TAKE OFF!! for the FUTURE
  (宇宙戦艦ヤマト2,宇宙戦艦ヤマト−新たなる旅立ち−,PSゲーム『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士達〜』より)

−Chapter 2−

 (1)

 結局ほとんど寝られないまま、朝方になって少しうとうとしただけの雪だったが、時計を見ると時刻は6時を指していた。

 「古代君・・・」

 雪の心に浮かんでくるのは昨夜の進の暗い表情だった。もう、寝られそうもないと思った雪は、ベッドから出るとパジャマ姿のまま自室を出た。
 台所では、母の美里が既に起きて朝食の仕度をしていた。

 「おはよう、ママ。」

 「おはよう、雪。まだ早いんじゃないの? 疲れてるんだからゆっくり寝ればいいのに。」

 「なんだか眠れなくて・・・」

 「古代さんのことが気になるのね? ふふ・・・ 仕方ないわね。そうだわ、今お弁当作ってあげるから朝食を持って病院に行ってらっしゃい。」

 「ママ・・・ ありがとう。」

 美里の二人への愛情は、いつも暖かい。初め二人の事を反対していたとはとても思えないほど、進のことを大事に考えてくれている。ただ、それがエスカレートしすぎて、二人が振り回される事も多々あるのだが。

 「何言ってるの、他人行儀な。さ、仕度していらっしゃい。今食べ物も何でもあるわけじゃないから、簡単なものだけど、すぐにお弁当に詰めるから。あなたも、あっちで食べる方がいいでしょう? 二人分作るからね。」

 母に促されて雪はまた自室に戻ると、防衛軍の制服に着替えた。今日の会議でどんなことを聞かれるのか・・・ 不安も大きいが、進のために、入院しているヤマトのみんなの代わりを充分に果たさなければならないと思うと、身が引き締まる思いだった。

 雪が部屋を出ると、テーブルには二段になった大き目の弁当箱が包まれていた。父の晃司も既に起床して、新聞を読んでいた。

 「雪、ヤマトのことがこんなに大きく乗ってるぞ。ほら。」

 晃司に見せられた新聞にはヤマトのことを報道する見出しが一面に踊っていた。   

『我らが宇宙戦艦ヤマト! 再び地球を救う!!』 

地球連合艦隊も粉砕されてしまった白色彗星帝国の侵略に対して、あの宇宙戦艦ヤマト(艦長代理:古代進氏(20歳))が立ち向かった。
ヤマトはたった一艦で戦いを挑み、度重なる猛攻に耐え、傷つきながらも、我々のすべての願いを一身に受け、不死鳥のようによみがえり、最後の敵、巨大戦艦をも葬り去った。
宇宙戦艦ヤマトよ!−やはり君は我が地球の英雄だった・・・
ありがとう!宇宙戦艦ヤマト!!
 その後に、ヤマトの戦いについて民間で知り得る限りのことが並べられていた。各方面の人々の賞賛のコメントも数多く挙げられ、また、あのまま無条件降伏を受け入れていた場合、どんな悲惨な待遇を受けていたか、ということも予想して書かれていた。
 つまりは、諸手をあげてヤマト礼讃といった記事がならんでいるのだ。ただ今のところ、地球政府と地球防衛軍からの正式発表は一切されていないらしく、『戦いの経緯も不明な点が多く、今日中にも、大統領または、防衛軍司令長官からの発表が待たれる。』と書かれていた。
 最後の戦いでのテレサのことは、地球上の人々はまったく知らないようだった。

 「英雄だなんて・・・ そんな言葉はいらない。ただ、地球のみんなが平和に暮らして欲しいだけ・・・ ヤマトのみんなは普通の若者達なのよ。」

 雪は小さくつぶやいた。雪はこれらの賞賛を素直に喜べる心境には到底なれなかった。払った犠牲は計り知れないものがある。おそらく進も同じ思いでいるだろう。賞賛は進にとって、苦痛でしかないかもしれない。
 ふっとため息をつくと、雪は気を取り直して母の作った弁当を持った。

