ、シャワーの水と共に流れ落ちていった。

−2− 夕日の中のプロポーズ

 (1)

 家を出た進は、予定通り副長達と待ち合わせ、遺族の訪問を順調に済ませていった。
 旅の途中で亡くなったクルーの家族へは、その都度通知が防衛軍から届いているためか、皆、既に落ちつきを取り戻していた。3人が語る死亡時の状況と無事に連れて帰れなかったことへの詫びを淡々と聞き、そして誇りをもって逝った家族の事を静かに忍んた。

 しかし、進たちが最も心配したのは、最後の最後に地球目前で散った若い二人の遺族の事だった。

 土門には両親も亡く、兄弟もおらず、父方の叔父という人物と話をした。両親と共に宇宙の星になって地球を見守ってくれるだろうと言う叔父の言葉に、3人は静かに頷かざるを得なかった。

 そして、揚羽の両親とその妹に会った時は、最も心を打ちひしがれた。父親はさすがに財界の著名人だけあって毅然とした態度で3人の話を黙って聞いていたが、母親は泣き崩れた。そして、星羅と言う名の妹は、気丈にも目の前で泣く母を慰め続けていた。

 最後には、父の蝶人は3人に鷹揚にねぎらいの言葉をかけ、先日まで入院していたと言う母親も涙を拭いて短く礼を言った。
 星羅だけは、くちびるをかんだままほとんど言葉を発しなかった。ただ、揚羽武がルダ王女と恋仲になり、その魂はルダの胸に抱かれて旅立ったと告げられた時だけ反応した。

 「お兄様は愛する人と巡り合って、魂はその方と共にあるんですね……よかった……」

 まだローティーンの娘にしては、大人びた受け答えだ。おそらく、武亡き後の両親の心の支えになるだろう。美しい印象的な少女だった。

 (2)

 夕方、訪問を終えた3人は、地下防衛軍司令本部の喫茶ルームに戻ってきた。

 「終わったな……」 島がため息をつきながらぽつりと言った。

 「ああ、いつもむなしくなってしまう。いつも家族の方々が、あまりにもけなげな対応をされるものだから」

 進も同じような表情でつぶやき、真田も同調する。

 「これが仕事だとは言え、切ないな、やっぱり。そして今度こそ、もうこんな事が起こらないようにと祈るよりほかない」

 3人はしばらく黙ったままコーヒーをすすっていたが、島が残りのコーヒーを一気に飲み干すと、バンと軽く音がするほどの勢いでカップを置いた。

 「よし! もう、これで終わりだ! 今から島大介はヤマト副長モードを終了だ!!」

 くよくよしても仕方がない。もう、切り替えよう。後に引きずるな。島の決意は自分にもそして、進達にも言い聞かせようとするようだった。その勢いに進も真田も思わず笑いがこぼれた。

 「そうだな。俺は今からただの真田志郎だ。また、面白いものでも開発するかな」

 「よしっ! 俺もただの古代進に戻るぞ」

 3人は互いに宣言しあうと笑顔で頷きあった。そして、その笑顔を待っていたかのように、さっそく進に島の突っ込みが入る。

 「で、ただの古代君よぉ。昨日はよろしくやれたのかなぁ?」

 真田はまた始まったかと面白そうにくくっと笑った。それに対して、進はというと……
 いつもなら、真っ赤になって『何を言い出す!』と怒鳴るところだが、今日は違った。

 「ああ、よろしくやったよ。最高だった」

 進は島に向かってニヤッと笑うとこう答えた。その反応に島も面食らったが、すぐにその驚きの顔が進と同じニヤケ顔になる。

 「ふーんっ! とうとう開き直ったか。また夜っぴでナニしてたわけだ。その割には眠そうな顔してないな」

 「そうだな、意外に眠くない。体も心も満足するとわずかな睡眠でも、熟睡してスッキリ目が覚めるもんだ」

 今日は進も負けていない。さらりと言ってのける。隣に雪がいれば照れて言えなかったかもしれないが、男同士の会話だ。悔しかったらお前もやってみろ、とでも言うかのように、得意げな進の表情は明るかった。

