再会−愛の生命−(後編)


 (11)

 ヤマトが海上に着水するのを確認すると、雪は地下ドックへ降りていった。雪がドックに着くと藤堂長官が既に来ていた。

 「おはようございます、長官。」

 「おはよう、雪。帰ってきたな、ヤマトが……」

 「はい……」 雪は感慨深げに答えた。

 「周りのことは気にしなくていいからな」

 長官は微笑みながら、雪にそう言った。

 「えっ?……」

 雪は長官の笑みの意味に気づいて少し頬を染めた。その時、大きなサイレンとともにヤマトが海中トンネルから抜け出てきた。その勇姿はいつ見てもすばらしいものだった。

 (古代君が帰ってきた…… 私は素直に彼の胸に飛び込んで行けるのかしら……)

 ヤマトの第一艦橋からも、ドックの中が見えてきた。進は、ドックの中を見渡したと同時に、長官と一緒にいる雪の姿を見つけた。

 (雪……帰ってきたよ……)

 「雪、来てるな、古代」 島も雪を発見してそう言った。

 「ん? ああ……」

 「なんだ、古代。もっとうれしそうにしろよ! いまさらかっこつけるんじゃないぞ!」

 進が気のない返事をしたので、島が、進の背中をバンと叩いて言った。

 「ほら、古代。もう降りていいぞ」

 「バカなこと言うな。一応、俺は艦長代理として、艦の責任者なんだ。全員の退艦を確認してから……」

 「何を言ってる。この後に及んで、まだそんな事を言うのか。お前もたまにはちょっと柔らかくなった方がいいぞ。なんなら、俺が行って雪を抱きしめてきてやろうか?」

 島が冗談半分にせかしたてた。

 「ば、ばかやろう!」

 「あはははは……」

 第一艦橋中が大笑いした。そして、皆が口々に言った。

 「古代さん、強がり言ってちゃだめですよ」「そうそう、そう言うときは素直になったほうがいいですよ、古代さん」

 最後に真田が締めくくった。

 「行け!古代。後は、俺達がちゃんとやるから」

 真田の目は、『昨日言った事を覚えてるだろ』と言っていた。

 「ちょっと、艦内の点検をしてくる」

 進は、皆の言うとおりに降りるとは言えなくて、そんな苦しい言い訳をして、席を立った。

 「点検終わっても、戻ってこなくていいですからね。」

 南部が進の後ろからそう言った。

 「ははははは……」

 進の後ろからはみんなの笑い声がこだましていた。

 進は、第一艦橋を出ると、走り出したくなる気持ちを抑えながら、自室に戻り荷物を持つと、出口へと歩いて行った。出口は既に開いており、乗組員達が既に降り始めていた。
 いつもこんなに早く降りたことのない進は、なんとなく気恥ずかしくて、思わず出口手前の角で立ち止まってしまった。
 そこへ、丁度、機関室から徳川が出てきたところだった。

 「あっ! 古代さん! 今日は早いですね。ああ……そっか…… ははは。さあさあ、雪さんがお待ちかねですよ」

 徳川はひるんでいた進の手をひっぱって、出口へと急いだ。

 「お、おい、徳川、いいって…… あのな、あ、いや……」

 進は、どういっていいかわからず、そんな言葉を繰り返しながら、それでも徳川が引く手に逆らわずに出口へと進んだ。

 出口から外へ出ると、すぐ下に雪と長官は立っていた。

 「雪……」

 その瞬間、進の目の中には、雪の姿しか映らなくなった。進は雪の方へ向かって、ゆっくりとタラップを降りていった。雪も、進が降りてくるのに気がついて、その美しい瞳をいつも以上に大きく見開いて、進の姿を見つめた。その顔はかすかに笑みを浮かべていた。進は、さらに一歩一歩を確かめるように、雪に近づいて行った。そして、今、雪の目前に立ち止まった。

 「雪……帰ってきたよ」

 「古代君……」

 雪の目には涙が浮かんでいた。雪は倒れこむように進の胸に顔を沈めた。そして、進はその雪の体をしっかりと抱きとめた。二人はお互いの体温の暖かさをじっと感じていた。ただ、ただじっとそうやって互いの温かみを感じていた。

 生死を賭けた戦いをそれぞれが体験してきたにしては、それはとてもシンプルな抱擁だった。しかし、二人とももうこれ以上、体が動かなかった。それは、互いがどんな体験をしてきたかとか、どんな目にあったのかとか、もう全く関係のない話だった。二人にとって、互いの存在を自分の身に感じること、それだけで十分だった。生き別れになっていた自分の片割れが、ここでやっと一つに戻ったかのように。

 どれくらいの時間がたったのだろうか。進と雪が再会を果たしたのを、第一艦橋から見下ろしていた島と真田が、最後の退艦者として長官に報告し、簡単なねぎらいの言葉をもらっている間も、二人は身動き一つしなかった。
 長官は微笑みながら帰って行った。島と真田は、二人の姿を見て、互いに頷きあい、笑った。そして、二人に何か声をかけようとしていた相原に、島が首を振り、指を一本口元へ持っていった。

