幸せへの軌跡−進と雪の婚約物語−

Chapter 4−また、お見合い?−

 (1)

 進を見送った雪は家に戻ってきたが、下を向いたまま両親の顔を見ようともしなかった。

 「雪……」

 「パパ、ママ、さっきはあんな事言ってごめんなさい…… 私、今日はもう寝るわ。おやすみ」

 美里の問いかけに雪は顔を上げ、それだけを言うと自分の部屋へ入っていった。雪の目には涙がまだあふれていた。

 「あなた……」

 美里は不安げな顔で晃司を見た。

 「ふー…… ちゃんと帰ってきただろう。どうするつもりなんだね。二人のことは」

 「…………少し考えさせて、古代さんが立派な青年だってことはよくわかってるわ、私も。ただ、まだやっぱり……」

 「そうだな。私ももう一度考えてみるよ。雪の本当の幸せがどこにあるのかを」

 「ええ……」

 部屋に戻った雪は、ベットに突っ伏すと声を殺して泣いた。誰も悪くない、誰もが雪の幸せを思っていることもわかっていた。それでも、やはり雪は涙が止まらなかった。

 (古代君……愛してる。誰がなんと言っても私はあなたについていくわ…… 必ず…… そう、たとえあなたが嫌だって言ったとしても……)

 (2)

 一方、雪の家のあるマンションから出た進は、駅まで戻ると島の自宅に電話を入れた。

 「やあ、古代。今ごろどうした?」

 「ん? ああ、今から出て来れないか? なんだか、お前と飲みたくなったんだ」

 「ああ、いいよ。なんだ、雪とデートしてるんじゃないのか? まあいい、で、どこへ行ったらいい?」

 進は、昨日見た地下街の店を思い出して、島に場所を指定すると、列車で戻り、先にその店に入ってビールと少しのつまみを頼んだ。程なくして島がやってきた。

 「よお! 古代、待たせたな」

 「いや、今来たところだよ。 何飲む?」

 「ん、ビールでいいよ」

 島の返事を受けて、進はビールを追加した。

 「どうしたんだ?古代。雪と会ってなかったのか? せっかく地球に戻って晴れてゆっくりデートできるっていうのに、なんで俺なんかと飲む気になったんだよ?」

 「悪いか? お前と飲みたくなったら……」

 進はにが笑いしながら行った。

 「悪いわけじゃないけど、なんかあったのか?」

 「……いや…… 雪とは昨日も今日も会ったよ。だから心配するな」

 進は、今日雪の家であったことを話すのをためらっていた。雪のことが好きだった島にそんな悩みを相談するのは悪いような気がして、ただ自分一人で飲むのが嫌だったので、付き合って貰いたかった。

 「そうか…… それならいいが。見合いとか言ってたのはどうした?」

 「ああ、それはしたけど、うまく断わったみたいだ」

 「ふうん……したんだ」

 島は、進が何か自分の悩みを隠しているような気がしたが、相手言いたくなさそうだったので、とりあえずは黙っていることにした。

 「なあ、島。お前、最初は雪の事好きだったんだろ?」

 進のいきなりの質問に、島は驚いた。

 「なんだよ、いきなり! もしかして、そんなこと気にしてたのか? 心配するな、雪はお前に惚れてる。俺が割りこむ隙なんかない」

 「いや、そういう意味じゃないんだけど。お前、雪に何も言わないまま、いつのまにかあきらめてたような気がして……」

 「そりゃあ、告白する前に雪の気持ちがわかったからな。他の男にぞっこんの女(ひと)を追いかけ続けるほど俺もバカじゃないさ」

 「雪の気持ち? なんでお前がわかったんだ?」

 「ははは…… そう言えば、お前わかってなかったもんな、あの時」

 島は、ヤマトの航海の時のことを思い出していた。

 「あの時って?」

 進はなんのことを言っているのがわからず聞きかえした。

 「あれは、ヤマトがマゼラン星雲を目前にしたころだったかな.…… お前と雪が写真を撮っただろ。ほら、お前が雪に手をはたかれたヤツさ」

 「あっ、ああ、覚えてる。あの写真はちゃんとしまってあるよ」

 「あの時、雪がなんて言ったかお前覚えてるか?」

 「ん? たしか…… パパとママの青春の思い出だとか……そんなことだったっけ? 雪の両親の思い出話でもあったのかなって思った記憶が……」

 そんな反応振りに、島が苦笑する。進のほうは、まだ島の質問の意図がわからないようだった。

 「雪の両親の話じゃないよ、あれは」

 「え? じゃ、誰の事なんだ? ……あっ!」

 このとき初めて、進はそのパパとママというのが、自分たちのことを指していることに気付いたのだ。

 「ははは…… やっと気付いたか、この間抜けヤロウが!…… あの時、俺は雪に会ってそれを確かめたんだ。そした雪は耳まで真っ赤にしてたよ。図星だったんだな。それで俺の失恋決定さ! あの日は、佐渡先生のところに行って、大酒くらって朝まで医務室でひっくり返ってたんだ、俺」

