再会−愛の生命−

 (1)

 「長官、ヤマトより入電です」

 「うむ、メインパネルに切り替えろ」

 地球防衛軍の反占領軍地下組織が地上の重核子爆弾の起爆装置を取り外し、そのことをヤマトへ連絡してから数時間がたっていた。地球の起爆装置を取り外しても、本星の起爆装置がある限り、重核子爆弾の危機からは逃れられない。その任はヤマトに託されていた。藤堂長官も、森雪も、ヤマトからの連絡を固唾を飲んで待っていたのだった。

 「こちら、宇宙船艦ヤマト、古代進です。ただ今より1宇宙時間前、暗黒星団帝国本星の爆破に成功、重核子爆弾の爆発の危険は無くなりました」

 メインパネルに映し出された進の声は、はっきりとそう伝えていた。

 「おお!」 「やったのか!」 「やはり、ヤマトはやってくれたのだ!」

 一斉に歓声があがった。長官の顔にも安堵の表情が覗いた。雪は、その進の顔をじっと見つめていた。報告を終えた進の視線も、長官の隣でパネルを見つめる雪にチラッと移った。雪には、進の目が少しやさしく笑ったように見えた。

 「古代君……」 雪は小さな声でつぶやいた。

 「古代、ごくろうだった。ヤマトのみんなにも私からの礼を伝えてくれたまえ。ヤマトはできるだけ早く地球へ帰還するように。待っているぞ、古代」

 長官は進にねぎらいの声をかけた。

 「了解しました。ヤマトはまもなく、地球へ帰還のため、連続ワープを開始します。地球到着予定は、10日後、12月31日を予定しています」

 「わかった。正月は地球でむかえられそうだな」

 「はい!長官。ただ、今回の戦いでも、山南艦長をはじめ、多数の犠牲者が……」

 「山南君が!そうか…… こちらでも同じだ。彼らの霊に黙祷をささげよう」

 長官がそう言うと、防衛軍本部とヤマトの両方でみなが黙祷した。黙祷の後、進は尋ねた。

 「地球の被害状況は?」

 「首都圏だけの被害で留まっている。重核子爆弾があることで、安心していたのだろう。地球の占領軍もヤマトを追って出て行ってしまったし、残党はほぼ壊滅させたと思う。最終確認はしていないが、おそらく、残ったものは、地球から逃げ出していったようだ」

 「そうですか…… わかりました。ヤマトを追ってきた占領軍は、ヤマトが撃破しておりますので、取って返す事はありません。では、また、定期連絡します」

 進がそう言うと、ヤマトの映像はパネルから消えた。雪はパネルから進の姿が消えてからもしばらくじっとそのパネルを見つめていた。

 (古代君、やったのね…… おめでとう……)

 雪の目からは、止めようとしても止める事のできない涙が流れてきた。それは、進が勝ったことだけではなかった。あの有人基地での進との再会から、緊急避難艇に乗りそこなって地球に残された事、敵将アルフォン少尉に助けられたこと、そこから、防衛軍本部に戻り、その彼と対峙することになったこと、そのすべてが涙となって出てきた。

 長官が雪の涙に気づいて、雪の両肩にそっと手を置いて言った。

 「雪、よかったな」

 その時の長官には、雪の涙は、ただ、愛する人が無事任務を終えて帰ってくる事を喜ぶ涙としか見えていなかった。

 (2)

 ヤマトからの連絡の後、長官は各地に連絡を取り、各地の被害状況、および残党の有無を調べるよう要請を行った。そして、眠れぬ忙しい夜があける頃、地球も悪夢から覚めたことが確認された。ただ、起爆装置の外された重核子爆弾だけが気味悪く光っているだけだった。

 長官は、さっそく全員を集め、地上の防衛軍本部への復帰を宣言した。雪も長官に従って地上へと向かった。

 昨日までとは打って変わった防衛軍本部には、大統領をはじめ、各国の首脳が集まり、さっそく今後の復帰プランを話し合っていた。雪は、その会議に長官の秘書として出席し、また再び忙しい日々が始まろうとしていた。

 防衛会議が終了すると、長官は雪に言った。

 「雪、ごくろうだったな。今日は、もう帰っていいぞ。自宅の様子も気になるだろう。私も少し休ませてもらう事にするから」

 「はい、ありがとうございます。長官」

 雪は、長官のねぎらいの言葉に、素直に従うことにした。進がいない間に起こった様々なことで、雪も疲労の極限まできていた。地下組織の中では、仮眠するのがやっと、もちろん、個室があるわけではなかった。今は、ただ一人になって、ぐっすりと眠りたかった。

