TAKE OFF!! for the FUTURE
(宇宙戦艦ヤマト2,宇宙戦艦ヤマト−新たなる旅立ち−,PSゲーム『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士達〜』より)
−Chapter 1−
(1)
「古代! こだい〜!!」
救命艇のドアをどんどんと叩きながら、ヤマトに戻っていった進を呼びつづける佐渡の姿に、真田が気付いた。
「佐渡先生! 古代が! 残ったんですか! くそ! あの野郎・・・ 何がなんでも生きようって言ったばかりなのに・・・」
真田の顔に苦悩の表情が表れる。真田にもわかっていた。進がこのまま地球に帰るのは、あまりにも辛い事は・・・ しかし、その屈辱に耐え、どんな身の上になっても生きようと、さっき進の背で言ったばかりだったのに。
(古代・・・ 生きてこそ、明日への道は開けるんだぞ! 雪だって! ん?雪?)
「佐渡先生、雪は?」 真田は突然不安になって佐渡に尋ねる。
「そうじゃ、雪! あの娘になんて説明してやればいいんじゃ・・・」
佐渡が、うつむいてまた悲しげに唇をかんだ。
「じゃあ、雪は無事なんですね?」
「そのはずじゃ、先の救命艇に相原と乗ったんじゃないかと、アナライザーが言っておったが。」
「本当ですね!」
「あ、いや、わしが確かめたわけじゃないんだが・・・ !! ちょっと待ってくれ。おい!アナライザー! 先に行った第2救命艇に連絡はとれるか?」
アナライザーは自動航行で地球に向かっている救命艇を何とか止めようと懸命になっていたがなすすべがないようだった。そして、佐渡の通信要請に今度は通信スイッチを押した。
「第2救命艇、第2救命艇! コチラ、第3救命艇! 応答願イマス。」
「はい! 第2救命艇です。」
「デマシタヨ、佐渡先生。」
「そっちに、雪がおるか聞いてくれ。」
「ハイ、 ソチラニ森生活班長ハ乗船サレテイマスカ?」
「森班長ですか? いいえ、第一艦橋の方は、南部さん、太田さん、相原さんの3名だけです。」
「なんじゃと!」 呆然となる佐渡。
「雪サンガ 乗ッテイナイ!! デハヤマトニ残ッタンデスカ! アアアア・・・」
涙の出ないアナライザーはあらゆる電気をつけたり消したりしてその悲しみを表現する。
「やはり・・・ くそ! 雪は気付いていたんだ。古代が帰る気のないことを・・・ ヤマトのどこかに隠れて残っていたんだ・・・ 雪!」
真田は握りこぶしで自分のベッドを思いっきり叩いた。
(俺は、古代の辛さをわかっているようで、まだわかっていなかった。あいつはそこまで追いこまれていたのか! 俺が気付いていれば、雪も古代も手を握って離さなかったものを! 古代! 雪!)
「アナライザー! ヤマトへの通信は?」
「ヤマトハ 通信回路ヲ切ッテイマス! マッタク応答シマセン!」
「万事休すか・・・ ばかやろう・・・ 古代、雪!」 真田ががっくりと肩を落とした。
佐渡とアナライザーの叫びも真田の慟哭も、静かに巨大戦艦に向かっていくヤマトには届くはずはなかった。
(2)
時に2201年11月12日。白色彗星帝国との激しい戦闘を繰り返して、やっと勝利を物にしたかと思えたヤマトの前に立ちはだかる巨大戦艦。満身創痍となったヤマトにはもう戦うすべはなかった。
進は、最後の砦としてヤマト自体を爆弾と化して敵戦艦を撃破する道を選んだ。それは、ヤマトと共に「死」を選ぶということでもあった。
そして、 そこには雪もいた。
「いつでもどこでも一緒にいるって約束したじゃない。私達、結婚式だってお預けだったよ。」
涙声で訴える雪。進一人をヤマトに残して地球に帰れるわけがない・・・ 雪の切なる願いが進の胸をうった。
「雪、これからはいつも一緒にいるよ。」
(雪はいつも自分のそばにいたのに・・・ それに本当には気付いていなかった。雪と共に生きることができないのなら、雪と一緒に逝こう。彼女だけは生きていて欲しいとも思った。だが、生死を共にしたいという雪の望みを、どうして自分が拒否できるだろうか。どこまでも共にありたい、それが自分の本当の望みなのだから。)
その時の進の心には、既に『生きて、生きて、生きぬく』という沖田艦長の言葉はなかった。地球のために死ねるなら、雪と一緒ならば何も恐いものはない。そんな気持ちだけが支配していた。
