幸せへの軌跡−進と雪の婚約物語−

Chapter5−ヤマト人気−

 (1)

 雪との付き合いを晴れて雪の両親に認めてもらった進は、その後安心して、宇宙勤務に旅立って行った。
 地球の復興は日を追う毎に目ざましく、昨日と今日で景観が違うと感じる事もしばしばだった。

 進の第15輸送船団も、タイタンへの往復に終始することになった。タイタンは元々資源の多い星として昔から重用されている。
 地球から数日でタイタンに到着、資源の積み込みに数日、そして帰還。約2週間で、進は最初の航海を終えて帰って来ることになる。
 タイタンでの資源積みこみ中は護衛艦のクルーは交代で休暇扱いとなるため、地球での休暇は短く、正味の休暇は1日の2泊3日の地球滞在で、進はまたタイタンへの航海に出発することになっていた。

 一方、進が飛び立ったのと時期を同じくして、地球では、いわゆるヤマト歓迎ムードが盛り上がっていた。地球の復興と共に、TV番組や週刊誌など娯楽に関する報道物があっという間に再構成され、芸能番組も復活し始めていた。
 その中でも地球を救った英雄として、ヤマトの旅についての特集を組むTV晩組や週刊誌が頻発していたのだ。

 ヤマトの航海についての詳しい状況や、クルー達の横顔が毎日のように紹介され、クルーに関する質問や取材申し込みが殺到した。

 が、地球防衛軍としても職員達にしても、誠にありがた迷惑な話である。そのため、軍広報室からの回答は一貫して

 ――ヤマトの乗組員たちは、地球復興のために新たな業務に邁進中である。彼らの業務を阻害しないで欲しい。また、彼らは一介の公務員に過ぎず、取材については一切お断りする――

 という徹底したものだった。

 取材側も、対防衛軍であるが故、いわゆる芸能人に対するような露骨な取材はなかったが、さすがにただでは引き下がらない。特にクルーの中でも華的存在だった雪などは格好の取材対象になった。勤務の行き帰りの雪を遠くから激写していた、などということは日常茶飯事だった。

 それでも、雪はそれらの雑誌やTVに抗議することはせず、じっと耐えつづけた。ひとときの熱が冷めれば静かになる、そう信じることにして……

 そして、次に進が帰ってくる2週間後には、さすがにその騒動も落ち着きを見せ始めたようだった。

 しかし進が帰って来る日も、まだ防衛軍本部も旧ヤマトクルー達への取材攻勢への懸念は消えていなかった。そのため、第15輸送船団所属の進や相原を始めとする旧ヤマトクルーへの出迎えは、一切禁止という措置がとられた。

 そんな地球の状況を漏れ聞きながら、護衛艦に勤務する進と相原は、休憩室で帰還に向けての最終準備前の休養をとっていた。

 「おかげで、雪さんも迎えに来れないんですってねぇ」

 相原は、先述の地球でのヤマト騒ぎについて説明した後で、同情気味にこう言ったのだ。

 「はは……相原、そんなことまでチェックするなよ! けど、雪と一緒のところを取材されてうるさく付きまとわれても困るし、まあ、しかたないさ」

 苦笑する進に対して、相原も意味深に笑う。

 「そうですかぁ? いいじゃないですか! 『ヤマト第一艦橋で花開いた恋!』なんて題名が週刊誌のトップに載ったりして! 『結婚も秒読みか……』とかね! あっははは……」

 相原は、いかにもありがちな見出しを並べたてて進をからかった。

 「こら!! そりゃあ、週刊誌の読み過ぎだ!」

 進が相原の頭を軽くゴチンとたたくと、相原は「いてて」と言いながら頭をなぜた。

 「ははは…… でも、真田さんから聞きましたけど、雪さんのご両親に認めてもらってよかったですよね、古代さん!!」

 「まあな、帰るなりあんな騒動になるなんてさ、参ったよ。いきなり見合いだなんだって、ほんとに疲れた……」

 照れながら頭をかく進は、しかしとても嬉しそうだった。

 「あっははは…… それはそれはごくろうさまでした! まあ、そのうち世間が静かになったら、僕が取材してヤマトのみんなにだけの広報誌作ってあげますから!」

 相原の嬉しそうな言い草に、進はあきれてしまった。相原は、通信士という職業柄、いろいろな情報にすばやく反応する才能があったが、ゴシップにまでその才能をいかすつもりらしい。