 雪は、占領軍の破壊活動で交通の止まってしまった道を歩いて帰宅することにした。道路が遮断されていたりして、いつもの道順と違って遠回りせざるを得なかった。そのせいで途中、進のマンションが見えてきた。進のマンションは、表通りから1本中に入っている。そのおかげかまったく傷跡は見えなかった。

 しかし、雪のマンションは、ひどい状況になっていた。降下部隊の襲撃をまともに受けたらしく、表通りに面したガラス窓という窓はすべて破壊されていた。雪の部屋も例外ではなかった。
 部屋の中は窓から届く範囲は、無数のガンで撃たれた焦げ目がついていた。不幸中の幸いで雪の持ち物は、外からすぐの部屋にあまり置いてなかったおかげで、無事のようだった。

 「これはひどいわ……」

 雪は、すぐにマンションの管理人に、マンションの現状を確認した。管理人によれば、マンション自体が攻撃で破壊された箇所が多数できており、できれば、別の場所に避難して欲しいということだった。無事だったほとんどの住人は、親戚や知人宅へ引っ越しているそうだ。荷物の移動は、業者を紹介してくれるという。

 さっそく、雪は、業者を紹介してもらい、身のまわりの物と大事なものだけをスーツケースに入れて自分で持つと、残りは、実家に送ってもらう手配をした。そして、とりあえずは、被害を受けていなかった進の部屋へ行くことにした。

 進の部屋につくと、雪は両親に電話をした。自分の無事は知らせてあったが、自宅にいないとなれば、また心配されても困ると思ったからだった。

 「もしもし、ママ」

 「雪! もう、大丈夫なのそっちは?」

 「ええ、大丈夫よ。占領軍もいなくなったし…… でも、私のマンションが壊されてて……」

 「えっ!?」

 「でも、荷物は大丈夫だったの。とりあえず家に送ってもらうよう手配したから、悪いけどしばらく預かってもらえる?」

 「それは、いいわよ。それで、あなた、今どこにいるの?」

 「古代君の部屋にいるの。ここは、無事だったから」

 「古代、古代さんは? 雪、どうしたの?」

 「大丈夫よ。古代君たちはヤマトで無事に敵をやっつけて、31日には帰ってくるわ」

 「そう……よかった。そう…… 雪、家の方に帰ってきてもいいのよ」

 「ありがとう、ママ。でも、仕事が忙しいからそこから通うのは少し辛いわ……ごめんなさい。じゃ、そういうことだから、なにかあったら、こっちか、司令本部に連絡して」

 「わかったわ。雪、できたら、お正月、古代さんと帰っていらっしゃい」

 「ええ、古代君がなんでもなかったら……行くようにする」

 雪は母親にまた、心配をかけてしまったことを心の中で謝っていた。今回の出来事を話してしまって母の胸で泣けたらどんなにか気が楽か、雪はそんな事も考えた。だが、今、雪にはそんな時間はなかった。

 (ママ、いつも心配かけてごめんなさい…… 雪は……大丈夫だから)

 (3)

 夜もふけて、静まりかえった進の部屋で、雪は窓から外を見ていた。街の明かりは、ところどころ真っ暗なところがあるものの、明るさを取り戻していた。

 (人はすぐに立ち直って、また、新たに歩き出すものなのね。私も気持ちを切り替えていかなければ…… でも……あの人とのことは……私には忘れられない。愛したわけではない、でも……
 もし、あのまま、あの人が私を望んでいたとしたら、私は今どうしていたかしら。古代君はもうすぐ帰ってくる。会いたい。古代君に会って、古代君の胸の中で眠りたい。でも、私にあったことを彼にはどう話せばいいの? それとも、心の底にそっとしまったままの方がいいのかしら…… その方が、誰も傷つかない……)

 雪は、自分に言い聞かせるように、そんなことを思っていた。そして、シャワーを浴びると、進のベッドに滑り込んだ。

 (古代君……)

 雪は、1ヶ月前、進と、このベッドで眠ったときのことを思い出していた。

 **********************************

 11月の中頃だった。諒とのプロジェクトを終えて、再び通常の勤務に戻った進は、2週間の太陽系内パトロールを終えて、再び地球に帰ってきた。お互いの気持ちを確かめあった、あの湘南の別荘の逢瀬の後の久しぶりの再会に、進も雪も心をときめかせていた。いつものように、エアポートまで迎えに行った雪を、進は自分の部屋に誘った。

 「雪の手料理が食べたい」 進はそう言った。

 雪は、進と一緒に買い物をして、進の部屋へ行った。その事自体は、いつもの事で特に変わったことではなかったが、食事の後、ソファーでくつろいでいると、進は、ちょっとはにかんだような顔をしてボソッとこう言った。