 二人の間を何人が微笑みながら通りすぎたか知れない。それでも二人はじっと抱きあったままだった。そして、二人がやっと周りがあまりにも静かな事に気づいた時には、すでにドックに人気はなかった。

 (12)

 進は、やっと我に帰って周りを見渡した。ドックの中は、遠くで作業している人が数人見えるだけで、もうヤマトの周りには誰もいなかった。雪も顔を上げ、進の顔を見た。

 「俺達しかいないみたいだ……」

 「あ……」

 雪もそこではじめて現実に戻って周りを見た。二人は、それほど長い間、じっと抱き合っていたのだと気がついた。進も雪も、ヤマトのクルーやドックにいた人々が自分たちのことを見ていったのかと、今になって気がついて急に恥ずかしくなった。進は、いたずらっこが逃げ出したいような、ばつの悪い顔をして、雪に言った。

 「行こう。雪」

 「ええ……」

 二人は、再会の瞬間のこれ以上ない幸せの余韻を感じながらも、だんだんと現実の自分の姿を思い出し、また、互いの苦労を考えていた。進は、雪に起こった出来事や噂のことを。雪は、進がサーシャに感じているであろう、並々ならぬ苦痛のことを…… そして、自分に起こったその出来事についてを。

 進も雪も何から話していいのかわからず、しばらく無言で歩いていた。ドックを出て、地上に上がると、二人は沖田艦長の銅像の立つ英雄の丘に来ていた。

 「沖田艦長……」

 進は、そう声をかけるとじっと目を閉じて黙祷した。雪も進にならった。

 (古代君、お兄さんやサーシャさんのことを思ってるの?)

 雪は、口に出して言ってもいいのか、ためらってしまった。進の顔は、それほど真剣に祈っているように見えた。

 「家へ帰ろう」

 進は、目をあげると雪に向かってそう言った。年末の冬空は晴れ渡っていたが、やはり外に立ちつづけるには寒かった。進は、雪を肩を抱きかかえるようにして、自分の身に引き寄せ歩き出した。雪のぬくもりを感じる事が、今の進にとって一番幸せなことだった。

 「あっ…… 雪、家は? 大丈夫だったのかい? 首都圏は結構やられたらしいけど。」

 進は、あたり障りのないところから尋ねる事を見つけて雪に聞いた。

 「私の部屋と守さんの部屋が…… 守さんの事、なんて言っていいのか……」

 雪が顔を曇らせて行った。

 「…………大丈夫だよ、雪。近いうちに一度両親の墓に行って兄さんたちも一緒に眠らせてあげたいって思っているんだ。それより、君の部屋が? じゃ、君は今ご両親の所に?」

 雪は、守の話からサーシャの話になるかと思ったが、進は話をそらしてしまった。

 「いえ、あ、ごめんなさい…… 今、私、勝手に古代君の部屋に居させてもらってるの。古代君の部屋はなんともなかったから」

 雪は、急に話を振られて、あわててそう答えた。

 「なんだ、そんなこと。いいよ、いつまでいても」

 進は、なんの気なしにニッコリと笑って言ったが、言ってしまってから、その言葉の持つ意味を考えしまった。

 (一緒に住もうって言ったみたいだな……)

 それに気づいたのか、雪は少し赤い顔をして微笑んだ。その微笑が雪のYESのサインだと感じた進は勢いに任せて言った。

 「ずっと、居ていいよ、雪」

 進のその言葉を聞いて、雪が顔を上げて進を見つめるので、進は恥ずかしくなって言葉を足してしまった。

 「だいたい、俺が家にいるのなんて、月に何日もないし、ほとんど空いててるようなもんだからな…… 留守番がいると助かるかなって思ってさ……」

 「ふふふ…… そうね、古代君。留守番くらいなら、務まるわ」

 雪は、進が良い言い訳を見つけてごまかしているのが、おかしくてくすくすと笑いながら答えた。進も雪も本当は離れ離れになっている間のことを聞かなくてはと思いながらも、それをどう切り出して良いのか、どちらも決めかねていた。
 二人は、進の部屋につくまで、あたりさわりのない話に終始していた。

 (13)

 部屋につくと、進は部屋のソファーにどっかとすわって、大きく息をついて言った。

 「はぁー やっと帰ってきたんだな、地球に……」

 「ええ、おかえりなさい、古代君」

 雪も進の隣にすわると、にこりと笑って、少し甘えたような声でそう言った。進は、その雪の口元が恋しくて、そっと唇をよせた。そのまま、進は雪を抱きしめて、熱いキスを繰り返した。進は、さらに手を雪の胸元に持っていこうとして、ハッとして手を止めた。

 雪が進のいない間に、あの噂のようなことがあったとしたら、今、心に傷ついているかもしれない。そうしたら、雪には今、そんな行為は苦痛かもしれない。そう思う心が進の手を止めさせた。
 雪は、進の動きが止まったので目をあけて進を見た。進は、さりげなく立ち上がると、部屋の片隅においてあった荷物を見た。

 「これが雪の荷物かい?」

 「いいえ、それは、守さんの…… 長官に頼まれて、部屋の整理に行ったの。ほとんど、部屋には物らしい物はなかったのよ。ちょっとさみしいくらいのシンプルな部屋だったわ」