 あの日の辛い思い出が島の心によみがえってきて少し胸が痛んだ。そう、あの日、島は生まれて初めて深酒をした。

 「島……」

 なんともいえない困った顔で親友の顔を見つめる進に、島は笑顔で頷いた。

 「あの日以来、俺はお前達の応援団になることにした。これもちょっと間抜けな話だがな! だが俺はこう思うことにしたんだ。雪は俺にふさわしい相手じゃなかったってさ」

 「ふさわしい相手……?」

 「ああ、昔、小学生の頃だったかな。まだ遊星爆弾の攻撃がほとんど来てなかった頃だけど、家族で京都へ旅行した事があったんだ。その時行った寺で、願いが必ずかなうお守りってのが売っててな。俺も一つ買ったんだ。
 そのお守りの効力ってのを、寺の住職が話してくれたんだがな、それが、こうなんだ。

 『この学校へ合格したいとか、この人と結婚したいとかそういう望みは、仏様はかなえてくれません。私にふさわしい学校へ合格させてください、私にふさわしい相手に巡り合わせてください、と祈ってください』

 っていうんだ。なんだか、子供心にも都合のいい話だな、とも思ったけど、たしかに一理あるような気がしたよ。

 宇宙戦士訓練学校へ入学するときに初めてそのお守りに祈った。俺にふさわしい仕事ができる宇宙戦士になれますようにってね。どうだ? かなっただろ? 俺は、一番俺にふさわしい船乗りになったと思ってる。

 だから、今度は、俺にふさわしい女性に会わせて欲しいと祈ってるんだ。その、ふさわしい女性は、雪じゃなかった。この世界のどこかに必ずいるはずさ、その出会いが。
 今はどこにいるかもわからないが、どこかにいる。地球上のどこかに…… いや君の兄さんみたいに宇宙の彼方にいるかもしれないしな、ははは……」

 「壮大な話だな。ははは……」

 「だから、雪はお前にふさわしい相手だったんだよ。それは俺が保証する! そして雪にふさわしい相手がお前なんだ」

 島が進の肩をぽんと叩いた。

 「ふさわしい相手か……」

 進はその言葉を繰り返した。
 雪の両親が本当に自分のことを雪にふさわしいと思ってくれるのだろうか…… 雪にはお前がふさわしいんだと、島はそう言ってくれたが、進は自分ではまだよくわからなかった。

 「何悩んでるのか知らんが、早く結婚でもしてしまったらどうだ?」

 「おいおい! いくらなんだって、それは飛躍しすぎだ。俺達が地球に帰ってきてからまだ数日しかたってないんだぜ。付き合いだしたばっかりなのに……」

 「何言ってやがる。お前達、ヤマトの帰りの後悔中付き合ってたようなもんだろうが。お前は気付いてなかったかもしれんが、お前達二人が好きあってることは、ヤマトの艦内では知らない奴なんかいないくらいだったんだから」

 「え?」

 進はきょとんとした表情をすると、島はあきれた顔をした。

 「ほんとに知らなかったのか?」 

 「そりゃあ、雪が俺のこと好きでいてくれてるとは思ってたけど、俺だけっていう確信はなかったし……告白するのは地球に帰ってからって思ってたから……」

 「お前達が、一緒に休憩に行く度に、第一艦橋の奴らチェックしてたんだぞ。今日は、食堂で一緒に食事してたとか、展望台でデートしてたとか…… あははは……」

 「なっ!だれだ? そんなことしてた奴は!」

 「まあまあ、怒るなって。帰りの航海は暇だったから、お前達は格好の話題だったんだからな」

 「ふう…… 全然知らなかった」

 がっくりと肩を落とすようにため息をつく親友の肩を、島は再びがっしりと両手で掴んだ。

 「雪はみんながうわさしてること知ってたと思うよ。お前と違ってさ。自分のお前への気持ちもしっかり持ってたと思うし、もちろんおまえが雪を好きな事は十分承知してたはずだ。だから、雪にとっては付き合い始めたばっかりって感じじゃないと思うけどな。それに古代、お前も雪の事は一生の女(ひと)だと思ってるんだろ?」

 「それはそうだが……」

 進にとって、雪は初めて好きになった女(ひと)だが、最初で最後本気で愛し合いたい相手だった。それには、まったく異論がない。

 「だったら、はやく決めろ! その方が俺も安心だ。なっ!」

 (雪と結婚? 漠然とは思っていたが…… もっと先のことだと思っていた。雪の両親に交際を申し込むってことはそう言う事も考えないといけないのかもしれない。雪のご両親のことは、また近いうちにお願いしてみよう。自分の気持ちをわかってもらえるまで)

 その夜は、島と二人遅くまで飲んで話した。雪の話を終えてからも、これからの仕事の事から、島の弟の成長ぶりや地球の未来まで、島と話すことで進の気持ちは少し晴れた。

 (3)

 翌日は、進も雪もお互いに電話をすることをためらってしまって、二人とも一日中部屋に閉じこもっていた。雪の両親も、父親は仕事だったが、母の美里も雪に何をいうでもなく、ただ淡々とした一日を過ごした。
 そして、その夜…… やっと雪は、進に電話を入れた。