 「明日、休みなんだろ。泊まっていけよ」

 進が、雪にそういうのは初めてのことだった。二人が結ばれたことが進にそう言わせたのだろう。雪は、少し頬を染めて頷いていた。

 その夜、進と雪は、再び愛を確かめあった。初めての時とは違い、進はもっと大胆に激しく雪を求めた。雪もそれに答えた。若い二人の情熱が熱くほとばしったそんな瞬間だった。

 **********************************

 雪は、あの時の進の手の感触が、まだ残っているような気がした。抱きしめられて、胸に顔をうずめた時に感じたあの暖かい肌も、汗のにおいも、みんな昨日のことのように感じられるのだった。進の熱い吐息が今にも耳元で聞こえてきそうな、そんな錯覚に陥っていた。

 (古代君……)

 雪は、進のベッドの中で、進に包まれているような気がして、他の事は何もかも忘れて久しぶりにぐっすりと眠った。

 (4)

 そのころ、ヤマトはワープを繰り返しながら、地球への帰路を急いでいた。進は、雪の無事を確認して再会を待つばかりなのに、なぜか、心が晴れない自分を感じていた。

 一つは、助ける事ができなかった姪サーシャのこと、サーシャを助ける事は本当にできなかったのだろうか。そして、サーシャの気持ちをどう受け止めれやればよかったんだろうか。サーシャは本当にひとときでも幸せだったのだろうか…… サーシャの涙声がまだ耳に残っていた。

 そして、もう一つは雪のこと。雪は無事が確認されたとはいえ、どんな辛い目にあったのだろうかと考えると気が変になりそうになった。ひどい事をされたんではないだろうか…… 心に傷を負ってしまったんではないだろうか。会って姿を確認して自分の手で抱きしめてやりたい。だが、どんな事を聞いても自分は雪をやさしく包んでやる事ができるんだろうか…… 進もまた、1ヶ月前の二人のあの夜のことを考えていた。

 (雪……早く会いたいよ。雪…… 会って君の笑顔を僕に見せてくれ!)

 「おい、古代。古代!」

 進は、大声で呼ばれてやっとはっとした。隣に座っている島の声だった。

 「今日のワープは今ので終了だ。これ以上は、体の方がもたんだろう」

 「ああ、そうだな。ふー 『総員に告ぐ。本日のワープは終了した。緊急待機要員を除いて休んでくれ。以上だ』」

 進は、艦内放送でそう告げると、自分も席を立とうとした。

 「古代……疲れているんじゃないのか? 顔色悪いぞ。今回は、心労も多かっただろう。ゆっくり休めよ。そんな疲れた顔で雪に会ったら、雪が心配するぞ」

 島が心配そうに言った。

 「ありがとう、島…… 大丈夫だよ」

 進は、無理に笑顔を作って島に答えた。それが本当の笑顔でない事は島には簡単にわかった。

 「古代、全ての責任を自分で負ってしまうなよ」 島は今はそう言うしかなかった。

 雪が進を夢見てぐっすりと眠っているころ、進はヤマトの自室で眠れぬ夜を過ごしていた。少しでも目を閉じて、体を休めなければと考えながら。

 (5)

 翌日、雪は日の出とともに目覚めた。しばらくぶりの熟睡で体の方は非常に快調な朝を迎えた。自分の部屋で寝るよりも、かえって、進の部屋で寝た事がよかったような気がした。部屋のあちこちで、進を感じる事ができたから。

 防衛軍本部へ出勤し、部屋の片付けをしていると、長官も出勤してきた。

 「雪、家の方はどうだった?」

 「はい、それが……私のマンションは壊滅状態で……」

 雪のその言葉に長官は眉をひそめて言った。

 「それじゃ、実家の方に帰ってたのかね」

 「いえ、あの……古代君のマンションは被害がなかったので……」

 雪は、さすがに上司に対して、それを告げるのが少し恥ずかしかった。が、長官は特に気にしていないようだった。

 「そうか、それは不幸中の幸いだったな。この際、押しかけ女房っていうのも、いいかもしれんな。はははは……」

 長官はそんな冗談をいう余裕さえあった。雪も、それを聞いてホッとして笑顔を浮かべた。

 「さて、今日もまた、忙しくなりそうだな」

 「はい!」

 雪は、仕事中は、何もかも、忘れられるほど忙しかった。そして、雪はその忙しさに感謝していた。

 それからの数日は、瞬く間に過ぎて行った。ただ、毎日のヤマトからの定期報告で進の顔を見ることを楽しみに過ごす事にしていた。雪は、他の事は考えないでおこう。ただひたすら、進が帰ってきて再会する日のことだけを考えようと、自分に言い聞かせていた。

 ある日、ヤマトから今回の戦死者の一覧とその簡単な状況が送信されてきた。残念な報告だが、地球に残っている家族にそれを伝えなければならなかった。雪は、その連絡先を防衛軍本部のコンピュータで検索して記入していた。

