幸せへの軌跡−進と雪の婚約物語−
Chapter6−ライバル登場?−
(1)
進の二度目のタイタンへの航海も平穏に進み、タイタンでの資材積み込み作業も順調に行われていた。この日は、進は休暇に当たっていた。休暇と言っても、護衛艦での留守番義務がないというだけで、資材管理の小さな基地がある以外は、なにもない星で、進は自室でごろごろしているのが関の山だった。
(そう言えは、雪、タイタンで休暇のときに連絡しろって言ってたな…… 基地に行けば、通信機借りれるのかな…… 言ってみるか。あの手紙どうしただろう。雪が気にしてたから、隠すのもなんだからと思って置いてったけど、また、あれ見てぷりぷりしてるんだろうか…… ははは…… かわいいもんだな)
進は、雪があの手紙類ですねている姿を想像して一人でニヤニヤしながら、基地へと降りていった。基地では、数人が、事務処理をしていた。その内の一人に、進は声をかけた。
「すみません、第15輸送艦隊護衛艦の古代進ですが、今日は休暇中なんですが、地球へ私用の連絡はできますか?」
「古代さん?…… あっ、護衛艦の古代艦長ですね? ヤマトの…… いやあ、お会いできて光栄です!! 本当にご苦労様でした。私用のですか? いいですよ。ただし、通信時間を記録させていただいて、後日使用分の費用を給与から差し引きますが、よろしいですか?」
その係員も進のことを知っていたようで、とても愛想がよかった。
「はい、かまいません」
「では、二階の第二通信室を利用下さい。通信時間は自動的に記録されるようになってます。使用方法がわからなければもう一度声をかけてください」
進は、係員の案内の通りに、第二通信室に入ると、機器を確認した。地球にあるテレビ電話形式の一般的な通信機器と同じ物で、使い方は進にもわかった。時間を見ると、地球時間で午後2時を回ったところだった。雪は普通なら佐渡のところで仕事中だろう。進は、地球防衛軍中央病院にチャンネルを合わせて通信を送った。
ピピピピ…… 中央病院の第3医務室の通信機が受信を知らせた。近くにいたアナライザーがそれに出た。
「ハイハイ! コチラ防衛軍地下基地中央病院第3医務室デス」
「やあ、アナライザー!」
「アアア!! 古代サン!」
アナライザーのその声に、カーテンの向こうで作業をしていた雪がすぐに駆けつけてきた。
「雪は今いるかい?…… ああ、いた」 アナライザーは後ろから来た雪を見た。
「雪サン、反応ガ早イデスネ。古代サンノコトニナルト 雪サンハ 異常ニ反応ガ早イデス」
「もう! いいから、アナライザー! あっちの資料を整理してちょうだい! ほらあ……」
「ソンナニ 邪魔ニシナクテモイイデショ? クソー!」
アナライザーはぶちぶち言いながら、カーテンの向こうへ出ていった。アナライザーと雪のやり取りを進は笑いながら見ていた。
「古代君!! 今日は、お休みなの?」 雪は満面に笑顔を浮かべて進に向かって言った。
「うん、今暇だったから、地球への私信もオーケーだっていうからさ。けど、通信費は自分持ちだってさ。どれくらいかかるんだろうな?」
「あら…… ごめんなさい。 じゃあ、早めに話さなきゃね。元気そうね」
「うん、暇で暇で死にそうなくらいだよ。そっちは、どうだい? 大分静かになったかい?」
「ええ、少しずつね。ね、今度帰ってくる日は、そのまま家にこない? ママがまた、ご飯でもご馳走したいって…… もう、大丈夫だとは思うんだけど。まだ、お迎えに行って何か言われても困るし……」
「ああ、わかったよ。楽しみにしてる。来週の金曜日には地球に帰還の予定だから。あ、あの手紙送ってくれた?」
「ええ、送ったわ。子供達への手紙、とても素敵な文章だったわ」
「そうかい? かわいい手紙ばっかりだったろ? 読んでて楽しかったよ」
手紙を思い出しているのか、進はうれしそうにそう言った。雪はまた意地悪を言いたくなった。
「ギャルからのも?」
「えっ? いやあ、それは…… ははは…… あれは処分してくれてもいいから」
雪の質問にギクッとした進だったが、笑ってさりげなくかわそうとした。
「ほんとにいいのぉ?」 雪は、そういいながら、進を横目でにらんだ。
「ほんとにいいよ! 雪、あんまりヤキモチなんか妬くなよ!」
雪の反応に進も少しカッとして語気を荒げた。
「妬いてなんかいません!」
雪も進の言葉に売り言葉に買い言葉のようになってしまった。しばらく、沈黙が続いたが、進がほっと一息つくと、諭すようなやわらいだ声で呼んだ。
「雪……」 さらに少しの沈黙があった。そして、
「……ごめんなさい…… せっかく古代君がわざわざ連絡くれたのに…… 私ったら…… かわいくないわね……」
進のその呼び声にはっとした雪は、自分の悋気に気付いて進に謝った。進もその言葉に安心して口調を元に戻して言った。
「雪…… 来週、楽しみにしてるよ。防衛軍本部も地上に移るそうだって聞いたし、沖田艦長の記念碑も出来上がるんだってね。落成式には地球にいられると思うんだ。じゃあ、切るよ。会える日を数えて待ってるよ」
「古代君…… あたしも……」
(2)
雪にとって長かった1週間がやっと過ぎ、明日はいよいよ進がまた地球に戻ってくる日になった。地球上の建造物は首都圏を中心にずいぶんと立った。防衛軍本部も中央病院も数日中に地上に戻ることになり、雪たちも引越しの準備に追われていた。雪はその日も、隣の医務室勤務の綾乃と一緒に作業をしていた。
「雪、なんだかまた今日はうきうきね? 地上に行くのがうれしい?」
「え?ええ…… そうね……」
雪は、本当は進に会う事がうれしくてしかたなかったが、綾乃の言葉にそのまま同意した。どうしても、一度言いそびれるとなかなか言い出せなかった。
「ね、雪。この前言ってた合コンそろそろいいんじゃない? もう、そんなに注目されてないでしょ?」
「ええ?合コン? あれ本気だったの?」
「当然でしょ? 冗談だと思ってたの? だめよ!」
綾乃に真剣な顔で詰め寄られて、雪は断わる事ができそうになかった。
「わかったわ、今度英雄の丘の落成式があるでしょ? その時、地球にいる人は集まると思うから、聞いてみるわ。誰でもいいんでしょう?」
「誰でもっていうわけじゃないわ。あのね、私は島さん、それから、千佳は古代さんがいいんだって。絵梨は誰とも言ってなかったけど……」
「ええー!」 進の名前が出てきたので、雪は思わず大きな声がでてしまった。
「だって、やっぱり、ヤマトの二人って言えば島さんと古代さんでしょ? ねぇ、是非呼んでちょうだい。二人ともがダメなら、どちらか一人は絶対よ」
「…………」
雪はすっかり困ってしまったが、そんなこととは露知らずに綾乃はうれしそうにしていた。するとそこへ、今年から研修医を終えて、医務室を任されたばかりの女性医師の間宮希(のぞみ)が顔を覗かせた。綾乃は今、希の医務室勤務をしていた。
