それぞれの愛…想い…悲しみ…(宇宙戦艦ヤマトIIIより)
宇宙戦艦ヤマトIIIの前半の頃の話。艦長としての任務だけを全うするために雪への想いを遮断しようとする進を、土門、島、雪はどんな想いで見ていたのか……
それぞれに思いを秘めたまま、ヤマトはひたすら第二の地球探しに飛ぶ。そして、この後は、あいのオリスト『氷原に消ゆ』へと続きます。
ひとり……
−土門竜介 18歳、宇宙戦艦ヤマト生活班所属−
本人の希望は、戦闘班砲術担当。だが、古代艦長の配慮で、生活班へ配属となる。それをうらんだこともあったが、艦長の熱き思いに触れ、今の仕事を全うすべく努力中。そして…… 生活班長、森雪に惚れた。
俺の初恋かなぁ? 雪さん…… そう心の中で呼んでみただけでカッと熱くなってしまう、年上の人…… その上、俺の上司。美人でやさしくてそれでいて仕事は人一倍できる。最初、女の下で働くなんてと反発したのが恥ずかしい……
雪さん…… 俺の心の中だけはそう呼ばせてください。雪さんは、艦長が好きなんですか? いつも艦長の世話を焼いている。艦長のそばにいる雪さんの笑顔はいつもより華やいでいるように見える。なのに、艦長はまるで無視しているように見える。あなたほどの美人がどうしてそんなつれない人に片思いしてるんですか? ねえ、雪さん……
そう、聞いてみたい気持ちになるんだけれど、聞けない…… 艦長と雪さんが本当のところどういう関係なのか…… 恐くて聞けない…… でも……聞きたい……
あ、雪さんが来た……
「あら、土門君? どうしたの? 何か考え事でもしてた?」
喫茶ルームでテーブルをふきながら、手をとめて考えていたのを見つけたらしい。あなたのことを考えてました……とは言えそうにもない…… 今日も相変わらず素敵な笑顔で俺をドギマギさせる……
「あ……い、いえ…… すみません! 班長はなにか?」
「ええ、艦長がそろそろお茶が欲しい時間かなって思ってね。いつもこの時間でしょ。平田さんがいなくなってから気をつけてくれる人がいなくて……」
また、艦長か……くそっ…… 平田さん……僕が尊敬していた先輩のひとりだった。敵との白兵戦で戦死した艦長の同期で友人だった人。あの時、平田さんの死に僕は泣いた。艦長も泣いていた…… 艦長の涙はあの時始めて見た。その涙に僕はまた艦長への尊敬の念を大きくした。
けど…… 雪さんのことだけは、艦長の態度は許せない……なんであんなに素知らぬふりをするんだ? それなのに、雪さんは構わずに相変わらず艦長の世話を焼きつづけている。ばからしくないんだろうか?
「班長……? あの……」
「ん?なあに?」
思い切っていってしまえ!!
「班長は…… あのぉ……艦長のことがお好きなんですか?」
「えっ?」
真っ赤になって、頬を押さえる雪さんはとてもかわいい。いつもの凛とした姿でなくて、年頃の女の子そのものだ…… 返事を貰わなくてもすぐにわかった。
――雪さんは、艦長に……ベタ惚れだ……
「いやねぇ…… 土門君ったら……」
「でも、艦長はあんなにつれないんですよ。それでもいいんですか?」
「うふふ…… いいのよ、ああいう人だから…… でも、周りからはそんな風に見えるのね。これからは少し気をつけなきゃね。ごめんなさいね、気を使わせて」
そう言うと、相変わらず雪さんはうれしそうにお茶の用意をしていそいそと出て行った。艦長室に持って行くんだ…… なんだよ! おもしろくない!! 雪さんは、艦長に片思いでもいいって言うのか? あんな美人に片思いさせておくなんて…… 俺にはとても信じられないよ!
