幸せへの軌跡−進と雪の婚約物語−
Chapter2−First Date,First Kiss−
(1)
進は午後からの打ち合わせを終え、地下防衛軍本部のエントランスに出てきた。雪の方はまだ終わってないらしく、姿がまだ見えなかった。
(はあー。いきなり、雪の両親に会ってご挨拶かぁ…… 俺の一番苦手なことだもんなぁ……と言って、そのままにしておくわけにもいかないし…… でもなぁ…… やっぱり困った)
進は、昼間の雪との話を思い出していた。そこへ、ちょうど真田がやってきた。
「よう!古代。もう、今日は終わったのか?」
「はい、真田さん。 あっ、科学局の局長就任おめでとうございます」
「ははは…… たいしたおめでたくもないがな、一番性にあってる仕事だからな。明日からは休暇か?」
「ええ、3日間」
「そうか、いいなあ。俺は明日1日だけさ。いろいろ忙しくてな」
真田は、ため息を一つつくと仕方なさそうに笑った。
「真田さんは、ひっぱりだこですからね。僕は、新造艦が出来ない事には出航もできませんし……」
「そうだな。ああ、そうだ。古代、今から一緒に行かんか?」
真田は、手をくいっと口元に持ってきて飲む仕草をしながら、進をさそった。
「え?」
「これから飲みにいくんだ。大学の研究室時代の後輩でな。今は放射能研究所にいる奴なんだ。守も知ってる男で、か……」
真田がそこまで言った時、雪が駆けつけてきた。
「古代くーん! お待たせ! あら、こんにちは、真田さん」
「やあ、雪…… そうか、古代、デートの邪魔をしたら悪いな。また、今度誘うよ。じゃ」
「あっ、真田さん、すみません。じゃ、失礼します」
進は、真田たちと飲みに行ってみたい気もしたが、雪と約束した手前そう言うわけにもいかない。ただ自分の口からデートだとは言いにくかったので、ちょうど雪が現れて真田に察知してもらえてホッとした。
「どうしたの?」
「ん? いや、なんでもないよ。さ、行こう」
進たちが玄関を出るのと入れ違いに、奥からひとりの男が出てきた。
「真田さん! お待たせしました」
「おお、上条! 来たな」
「真田さんこそ。お帰りなさい。真田さん達のおかげで地球は救われたんですからね」
「何言ってる。お前こそ地球上の放射能の地下への浸透をずいぶんと抑えてくれたそうじゃないか。長官が誉めてたぞ」
「はは…… そうでもないんですよ、でも、ありがとうございます。真田さんに誉められたら一人前ですかね?」
真田に誉められてはにかんだように微笑んだ上条という男は、年のころは20代後半で知的な笑顔のさわやかな青年だった。
しかし彼は、その若い姿からは想像できないほど優秀な科学者で、真田が地球上で最も信頼し期待している科学者の一人だった。
「十分だよ、これからも頼むぞ!」
「はい、ところで、今誰かと話してマせんでした?」
「ああ、さっき古代守の弟がいたんだ。一緒に飲みに行こうと誘ったんだが、これから彼女とデートらしい。いい奴だぞ。若いけどなかなかしっかりしてる。ヤマトでは、艦長代理も務めたんだからな」
「へぇぇぇ…… さすが守さんの弟さんですね。それに、もう彼女ですか。うらやましい限りですね。あははは……」
「うん、ヤマトで一緒だった女(ひと)なんだ。美人で聡明な人だよ。ま、二人ともそのうち紹介するよ。さっ、行くか」
上条と呼ばれた真田の後輩は、実は雪の幼なじみだった。しかし、彼が雪と再会するのは、もう少し先のことになる。後日、進と雪と上条この三人の運命の糸は深く絡み合う事になる。(拙作『絆―君の瞳に映る人は―』を参照ください)
(2)
「雪、どこへ行くんだい? あの……もしかして、昼間の話の……君の家へ?」
進は、玄関ロビーを出て歩きながら、昼休みに雪たちに責められて宣言してしまったことを思い出していた。
「……古代君……嫌ならいいのよ。わたし……」
雪は、進のとまどっている態度を見て、さっきとは打って変わって伏目がちにつぶやいた。
「ちがうよ、雪! そんなことはないんだけど…… 何をどう言ったらいいかまとまらなくてさ。俺、ご両親にうまく言えるかどうか…… ごめん」
進は、自分の気持ちをうまく雪に伝えられなくて困ってしまった。雪も進の困惑を感じて、気持ちを切り替えるように明るい声で言葉を返した。
「古代君…… うふっ、とりあえず今日はそのことは置いておきましょ。私も、自分でちゃんとママやパパにも話さないといけないし…… 少し、待ってて」
「うん……」
その言葉に、進はやはりホッとしてしまう自分に気づいた。
「それより、古代君。あなた、私服って持ってる?」
「私服? いや、それがどうした?」
「1着も? 持ってないの?」
雪としては、予想はしていたものの本当に持ってないと言われると、やはりあきれ顔になってしまう。
「だって、いらなかっただろ。ヤマト乗艦前は研修生としていろんな基地に行ったりしてたし、ヤマトの中では当然いらないし…… 宇宙戦士訓練学校に入って以来買った事ないよ」
「……ふう! じゃ、これから私用で出かけるときも、ずっとその制服で行くつもり?」
「えっ? あぁ…… いやぁ…… 考えてなかった……」
今更ながらにハタと気付いた進の気まずそうな声に、雪はくすっと笑ってしまった。
「いいわ、今日は古代君のお洋服の買い物をしましょ。古代君に任せておけばいつ揃えられるかわかったものじゃないし……ねっ!」
「うっうん…… いいけど」
雪の発案に進は反対する理由がなかった。
「ところで、古代君、お金持ってる?」
「お金? そう言えば持ってない……」
ヤマトから降りてからも、進の頭の中はまだ切り替わっていないところが多々あるようだ。その点、雪の方が現実的だった。
「んー! もう!! どっかの銀行には口座があるんでしょ? それに、今日、ヤマトでの航海の分の11ヶ月分のお給料の振込通知を貰ったでしょ?」
雪に攻められて、進はやっと思い出したようにぽんと手を打った。
