ロマンチックになりたい……

 
 最近、ひとりになると、私、彼のことばかり考えてる。
 たったひとりの人を、こんなにも深く、こんなにも切なく思うのは……生まれて初めての経験。

 彼が笑う。彼が怒る。彼が泣く…… そのどんなしぐさも、私にはすべてとっても大切に思える。
 これが恋? これが人を愛するということ……?

 彼が……だいすき……なの。

 今夜も彼のことが恋しく思い出されて…… そんな時は、ちょっぴりロマンチックな気分に浸りたくなる。

 地球を出てから三ヶ月あまり…… ヤマトは、ガミラスの攻撃をかわしながら、ひたすらイスカンダルを目指していた。

 ここ2、3日は割合と静かな航行が続いてる。その上、なぜだか急に地球との交信が復活した。個人的な通信はできないけれど、地球の様子が少しわかったのが嬉しい。

 もちろん、地球はいい状況じゃなかった。ヤマトを頼りにしてるけど、信じきれない人達が大勢いて、いろんなところで不満を爆発させている。
 だけど…… 私達は必ず帰るわ、だから待っていて!みんな!!

 第一艦橋でも、必ず帰ろうって話し合った。
 でも……通信班長の相原君だけは、不安いっぱいな顔をしていた。ここ数日気分がすぐれないらしくて、今日はイメージルームで治療してみたけれど、彼の気持ちは全然晴れなかった。
 彼、地球と連絡が取れたことで、かえってホームシックになったみたい。

 でもね、相原君。地球も大変な状況だけど、ヤマトが順調にイスカンダルを目指していることが伝われば、事態は変わるかもしれないじゃない?
 だから私達が、頑張らなきゃならないのよ!そうでしょ、相原君! 彼を励ます気持ちは、イコール自分へ言い聞かせる言葉だった。

 パパ、ママ、そして友達もみんな、絶対無事でいて! そして待っていて! 雪は必ず帰るから……

 とはいえ、ヤマトの旅は、ホント順調とは言えないの。ガミラスの攻撃は頻繁にあるし、そのせいで航行予定が大幅に遅れてる。

 この間も大ピンチだった。
 マグネトロンウエーブを出すと言う、変な要塞につかまった私達。もうちょっとでヤマトもろともばらばらにされるところだった。
 あの時、古代君と真田さんに助けられなかったら……私達どうなっていたか。

 ドキッ…… 私の胸がとくんとなった。

 なぜ? ふふふ……わかってるくせに、雪……
 そう…… 古代君のことが頭に浮かんだから。

 「古代……君……」

 口に出して言ってみると、もっとドキドキしてきた。

 コ・ダ・イ・ス・ス・ム…… その名をつぶやくたびに、心がときめくようになったのはいつの頃からかしら?
 いつも彼の姿を追っかけてしまうようになったのは……いつからだったかしら……

 あの日も、真田さんと二人で要塞爆破に派遣された古代君。必ず帰ってきてね、と走り去っていく彼の背中に祈った。

 だけど、予定時間になっても帰ってこなかった。ギリギリまで待ってそれでも来なくて、ヤマトはもう少しで彼を置いていきそうになった。
 あの時の私の心は、きしむヤマトの船体以上に引きちぎられそうに痛かった。

 古代君の声が聞こえた瞬間、私は心の中で「神様ありがとう!」って何度も祈ってたのを、今でも鮮明に思い出す。

 彼がいつもの笑顔で第一艦橋に戻ってきた時、私は彼に駆け寄って抱き付きたい衝動に駆られた。彼の温かい胸に思いきり顔をうずめたかった。

 そう、あのビーメラ星で助けられた時のように……
 あの時は、無我夢中で…… 彼の姿が見えたとたんに、私、我を忘れて駆け出していた。

 でもあの後、古代君が、ブラックタイガー隊のみんなから、たっぷりとからかわれて困ってたっていう話を聞いて、この度はなんとか我慢した。
 もちろん、私も加藤君達の意味深な視線の被害にはあったんだけど…… でもねっ、からかわれると恥ずかしい気持ち半分で残り半分は、なんとなく嬉しかったりして…… うふっ、もっと言って……なぁんて思ったりして。