 (2)

 一方地球では、連邦中央病院の佐渡の診療室では、雪がいつもどおりの仕事をこなしていた。
 午前中の診療を終えた佐渡が、一息つきながら雪に話しかけた。

 「雪、どうしたんじゃ? 今日、古代がはじめての護衛艦任務を終えて帰って来るんだろうに? なんでそんなに浮かない顔しとるんじゃ?」

 「だって、佐渡先生、古代君のお迎えに行けないんですよ! 2週間ぶりで会うっていうのに……」

 道具を片付けながら、つんと唇と尖らせる乙女らしい仕草に、佐渡は苦笑した。

 「ああ、そうか、そう言えばそんな通達が来ておったなぁ…… まあ、『人の噂も75日』、そのうち静かになるじゃろうて。ちょっと我慢せい…… 古代も地球に着いたら連絡してくるんじゃろ?」

 「それはそうですけどぉ……」

 佐渡の慰めの言葉も雪の不満を解消することはできないようだが、それでもまもなく帰って来る恋人を思ってか、雪の顔付きが少しばかり明るくなった。

 (でも……古代君、もうすぐ帰ってくるのね。2週間も離れ離れだなんて初めてだもん。とても淋しかったわ。タイタンでも休日があったはずなのに、古代君は何も連絡くれないし……ふうっ。あっでも、古代君にそんなこと期待する方が間違いかしらね)

 ヤマトではぐくんだ愛が帰還と同時に実を結び、進と雪はつかの間の地球の休日を恋人らしく過ごす事ができた。その間、二人の交際に反対する両親の説得という問題もあったが、かえってそれで進の強い愛情を感じることができた。
 今の雪はもう、少しでも早く進の顔を見たくてたまらなかった。

 夕方近くになって、進の護衛艦は既に到着している時間を過ぎていたが、まだなんの連絡も入ってこない。ちらちらと時計を見る仕草を何度も続ける雪は、見るからにイライラしているようだ。

 その時、電話のベルが鳴った。それに対する雪の反応は、驚くほど素早かった。その姿に、佐渡がアナライザーと顔を見合わせて、くくくと笑った。

 「はい、第3医務室です」

 『あ、雪かい?』

 「古代君っ!!」

 期待通りの進からの電話に、雪の声が急に華やいだ。佐渡が、またくくっと笑う。
 すぐに雪が画像ONの操作をすると、画面に進の顔が大写しになった。雪の顔がさらにほころんだ。

 『ただいま、今、家に戻ったんだ。雪はどうだい? 元気だった?』

 「ええ、元気よ…… でも、お迎えに行けなくて残念だったわ……」

 雪は、甘えるような声で画面に向かって笑顔を向けた。

 『うん…… でも来なくてよかったよ。なんだかカメラのフラッシュで目がおかしくなりそうだったよ。出発する頃は、まだそんな取材なんか始まってなかっただろ? 地球の復興っていろんなところで始まってるんだなぁって感心しちまったよ。外を見たら、ビルは筍のようにぐんぐん伸びてるし……』

 「ほんとね…… それで、今日はどうする?」

 すぐにでも会いに行くと言ってくれるとキタイしつつ雪が尋ねた。が、進は困ったような顔をした。

 『それが…… 残念だけど今回は会えないんだ』

 「ええっ!!」

 雪の大きな声に、佐渡がびっくりして振り返った。

 『今日も、上の方からその取材の事で話があってさ。週刊誌を刺激する事は一切するなって…… 俺と雪のことも話題になってるんだってなぁ。今雪とどこか歩いてたら、絶好の取材の的になると思うんだ…… 全く迷惑だよな。
 だからさ、今回は家でおとなしくしてるよ。どうせ、1日だけの休暇でまたタイタン行きだし…… せっかく地球に戻ってきたんだけど、ごめんよ』

 帰ったら相手の顔が見れる。話ができる。それを楽しみにしていたのは、進も同じことだった。

 「そうね………… わかったわ……」 雪も進の言葉にすっかりしょげてしまった。

 「夜、電話するよ。じゃあ、仕事中悪かったな」

 「……ええ、またあとでね……」

 雪は、声のトーンをすっかり落として電話を切った。さっき、電話にでた時とは1オクターブもまだも低くなったかと思うくらいの沈んだ声に、さすがに佐渡も、心配そうに雪に尋ねた。