 「このやろう! 今日は随分堂々とのろけやがるなぁ。昨日までは情けない顔してたくせに」

 島が口をとんがらせて、進の頬をこぶしで殴るような格好をすると、傍で聞いていた真田がワハハと大声で笑った。

 「確かにいい顔してるよ、古代は……」

 (3)

 それでも島は、さらにまた容赦なく進に質問を突きつける。

 「で、これからどうするんだ? 結婚、決めるんだろうな?」

 「ああ、決める!」

 間髪を入れない進のはっきりとした宣言に、島と真田はほおーっと唸る。

 「だが、その前にプロポーズしないと……」

 「へ? お前、婚約までしてながらプロポーズしてなかったのか? どうやって婚約したんだ?」

 島が不思議そうに尋ねた。

 「まあ、いろいろあってな。タイミングを逃しちまったんだよっ」

 今日初めて照れくさそうな顔をして進が苦笑いした。

 「はぁ…… プロポーズもしてくれない男に、よくもまあ、雪はついて来てくれたもんだな。表彰状もんだぜ」

 あきれかえる島の言葉を進は否定しない。確かに島の言うとおりなのだ。

 「俺もそう思う。だから、こんどはきっちり決めるよ」

 そうはっきり宣言する進に、島も心底安心した。

 「ほんとだ、真田さんの言うとおりだよ。お前、いい顔してるよ。ああ、これで俺もやっと安心できるな」

 「なんでお前が安心しなきゃならない?」

 「お前たちの結婚式が延期になった原因が俺にもない、とは言わせないぞ。ひっかかってたんだろ? あの事も……」

 島の顔が急に真面目になった。
 彗星帝国との戦いの後、二人の結婚話は延期された。大勢の犠牲者を出した事への二人の配慮だと誰もが思った。特に島は、自分も辛い思いをしたテレサの死のことで、進と雪がどれほど心を痛めてくれていたかを知っている。

 「それだけじゃあないよ…… 俺が自分に自信がなかっただけさ。でも……」

 進は薄笑いを浮かべて島の方を見た。

 「自信がついたか? 艦長をやり遂げて……」

 真田が進の言葉に続きをつなげた。

 「いえ、真田さん。そうじゃなくて……なんて言ったらいいのかなぁ。雪に対してそんなにかしこまる必要も、虚勢を張る必要もない、っていうことがわかったってことでしょうか? 自信なんて必要なかったんだって」

 「そうか……そうだな。お前にとって、雪はお前の一番弱い所を見せていい相手なんだから、な」

 「……ああ」 進は島の言葉に頷いた。

 (4)

 「ところで古代、そのプロポーズは、いつどこでやるつもりだ?」

 「えっ? あ、ああ……まあいいだろ?」

 また矛先を変えて進を『口撃』する島に、さすがの今日の進も焦って、とぼけようとする。

 「だめだ、だめだ! 艦長が間違った選択をしないかチェックするのが副長の務めだからなっ」

 島が真剣な顔で身を乗り出して進に迫る。進は真田に助けを求めようと、目線を送るが、真田は面白そうに見ているだけで何も言ってくれない。

 「ふ、副長はもうやめたんだろう?」

 島の迫力にたじたじとなりながら、進は、さっきの島の言葉の揚げ足をとる。

 「いやっ! もし、これが失敗したらヤマトの一大事だ! いいから、言え!」

 何が一大事なんだかよくわからないが、島の勢いに進の方が負けた。

 「……地上に戻れてからだよ……場所は決めている」

 進が仕方なしにその場所のことを説明した。すると、島は面白そうに笑った。

 「へええ、お前って結構キザな奴だったんだな。まぁ、「初めての夜は輝く星の見える浜辺の部屋がいい」なんて言うロマンチックなお嬢様相手だからいいんじゃないか? ね、真田さん」