 「パパ、ママ、行ってきます。病院によってから、そのまま、司令本部に直行するから。」

 「古代君によろしくな。落ち着いてちゃんと証言して来るんだよ。」

 「はい・・・ ありがとう、じゃあ。」

 雪は、自宅を出ると、エアカーで病院に向かった。

 (2)

 地下中央病院に着くとすぐに外科病棟のナースステーションに向かった。ナースステーションには数人の看護婦がいたが、雪はその中に綾乃の姿を見つけて声をかけた。

 「綾乃・・・ おはよう。泊まりだったの?」

 雪の姿に気付いた綾乃は、ナースステーションから出てきて、二人は廊下で立ち話を始めた。

 「あ、雪、おはよう。ええ、ちょっと人手不足でね。でも、朝には交代するわ。古代さん?」

 「うん・・・ 他のみんなの様子も聞きたいし。」

 「大丈夫よ、みんな。傷の状況は人それぞれだけど、早い人で1週間、遅くても1ヶ月以内にみんな退院できそうよ。時間がかかりそうなのは、相原さんと南部さん、それから・・・島さん・・・」

 綾乃は、島という名を呼ぶときに少し顔を赤く染めたように見えた。

 「島くん・・・ もう意識は戻ったの?」

 「ううん、まだ・・・ でも、佐渡先生も今日明日中には意識も戻ると思うって言ってたわ。詳しい話は教えてもらえなかったんだけど、助けた方から全部データを貰ったらしいわね。島さんの血液もほとんど正常値に戻ってるって言うし。
 でも輸血された血液って相当量なのに、その組成がまったく同じなんですってね。まるで一人の人間の血液を輸血されたみたいだって・・・ 人工血液なのかしら? 地球ではまだそんな技術は完成してないけど、科学が地球以上に発達してる星ってあるものなのね。もし一人からそんなに輸血したら、した人のほうが死んじゃうものね。」

 「! そ、そうね・・・」

 何も知らずにうれしそうに話す綾乃だったが、雪はその血液を島が誰から貰ったか知っている。テレサは、自分の命を顧みずに島に輸血を続けたのだ。

 「でも、島さんが意識不明で病院に着いた時は、私心臓が止まるかと思ったわ。島さんが無事で本当によかった・・・」

 「綾乃・・・ あなた・・・ 島さんのこと・・・?」

 胸に両手をあて目を閉じて、しみじみとそう言う綾乃の姿は正に恋をする女性のそれだった。

 「え? ・・・ええ・・・ うふ、片思いよ、私の・・・ 大体、あの合コン以来会ったのって、司令本部の廊下ですれ違って挨拶したくらいだもの。でも、あの時から島さんのことが忘れなくて・・・ 実はね、雪たちの結婚式で、島さんに会えるって楽しみにしてたのよ。あ、もちろん、あなたの花嫁姿もだけど・・・」

 「綾乃・・・」

 ちょっと恥ずかしそうに、だがうれしそうに話す綾乃に、雪はテレサと島のことを思った。二人の悲恋を聞いたら綾乃はどうするのだろう。島を好きだと言うのなら、話してやらなければならない・・・ でも・・・ 雪はそれぞれの思いを考えるとすぐに口には出せなかった。

 「あ、ごめん・・・ 結婚式の話なんかして・・・ そうそう、それより古代さんでしょ? どこも異常はなかったから、入院の必要はなしですって! 佐渡先生と一緒に医師の仮眠室で休んでるわ。知ってるでしょ、場所は。さあさあ、行った行った!」