 そ・れ・に…… あの時ヤマトに戻ってからの古代君のお説教。ヤマトに着くなり、ものすごく恐い顔で「なんであんな無茶したんだぁ」って。それはもう艦長のお説教よりもずしりときいた。

 心配かけてごめんなさいって、本当に心の底から思った。
 と同時に、ふと気がついたの。彼、どうしてこんなに真っ赤になって怒ってるのかしらって…… 同僚や部下を心配するのは当然なんだけど、でもなんだかちょっと違う感じ。
 島君だって、南部君だって、加藤君達だって、心配したぞって軽く睨まれたり、優しく声をかけてくれたけど、誰もあんなにひどく叱ったりはしなかった。

 怒鳴る古代君の姿は……
 いつだったか、子供の頃、遊園地で勝手に歩いて、迷子になった私を見つけ出した時のパパを思い出させた。
 ごめんなさいって泣く私をきつい口調で叱りながら、無事でよかったと強く抱きしめてくれたあの時のパパのように、心が温かくなるものを感じた。

 だ・か・ら…… 古代君も私のことを心から想ってくれているんだ……って、この時そう思った。
 古代君は本気で私を心配してくれてたんだって。私が彼のことを思うように、彼も私のことを思ってくれているんだって。

 コダイクンモ……ワタシノコト……スキデイテクレルンダ……

 それまでも、彼が私のことを好きだっていうことは、彼の態度やみんなの話からなんとなく感じてたけど、どこまで本気なのかわからなかった。でも……その日、私は彼の気持ちを……確信した。

 だけど、きっと彼はまだまだ告白なんてしてくれないんだろうな。告白は、ヤマトの使命を果たしてから……かな?

 そう、今はそれでいいの。今はただ、毎日彼のそばにいられればいい…… 彼の笑顔を見られれば、それで……いい。

 こ・だ・い……くん……

 そんな思いに浸りながら、私は今一人自分の部屋の窓辺に立っている。仕事を終えシャワーを浴びて、あとはお休みタイム。
 窓の外は、何も見えない…… ただ、真っ暗な空間に、無数の星が輝いているだけ…… いつも見る変わらぬ風景。

 さあ、もう寝よう。明日も早いのだから。

 小さなクローゼットから、いつものパジャマを引っ張り出そうとして、ふと手が止まった。
 たまには、気分を変えてみようか……? そんな気持ちがふと沸いてきた。

 たとえば、ロマンチックな気分になって……
 こんな風に想うのは、古代君のことを考えてたせいかしら?

 私は、クローゼットの一番奥にしまってあった包みを、そっと取り出した。

 それは旅立つ前に、看護師の同僚のみんなから貰った餞別の品だった。

 あの日、ヤマトで旅立つ数日前、連邦中央病院に挨拶に行った私の周りに、看護師仲間が集まっていた――――

 口々に温かい見送りの言葉を一人一人から貰って、それから……最後に看護学校時代からの親友の綾乃が私の前に立った。

 「雪、元気で行ってらっしゃい。 それで……これ。はい、どうぞ!!」

 彼女が両手で私に差し出したのは、オレンジっぽいパステルカラーの包み。差し出されるままに受け取ってみると、とっても軽くてふわふわしてた。

 「? なあに?これ?」

 すると、綾乃は見送りのみんなをぐるりと見まわしてから、くすぐったそうに笑った。

 「うふふ…… ヤマトに乗るあなたに、私達同僚みんなからのプレゼントよ! お餞別ってところかしらね」

 みんなもニコニコ笑っていた。その時私は心から嬉しいって思った。
 だって、ヤマトに乗るってことは、物事を悪く言う人からすれば、自分達だけ地球から逃げ出すんだろうってまで言われていた。
 みんなの中にもそんな思いがあるかもしれないな、って思っていた。だけどそうじゃなくて、心から気持ちよく送り出してあげようっていう気持ちが、このプレゼントにこもっているような気がして、だから、とても嬉しかった。

 私はその包みをぎゅっと抱きしめた。ふわふわとした弾力がかえってくる。中身はぬいぐるみかな?