 「ははは……そうだな」 真田も楽しそうだ。

 「し、島っ! ったって、まさか朝飯食いながら「結婚しよう」なんて言うわけにもいかんだろうが……」

 「あったり前だ!! そんなことして見ろ。愛想つかされるのが落ちだ。お前は3年以上も苦労かけたんだから、めいっぱい雪を感動させるプロポーズしないと俺が許さん!……で、何て言うつもりなんだ?」

 次はセリフのチェックをとばかり島が言い寄るが、さすがにこれだけは進も赤面しながらも、頑として答えなかった。

 「島っ! いい加減にしろよ。それだけは……内緒だ!」

 「ふん、まあいい。だがな、古代。敵の大将を説得するんじゃないんだから、あんまりブツなよ」

 「う、うるさいなぁ!」

 「あっははは……」

 島の突っ込みはいつも鋭い。進は困り顔で返す言葉を失い、真田は大受けに受けていた。

 「とにかく、めでたい! とにかく、早くプロポーズを決めてこい! ドジるなよ。それが無事に済んだら、後のことは俺たちに任せておけ。盛大な結婚披露宴をやってやるからなっ! 覚悟しとけ!!」

 「ははは、ご期待に添えるように頑張りマス!」

 やっと詰問を逃れ、ふざけ口調で答える進の顔は、島が久しぶりに見る悪戯盛りの10代の頃のそれだった。

 しばらくして雪の両親宅へ行くと言う進を、島と真田が見送った。

 「別にいまさらプロポーズでもないような気もするが、こういうのもけじめなんだろうな。これで、古代も雪も人並みに幸せになれるな。あいつはここ一番ではきっちり決める男だから。今度こそ……」

 「そうだな、もう二度と誰もあの二人の邪魔をしてくれるな、と神に祈るばかりだ……」

 二人は、ヤマトの艦長が年相応の青年に戻ったことを、心から喜んだ。

 (5)

 それから1週間がたった。地球は脅威的なスピードでその姿を取り戻し、人々は地上に戻り、再び様々な営みを開始していた。

 進も雪も地上に戻り、防衛軍に復帰した。進はヤマト艦長として残務処理を、雪は長官秘書に戻っていた。

 そして、8月ももうあと数日を残すばかりのある日、二人は共に休暇を取った。「両親の墓の様子を見に行きたい」という進の希望をかなえるために。9月に入れば、進はまた宇宙勤務が始まる予定だった。その前に行っておきたいという。
 もちろん、進には思惑があった。墓参りの帰りに、雪に念願のプロポーズをするつもりなのだ。

 その日は、青い空に雲がまばらに浮かぶ久しぶりにいい天気だった。太陽の異常増進が停止したとはいえ、季節は晩夏。まだまだ残暑が厳しかった。
 休みに乗じて少し朝寝をむさぼってから、おてんと様にせかされるように二人は出かける仕度をした。
 いつものごとく、先に仕度を済ませた進が玄関先で叫ぶ。

 「おーい、雪! 行くぞ。はやくしろ!」

 進の声に、雪が「はーい」と答える。自分たちの部屋に戻って数日がたち、二人は以前と全く同じ暮らしを始めていた。

 今日は久々の墓参りだから、少しはきちんとした服装で行こうと言いだしたのは、珍しく進の方だった。進は、スカイブルーのカッターシャツにアイボリーのパンツ姿、雪は、レモンイエローのサマードレスだ。
 プロポーズするつもりの進だから、本当ならばスーツでも着たいところだが、この暑さと行く場所を考えると、さすがにそれはあきらめざるを得なかった。