希は、一目見ただけでは、医者とは思えないほどの美貌の持ち主だった。防衛軍科学局内の憧れの女性として、雪と人気を二分するほどだった。雪がスレンダーなまだ幼さの残る初々しい美しさで、白百合のイメージとすれば、希はもっと大人びた雰囲気で、豊かな胸と細い腰、めりはりのきいたその姿はバラを思わせるものがあった。
「あら、雪さんに綾乃さん、なんだか楽しそうな話してるわね? 合コンですって?」
「そうなんです、間宮先生。雪にヤマトのみなさんとの合コンを頼んでたんですよ。せっかくこんなコネがあるんだから、やっぱりここはお願いしないとって思って……」
「まあ、いいわねぇ…… 私も行きたいわ。ヤマトの旅のこと一度聞いてみたいと思ってたのよ。私も入れてくれないかしら?」
「え? いいですよ。ねぇ、雪」 綾乃は安易にOKの返事を言うので雪はひやひやしていた。
「ええ…… あ、でもほんとにできるかどうか、あの聞いてみないとわからないので……」
「まあ、よかった。是非お願いするわ、雪さん。じゃあ、今日は急ぐからまたね。決まったら知らせてね。必ず都合つけて行くから……」
希は、そう言い残すと二人のいる部屋を出ていった。
「へええ…… 間宮先生でも、ヤマトっていうと興味あるんだ。でも、いくつだったかしら? 私たちより5つは上よね? 年の割りにかわいい性格してるわよね、先生」
「そうね……」
雪は、そう答えたものの、本当に困ってしまった。綾乃の様子からして、出来ないとはとても言えない雰囲気だし、するとしても、進まで連れていかなければならないとなると、雪はまた不安な気持ちがわいてきた。
(古代君のこと言った方がいいのかしら…… そのほうが、綾乃も遠慮してくれるかも……)
「ねえ、綾乃。実はね、私…… 古代君と付き合ってるの…… だから、合コンっていっても……」
「ええ!!! 雪が古代さんと!!」 一瞬絶句した綾乃だったが、立ち直りは早かった。
「そうだったの。よかったじゃない。すごいわ、雪! それじゃあ、なおさら、古代さんは連れてきてもらわなきゃね。雪の彼氏ならみんな絶対会いたいっていうわ」
「そ、そうね……」
それは、全く逆効果だった。綾乃はますますはりきって雪に合コンの開催を要求し、雪はすっかり綾乃の熱意に押されてしまった。
(3)
進が再び地球に帰ってきた日、雪は少し早めに仕事を終わらせてもらうと、家に帰った。今日の午後5時に進は地球に到着する。その後、直接雪の家に来る事になっていた。そして、雪は、夕食の仕度をする母親を手伝っていた。
「ほら、雪! なべがふきこぼれるわよ! 早く、火を弱くして!」
台所では、美里が雪に叫んでいた。雪はあわてて、火を止めようとしてなべを持ってしまい、熱くて火傷しそうになった。
「あ…… はい…… あちっ!」
「もう、ドジなんだから…… あなたは、頭はいいのに、どうしてお料理だとか縫い物だとか家庭科のことだけはだめなのかしら?」
美里はあきれたように言った。雪は、ヤマトに乗るまでは上げ膳据え膳の箱入り娘で、料理の「り」の字も知らなかった。ヤマトに乗って、進の事を意識し始めてはじめて、料理を作ることに目覚めはしたが、どうも苦手な部類のようでなかなか上達しなかった。地球に帰ってから、母にいろいろと教わってはいるのだが、思うように料理する事ができなかった。
「だって……」
「ちゃんとご飯くらい作れないと古代さんに嫌われちゃうわよ。お嫁にもやれやしないわ」
美里が雪を脅すようにそう言った。雪はムッとして言い返した。
「そんなことないわ…… 私だって、練習すれば…… あ、卵焼きは私が作るから! 古代君は甘いのが好きだっていってたから。ママは手を出さないでね」
「ふー、大丈夫? まあ、卵焼きくらいなら、失敗しようもないわね。どうぞ、頑張ってちょうだい」
美里は、雪が卵を取り出しているのを見ながら笑って見ていたが、他の料理を作り出して、雪はひとりで卵と格闘していた。
まず、晃司が帰ってきた。進が来る事を聞いていた晃司も仕事を早めに切り上げてきたようだった。
「ただいま、ほお、いいにおいだね。雪も手伝ってるのかい?」
晃司は、雪のエプロン姿を目を細めながら見た。
「手伝ってるんだか、邪魔してるんだかね。古代さんが来るっていうから、本人ははりきってるんですけど……」
美里は、雪をみて微笑んだ。雪は、ちょっとふくれて見せた。
「ママのいじわるぅ!」
(4)
料理が、ほぼ出来あがった頃、玄関のベルが鳴り、進がやってきた。雪は台所で手が離せないようなので、晃司が出迎えた。
「いらっしゃい、古代君。さあ、どうぞあがってください」
「お邪魔します」
雪が出てこないので、不思議に思いながら、進はリビングに入ると、カウンターの向こうで、美里と雪がエプロン姿で言ったり来たりしているのが見えた。進は、雪のその姿がほほえましくて思わず口元がほころんだ。
「やあ、すまないね、古代君。雪は、今日は母さんを手伝うってはりきってるんだよ。何を食べさせてくれるんだか、ちょっと心配だがね」
晃司はうれしそうに美里と雪の姿を見ながら話した。
「はあ…… すみません。いろいろ気を使っていただいて……」
「まあ、君も疲れただろう。さあ、そこにすわって。食前にちょっとワインでも飲まんかね?」
「はい…… いただきます」
進は、晃司と二人きりで話をするのは初めてで、やはりとても緊張していた。晃司は、ラックから1本のワインを取り出すと、ワイングラスにワインをそそいだ。
「どうぞ。これは、軽めの食前酒だから。あとこれでもつまむといいよ」
晃司は、自分がつまんでいた、オードブルを進にも勧めた。進は勧められるままに、ワインを口にした。口当たりのいいワインで、ほとんどワインなど飲んだ事のなかった進にも美味しいと感じられた。
「古代君はワインは飲むのかね?」
「いえ…… ほとんど飲んだことはありません。嫌いというわけではなくて、今まで飲む機会がなかったっていうか……」
「そうか、ワインって言うとビールほど気軽に飲めないような気がするけど、結構簡単に飲めるもんだよ。いろいろ銘柄がどうのっていう人もいるど、そんなことはないよ。値段に関係なく美味しいと思うものを飲めばいいんだから」
「はい…… このワイン、美味しいです」
「そうかい? それはよかった」 ワインをほめられて晃司はニッコリした。「私は、結構ワインが好きでね。ちょっと気に入ったのがあると買っておいてあるんだよ。地球がこんなになる前から買って置いてあるものもあるしね」
晃司は立ちあがると、ワインの並んだラックのところに進を案内した。
「このシャンパンも私の自慢の1本なんだよ。これはいつか、ある時が来たらあけようと思ってるんだ」
晃司は1本のシャンパンのビンを大事そうに手に持つと進に見せた。
「へえぇ、ある時っていうのは?」