 「あら……真田澪? 聞いたことがある名前だわ。17歳? 訓練学校からヤマトに乗り組んだクルーがいたと言ってたけど、あっ!」

 雪は、諒や進とイカルスへ行った時のことを思い出した。

 (あのときの美しい少女……私に似てると諒さんが言っていた。あの子が戦死したなんて……)

 雪は、あの時の輝くような若い美しさを持った少女の姿を思い出して、思わず涙ぐんでしまった。記録によると、彼女は第一艦橋で雪の代わりにレーダー手を務めていたようだった。

 (やっぱり、優秀な人だったんだわ。いきなり、第一艦橋のレーダー手をするなんて)

 そして、澪の戦死理由を読んでまた驚いた。

 『敵母星に単身侵入し、ヤマトの侵入路を確保するも、敵母星より脱出できず、ヤマトの波動砲攻撃を受けた敵星とともに爆死』

 (!!! なんていうこと……こんな少女が単身敵星に侵入したことだけでも、信じられないのに…… 古代君がこんなかわいい少女を置いたまま、敵星を波動砲で撃ったって言うの? まさか……)

 雪の驚きは簡単にはおさまらなかった。しかし、どう考えても進が、簡単に仲間を見殺しにするはずもなく、おそらくは、相当切羽詰った末のことだったのだろうと、雪は思うことでやっと自分を納得させた。

 (でも…… 古代君、きっとこのことで、ずいぶん衝撃を受けているはずだわ)

 自分だけではなく、進もこの戦いで辛い思いをしていることを雪は知った。しかし、進の辛さはまだこんなものではなかったことを、また後で雪は知ることになる。

 雪は、気をとりなおして連絡先を検索した。しかし、真田澪に関するデータは防衛軍のコンピュータからは出てこなかった。

 (どういうことなのかしら? 彼女はいったい……誰なの?)

 雪は、その書類をまとめると、長官に提出して尋ねた。

 「長官、この真田澪という女性だけ、データがでないんですが」

 「真田……澪? 聞いたことのない名前だな。おそらく、今回のヤマトの急な発進で、イカルスから新たに乗ったクルーだろう」

 長官も知らない人物だったらしい。軍の中でそういうことは珍しい事だった。

 「はい、私、以前にイカルスへ行った時にこの女性を見ているんです。真田さんが宇宙戦士訓練学校の生徒だと言ってたのですが……」
 
 「真田…… 同姓だな。真田君の親類にでもなるんだろうか? まあいい、このことは真田君が帰ってから聞いてみよう。後は全部出来たんだね」

 「はい」

 「じゃあ、これはこれでいい。ところで、雪、すまないが、一つ頼みたいことがあるのだ。古代守君のことなんだが、守君の自宅のあるマンションの管理人の方から連絡があってな。『古代守さんが帰ってこないがどうなっているのか』と。殉職したことを告げたら、それなら、親族の人に部屋の整理をしてもらえないかと言ってきているのだ。彼のマンションも被害を受けたらしい。そんなにひどくはないらしいが、部屋の中を確かめた方がいいというんだ。
 守君の親族と言ったら、進君しかいないし、君に行ってきてもらえないだろうか。君なら古代も文句は言うまい。部屋も借りたままにしておけないし、整理して、荷物を古代の部屋の方に移せるようなら、移す手配をして欲しいのだが」

 長官は、守のことを思い出して、渋面を作りながら雪にそう頼んだ。

 「守さんの親族…… あの、サーシャは? お嬢さんの」

 守とスターシャの忘れ形見のサーシャのことを雪は忘れていなかった。あのいたいけな笑顔を見せていた少女は、もう、両親を失ってしまったのだ。

 「サーシャといっても、確かまだ2,3歳でないかな? それに、今、居所がわからんのだ。守は確か真田に預けたと言っていたんだが、真田がヤマトで出動しているので、どこか他の所に預けているとは思うんだがな」

 「そうなんですか。真田さんが預かっていらしたんですか」

 「なにか、地球の環境で合わないところがあったらしい」

 「そうらしいですね。それで、イカルスに……」

 「まあ、それは真田が帰ってくればわかることだ。彼のことだから、ぬかりなくやってるとは思うのだが」

 「はい、わかりました。では、守さんのお部屋には今日でも行って見ます」

 「うむ、頼んだぞ」

 (6)

 一方、ヤマトは日々、ワープをこなしながら予定通りのスピードで地球を目指していた。地球到着まであと4日。進は、単調に続く宇宙の旅の中にいて、一人になると、やはりサーシャのこと、雪のことを夢想することが多かった。
 今、進は、丁度休憩時間になりサロンに来たが、サロンには誰もおらず、一番奥のソファーにごろんと横になると、じっと天井を見つめていた。