そこに、島さんが来た。ヤマトの副長だ。
「どうした? 土門。つまらん顔をして…… 生活班はそんなに嫌か?」
「いえ……生活班の仕事はそれなりに楽しいし、がんばってます…… あのぉ……」
島さんは、艦長の一の親友だと言う…… この際、思いきって聞いてしまおう。今日まで、聞けずにいたあのこと…… 艦長と班長の関係を……
「一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「艦長と森班長って……どういう関係なんですか?」
「ん? あの二人か? (知らないのか…… 二人の関係を……) お前から見たらどう思う?」
「え?……はぁ、あの…… こんなこと言ったら失礼かもしれないですけど…… 班長の片思いですか?」
「はははは…… 片思いか…… 確かにそう見えなくもないなぁ。あははは……」
ちぇっ、そんなに笑わないで欲しいなあ、島さん。僕だって思い切って聞いたんだから。そんなふてくされた顔をしたら、島さんが答えてくれた。
「残念だが、土門。あの二人は、結婚の約束もしてるれっきとしたフィアンセ同士だ。新人以外のヤツらはみんな知ってるぞ。有名な話だ」
「ええええっ!!! まさか……!」
嘘だろ? 婚約してるだって!! そんな人にあんなつれない態度が取れるって言うのか! 信じられない……
呆然と焦点の合わない顔をしている僕に島さんは言葉を続けた。
「あの二人はな、この航海に出る前はもう熱々だったんだから。同棲してたし、いつ結婚してもおかしくないんだよ。大体、先に惚れたのは古代のほうだしなぁ…… 雪がいなかったら、あの男は生きていけないくらい惚れてるんだ」
やっぱり、信じられない。惚れた人に……あんなに素敵な人に…… どうして艦長はあんな態度なんだ? 俺は許せない……
「土門…… お前も雪に惚れたのか?」
「ち、ちがいますよ! ただ、班長がいつも一生懸命世話焼いてるのに、艦長はあんまり冷たいから可哀相で……」
「ははは…… それが惚れてるってことさ。だがな…… やっぱり、あきらめろ。あの二人の間には入れっこない。それだけの絆を持っているんだ、あの二人は」
「だから、違いますって!!」
怒ったように答える僕の姿に島さんは、肩をすくめて立ち去って行った。
『あの二人は……れっきとしたフィアンセだ』
島さんの言葉が僕の脳裏で反響している。ショックだった…… 聞かなければ良かった。決定的な言葉…… 好きと伝えることもなく失恋だ。当然か…… あれだけの美人を誰がほっておくものか…… でも……艦長は何を考えてるんだ……?
艦長が先に惚れた? そりゃあそうだろう…… でも、なんであんなに冷たい? つった魚には餌はいらない? けどそれでもやりすぎだ…… 雪さんはどうして怒らない? あんなにうれしそうに艦長のことを気遣いつづけるんだ? 艦長にだけ向ける特別の笑顔が曇らない??
わからない…… 僕にはさっぱりわからない…… 僕はまだまだ子供なんだろうか…… 僕ならもっともっと愛する人を大事にする……
艦長はすごい人だと僕は思う。尊敬もしている。艦長のようになりたいとも思う。でも……雪さんのことだけはわからない……どうしてもわからない……わかりたくもない!!