 「兄さん……」

 進がじっとその荷物を見つめているので、雪は意を決して、その一番上に置いてあった袋から一枚の写真を取り出した。それは、守の引き出しに入っていた、サーシャの写真だった。雪はその写真を進に渡した。

 「サーシャ……」

 進は、サーシャの写真を見て、動きが止まった。そして雪は言った。

 「サーシャさんまで……辛かったでしょう。なんて言っていいか、私……」

 「えっ?! サーシャまでって……! 雪、知ってるのか?」

 進は、澪の死を雪が知っていることは予想していたが、それがサーシャであるということは知っているとは思っていなかった。

 「ええ、私、真田澪さんを一度見たことがあるの。この前のイカルスへの出張の時に。だから澪さんの戦死報告を見て、ショックを受けたわ…… そして、守さんの部屋のかたづけに言った時にこの写真を見て……澪さんが誰なのかわかったのよ、古代君」

 雪は涙目になって、進の顔を見た。進の顔も驚きと苦悩がいりまじったような顔になっていた。
 「そう……だったのか…… サーシャの事、知ってたんだ……」

 そう言うと、進は、サーシャとの出会いから、敵星での地球偽装の話、そこにサーシャが残ったこと、そして波動砲を撃つまでの話を、少しずつ確認するように話した。

 雪は、進の話を黙って聞いていた。進が涙で詰まり、話せなくなりそうになると、進の手をぎゅっと握った。進は、雪の手をしっかりと握り返すと、また、話し始めた。そうやって、最後まで進は話し終えた。ただ、サーシャの進への恋心だけは、進はとうとう雪には話さなかった。

 「古代君……」

 雪はやさしくそう言って進の背中をなでた。進は、ぽろぽろと落ちてくる涙を止めようとしなかった。

 「雪……どうしようもなかったんだよ。それ以外にどうしようも……」

 「ええ、ええ……」

 雪はただうなづきながらそう答える事しかできなかった。進の苦しみも悲しみも十分にわかったから。

 「だけど、もう、この事は、言わないよ、雪。真田さんと約束したんだ。時々、二人で思い出してやろうって、だから、大丈夫だよ。雪、聞いてくれてありがとう」

 進は、涙を抑えて、かすかに微笑んだ。進の心の中の葛藤はまだまだ収まったわけではなかった。しかし、昨日真田が言ったように、これ以上雪に訴えても、雪を困らせるだけだと言う事がわかっていた。だから、もうこれで終わりだと、そう伝えたかったのだ。

 雪は、わかっていた。進がサーシャの事で、まだ苦しんでいる事を、けれども、進がそれ以上を言わない事は、自分への愛情のためだという事も知っていた。自分がまだまだ悩んでいる事を雪に見せれば、雪も悲しむだろうと思っていることも。

 「古代君……」

 雪はそっと進を抱きしめた。男泣きに泣く進の姿も、雪にはまた、いとおしかった。

 (14)

 しばらくすると、進は落ち着きを取り戻して、雪を抱きしめ返すと言った。

 「ごめんよ。僕のほうが心配してあげなきゃならなかったのに…… 反対だね」

 「え? 心配って?」

 雪はドキッとしたが、わからない振りをした。進は、真剣な顔をして雪を見つめたままだった。

 「どうしたの? 古代君ったら、疲れてるんじゃない? 少し、眠ってもいいのよ? それとも食事にする? 古代君、今日はまだ何も食べてないでしょ?」

 雪の言葉に、進が時計を見ると、昼近くなっていた。雪に話をそらされて、気勢をそがれた感じになった進は、とりあえず雪の言うとおりにすることにした。

 「ああ、そうだな。何か簡単なものでも食べよう」

 「おそば用意してあるんだけど…… 今日は年越しそばだから。まだ、食べるの早いかしら?」

 「ん、いいよ。そうしよう。手伝うよ」

 立ちあがろうとする進を制止して雪は言った。

 「いいわよ。古代君疲れてるんだから待ってて。すぐできるから」

 雪は、進から逃げるように台所に走った。進がさっき何を言おうとしていたのか、雪にはわかっていた。雪が地球に取り残された時のことを聞きたかったに違いなかった。だが、雪はまだどう説明していいか、思いあぐねていた。

 雪は、つゆを作ると、またお湯をわかして、そばをゆでる用意をした。進と知り合ってから2年余りにもなるが、年越しを進と二人きりで家でするのは初めてのことだった。最初の年も次の年もヤマトの中で新年を迎えていた。

 (これからは、毎年、こうして家で新年を迎えたいわ)

 雪は、今手にした平和が永遠のものである事を祈った。

 「さ、できたわよ。古代君、どうぞ」

 雪は、お盆に二つのそばを入れて、居間の方に運んできた。

 「ありがとう、雪。いただきます」

 進は、笑顔を取り戻して、そう言って食べ始めた。

 「美味しいよ、雪」

 進は、大抵の料理を好き嫌いなく食べ、そして必ず『美味しい』と言ってくれる。雪は、初めてヤマトに乗った頃は料理などほとんど作ったこともなかった。イスカンダルからの帰りの旅で、時間のある時に、料理長から少しずつ料理を習った。地球に帰ってからは、母親からも教わった。『美味しい料理くらい作ってあげないと、古代さんに嫌われるわよ』 雪の母はいつもそう言って笑っていた。