 「おまたせっ!」

 お昼のお弁当を入れた籐の籠を持った雪が、やっと玄関まで出てきた。

 「全く……いつも同じことを言わせるなよ。どうして、それだけのことにそんなに時間が……」

 進がぶつくさと文句を言い出すのを押しとどめて、雪は進の背中を押して玄関から出た。

 「さあさあ、もういいからっ! 行きましょう、進さんっ」

 雪も今朝からなぜかとても上機嫌だった。そういえば、デートをするのも久しぶりな二人なのだ。それに…… 雪の中にはある意味で期待が膨らんでいた。帰ってからの進は何か考えているように思える。

 (古代君……今日、何か言ってくれるつもりかしら? そろそろ結婚のこと切り出してくるかな? もしかしたら……ううん、きっと……)

 そんな予感で心がウキウキしてくる雪だった。

 (6)

 三浦半島への道は、快適なドライブだった。まだまだ未開発地区の荒野は広がってはいるものの、緑化地区にはさっそく木々が植えられ、動物や虫たちのオアシスになっていた。

 「人はみんな、どんなに辛い目にあっても、また新しく生きることを知っているのね」

 「ああ、人だけじゃない。動物も植物も生きている物みんなだよ」

 途中で緑化地区を見つけては寄り道をしながら西へと走り、昼時には雪が作ってきた弁当を食べた。久しぶりの恋人たちのささやかなデートだ。
 そして午後3時過ぎ、車は進の両親たちの眠る墓地に到着した。墓地の周囲はまだ緑化はされていなかったが、建物や墓などにはなんの損傷もなかった。
 墓地の散歩道をゆっくり歩きながら、二人は岬の先端にある古代家の墓にたどり着いた。墓の周りを簡単に掃除した後、雪が花を手向けた。

 「私たち、無事に帰って来れました。見守っていて下さってありがとうございます」

 雪は墓に眠る人々に語りかけ、手をあわせた。

 「ただいま、みんな……」

 進は短くそれだけを言うと、黙って手をあわせ目を閉じた。

 父さん、母さん、前に一度連れてきたけど、彼女が僕の一生の伴侶になる人だよ。素敵な彼女だろう? だから僕はもう淋しくないよ。だって、いつも彼女がいてくれるから…… 彼女と二人で生きていけるから。
 兄さん、スターシアさん、今日、雪にもう一度きちんとプロポーズするんだ。ちゃんと言えるか後ろで応援しててくれよ。雪のことでは、兄さんに、よくハッパをかけられたよなぁ。今日も頼んだよ。僕が言葉に詰ったら助けてくれよ。
 サーシャ……お父さんとお母さんに甘えてるかい? 僕は君を地球に連れて帰って来れなかったことを、今でも後悔している。でももう、そのことでくよくよするのだけはやめたよ。そんなことをしても、君が喜んでくれるとは思わないもんな。僕は雪と幸せになる。みんなで僕たちを見守っていておくれ。サーシャ……可愛い僕のたった一人の姪っ子。

 心の中で一人一人に話しかける進。雪が目を開け顔をあげても、手を併せたまま、微動だにしない。そんな進の姿を、雪はじっと見つめ続けてた。
 しばらくしてやっと顔をあげた進は、にっこりと微笑んだ。

 「みんな、仲良くしてるらしいよ。サーシャがひとりうるさいらしい」

 「うふふ、そう……よかったわ。まだ、こっちの方が負けてるわねぇ。早く逆転しないと……」

 進の冗談に、雪も冗談と微笑を返した。
 それから進は、墓の前に腰を下ろすと、珍しく両親の思い出話や、守と遊んだ話を聞かせてくれた。雪は嬉しそうにその話に聞き入っていた。
 しばらくして雪がふと思い出したように口を開いた。

 「そう言えば、進さん?」

 「ん?」

 「去年のお正月に来たとき、『来年も来れたら……その時に何か話すよ』って言ってなかった?」

 進は雪の指摘にドキッとした。今年の正月来たら、その時はプロポーズしよう、と心に決めたのはあの時だった。

 「あはは……雪は記憶力がいいなぁ。覚えてたんだ? まあ、いいじゃないか」

 進はさりげなくごまかすと立ちあがった。今ここで言うわけにはいかないんだよ、雪!