雪の心の中も同じだった。進に『生きよ!』と説得する事、それが雪の中にも消えていた。進が死を選ぶのなら、自分もついていく。死への恐怖はなかった。進と一緒なら恐いものはなかったから。ただ、残していく両親のことだけが心に残っていた。
(パパ、ママごめんなさいね。でも、雪は幸せなの・・・ 古代君と一緒に逝けるなら・・・ どうか、許して・・・)
これが自分達の結婚式なのだ。二人の心には同じ思いがあった。生きて血の通った人としての幸せをつかむことはできなかったが、二人の心はこれで永遠に離れる事はない・・・
そんな思いを抱いた手に手を取り合った二人が、巨大戦艦へとヤマトを発進させた時、テレサが現れた。島と共に・・・ そして・・・
テレサは巨大戦艦をわが身と共に葬り去った。
ヤマトは生きる道を残された。進にも雪にも、そして島にも、『もう一度生きよ』と言う、運命の輪がまた新たに回り出した。
テレサが去った後、進はただ呆然としていた。自分が今何をしようとしていたのか、それを考えるようとしたが、考えがまとまらない。雪と一緒に死を選ぼうとしていた・・・ それに行きつくまでしばらくかかった。生きなければいけない。テレサは自分達に命をくれた。生きなければ・・・
「勝って帰るよりも、負けて帰る方が勇気がいることなのですよ。」
そう言って、去っていったテレサに進は、自分達がどんなに惨めな思いをしようとも生きることを選択しなければならなかった事に気付いた。
(僕は一体何をしようとしていたのだろうか・・・)
進の頭の中は、まだ混沌としていた。ただ、生きることこそが自分に課せられた運命である事だけははっきりと認識できた。
「ありがとう、テレサ。奇跡は1度しか起こらない。僕たちはそれを知っています。生きていることが未来につながり、生きることをやめた者に未来はないことを。もう、二度と過ちを犯すことはないでしょう。ひたすら人々を愛し、美しい地球を作っていきます。」
進は自分に言い聞かすように、宇宙に散ったテレサに向かってつぶやいていた。生きなければならない、明日のために、それがどんなに辛い事であったとしても。
『俺たちの分も強く生きて、地球を見守っていってくれよ!』 進の胸の中には、この戦いで逝った仲間達の声が聞こえるようだった。
「帰ろう、雪。地球へ・・・」 進は、隣にたたずんでいた雪に向かって言った。
「ええ・・・」 雪はうなづいた。
(3)
救命艇から巨大戦艦が爆発するのを見ていた真田たちは、すぐにはヤマトがどうなったのかわからなかった。しかし、ヤマトがその爆発の光芒の中から姿を現したことを知った時、思わず唸り声が響いた。
「おお! 奇跡だ・・・ ヤマトが、ヤマトは無事だ! 古代! 雪!!」
真田たちからは、テレザリアムやテレサの姿は見えなかった。ただ、ヤマト前方から光が出て、それが巨大戦艦を葬った事だけがわかった。
「あれはなんだったんだろう。ヤマトにはもう武器は残っていないはずなのに・・・」
それは、地球上でも同じだった。『ヤマトがやった!』 皆、そう思った。防衛軍基地内で、わずかに生き残った者達がなんとか動かせるモニターで見たものは、ある光が敵戦艦を破壊したことだけだった。
「ヤマト・・・ よくぞ、よくぞ、やってくれたな・・・ 古代。 ! ヤマトと通信できるか?」
藤堂長官がはっとして部下に声をかける。
「はい! 今、試みてみます。」
同じ頃、真田達も地球に近づきながら、再度ヤマトへの通信を試みていた。
「ヤマト! ヤマト! 応答願イマス!!」
しばらくして、やっと反応が出た。
『こちら、ヤマト。古代です。』
「古代!! 雪もいるのか?」 佐渡が通信口に飛びつき、真田はベッドから叫んだ。
「このばかやろう!!」 思わず真田が叫ぶ。
『! 真田さん・・・ すみません。雪も無事です。僕は・・・』
進は言葉に詰まってしまった。真田の怒りの意味は充分に解っていた。
「今はいい! とにかく、ヤマトは維持できるのか?」
『はい! なんとか誘爆がおさまりつつあるので、このまま、ヤマトで帰還します。』