 (もうすぐ地球に着く…… サーシャのことを、死んだ兄さんになんて詫びればいいんだろう。雪にはどう話せばいいんだろう。雪は笑顔で迎えてくれるだろうか。彼女を掴みそこなった僕を…… いや、雪は何があっても僕には笑顔を見せてくれるに違いない。でも、その笑顔が苦痛を隠す見せ掛けだけのものだったとしたら……)

 進は、何度同じことを繰り返し考えているかわからなかった。戦いの中に身を置いている間はそんな事を考える暇はなかったが、帰還中の今、時間はいくらでもあった。考えても仕方ないのに…… 自分にそう言い聞かせても、また、浮かんでくる。

 (きっと、雪の顔を見れば、こんな気持ちも消える。消えて欲しい……)

 進は、そう思うことで不安を打ち消そうとしていた。

 その時、相原と島がサロンに入ってきた。 二人は一番手前のソファに座った。相原は、サロンに誰もいないことを確認して話し出した。彼らが進の方に背を向けるように座ったため、進がいることに気がつかなかったようだ。

 「ねぇ、島さん」

 「ん?」

 「実は、ちょっと気になることを聞いたんですよ」

 「なんだ?」

 「雪さんのことなんですけどね。さっきの定期通信の後、通信担当の奴が僕の知り合いでちょっと雑談してて、どうやって重核子爆弾の起爆装置を外せたのか聞いたんですよ。そしたら……」

 (!!! 雪?) 進は、そのまま自分が見えないように息を潜めた。

 一旦、口を閉じた相原の話がまた続いた。

 「雪さんが功労者らしいんですよ」

 「そりゃ、すごいじゃないか」

 「そうなんですけどね、ちょっと…… 誰もいないですよね。古代さんになんか聞こえたら大変だから……」

 「どうしたっていうんだ?」

 島は相原がもったいぶって話すのでイライラして言った。

 「雪さん、敵の将校から情報を受け取ったらしいっていうんですよ」

 「敵の将校が自分の星を裏切ってまでか?」

 「まあね…… 雪さんとの間に何かあったんじゃないかって……噂なんです」

 「! どういう意味だ?」

 「あの状況じゃ、敵の捕虜にされたのは間違いないし、その将校が雪さんの身柄を個人的に預かってたんじゃないかって……だから、あのまあ、いわゆる男と女のですね……」

 相原も言いにくそうに言った。

 「バカなこと言うな! 雪に限ってそんな!」

 「いや、そうですよね。僕もそう思いますけど、そういう噂があるって話なんです」

 島の剣幕に相原も困ってしまっていいわけのような事を言った。

 「いいか、この話、誰にもするなよ。それでなくても、古代の奴、サーシャのことでも、雪を置いてきたことでもまいってるのに……」

 「わかってます。でも、地球に帰ればどこからか耳に入るんじゃないかと……」

 「その時は雪がそばにいる。きっと大丈夫だよ。二人が一緒にいれば不安も消えるだろうさ」

 「そうですね。古代さんと雪さん、あれだけ信じあってるんだから……ふー」

 相原は、ため息のような呼吸を一つして、漠然と前を見つめた。

 「なんか……傍で見てても切ないですね」

 「ばか、お前が切なくなってもしかたないよ! ははは……」

 島の言葉に相原も弱く笑った。しばらく、雑談を続けると、二人は席を立っていった。進は、出るに出られず、二人の話を盗み聞きする羽目になってしまった。聞きたくもなかった話を。

 (雪……君は一体どんな目にあったっていうんだ。君は爆弾の秘密のために……何をしたって言うんだ!? 雪)

 進には、雪が抜き差しならない事態に陥って選択の余地もなく、辛い選択をしなければならなかったのではないかという気持ちがしてならなかった。自分がサーシャを敵星ごと撃つしかなったのと同じように……

 (雪…… 僕が帰ったら、君を必ず守るから。どんなことからも……必ず。 これ以上君に悲しい思いをさせられない)

 (7)

 雪は、その日、仕事を終えるとまっすぐに守のマンションへ向かった。外から見るとやはり、襲撃の傷跡があちこちに見えた。マンションに着くと、まず管理人室へ行った雪は、自分が古代守の弟の婚約者であることを伝え、鍵を借りたいと頼んだ。管理人は、長官から雪が来る事を聞いていたようだった。

 「この度はご愁傷様でした…… 礼儀正しい立派な方でしたのに、残念です」

 管理人は、辛そうな顔で雪にそう言うと、鍵を渡してくれた。雪は、管理人に深々と頭を下げると守の部屋へ向かった。守の部屋に入るのは、雪は初めてだった。鍵を開けて入ると、その部屋は人が住んでいたとは思えないほど閑散としていた。