 「どうしたんじゃ? 雪、古代になにかあったのか?」

 「……いいえ、でも、取材がうるさくて、古代君、今回の帰還中は会えないって……」

 そう言いながら、少し目をうるうるとさせている雪に佐渡はやさしく励ました。

 「まあまあ、雪。また、2週間で帰ってくるんだろう? その頃には、もう少し静かになっとるわい。こういうゴシップのピークは短いから、大丈夫だ」

 するとそこへ、アナライザーが入ってきた。

 「雪サン、ドウシタンデスカ? 佐渡センセイニ シカラレタンデスカ?」

 「わしゃ、なーんもいじめとらんよぉ。雪は、古代に会えないんでめそめそしとるだけじゃわい!」

 「古代サンデスカ…… 今日、帰還デシタネ。人気者ハ辛いデスネ。キット、ギャルカラノ ファンレターモ タップリ来テルンデショウネ……」

 「アナライザーったら! ふん!!」

 雪は、アナライザーに考えたくもないことを言われてますます機嫌を悪くしてしまった。確かに、雪にも多くのファンレターが届いていた。雪は、差し障りのないところで、簡単な礼状を出してすべてに対応していたが、進にも届いているに違いないと思った。

 (古代君にファンレター…… 古代君どうするのかしら? 返事を書くかしら…… まさかねぇ、うーんもう! ああこんなこと考えたくもないわ!)

 「まあとにかく、雪、今日はもう帰っていいぞ。機嫌悪いままでいられたら、こっちまでとばっちりかかりそうだからな」

 「どーもすみません!!」 雪は、アナライザーをペチンと叩くと、部屋を出ていった。

 「アイテ!」

 「あははは…… 雪はファンレターに怒ってたぞ。自分に来てるのは棚に上げて、古代に来てるファンレターにぷりぷりしておるんじゃろ? あれは、結構ヤキモチ妬きだな。古代も大変じゃ…… ははは」

 (3)

 仕事を終え、着替えのためロッカーに行くと、同じように帰り支度をする同僚がたくさんいた。その中には、雪の友人の佐伯綾乃もいた。

 「雪、今日は定時ね。もう、取材のカメラマンはいなくなった?」

 「ううん、まだ少しはいるみたい…… でももう、気にしないことにしてるけど。疲れるわね……」

 「それで機嫌が悪いの? 昨日は、なんだかとても機嫌が良かったのに」

 「なんでもないわ…… ちょっとね」

 雪は、まだ自分の友達に進とのことを話していなかった。隠しているというわけではなかったが、自分からわざわざ話すこともなかった。

 「ところでさ、雪。近い内に、ヤマトの人達と合コンできない?」

 「合コン? 誰が?」

 「うん、私達看護婦とに決まってるでしょう! 千佳と絵梨が行きたいって言ってるのよ。雪ならだれか連れてきてくれるでしょ? ねっ!」

 「ふー、あなた達もやっぱり週刊誌に躍らされてる方なのね……」

 「そう言わないでって、せっかくヤマトで活躍した雪ちゃんの友達なんだから、それくらいの楽しみはいいでしょう?」

 「ふふふ…… でも、今はダメよ。とにかく、取材に対して、防衛軍が敏感になってるし…… もう少しして、その内落ち着いたら、聞いてみるわ」

 「やった!! 楽しみにしてるわ。 じゃあね、雪、お先」

 「またね」

 雪は、適当に返事したが、看護婦仲間の間でもそんな話がでてるのかと思うと、まだまだ落ち着くまでは時間がかかりそうだと思った。

 (4)

 その日、行く当てのない雪は、しかたなく自宅へ戻った。

 「ただいま……」

 「あら、雪? おかえりなさい。古代さんどうしたの? 今日は帰ってきたんじゃないの?」

 朝、出ていく前に雪は、今日進が帰ってくるので、夜は帰りが遅くなると母に告げていた。

 「帰ってきたのはきたんだけど…… まだ、取材がうるさくて…… 古代君、今二人で外出したら何言われるかわからないから、会えないって」

 「あらまあ…… せっかく帰ってきたのに、それは残念ね。でも、そのうち静かになるわよ。ほんとにヤマト人気ってすごいわ。もう、お見合いもいいってお断りしてるのに、次から次へと話が来ちゃって……」