 だから、最初の頃の雪の料理は、色々と失敗もあったが、それでも、進はいつも美味しいと言ってくれた。その成果があってか、雪は今、大抵の食事をきちんと作れるようになっていた。雪は、そばをほおばる進の顔を見つめていると、ほかの事は全部忘れてしまいそうになった。

 「何かついてる?」

 進は、雪があんまり見つめるので、そう聞き返した。

 「ううん、なんにも……」

 雪はそう答えながら、笑った。とても幸せな気分だった。あの出来事はもうなかったことにしたい…… 進には何も言いたくない。話してしまえば、雪は今の幸せを壊してしまうような気がして恐かった。

 (15)

 食事を終え、雪は台所を片付けていた。進は、ソファーに座って考えていた。

 (雪は前と変わらない笑顔を僕に向けてくれる。このまま、何も聞かないほうがいいんだろうか…… でも、このままじゃ、あの時連れて行けなかった僕の気持ちは…… やはり、雪は、言いたくないんだろうか。あの笑顔は見せかけで、何も言いたくないほど……)

 その時、台所でガランガランという大きな音がして、雪が叫んだ。

 「あっ! いっ……」

 進は、慌てて立ちあがって台所に走った。

 「どうしたんだ? 雪!」

 進が行くと、雪は左肩を押さえ、うずくまっていた。その隣になべが一つ転がっていた。雪は痛さのあまり、言葉を失っていたが、やっと声が出た。

 「……ごめんなさい、古代君。何でも……ないのよ。なべを上の戸棚に入れようとして……ドジっちゃっただけなの。丁度、傷跡に当たったものだから……」

 「傷跡?…… あっ!」

 進は、雪の抑えている左肩を見て、あの時の銃で撃たれた傷だと言う事に気付いた。進は、なべを戸棚にしまうと雪に言った。

 「見せてごらん、傷がまた開いたりしたら大変だから……」

 「大丈夫よ。傷はもうすっかりふさがってるはずだから…… いいのよ」

 「だめだ、こっちへおいで」

 進は、まだ、肩を隠そうと体をよじらせる雪を抱きかかえるように、むりやり居間まで連れてくると、雪を座らせた。

 進は、雪のブラウスのボタンを二つほど外すと、左肩だけ服からはずした。雪は、少し、恥ずかしそうに顔をそむけたが、進に抑えられては抵抗のしようがないことがわかっているからか、されるがままになっていた。

 雪の肩の傷は、開いてはいなかった。しかし、雪の白い肌に赤く残る跡は、まだまだ痛々しく、それを見るのは、進には辛かった。進は、その傷をそっとなでた。

 「ごめんよ、雪。僕は、こんな傷ついた雪を、置き去りにして行ってしまったんだ……」

 進は、悲しげにそう言うと、肩に服をかけなおして、雪の顔を見た。雪は、進の視線が痛く感じられた。

 (聞かれる…… あの後のことを……)

 「雪、教えてくれないかい。あの後君はどうしていたのか。どんな事があったって聞いても、僕の君への気持ちに変わりはない。だから、話して欲しい。なにか辛い事があったんじゃないのかい?」

 「なにも…… 古代君が心配しなければならないことは何もないわ……」

 雪は、反射的にそう答えていた。

 「雪! それじゃ、何もわからないよ。何をされたっていうんだ。誰に何を……」

 進の話し方が、何かを知っているようなので、雪は驚いて進の顔を見た。進は、雪をじっと見つめ続けていた。

 「古代君…… 何か聞いたの?」

 「……その……噂があるって…… 君が反乱軍に復帰するまでのことで……」

 さすがに進には、その内容を雪に直接言う事はできなかった。

 「そう……なの…… ヤマトの中でもそんな話がでてたの……」

 雪は、長官から聞いた噂のことを思い出した。おそらく、それと同様のことを進は耳にしたのだろうと思った。

 「雪…… 噂は本当なのかい? 君が選択の余地のないところに追いこまれてのことなら、僕には何も批判することなんかできないし、僕はそのままの君を受け入れるから……」

 このまま、辛い思いを一人心の中に止めておくのは、雪にとって非常に苦しい事に違いないと思ったから、進は、雪を必死に説得した。雪にも、進の懸命な気持ちがよく伝わってきた。雪は、進の気持ちを受けて、話をする決意をした。

 「ありがとう、古代君。あなたなら、そう言ってくれると思ったわ。でも、お願い!間違えないで! さっきも言ったけど、噂のような事はなかったのよ。私が、他の誰かとどうかなったりはしていないわ。それだけは、わかってちょうだい、古代君」