 「あっ、ありがとう…… こんな時なのに、プレゼントなんて…… 本当にありがとう」

 すると、綾乃が念を押すように、こう言ったの。

 「うふふ、必ず持っていってね。絶対よ!」

 そんなのもちろんじゃないの! みんなに貰ったものだもの。持っていくに決まってるわ!

 「ええ、もちろんよ、必ず持っていくわ! これはみんなだと思って、大事にするから」

 するとなぜだか、みんなが小さな声でくすくすと笑い出した。綾乃もたまらなくなったのか、くくっと喉を鳴らした。

 「なあに? やあね、みんな変な笑い方して…… ね、これ開けてみていい?」

 「……いい、けど…… さっきの約束絶対守ってよ!」

 綾乃はもうくすくすと声を出して笑いながら、また念を押すの。いったい、なんなのよ、もうっ!

 「わかってるっ!」

 私はそう答えながら、急いで帳結びになったリボンを引きぬいて、包みを開けた。するとそこには…………

 唖然とする私を、大爆笑の渦が取り巻いていた。

 そこに入っていたものは、私の想像を絶するものだった。今、それはこの手の中にある。包みを持って鏡の前まで来ると、中のものを取り出した。
 あの時の笑い声と冷やかしの声が、私の耳によみがえってくる。
 貰い笑いじゃないけれど、私も思わずくすっと苦笑いしまった。

 そして、透き通った長い生地のそれを手に取ると、胸元まで持ち上げて合わせて鏡を見た。
 生地は前身ごろと後ろ身ごろが2枚重なっても完全に透けていて、その下の私の黄色と黒の制服が鮮明に見える。

 もうっ…… ほんとにとんでもないものをプレゼントしてくれるんだからぁ!

 心の中でそう呟いた。

 そう、彼女達のプレゼントは、私も生まれて初めて見た、ものすごくセクシーなネグリジェだった。それも絶対に自分じゃ買わないような……

 このネグリジェの目的って、どう考えてもやっぱり、一人眠る時に体を包むため……ではないわよね。それは、そう……愛する誰かと眠る時に、自分のカラダを相手に見せるためのもの。ううん、違う。眠るため……じゃない。

 ドキドキ……

 これからヤマトで死と背中合わせの航海をしようとする人間が持っていくものじゃない……わよね?

 おまけに、プレゼントはまだあった。そのネグリジェの下に身につけるのよ、とはっきりと主張するかのようなセクシーな…… それは、レース生地で作られた黒のランジェリーだった。

 胸にネグリジェをあて、その小さな黒い布切れを見下ろしながら、私は彼女達の笑い声を思い出していた。

 もうっ! 冗談が過ぎるんだからぁ! でも……

 包みを開いてあんぐりと口を開けてしまった私を見て、綾乃がまたいたずらっぽく言った。

 「雪、約束よ! 絶対持って行くって言ったものね!」

 「あっ、なっ…… でも、これ…… ん、もうっ! やだわぁ! みんなして、私をからかってぇ!」

 拗ねたように口をとんがらせてふくれる私を見て、綾乃は肩をすくめて困ったように笑った。

 「あは、そんなに怒らないでって、もしかしたら、ヤマトで素敵な人に出会って、そういうのを着て見せたくなるかもしれないじゃな〜〜い」

 綾乃が私の顔を覗きこんでさらに笑う。

 「あのねぇ、綾乃!!」

 再度抗議しようとした私を、今度は綾乃がまっすぐに見つめた。真剣なまなざしで……

 「私達ね、半分冗談、半分本気なのよ。雪!」

 「えっ?」

 「だって、雪がヤマトに乗って行っちゃったら、もう二度と会えないかもしれないじゃない!」

 「そんな……」

 「絶対にありえないってわけじゃないでしょう?」

 「それは……」

 「でもそんなこと思いたくなかった。悲しい別れをしたくない。みんなでそう話し合ったの。そして、思いっきり笑って送り出したいねって。だから……」

 綾乃の瞳に、涙が光った。私も思わずもらい泣きしそうになる。

 「みんな……」

 一瞬シーンとなって、沈黙が続く。するとそれを打ち破るかのように、綾乃が再び明るい声で言った。

 「それにっ! もしかしたら本当にそういう人ができるかもしれないじゃな〜い? それでもって、セクシーに迫ることもあるかもしれないわよ! その時は私達に感謝してちょうだいねっ!」