 「古代君……」

 「あっ、雪。今日は、どうしてたんだい? 電話しようかと思ったんだけど、昨日の今日だからちょっとかけ辛くて……」

 進は雪からの電話を待ってたかのように、電話にすぐ出るとそう言った。今日は互いの顔を見たい気持ちもあって、すぐに画像の方もONにした。画面に相手の顔が現れると、二人ともひどく安心した。

 「私もよ…… 本当にごめんなさい。不愉快な思いをさせてしまって……」

 「いいんだよ。そんなことはないから。お母さんたちとは仲直りしたかい?」

 「謝ったけど…… それからほとんど口をきいてないわ」

 「雪…… だめだよ」

 進は心配そうな声でそう言った。

 「大丈夫よ。特に話すことがないだけだから、それにしても、ママもパパも不気味だわ。古代君のこと何も言わないの。あれだけ古代君に言ったんだから、ママならもっと私にも言うかと思ったんだけど」

 雪の言うとおり、晃司も美里も今日一日、雪に対して何も言わなかった。美里なら、雪にさらにたたみかけるように説得してくるかもしれないと覚悟していたにもかかわらずだ。

 「だから、雪があんなこと言うからびっくりしちゃったんだぞ。かわいい娘に……」

 「そうかしら? それなら少しは考えてくれてるかもしれないわね。ところで島君とは会ったの?」

 「うん、昨日の晩ね。一緒に飲んだよ。結構遅くまで話してた」

 「そう、よかったわね。それで話したの? 昨日の話」

 雪は、進が島と話したことで少しは嫌な思いもそがれたかもしれないと思ってほっとした。

 「いや、なんかあるなとは島も思っただろうけど、はっきり聞かれなかったから…… 俺もあんまり話したくなかったし……」

 「そうね……」

 「とにかく、また近いうちに行くよ。何度でも話してお願いするつもりだから。喧嘩はしたくないんだ。な、雪」

 「わかったわ。本当にありがとう、古代君」

 画面を通して見つめあう恋人達は、その距離を感じさせないほど心が近くにあるような気がしていた。
 進が話題を帰るように、明日からのことを話し始めた。

 「明日から仕事だな。俺本部に行ってから、たぶん真田さんと開発室だな。雪は地下中央病院かい?」

 「ええ、佐渡先生のお守よ。ふふふ……」

 「ははは…… もし早く仕事終わりそうだったら、帰りにそっちに寄るよ。じゃあ、またな。おやすみ」

 「おやすみなさい……」

 (やっぱり、パパとママに早くわかってもらわないとだめだわ。自分の気持ちも晴れないもの……)

 進が何度でも説得すると言ってくれたことはうれしかったが、雪は電話をしていても、なんとなくこそこそしているような気がして、少しさみしかった。

 (4)

 翌日から、雪も進も仕事を始めた。雪は、防衛軍付属の地下中央病院で、佐渡付きの看護婦として働いた。入れ替わり立ち代り入ってくる患者に対応する事で、他の事を考えなくてもよいのがうれしかった。

 進の方は、新造艦の最終チェックに立ちあったり、今後の戦艦の設計について真田と意見交換したりして過ごした。真田から、雪の家に行ったときのことを聞かれたので、進はありのままを告げた。真田は、『気長にやることだな、本人達がしっかりしてれば大丈夫だ』と励ましてくれた。

 そして、雪とも仕事が終わってから待ち合わせては、普通の恋人達のように夜の街を楽しんだ。

 そんな日が数日続いたある日。その日も前日からの約束で、雪と進は待ち合わせていた。進は時間通り仕事を終えたので、雪の病院の入り口付近で雪が出てくるのを待っていた。雪のほうは、なかなか時間では終わらないらしく、今日も30分ほど待った。

 「古代君! お待たせ」 雪は進を待たせることを気にしてか、いつも走ってやってくる。

 「雪、そんなに走ってこなくてもいいよ。たいして待ってないんだから」

 進は、笑いながら言った。しかし、今日の雪の表情はここ数日よりもなぜか曇っていた。

 「ん? どうしたんだい?雪。ちょっと、顔色が悪いみたいだけど……」

 「寝不足なのよ……」

 「どうして?」

 「いま、ゆっくり話すから。どこかに入りましょ」

 雪は、そういうと、病院を出て、街の中の喫茶店に入った。

 「どうしたんだ?」

 「実はね…… ママがやっぱり……」

 「え? 何か言ったのかい?」

 「また、お見合いをしなさいって……」

 「えっ!!」 進は、なんと言っていいかわからなかった。

  (5)