 きちんと片付いた部屋には、ベットと机にたんすが一つ、台所にはほとんど調理器具は置いていなかった。雪が行っては物を買い揃えている進の部屋とは、全く違った雰囲気だった。守はただ、寝るためだけにこの部屋に帰ってきていたのだろう。

 雪は、一番奥の壁際にある机の方へ歩いていった。机の上には、写真が1つ立ててあった。守とスターシャ、そしてまだ赤ん坊のサーシャが写っていた。たぶん、イスカンダルにいた頃撮ったものだろう。二人とも幸せそうに笑っていた。

 その写真を見ると、雪は思わず涙がでてしまった。少しの間だったが、進が航海に出ている間、自分にとっては兄のように頼れる人がいてくれたことを、雪はうれしく思っていたのに。こんなに早くいなくなってしまうとは、思ってもいなかった。

 雪は、涙を抑えながら、机の引出しを開けた。椅子の右にある、3段の引出しには、業務に関する書類らしきものが、いくらか入っていた。家に帰ってからも仕事をしていたのだろう。そして、手元の浅い引出しを開けると…… そこには、1枚の少女の写真が入っていた。

 「真田……澪……さんの、写真?」

 そこに写っているのは、まぎれもなく、雪がイカルスで見たあの少女だった。自分に似ているところのある、まだあどけなさも残るあの少女の……

 「どうして、澪さんの写真がここに?」

 雪は、不思議に思いながら、その写真の裏を見た。

 「えっ!!!」

 雪は、思わず絶句してしまった。そこには、『我が最愛の娘、サーシャ、2202.10.15 真田より送られる』と書かれていた。雪は真田澪が、サーシャだったことを初めて知った。

 雪は、サーシャがそんなに大きく成長しているとは思っていなかった。しかし、サーシャはイスカンダルの血を引いている。地球人と成長の度合いが違っているのだと気づいた。だから、守は地球で置いておけなかったのだと。周りを驚かせてしまう。それで、イカルスにいる真田に預けていたのだと……

 「じゃあ、じゃあ…… 古代君は、実の姪の命を…… ああ、なんてこと!」

 (古代君……ああ、どんなに辛い経験をしてしまったんでしょう…… 古代君……)

 雪は、進が受けた衝撃の大きさがどれほどのものだっただろうかと、考えただけでぞっとした。

 (古代君……)

 雪は、とめどもなく出てくる涙をぬぐう事ができなかった。そして、自分が遭遇したあのことよりもっともっと、進は辛い思いをしているに違いないと思った。

 (古代君が帰ってきたら、笑顔で迎えてあげないと…… 彼が抱えるその思いを少しでも軽くしてあげたい。私のことは心配させちゃいけない)

 (8)

 翌日、雪はいつものように出勤すると、長官に昨日のことを話した。

 「そうか…… 真田澪が、サーシャだったのか。親子してかわいそうなことをしてしまったものだ。だが、雪、サーシャのことはおそらくやむを得ない事態だったのだよ。それが、戦争というものなんだ。だからこそ、戦争は出来れば避けなければならないものなんだよ。」

 「はい……」 雪は、静かにそう頷いた。

 「うむ、雪。ちょっと、こちらへ来てくれないか。折り入って相談したい事があるのだ」

 長官は、そう言うと、応接室に雪を誘った。他の者に聞かれたくない話があるらしい。

 「実は、君のことで少し噂を聞いたもので、心配してるんだが」

 「噂?」

 「君が反占領軍の地下組織にくるまでの約10日間のことがな……」

 「えっ……」 雪は驚いて、長官の顔をみつめた。

 「君が敵の将校の家にいたっていう話で、その将校から重核子爆弾の情報を流させた。それも……何か二人の間に深い関係があってという…… いや、私は否定したよ。そんなことはないと。だが、噂があるのは事実だ。それで、先に君に話しておいた方がいいだろうと思ったのでね」

 「…………」

 「雪……」 長官は、なぐさめるように声をかけた。

 「ありがとうございます、長官。私が敵の将校に助けてもらったのは事実です。でも、それ以上は…… 古代君に言えないような事はなにも!」

 「わかっているよ、雪」

 「長官……私……」

 雪は、涙が出そうになるのをぐっと我慢して、アルフォン少尉の話を始めた。ありのまま、誰かに聞いてもらいたいと思っていたことを、誰にも話せないと思っていたことを。長官は腕を組んだままじっと聞いていた。