「ははは…… また、その時に教えてあげよう。だが、君はきっとこのシャンパンは飲めないな。ははは……」
「そうですか……」
進は、晃司が何か特別な日を指していることはよくわかったが、自分はきっと飲めないといわれて少しがっかりした。進は晃司が自分の事を気に入ってくれていると思っていただけに、その大事な日に自分が加われないと言われて、少し残念な気持ちだった。
「さあ、お料理ができたわ。お二人ともテーブルにどうぞ」
美里が、進と晃司をテーブルの方へ誘った。
(5)
食卓に並んだ料理は、和洋折衷で、どれもおいしそうな匂いを漂わせていた。
「さあ、お召し上がりください」 美里が笑顔で二人に言った。
「ね、古代君。この卵焼き食べてみて」
雪が最後の料理をテーブルに並べると、進の目の前に置いてあった皿を勧めた。小さな長方形の皿には、ちょっと焦げ目の付いた卵焼きが乗っていた。
「ん? これ雪が作ったのかい?」
「ええ、そうなの……どう?」
進は、雪が期待しながら自分が食べるのを見つめているので、さっそく一切れ取って口に入れた。
「!……」
進は、一瞬複雑な表情を見せたが、口に入れた卵焼きをゴクンと飲みこむと、すぐに笑顔になって言った。
「あ、お・おいしいよ。うん…… いやあ、これ全部僕が食べていいですか?」
進が笑顔でそう言うので、雪はうれしくて笑顔がほころびそうになった。が、美里は、進が最初に見せた複雑な表情を見逃さなかった。
「古代さん、ちょっと私にも食べさせて」
「あ、いや、だめですよ。あの、僕が全部……」
進がいやにそれを食べさせるのをいやがるので、雪も晃司も不思議そうな顔になった。美里は、進が皿を引くところを無理矢理箸をつけて一切れつまむと口に入れた。
「うっ! 何これ! 雪! あなた、お塩とお砂糖間違えたでしょ?」
「えっ???」
その卵焼きは、ひどくしょっぱかった。進が甘い卵焼きが好きと聞いていた雪は、少しの塩と多めの砂糖を入れたつもりが、少しの砂糖と多めの塩を入れてしまったようだった。塩を砂糖並にいれれば、どれだけしょっぱくなるか想像に難くない。
雪もあわてて、一切れ口に入れてみた。それはしょっぱくてとても食べられるものではなかった。
「!…… ごめんなさい。古代君……」 雪はすっかりしょげてしまった。
「いや、誰でも間違いはあるよ。ちょっと間違えただけじゃないか。きっと、今度はうまく作れるよ。心配しなくても……」
進は、しぼんでしまった雪を一生懸命励ました。美里は最初はあきれていたが、進が雪を必死になってなぐさめているのがおもしろくて笑い出してしまった。
「ふふふ…… 雪は幸せ者ね。古代さんったら、こんなしょっぱい卵焼き、一人で全部食べようとするなんて……」
「あっ……」
雪もやっと、さっき進が全部自分で食べたいといった理由がわかった。雪ががっかりすると思って自分で全部食べておいしいといおうと思っていたことを。
「古代君……」
雪はうるんだ目で進を見つめた。見つめられた進も雪のその表情がかわいくて思わず見つめ返した。
「コホン!」 二人の世界に入っていってしまいそうな進と雪を見て、晃司が一つ咳払いをした。
「さあ、はやくご飯を食べないかね。二人とも……」
晃司にうながされて、はっと気付いた二人は思わず赤くなって、うつむき加減に返事した。
「はい……」
美里は、またくすくすと笑った。雪は、あわてて卵焼きだけを台所に引くと、自分もテーブルについてご飯を食べ始めた。食事は和気あいあいと会話が進み、なごやかな雰囲気で終わった。
食事が済み、後片付けが終わると、進と雪は、雪の部屋に移動した。
(6)
リビングに残った晃司と美里は、TVを付けるとソファーにすわった。
「パパ、古代さんのこと、ほんとによかったわね」
「うん? ああ、そうだな。口はあまりうまくはないが、心のやさしい青年だね。雪の事をいつも大切に思ってくれている」
「若いけど、しっかりしてるし、お見合いもしたことだし、ふふふ、早く結婚させちゃいましょ」
「おいおい、それはどうかな。古代くんだってまだ、いろいろやりたいこともあるだろう」
「パパもまだ、雪を手放したくない?」
「まあな」
「いいじゃないの。古代さんは特に家族もいないし、息子が出きると思えば…… 私、二人をその気にさせてみるわ」
「あんまり、無茶して、せっかくうまくいってる二人に水をさすなよ」
そう言いながら、晃司はさっき進に見せたシャンパンを手に持った。
「これ、もうすぐ開けることになるのかな……」 晃司は淋しそうに言った。
「パパ…… そうね、きっと……」
そのシャンパンは、晃司が一番気に入っているワインの一つで、お祝いに開けようと買ってきたものだった。その祝いとは……
「雪がお嫁に行った日に開けるんでしたよね。お祝いの印に……」
「うん、だが、花婿には絶対に飲ませないんだ。雪を取っていった奴になんか、こんないいシャンパンは飲ませてやるもんか……ってね」
晃司はそのシャンパンをじっと見つめながら、雪が花嫁になる日の事を思い描いていた。幸せになって欲しい、ただ一人の我が娘。けれども、その娘が他の男の元に行ってしまうことは、晃司にはやはり辛かった。晃司は、複雑な父親の心境をそのシャンパンに映していた。
(7)
翌日の午後からは、英雄の丘の落成式が行われた。その日地球にいるヤマトのクルーたちは、すべてそこに集まってきていた。ヤマト初代艦長、沖田十三は、地球を目前にして事切れた。しかし、長官が預かっていたという、彼の遺言状から、葬式一切を行わないで欲しいという希望があったという話だった。ヤマトのクルーにとっては、この落成式が、沖田艦長との惜別の儀式となったのである。
英雄の丘の中央の建つ、沖田の像は、地球の復興を見下ろすようにじっと立っていた。そして、その足元、地下には、イスカンダルへの旅を終え、補修作業の終わったヤマトが今ひとときの眠りについていた。
「沖田十三および、イスカンダルへの旅に散った英霊に黙祷……」
指揮官の声に、落成式に参加した全ての人々が頭を下げ、目を閉じた。こうして、簡単な式が終わると、後は、ヤマトクルー達の懇親会の会場に早変わりした。
進と雪も、一ヶ月ぶりに会う島たちと談笑していた。雪は、ふと、綾乃の言っていた合コンの話を思い出した。
(そうだわ、あの話をしないと、一度はやらないことには綾乃たちは納得しないもの……)
進には昨夜少し話したが、進は、雪に任せると言っていた。雪は気が重かったが、相原を見つけると声をかけた。
「相原君、ちょっといい?」
「はい、なんですか? 古代さんの護衛艦勤務状況のチェックでも?」
「ふふふ…… 違うわよ。あのね、私の看護婦仲間が、あなたたちと合コンしたいっていうんだけど、参加できる人いるかしら?」
「合コン?! やります!やります! 雪さんの同僚の方なんですね! やりますとも!!」
相原は、大喜びで二つ返事でOKした。