 「やぁねぇ、なによぉ! 教えて……」

 「後で話すよ。さぁて、行くか」

 進は笑いながら逃げるように車の方に向かって走り出した。雪も慌てて後について走り出す。

 「もうっ! 何よっ! あっ、待ってぇ」

 父さん、母さん、みんな……また来るよ。今度は、彼女を僕の奥さんとして連れて来るからね……

 (7)

 車に戻った二人は墓地を後にした。
 墓地を出てしばらく走っると、太陽が海にだんだん近づいてきた。もうすぐ、日が暮れようとしている。雲の合間から赤く染まった太陽が見え隠れしていた。

 「あそこに行こうか?」

 「ええ……」

 あそこ……とは、進と雪がお気に入りの海の見える小高い丘。そこからの夕日の眺めが二人とも大好きだった。こちら方面にデートで来る度に立ち寄って、二人で何度もその夕日を見た。悲しい時も嬉しい時も幸せな時も辛い時も、この場所に来て夕日を見た。
 ここで進が弱音を吐いたこともあった。自分が雪にふさわしい相手ではないんではないかと自信を失いそうになった時も、あの夕日を見ていた。二人の思い出の場所なのだ。

 丘につくと、太陽がもう間もなく海に沈もうとしている。二人は丘の先端に駆けよって並んで沈みゆく太陽をじっと見つめた。
 あの太陽は、ついこの間まで今の1.5倍の大きさに膨れあがって地球を絶望の淵に追いやっていたのだ。しかし今は、なにごともなかったように美しいオレンジの光を輝かせている。

 雪はその太陽を美しいと思った。元に戻った太陽はやはり美しく、そして動物たちをはぐくむ暖かい恵みなのだ。

 「きれい……」

 「ああ……とても綺麗だ」

 進は雪の肩を抱いて引き寄せ、雪の顔を見る。綺麗なのは夕日……そして……雪。進はもう一度その夕日をじっと見つめた。
 (8)

 進はしばらく沈む夕日をまぶしそうに見ていたが、ふっと小さなため息をつくと、その場に腰を下ろした。雪も隣に座る。夕方になって微かに風が出てきて雪の髪を心地よくゆらす。

 「雪、僕は夕日が大好きなんだ」

 進は正面で落ちていく太陽を見ながらつぶやいた。

 「私もよ……とても美しいもの。でも沈んでいくっていうのは、ちょっぴり淋しいわ」

 「そうだな、でも、沈んでいく夕日は悲しいけれど、でもそれは、必ず明日の朝、朝日になって昇ってくる。だから……好きなんだ」

 「明日の朝日……そうね」

 『陽はまた昇る』という歌が昔あったけれど、落ちていく夕日は、暗い夜をやりすごすとまた昇る朝日になる。当たり前だけれど、必ず明日に期待できる力強い姿だ。

 「人間の一生にも山も谷もあって、夕日のように沈んでいくときも必ずある。どん底に突き落とされることだって……
 落葉や散る花びらはもう二度と元には戻らないけれど、夕日は違う。沈んでしまって辛い時を過ごしても、必ずまた新しい光を帯びて昇ってくるんだ。
 僕の人生もそうでありたい。どんなに苦しい思いをしても深い夜の中に突き落とされても……這い上がって、また朝日に……なれるように」