 ***********前日の夜の雪の家のリビング**********

 雪が進と会って帰ってきたとき、両親はリビングでテレビを見ていた。ほぼ毎日遅く帰る雪にそれまで何も言わなかった両親が昨日は、雪に声をかけた。

 「雪、毎日遅いわね。仕事?」 美里が尋ねた。「家では、夕飯も食べないし…… 古代さんと会ってるの?」

 「……ええ。古代君、また来て話がしたいって……」

 雪は、母がまた非難するかもしれないと思ったが、もう隠していることはいやだったので、正直に答えると、進の言葉を伝えた。

 「いいわよ」 美里は軽く言った。

 「えっ? ほんと?」 雪の声が急に明るくなった。

 「古代さんの食べっぷりには感心したわ。ご両親もいらっしゃらないんでしょ? 家庭料理が食べたいならいつでもどうぞって、言っておいてちょうだい」

 「ほんとなの? ママ!!」 

 雪は、母が進のことを認めてくれたと思って大喜びで返事したがそれは違ったようだった。

 「それより、雪、今度の日曜に、お見合いよ」

 「!!ママ!!」

 「この前はうまくいかなかったけど、次はほんとにお勧めなんだから。パパもママももう、一押しなの! 絶対にうまくいくわ」

 美里は、進の事を雪の恋人としてまったく認めていないようで、進とはただ、友達でいなさいと暗に言っているように聞こえた。

 「いやよ! もう、お見合いは! 私は、古代君がいいのよ」

 「まあいいじゃないの。それよりも、お見合いしてちょうだい。きっと雪が気に入ると思うのよ。こんどこそ、絶対。見てみる?釣書」

 進のことは歯牙にもかけない風で、そう言ってニッコリ笑う母の姿に、雪はもう何も言えなかった。

 (ママったら、何を言っても聞こうとしない…… どうしたらいいのかしら。)

 そう思って、父のほうを見たが、今回は晃司もニコニコとして言うのだった。

 「雪、いいじゃないか。出会いはどこにあるかわからないぞ。私もいい話だと思うんだがね。どんな人か話を聞いてみなさい」

 少しは進の事を理解してくれた、と思っていた父までもそんな具合だった。

 「いやよ! どこの誰だかだって、知りたくもないわ!」

 「雪。いやなら、断わったっていいんだから。わかったわね」

 部屋に戻ろうとする雪に追いかけるように美里はそう叫んでいた。

 **********************************

 「こまっちゃう…… やっぱり、家出でもしないとわからないのよ、あの二人」

 雪がまた、強硬手段に訴えようとするので進はあわててなだめた。
 
 「だから、それはだめだってぇ、雪!」

 「でも……」

 「仕方ない…… してやれよ、見合い」

 進は、ため息をつくと、あきらめ顔で言った。

 「ええっ!」

 「だって、断わってもいいって言ってるんだろ。俺は見合いするくらい気にしないからさ。相手には悪いけど、会ってから断われば君のお母さんだってあきらめるだろ?」

 「また、新しい話持ってくるわ……」

 「近いうちに、また俺も行ってご両親に交際の事をお願いするからさ。その内、見合いを何度させてもだめだって気がつくさ」

 「……そうするしかないのかしら……」

 「俺は信じてるから、雪の事……」

 「古代君…… でも、早くしてくれなかったら、その内、素敵な人に出会ってしまってもしらないからぁ!」

 雪は甘えた声で、冗談とも本気とも思えないことを言って進を困らせた。

 「おいおい、わかったよ、ははは」

 「ん!もうっ!」

 進も雪も長期戦を覚悟していた。いつかはわかってくれると信じて……

 (6)

 次の日、進がいつものとおり、開発室で完成した新護衛艦の機能を再チェックしていたとき、電話が入った。

 「古代さん、森さんという女性からお電話です」 電話の取継手からそう声をかけられた。

 「ん?(雪か? なんだろ、こんな時間に? 今日は残業なのかな?)今行く!」

 進は、受話器を取ると言った。

 「雪かい? どうしたんだ? 今ごろ」

 『こんにちは、古代さん。雪の母の森美里です。』

 「! あっ…… 失礼しました…… こ、古代です…… あ、あの先日は……どうも……ごちそうさまでした……」

 進は、すっかり雪だとばかり思っていたので、驚いてしまって言葉がなかなかでなかった。進の電話に、部屋にいた真田や、次の航海で進と一緒に乗艦する予定の相原がそんな進を見た。

 『古代さん、折り入ってお話があるんです。今日お仕事終わってからお会いできませんか?』

 美里の突然の提案にまたびっくりした進だったが、断わる理由もなかった。

 「あっ…… わかりました。今日は、定時に終われそうですので…… えっと、6時ごろなら……」

 『よろしいですわ。では、6時に地下街Aブロックの「STAR LIGHT」っていうお店でお待ちしています。それでは。あ、これは雪には内緒に願いますね。』

 「……わかりました、必ず参ります」

 進がそういうと、美里は電話を切った。進も電話を置くと、ふーっと大きくため息をついた。

 「どうしたんですか? 古代さん? 雪さんのお母さんみたいだったけど……」

 電話のそばで聞いていた相原が進に尋ねた。

 「いいから、お前には関係無いだろ?」 進は、渋い顔で相原を一蹴した。

 「はいはい! 機嫌悪いなあ・・・ ご両親に反対でもされてるんですか?」

 「うるさい!!」

 相原の指摘が図星だっただけに、進は思わず大きな声を出してしまった。

 「まあまあ、古代。相原にやつあたりするな」 真田がなだめにはいった。

 「…… すみません、真田さん。ごめん、相原」

 「古代、心配するな。いい話かもしれないぞ」 真田は楽観的な事を言っている。

 「そんなわけないじゃないですか。雪はまた、日曜日お見合いだって言われてるんですよ。もう、会ってくれるなとかって言われるんじゃないかって心配してるのに……」

 「あははは…… ヤマトの艦長代理も雪のお母さんにかかっては全く手が出ないってわけだ」

 (ちぇっ…… 真田さん、人のことだと思って笑ってやがるんだから、くそ!)