「そう…… いつ頃がいいかしら?」
「今、この落成式でみんな帰って来てますから、今すぐの方がいいですね。誰でもいいんですか?」
「う、うん…… 古代君と島君は誘って欲しいの」
「えっ? いいんですか? 古代さん?」
「ええ、もちろん、私も付き合いますけど…… 私が古代君と付き合ってるって言ったら、是非連れて来て欲しいって言われちゃって…… 女性は私を入れて5人だから、あと、3人ね」
「わっかりました。僕は確定でしょ? あとは、南部さんは誘わなかったら後でお目玉だし…… 太田は今いないんだよなぁ…… と、残るは、徳川さんと真田さんか……」
「徳川さん?」
「あはは……いやいやちょっとあれですね…… でも、ブラックタイガーのみんなは月面基地に行っちゃってるし…… じゃあ、真田さんですね! いいでしょ? 真田さんだって一応独身だし」
「そ、そうね…… でも、科学局の中でも医療部門は基本的には独立運営だけど、一応は私達の上司よ…… 真田さん、ウンって言うかしら?」
「聞いてみましょう。 真田さ〜ん!」
相原は動き出したらやることが早かった。すぐに真田を見つけると声をかけた。
「ん? なんだ? 相原に雪?」
「ねぇ、真田さん、ここ2,3日で夜、暇ありませんか?」
「夜? まあ、夜なら、いつでも1日くらいなら都合つけられるが、今のところ人と会う約束はしてないし。何するんだ?」
「雪さんの同僚の看護婦さん達と合コンするんですよ」
「合コン? おいおい、おれみたいなおじさんが加わったら困るんじゃないか?」
「真田さんはおじさんじゃあありませんよ」 雪は微笑んで言った。「あっ、それに間宮先生も来られるんです。あの人の話し相手になる人って言ったら、やっぱり真田さんでないと……」
雪は、合コンに参加したいと言っていた希のことを思い出した。
「ほう、あの噂の間宮君が参加したいと…… 面白そうだな。彼女は、実に優秀な医者だと聞いているからな。ま、俺でいいんならわかったよ。たまにはお嬢さん方と話をするのもいいかもしれないな」
「やった!」 相原は、真田の説得に成功して、後は、間違いなくOKを出すであろう、南部と島を誘いに行った。
「もう! 相原君ったら、はりきっちゃって……」
「こんな楽しみがあるのも、平和になった証拠だな、雪。君と古代も行くのか?」
「はい…… 古代君も御指名で……」
「ははは……そうか、しっかり見張ってなきゃあな、雪」
「やだわ! 真田さんったら……」
(8)
雪が相原は真田と話している間に、徳川が進に話しかけていた。
「よお、古代。どうだ? 新しい艦の乗り心地は?」
「徳川さん…… ええ、快適ですよ。快適過ぎるくらいで……」
「そうか、いやあ、実は今日、わしの姪が来ておるんだが…… どうしても君に会わせろってうるさくてのぉ…… ちょっと相手をしてやってくれんかね?」
「あ、はい、いいですよ」
「わしの妹の娘なんだが、今、高校2年生と言っておったかな。まあ、にぎやかな娘なんじゃ。おーい、ミカ、こっちへ来い!」
徳川が声をかけた先には、別のヤマトクルー達と、にぎやかに笑っている少女がいた。徳川の声が聞こえたようで、こちらを見ると、うれしそうな顔で駆けつけて来た。
「きゃあぁぁぁ!!! 古代さん?! 本物の古代進さんだわぁ!!」
徳川がその娘を紹介しようとする前に、ミカと呼ばれた女の子は進に飛びついていた。
「こ、これ!ミカ……」
「あ、あの……」
いきなり飛びつかれて首筋に腕を回された進は、あまりにもの唐突さに驚いて動けなかった。敵の不意打ちならいくらでも交わせる進だが、少女の突撃には完全に屈服してしまった形になった。
そして、そのミカの大きな声に、雪と真田も振り返った。
「古代君…… 何なの?……」
雪は進とミカの姿を見て、眉をしかめた。真田もびっくりして見ていた。雪は考える間もなく足が進の方へ動いていた。雪が近づいている内に、進は自分にまきついた少女をなんとか自分の目の前まで引き離していた。
「これ、ミカ、いきなりなんだね?」 徳川が少女に向かって叱っていたが、ミカはへっちゃらだった。
「ごめんなっさ〜い! だって、あこがれのヤマトの古代さんに会えて、ミカ興奮しちゃったんだもん!」
悪びれずにぺこりと頭を下げるミカに、進も思わず笑顔がこぼれた。
「あ、いや…… 元気だね。ミカさんは……」
徳川はひやひやしていたが、進が笑顔で答えてくれたの安心した、が、そこへ雪がやってきたので、また青くなってしまった。
「あら、かわいいお嬢さんね。古・代・君!」
進の後ろから来た雪が、笑顔でミカを見ながら言った。後ろから雪が現れたので進はびっくりしてしまった。
(雪、今の見たんだな……) 進は雪の笑顔が引きつってないか横目でちらりと見た。
「きゃあっ! 森雪さんですか? 私、篠田ミカです。徳川のおじさんに今日連れて来てもらったんですぅ! 雪さんって本物の方がもっときれい♪」
あいかわらずの調子に雪までが、思わず苦笑してしまった。
「ど、どうもありがとう…… ミカ……さん?」
「はい! ミカで〜す! 私、ヤマトのことをいろんな雑誌で読んで、古代さんの大ファンなんですぅ! だから、今日おじさんに頼みこんじゃったんですっ!」
屈託もなく笑うミカの姿に、進はクククッと笑い声がでてしまった。その声にくるっと振り返った雪は、進に異様にやさしげな笑顔を向けて言った。
「よかったわね、古代君。かわいいお嬢さんのファンが来てくれて…… ゆっくりお相手してさしあげたら……」
雪はそういうと、たったと進から離れて行った。
(9)
(やっばあ…… あの顔は笑ってなかったぞ…… 目が真剣だった)
立ち去る雪を見ながら進はぞっとしていた。その二人の様子に、真田は笑いを抑えられない様子だったし、徳川は青くなったままだった。
「わしゃぁ、知らんぞ。真田君なんとか言ってくれい」
徳川が真田に助けを求めても、真田は笑うばかりだった。進は、さすがに雪を追いかける気になって、歩き出そうとしたが、ミカに腕をとられて、引き止められてしまった。
「ああん! こ・だっいさあん! ちょっと、ミカの話を聞いてくださいってばぁ! ミカね! 学校でみんなに自慢してたんですよぉ。だって、おじさんがヤマトに乗ってたんですもん! 古代さんにも必ず会ってくるって、みんなに話してきたんです!! ね、一緒に写真撮ってくれませんか? あ、そこのおじさん、お願いシャッター押してくっださ〜い!」
ミカは、真田をおじさん扱いして、カメラを渡した。真田は、それでも笑いがおさまらない様で、笑いながらカメラを受け取っていた。真田にカメラを向けられて、進は仕方なくミカと並んでカメラに収まった。
それからしばらく、進は一方的にしゃべり続けるミカの相手をする羽目になってしまった。最後は見るに見かねた徳川が間に入ってきた。
「これ、ミカ。そろそろ帰るぞ。ほれ!」