 雪が真剣な目をして進に言った。進は、その表情に真実を見出していた。ホッとするとともに雪にこう答えた。

 「わかったよ、雪。僕は君の言葉を信じる。他の誰がなんと言っても、君の言葉を信じるから」

 「古代君……」

 そして、雪は、あの連絡艇が発進してからのことを話し始めた。あの時、倒れていた雪を敵の将校が助けて自分の宿舎に連れ帰った事を。

 「彼は、私をとても丁重に扱ってくれたわ。私がうわごとで古代君のことを言っているのを聞いて、連絡艇のことも話してくれたの。あの後、連絡艇から生命反応が消えていたって、そう言ってたわ」

 「それは…… 本当だ。あの後、僕は混乱していたからわからなかったんだが、あとで聞いた話だと、敵の追っ手から逃れるために、佐渡先生がみんなに仮死状態になる注射をしてくれたそうだ。連絡艇は自動運転でイカルスをめざした。イカルスの直前で僕らは目覚めたんだ」

 「そうだったの…… 彼が嘘をついていたんじゃないのね」

 雪は、アルフォンがそう言ったのは、雪を望むがための嘘ではなかった事を知った。

 「それから、私は、彼が技術情報将校だってことがわかったの。だから、逃げ出さないで、そのままそこに居たわ。もしかしたら、重核子爆弾の秘密を知っているかもしれないって思ったから」

 「でも、それに気付いた彼は私に出て行くように行ったわ。捕らえることもできたのに…… 反乱軍に戻れって…… そしてもし、自分を倒せたらその秘密を教えてやるって…… 私ももう、そこには居られないと思って、みんなのところに戻ったの」

 「それから、パルチザン部隊と一緒に重核子爆弾への突入して、そこで、彼に再会して…… でも、私には撃てなかった。助けてくれたその人を……」

 雪は、あの時のことを思い出して辛そうに眉をひそめた。

 「その時、後ろに倒れていた兵がまだ息があったのね。私を助けてくれるつもりで、最期の息で彼を撃ったの。彼は倒れたわ。そして、知ったの。彼らの星の人々は、文明が発達しすぎて頭部以外はサイボーグだったってことを」

 「サイボーグ…… そうだったのか。それで、手に指紋がなかったんだ」

 「彼は、言ったわ。地球人の健全な肉体が欲しかったと…… 彼らが重核子爆弾を爆破しなかったわけは、それだったんだって、気がついたのはその時よ。そして、少なくとも、彼には地球を滅ぼすつもりはなかったんだってことを。でも、彼らは地球への対応の仕方を間違えたのよね。もし、友好的に地球を訪れれば、お互いの星の間で交流もできたし、愛が芽生える事もあったのに…… そうすれば……」

 雪は、アルフォンが雪への愛を訴えた事を思い出していた。しかし、雪はその事を口にすることはためらってしまった。

 「そして、彼は、私に約束通り、重核子爆弾の解体図をくれて、事切れたわ。それで、おしまい……」

 雪は、自分が涙も流さずに淡々と話せた事に驚いていた。こんなに、すらすらと話せるなんてと…… 進が、自分の言う事を信じてくれると確信できたからだろうか。雪自身にもわからなかった。

 ただ、雪は進に、アルフォンの雪への想いと、重核子爆弾の秘密と引き換えに雪を求めた事、自分がそれを一旦は受け入れようとしていた事は話さなかった。『知らないほうが幸せ』だと思ったから。だが、進は、アルフォンの雪への想いを察知していた。

 「その男は、君のことを愛してたんだね」

 「えっ……」

 進が、あまりにも鋭い指摘をしたので、雪は驚いていた。

 「だからこそ、君をそんなに大事に扱ってくれたんだろう。君が好きな僕にはよくわかる。彼の気持ちが…… でも、もし、僕が彼の立場だったら……」

 「?」

 「いや、なんでもない。よくわかったよ、雪。やっぱり、君には辛い思いをさせてしまったことは事実だよ。僕が守ってやれなかった。そばに、いてやれなかった…… でも、もう離さない。誰からも僕が君を守るよ」

 「古代君……」

 雪は、ホッと安心して進の胸に飛び込んだ。これで、重い心を少し軽くする事が出来たような気がした。

 『もし、僕が彼の立場だったら……』その続きに進は、こう言おうとしていた。『爆弾の秘密をたてに取って、君を求めていたかもしれない。君はきっとそれを拒めないだろう』と…… しかし、進は、その言葉は飲みこんでしまった。

 進が言葉を飲みこんだのは、もちろん、言う必要がないと思ったからだった。雪が辛くなるようなことは当然言うべきではないと思っていた。

 しばらく二人はソファーに並んで座っていた。半日かかって、二人はお互いに起こった出来事を相手に話した。だが、二人とも全ての事実をありのまま話すことは出来なかった。それぞれに、相手に対するありったけの思いやりで包まれた、小さな秘密を持ったままだった。

 二人は、その小さな秘密がお互いにあることに、気付いていたかもしれない。けれど、それを口にする事はなかった。それは『人は時には知らないほうが幸せな事もある』そういってくれた、人生の先輩達の言葉があった。そして、また、お互いの言葉、それを真実として受け止めようとする、二人の愛のあかしでもあった。

 (16)