「あっそうか。貰った貰った! 中央銀行に昔兄さんが作ってくれた口座があるんだ。それを防衛軍本部に登録してるから、そこに振りこまれてるはずだよ。
たしか、銀行のIDカードもこのかばんの中に…… ああ! あった! これだ…… あ、そうそう、給料の明細書も見てないな。これだな」
進がIDカードと明細の入った封筒を取り出すと、雪はさらにあきれた顔をした。
「古代君ってば…… ほんとにそう言う事は無頓着なんだから…… 11ヶ月分って言えば、結構な大金になってるのよ。その金額も確かめようとしてなかったなんて……」
「あはっ、そうだな・・・ えーっと…… ええ!! こんなにあるのかい? 雪もそうなの?」
進は、振込明細に書かれている金額の多さに驚いて、雪にその明細を見せた。雪は、一瞬躊躇しながらも突き出された明細を受け取った。そして、視線でその数字を追う。
「航海中は、いろいろな手当てがつくのよ。それに……ほら、私よりは多いわ。これね、役職手当と危険手当。この部分が、古代君と違うもの」
「ふうん…… なんだか、ややこしいな」
進は、たいして興味がなさそうにそう答えた。
「でも、ちゃんと貰えてるかって確認しないと……」
「ふーん…… あっ!そうだ! これからは、明細貰ったら雪に渡すからさぁ。雪が自分のと一緒にチェックしてくれよ。 なっ!」
「ん、もう! 古代君…… まだ、私はあなたの奥さんになったわけじゃないのよ!」
思わず雪叫んでしまった。すると、進はその『奥さん』という言葉に一瞬ドキッとしたように、返す言葉に詰まってしまった。
「えっ? 奥? ああ……まだ? そりゃそうだな、うん……はは」
「あっ…… あはは…… とりあえず、これ、はい……」
雪も、言ってしまった後で少しばかり恥ずかしくなって、笑ってごまかしながら明細を返した。
進はちらりと、隣で赤くなっている雪を見た。
(奥さん……か 雪と結婚? いつか、そうなるのかな。でも、待てよ。俺たちまだデートもした事ないのに、ちょっと早いよな。いや、雪には見合いの話もあるんだし…… 雪んちに行けばやっぱり、いきなりそういう話になったりするのかなぁ? 雪はそこまでもう考えてるのかなあ……)
進は、地球に帰ってきて、やっと現実の世界に触れたような気がした。
ただ好きだというだけでは終わらない、いろいろなことがそこにあることを、この時初めて実感したのだった。
(3)
それから、雪は進を連れて、地下都市のデパートの紳士服売り場に向かった。そして、上着から、ズボン、靴下に至るまで、次々と進に合わせてみては、ああでもないこうでもないと、様々な衣装を物色した。
進の方は、自分の着る物のはずなのに、完全に雪になされるがままになっている。
「ねぇ、古代君? この服はどう? 色もこっちとあっちとどっちがいい?」
「うん? んー どっちでもいいけど……」
進にしてみれば、本当にそれが本音で、どっちを選んでも大差ないような気がするのだが、雪はそれでは納得しない。
「もうっ、古代君! あなたのお洋服を選んでるのよ! あなたが決めてくれなくちゃ……」
「ああ、じゃあ、こっち」
万事そんな調子で、進は自分の買い物だと言うのに、ただついて回っているだけのような気分だったし、雪の方は逆に真剣にあれだこれだと悩んでは選んでいる。
(女ってのは、買い物が好きなんだなぁ…… 俺なんか、どっちでもいいようなことを、真剣に悩んで決めてうれしそうにしている。でも……悩んでる雪は、かわいいなぁ)
進は、買い物ハさておいても、そんな雪の姿を見ることのほうが楽しかった。
「古代君!これは?」
ぼうっと見ていると、雪の声が飛んでくる。進は慌てて我に帰ると、またいい加減に洋服を選んでいった。
買い物が終わる頃、進の両手には、持ちきれないほどの荷物があった。雪は、とても満足そうにしている。
「こんなに買ったのか……?雪」
進は、自分が適当に答えている内にこれほどの買い物になっているとは思ってもいなかった。
「何、言ってるの? それでも全部3セットずつよ。着替えのこと考えたらこれでも最低限なのに…… それに、今は秋だから、冬になればもう少し厚手のものもいるし、夏になれば、夏の……」
「そ、そうだな…… ははは」
進は、また冬だ夏だとこうやって連れまわされる自分を想像して思わず苦笑いがでてしまった。
「でも、俺のばかり買って、雪はいいのかい?」
「ふふふ…… 古代君と一緒に私のお洋服まで買ってたら、古代君フラフラになっちゃうわよ。自分の買い物でさえ、こうなんだもの!」
それもそうだと、進は思った。
(雪の買い物ってなると、これ以上にハードなんだろうなぁ。確かに雪の言うとおりだ。雪の買い物に付き合うのなら、ヤマトで戦ってる方がずっと楽かもしれないな)
進の心の内を知ってか知らずか、雪は笑いながら進に言った。
「古代君疲れたでしょ。どこかで食事しましょうか?」
進も、待ってましたとばかり答えた。
「うん、そうしよう! そうしよう!!」
「古代君ったら、急に元気になったわね」
雪はまたクスクス笑いだした。
二人は、デパート内にあったレストランに入ると、食事をしながら、他愛もない話に終始した。
そんな、なんでもないひととき――話がゆっくりと出来るという事――に、二人は平和というものを実感したような気がした。
二人にとっては、これが初めてのデートだった。進も雪も互いの笑顔を見ることが一番幸せで、時間はあっという間に過ぎて、夜もふけていった。
「古代君、私、そろそろ帰らなきゃ……」
「ああ、そうだね。送っていくよ」
「ううん、大丈夫。エアカーですぐだから…… それより、明日からお休みでしょ?」
「ん? ああ、3日間。明日、どっか出かけるかい?」
「ええ! といっても、この地下都市じゃたいしたところはないわよね……」
「いいよ。ただ、雪と会えるだけでいいんだ……」
照れながらう言う、進にしてはめずらしく雪を喜ばせるセリフに、雪はじわっとわいてくる幸福感を味わっていた。
「古代君……」
「じゃあ、明日、司令部前の広場で10時でいいかい?」