「ええ? もう?」
「何言っとる。もう十分話しただろうが、古代も忙しいんだぞ。いつまでもお前の相手をしてられんのだよ」
「わかったわ…… 古代さん! 今日はどうもありがとうございましたっ!!」
ミカは、ニコッと笑ったかと思うと、古代のほっぺにチュッとキスすると、うれしそうに手を振って徳川と帰っていった。進は、一瞬のことに何をされたのかよくわからないほどだった。
「最近の若い子って、大胆ですねぇ、古代さん!」
何時の間にか横に南部が立っていた。
「でも…… 雪さんの方心配した方がいいと思いますよ。僕は……」
南部の言葉に進はきょろきょろとした。雪は、島や相原たちと一緒にいた。進の方をじっと見ていたが、進と視線が合うと、プイッと顔を背けてしまった。
「あれ…… まずいよな、南部?」
「はい…… とってもまずそうですね……」 言葉とは裏腹に南部は笑っていた。
「お前、人の不幸を楽しんでないか?」
「とんでもない、不幸だなんて、古代さん、うれしそうに話してたじゃないですか、こーこーせーのギャルと……」
南部は意地悪くそう言うだけだった。
「このヤロウ!」 進はそう怒鳴って見たものの雪のところへすぐに行きづらくて躊躇していた。
「さ、観念して行きましょう。雪さんとこに……ね!」
南部に引っ張られて、進は雪たちのいる方に歩いて行った。
(10)
南部にうながされてやっと歩き出した進だったが、雪の近くまで行くと、歩みが遅くなった。
「ほら! 古代さん」 南部に背中を押されて進はしかたなく、雪のいる輪の中に入った。
「よ、島。元気そうだな」
進は、雪の隣に立ったが、横を見ないで、前にいる島に声をかけた。島も、進のさっきの様子を見ていたようで、笑っていた。
「よう、古代。モテル男は大変だなぁ…… けど、女の子はやっぱり若ければ若い方がいいだろ?」
島は、雪をチラッと見ながら、進に意地悪な問いかけをした。
「ば、ばか!そんなことあるもんか!」
島に茶化されて、進はムキになって言い返した。しかし、雪も島と同様に進を責めた。
「そうみたいよねっ! 島君」
「雪、君までなんてことを! 誤解だよ。あれは、あの子が勝手に……」
進がさらに言い訳をしようとするところを、雪は制止するように、話題を変えた。
「私は別に気にしてませんけど! それより、みんなあさってでいいの?」
「いいよ」「いつでもOKです!」「いいですよ!」 3人はニッコリ笑って返事した。
「じゃあ、決まりね。私、なんだか疲れちゃったから、今日は帰るわ。じゃあ、あさって、午後6時に、防衛軍前の広場でね。真田さんにも、伝えておいてね。じゃあ、さようなら、みなさん……」
雪は、島たちにそう言うと、進の方を振り向きもしないで歩き出した。
「古代…… 早く行って来い」「そうですよ、早いほうがいいですよ」
島たちに促されて、進はあわてて雪の後を追った。
「雪、送ってくよ。雪! 雪……」 後ろでは、島たちが笑って見送っていた。
「大丈夫でしょうか? 古代さん」
「ま、雪も本気で怒ってるわけではないと思うけどな…… あの光景を目の前で見せられたら、誰だって笑ってはいられないさ。いいんだ、古代は。ちょっとは、苦労した方が……」
「雪!」
進が声をかけるのが聞こえてないはずがないのに、雪は、それを無視して足早に歩きつづけた。英雄の丘からの階段をおり、地下都市に戻るためのエアカーが並んでいるところまで来て、進はやっと追いついて、雪の肩を掴んだ。
(11)
雪は、進に肩を掴まれると、ピタッと足を止めて振り返った。
「私、別になんとも思ってないから……」 それだけを言うと、また雪は歩き出した。
「雪、送っていくって!」
進は、雪の手を掴むと、今日自分が乗ってきたエアカーへ向かって歩き出した。雪は、特に抵抗もしないでついて行った。二人は黙ったままエアカーに乗ると、進は車を発進させた。進は、まっすぐには地下都市へ入って行こうとはせず、工事中のビル群を抜けて荒地の方に入って、そこでエアカーを止めた。
「雪……?」
進が、車を止めてから雪のほうを見ると、雪は泣いていた。
「雪…… 泣くなよ。俺が悪かったよ。雪以外の女の子にあんなことさせちゃ、だめだよな。ごめんよ」
進は、一生懸命謝ったが、雪はまだ黙ったまま泣くばかりだった。進は、何も言えなくてしばらくじっと雪を見つめていた。しばらくして、雪はやっと口を開いた。
「……ごめん……なさい…… 私、どうしていいのかわからないの…… さっきのことだって、ううん、この前からのファンレターのことだって…… 大したことじゃないのに…… そんなに古代君を責める事じゃないのに…… なのに、なんだかついカッとなってしまって…… 私、おかしいわ…… 古代君は、私だけのものじゃないのに……」
「雪……」
進は、雪におもいっきりなじられるのかと思っていたので逆にびっくりしてしまった。かえって、こうして泣かれた方が、進の胸にはズシリと響くものがあった。進はそんな雪がとてもいじらしく見えた。
進は黙って雪を抱きしめ、そして言った。
「雪…… 好きだよ、君が。この世界中のどこの誰よりも…… いままでも、これからも、ずっと。だから、心配しないで。雪はおかしくなんかないさ。あれが反対の立場だったら、俺だって……」
「古代君……」
雪は進を涙でうるんだ瞳で進を見つめた。そして、その目が閉じられるのを待っていたかのように、進の顔が雪に近づいて、二人の唇があわさった。最初はやさしく触れ合っていたのが、くちづけはだんだんと熱気を帯びていった。互いを愛しく思う想いが、さらに強く相手に伝わるように……と。
(12)
熱いキスの後、しばらく抱きあっていた二人だったが、しばらくしてやっと二つに分かれた。
「さてと…… 雪、ほんとに疲れてるのかい? それなら、送っていくよ」
「ううん、疲れたわけじゃないわ…… さっきは、ああ言っただけ」
雪は、さっきの涙が消えて、いつもの笑顔に戻っていた。
「じゃあ、ちょっとつきあってくれないかい? 車を買いたいんだ。今日も、この車借り物だろ。いつも借りてるわけにもいかないし…… やっぱり、何するにも不便だろ」
「ええ! いいわよ」 進の提案に雪はすぐに同意した。
「普段は、雪が使ってくれてていいからさ。地球に帰ってくるときに、それで迎えに来てくれればいいだろ?」
「ほんとにいいの?! それで?」
雪は、すっかり機嫌を直し、うれしそうに返事をした。進は、そんな雪の笑顔を見て、ちょっと考えてしまった。
(ん? ちょっと待てよ。今、このタイミングで言うのはまずかったかなあ…… もしかしたら、雪、さっきの事を俺が反省したから、車を買おうなんて言ったと思ってないかな? それも、雪が使ったらいいって言ってしまったしな…… こういう前例を作ると、次からもっととてつもないもの、買わされたりしないだろうか…… しまった……かなぁ?)