「よし! 海上に着水しろ。このまま、ドックに入るのは危険だ。ドックから10キロほど沖合いの海上だ! いいな、古代!」
真田が、指示を出す。
『わかりました、真田さん。それから、佐渡先生。島が無事だったんです。戻り次第、至急処置をお願いしたいんですが・・・』
「なに? 島が? どうやって・・・」
『説明は、後でゆっくりします。とにかく、よろしくお願いします。』
「よし! わかった。 ヤマトが着水し次第、救命艇で迎えに行こう。」
この通信を傍受していた、地球防衛軍からもヤマトに通信が入った。
「古代! 無事だったのか・・・ やっぱりヤマトがやってくれたな。ありがとう、古代。」
『長官・・・ ご心配をかけました・・・ ですが、巨大戦艦をやったのは、ヤマトではありません。テレサです。』
「テレサ?」
『詳しくは帰ってからお話しますが、テレサによって地球は救われたんです。それで・・・地球の被害状況は?』
「うむ・・・ 東京は壊滅状態、他の都市にも被害は及んでいる。だが、幸い人々は地下都市に避難済みで、ほとんど人的な被害はないはずだ。防衛軍本部に残っていた者たちが・・・」
『わかりました・・・ 地球の人々が無事だと言う事がなによりも救いです。でも、ヤマトの乗組員達は・・・ ほとんど・・・』
「そうか・・・ 本当に辛い戦いだったな。古代。」
長官が涙声で進に訴えかけた。
『・・・・・・』 進には答えることができなかった。
「古代・・・ 思いつめるな。今はとにかく地球へ、地球へ無事帰って来い。」
進の苦悩を察知したのか、長官は進を励ますように力強く言った。
『はい・・・』
今は何を言っても言い訳になりそうで、進はやっとしぼりだすようにそう答えるのがやっとだった。ヤマトは、再び地球を目指して降下して行った。
(4)
「地球到達まであと、30分。まもなく最終着陸体制に入ります。」
地球へそう送信した進は通信を切ると、雪の方を向いた。
「雪、島の様子はどうだい?」
「ええ、脈拍も呼吸数も正常値よ。安定しているみたい。たぶん、島君は、宇宙に放り出されて放射線を大量に浴びて急性の白血病になっていたんでしょうね。それで、テレサさんはご自分の血を島さんの血と入れ替えて・・・」
「そうか・・・ 島・・・」 島のやすらかそうな寝顔が進には反対に辛かった。
「あら? 島君のポケットに何か入っているわ。ホログラムのデータみたい・・・ 2つ入ってる。 一つは、『地球のドクターへ』、もう一つは・・・『島さんへ』。テレサさん・・・」
「なんだって?」
雪は、そのデータカプセルを進の方に持ってきた。
「うん・・・ 確かに。この『地球のドクター』宛ては、雪、佐渡先生に渡してくれ。島宛のは・・・ 僕が預かっていてもいいかい?」
(島が目を覚ましたら自分の手で渡して、説明したい・・・)進の思いだった。
「ええ、わかったわ。」
進は、そのデータカプセルをじっと見つめながら雪に話しかけた。
「なぁ、雪・・・ 僕は地球に帰ったらどんな処罰を受けてもいいと思っている。全責任は自分にあるんだから・・・ だが、死んでいったみんなはもちろん、生きて帰った仲間達の名誉はどんなことをしても守りたいんだ・・・ だから、雪・・・ それだけの覚悟をしていて欲しい。」
「わかってるわ。私はいつでもどんなことがあってもあなたのそばにいる。あなたを信じてるし、あなたの味方よ。でも・・・ きっと、ヤマトのみんなも同じ気持ちだと思うわ。」
雪は進を見つめ返すときっぱりと言った。
「ありがとう、雪。君がいてくれれば、僕はどんなに辛くても耐えてみせるよ。テレサがくれた命。もう一度、生きていかなければならないからな。」
進は眼前の地球を見ながら、もう一度自分に言い聞かせるように言った。
「古代君・・・」
座っている進に、雪は屈みがちにそっと抱きついた。そして、進も静かに雪を抱きしめ返した。
(5)
30分後、ヤマトは東京湾の海上に着水した。先に地球に到着していた救命艇が、佐渡を乗せてヤマトに向かってきた。
進は島を抱きかかえ、雪と共になんとかデッキまででてきた。
「佐渡先生・・・」
佐渡は進に島を簡易ベッドに置かせると、進の肩をがしっと押さえた。
「ばかもんが・・・」 声が震えていた。
「先生・・・」 雪も小さな声で佐渡を呼んだ。