土門竜介、18歳。恋を知ったばかりの少年は、純粋な心で雪を、進を見つめている。その思いが爆発する日もいつかあるのかもしれない。
竜介の恋はまだ始まったばかりだった……
ひとり……
−島大介 23歳、宇宙戦艦ヤマト副長、航海班長−
ヤマト艦長古代進の自他ともに認める親友。まだ10代の頃、雪を古代と争ったこともあった。今は、もう未練はない……と思う。テレサという愛する人にも巡りあったが、その女(ひと)とも死に別れた。彼女の血は彼の体をめぐっている。彼女のことはまだふっきれてない……が、彼はどんなに辛くても生きていくしかなかった。
土門か…… 昔の古代を見るようだな。まっすぐですぐ気持ちが顔にでる。古代か…… あいつと雪は今回ヤマトに乗ってからやっぱり変だ。古代と雪というより、古代が変なんだ。土門がいぶかるのもよくわかる。無理して雪を避けている。
ん? 雪か? 廊下の前方から歩いてきた。
「あら、島君、もう就寝時間よ」
「ああ、俺は今から第一艦橋の当直なんだ、午前0時までな」
「そう…… ご苦労様…… その後が、古代君なのね」
「古代が? あいつ、艦長の癖して、当直までやってたんだっけ?」
「ええ、自分だけ特別扱いは嫌なんですって。人員のローテンション表を作るときに言われちゃったわ」
クスッと雪の笑顔は確かに未だにドキッとするくらいかわいい。相手が古代だとこれ以上の笑顔を見せるんだろうな、彼女は…… 俺はそんなことを思っていた。
「今、お茶を持って行ったら、古代君、当直で寝ちゃわないようにコーヒーも欲しいんだって。珍しいわね、コーヒーなんて…… 今でいいって言ってたけど、後で作りたてを第一艦橋に届けてあげた方がいいわね」
うれしそうに話す雪の姿を見て、俺はなぜだか腹がたった。
「そこまでしなくてもいいだろ? 古代だって今でいいっていってるのに、ポットにでも入れて置いてくればいいんだ。どうせ、後で持って行ってやったって、仏頭面で『ありがとう』って一言言うのが関の山だぞ。やめとけ……」
そんな俺のつっけんどんな言いぐさに雪はちょっと驚いて眉をしかめた。
「どうしたの? 島君……」
彼女は全然気にしてないのだろうか。古代のあの態度に…… 雪なんか眼中にないようなそんな顔に……
「ああ、ごめん…… 雪がそうしてやりたいなら、その方がいいんだよな。」
「島君…… 古代君のこと許してあげて…… 彼は今……とても孤独なのよ…… 私はそれを見守ってあげることしかできないの……」
伏目がちに話す雪のまつげが揺れている。わかってるんだ、雪は…… 古代のあの態度のこと。当然だよな、土門でさえあんなに感じてるんだから。それでも変わらぬ笑顔であいつに接してるってわけか…… やっぱり、なんとなく腹が立ってきた。
だが、それ以上雪を責めることもできずに、俺は第一艦橋に向かった。自動操縦で淡々と進むヤマトの第一艦橋の当直は、特にすることもなく平穏に過ぎた。そして、午後11時50分。艦長が来た。
「交代に来たぞ」
「…………」
俺はなんとなくさっきのことを思い出したら、面白くなくて黙っていた。沈黙が続いた。口を切ったのは古代だった。
「どうした? 寝てたか、島?」
冗談っぽくいう古代の態度に思わず俺はムッとした。
「寝てるわけないだろ!! そんないい加減なことするわけがない!」
古代は俺の剣幕に驚いていた。
「あ、すまんすまん…… 冗談だよ。とにかく、交代するから、ご苦労だったな」
なんだよ、艦長面して!お前は俺と同期だろう! それに俺だってヤマトの副長なんだ!そんな表情が顔に出たらしい。古代は困った顔をした。
「島……? 疲れてるんじゃないのか?」
「別に俺は疲れてなんかいない。それよりお前……」
そう言いかけた時、雪が入ってきた。二人して同時に振り返って雪を見た。雪は、俺がまだいたので戸惑っているようだった。時計を見ると、もう午前0時を回っていた。
「あ……艦長…… コーヒーを持ってきました……」
遠慮がちに話す雪の姿を見て、俺は黙って出て行こうとした。
「ありがとう、雪。もう、遅いから早く部屋に戻って休んでくれ」
古代は、雪の顔を見ようともせず、自席から宇宙を見つめたままそう言った。それだけか? 雪に対して言うことはそれだけなのか!