「ええ、あっ、これ、私の家の電話番号…… 古代君のもちょうだいね」
「ああ、えっと……はい。じゃあ…… お休み、雪」
「おやすみなさい、古代君」
二人は、お互いの電話番号を交換すると、雪はタクシーを拾って家路についた。進は、雪の乗った車を見送ると自然に浮かんでくる笑顔を抑えられずにいた。
(雪…… 地球に緑が戻っていつまでも平和が続くといいな。そして、僕たちも未来について話しあえるようなそんな時代が来るといいよな! 好きだよ。雪)
(4)
それから20分後、雪は自宅ヘ帰ってきた。
「だだいま」
「おかえりなさい、雪。遅いわね。女の子がもう少し早く帰ってこれないの? 誰とこんなに遅くまでいたの?」
美里は、雪の遅い帰宅を非難した。
「えっ? お友達とお食事してたのよ。私だって、もう19、大人なんだから少しくらい遅くなってもいいじゃないの」
雪は、今はまだ進の名前を今出すのはまずいと思って、そんな風にごまかした。
「そう、もう19なんですものね。そうそう、明日からお休みなんでしょ?」
「ええ、3日間。でも……明日は」
約束があると言いかけたが、美里の声にさえぎられた。
「ああ、よかった!雪。明日、お見合いよ」
美里は、ニッコリと笑って、とてもうれしそうに言った。
「えーー!! なによ、いきなり」
雪は、母親が近い内に見合いの話を決めてくるんではないかと危惧していたが、まさかいきなり明日に決めてくるとは思いもしていなかった。
「あら、あなたもう大人なんでしょ? じゃあ、お見合のことも真面目に考えてもいいじゃない。明日のお相手ってね。ママのお勧めナンバー1の方なのよ。雪が帰ってきてすぐに、お話を持っていったら、即会いたいってお返事なのよ。ほら、この人。なかなかハンサムだし、お仕事は……」
「ママァ! 私はお見合いなんてしないっていってるでしょ? それに、明日は約束があるのよ」
美里が、ひとりで勝手に話し始めるので、雪は慌てて明日の約束を告げた。しかし、美里には全く通じない。ぴしゃりといわれてしまう。
「約束は、お断りしなさい。お見合いの時間は明日の10時から、もう仲人さんを通して約束してるのよ。こちらから勝手にお断りするわけにはいかないのよ!」
「そんな、勝手だわ」
「雪! 誰とお約束してるっていうの? お友達なら事情を話せばわかってくださるでしょう!」
雪がまた何か言い返そうとするところに、母と娘の口論を見かねて、晃司が間に入ってきた。
「母さん、まあまあ…… 雪、君は、お見合いできない理由でもあるのかい? 母さんが一番素敵な人を探してくれてるんだ。すぐどうこうということではなくてもいいから、会ってみたらどうだ?」
「だけど……」
口篭もる雪の姿に、晃司ははっと気がついて尋ねた。
「雪……? ヤマトで好きな人でもできたのかい?」
「え!?」
図星をつかれて、雪は大きく瞳を開いて二人を見つめた。その少し紅潮した顔に、美里も何か感付いたらしい。
「そうなの?雪? あ……もしかしたら、あの古代さんって人?」
美里の指摘に、雪は観念して進の事を話すことにした。いずれは話さないといけないことなのだから。
「ええそうよ、私、古代君が好きなの! 彼と付き合うつもりよ。だから、ほかの誰とも結婚なんかしたくないわ!」
「!!!」
(5)
雪は必死の思いでそれだけを言った。大きく見開いた目には、思わず涙が浮かんできた。
「雪、その古代さんて人ともう何か約束してるの? 将来のこととか?」
一旦、息を飲んだ美里だったが、気を取り直して静かに聞き返した。
「そんなこと、まだ…… だって、私たちヤマトが地球に帰るまではお互いの気持ちは伝えてなかったし……」
雪が小声でそう答えると、母はホッとしたように言った。
「それじゃ、そんなにムキになることないじゃないの。古代さんとはお友達でいなさい。見た感じ、まだ若い方でしょ? 雪と同じくらい? そんな人ならとても結婚なんて考えられないでしょう? 女は年上のしっかりした方に守られていくほうが幸せよ。ね、雪」
「そんな…… 私は、そんないいかげんなつもりで、古代君とつきあうつもりはないわ。彼のことが好きなの! 他の誰よりも! 今までは、将来のことも話す機会もなかったけど、これから考えるわ。もちろん今すぐっていうわけじゃないけど。
とにかく、古代君以外の人なんて、私には考えられないのよ!」
雪が必死になって説得しようとしても、美里には全く通じないようだ。逆に雪を説得しようと母の言葉が続いた。
「雪、今はのぼせ上がっているだけよ。ヤマトっていう限られた空間で過ごしてきたから、すごく素敵な人に見えてしまっているだけなのよ。
ほら、よくあるでしょ。制服を脱いだら、こんな人じゃなかったって急に失望するっていうのが…… あなたの思いなんて、そんなものなのよ。冷静に考えてみなさい」
「そんなことないわ! 絶対に違うわっ! ママだって古代君に会ってくれればわかるわ。彼はとても立派な人よ。だって、だってヤマトの艦長代理も勤めた人なんだから」
「艦長代理? あの若い人が? まさか……」
母が少し怯んだのを見て取って、雪は進を売り込むチャンスだと思った。
「ほんとうよ! 彼は、艦長の沖田さんが病気がちになってから、艦長代理として、ヤマトをまとめてきたんだから」
これで少しは考えてくれる、と思った雪の思惑は、次の美里の言葉であっさりと覆されてしまった。
「ということは、古代さんは、これからも戦艦に乗ってお仕事される人なのね。それも、責任ある立場で……」
「そうよ」
「だめよ、雪。そんな人と一緒になったら、雪は心配ばかりしなきゃならなくなるわ。
もし、また、戦争が起こったらどうするの? 彼はまた、戦場に出ていってしまうんでしょ? 待ってる方はとても辛いのよ。そんな思いをあなたにはさせたくないわ。
パパやママが雪を待ってどれだけ心配した事か…… あなた、そんな思いを一生し続けなくちゃならないのよ。だめだめ! 絶対にだめ! ママは反対よ!!