「お前さんも、お前さんじゃ・・・ 気持ちはわかるが・・・」
佐渡はそれ以上言葉が出なかった。雪の目にも涙がうっすらと見えた。
ふと雪は、さっきのホログラムを思い出して、佐渡に手渡した。
「あ、佐渡先生。島君はテレサさんが助けてくれたんです。テレサさんからこれを預かっています。」
「ああ、わかった。とにかく戻ろう。」
進たちを乗せた救命艇はすぐにヤマトから離れ、地下都市の入り口へと向かった。
「後のみんなは大丈夫ですか?」 進の問いに佐渡が答えた。
「大丈夫じゃ。みんな、地下都市の病院に収容した。地上の中央病院も完全には破壊されてないようじゃから、修理し次第、地上の中央病院に移す。真田が待ってるぞ、古代。お前達の顔を見るまでは入院もせんと言ってがんばってるわい。」
「真田さん・・・」
(6)
救命艇は地下都市へのゲートをくぐり、着陸した。救命艇の外には、車椅子に乗った真田が上を見上げていた。
「雪、島の搬送を手伝ってくれ。」
「はい・・・」
「古代、後で真田を連れて病院の方に来るんじゃぞ。真田はもちろん、お前の傷ももう一度見ておきたいし、簡単な健康診断をするからな。」
佐渡は、進にそう言い残して、島を連れて雪と共に先に降りていった。進はそれに続いてゆっくりと降りた。タラップを降りたところには、真田が来ていた。
「古代!!」 真田が涙声で進を呼ぶ。
「真田さん・・・」
進は真田の怒ったようなうれしいようなそんな形相に思わず頭を下げた。真田は車椅子を押して進に近づくと言った。
「古代・・・ 顔をみせろ!」
進は黙って膝をついて、真田の目の前に顔を持って行った。
「この・・・ ばか・・・やろう!!!」
真田は進を思いっきり殴った。バシッという鈍い音が地下都市のエアポートにこだまして、進は大きくしりもちをついた。進は殴られた頬を抑えつつも、涙で潤んだ目で真田をもう一度見た。
「来い! 古代!! もっと殴ってやるから!」
真田の声に進はよろよろと立ち上がると、なんの躊躇もなく真田の前に再び立った。進は何度殴られても文句の言いようがなかった。だが・・・真田は、今度は進を強く抱きしめて男泣きに泣いた。
「ばかだ。お前は・・・ 生きようって言っただろうが! どんなことがあっても、生きようって・・・ ばかやろう! 雪まで連れていくところだったのか!! くっ・・・ いや・・・ 俺にもわかる・・・ わかってたんだ、お前の気持ちは・・・ だが・・・ 本当にお前が逝ってしまっていたら、俺は、俺はお前の兄貴になんて言って言い訳すればいいんだ! 古代!!」
「・・・真田・・・さん。すみません・・・」
「こ・・だい・・・」
絞るようにそう言うと真田はまた進を強く抱きしめた。真田の気持ちは進には痛いほどわかっていた。
しばらくして落ち着くと真田は進に尋ねた。
「最後の戦いで、何があったんだ?」
進は、テレサのことを話した。テレサがヤマトの代わりに巨大戦艦を葬った事を・・・
「そうか・・・ そういうことだったのか。テレサに地球も、ヤマトも、そしてお前達も命を救われたんだな・・・ テレサのためにも、古代、俺達は頑張らなきゃな・・・」
「はい・・・」
二人は、地下中央病院へ向かった。
(7)
雪と佐渡が島を連れて防衛軍専用の地下中央病院の救急入り口から入ると、関係者数人が集まってきた。
「負傷者ですか?」 若い医師が佐渡に尋ねた。
「応急処置は済ましておる。急性白血病だが、血液交換は済ませてあるし、骨髄も正常に作用し始めているようだ。しかしまだ、予断は許されない。集中治療室に入れてくれ。」
「はい、患者の氏名は?」
「島大介だ。」 佐渡のその声に突然後ろにいた看護婦が叫んだ。
「島さん!!」
叫ぶ声がした方を見るとそれは雪の友人、佐伯綾乃だった。雪がその声に気がついて綾乃の方を見た。
「綾乃!」
雪が綾乃を呼ぶ声に、綾乃も雪に気付き駆け寄ってきた。目にはうっすらと涙が溜まっていた。
「雪!! 無事だったのね! よかった・・・ 古代さんも?」
雪は黙って頷いた。
「そう、よかった・・・ でも、島さん・・・」
目をつむって微動たりしない島の姿に綾乃はショックを受けているようで、顔色が真っ青だった。
「綾乃、島君は大丈夫よ。」