 「それで、全部です…… 結局は私は彼の好意に助けられたんです……」

 「そうか、雪…… 我々は君にそんな苦しい選択をさせるところだったとは……すまない」

 長官がそう言うと、雪は唇をかんで下を向いた。長官は気持ちを切り換えるように語調を変えていた。

 「雪、今の話は私は聞かなかったことにするよ」

 「えっ?」

 「君もこの話は誰にもするんではないぞ。もちろん、古代にもするな」

 「でも、長官……」

 「私の長い人生経験から言わせてもらうが、時には『人は知らないほうが幸せ』ということもあるんだよ。結局は、何もなかったんだ。古代に話したって余計な心配をさせるだけだ。自分の中にしまっておくのは辛い事かもしれないが、その方がいいと私は思う。噂は、ほおっておけばその内に消える」

 長官のその話し方は、上司と部下というよりは、父が娘に諭すような慈愛を含んだものだった。

 「……はい……ありがとうございます、長官」

 雪は、その言葉をしっかりと自分の胸にとどめた。

 (9)

 12月30日、いよいよ明日は、ヤマトが地球に到着する日となった。最後のワープを終えればヤマトは、太陽系のすぐ外まで帰ってくる。明日の早朝には、地球へ帰還できるだろう。さっきの最後の定時通信では、ヤマト乗組員全員に明日から正月3が日の休暇が伝えられていた。帰ればあとはゆっくりと休める。ヤマトの中は明るいムードにおおわれていた。

 進は、最後のワープを前にして、まだ自分の中のわだかまりがすっきりしなくて、真田のいる部屋にやってきた。

 「真田さん……いますか? 古代です」

 「ああ、どうぞ」

 「仕事中ですか? すみません。」

 「いや、どうした?」

 「いえ、なんとなく……」

 進の浮かない顔を見て、もうすぐ地球に変えるという瀬戸際になっても進の心が晴れてない事を真田は感じた。

 「古代…… 心配するなら、雪のことだけにしろ」

 進は、自分の気持ちを真田が気づいている事がわかった。

 「真田さん…… サーシャのことは忘れろと? そんなこと…… 僕はサーシャに何にもしてやれなかった。サーシャは僕を慕ってたっていうのに、僕はなんにも答えてやれなかった!」

 「古代、じゃ、お前、もう一度あの時からやりなおせたら、サーシャの気持ちに答えてやれたのか?」

 「……それは……」

 進は、雪への想いがどんなことがあっても変わる事がないことはよくわかっていた。

 「できまい。お前の心にあるのは、やはり雪のことだけなんだ。サーシャがどんなに思ってもそれはやはり同じなんだよ。そうだろ、古代」

 「じゃあ、どうしたら、どうしたらサーシャの心をくんでやって、そして、サーシャをあんな死地に行かせないようにできたんでしょうか……」

 どうしようもないと解っていても進は聞かずにいれなかった。

 「古代…… あれは、ああなるしかなかったんだ。サーシャにはわかっていたんだ。自分の叶わぬ思いも、そして、自分の短い命の事も…… それでも、サーシャは幸せだったんだよ」

 真田は思い出すように、目を閉じてそう言った。

 「あの若さで死んでしまってもですか?」

 進は涙声になった。

 「サーシャは、サーシャは短い人生だったが、一生懸命生きたんだ。そして、人を愛することを知ることができた。君のおかげでな。かなわぬ恋でもなんでも、人を愛してその人のためになりたいと思うことができたんだ。人として、とても大事な事を彼女は知ることができたんだから……」

 真田は、必死にそう言った。自分にもそう言い聞かせるように。

 「それじゃ、答えになりません…… 僕の気持ちは……おさまりません」

 「古代…… ありがとう。サーシャは…… 澪は……やっぱり幸せ者だよ」

 真田は、進の肩にぎゅっと手を置いてしみじみと言った。

 「だが、古代。今は、生きている者の事を考えるんだ。そう、雪のことを。雪はヤマトからの戦死者報告で、真田澪がどんな状態で死んだのか、だいだいは見当ついているだろう。お前がその事で苦しんでいるってことに、必ず気づいているはずだ。
 だから雪は、お前のことをきっと心配してるぞ。そんなところに、お前がその暗い顔で現れて見ろ。雪はどう思う?
 その上、『澪は実は僕の姪のサーシャだった。サーシャは自分にかなわぬ恋をした。僕はどうしたらいいんだ。』なんて悩んでいる事を知られてみろ。雪がどんな思いをするか目に見えてるじゃないか。余計な心配をさせるだけだ。彼女だって、今回のことで自分が苦しい目にあっているはずなのに。違うか、古代」

 「はい……」

 (雪に心配かけさせちゃいけないって思ってたのは、僕自身だったのに……)

 進は、真田に言われて、さっき自分が考えていた事を思い出した。

 「古代…… 俺はお前よりちょっとばかし長く人生を歩いてきているから言うが、『人は知らないほうが幸せだった』っていうことがあるんだぞ。お前も辛いかもしれんが、雪には出来る限り話すな。そして、そんな辛そうな顔を見せるな。いいな、古代」