 「あ、綾乃・・・ 島君のことだけど・・・」

 やはり、話しておいた方がいいと思って話しかけた雪だったが、意味を誤解した綾乃に止められてしまった。

 「いいのいいの、またその内、取り持ってもらうから! あ、もう引継ぎの時間だわ。今晩、また夜勤で来るから・・・ じゃあね、古代さんによろしく!」

 「あっ・・・」

 綾乃は、雪の背をグッと押したかと思うと、ナースステーションに駆け込んでいった。

 (綾乃・・・ ゆっくり時間のある時に・・・ 話すわね。)

 雪は、綾乃の後姿にそう心の中で思っていた。

 (3)

 雪が、仮眠室に行くと、進が一人ベッドに座っていた。雪は気を取りなおして、進に笑顔で声をかけた。

 「古代君? おはよう・・・」

 「雪・・・ おはよう。」

 笑顔の雪の姿に、下を向いていた進は、顔を挙げるとフッと微かな笑顔を返した。

 「朝食まだでしょ? お弁当持ってきたの。といっても、ママが作ってくれたんだけど。」

 雪はできるだけ明るく振舞おうと、ペロっと舌を出してもう一度ニッコリ笑った。進もその笑顔につられて、ははは、と小さく笑った。

 (古代君の笑い声、ここ数日で初めて聞いた・・・)

 雪は部屋の隅にあったテーブルを引っ張ってくると、そこに弁当を広げ、コップに水筒からお茶を入れた。お互いにこの後の防衛会議の事には、全く触れずに食事に専念した。

 「美味しいよ、お母さんのお弁当。そう言えば、昨日の晩から何も食べてなかったな。」

 「そう言えばそうね。わたしも・・・ うふふ。帰ってからすぐ寝ちゃったから・・・ 古代君、眠れた?」

 「・・・いや・・・ やっぱり、昨日はちょっと寝付けなかったよ。」

 「そうね、私も同じ・・・」

 やはり、話はだんだんとその方向に行ってしまう。雪は話題を変えようと、また食事に気持ちを戻した。

 「ママ特製卵焼き、美味しいでしょう?」

 ちょうど、進が箸にとっていた卵焼きを指して雪が笑う。

 「ああ、うまい! いつか食べたしょっぱい卵焼きとは雲泥の差だな!」

 昔、雪が進のために初めて作った卵焼きは、塩と砂糖を入れ間違えてひどく塩辛かったことを言っているのだった。

 「ん! もう、またそれを言う!!」

 笑いながらすねる雪に進も声を出して笑う。二人は久しぶりに互いの笑顔をかみしめていた。食事を終えると、進は真面目な顔になった。

 「今日の会議、どうなるんだろうな。」

 「大丈夫よ。新聞だってテレビだってヤマトのことあんなに誉めてたわ。見たんでしょう? 古代君も。」

 「うん・・・ 見たけど・・・ かえって心苦しいよ、あんな報道・・・」

 「そうね、ほんとのところはそっとして欲しい気持ちで一杯、私も。」

 「世間の評価とは違うからな、防衛本部の規律と・・・ それに、大勢の犠牲を出したことも確かなんだから・・・ 僕はやっぱり辞表を出した方がいいんじゃないだろうか。」

 「古代君・・・」

 眉をしかめて話す進に雪はなんと言っていいかわからなかった。そんな雪を見て進は雪を心配させすぎたような気がして、冗談を一つ言った。

 「もし・・・ 僕が首になったら、雪に養ってもらうかな。」

 「まあ、古代君ったら、ふふふ・・・ いいわよ。看護婦さんの仕事ならどこでもあるから。でも、今ならきっと古代君TVに出演するだけでけっこう稼げるかもよ。タレントにでもなったら?」

 雪も負けずに冗談で返す。

 「ばかやろう・・・ 僕の一番苦手な事だろう。あははは・・・」

 二人は、一生懸命互いを笑わせようと努力していた。その笑顔がまだ本物ではなくても、笑っていれば少しは気持ちが楽になるようで精一杯の思いだった。
 その時、トントンとノックする音がして、進が返事すると、佐渡が入ってきた。