雪は綾乃にそっと告げた。綾乃は島を見ていた顔を上げて、雪の方を見、口元を少し緩めて頷いた。
「佐伯君、この患者を、第5集中治療室へ。」 さっきの医師からの指示が出る。
「はい。 雪、ご両親が、玄関の方にいらして心配してらしたわ。行ってあげて。」
綾乃はそれだけを言うと、島のベッドを押して治療室の方へ走って行った。佐渡も後を追いながら雪に言った。
「雪、後はまかせておけ。お前さんは、はやくご両親に会ってこい。」
「はい・・・」
雪が表玄関に行くとそこには数人が心配そうな顔をして待っていた。玄関の外には、マスコミ関係者がいるようだが、内部には一切入れないように統制されていた。
「雪!!」
聞き覚えのある声が雪を呼んだ。母の声だった。雪はその声の方を向いた。
「ママ・・・ パパ・・・」
雪の両親、森晃司、美里夫妻が雪のそばに駆けつけた。
「無事だったのね、よかった・・・ どこも怪我はしてないの?」
美里は雪を抱きしめると涙ながらに尋ねた。晃司はその二人を包むように抱きしめる。
「大丈夫よ、ママ・・・ パパ。」
美里は、ふと顔を上げると雪と一緒に進がいないことに気付いた。
「! 古代さんは! 雪、いないの? まさか?!」
「ママ、大丈夫よ。古代君も無事よ。もうすぐこっちに来るわ。命に別状のある怪我はしてないし・・・」
雪は、すぐにそう説明した。
「そう、よかったわ・・・」
「もう一度雪の顔を見ることができて本当にうれしいよ。古代君も無事で本当によかった。」
雪は、両親の熱い抱擁を受けたあとで、ふとこの再会を見つめている複数の視線を感じた。一組は、小学生くらいの男の子とその両親、もう一組はもう少し年配の夫婦だった。雪は、はっとしてその二家族の前に行った。
「あの、島さんと真田さんのご家族の方ではありませんか?」
「兄さんを知ってるの? 兄さんはどうなったの!!」
男の子が大きな声で叫んだ。島の弟の次郎だった。大人たちもそれに続いた。
「島大介は私達の息子です。」 「私達は、真田志郎の親でございます。」
「島さんも真田さんも無事です・・・」
雪のその言葉に、5人はホッと息をついた。雪はさらに説明を加えた。
「島さんは、今、病院に連れてまいりました。第5集中治療室で治療中です。今はまだ意識はありませんが、命には別状ないと思います。詳しくはそちらの方へ行かれて、佐渡先生から状況をお聞きになって下さい。」
島の家族は、それを聞くや否や、雪に礼を言うと、奥の方へと小走りに走って言った。雪は、今度は真田の両親の方を向いて説明した。
「真田さんは、足を痛めましたが・・・ ほとんどが義足の部分で、今、こちらに向かっています。しばらく入院も必要かと思いますが、命にかかわる事はないと思います。」
「そう・・・ですか。ありがとうございます。」
真田の両親も深く頭を下げて、安心したようにまたソファーに座りなおした。
雪は、島や真田を心配する家族の姿を見て、進のことを考えていた。
(きっと先に病院に入った他の人達にもこうして心配する家族がついているんでしょうね。古代君には、誰も来ていない・・・ 当たり前だわ。誰もいないんだもの・・・ でも、寂しいはず、きっと・・・)
進は、今回の戦いでずいぶん自分に責任を感じている。自分が進を支えていかなければ・・・ 雪はそう思っていた。
(8)
雪は両親、そして真田の両親も声をかけて、救急入り口の方にやってきた。進たちもマスコミを避けて、軍専用の入り口から入ってくるに違いなかった。しばらくして、雪の予想通り、進と車椅子の真田が入ってきた。
「古代君!」
雪が声をかけると、進はニコッと笑った。進の頬が少し赤く腫れていた。雪は一瞬不思議に思ったが、真田の姿を見てハッとした。
(真田さんに?!・・・ 叱られるわね、確かに・・・ 私たちのことは。)
当の真田の方には、両親が歩み寄って何か声をかけていた。真田も両親に向かって恥ずかしそうに笑っている。その姿を見る進が雪にはやはり寂しげに見えてしまう。雪が進にもう一度声をかけようとした時、後ろから美里が進に駆け寄った。
「古代さん!! 無事でよかったわ・・・ 無事で・・・」
進の両腕をつかみ、ぎゅっと握って話す美里は泣いていた。