 「……古代君はいつもそうだったじゃない。どんなに苦しい戦いの時もあきらめなかったわ。そして必ず地球に帰って来たでしょう? あなたは……」

 イスカンダルへの旅以来、進は生死の最前線で戦い抜いてきた。雪はその全てを見てきたのだ。

 『あなたはいつも強かった……』

 「確かに…… 僕は今までどんな辛い時もそこから立ちあがって来れた…… それはなぜだと思う?」

 進が雪の方に向いて優しい視線を送る。その問いに雪は小首をかしげて考えた。

 「それは……沖田艦長の教えのおかげ……かしら? それとも、ヤマトの仲間がいたから?」

 「違うよ……」 進ははっきりと断言する。「いや、違うというと語弊があるかな。それもあるとは思う。でも……違う。それは一番じゃない」

 「じゃあ……?」

 海に落ちていく夕日がさらに大きさと明るさを増して二人を照らす。その光を進はまっすぐ眺めていたが、答えを伝えるために雪の方を向いた。

 「君が……いつもそばにいてくれたからさ」

 その言葉が雪の心を捕らえた。雪ははっとして進の顔を見る。

 太陽をバックにして微笑む進の顔はとても素敵だと思った。私をまっすぐに見るその顔は、私をいつも惹きつける笑顔だ。

 「僕一人じゃできなかった…… 何度も敵と戦って苦しい目にあった時も、大事な人を亡くした時も、いつも君がいてくれた。僕が辛くて泣きたいときは、いつも君がそばで僕を抱きしめてくれた。
 それは離れ離れになったときでも同じだよ。君はいつも僕の心の中にいた。
 必ず、帰って来て……そう言う君の声がいつも僕の耳元で聞こえてくるんだ。だから僕はどんな時でもそれを乗り越える事ができたんだ」

 こんなに真っ直ぐに自分に向ってくれる進を見るのは、雪には覚えがなかった。雪の心の中は嬉しさと、そしてなぜだか恥ずかしさで一杯になる。頬が赤くなっている気がするが、真っ赤な光の中ではそれは同化して進にはわからないだろう。

 「そんなこと…… 私だって同じよ。あなたがいてくれるから、あなたが頑張ってくれてるから……私も頑張れるの。私の方こそ、いつもあなたに守られていたわ。私だって何度もあなたに助けられたもの」

 進はいつもそばにいる雪を気遣ってくれていた。躓きそうになるとちゃんと手を差し伸べてくれる。だから、いつも雪は進の隣にいると安心できた。

 深い愛情を持って進を見つめる雪の顔は、夕日の中で美しく輝き、レモンイエローのドレスがオレンジ色の中で光る。まるで、光の女神のように……

 進は思った。確かにそうなんだ。君は、僕を守り支えてくれる女神なんだ……

 「雪……ありがとう、僕のそばにいてくれて…… そして、これからもずっとずっと僕のそばで、僕を見ていて欲しい。君がいるから僕は僕であり続けられるし、夕日の時も乗り越えて朝日になれるんだ」

 そう言うと、進はすくっと立ち上がり、雪の手を引いて同じように立ち上がらせた。
 夕日の先端が今まさに海に溶け込もうとしている。美しい光景が広がった。

 (9)

 進は雪の方に向き直り、肩を抱いて自分のほうに向けた。 進の脳裏には今までの出来事が走馬灯のように浮かんでくる。
 そして静かに息を吸いこむと、この数年間の全ての思いを込めてこう言った。

 「雪……結婚しよう。僕の人生は君なしでは始まらない。愛してる、誰よりも君を…… この宇宙の全ての何よりも、君が好きだ。いつまでも……きみと一緒にいたい」

 「……進……さん」

 雪の耳を心地よい言葉が流れていったことはわかった。言葉は確かに雪の耳から心の中に響いてきた。しかし、なぜか雪は進が言った言葉がすぐに理解できなかった。心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしている。

 今、何て言った? 「結婚しよう」って言ったような気がするわ。ほんとにそう言ったわよね? そうよね?

 雪の心の中はあふれだす思いで一杯になった。進のプロポーズの言葉に答えなければ、と思うのだが、声が出てこない。
 そして、また……同じ思いが巡って来る。進さん……今何て言ったの?