 真田は、進の心配を全く意に介さないような口調でからかうので、進はおもしろくなかった。
進は、雪の母が何をいいだすのかと気になってしかたがなかった。もし、交際の禁止を伝えられたらどうしたらいいのだろう、それが進には一番不安だった。

 (7)

 時間通りに、進が店に行くと、美里は既に来ていた。

 「お待たせしました」 進は、緊張しながらも、丁寧にお辞儀した。

 「ごめんなさいね、わざわざ呼び出したりして……」 美里は意外にも笑顔で進を迎えてくれた。

 「いえ、先日は大変失礼しました。でも……あの、またお見合いするって聞きました。でも、僕は真面目な気持ちなんです。だから……」

 「古代さん、この前も申しましたけど、雪は私達が認めた方とお見合いさせるって申し上げたでしょ?」

 美里は、進が必死になっていっているのも意に介さないようにニコニコ笑いながら、紙を一枚差し出した。

 「今度のお見合いのお相手ね、この方なのよ」

 進は、仕方なくその紙を取ってみた。 『古代 進』 紙には、それだけが書かれていた。

 「! あ、あの……」 進は予期していなかった展開にアッと驚いた。

 「私も主人もこの方ならって思ってますのよ。雪のことをきっと幸せにしてくださるって…… そうでしょ? 古代さん」

 「お母さん…… でも、どうして……」

 進は、美里が先日から急に態度を変えたことを不思議に思った。

 「古代さん。私ね、おととい真田さんと島さんにお会いしたのよ」

 「え? 真田さんと島に?」

 「ええ、あなたの事聞きたくてね。ごめんない…… ヤマトの上司の方を教えてもらおうとして、本部の方に問い合わせたの。そうしたら、お忙しいのにわざわざ長官がでてくださってね。雪の事をとても感謝してるって誉めてくださってたわ。それで、あなたの事をお話して、上司の方を紹介して欲しいってお願いしたら、ヤマトの艦長さんはお亡くなりになってるので、真田さんという方をを紹介してくださったの。それで、おとといのお昼にお会いしたのよ」

 進は、一昨日のことを思い出していた。たしか、真田は昼休みに人と会う約束があるとかで、進に留守番を頼んで出て行き、昼をすぎてもしばらく帰ってこなかった。

 (あの時、雪のお母さんに会ってたんだ…… でも、真田さん何も言わなかったな…… それでさっきもあんなに楽観的なことを言ってたんだ、真田さんは。)

 「真田さんに、あなた達の事色々聞いたのよ。しばらく話をしていたら、真田さん、島さんという方も呼んでくださってね・・・ ふふふ…… それから、二人してあなた達のこと認めてやって欲しいって熱弁振るってくださったわ」

 「真田さんと島が……」

 「聞いていておかしいくらい…… ほんとに自分のことか兄弟のことのように、お二人とも必死なのよ。それを聞いて、その内容はもちろんですけど、、あなたがそんなにお仲間に思われてるってことに感動したわ」

 「…………」

 「この前あなたがいらして、会った時に、あなたが立派な方だということも、雪の事を本当に思ってくれていることも、よくわかったのよ。主人は、あなたが帰ってすぐに、『認めてやればいいのに』って言ってたの。でも、私はまだちょっと心配だった。年のことも、あなたのお仕事のことも…… でも、それは二人で解決できることなんでしょうね。雪が本当に信頼してなんでも任せられる相手だって、よくわかったわ。あなたのお仲間に会って……」

 「お母さん……」

 「ふふ…… だから、お見合い!」 美里は雪に似た笑顔でそう言った。

 「は、はあ……」 進は、なんと返事していいか困ってしまった。

 「私は雪に私達が認めた相手と見合いさせて付き合う相手を決める、って言ったんですから、その通りにしてもらうわ…… ちょっと、意地みたいなものよ。付き合ってくださるわね、古代さん」

 「…… でも、雪はこのこと知らないんでしょう?」

 「もちろんよ。雪ったら、すっかり怒っちゃって、見合いの相手の名前も聞こうともしないもの。もちろん、聞かれても適当にごまかす気でいますけど。とにかく、雪は首に縄をつけても日曜日には見合いの席に連れて行きますから、古代さんもよろしくね。場所は、今度地上に新しくオープンした展望レストラン。午前11時に予約してありますから」

 「後で怒られないですか?」

 「大丈夫よ。雪はさんざん私達に心配かけたんだから、これくらいいいの」

 うれしそうに話す美里に、進は唖然としていた。美里の切り替えの早さには進も驚きをかくせなかったが、それでも、とにかく、二人のことを許してくれるというのだから、進に文句があるはずはなかった。

 (8)