ヤマトの艦長代理がどんなに立派な仕事か知らないけど、ママから見たら、雪を悲しませるだけだわ!」
「そんなこと関係ないわ。ううん、それでもいいの! それに私はただ待ってなんかいない…… 一緒に行くもの。古代君と」
「雪!! ばかなこと言わないで!」
二人の話は、どうやっても噛み合いそうにない。とうとう、晃司が間に入って折衷案をだした。
「ママも雪も、もうやめなさい。これでは君たちの話は、いつまでたっても平行線だよ。
雪、パパも今の話だけじゃ賛成できないな。ママの言う事も一理あるんじゃないかい? ここでは二人とも少しずつ譲歩しよう」
「どんな風に?」 雪は、父に聞き返した。
「雪は、明日見合いをしなさい。これは、ママが勝手に決めたとはいえ、第三者の方を通しての事で、やはり断るのは失礼にあたるだろう。
会ってみて、気に入れば話を進めてもいいし、気に入らなければ断わっていいんだから。
そして見合いしてみても、それでも古代君がいいっていうなら、私たちは古代君に会ってみようじゃないか。ねぇ、ママ。
その時は、古代君を一度、家に連れてきなさい、雪。会って話もしないで彼の事を判断するのはいけないと思うからね。それでいいだろ?ママ」
「パパがそういうなら……」
美里は、とりあえず明日の見合いをするという話ならと、晃司の意見を聞くことにした。雪も同じく見合いは断ればすむのであれば、進を両親に会わせる機会を貰えるということで仕方なく同意した。
(6)
自分の部屋に帰った雪は、明日の約束の事を思い出した。
「古代君に連絡しなくちゃ……」
雪は自室にあるTV電話のボタンを押すと、受話器を持ち上げた。呼び出し音が2回ほどなって進が出た。
「はい、古代です」
「あ、古代君?」
相手が雪だとわかって進が画像受信のボタンを押すと、画面に互いの顔が映った。
「ああ、雪。今帰ったのかい?」
進は、雪が電話をくれたことが嬉しくてにこにこしながら答えた。
「う、うん。さっきね。あの……古代君」
雪が言いかけたが、進が珍しく雪の話を遮るように、明るい声で話し始めた。
「今日は楽しかったよ。ちょっと買い物は疲れたけど…… 思った以上に店に品物が並んでいてびっくりしたよなぁ。地球の人達のバイタリティーってすごいな」
「ええ、あの……明日の事だけど……」
「ん? 明日、10時に司令部前の広場だろ? 大丈夫だよ。忘れてないって! あっ雪、それが心配で電話してきたんだな。いくら俺だってそんな事忘れるもんか!」
「……違うの。ごめんなさい、私、明日行けなくなったの」
「え? どうしてだよ?」
進は、雪の電話の主旨が自分の思っていたことと違ったのに気付いて、がっかりしたような顔つきになった。
「ちょっと、ママが人と会う予定を入れちゃって、大事な方との約束だから断れないっていうの。だから……」
「……そうか…… じゃあ仕方ないな。いいよ、別に…… あさってでも……」
進は一瞬の沈黙の後にあっさりと答えたが、雪は進の声に落胆の色を感じた。
「ええ、あさっては必ず! 本当にごめんなさい、古代君」
「いいよ…… 明日は、ゆっくり昼寝でもしてるから。お母さん孝行しておいで」
「ええ、明日の夜また電話するわ」
「うん、わかった。待ってるよ。おやすみ、雪」
「おやすみなさい、古代君」
(古代君、ごめんなさい。私、明日お見合いするって古代君に言えなかった。でも、古代君、私にはあなたしかいない…… お見合いはお断りして、明後日あなたに全部話すから。好き、好きよ、古代君)
(7)
翌朝早くから、美里はやたら張り切っていた。雪は気が進まない。朝食もそこそこにぼうっと居間のソファーに座っていた。
「雪! 今日何着て行くの? ほんとは、お着物でも用意すればよかったんだけれど、今すぐには無理だし・・・ ねぇ、雪」
「えっ? 何?」
はっとして振返って母を見上げた雪を、美里はあきれたような顔で見下ろしていた。
「なにぼっとしてるの? だから、何を着ていくのって!」
「ああ、ええ、何か適当に……スーツでもいいんでしょ?」
「スーツ? やっぱり、それより、ワンピースの方がいいんじゃない。女らしく見えるわ。あっそうそう、あの薄いピンクのがあったでしょ? あれがいいわ」
「ええ、わかったわ」
雪は、小さくため息をつくと、母の言う通りのワンピースに着替えに行った。
雪が着替えてくると、美里は、その姿を前から後ろから眺めた。
「ええ、いいわ。でも、雪、もう少し笑顔をね。ところで、今日のお相手の方の事あなたちゃんとわかってるの?」
「えっ?…… あ、いいえ」
どうせ断るつもりの相手であるから、雪には全く興味がなかった。
「まあまあ、何をしてたの。ほら、この方よ。お名前は……、趣味は……、家族は……」
美里が一生懸命に釣書を出して説明したが、雪の頭の中には何も入ってこない。
「年は、27歳、連邦中央大学の経済学部を主席で卒業して、今は南部工業のエリート社員よ。近い内に最年少の課長になるかもしれないんですって!」
「南部工業?!」
雪は、その言葉にピクリと反応して、その後思わず笑みがこぼれた。
「そうよ、いいでしょ? 南部工業といったら、ヤマトも作った会社でしょ?