 「ママァ! また、変なこと考えてないでしょうね?」

 「ふふふ…… 大丈夫よ。全部お断りしてるから…… さ、それよりご飯にしなさい」

 「いらないわ…… 食べたい気分じゃないもの」

 「おやまあ…… いとしの彼に会えないと食欲までなくしちゃうのね」

 美里にちゃかされても雪は反論すらしないで、自分の部屋に入っていった。

 しばらくして、父の晃司も帰ってきたが、雪が帰って来ているので、美里に訳を聞き、雪の元気のないことを知った。ちょうど、その時、雪の部屋の電話のベルが鳴った。

 「はい……」 雪が電話に出ると、すぐに進の声が聞こえた。

 「雪? もう、帰ってたんだね。よかった。今日は、ごめんよ……」

 「ううん…… 古代君、初めての仕事で疲れてるでしょう? ちょうど休養になっていいもの……」

 そう言う雪の声が、やはり淋しげなのは、聞いている進にもよくわかった。進も本当は、今日雪に真っ先に会いたかったのだから。

 「本当は会いたかった?」 進は、雪に聞いた。

 「えっ?…………」 進にストレートに聞かれて雪は急に悲しくなった。 「どうして、そんなこと言うの? 会いたかったかだなんて……」

 「雪?」 雪の声がくぐもって聞こえて進は聞き返した。

 「………… 会いたいわ、とても……」

 消え入りそうな声でやっと言う雪の言葉は、進の胸に響いた。『会いたい』ただその言葉だけが雪と進の頭に広がっていた。

 「雪…… 今からそっちに行くよ」 突然、進は急に思い立ったように言った。

 「えっ?」 進が言った言葉がすぐに理解できなくて雪は聞き返したが、すでに電話は切れていた。

 「古代君? ねぇ、古代君!」 雪が電話に呼びかけても何も返ってこなかった。

 (古代君、そっちに行くって今言ったわよね。えー! 今から?もう7時も過ぎてるっていうのに? 本気なのかしら…… ああ、やっぱり止めなきゃ……)

 雪は、やっと状況を飲みこんで、進の部屋に電話したが、もう誰も電話に出なかった。電話が切れてからまだ数分しかたってないのに、進はもう部屋にいなかった。

 (5)

 しばらく、ボーっと考えていたが、雪ははっとして、自分の部屋をでた。

 「おや、雪どうした? 古代君からの電話だったのかい? よかったな、会えなくても電話があって……」

 晃司が雪を気遣って、そう聞いた。

 「古代君、今から来るって……」

 「え? 来るって? ここへかい?」 「雪、あなた、古代さんに何か言ったの?」

 両親も『進が今から来る』という状況に驚いて雪にその真意を尋ねた。

 「……会いたいっていったら…… そしたら…… 急に電話きれちゃて…… すぐかけ直したんだけど、もういなくて……」

 雪の言い訳に晃司と美里は顔を見合わせた。そして、微笑んだ。さっきの雪の沈んだ様子を思い出すと、きっと雪は進が心配になるぼどの淋しげな声で『会いたい』と言ったのだろうと思った。

 「お茶の用意でもするわ」

 美里は晃司に話しかけた。晃司も頷いた。雪は、黙ったまま、玄関の方をじっと見つめていた。

 (6)

 電話が切れてから40分ほどたった時、玄関のペルが鳴った。雪はそのベルに弾けるように玄関に飛んで行った。ドアの中から外を見ると、進が立っていた。雪はすぐにドアを開けた。