 「おはよう、雪も来ておったのか? もうそろそろ行く時間じゃろ?」

 「はい・・・ 先生、島はまだ?」 進は、気になっていた島のことを佐渡に尋ねた。

 「うむ・・・ そろそろ意識も戻ってくると思うがな。なにせ、血液の大量交換で体力が大分落ちてるからな。だが、心配はいらん。今日にも必ず目を覚ますはずじゃ。」

 「佐渡先生、島が目を覚ましたらすぐに僕に知らせてください。すべては、僕の口から話してやりたいんです。」

 進の目が必死に訴えていた。進は島に対しても大いに心を痛めているのが、はためからもよくわかった。

 「・・・わかったよ、古代。まずは、今日の会議じゃ。真田ももう仕度できとるようじゃったから、連れて行ってくれ。終わったら、真田はすぐ病院に戻すんじゃぞ。」

 「はい、了解しました。」 「行って参ります。」

 進と雪は、佐渡に挨拶をすると、真田の病室に寄り、彼を車椅子に乗せると、すぐ隣の地球防衛軍司令本部の長官室に向かった。

 (4)

 司令本部の長官室に3人が定刻に入ると、長官は既に待っていた。

 「疲れているところごくろうだった。さっそくだが、会議への証人としての出頭は、一人ずつということになる。昨日聞いた内容は、書面にして事前に会議のメンバーに渡してあるから、君たちは、質問に答えるという形になると思う。
 一人が会議に入っている間は、残りの二人は隣の控え室で待っていてくれ。3人の証言が終わり次第、ヤマトの今後の処遇についての会議に入る。会議の結果は終了後、私の方から君達に話すことにする。おそらく午後になると思うが、それまで、司令本部内で待っていてくれればいい。
 だが、あまり心配しないでもらいたい。君たちは決して間違ったことをしていないと私は確信している。それは、他の者も同じだと・・・私は思う。」

 長官は、進たちに楽観的な言い方をしたが、互いにそれが本当になるかどうかは半信半疑だった。司令本部の中でも、命令違反について厳しく対応すべきだという意見を持つものもいるだろうし、また、地球連邦の大統領を始めとする政治家達がどのような反応を示すか、はっきりとわからなかったからだった。

 なんとしてでも、乗組員達の名誉は守りたい、進の胸の中はそれだけで一杯だった。

 10時近くなり、長官と共に会議室の隣室に入った3人は、そこで一旦長官と別れて殺風景な部屋におかれた椅子に座った。しばらく3人とも何も言わずに黙ったままだったが、進がぽつっと口を開いた。

 「真田さん・・・ どうなるんでしょうか?」

 「うーむ、俺にもわからん。だが我々の行動を正直に話そうではないか。な、古代。小細工ができるもんでもないし、長官も言っておられたが、俺たちは間違ったことはしていないと思うよ。」

 「・・・・・・」

 「古代・・・ お前・・・」

 真田が何か進に言いかけた時、会議室から出てきた事務官から声がかかった。

 「古代艦長代理、お入りください。」

 (5)

 進が会議室に入ると、ほとんど出発前の会議の時にいたメンバーと同じ面々が、ずらっと並んで進のほうを見ていた。
 その中に、あの伊達総参謀長の姿もあった。ヤマトが発進した時は、長官の命令も無視して、発進の妨害をしてきた彼だったが、ヤマトがエンジントラブルでやっとのことでガニメテ基地に到着した時、やはり彼も艦をやられ大怪我をして収容されていた。そして彼はその時、進たちの行動に初めて理解を示してくれた。
 その伊達総参謀長がいるのだ。それもまだ包帯姿の痛々しい姿だった。おそらくは彼も病院から外出許可をとっての出席に違いなかった。
 進は、彼が自分の顔を見ると少し笑ったように思えた。

 (伊達参謀長が・・・ ガニメデでは我々を応援してくれていた。あの怪我を押して出席しているということは、我々に追い風になるんだろうか・・・?)