しかし、進の思いを知ってか知らずか、雪は元気を取り戻し、さっそく車の色がどうの……とかいい始めていた。
車のショウルームに入ると、そこには数々のエアカーの立体カタログが並んでいた。それを見て、試乗を申込む事ができるようだった。雪は、鮮やかな赤のエアカーが気に入ったようで、それを一生懸命に見ていた。
「ね、古代君。これはどう? あんまり、大きなのは、私、運転し辛いし、大勢で乗ることもあんまりないでしょ? ね、予算はどうなの?」
「ん? うん。俺は普通の車が欲しいんだけど…… 今は、地下都市と地上が行き来できるエアカータイプしかないんだな…… そのうち、地上生活が本格的になればまた、復活するかなあ…… うーん」
「じゃあ、やっぱり、小型のエコノミーなタイプがいいわね。ね、これにしましょうよ」
雪は、さっきから見ていた赤のエアカーを指して言った。
「派手じゃないかい?」
「いいじゃない! 若いときしか乗れないわ。赤の車なんて…… ね!」
進は、雪の勧めるまま、その赤のエアカーの試乗を希望して、少しその周辺を回ってみた。確かに、小型の扱いやすいタイプで、雪にも乗りやすそうだった。
「これにするか?」
「ほんとぉ! うれしい! 古代君の留守中は、ちゃんと管理します!」
雪は、自分の好みの車を手に入れてご機嫌だった。進は、さっき思ったことがまた頭をかすめたが、車が欲しかったのは事実だし、雪に管理を頼む事は最初から考えていた事なので、深く考える事はやめにした。
納車は、5日後で、進はまた宇宙に出た後になるので、直接雪が受け取りに来ることにした。
「雪、俺が初乗りする前に、傷つけたりするなよ」 進は、冗談半分に雪を茶化した。
「わかってますって! うふふ……」 雪は自信たっぷりに答えていた。
その後、二人は夕食を一緒に楽しみ、進に送られて雪は帰宅した。
「休んで行かない?」 雪は家にさそったが、進は、遠慮した。
「いや、昨日お邪魔したばかりだから、またにするよ。明日は、雪仕事だろ?」
「ええ……」
「じゃ、明日の晩中央病院に迎えに行くよ。定時に終わりそうかい?」
「ええ、たぶん」
「もう、カメラマンがぞくぞくってのは、ないんだろ?」
「ふふふ……たぶんね。ほんとに、ああいう雑誌とかテレビって、あっという間に盛り上がったかと思うと、またあっという間に次の話題なのね。助かったけど、私としては……」
「あははは…… これで普通の生活に戻れるわけだな! じゃあ、明日な! おやすみ」
進は、そういうと帰って言った。
(古代君ったら、おやすみのキスくらいしてくれてもいいのに…… ま、いいか。また、明日ね…… 古代君)
雪は、今日の英雄の丘の出来事をすっかり忘れて、いい気分で自宅へ入っていった。
(13)
翌日出勤した雪は、さっそく綾乃に、合コンの話をした。明日の夜にしたいということと、参加するメンバーのことも話した。
「やった!! じゃあ、私、他の子にも伝えるわね。間宮先生にも…… だけど、真田局長も来てくれるなんて…… おもしろそう! それに、間宮先生の相手してもらうのに、ちょうど良かったじゃない。あとの人達はみんなまだ、20歳(はたち)になるかならないかでしょ? あっ、それから、場所も任せてもらってもいい? ちょっといいお店知ってるんだ。地下都市では人気のお店があるの」
綾乃のはりきり方も、相原のそれにそっくりだった。雪は、今やっと若者達がこのような機会を楽しめる時代に戻ったことを痛感した。
(私は、ヤマトで古代君に出会ったけど、みんなこんな出会いや楽しみを奪われてたんだわ。私達の年頃って、こんなことに一喜一憂しているのが本当なのに…… 綾乃の話を進めてよかった)
その日の夕方、進は、中央病院の入り口付近で雪を待っていた。進は、自分を見てはこそこそと話ながら行く人々が何人かいるのに、気が付いた。おそらくは、ヤマトの特集記事の写真などで見て、進の顔を見知っている人たちなのだろう。しかし、さすがに、カメラマンや記者が来て何かやりだすということはなかった。
仕事を定時で終えて、ロッカーに着替えに来た雪に、また、綾乃が声をかけた。
「雪! みんな、OKだったわ。すごく楽しみにしてるって! 間宮先生も喜んでたし…… ね、ね、それより、今、ナースステーションで騒いでたわよ。古代さんが病院の入り口で誰かを待ってるって…… 雪を待ってるんでしょ?うふふ…… いいなあ」
「えっ? そうなの? もう、来てるの? 急がなきゃ……」
「玄関まで一緒に行きましょ。古代さんに、ご挨拶だけしようっと」
綾乃は、雪について玄関まで降りてきた。進は、雪が来たのに気付いて、雪の方を見て笑顔を見せた。雪と綾乃は、進のところに駆け寄った。
「おまたせ、古代君…… あ、それから、こちら、佐伯綾乃さん。今回の合コンの首謀者よ。綾乃、こちらが、古代進さん……」
雪が二人を紹介すると、綾乃はさっそく挨拶した。特に臆することもなく笑顔をむけた。
「はじめまして! 古代さん。雪から聞いてます。明日はよろしくお願いしますね!」
「あ、はじめまして……」
「じゃあ、私はこれで、お邪魔虫は退散します! ごゆっくり」
そう言うと、あっさりと、綾乃は帰って行った。
「楽しそうな人だね」 進は綾乃の後姿を見ながら言った。
「ええ、いつも元気一杯よ。明日は楽しまなきゃね」
「明日、俺が行っても大丈夫なのかい?」
「えっ? どうして? ……あ、もしかして昨日の事? 大丈夫よ。だって、みんな私の友達だもん。それに古代君のこと信じてるから……」
「そっか…… わかったよ」 進は安心したようにニコリと笑った。
雪は、確かに進が誰かと親しく話をするのを見ると、心が騒ぐものがある。けれど、それを一々進に言ったところで、進が困るだけだとわかっている。今日のうちにたっぷり甘えて、明日は進を1日貸すつもりで気軽に行こう、雪はそう決めていた。
(14)
翌日の夕方、雪たちが連れ立って待ち合わせの場所に行くと、時間前なのに男性陣は既に全員集まっていた。真田、島、南部、相原とそして進の5人。対して、女性は、雪と綾乃、千佳、絵梨の4人が来た。綾乃たちは、男性達の姿を見るとちょっと恥ずかしそうに微笑んだ。
「お待たせした?」 雪が誰となく聞くと、南部が答えた。
「大丈夫ですよ! 俺達も今来たところだし、大体俺達は時間前集合が癖になってるだけですから、ね、艦長代理!」
南部は進にウインクしてそう言った。
「やめろよ、その艦長代理ってのは、南部……」 進は恥ずかしそうに南部に言った。
「ははは…… ですね、古代さん!あれ? ところで、女性陣が一人足りないんじゃないですか?」
「あ、間宮先生が…… 今電話を受けてて、すぐ来るわ」
雪がそう答えているうちに、希が建物からかけ出してきた。こちらに向かってくる希の姿を見て、南部が口笛を吹いて、雪に耳打ちした。
「ヒュー!…… すごい美人ですね。雪さんといい勝負だ…… お医者さんなんですか?」
「ええ、そうよ。ふふふ…… 年上もお好み?」