今、宇宙船の建設ラッシュだし、開発もすごい勢いで始まってるわ。南部工業といえば、飛ぶ鳥を落とす勢いの会社なのよ。その出世頭なんて、すごいでしょ?」
「うふふ…… どうせなら、南部工業の御曹司とのお見合いの話はなかったの?」
南部の名に、雪はヤマトの同僚の彼を思い出す。もちろん、そんなことは美里にわかるはずがない。
「雪、あなたねぇ。いくらなんでも、そんな玉の輿の話なんてあるわけないでしょ? そんなのあったらママが行きたいくらいよ」
「ん? ママ、どこへ行きたいって?」
晃司がそこだけ聞きつけて尋ねた。
「パパの関係ある話じゃありません!」
美里は機嫌良さそうに笑いながら、晃司に手を振った。雪が南部工業ということで、心を動かしたと思ったのだ。
美里は、この見合いがうまくいくような気がしてきて嬉しかった。
だが、雪が南部工業に反応したのは、もちろんそんな理由ではない。なんとなく単純な母の態度が可笑しかった。
(南部君の会社の社員の人が、ママお勧めのお見合い相手だったなんて…… なんだかおかしい。私が、古代君でなくて、南部君を連れてきたら、ママなら諸手をあげて大賛成しちゃうのかしら? 困ったママ……)
雪と両親は、9時ごろ揃って家をでた。
(8)
雪たち3人が、見合いの場所に行くと、仲人と相手の親子はもう来ていた。仲人からそれぞれの家族を紹介され、しばらくみんなで雑談や家族構成などの話をしたあと、例のごとく、「若い人だけであとはゆっくり」という運びになって雪と相手の男性は、席を立った。
相手の男性は今田宏司といい、とくに魅力的と言うわけでもなかったが、頭のよさそうな、いかにもエリートという感じの男だった。
今田に誘われて、二人は地下の街をぶらぶらと歩いた。雪は、早く口実を作って断わりたくてたまらなかったが、彼の方は雪の事をとても気に入ったようで、雪の態度にも気付かず楽しそうに何やかやと話しかけてきた。
そこへ通りがかった人物があった。
「あれ? 雪さん!」
雪に声をかけたのは、偶然にもあの南部康雄だった。
「あら、南部さん!」
「南部?」
今田は、南部という名字に少し反応した。
南部は、いぶかしげに自分を見る今田を尻目に、雪にこっそりと言った。状況を察知したらしい。
「どうしたんだい?雪さん。あの、もしかしてお見合い?」
「そうなの…… ママがむりやり……」
「古代、知ってるのかい? いいのかなぁ?」
南部がニヤリと笑うので、雪は口を尖らせた。
「だから、早くお断りしたいんだけど…… あっそうそう、そう言えば、あの方あなたのお父様の会社のエリートさんよ」
「えっ? 父さんの? ……そっか、いかにもエリートって感じだよなぁ。よし! 雪さん断りたいんだったら、僕にまかせてもらおうかな」
南部は何か作戦を考えついたらしかった。
「えっ?」
「いいから、僕の話にあわせてくださいよ。で、紹介してください。彼に……」
「……わかったわ」
雪はよくわからなかったが、南部の作戦に乗ることにした。そして少し離れて立っていた今田のところに、南部を連れて行った。今田は見合いの途中で邪魔されて、ちょっとムッとした顔で立っていた。
「ごめんなさい、今田さん。こちら、ヤマトで一緒に仕事をしていた南部康雄さんなの。そうそう、今田さんの会社の社長さんの息子さんでもあるのよ」
雪の説明に、今田は飛びあがるほど驚いて顔色を変えた。ひどく緊張した顔つきになる。
「えっ!! 南部社長のご子息でしたか! これは、失礼しました。わ、わたくし、南部重工の本社海外事業部第二事業課に勤務しております今田と申します」
まるで、社長に話すかのように緊張する今田を見て、雪はおかしくなった。
(エリートの正体ってこんなものなのね……)
「いやぁ…… 今田さんですか? そうですか、雪さんとお見合いですか。いいですねぇ。いやぁ…… 失敗したなぁ……」
南部があまりにも惜しそうに話すので、今田は聞き返した。
「どうかされたんですか?」
「いや、実は僕もね、雪さんにはあこがれてたんですよ。ヤマトが地球に帰ったら、ぜひお付き合い願おうと思ってたんですよ。
丁度、昨日父にもそんな話をしたら、父も喜んでくれてね。ヤマトで地球を救ってくれた女性ならって、乗り気だったんですよ。やぁ…… 一歩遅かったなぁ」
「え?南部君!?」
雪がびっくりして南部の顔を見ると、南部は今田に気付かれないように雪にウインクした。雪もそのウインクで南部の作戦に気付いた。
「そ、そうなんですか……」
ちょっと困ったような顔で今田は答えた。何か思案しているようだった。
「まぁ、どうしましょ。南部君ったら、どうしてもっと早く言ってくれなかったの? 私だって南部さんのこと……
でも特別の方のご紹介だし、良い方だからお断りする理由もないし……困ったわ……」
少々技とらしいかと思いながらも、雪も調子に乗って南部の作戦に乗った。それが功を奏したのか、今田が急に慌てだした。
「あ、あの…… 私には、雪さんはもったいないようで、はい…… とても素敵な方でお話を進めさせていただきたいと思っておりましたが、南部さんのお相手だなんて、私にはとてもとても……」
「いや、今田さん、僕のお相手だなんて、僕はちょっと遅かったんです。仕方ないです。父にもあきらめるように言っておきます。なにせ、自分の会社の大事な社員ですから、父も許してくれますよ」
南部はさらにわざとらしく、いかにも残念そうな顔をして言った。