 両手を唇にあてたまま、進を凝視する雪に、進は困ったようにちょっと小首をかしげて答えを促した。

 「雪、返事は?」

 なんの返事? 雪の頭の中で思いがぐるぐると回る。たしか……結婚しようって言ったはず…… え? そうだったかしら? そうよ! でも、間違いないのかしら? そんな思いが雪に震える声でこんなことを言わせた。

 「もう一度……もう一度だけ言ってくれる?」

 雪の願いに、進は雪の両肩を掴んでぐっと引き寄せ、触れんばかりに顔を近づけると、

 「何度でも言うよ、雪! 結婚して欲しい! 結婚しよう!!」

 さっきよりも大きなはっきりとした声で雪に向かって宣言した。
 雪の目からは大粒の涙があふれ出る。いつかは言ってくれるとは思っていた。それも近い将来…… そう、今日にも聞ける、と自分でも思っていたのに……

 けれど、思っていることと、実際にその言葉を聞くのとは雲泥の差があった。嬉しくて嬉しくて言葉がなかなか出てこないのだ。進の顔を見つめ、口を動かそうとするのだが、言葉にならない。

 やっとのことで口を開いて、小さな声で、けれどはっきりと通る声で、雪は答えた。

 「……はい……喜んで!!」

 そう言うと同時に、雪は進の胸に飛び込んだ。進はその体を苦しいくらいに強く抱きしめる。息が止まりそうなくらいの進の力強い腕の中で、雪は幸福の涙に咽(むせ)いだ。

 「ありがとう、雪。長い間待たせてごめんよ。もう決して君を離さないから。二人で幸せになろうな」

 雪がこくんと頷いてから、ゆっくりと顔をあげた。すると、今度は進の顔が雪の顔に近づいてきて、ゆっくりと二つの唇があわさった。
 そっと触れるその唇は雪の涙のせいで少ししょっぱい味がした。それが、くちづけを続けるうちにだんだんと甘くなっていく。甘くて温かで柔らかなキス……

 このキスの味は、今までのどのキスとも違った。二人の結婚の約束のしるし…… それがこのキスの味。

 (10)

 いつの間にか日は完全に落ちて、あたりはすっかり暗くなっていた。空には月が昇り輝き、星もちらほらと見えている。長いくちづけと抱擁の後、二人は再び見つめあった。

 「雪? どうしたんだい?」

 放心したようにぼうっとする雪に進が尋ねた。その声に雪は今の現実に戻って、恥ずかしそうに微笑んだ。

 「だって…… 嬉しいんだもの」

 「そうか……でも、ほっとしたよ。今日も僕の気持ちがうまく伝えられるか心配だったんだ」

 「さっきのあなたの話、私一生忘れないわ。大切に大切に抱きしめて……私の宝物にする。ありがとう、進さん」

 「よかった……そんな風に思ってもらえて。なにせ、ちゃんと言えなかったら結婚してくれないって言われてたからな」

 進が満面の笑みをたたえて雪を覗き込む。

 「うふ、ちゃんと覚えてくれたのね? あのときのこと…… でも……ご・う・か・くよっ!」

 雪がニッコリとすると進の頬に軽くキスをした。誉められた進は、照れ笑いしながら雪の手をとって歩き出した。

 「さあ、帰ろうか…… 僕たちの家に」

 「ええ……」

 そっと寄り添い腕を組んで歩く二人。幸せを絵に描いたような恋人たちを、青く輝く月が後ろから優しく照らしていた。


 2204年の晩夏の夜。進の3年越しの雪へのプロポーズは、二人を至福の時にいざなった。
 しかし、アクエリアスの脅威に地球がさらされるのはもう間もなくのことだ。この幸せな恋人たちに、間もなく最後の試練の時が来ようとしていた。
 けれども、二人は必ずその試練を乗り越えられるだろう。今日の出来事を胸に抱いて…… 二人の未来をつかむために。

−おわり−

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