 そんなことを考えていた進に、議長役の参謀から声がかかった。

 「君は、宇宙戦艦ヤマト艦長代理、古代進だね。」

 何の感情も入っていない無機質な声だった。

 「はい、そうです。」

 進は、しっかりと前を向いて全員の顔をじっと見つめたまま答えた。

 「今回の全戦闘の経緯については、この書類に書かれている内容に相違ないか?」

 「はい。相違ありません。」

 「うむ、では尋ねるが、最初にテレサの呼びかけに対して、司令本部から出航の命令を無視して出て行ったことについて、首謀者は誰だね。」

 「私です。私は、ヤマトの艦長代理として、他の旧ヤマト乗組員に声をかけて、テレサの呼びかけに応じようとヤマトを発進させました。私の責任で、ヤマトの発進を決めたのです。」

 「他に首謀者はいないのかね?」

 「いません。他のメンバーは私からの呼びかけに応じてくれただけです。もちろんそれも命令違反ではありますが、彼らは私の指示に従ったまでです。」

 進は淀みなく答える。その回答を長官および伊達総参謀長は目を閉じたまま聞いていた。

 「では、地球連邦政府の白色彗星帝国に対する無条件降伏を無視して、攻撃をしかける行動を取ったのも君の指示かね?」

 「はい、そうです。ヤマトは現在艦長が不在ですので、艦長代理の私がヤマトの指揮をとっています。あの時も、私の指示でヤマトは白色彗星の都市帝国に再度戦線布告しました。」

 「つまり・・・ すべての行動は、君の指示によるもので、他の乗組員達は、それに追随しただけと言うことだね? 責任のすべては君一人にあるということでいいのか?」

 一連の問題に関する核心の質問を、質問者である議長が投げかけた。

 「・・・はい・・・そうです。私はどんな処分も甘んじて受ける覚悟はできています。けれども、不幸にも戦いに死んだ者達はもちろん、生還した者達への処分はできるだけ穏便に済ませていただきたいのです。何卒よろしくお願いいたします。」

 進は緊張した面持ちでそれでもはっきりと自分の責任を主張した。自分の判断で皆を巻き込んだことは間違いないのだ。そのせいで命を落とした者たちが大勢いるのだ。進の心を支配し、責めつづけている事実はそれだった。

 「つまり、君は今回、司令部命令を無視してヤマトを発進させたことは間違っていたと認めるのだね?」

 「!!・・・わかりません・・・ あの時はあれ以外の方法は思いつきませんでした。ですが、多くの乗組員と地球を犠牲にしてしまったことは・・・ 僕の責任だと思います。」

 会議室に入った時から曇っていた進の顔がさらに苦渋の表情を見せた。その姿に長官の心は痛んだ。

 「他に質問のある方はおられませんか?」

 議長の呼びかけに、連邦大統領が口を開いた。

 「・・・君は・・・ヤマトに最後まで残留していたようだが、テレサが現れなければヤマトと運命を共にするつもりだったのかね。」

 「!・・・ はい・・・ ヤマトの艦長代理として責任を取りたいと思っておりました。」

 最後の時の話を聞かれて進は少し動揺を見せたが、すぐに表情を戻して答えた。大統領はその返事に無言で頷くと、議長にも目礼した。
 
 「他にはありませんか?・・・では、古代艦長代理への質問はこれで終了します。古代艦長代理ご苦労だった。下がってよろしい。」

 進は、それを合図に一礼すると、会議室を後にした。

 (6)

 進が会議室に入った頃、控え室で真田が雪に一つの書類を渡した。

 「雪、これを君の証言の時に使ってくれ。」

 「真田さん、これは・・・」

 それは、意識のない島を除いた病院に入院しているヤマトの生存者全員の請願書だった。内容はどれも異口同音で、今回のヤマトの行動のすべては全乗組員の一致した考えであって、誰の指示を受けたものではないということが書かれてあった。怪我をおしてのことで、字が乱れているものもあれば、代筆を頼み、サインだけ自分でなんとか書いたらしいというものもあった。