「いえいえ、トンでもございません!! あの…… 雪さん、そちらから、お断りにくいようでしたら、こちらから丁重にお断りしますので、どうかこの話はなかったことに……」
「あら、でも悪いわ……そんな……」
雪は、思わず笑い出しそうな自分を必死に抑えて困った顔を作った。今田の慌てようがなんとも言えずに可笑しい。社長令息の恋人と見合いして奪おうとしたなどと、社長の耳に入れられたら、睨まれるに違いないとでも思ったのだろう。
「とんでもありません! 南部さん、どうか今日のことは、お父様には内密に願います」
深々と二人に頭を下げる今田の姿に、南部と雪はこっそり顔を見合わせて笑った。そしていかにも申し訳なさそうな顔で南部が謝った。
「すみません、今田さん。今田さんがそう言ってくださるなら、お言葉に甘えさせていただきます。父には、今田さんのことは何もいいませんから、ご心配なく」
「あっ、ありがとうございますっ。雪さん、今日はとても楽しかったです。どうかお幸せに。では、私はこれで失礼します」
今田はそう言うと、きびすを返して帰って行った。今田の姿が見えなくなると、南部と雪は二人して大笑いした。
「やだぁ〜。南部君ったら、お芝居上手!!」
「あっははは…… いやぁ〜すごくうまくいったなぁ! 親父もたまには役に立つもんだ、あははは」
「ほんとにありがとう。もちろん私のほうから断わるつもりだったんだけど、ママになんて言おうかって困ってたの。あっちから断わってくれれば、ほんと助かるわ」
「いえいえ、尊敬する艦長代理とあこがれの生活班長のためですから……」
南部は、まるで騎士が姫に挨拶するかのように手を引いて頭を下げた。
「南部君、お礼にお茶でもごちそうするわ」
雪はニッコリ笑うと、南部を近くの喫茶店に誘った。
(9)
喫茶店に入って飲み物を頼むと、雪は南部に今までの見合い騒動について話した。
「へぇ…… いきなり大変な状況になってるんですね。古代さん大丈夫かなぁ」
「南部君もだけど、昨日は島君にもお世話になったし、私たちってヤマトのみんなに迷惑かけてるわね」
「あははは…… アフターフォロー体制はばっちりですから…… 俺たちも心配なんですよ。なんてっても古代さんですからね!」
「まあ…… ふふふ、どういう意味よ」
「どうもね、古代さんが雪さんを好きになるっていうのは、わかるんですけど、雪さんはどうして古代さんなんですか? 雪さんなら今日のお見合い相手じゃないけど、どんな相手でも選び放題なのに……」
南部は、とても進の前では言えない質問を雪にした。
「南部君の買かぶりすぎよ…… でも、ほんとにどうして古代君なのかしら…… わからないけど、いつの間にか、いつも古代君ばかり目で追うようになって、見てるだけで幸せっていうのかしら…… うふふ……どうしてなのかしら?」
雪が頬を染めていうその姿は、本当に恋する乙女そのものに見えた。恋は理屈ではないということらしい。
「はいはい……ごちそうさまです! ま、僕としては他の男に持ってかれるよりは、あきらめもつくからいいんですけどね!」
とウインクする南部に、雪はくすりと笑った。
「もう! 南部君ったら……」
「さてと…… 雪さん、これから古代さん呼び出して作戦でも練ったらどうですか? ご両親の説得の……。僕は帰りますから」
「あら、いいのに」
「まさかぁ、雪さんと二人で入るところなんか古代さんに見られたら、俺無傷では帰れなくなりますからね。遠慮しておきますよ」
「大丈夫よ。今日のこと、ちゃんと古代君には話すから……」
「はは、まあ、せいぜい古代さんを心配させて頑張ってもらってください。じゃあ、また」
「ありがとう、南部君」
(10)
南部が立ち去ってから、雪は時計を見た。まだ午後に入ったばかりだし、南部の言うように進を呼び出すことにした。
喫茶店の電話から進の部屋に電話した。しばらく呼び鈴がなっても、なかなか出ないので、雪は進がどこかに出かけたのかと思ってあきらめようとした時、やっとつながった。
「ふぁい、古代です」
と、いかにも眠そうな声で進が答えた。
「古代君? 今まで寝てたの?」
昼過ぎのこんな時間まで寝ていたらしい。雪はあきれてしまった。
(もう、古代君ったら、私が大変な思いしてるっていうのに、のんきに朝寝なんて……もう!)
「あれぇ? 雪? ん?今何時だ? あれ、もうこんな時間か…… どうした?」
「私の今日の約束、終わったの。今、B地区の地下街の喫茶店の『Dream』にいるの。出て来れない?」
「あっ…… 行く行く!! んと、着替えてそこまで、30分くらい待ってて」
「わかった…… 待ってるわ」
その言葉の通り、きっかり30分後に進はやってきた。
「やあ、お待たせ」
走ってきたらしく息を切らしながら来た進は、昨日雪と一緒に買ったばかりの服を着ていた。
若草色のTシャツとジーパン姿はなかなか進に似合っていたが、雪のフォーマルなワンピースとは少しそぐわない。どっちにしても、昨日買った服のどれを着たところで今日の雪に似合うものはないのだが。
雪は、それがおかしくてくすくすと笑った。
「なんだよ、雪。そんなに、俺の服変かなぁ?」
「ううん、そうじゃないのよ。ごめんなさい。似合ってるわ、古代君。でも私の格好とね……」
「そう言えば、きれいな服着てるんだな、雪。一体誰と会ってたんだい?」
(きれいな『服』? きれいなのは服だけなの?)