「お前!!」
俺は思わず声を荒げて古代に詰め寄ろうと振り返ったが、雪の声に止められた。
「島君! いいのよ……行きましょう、島君。おやすみなさい……艦……長……」
雪は気丈にもなんとか笑顔を保とうとしている。古代は振り返ろうとしない。後姿はさすがに辛そうだったが…… ふうっ、二人がそれでいいのに、俺が口を出す問題でもない。これ以上言うのはやめた。あいつらの問題だ。
廊下に出ると、雪は肩をすくめて言った。
「うふ…… 島君の言うとおりだったわね。困った人……」
もうすっかり立ち直ったかのようにいつもの笑顔を俺に向けてくる。なんて人なんだ、君は…… あいつは一体何を考えてるんだ。大事な大事な恋人にどうしてあんな態度が取れるって言うんだ…… 艦長ってヤツはそんなに冷たくしないとできない仕事なのか! お前は本当に艦長の器なのか! 俺のほうが器用にやってのけられるぞ! どうしてあいつが艦長になったんだ…… 真田さんの方が冷静に役をこなせるぞ!
あの時、新人達の喧嘩を止めない俺に付き合ってくれた時、俺よりお前の方が艦長にふさわしいと思った。本当に本気でそう思った。けど…… またわからなくなったよ、古代…… もっと気楽にやれよ。艦長だけでヤマトが動いているわけじゃないんだ。お前が自分の気持ちに素直になったからっていって非難するやつなんてどこにもいないんだ。古代……
結局、俺は古代にも雪にも何も言ってやれなかった。言ってもすぐに言うとおりにする二人でもないだろうけど……
古代…… そんなことをしていたら、その内きっとお前ほぞを噛む時がくるぞ。雪に見捨てられるか…… 他の男に雪を奪われても知らんぞ。雪を失ってから気がついても遅いんだからな。
島大介…… 彼は、二人の幸せを見届けなければ気がすまなかった。昔愛した女(ひと)と親友の幸せを……
ひとり……
−古代進 23歳、宇宙戦艦ヤマト艦長兼戦闘班長−
新しい地球探しの旅に出ることになったヤマトの新艦長に任命される。フィアンセの森雪を深く愛しているが、艦長の任務をまっとうするために、その思いを封印しようと務め、雪にもそう告げている。艦長職が自分に務まるかと不安になることもある。しかし、後戻りは許されない。地球を救うためには私情は捨てなければならない、と思っている。(いや、思おうとしている。)
島…… お前の言いたいことは、十分わかってるよ。人になんでもすぐ顔に出るというけど、お前だって思いっきり顔にでてるじゃないか。雪のことどうしたんだよ!って顔中で叫んでたぞ。
そうなんだ、今の俺は雪を…… 雪だけを思っていることはできないんだ。俺は地球の未来を託されたヤマトの艦長なんだ。雪はそれをわかってくれていると思う……
雪……雪……雪…… 心の中で何度呼んで何度詫びたかわからない。ヤマトの艦長を拝命した時、俺の心は決まった。俺は、艦長に徹すると。ほかのことは何も考えないと…… そうでもしないと、この場から逃げてしまいそうで、自分が恐いんだ。
今までの旅は、どれもこれをすれば必ず地球を救えるという目標があった。イスカンダルに行って放射能除去装置を貰えればよかった。白色彗星を倒せばよかった。重核子爆弾の起爆装置を破壊すればよかった。それは、必ずそこにあるものだったから。
けど……この旅は違う。新しい地球となる星を見つけることが目的だけど、その星はどこにあるのか、いや、本当にあるのかすらわからない…… どんなに頑張っても先が見えないんだ…… だからこそ、余計に辛い、苦しい…… それから逃れたくて雪に頼ってしまったら…… 俺はもう、艦長などやってられなくなるかもしれないんだよ。
雪はそんな俺の思いをわかってくれていると思う。だから、待っていて欲しいと、ただそう願うだけなんだ。雪がいないと、俺は俺でなくなってしまう。そんなこと、わかってるさ。
でも、雪をヤマトに乗せたことを少し後悔している。かといって、乗せてこなかったら、もっと後悔するだろう。いや、後悔どころじゃない、艦長なんかやってられないかもしれない。
それなのに、俺は雪にやさしい言葉一つかけてやれない。矛盾してるな…… でも、それが今の俺なんだ、そうするしかないんだ!