「はい! 僕は年下でも年上でも!」 南部の言葉に雪はくすくすと笑いが止まらなかった。
「お待たせしました。みなさん、お集まりだったのね。ごめんなさい」
希は、息を整えながら、微笑んだ。その華やかな笑顔を見れば、おそらく1時間遅れていても、男性陣からは文句はでなかっただろう。希は、集まっているメンバーの中に真田を見つけて驚いたようだった。
「真田局長まで、来ていただいたんですか?」
「ははは…… ちょっと、場違いだったかな?」
「いいえ! とんでもない。私、局長とも是非ゆっくりお話したかったから、光栄ですわ。さすが、雪さんね」
なんとなく、大人の雰囲気をかもし出す二人の姿であった。
(15)
綾乃が決めた場所は、イタリア料理中心の洋風居酒屋だった。静か過ぎず、うるさ過ぎずで、ちょうど良い店だった。一角を区切ってある半個室のような場所に10人は通された。広めのスペースには、大きな楕円形のテーブルと10脚の椅子。テーブルには、オードブルタイプに盛られた料理が既にならんでいた。
こういったところの仕切り屋は、やはり南部で、
「やっぱり、ここは男女交互に並んですわるのがいいですね! また、後で移動もOKですから、とりあえずすわりましょう!」
南部は身近にいる人から順に席につかせた。綾乃は、希望通り、島の隣に陣取ってうれしそうにしている。進の両隣は、右に希、左に千佳で、雪は遠慮して、島と南部の間にすわっていた。
(作者注:並びは進から右に向かって、希、相原、絵梨、南部、雪、島、綾乃、真田、千佳、そして進に戻る、の順)
進は、雪のほぼ正面にすわることになった。最初は緊張もあってか、静かな雰囲気に包まれていた。まず、各自の紹介ということで、男性については南部が、女性は綾乃が紹介を担当した。
「えーっと、まず、向こうの正面から、真田志郎さん、ヤマトの工作班長、そして今はみなさんの上司でもあるという、科学局長の要職にあります! それから、右にいって、古代進さん、言わずとしれたヤマトの艦長代理! ただし、古代さんは売約済みですから! ね、雪さん!」
「えっ? ええ……」
南部が横を向いて雪に笑いかけたので、雪は恥ずかしそうに頷いた。
「ええ!」と声をあげたのは、千佳だった。「そうなんだぁ… 雪さんの彼氏なんですかぁ… 残念!」
その言い方が実に残念そうだったので、一同は大笑いした。
「それから、次に、相原義一さん、ヤマトの通信班長です。情報収集能力はマスコミ並です! そして、一つ飛んで、こちらが、島大介さん、ヤマト航海班長、島さんがいないとヤマトはどこへ飛んでいってしまうかわからないという大変大事な方です!」
南部がひとりひとりを面白おかしく紹介するので、その度に笑いが起こる。
「そして最後に、わたくしが、南部康雄でございます。正真正銘、フリーですので、どうぞよろしくお願いします。あ、一応、古代さんの下で砲術班長をやっておりました」
(16)
続いて、女性の紹介になった。
「えっと、正面から右周りに、川合千佳さん、私達より一つ後輩の看護婦なりたてのかわいいお嬢さんです。たまに、注射器がうまく刺せせなくて失敗する事がありますが、ご愛嬌ですね」
綾乃の説明も、南部に負けじと笑いを誘う。
「そして、次が、間宮希さんです。私と同じ医務室勤務のお医者様です。美人の誉れも高くて、中央病院では雪と人気を二分しています。でも、とても優秀な外科医で、人の体を切り刻むのは、とっても得意でらっしゃいます。そして、こちらは、江本絵梨さん、私の同期です。中央病院の元気コンビと言えば、私達ふたりのことです!」
「それから、こちらは…… 紹介がいらないとは思いますが、森雪さん、ヤマトで活躍されてるのでみなさんもご存知だとは思いますが、彼女は私達と同い年ですが、実は1年先輩になります。というのも、雪さんは、頭脳明晰、成績優秀、もともとお医者様の勉強をされてたこともあって、1年飛び級して、看護婦になっています。そして、看護婦を続けながら、防衛軍の各種訓練を受けて、射撃、飛行、レーダー操作などもこなすスーパーレディで〜す!」
「おお! ヒューヒュー!」南部と相原が茶化す。
「綾乃〜! よけいなこといわなくてもいいわよ!」
雪は、余りに綾乃が誉めるので、恥ずかしくなった。綾乃は笑いながら続けた。
「でも!! なぜか、家庭科関係には弱くて、特にお料理は特訓の必要があるそうです」
「わっはっはっは……」
これには皆がおお受けに受けていた。特に島と進が覚えがあるとでも言うように、うなずきながら笑うので、雪は困ってしまった。
「古代さん! 気長に雪の成長をお待ち下さいね!」
綾乃は最後に進へのフォローも忘れなかった。進も笑いながら頷いている。
「最後になりましたが、私は、佐伯綾乃と申します。看護学校の研修で、雪と知り合って以来、なぜか意気投合して今日にいたっています。元気な笑顔だけが取り柄ですが、どうぞよろしくおねがいします。」
この南部と綾乃の二人の紹介で、すっかり雰囲気がなごみ、それからは、食事をとりながらの会話が弾んだ。
(17)
会話はやはり、まずは隣同士から始まる。現金なことに、千佳は進が雪の恋人と知ると、進にあまり興味を示さず、真田と話を始めた。一番、年の差がある二人なのに、千佳は楽しそうに話している。とても、新米看護婦と科学局長とは見えない。
相原と南部は、絵梨をはさんで会話をするし、綾乃は島に一生懸命話しかけていた。雪は、綾乃と島の会話に一緒に参加していたが、目の前の、進と希の二人にどうしても目が行ってしまう。
希は、楽しそうな笑顔を進に向けていた。進もそれに答えるように、頷いたり、微笑んだりする。しばらくすると、二人が少し真面目な顔になった。
「古代くんって、あのゆきかぜの艦長の古代守さんの弟さんなんでしょ?」
「はい、そうです。兄をご存知なんですか?」
「ううん、お兄様は、直接は…… 私の知り合いがゆきかぜに乗ってたものだから……」
「…… そうなんですか…… じゃあ、あのタイタンで……」
「ええ、タイタンにゆきかぜは不時着してたんですってね」
「はい…… ちょうど、僕と雪がコスモナイトを取りに行って発見したんです。でも……」
「当然誰も生存者はいなかった、でしょ?」
「はい……」
「仕方ないわ。あのころは、みなそうだったもの……」
「でも、兄だけ助かって……イスカンダルで……」
「本当によかったわね、お兄様。強運の持ち主だわ」
希は、ニッコリと笑った。そして、この場にあまりふさわしくない暗い話だと思ったのか、ゆきかぜの事は、それ以上何もいわずに話題を変えた。希が今まで、手術をした患者の話など面白おかしく聞かせるので、進はそれに相槌を打ちながら笑顔で対応していた。
雪は、やはり、進のことが気になる。それも、才色兼備と誉れも高い希と話していると思うと少し妬けてしまう。先日のこともあり、もうヤキモチは妬かないと心に決めていても、やはり気になるのだった。そんな雪の様子に島が気付いた。
(古代のヤツ、また、雪の前で他の女(ひと)と談笑してたら…… 雪がかわいそうじゃないか!)