 「古代君……」

 「雪…… 来ちゃったよ」 進は、そう言うとニッコリと笑った。

 「古代君…… あがって…… 大丈夫だったの? どうやって来たの?」

 「うん、同じマンションに住んでる先輩から車を借りてきた。誰にも追いかけられたりしてないから……」

 進は、うれしそうにそう言いながら家の中に入った。リビングに入ると、美里と晃司が二人に向かって微笑んでいた。進は、慌てて挨拶した。

 「あ、や、夜分にすみません…… あの、ちょっとお邪魔します…… あの、すぐ帰りますから……」

 進は、ぺこりと頭をさげながら、なんとかそう言った。

 「古代さん、お仕事お疲れさま。いいのよ、ゆっくりしてらして。雪、お部屋に案内しなさい。あとで、お茶を届けてあげるから」

 「ありがとう、ママ」

 雪は、進と自分の部屋に入った。部屋の絨毯の上に進を座らせると、雪もその向かいに座った。

 「古代君…… びっくりしちゃった……」

 雪はやっぱりうれしかった。うれしくて、うれしくて、そういう声も震えてしまった。

 「あははは…… さっきの雪の声を聞いたら、じっとしてられなくなって……」

 進は、ちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。

 「ごめんなさい、古代君。せっかく、私達のことを心配してくれてたのに…… 私が……」

 「いいんだ。 別にやましいことしてるわけじゃないんだから……」

 そこまで言った時、開けていたドアとトントンと叩く音がして、美里がお茶を届けに来た。

 「雪、私達は先に休むかもしれないけど、あとはよろしくね。古代さん、ごゆっくり」

 美里は、二人に微笑みかけると、ドアを閉めて出ていった。

 「あっ、ママ。ドア?……」

 (この前、古代君が来たときは、ドアを閉めるなと強く言ってたのに……)

 今日は自分から閉めて行ったので、雪はちょっと驚いた。そして、雪は、美里が入ってきたので、一旦立ちあがっていた進のところに戻ってくると、お茶の入ったお盆を脇の棚の上に置いて、進の胸に飛び込んだ。

 「古代君……」

 「雪、本当は、会いたかったんだ。すごく…… だから……」

 「古代君…… 私も会いたかった…… うれしい……」

 微笑を浮かべる雪の唇に進はそっとキスをした。体と唇から伝わるお互いの暖かさに二人ともジーンとしていた。会っていなくても気持ちはいつも一緒、そう思っている二人だったが、やはりそれぞれの暖かさを感じる事は、なによりも幸せだった。

 (7)

 それから、二人は、地球の復興の様子やそれぞれの様子についてとりとめもなく話を続けた。ヤマト人気の話になった時、ふと雪はアナライザーが言っていたことを思い出した。

 「ファンレター来た?」

 「ファンレター? ああ、そういえば、今日防衛軍の広報の人が手紙を箱一杯くれたなあ…… あれかな?」

 「まだ、見てないの?」

 「うん…… それが何か?」

 「どうするの? それ……」

 「どうするっても…… 一応読んでみるよ。明日一日あるし、きっと子供達からだよ。ヤマトの事を聞きたいとか」

 「でも、女の子からも来てるかも……」 雪は、進の様子を見ながら言った。

 「あっ…… そうかぁ。それは楽しみだな。あははは……」

 進は、急にニッコリして嬉しそうにそういうので、雪はムッとした。

 「! 楽しみ?! そう、それはよかったわね! 私に会うより、そんな手紙見てた方がずっと楽しいものね!」

 「あ…… いや、そういう意味じゃなくて…… だから、雪……」

 進があわてて言い訳をしたが、雪はすっかりそっぽを向いてしまった。

 「雪? 雪ちゃん…… ねえ……」

 進は、横を向いた雪の肩を抱くともう一度雪に声をかけた。

 「わかってるだろ? 雪、僕には雪だけだって……」

 やさしく進にそう言われて、やっと雪は表情を和らげた。

 「ほんと?」

 「もちろんだよ。だから機嫌直して……」 雪の表情が戻ったので、進はホッとした。

 (雪って結構ヤキモチ妬きなんだな…… 気を付けよう……)

 なんとか機嫌を直した雪と進はまた、たわいもない話を続けた。何を話すと言うほどのことでなくても、それは楽しいことで、二人には笑いが耐えなかった。夜も10時を過ぎた頃、進は立ちあがった。