「・・・すみません・・・ 雪を・・・こんな大変な旅に連れ出してしまって・・・」
進はうなだれて、美里に向かって言った。進としては、雪の両親には謝らなければならないことばかりだった。結婚式の突然の延期、雪もともにヤマトで旅立ってしまったこと、そして・・・決して言えようもないが、二人が二度と地球に戻らないつもりだった事を・・・
「何を言ってるの! 今はそんなこと話してるんじゃないわ・・・ あなたが無事だった事がうれしいのよ。あなたと雪が無事に帰って来てくれた事が・・・」
「・・・!」
「そうだよ、古代君。君が無事で帰って来てくれてうれしいんだ。二人とも揃って帰ってきてくれたことがね。君はもう、私達の家族も同然なんだよ。」
晃司も進の肩を軽く叩いて微笑んだ。
「ありがとうございます・・・ 本当に・・・」
進は、雪の両親には、おそらく非難されるだろうと思っていた。それが反対にこんなに心配してくれるだなんて・・・ うれしい反面、なぜか心が沈んでいく自分を感じていた。素直に自分の生還を喜ぶことが進にはまだ出来なかった。
雪は両親のその姿に感謝すると共に、進がそれに対して複雑な表情を見せていることを見逃さなかった。
(古代君・・・ あなた一人でなにもかも抱え込まないで・・・)
雪は、視線で懸命にそう伝えていた。
(9)
その時、ざわざわと周りで騒ぐ声がした。進も雪もその方向を見ると、藤堂長官がゆっくりと歩いてきた。
「長官!」
進がすぐに声をかけて駆け寄った。雪も後に続き、真田も気付いて車椅子を回した。
「古代・・・ 真田君、森君も・・・ 皆ごくろうだったな。」
長官のねぎらいの言葉にも、進は顔を曇らせたままだった。
「長官・・・ 今回の事は、本当にいろいろとすみませんでした・・・」
進は、長官に向かって深々と頭を下げた。長官は周りを見まわして言った。
「少し話をしたいが、ここではなんだな。病院の応接室を借りるから、3人ともちょっと来てくれるかね。」
「わかりました。」
「ご家族の皆さん、申し訳ありませんが、少しだけ彼らをお借りします。すぐに帰させますので。」
長官が、見つめる家族にそう伝えると、3人を連れて応接室に向かった。応接室に入ると、 さっそく長官が尋ねた。
「最後の戦いの事を聞かせてくれないか? テレサが敵を倒したと言っていたが、どういうことなのか。」
「はい・・・ 私が説明致します。」
進は、長官に対してすべてを包み隠さず伝えた。ヤマトが土星での戦線での離脱後の話から始め、デスラーとの対戦、最後の巨大戦艦に対して自分がヤマトに残って体当たりしようとしたこと、それをテレサが制止し、島を托してテレサ自身が命をかけて巨大戦艦を葬ったことを。長官は腕を組んだままじっとその話を聞いていた。
「私達は、ヤマトは・・・ あの白色彗星に負けたのです・・・ テレサが助けてくれんです。彼女の命と引き換えに・・・ そして、私達はまた、ヤマトで共に戦った多くの仲間を失ってしまいました。」
「事情はわかった。君達も大変な目にあったことは重々承知している。私個人としては君達をしばらくそっとしてやりたいのだが・・・ そう言うわけにもいかなくてな。」
長官は、そこで言葉を切って3人を見つめた。
「実は明日、今回のヤマトの行動について、つまり君達の処遇についての防衛会議を行うことになった。」
「明日!・・・」 3人とも驚いて長官の顔を見返した。
「早過ぎると思うかもしれんが、地球は早急に復興しなければならない。一刻の猶予もならんのだ。それには今回の戦いの事を、地球市民に発表せねばならない。そのために、ヤマトの行動についても、防衛本部としての見解を固める必要があるのだ。
そこでだ。明日の会議に証人として数名に出席してもらう必要がある。誰が出れるかね?」
進は間髪を入れずに答える。真田と雪は顔を見合わせていた。今、体に支障のないものといえば、進と雪、そして佐渡医師くらいのものだった。だが、佐渡は入院患者の対応で会議に出る余裕などないはずだった。
「私がでます! すべての行動の責任は、ヤマトの艦長代理の私にあります!」
進が強い口調で主張すると、真田も負けてなかった。
「私も首謀者の一人です。私も出ます!足の負傷は義足の部分ですから・・・ 車椅子でなら出席できます。」