 「なんか疲れたな。少し、昼寝しようかな」 進が、やっと口を開いてそう言った。

 「ええ、そうなさいな。少し、休むと体が楽よ。」

 「雪は?」

 「私はいいわ。ちょっと、お買い物もしたいし……」

 「よかった……」

 「えっ?」 雪は、進の言う意味がわからなかった。

 「雪が隣で寝てるんじゃ、俺、眠れないよ。」 進は、いたずらっぽく笑った。

 「まあ、古代君ったら…… あ、そうそう、お正月は、どこか行くところあるの?」

 「いや、ん? 横浜に行きたのかい?」

 「ええ、ママが、あなたと一緒に一度帰ってきなさいって、言ってたから」

 「いいよ。しばらく、ご無沙汰してるもんな。また、君のお母さんに『あなたたちったら、一体何してるんだか』って叱られるな、きっと」

 「ふふふ…… 古代君、うちのママにいっつもやられっぱなしだもんね」

 雪の母親は、ふたりをまるで子供扱いして、いつもああだこうだと世話を焼きたがっていた。それに、進はいつも押されっぱなしだった。

 「それから、俺の両親の墓参りも行きたいんだ」

 「そうね、そうしましょ。それじゃあ、お正月のご飯のしたくはいらないから…… 手土産になるものでも見てくるわ。じゃ、ゆっくり休んでね」

 雪は、そう言うと、コートを羽織って出かけて行った。進は、雪を見送った後、ベッドルームへ行って横になった。雪が、10日ほど寝ていたベッドはなぜか甘い香りがしてくるようで、進の感情をくすぐった。

 (雪がいなくても、簡単に眠れそうにないかな……)

 それでも、進は目を閉じている内に、ぐっすりと眠ってしまった。進が熟睡するのは何日ぶりのことだろうか…… 記憶にないほど昔の事のように進は感じていた。

 しばらくして、買い物から帰ってきた雪は、ベッドルームを覗いた。進は、まるで無防備な子供のようにぐっすりと眠っていた。雪は、その寝顔を見て笑顔を浮かべた。

 (かわいい…… 古代君……)

 ところが、雪が夕食のしたくを終えても、進は起きてこなかった。

 (このまま、朝まで寝ちゃうのかしら……)

 せっかくの年越しの夜にひとりぼっちで起きているのではたまらないと思って、雪は再びベッドルームを覗きに行った。進は、まだ眠っているようだった。

 雪は、そっと入ると進の枕もとにしゃがんだ。進は規則正しい寝息をたてて眠っていた。雪はその寝顔をさわってみたくなって、手を進の頬にあてた。

 「古代君…… まだ、寝てるの?」 進の返答はなかった。

 「まだ、眠ってるのね…… 古代君…… 大好き…… 愛してるわ」

 進がまだ眠っているとばかり思って、雪はそうつぶやいた。その時、急に進にあてていた手を握られたと思うと、雪はベッドに引っ張りこまれてしまった。

 「あっ……」

 「耳元でそんなことを言われたら、このまま離すわけにはいかないな」

 進はそう言うと、雪を下にして上から見つめた。進の目が笑っていた。

 「古代君ったら……寝たふりしてたのね。 いじわる……」

 雪はわざとすねて見せた。

 「寝てたよ、さっきまで、君が声をかけてくれるまでは。久しぶりにぐっすりと眠って、すっかり元気だよ」

 進はそう言うと、雪を抱きしめた。

 「古代く・ん! 離して…… 夕食できてるわ、食べてちょうだい。ねっ……」

 「でも、まずは、こっちが食べたいな」

 進は、そう言うと、雪の胸元のボタンを外し始めた。

 「あ……ん……」

 雪は、抗おうとしたが、進は離さなかった。

 (ああ……本当は、ずっとこうしたかったのよ……)

 雪の心がそう叫んでいた。それは、進も同じ事だった。若い二人の想いは熱く燃えていた。もう、二人の間に隔たりとなるものは、何一つなかった。


by めいしゃんさん

 あの日、二人の手と手が離れてから、今この時まで、二人の心はいつも相手のことを渇望していた。それが今やっと成就して、進も雪も、もう夢中だった。何度抱きしめても、何度くちづけを交わしても、もうこれでいいと思えなかった。もっと、もっと、抱きしめたい、愛しあいたい。いつまでも、いつまでも、二人は相手を求めつづけた。そして……

 『ボーン、パラパラパラ』 外で花火の音がした。新年を祝う花火の音だった。

 「あっ、新しい年が明けたんだわ」 雪が言った。

 「2203年か…… 今年こそ、ずっと平和であって欲しいな」

 「ええ…… ずっとこうしてあなたと一緒にいたい……」

 雪と進はお互い微笑みあった。熱い情熱の時を経て、二人の目は輝いていた。

 「ご飯も食べないで…… お腹すいたでしょ?」

 雪は、始まりの時を思い出して、頬を染めながら言った。

 「うん? いや……美味しかったよ、雪」

 進が少し恥ずかしそうにそう言って、雪の火照った頬にキスをすると、雪はさらに頬を赤く染めた。二人はこの新しい年の初めに幸せをかみしめていた。

 翌朝早く、進と雪は、横浜の雪の両親の家へ向けて出発した。

 (17)