 翌日出勤した進は、真田に礼を言い、雪と見合いする事になったことを報告した。

 「あっははは…… あのお母さんらしいな。いやいや、なかなか口の達者な方らしいんで、俺一人じゃ負けそうだから、島に助っ人を頼んだんだよ。わかってもらえてよかったな。だが、お前が言うほど一方的でもなかったぞ。きっと、お前の事を気に入ってたんだと思うなあ。ただ、すぐに認めたくなくてきっかけを探していたんじゃないかな?」

 真田は、そう言って笑った。いつもクールな真田がどんな熱弁を振るったのか、進は聞いてみたい気がしたが、真田は笑うばかりだった。

 その日、仕事を終えた進は、島を誘った。

 「この前は、すまなかったな。雪のお母さんのことさ……」

 「ああ、ははは…… 真田さんから緊急連絡だっていうから、何事だと思って行ったら、喫茶店に呼び出されてお前達のための説得工作だもんなあ…… まいった、まいった。で、うまくいったんだろ?」

 「うん、ありがとう。それで明日、見合いするんだ」

 「へ?」

 「雪、とな……」 進ははにかみがちに笑った。

 「わはっはっは! 雪のお母さんらしいな。雪は知らないのか? そうすると……」

 「ああ、そうなんだ。だからさ、今日ちょっと買い物に付き合ってくれないか?」

 「何を買うんだ?」

 「スーツ……」

 「ああ、ははは…… そうだな、見合いするのに普段着って訳にはいかないもんな。よし! 俺がいいのみつくろってやる。その代わり、晩飯おごれよ! 豪華なヤツな!!」

 「わかったよ。なんでもご馳走してやる!」

 進は島と買い物をすませると、島の望む通りの食事をご馳走した。

 (9)

 日曜日の朝、雪は浮かない顔で着替えをしていた。

 (古代君ったら、私が困ってるっていうのに、昨日も一昨日も約束があるとか言って会ってくれないんだもの、ひどいわ。見合いは断わったらいいなんて、自分がするわけじゃないから簡単に言ってくれるし! 来週には宇宙勤務だっていうのに、このまま行ってしまう気かしら…… もう、今日早く断わって古代君のところに押しかけてやるんだからぁ!)

 「雪、仕度できたの?」 美里が雪の部屋を覗いた。

 「もうすぐよ。ちょっと待って……」

 「あら、その新しいお洋服着たの? いいわね。素敵よ。今日のお相手はあなたに一目ぼれね」

 今日の雪は、白のワンピース姿だった。美里が先日買ってきたもので、雪にとても似合っていた。雪もそのワンピースを見たときから気にいっていたし、母が今日のために買ってきたとわかって、気が進まないものの着ないわけにはいかなかった。

 (古代君とのデートの時に着ていければいいんだけど…… でも、古代君、このお洋服に似合うような服持ってないわね…… スーツでもあれば、二人でおしゃれなレストランに行って…… あーあ、ほんとにつまんない…… 一目ぼれなんてされたらまた厄介だのに…… はぁ。)

 雪が、部屋を出てくると、晃司が目を細めて雪の姿を見つめていた。

 「なあに? パパ、そんな顔して…… なんだかまるで私がお嫁に行くみたいな顔して!」

 「ん? ああ……」 晃司には雪の白いワンピースがまるで花嫁衣裳のように見えた。

 「ただのお見合いよ! それに私、お断りするかもしれないんだから……」

 晃司があんまり、淋しそうなそれでいてうれしそうな複雑な表情を見せるので、雪は当惑した。

 「けど…… これで決まれば近いうちにいってしまうかもしれないんだから……」

 「だからぁ! 決まらないって!!」

 雪は、父に対してあきれたような笑顔を向けた。決まりもしない見合いの前にしんみりしてしまっている父を、なんと言って慰めればいいかわからなかった。

 晃司は、今日の相手のことを知っている。雪が断わろうはずの無い事も。それだけに、晃司の胸中は複雑だった。あの男の事を妻より先に認めてやろうと思ったのは自分なのに、いざ、その場にきたら、やはり渡したくない、そん気持ちが沸いてくるのだった。

 (これが、娘を嫁にやる父親の心境っていうものなんだろうか……)

 晃司は、これから話が進むにしたがって感じるだろう思いを今日初めて感じていた。

 (10)

 見合いの場に近づくにしたがって、雪の心は重くなっていった。断わるためのお見合いなんて、やはり辛いことだった。

 (ああ、この場からすぐに逃げ出してしまいたい! 古代君……)

 待ち合わせの場所は、今日がオープンの地上の展望レストランだった。急ピッチで建設が進むビル群を見渡せる高台にいち早く完成させたこのビルには、今後、地球市民を楽しませるいろいろな施設が入る予定になっていた。その、最上階に最初にオープンしたのが、展望レストランだった。

 11時少し前、3人を乗せたエレベータは最上階まで一直線に昇っていった。エレベータがつくと、そこにはもう既に大勢の人が来て、大きなレストランフロアをほぼ埋めつくしていた。いままで、地下で暮らしていた人々の明るい地上への思いを見るようだった。今日のレストランは、完全予約制で、予約のない人は来ていないのだが、それでもにぎやかな声が響いていた。