 目をくるくる回しながら、綾乃がニンマリ笑った。

 「もうっ!」

 綾乃の冗談に、私もくすりと笑ってしまう。

 「帰ってきたら、成果を聞かせてもらうからね!」

 他の子が横から笑った。

 「ばかっ!」

 「うまくいったら、今度は私にもプレゼントしてね!」

 また別の子もウインクする。

 「思いっきり派手なのあげる!」

 「彼氏も連れて帰って来るのよ!」

 みんなの声援を受けて、私は泣いていいのか笑っていいのかわからないまま、病院を後にした。

 うれしかった……  みんな……本当にありがとう……

 そのネグりジェを抱きしめながら、あの時のことを思い出して、思わず涙がこぼれちゃった。

 みんなどうしてるのかな? 元気で……どうか元気でいてね。

 そして、もう一度そのネグリジェを見つめた。そうだ、今夜はロマンチックに浸ろう。
 みんなと約束したんだものね。彼氏を見つけて、これを着て見せるって…… うふふ、でもまだそれは無理みたい。だから、今日はその予行練習よ。

 そんな風に思いながら、私は初めてそのネグリジェに袖を通してみた。
 薄ピンク色に染まった透明のネグリジェは、軽くて薄くて……体に身につけたように感じないくらい。その下に身につけているのは、私の大切なところをほんの少しわずかに隠すだけの黒のレースの……

 ひとりきりの個室にいるのに、誰も見ていないのにドキドキしてしまう。なんだか、何も着ていないみたいに妙に恥ずかしい。
 
 鏡に自分を写してみた。恥ずかしそうに頬を染めた私がそこにいた。でも……

 不思議…… このネグリジェを身にまとってみると、なんだかとってもロマンチックな気分になってきた。
 みんなが言ってたように、好きな人にこんな姿を見つめられて、そして……愛される日がいつか来るかしら?

 好きな人って……愛される彼って…… コダイ……くん……?

 鏡の中の私の顔が、コダイ君の顔に変わる。ああ、彼は、こんな私の姿を見たら、なんて言うのかしら。

 きれいだよ……

 そう言ってくれるかな? そして、ぎゅっと抱きしめてくれるのかな? うふふ……うふふ……

 胸がキュンとした。

 そうね、たまにロマンチックになってみるのもいい。今夜はこのままベッドに入って、この前借りてきたロマンス小説でも読んでみようかな。主人公を……私と彼に置き換えて…… うふふ。
 今夜は敵襲がないといいのだけれど…… 

 ベッドに横になる。シーツの冷たい感触が、いつもよりずっと直接的に感じられた。

 小説のページを開いた。
 美人だけれど、素敵な男性と縁のないちょっぴり気の強いヒロインが、ふとしたきっかけで、お金持ちのプレーボーイと知り合う。
 そんなよくあるパターンのお話も、この格好で読んでいると、いつも以上に心がときめいた。

 出会ったばかりの頃は、喧嘩ばかりしている二人。互いを求めているのに、それを素直に表せない。でも、自信たっぷりの男性は、巧みにヒロインを口説いて…… そしてとうとう唇を奪った!……

 ほぉっ、とため息が出た。ああ、古代君にこんな風に強引にくちづけされたらどんなかしら。
 それでも意地を張るヒロインに「君は僕に惹かれているんだ。それに自分で気が付かないだけなのさ」と言い切るヒーロー。ああ、すごくカッコよくて素敵。
 そのヒーローの口調を、古代君の声で想像してみた。うふふ……

 だけど…… 古代君じゃ、こんなスマートな真似は無理ね。だって、彼って全然プレイボーイには見えないもの。女の子と付き合ったことなんてほとんどなさそうだもの。

 でもいつか…… ずっと未来、大人になった古代君に、こんな風に抱きしめられている私がいるかもしれない…… そう思うと胸が高鳴った。

 そんな日がいつか来ることを、遠くの星々に、もう一度お願いしてみようかな。

 ロマンチックになるのは、とっても気持ちがいい…… このまま彼の夢を見ながら眠ろう。 

おしまい?

(背景:トリスの市場 ライン:Pearl Box)

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