 車の中から、雪は両親の家に電話して、今から行く旨を伝えた。久しぶりの娘の帰宅に母の声はうれしそうだった。

 雪は、車の中で、あくびが出てきてしようがなかった。昨夜、ほとんど寝ていなかったからだった。

 「なんだい、雪。さっきから、あくびばっかり」

 進は、雪が一生懸命あくびを押し殺しているのに気付いて笑った。

 「だって……昨日……」 雪はそれ以上は恥ずかしくて言えなかった。

 「ふうん、俺は全然眠くないけどなぁ……」

 進は、自分には何も責任がないとでもいうように、平然と言った。

 「あなたは、お昼寝してたでしょ! もう!! 今度から、絶対に付き合ってあげないんだから…… 着くまで寝させてもらうわ!」

 雪は、進の態度にムッときてシートをがたんと倒すと、進と反対を向いて目をつむった。

 「はははは…… ごめん、ごめん、いいよ。おやすみ」

 進は、前を向いたまま右手で雪の髪をなでると、イージーリスニングの音楽をかけた。雪はここちよい音楽を耳にしながら、車のかすかな揺れに揺られてしばらく眠った。

 「雪、そろそろ着くよ」

 進のその声に目を開けると、両親の家はまもなくだった。

 「ただいま」「こんにちは」二人は玄関のベルを鳴らすと同時に、そう声をかけた。

 「はぁーい」 それに答える声がすぐにした。雪の母親の美里の声だった。

 「おかえり、雪、古代さん。さあ、おあがりなさい」

 美里に案内されて、リビングの方に入ると、父親の晃司も待っていた。

 「やあ、いらっしゃい、古代君。お帰り、雪」 

 晃司も満面に笑みを浮かべてうれしそうだった。進は、まだ、雪の両親の前に来るとなんとなく緊張がある。二人とも、進のことを実の息子のようにかわいがってくれるのだが、進はなぜか固くなってしまうのだった。

 「ごぶさたしてます。お父さん」 

 進は、晃司から自分たちのことは、お父さん、お母さんと呼んでくれていいと言われていた。確かに、おじさんと呼ぶわけにも、森さんというわけにもいかないのだが、それも、また、進には気恥ずかしい感じがしてしまうのだった。

 進が、家族と言うものの味を忘れてしまってから、日が長いからかもしれない。けれども、雪たち親子を見ていると、とても仲のよい親子で、進はまたうらやましくも思っていた。そして、自分を家族として受け入れてくれる雪の両親には、とても感謝もしていた。

 (そのうち、ちゃんと結婚でもしたら、こんな緊張感はなくなるんだろうか……)

 進にとっては、不思議な感覚だった。

 さっそく、お正月のおせち料理が並べられて、にぎやかな席が始まった。雪の両親もうれしそうだった。

 「それで、雪は、ずっと古代さんのところにいるつもりなの?」 美里が雪に聞いた。

 「えっ? ええ…… だって、古代君、ほとんど、地球にいないし……別に部屋借りてても不経済だし……」

 雪は、いきなりの母の質問に、どぎまぎしてやっと答えた。進も、のどに物を詰まらせそうになった。

 「ほんとにもう、あなたたちったら、何を考えてるんだか…… それなら、はやくちゃんと結婚しなさいな。婚約までしておいて、ずっとそのままなんだから」

 美里の言葉に、何も答える事が出来なくて、二人とも、赤くなってうつむいてしまった。

 「母さん、いきなり、二人にそんなこと言ったって、困ってるじゃないか」

 晃司が笑いながら、いつものことだという顔をして、美里をたしなめた。

 「だって、パパ。私は、もう、早く孫の顔が見たいのよ。パパだっていつもそういってるじゃないの」

 美里にそう言われて、晃司も返す言葉がなくなっていた。

 「いや、まあ、それはそうだが……」

 「ママ、帰ってくるなりそんな話なんだから…… もう。 それに…… 古代君、今回の戦いでお兄さんと姪御さんを亡くしてるのよ。今、そんなこと考えられるわけないじゃないの」

 「まあ、あのイスカンダルから帰っていらしたばっかりのお兄さんと小さな姪御さんまで…… そう、そうだったの。ごめなさいね、古代さん。知らなかったわ。本当にお気の毒に……」

 「いえ…… もう、大丈夫です。なんとか乗り越えましたから」

 進は、神妙な顔をして答えた。

 「いつも、ご心配ばかりかけてすみません。必ず、きちんとしますから」

 進は、真面目な顔で二人に向かってそう言った。

 「いいのよ、古代さん。ほんとは、あなたたち二人が幸せそうにしてくれてることが一番うれしいことなんだから。今日も二人の顔を見て、とても安心したのよ。二人とも、ほんとに幸せそうな顔をしてるから」