 「真田さん……」

 「サーシャの事は、俺達二人がときどき思い出してやればいい。それで、じゅうぶんだよ」

 「わかりました…… まだ、僕の心の中でふっきれてませんが、でも、今は、ただ雪のことを思っているよう、努力してみます」

 「お前が幸せになることが、サーシャのためでもあるんだからな、古代」

 「……はい……」

 進は、真田の言葉がうれしかった。真田も、サーシャの事を考えると辛いのに違いなかった。それでも、進のために一生懸命説得してくれた真田の心がしみてくるようだった。

 その日の夕方、最後のワープを終えたヤマトは、太陽系のすぐ外まで到達した。地球到着時間まであと半日もなかった。到着までの時間、進は少し仮眠をとった。疲れた顔をしていてはだめだと、島たちから第一艦橋を追い出されてしまったのだった。雪のことだけを考えようと努めながら、目を閉じた。そして、夢を見た。

 同じ頃、雪もその日の仕事を終え、進の部屋に帰ってきていた。

 (古代君が明日帰ってくる…… もうすぐ会えるんだわ…… 今はただ古代君の笑顔だけを考えよう…… 私も笑顔で迎えてあげたい)

 そして二人は同じ夢を見た。

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 進は、雪に会える、そう思うとじっとしていられなくて、雪のいるところまで、走っていた。なぜか足元は軽く、飛ぶように走れる。雪は、あの丘の上にいる。もうすぐ会える。

 雪は、丘の上たたずんでいた。進がもうすぐ来てくれる。雪に会うために……

 「ゆきー」

 そう叫ぶ声が聞こえたような気がして、雪は振りかえった。

 「古代君!」

 雪は、進の姿を見つけると、思わず走り出していた。進も走る。雪もかろやかに走る。まるで雲の上を飛んでいるかのように……

 そして、二人はお互いの姿を見つけた。雪は進の胸の中に飛びこんだ。進は、両手を広げて雪の体を抱きとめた。

 「会いたかったよ……雪」

 「私も、会いたかったわ……」

 進は、雪を抱き上げて強く抱きしめた。そして、二人はお互いをしっかりと抱きとめて、抱擁を繰り返していた……

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 (10)

 12月31日の早朝、雪は太陽が昇る頃に目がさめた。時計を見ると、6時を少し過ぎていた。

 (あれは夢だったのね。古代君に会った夢を見てたんだわ)

 なぜかとても夢とは思えないほどの感触を雪は感じていた。本当に進に今まで抱きしめられていたようなそんな気持ちがしてならなかった。

 (古代君のベットで眠っているせいかしら? 幸せな夢だったわ。でも、もうすぐ、本当に会える……古代君に)

 雪も、昨日で仕事は終わって、今日から4日間は年末年始の休暇をもらっていた。ヤマトの到着は午前8時。昨日の様子では、定刻に到着するはずだった。雪は、出かけるためのしたくを始めた。時間は少し早かったが、家にいても落ち着かなくて早めに家をでた。

 海底ドックに到着のヤマトが飛んでくるところを見ようと、雪はその上にある、英雄の丘に来ていた。あの日、ここでみんなと再会して、イカルスをめざすことになったその場所で、進の帰還を見るために……
 空は晴れわたり、冬の寒さを感じさせない暖かな日差しがさし始めていた。

 7時を過ぎてしばらくすると、空にひとつ光点があらわれた。そしてその、光点は太陽の光を浴びて輝くヤマトの姿である事に、雪はすぐに気がついた。ヤマトは帰ってきた。その点がやがて戦艦の姿に変わり、ヤマトの形がはっきりと見えてきた。

 「古代君、おかえりなさい」 雪はそうつぶやいていた。

 一方、ヤマトの第一艦橋でも、地球到着の最終体制に入っていた。地球の大気圏内に突入するとどの顔も光に照らされて、さらに明るく見えた。進は、今朝見た夢のことを考えていた。なぜかとても暖かな感触の残る夢だった。本当に雪に会ったような気持ちになっていた。夢の中の雪は、いつも以上に美しい笑顔を進に向けてくれていた。

 (雪、あの夢のような笑顔を僕に向けてくれるのかい? 雪、僕は今帰ってきたよ。どうか、その笑顔を僕に見せて欲しい)

 進の目に少し明るさが見えてきているのを、島は発見していた。

 (古代、雪のことを考えるんだぞ。そして、雪の言葉を信じろ。他の誰がなんと言おうとも、自分の愛する人の言葉を信じろ、いいな)

 島は、進を見つめながらそう思っていた。

 西暦2202年の最後の日、12月31日のA.M8:00、ヤマトは地球に帰還した。

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