「うむ・・・ 他に乗組員の立場で出れるものはいるか?」
「私がでます! 他のみんなは入院中ですから。」
「雪! 君まで出なくても・・・」
進が驚いて雪に声をかけたが、雪は視線で進の言葉を制止した。長官も雪の言葉を受け入れた。
「いいだろう。君達3人に出席してもらおう。明日の朝、9時30分、地下の防衛軍本部の私の部屋まで来てくれたまえ。会議は10時からだ。よろしく頼むよ。だが、心配しなくてもいい。君達の行動は決して非難されるべきものではないと私は信じているから。」
そう言うと、長官は立ちあがって進の肩をポンと叩くと部屋を出ていった。長官が出て行くのを確認すると進は真田に向かって言った。
「真田さん! 全責任は僕にあります。だから他のみんなの名誉を守ってください! お願いします!!」
真田はそう叫ぶ進を見て、進がやはり今回の戦いで様様な事を引きずっていると感じていた。
「古代・・・ そうなんでもかんでも一人でひっかぶるな! ヤマトはみんなの気持ちの結集なんだから。きちんと説明すれば必ずわかってもらえる。いいな!」
そう、ヤマトの仲間はみな進と同じ気持ちで、戦ってきたのだ。誰も、無理矢理連れて行かれたわけではない。そして、誰もが自分の精一杯の事をしてきたのだから。真田の思いはそこにあった。
「でも、あの時の防衛会議ではまったく相手にして貰えなかったんですよ。今度だって・・・」
「古代君! 長官を信じて私達の行動を正直に話してみましょうよ。今回の旅だって結局は長官が全部応援してくださっていたのだから、ね。みんな、仲間よ。」
「・・・雪・・・」
進は二人の懸命の説得に、やっと微かに頷いた。
「さ、佐渡先生が待ってるぞ、行こう。」
(10)
3人は、応接室を出ると、家族の元に戻った。真田は両親に何か一言二言いうと、両親は頷いて帰って行った。そこに佐渡がやってきた。
「古代、真田、来ておったか。真田は入院だな。古代、お前もちょっと検査するから来い。雪は今日はもう帰ってもいいぞ。今、長官から聞いたが、明日はまたご苦労なことだな。わしも出てやりたいが、治療する事が山ほどあるんで、申し訳ないがお前さんたちに頼むよ。」
「でも・・・ 私も残って手伝います! みんなの怪我の様子だって気になるし・・・ 古代君も。」
雪がまだ食いさがろうとしたが、進が止めた。
「雪・・・ 僕は大丈夫だよ、どこも悪くないから。怪我の方も順調に回復してるし。他のみんなだって病院のスタッフや家族ががついてるよ。君は、ご両親と家に帰って、少し休んだ方がいい。明日もあることだし、な。」
「でも、古代君、どこに泊まるの?」
「古代は、今晩一晩は、ここ(病院)に泊まらせる。心労もあるじゃろうから、念の為な。一人にはしないから。明日以降は、長官が配慮してくれるだろう。だから雪、そうするんじゃ。」
進や佐渡にそこまで言われると、雪は反論のしようがなかった。
「わかりました・・・ 先生、後はよろしくお願いします。」
雪がそう答えると、後ろで黙って見ていた雪の両親が来て、美里が雪の肩を抱いた。
「帰りましょう。雪・・・」
雪は、進の姿に後ろ髪を引かれる思いだった。何度か振り返りながら、両親と共に病院を後にした。進は目だけで微笑みながら、雪が見えなくなるまでじっと廊下から見送っていた。
(11)
雪は両親と一緒に地下都市の避難住宅へ向かう間、ずっと黙ったままだった。両親もまた何もいわなかった。
もう、二度と使われる事はないと思っていた地下都市のそれぞれの建物は老朽化してはいたが、どの窓からも微かな明りがもれ、多くの人々を受け入れているのが見てとれた。
父親の運転するエアカーに乗って、10分ほどで家についた。そこは、1年前、雪がイスカンダルから戻った時に使っていた部屋と同じだった。
「同じなのね、地下都市の家・・・」
「ああ、半年ぶりだったかな。みんな、出来る限り元いた部屋に入るように通達がまわってきたんだよ。さあ、疲れただろう。入って休みなさい。」
晃司に背中を押されて雪は家の中に入った。地下都市の家とは言え、そこはなつかしい香りのする場所だった。ホッとする空間だった。
「雪、お帰りなさい。」
美里が雪に微笑んだ。と同時に、また美里の目からは涙があふれてきた。