 「じゃあ、そろそろ帰るよ。今度帰って来たときは、きっともうなんともなくなってるだろうから、ゆっくり会えるさ」

 「ええ、今日は、本当にありがとう…… 気をつけて帰ってね」

 「ああ、明日の晩、仕事から帰ったら、電話してくれよ」

 「うん!」 雪は明るく頷いた。

 進が雪の部屋をでると、雪の両親はまだリビングにいた。進は、両親に丁寧に挨拶をすると帰って行った。進が出ていくと、美里は雪を見ながら言った。

 「よかったわねぇ、雪。古代さんが来てくれて……」

 その言い方が、からかっているような意地悪そうなそんな言い方だったので、雪は赤くなってしまった。

 「ママったら…… 知らない!」

 頬を染めて部屋に戻る娘の姿をほほえましそうに見つめる二人だった。自分たちの娘が幸せそうな笑顔を見せることは二人にとってもうれしいことだった。若い二人のことを認めてやってよかった。美里と晃司はお互いにそう思っていた。

 (8)

 翌日は、雪は一日機嫌よく仕事をした。佐渡とアナライザーは昨日と全く違ってうれしそうな雪の姿に首をかしげていた。確かに雪の機嫌がいいのは、医務室が平穏でよろこばしいことであった。

 そして、その次の日、進はまたタイタンへと旅立っていった。前日の夜、雪は進に電話を入れ、話した。そして、今度はタイタンからも連絡してね、と約束させた。会いたい…… でも会えなかったらせめて電話でもいい。その内、地球のエネルギーに余裕ができたら、テレビ電話も近い内に開通するはずだった。そうすれば、顔を見ることもできる。雪の心は進のことで一杯だった。

 そして、進が旅立ったその日、雪の元へ、進からの荷物だというのが届いた。小さ目のダンボールで、結構重いものだった。雪は、すぐにあけて見ると、それはなんと、進宛のファンレターの束だった。進から、短い手紙も入っていた。

 『雪へ…… 僕に来たファンレターです。昨日一日で一応全部目は通しました。でも、とても返事を書く暇がなかったので、雪に頼みます。二つに分けた内の赤い紐でしばったほうだけでいいから、同封した文面をコピーして、返送してください。もう一つの方は、そのままでいいです。』

 入っていた文面は、子供達宛てで、ヤマトのことや地球を大事にしようといったことが子供にもわかりやすい文章で丁寧に書かれていた。

 (古代君ったら、子供達が大好きなのね。ふふふ……)

 雪は、微笑みながら、子供達の手紙を見たが、どれもヤマトへのあこがれや進の活躍に感動して宇宙戦士になりたくなったという、かわいい内容だった。

 次に雪は、一方の進がそのままにしていいと言っていた方を見て、顔色を変えた。それは、女の子たちからのファンレターだった。子供達から来たものと同じ位の数がありそうだった。中には、自分の写真を入れてきているものもあり、雪はあきれてしまった。と同時になんとなく腹立たしい気持ちがわいてきた。

 (古代君、こんなの私に見せることないのに! どうしようかしら、この手紙…… 見たくもない…… でも私宛てでもないのに捨てるわけにもいかないし……)

 進としては、一昨日のことがあったので、雪に包み隠さず見せた方がいいと思って置いていったものだったが、雪は隠されるのもいやだったが、見せられるのもやはり嫌だった。

 雪が手紙の束を握ったまま立っているので、佐渡は覗きこんだ。

 「雪、どうしたんじゃ?」

 「別に、なんでもありません! 別に……こんなの……」

 「ん? ほお、古代へのファンレターか…… モテルのお……」

 「知りません!!」 プイッっとそっぽを向く雪だった。

 「まあまあ、古代はなんとも思っとらんから、これを雪に預けていったんじゃろ? 気にすることないじゃあないか」

 佐渡は笑いながら、雪を慰めた。その場は、雪もそれ以上は言わなかったが、雪にはなんとなく不安が残った。

 進の事が好きになればなるほど、他の女(ひと)が進に接触すると考えるだけで、雪はカッと熱くなってしまう。進は、雪だけだと言ってくれているんだから、そんな事を不安がることはないのに、と自分に言い聞かせて見ても、やはりなにかしら心に引っかかってしまう。

 (どうしたらいいの…… 古代君。私、やっぱり考え過ぎなのかしら…… 古代君…… はやく帰って来て…… あなたに抱きしめられたらこんな不安はきっと飛んでいってしまうのに……)

 雪は進への恋しい気持ちで、ただ純粋に進に向かっていたかった。他のことを考えたくはなかった。けれど、進は目の前にいない。そのかわりに、この手紙…… 雪には、やはり悲しい事実だった。

Chapter 5 終了

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