雪はそんな俺に今までと変わらない笑顔を向けてくれている。ありがたい、けど、辛い…… 全ての事象が相反する。雪の存在が俺を困らせ、不在が俺を不安にする。なんなんだろう…… どうしてなんだろう……
俺は雪に甘えてるんだ。雪が俺を甘えさせてくれているんだ。それはよくわかってる。いつもそうだったから。もう少しの間、甘えさせて欲しい…… もう少し……? 本当にもう少しなのか?
また、堂々巡りが始まった。
ドアの開く音がした。振り返る…… 雪? どうしたんだ?
「どうした? 雪?」
「さっきのこと、ちょっと気になったから……」
「島のことか?」
「ええ…… 島さんの態度にあなたが困惑してたらいけないと思って…… 私……大丈夫だから…… ただ、傍から見ると不自然に見えてしまうみたいで…… 土門君にも言われちゃったわ」
「土門?」
「ええ…… 班長は、艦長に片思いですかって。ふふふ……だめね、新人君にまでそんな心配をさせてしまって……」
「そうか……」
土門か…… あいつを見てると昔を俺を思い出す。まっすぐでなんにでも一生懸命だ。雪への気持ちも、まっすぐなんだろう。けど、なぜか腹が立たないな…… 応援してやりたくなるが、こればっかりはどうしても無理だ。雪は渡さない…… ふうっ、そんな風に土門に向かって叫んでやれたらどんなに気分がいいだろう。
「でも……わかってるから、あなたは艦長、私は生活班長……」
「…………雪」
「それだけ…… じゃあ、おやすみなさい……」
「ありがとう、雪」
俺の一言に、雪は微笑んで第一艦橋から出ていった。俺も、最後にありがとうの言葉と今出来る限りの笑顔を雪に向けた。雪にはわかってもらえただろうか? 俺の精一杯の気持ちと笑顔を……
俺は、雪のいなくなったドアをいつまでも見つめていた。立ちあがって追いかけて雪を後ろから体が折れるほど抱きしめたい気持ちと戦っていた。そうしたい俺が艦長の俺から抜け出て行きそうになるのを必死に押さえていた。
雪……待っていてくれ。そして、もう少しの間、俺に甘えさせてくれ…… 君への思いはいつもいつまでも変わらないから……
古代進、雪への熱い想いを胸に秘めつつも、艦長としてしか接することしかできない自分を、今はどうすることもできなかった。
そして、ひとり……
−森雪 23歳、宇宙戦艦ヤマト生活班長、第一艦橋ではレーダー手−
イスカンダルの旅を通じて古代進と愛し合うようになる。古代進のフィアンセ。進の命を命がけで救うこと数回。進のために自分の命をなげうつことにはまったく躊躇しないほど、進を愛している。今回の旅で、艦長になった進の依頼で、婚約していることも忘れて生活班長としての任務を全うしようとしている。
古代君…… 辛いなら泣いてもいいのよ。恐いならおびえてもいいのよ。私の前なら…… でも、今の彼にはそれはできはしない。わかってるわ、あなたの気持ち。さっき見せてくれた最後の笑顔、あれがあなたの本当の姿……
ヤマトの艦長に就任が決まってから、あなたは変わった。自分を厳しく律して苛め抜いて…… それでいて寂しげで甘えん坊のあなた…… 出発の前の晩、すがるような悲しげな顔をしていたあなたを私は忘れない。私を愛しながら、心に大きな不安を抱いているのが手に取るようにわかった。
私はあなたを愛していると気がついてからは、ずっとあなたについていこうと決めた。あなたの行くところなら、どんなところへでも…… どんなに辛くても……
今のあなたの苦しみはよくわかってる。私への想いも、艦長としての重荷も、全部全部知ってるわ。だから、私は大丈夫。私はあなたのそばにいられることが幸せ。どんなに冷たい態度をとろうとも、あなたの心は私には見えている。時折見せるあなたの笑顔、そこにあなたの気持ちがこぼれてくるわ。
あなたは、私に甘えたがってる。それに、あなたは私じゃなきゃだめなのよ。あなたを愛しつづけられるのは私だけ…… 他の女(ひと)には絶対できない……そう思っている。
だって、あなたは、「地球と私どっちが大事?」って聞かれたら答えられないでしょう? どっちも絶対に欲しい人だから…… 私のために地球を捨てることなんか出来ない人だから……
でも、もしあなたが地球を救うために私を失うことがあったとしたら、きっとあなたは生きていけないでしょう?