 美里は、微笑んで、進と雪に向かって言った。

 「ママ…… わたし、今、とても幸せよ」

 雪も思わず、しんみりしてしまった。雪は、両親が両親なりに二人の事を思ってくれているのがよくわかった。

 「さあ、もういいから、あんまりしんみりしてないで、食べてちょうだい。たくさん、作ったのよ」

 「はい、とても美味しいです。お母さんのおせち」

 進は、うれしそうにそう答えた。

 「ありがとう、古代さん。雪も来年は、ママの手伝いしてもらわないとね。あなた、まだ、作ったことないでしょ」

 また、とばっちりが雪に向かってきたようで、雪はあわてて答えた。

 「はい!ママ。ちゃんと、勉強しますっ!」

 「あっははは……」 みんなは、大笑いした。

 久しぶりの若い二人の帰宅で、雪の両親宅は明るい雰囲気につつまれていた。2203年1月1日、とても幸先のいい、初日を終えた。

 (18)

 翌日、雪の両親にいとまごいをした二人は、次に三浦半島にある、進の両親の墓に向かった。

 「古代君、かえって疲れたんじゃない?」

 雪は、車に乗るとそう尋ねた。

 「そんなことないよ。楽しかったよ、とても。おせちも美味しかったし…… 俺が宇宙に出てていなくても、雪はたまには、帰ってやれよ」

 「ええ、でももう、ママったら、いつもの事だけどほんとに困っちゃうわ」

 「やっぱり言われたね。ははは…… でも、親にしてみれば当然のことさ。僕の両親は他界して、いないけど、いたらきっと同じような事言うさ」

 「そうかしら……」

 「そうだよ。いつまでたっても、親から見れば子供は子供なんだよ。やっぱり、心配してくれる親がいるって言うのはいいもんだよ、雪」

 「…… そうね。ありがとう、古代君」

 雪は、素直に進に礼を言った。両親が揃っていると言う事は、雪にとって普通のことだが、進からすればそれだけでもうらやましい事に違いなかった。

 しばらく、景色を楽しみながら、走っていたが、岬の先端が見えるころ、進の両親の墓のある墓地が近づいてきた。

 「兄さんと一緒にたてた両親の墓に、雪は行くの初めてだったね」

 「ええ……」

 守が地球に帰ってきて、進と一緒に墓を建てたときは、兄弟二人の方だけがいいだろうと思って、雪はその時は遠慮していた。

 「すごく、見晴らしのいい墓地なんだ。兄さん、この墓をたてるためだけに帰ってきたようなものだな……」

 進は、さみしそうにそう言った。大丈夫だとはいっているものの、やはり兄の死も進には、こたえているに違いなかった。車は、岬の先端の高台へと上っていった。その、高台に、広い墓地が広がっていた。最近できたらしいその墓地は、公園と見間違えるような美しい門と木々や草花が植えられていた。

 「とても、きれいなところね」 雪は進に言った。

 「うん、景色も気に入ってここにしたんだ」

 進たちの建てたた墓は、墓地の中の端のほうにあった。古代家代々の墓と書かれたオーソドックスな墓と、その隣に小さな十字架の墓があった。その、十字架は進や雪がイスカンダルで見たあの墓と同じ形をしていた。スターシャのお墓だった。

 「どれも、何も入っていないんだ……」

 進がそうつぶやいた。そう、だれも、その死せる姿を残したまま、死んで行った人はいなかった。奇しくも、すべてが爆死という辛い現実があった。そして、それにまた、二人の何も残っていない魂がここに帰ってきた。守とサーシャ……

 進は、守が持っていた3人で撮った写真を小さな方の墓の下に入れると言った。

 「兄さんもサーシャもスターシャさんと一緒になれたよ。家族3人で仲良く暮らしておくれよ。いや、父さん母さんも入れて、家族5人だね」

 進は、そういうと、両手を合わせて祈った。その目にうっすらと光るものがあった。雪も持ってきた花束を墓の前に供えると、進にならって一緒に祈った。

 (天国で幸せな家族になれますように…… そして、ひとりぼっちになった古代君を守ってください……)

 「こっちの方が、にぎやかそうでいいな……」

 進は、墓を指しながら、さみしそうに笑うと雪に向かってそう言った。

 「そうね…… でも、きっといつかこちらの方がにぎやかになるわ、古代君」

 「ああ…… そうだな。そうしてみせるさ。今も、僕には雪がいる」

 進は、雪の方を見てそう言った。

 「古代君……」 雪は進が雪の存在を大切にしてくれていることがうれしかった。

 「ねぇ、雪。来年もまた、ここに来れるといいね」

 「そうね、また、来年も……」

 「来年も来れたら……」 進はそこで言葉を止めた。

 「来れたら?」 雪が聞きかえした。

 「その時に話すよ」 進は、そう言うと、遠く高い空を見上げた。

 進は、こう思っていた。

 (来年もここに来れたら、きっと、このサーシャへの重たい思いが少しは軽くなっているだろう。そうしたら、僕は新しい人生を歩き出したい。雪と一緒に…… 雪にもう一度プロポーズをしよう)

 雪は、進が少し遠い目をしていることに気付いた。何を見て何を想っているのか、今の雪にはまだわからなかった。

『再会−愛の生命(いのち)−』 完

前   編へ     番 外 編 へ

トップメニューに戻る     オリジナルストーリーズメニューに戻る    目次にもどる