 レストランのエントランスで立っていたウエイターに美里が声をかけた。

 「すみません、今日、11時に予約した森ですが……」

 「森様ですね。…… はい、承っております。お連れの方は、もうおいでになられております。7番テーブルへどうぞ。ご案内いたします」

 「ありがとう」

 雪の見合い相手は、時間前だというのに、既に到着していた。

 (時間厳守は、古代君のモットーだわ…… ふっ なんでも、古代君とつなげてしまう……私)

 雪は、進の事を考えながら、うかない顔で、美里に促されるまま、ウエイターの後をついて行った。ウエイターの歩いていく先は、奥のほうにある窓際のテーブルのようで、テーブルの向こうにはスーツ姿の男性が立っていた。こちらに気がつかないのか、立ったまま、窓から一生懸命、外の情景を見ているようだった。その姿が、雪にはまた、進に見えてきて仕方がなかった。

 (古代君に似てるような気がする…… 古代君がいるはずないのに、第一古代君はあんなスーツ持ってないもの…… わたし、やっぱりどうかしてる。)

 雪は、なさけなくて今にも泣き出しそうになってしまった。と、その時、その男性がくるっと振りかえった。

 「古代君!!!」

 「やあ!」


by めいしゃんさん

 そう言って振りかえったのは、まぎれもなく進だった。雪は、その場で立ち止まって両手で口元を抑えたまま動けなかった。

 「どうして…… どうして、古代君がここにいるの? どうして?」

 雪が、立ち止まってしまったので、美里がその背中を押した。

 「さあ、雪、早く歩いてちょうだい。相手の方がお待ちなのに、何してるの?」

 雪は母の顔を見たが、まったく驚いている様子はなかった。父も笑っている。雪は何がなんだかわからないまま、促されて席についた。

 「こちらは、古代進さん。今日の雪のお見合いのお相手よ」

 美里が、雪に向かってそう言った。その表情は、なんともいえない柔和なものだった。進もニッコリ笑って雪の顔を見ていた。雪はやっと、両親が進の事を認めてくれて、この場を作ってくれたことを理解した。

 「ママ……」

 そう言うと、雪の瞳からは大粒の涙があふれでてきた。

 「ママとパパの一番のお勧めの方なんですからね、雪。それでも嫌ならお断りしていいのよ」

 美里がいたずらっぽく言うのも雪の耳に入っているのかいないのか、雪は黙ったまま、ただ進を見つめていた。

 「パパ、ママ…… ありがとう」

 雪はやっとそれだけを言った。すると、晃司が進に向かって言った。

 「古代君、雪のことはよろしく頼むよ。一人娘でわがままに育っているかもしれないが、私達にとってはかけがえのない娘なんだ。妻が気にしてたように、君達はまだまだ若い。これからのことはゆっくり考えるといい。新しい地球は君達が作っていくんだ。楽しみにしてるよ」

 それに続いて美里も頬を緩めた。

 「古代さん、私はね、本当のところは今も少し不安があるのよ。あなたが宇宙戦艦の仕事を続ける限りはね。雪が淋しい思いをするんじゃないか、一人で置かれて泣くんじゃないかって……
 雪には、平凡な幸せを見つけて欲しかったの。地球を守るとかそんな大それた事なんかできなくてもいいから……」

 そこまで言って、美里は涙で詰まってしまった。

 「でも、雪には雪の人生があるのよね…… それに、もうあんな戦争なんか簡単に起こるわけもないものね。体に気をつけて、雪を一人にしないでちょうだいね、古代さん……」

 「……はい」

 こくりと頷いた進に、雪の両親の思いが胸にずっしりと感じられた。

 「じゃあ、私達はこれで行くよ。あとは、若い者にまかせて、な、ママ」

 「はい…… 私達も久しぶりにデートでもしましょうか? パパ」

 晃司と美里が席を立った。そして進と雪に笑顔で会釈すると、手を振ってレストランから出ていった。

 (11)

 しばらく黙ったままいた二人だったが、雪もようやく落ち着いて涙もおさまってきた。

 「古代君の意地悪……」

 そう言いながら、雪は進を軽くにらんだ。

 「ははは…… ごめんよ。お母さんが雪には絶対に内緒にって言うもんだから……」

 進は、困ったように頭をかいた。

 「ここ何日か、私だけとっても辛い思いをしてたんだわ! もうっ、ほんとにひどい!!」

 雪にいつもの調子が戻ってきたようだった。

 「怒るなよ! 今日は、ここのご馳走なんでもおごるからさ」

 進が焦り始めると、雪はだんだんおかしくなってきて、笑顔で答えた。

 「当たり前だわ! でもまだ、これくらいじゃ足りないんですからね!」

 「わかった。わかった。今日はなんでも雪の言うとおりにしますからっ、頼む、許してくれよ!」

 やっぱり、雪に怒られたなと思いつつ、進は懸命に謝った。すると雪は今度は進の衣装に言及し始めた。

 「それに、そのスーツどうしたの? 誰かの借り物? それにしては、似合ってるわね。もしかして買ったの? でも古代君が一人で選んだとは思えないし」

 「えっ? これかい? 俺が一人で選べるわけないだろ。昨日、島に頼みこんであわてて買ってきたんだから…… どうだ? 似合うだろう」

 「やっぱり、そんなところだったのね。ふふふ…… ええ、似合ってるわよ。馬子にも衣装ね」

 「ああっひどいなぁ、そのいい方!」

 そして、進は数日前からのことを話した。
 雪の母が真田や島に会って、説得されて進の事を許す気になったこと、そして、そのことを進に告げに来た事、それから真田や島に礼を言って、島と昨日買い物をした後、いいだけたかられた話をした。