私は、たぶん……あなたがいなくても生きられる、生きて行けると思う。でも、生きていたくはない。あなたのいない世界は、私にとってなんの意味もない世界だもの。だから、私はあなたについて行く……もしもその先には、死しかないとわかっていても。
地球のためにと我が身を投じるあなただから、私は愛した。自分の幸せよりも、みんなの幸せを願う人だからこそ、私はあなたを愛した……
艦長としてのあなたに接することは、時としてとてもつらいことがある、とても切ないこともある…… でも、ほんの少し、二人のときにみせるあなたの笑顔とさりげない言葉…… それをよすがに、私は待つことが出来る。いつもあなたを信じているから……
土門君も島君も……ありがとう。みんな私を、あなたを心配してくれている。私は大丈夫だから、艦長を支えてあげて…… 私はこの孤独に耐えてみせる。古代進が存在する限り、彼が存在すると言うこと、同じ空気の中にいるということだけで、今は満足しているの。
「班長!」
土門君だわ…… まだ、起きてたのかしら?
「どうしたの? 土門君」
「なんかちょっと眠れなくて…… 展望室にでも行ってみようかと思って……」
「そう、付き合うわ」
「えっ? いいんですか?」
「ええ」
かわいい人、見ていると微笑んでしまう。イスカンダルへの旅の中にいた古代君のことをなんとなく思い出してしまう。まっすぐに私を見る目に思わずドキリとしてしまう。まさか、本気でわたしのこと……?
「艦長は班長のフィアンセなんですってね?」
「え、ええ…… 誰かから聞いたの?」
「島副長から……」
「そう……」
「班長は……幸せなんですか?」
「え?」
なんてまっすぐな質問…… そう…… 私は、幸せなんだろうか? その結論を出す前に言葉が出ていた。
「ええ、幸せよ」
「艦長があんな風でも?」
「うふふ…… そうね…… 土門君は男と女のことはまだまだ勉強しないとネッ!」
ここで不安な顔をすれば彼がどんな風に思うのかが手に取るようにわかる。だから、私は笑顔で答えた。幸せだと言った……
「そうなんですか…… 僕はやっぱりまだまだ未熟なんですね」
不承不承答える土門君、納得してないみたい。幸せ…… 幸せってね。そう、なにが幸せか…… これは、人それぞれに違うのだから、私は……? 私は……!!
『きっと……幸せなのだわ……』
なぜなら、私は古代進の全てを愛しているから、彼の私に甘える姿も背を向ける姿もどんな姿も私の中に内包している。
『彼はわたしのものだから……』
彼は…… 私の手の中で懸命に暴れまわる孫悟空のようなものだから。そう、それだから……
私は待てる。どんなに辛くてもどんなに涙に暮れる日があっても…… 彼が帰ってくる日を、彼がなんの仮面をかぶらずに私のところに向かって来てくれる日を、待っていられる。だから、私は幸せなのだわ。
森雪…… 至上の愛が女を強くした。強くなった女はもう、どんなことにも毅然として立ち向かうことができるのだ。彼女へのまっすぐな愛情を見せることができない男に、彼女は黙って女神のごとく両手を広げている。
ひとり…… 否、誰もひとりではない。ひとりひとりは、またもうひとりのために存在し、求めあっている。ひとりではない、みんなが想いあっているのだから……
宇宙戦艦ヤマトは今、新たな第二の地球を求めて旅を続けている。若者達の様々な想いを乗せて……
−終−