雪は思わず声に出して聞きそうになったが、進にそんな言葉を期待する方が無駄だと思ってやめた。
「今、ゆっくり話すから。古代君、何か食べる? 今まで寝てたんなら、今日何も食べてないんでしょ」
「うん…… えっと、じゃあ、ミートスパゲティーとミックスサンドと海老ピラフ」
進は、さっそく近くにいたウエイトレスを呼んでそれを全部注文した。
「そんなに食べるの?」
「ああ、よく寝たら腹減ったんだよ。あっ、雪が食べたかったら分けてやるから」
「まあ、あきれた……」
頼んだ料理が来ると、進はうれしそうに食べ始めた。
(古代君のこんな笑顔が好きなのよね、私。古代君ったら、ほんとに食べてるときはいい顔してる)
まじまじと見つめる雪に気付いた進は、今自分の口に入れようとしたピラフを山盛りにしたスプーンを雪の方に向けると言った。
「なんだ? 食べたいのかい、ほら」
雪はニコっと笑うと口を開けて、進のスプーンにかぶりついた。
「美味しい!」
口の中のものを少し飲みこんでから雪は言った。
「あーあ、いい服来て大口開いてたら、台無しだぞ。ははは……」
「いいの、古代君の前だもん」
「ちぇっ、好きな人の前では、普通は恥ずかしくて大きな口なんか開けれないんじゃないのか?」
「好きな人って?」
雪は、わざとわからない振りをした。
「そりゃあ、もちろん俺のことだろ?」
「そうだったかしら?」
雪は、笑ってそしらぬふりをすると、進はムッとした顔をした。
「言ったなぁ!」
「ふふふ……」
雪も朝からほとんど食べていなくてお腹がすいていたこともあって、二人でテーブルの料理を突っつきあって食べた。こんな他愛もないことも、まだ新米の恋人達にとって、とても幸せなひとときとなった。
(11)
「それで、今日なにしてたって?」
進は一通り食べてお腹が満足すると、最初の質問に戻った。
「それがね…… 実は、あの…… お見合いだったの……」
「ぐぷっ! 見合いぃ!?」
進は、飲んでいた水を吹き出しそうになった。
「昨日の今日でいきなりかい? それで相手は! どんな奴だったんだ?」
「あのね、南部君の……」
「なんぶぅ!! あいつっ!」
進が立ちあがって今にも走って行きそうだったので、慌てて雪が止めた。
「違うわよ!古代君。南部君じゃなくて、南部君のお父さんの会社の人だったの」
「そ、そうか……」 進は、それを聞いて一旦座った。 「けど、どうするんだよ、雪」
進は急になさけない声をだした。
「ふふふ、心配しないで。それこそ、南部君なんだけど……」
雪は、さっきの南部の機転を利かせた話を進に聞かせた。
「そっかぁ…… 南部の奴。けど、南部も案外本気だったかもしれないな。その話」
ヤマト艦内では、雪はほとんどのクルーの憧れの的だったことを進は思い出していた。
「もう、古代君たら…… 南部君に失礼よ。せっかく助けてくれたのに」
「ああ、そうだな。しっかし、君のお母さんもすごい行動力だよな…… 俺ほんとに感心してしまうよ。っと、感心してる場合じゃないか……」
「そうよ! このお見合いだって、すれば古代君に会ってくれるって言うから、しぶしぶ承知したんだから……」
「なんだよ、それ?」
「だからね……」
雪は、昨日の両親との約束の話をした。
「ということは…… 今度は俺の番?」
「そうよ、古代君! ちゃんと、私たちの事パパとママに話してよ」
「う、うん…… けど、自信ないなぁ・・・ 見合いさせるくらいだから、ご両親は俺のこと認めたくないんだろ?」
「うーん…… パパはわからないけど、ママはね」
進は一昨日会ったあの雪の母親の姿を頭にうかべた。
「うー…… あのお母さんかぁ…… ちなみに、どういうのがお母さんの好みなんだよ?」
「あのね、ママは私を早くエリートサラリーマンの奥さんにさせたいのよ。古代君じゃ、若すぎるだの危険な仕事だの、待ってるほうは大変だのって……」
「うーん…… 確かにそれは言えてるなぁ」
進は、腕を組んで大きく頷いた。
「あ〜ん、もうっ! 納得しないでよ。でも、私たちの一生懸命な気持ちを話せば、ママもきっとわかってくれると思うし、きっと長い目で見てくれるわ。たぶん……」
最後は雪もちょっと自信がなかったのか、声が小さくなった。そして、二人で一緒にふうっとため息をついた。
「でも……どうしてもだめだったら、古代君あきらめる?」
雪は、上目遣いに進を見ながら恐る恐る尋ねた。
「まさか! そんな事は絶対無い!」
それに対して、進は間髪を入れずにそう答えると、雪はその言葉だけで十分に幸せな気持ちになった。思わず目に涙がたまってきてしまうくらい……
「古代君……」
雪の潤んだ目で見つめられると、進はドキッとする。
(そんな目で見るなよ、雪…… 変な気分になるじゃないか。なんか体が熱くなるような……)
進は、慌てて雪から視線を逸らすようにして、自分のその衝動をさとられまいと必死になっていた。
(12)
それから二人は喫茶店を出て、どこへ行くともなしにぶらぶらと地下都市を歩いた。
ヤマトでの思い出話や自分の学生時代の話をしながらただ歩くだけだが、二人ともデート気分にすっかり浸っていた。
(もう少し恋人らしく歩きたいな……)
ほんの少し前を歩く進の斜め後ろから、雪は進の腕のあたりを見ていたが、当の進はそんな視線に全く気付いていない。
(よぉしっ……)
雪は思いきって進の左腕に自分の右腕をからめた。
「あっ!?……」
進は、突然触れられた雪の細い腕の温かな感触に、胸が締めつけられるような気分になって、顔を赤くして振り返った。
雪の方も、大胆な行動に出た割には、振り返った進の顔を見ると、急に恥ずかしくなった。からめた腕をすっと引き抜いたが、今度は進がその引いた雪の手を握った。ぎゅっと握られた手から、進の体温が雪に伝わってくる。