「ごめんなさい・・・パパ、ママ。心配かけて・・・ あんな置手紙だけで行ってしまって・・・」
「雪・・・ 本当に心配したわ。あなたが突然いなくなって・・・ 古代さんを追いかけて一緒にヤマトで行ったって知った時は・・・ 宛てのない旅、それに最初はヤマトが飛び立ったことは一般の人は誰も知らなかったのよ。後で聞いたら司令本部の命令を無視して飛び出したって言うし・・・ ママはあなた達の事を認めたことを後悔したわ。古代さんの事を・・・」
「ママ!」
「でもね、地球艦隊が全滅してヤマトは行方不明、地球は無条件降伏を決めたって聞いたとき、あなた達のことはあきらめたわ、そして私達も絶望した・・・もう終わりだって。
その時は、反対にあなたが古代さんと一緒に行っててよかったって思ったわ。あんなに愛し合ってる古代さんとあなたが、もしヤマトが旅立った時に離れ離れになったまま、こんなことになっていたら、そんな時のあなたの嘆きはどんなものだっただろうって思うとね。
もう生きていけないのなら、せめて最期は一緒にいさせてあげられてよかったってね・・・」
「ママ・・・」
雪は母の複雑な心境に涙があふれてくる。娘を思う母の愛を切実に感じていた。
「でも戻ってきてくれた・・・ あなたも古代さんも。ママはうれしくてうれしくて・・・」
「ありがとう・・・ ママ。でも、大勢の人が亡くなったのよ・・・ 古代君はそれにとても責任を感じてる。」
「そう・・・なの? だから、あまりうれしそうな顔をしてなかったのね。」
美里は、さっきの進の表情を思い浮かべた。
「明日はそのヤマトの行動の事で防衛会議なの。私も証人として出席するの。司令本部の命令違反で出航したし、無条件降伏もヤマトの独断で破棄させたから・・・ 古代君は、そのために地球にもヤマトの乗組員にも大きな損害を与えてしまったって思ってるわ。ヤマトの艦長代理として、すべての責任を自分で負うつもりなのよ。」
「古代君、そうとう参ってるのか?」
雪の言葉に今まで黙っていた晃司が口を開いた。
「ええ・・・ たぶん。」
「お前が支えてやらないといけないな。それに地球は救われた事は事実なんだ。世間はヤマトの活躍には肯定的だから心配は要らないと思うが。」
晃司はそう言うとTVをつけた。TVでは白色彗星の巨大戦艦の最期を知った地球の人々の狂気乱舞する姿を映し出している。人々は口々にヤマトを礼賛し、おそらく、翌日の新聞もヤマト絶賛の報道一色になるだろう。
雪はそんなTVニュースを険しい視線でみるとつぶやいた。
「防衛軍の規律の問題と世間の評価とは違うから・・・」
伏目がちな雪を見ながら、ふと、美里が思い出したように尋ねた。
「じゃあ、あなた達の結婚式は・・・? 本当ならもう今ごろ・・・」
「とてもそんな話は言い出せないわ。古代君に・・・」
雪は、ため息をつくと首を左右に振った。雪も何もなければと、何度も考えないことではなかった。そして、無事に帰ってきた。でも・・・ 進に結婚式だのと言う晴れがましいことを考えられるはずがないことは、火を見るより明らかなことだった。
「ママ、それは急がないほうがいい。時間はこれからゆっくりあるんだからね。雪、もう休みなさい。まずは明日のことだ。そして、古代君の気持ちのことを心配してやりなさい。」
晃司はこれ以上は雪を疲れさせるだけと、判断したようだった。
「ありがとう・・・パパ。お休みなさい、ママ。」
雪は用意されていた自分の部屋に入るとすぐにベットに入った。眠ろう、そう思ったが、頭の中は進のことが浮かんできて、すぐに眠ることは出来なかった。
(古代君はどうしてるのかしら・・・ 眠ったかしら・・・ やっぱりずっとそばにいたかった。古代君・・・)
その頃、進も、佐渡の健康診断を終え、佐渡と同じ仮眠室で眠れぬ夜を過ごしていた。
(僕は、これからどうすればいいんだろう。生きて帰れたみんなの今後のこと、死んでいった仲間へのやりきれない思い、そして島・・・ あいつが目を覚ましたら僕はなんといってやればいいんだ・・・)
やるせない思いが繰り返し進の胸をよぎる。ヤマトは生還した。地球は救われた。しかし、まだ自分が生還した事を素直に喜べない進がここにいた。
Chapter 1 終了