島の雪への思いがまた少しくすぶりそうになる。島は、綾乃との会話をしながら、ちらちらと進と希の方を気にしていた。綾乃もそんな島の様子に気付いたようで、今度は綾乃が島と希の二人を見比べていた。
(島さんは、間宮先生がいいのかしら……)
(18)
希と進はまだ会話を続けていた。
「でも、古代君、雪さんみたいな素敵な彼女をヤマトで見つけられてよかったわね」
「え? はい…… 希さんこそ、彼氏はいなんですか?」
「うふふ…… 今はね、フリーよ!」
「へえ、希さんほどの人と別れる男の気持ちがわからないなあ。ああ、希さんがふったんでしょう?」
「さあ、どうだったかしらねぇ…… 忘れたわ。いろいろあったし、この年ですもの。まだヴァージンだとは言わないわ……」
「!!……」 希の言葉に、進はびっくりして希の顔を見てしまった。
「うふふふ…… 古代君ってかわいいわね。もしかして、全然そういう経験はないの?」
「…………」 進はぐっと言葉に詰まって、顔を赤らめた。
「あらぁ…… いざっていうときに、もたもたしてたら雪さんに嫌われるわよ」
「いえ…… あの……」 進が、言いよどんでいると、希はさらに言葉を続けた。
「なんなら、お姉さんが、手取り足取り教えてあげましょうか?」
希のとんでもない提案に、進は飲みかけのカクテルをブッと吹き出しそうになった。
「あっ…… いえ! あの、それは……その……謹んでお断りいたし……ます!」
進は、真っ赤になって、あわてて手を横に振りながら断わった。
「うふふ…… 冗談よ! からかい甲斐のある人ね」
希のその言葉に進はホッとした。雪は、向かいからその様子を見ていたが、話の内容までは聞こえなかった。
(古代君達、なんの話してるのかしら…… なんだかからかわれてるみたいに見えるけど…… 古代君ったら赤い顔して……)
綾乃の話を話半分に聞きながら、島もその様子を見ていた。そして、その会話もしっかり聞いていたのは、希の隣にすわっていた相原だった。
(古代さん、あぶないなぁ…… 間宮さんに誘惑されてる!! 大丈夫なのかなあ?)
(19)
とうとう島は、雪に「古代を連れて来てやるよ」 そう言って席をたった。島は、進のところに行くと何か話をしていたと思うと、進と席を変わってすわった。そして、進は今、島がいた席にやってきた。
「ふう!……」 進が疲れたように声をだしてすわった。
「どうしたの? 古代君?」
「ああ、いや…… 別に……」
「楽しそうに話してたじゃない?」
「すごく頭の切れる人だよ。間宮さんは…… ん? また、気にしてたの?」
進に指摘されて、雪はあわてて否定した。
「ち、ちがうわよ。別に…… し、島君ったら私に気を使ってあなたと変わってくれたみたいだけど……」
「あ、そうなんだ? また、島は、間宮さんと話したかったのかと思った」
進と雪は、島と希の方を見ると、今度は、島や相原も入れて、希は楽しそうに話をしていた。雪は、希が他の人とも楽しそうに話していたので、ちょっと安心した。
綾乃はというと、島が希の方にいってしまうし、進は雪と話し始める、で、仕方なく真田と千佳の会話に加わったが、それが結構面白い話で、聞き入ってしまった。
真田は、今までに開発しても使い物にならなかった試作品の話や、開発に際しての実験の失敗などを面白おかしく話した。千佳も綾乃も知らず知らずの内に声を立てて笑ってしまった。
「真田局長って、面白い方だったんですね。意外でした。遠くから見てたらなんだかこわそうなんですもの……」
千佳がうれしそうに話した。
「ははは…… 君達みたいに若い人からそう言われるとうれしいね。まあ、ヤマトの中でも回りはみんな君達くらいの年頃のヤツばかりだったからな」
後半は、南部や相原たちは自席を立つと、あっちこっちに行っては、話を盛り上げた。そして時間はあっという間に過ぎ、みんなはその店から外に出た。
「私、まだ、片付けてない資料があるから、病院に戻るわ」
希は、まだ飲んだ後でも、顔色も変わっていない。これからまだ仕事をするつもりのようだった。それに真田が同調した。
「俺も、アメリカからFAXが届いてるかもしれんから、局に戻るよ。間宮君、一緒に行こう」
真田と希は、他のメンバーに別れを告げると、並んで歩き出した。やはり、歩いている姿を後ろから見ると、この二人が一番様になっているように見えた。
島、南部、相原は、ナース三人組と、次の場所へ行く話をつけたらしく、その後、あっという間に消えてしまった。
そして、進と雪は二人で残された。皆がそれぞれに散った後で、二人は顔を見合わせてニッコリした。
「はー、終わった!」 雪は、なんとなく使命を果たしたような気分大きく手を伸ばして息をついた。
「ごくろうさん! 少し、歩こうか?」
「ええ…… ね、古代君、さっき、希さんと何話してたの? 古代君、赤くなってたみたいだけど・・」
「え?? そうだったっけ? あれ? 忘れた!」
「ああん! ずるい!!」
「なんだよ! もうヤキモチなんか妬かないっていってたんじゃなかったのか?」
「別にそういう意味じゃないわよ! まあいいわ!」
進は、雪がそれ突っ込んで聞いてこなかったので、助かったと思った。ヤキモチは妬かないと言われても、さすがにさっきの希の発言を、そのまま雪に話す気にはなれなかった。
雪は、まだ少し気になってはいた。けれど、それ以上聞くことは出来なかった。心の中に少しだけわだかまりを残したまま、雪はもうその事は忘れたかのように、進の腕を取ると体をすりよせた。進も雪を見て微笑んだ。二人は、並んで街中を歩いた。今はただ、二人だけのことを考えようとするように……
Chapter 6 終了
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