(あっ、うれしい……)
互いを見つめてほんのり頬を染める二人。互いの心の中にふわりと温かいものが流れた。それから二人はしっかりと手を繋いで歩き続けた。
夕方近くそろそろ日が暮れる頃になった頃、進が提案した。
「なぁ、雪。地上に行ってみないか?」
二人は、地上に続くエレベータに乗った。地上に上がってみると、あちこちの建設現場で火花が散っているのが見えた。
地上では、ヤマトによる放射能除去が終わるのを待ちかねたように、様々な施設が建造されつつあった。物資もまだ十分ではないが、ヤマト帰還と同時に、地球内外の鉱物採取精錬がどんどん進められている。
また、土地は耕され緑や水の製造供給も急ピッチで始まり、数年に渡って抑えこまれていた地球の人々の復活への思いが、放射能除去と同時に爆発したかのようだった。
そんな光景を遠くで眺めながら、二人はまだ未開発の荒涼とした平原の方に歩いた。当然そこには人影はなく、ただ広い静寂だけがあった。
進は沈みゆく太陽が真正面に見える場所に、ちょうど座れる段差を見つけて腰をかけた。雪の方を見ると、進の隣をじっと見つめながら、なぜか座るのを躊躇している。
「雪も座ったら?」
「ええ、でも……」
雪は土の上にじかに座る事をためらっていたのだ。
「あっ…… こんなところじゃ座れないな。何か敷くものなかったかな」
それに気付いた進が、自分のズボンのポケットを懸命に探ったが、慌てて出てきたものだから財布以外何も持ってきていない。
その様子を見ていた雪は、くすっと笑って自分でハンカチを取り出して敷いて座った。
(古代君らしいわ…… ちっともスマートじゃないんだもん)
「ああ、だめだな俺。そういうことに全然気が回らなくて……」
がっくりと肩を落とす進の姿が、雪にはまたなんとも言えずに愛しかった。
「ふふ、いいの。そんな古代君が好きなんだもの」
雪の『好きなの』という言葉に、進はうれしくなった。
「そうだよな。男はそんな細かい事に気をとられてちゃいけないよなっ」
進がニッコリと笑う。すぐ立ち直るのも進のいい(?)性格である。雪はおかしくなって声を出して笑った。
「うふふふ……」 「あははは……」
進も雪につられて笑った。何をしても何を話しても、楽しくて仕方がない幸せな恋人同士である。
夕日がどんどん赤く大きくなって地平線に近づいていく。二人ともゆっくり座って地球の夕日を見るのは、何年ぶりだろうかと考えていた。沈む夕日は荒涼とした大地の上でも美しく輝いていた。
「もうすぐ海もよみがえって、きれいな夕日も見れるようになるなぁ」
「ええ…… 地球のすべての自然が元のように輝く日が一日でも早くくればいいのにね」
「ああ…… そのために俺たちはあれだけの犠牲を払ってイスカンダルへ行ってきたんだから……」
雪は夕日を見ながら、進の方に体を預け、頭を彼の肩に乗せかけた。進もそれに答えるように雪の肩をそっと抱いた。
沈み行く夕日を見つめながら、二人は今、平和の味をしみじみとかみしめていた。
しばらくすると日は沈み、空がだんだんと暗くなってきた。気が付くと、西の空には一番星の金星が輝き始めていた。
雪は隣の進の顔を見た。進も視線を感じて雪の方を見る。雪はそっと目を閉じた。進の唇を期待して。
すると……
「あっ! 一番星みーつけた!!」
進は、雪が目を閉じる直前に顔の向きを変えて星を見上げていたのだ。
(あぁんっ、もう!! 古代君ったらムードがわからないんだから……)
雪は、そんな進に少し腹を立てて反対方向をプイと向いた。返事がないので進が星から目を離して隣を見た。すると、雪がそっぽを向いているではないか!
「あれ? どうしたんだい? 雪?」
「べつに……」
雪はあっちを向いたまま、つんと顔を突き上げている。そんな姿が小さな子供のようで、進はおかしかった。
「なぁんだ、雪、俺が先に一番星見つけたって言ったんで怒ってんだな!」
そう言って、進は雪の顔を間近に覗きこんだ。
「そんな事じゃないわよ!古代君のどん…… あっ……」
思わず雪が振り返って言おうとしたとたん、覗きこんでいた進の顔と鉢合わせになり、鼻と鼻がすれて、お互いの唇に温かいものが触れた。
「あっ…… ご、ごめん……」
進は思わず謝ってしまった。
「どうして謝るの?」
雪がちょっと頬を染めて進を見つめた。そのじっと見上げる瞳に、進の心臓がドキリと大きく鼓動する。
二人は、そのまましばらくじっと見詰め合っていたが、雪の瞳が切なげに訴えるものに気付いた進は、そっと雪の両肩に手を乗せて自分のほうへ引き寄せた。
それからそっと目を閉じた雪の顔にゆっくりと近づいて、その唇に触れた。雪のやわらかい唇は進の体中をしびれさせ、全身に意も言われぬ快感を走らせる。雪も進の唇から伝わってくる熱い感覚に心を躍らせていた。
それ以上の動きはない。そっと軽く互いの唇を触れ合うだけの淡い口付け。それが二人のファーストキスだった。
しばらくして、ようやく顔を離したが、二人ともすぐに互いの顔を見ることができない。
進は、唇に残るやわらかくて甘い感触を思い浮かべながら、胸がキュンと締め付けられるような感覚を初めて感じていた。そっと隣見ると、雪も顔を赤らめてうつむいている。
その姿が進にはとてもかわいらしく、そして何よりも美しく見えた。
「雪……」
進にそう声をかけられて、雪はまだ紅潮したままの顔をゆっくりと上げた。そして、少し潤んだ瞳で進を見つめた。
「古代君…… 好きよ」
「僕も…… 誰よりも君が好きだ……」
その言葉を合図に、二人の影は再びひとつに重なっていった。
Chapter 2 終了
(背景:Angelic)