 「ふふふ…… 当然よ、古代君!」

 「あーあ、昨日といい今日といい、雪のためにずいぶんな出費だぞ」

 「あ〜ら、何よそれくらい……かわいいかわいいあたしのためなら、ねぇ」

 「はん! 自分で言うなよ。ははは……」

 雪も進につられて笑った。ここ何日かで、やっと心から笑う事ができたような気がする。
 それから、二人は新しいレストランでの食事を楽しんだが、食事が終わると、進がもぞもぞし始めた。

 「どうしたの? 古代君?」

 「う〜ん…… やっぱり、こんな衣装は居心地が悪くてさ。なんか、こう首が苦しくて……」

 「ん! もう!!」

 「これからちょっと、家に戻ってもいいかい?」

 「ふふ……しかたないわね。いいわ、行きましょ」

 二人は連れ立ってレストランを出ると、地下に降りて地下街を進の部屋まで歩いた。その間も雪は上機嫌で、進の腕をとって、進にもたれかかるようにして歩いていた。

 「そう言えば、雪の今日の服もきれいだよな?」

 「今ごろ言ってるぅ! そういうことは、もっと早く言ってよねぇ〜!」

 「あっ、そうか…… あはは、やっぱり俺は変わった事言うもんじゃないな。誉めても怒られるんじゃ割が合わないよ」

 「もうっ!」

 その時、進を睨んだ雪は、視線の向こうに写真屋の看板を見つけた。

 「そうだわっ! ねぇ、古代君、写真撮らない?」

 「写真?」

 「古代君のスーツ姿なんて簡単には見られそうもないじゃない?だから記念に、ねっ!」

 「ええっ! やだよ、わざわざ写真屋に入ってなんて撮るなんて!」

 「だーめ!! 今日は、私の言うとおりにするんでしょ?」

 「うっ……」

 さっき自分が思いつくままに言った言い訳を雪に返されては、進は文句がつけられなかった。

 雪は、黙り込んだ進の手を引っ張ると、写真屋に勢いよく入っていった。
 それから、程なく出てきた二人であったが、雪の手には大事そうに大きめの封筒が抱えられていた。
 その雪の表情がいかにも満足そうで、進の決まりの悪そうな恥ずかしそうな顔とは対照的だった。

 (12)

 その後はまっすぐに進の部屋に向かった。そして到着するなり、進は服を脱ぎ出した。

 「ちょ、ちょっとぉ、古代君、レディの前でいきなり何するのよ!」

 「レディ? あ、ああ…… いいじゃないか、まっ裸になるわけじゃないからさ、気にしない気にしない」

 「ふうっ…… あいかわらずだわね」

 雪があきれている内に、進は下着姿になったかと思うと、手近にあったセーターとGパンに着替えてしまった。

 「はあ…… 楽になった。ヤマトの制服ならなんでもないけど、このスーツってのは、どう考えても苦手だな」

 「可哀相なスーツさん…… 今度は、いつ日の目をみるのかしらね」

 雪が笑うと、進は苦笑しながら、そのスーツをタンスにしまった。それからくるりと振り返って、雪に微笑みかけた。

 「さて、どこかへ行く?」

 「ううん、なんだか疲れたから、しばらくここで休んでたいわ。それに、また、二人の衣装がアンバランスになっちゃったし……」

 「あっ…… そっか、ま、飯も腹いっぱい食ったし、昼寝でもするかなぁ……」

 「どーぞ、ご勝手に!」

 「なにもそんなにツンツンすることないだろ、疲れたって言ったのは雪だぞ」

 進は、座っている雪の隣にやってくると、その隣に座り片腕をその背中に回した。雪もその腕の中に埋もれるように、もたれかかった。そして進をじっと見上げた。

 「古代君…… よかった…… パパとママが私達のことわかってくれて……」

 「うん…… この前行った時はほんとにどうなることかと思ったよ。雪と真田さん達のおかげだな」

 進の雪を見る目が、とてもやさしかった。

 「ううん、古代君があんなに一生懸命私の両親の事を思ってくれたからよ。ほんとにありがとう」

 そう言うと、雪はいとおしそうに、進の顔を見た。

 「雪……」

 二人の顔が静かに近づいてきて、そのまま唇があわさった。
 あの夕日の中の時と同じく、暖かくてやわらかな唇の感触が二人を夢気分にする。そして、今日のすっきりと晴れ渡った心でのくちづけは、二人の心をさらに熱くした。

 キスはいつまでも終わらなかった。いつまでも、いつまでも、二人の愛が永遠であることを祈るように…… 

Chapter 4 終了

第 一 部 終 了

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