 「古代のヤツは、きっと自分が全部指示したと証言しているはずだ。だが、そんなこと言われて『はいそうですか』と黙っていられる俺達じゃないだろう。俺は、最初から今回の行動に加わって、首謀者の一人だとして、会議では発言する。事実俺が最初に皆にヤマトでの発進の呼びかけをしたんだからな。首謀者だと言う俺がこの書類を会議に持っていっても、自分の保身のためだと思われても困る。
 だから雪、君がこれを皆に見せて、ヤマトの乗組員達の気持ちを会議のメンバーに示して欲しいんだ。」

 「真田さん・・・ ありがとうございます。真田さんだって不自由な体で・・・昨日一晩でこんな・・・」

 雪は思わず涙があふれてきた。真田のそしてヤマトのみんなの思いがこの薄い紙にずっしりと乗せられているのだった。

 (古代君・・・ ヤマトのみんなは、みんなは・・・ あなた一人を放り出させることはできないって・・・ よかったわね、古代君。)

 「古代が帰って来ても見せるなよ。あいつのことだから、余計なことをするなって取り上げられても困るからな。」

 真田は雪にそう言うとニヤッと笑った。雪も笑顔を返して頷くと、書類を持っていたケースにしまった。その時、扉が開いて進が出てきた。

 「古代君?」 雪が心配そうに声をかける。

 「大丈夫だよ、雪。言いたいことは言ってきた。今は、少しすっきりした気分だよ。」

 進が雪に微笑みかけた。その後ろから、また事務官が出てきた。

 「次は・・・ 真田技師長、お入りください。」

 (7)

 真田が会議室に入って行った。車椅子での入室に会議室が少しどよめいたが、すぐに静かになった。
 まずは、進の時と同じく氏名と配属、そして文書にしたヤマトの戦闘の経緯に相違ないかの確認だった。その後、真田への質問が始まった。

 「真田技師長、君は今回のヤマトの発進に際してどのような役割を果たしたんだね?」

 「古代と私は、傍受したテレサからの通信の真意をつきとめなければと思い、ここにおられる方はご承知の通り、防衛会議に諮りましたが、その目的を達せられませんでした。そのため、自分たちだけでそれを実行するために、ヤマトを司令部の命令無しに発信させることにしたのです。
 ヤマトの旧乗組員には、私が召集をかけました。ほとんどすべての乗組員がその呼びかけに賛同してヤマトに乗船してくれました。」

 「うむ・・・ ということは、君も首謀者の一人だと言うわけだね? 古代艦長代理は自分一人の一存で乗組員を集めたと言っていたが・・・」

 さっきの進の発言を受けての質問だった。

 「いえ、私も最初から参画していましたので、古代と同罪です。」

 真田ははっきりと否定した。

 「真田君、君はいやしくも地球防衛軍科学局の局長という要職に就いていた身ではないか。年齢だって古代達よりも遥かに上だ。なぜ、古代達の行動に冷静に対処してストップをかけられなかったんだね? それが年長者としての勤めではないのかね?」

 先任参謀の一人が真田に詰問した。

 「私は!・・・ 私は、確かに司令本部の命令違反を犯しましたが、それが間違っていたとは今も思っていません。あのテレサの呼びかけにヤマトがいち早く対応し、テレザートまで出かけて行ったことが、最終的にはテレサの心を動かし、あの巨大戦艦を葬り去ることができたのだと思っています。
 無条件降伏をヤマトが撤回したことについても同じです。あれは、ヤマト乗組員全員の総意として地球側の降伏直前に総攻撃を開始しました。誰もが決死の思いで決断したのです。もし、あのまま、無条件降伏を受けていたとすれば、地球防衛の責任者である今ここにおられる防衛本部の幹部の方々は、当然全員もうこの世にはおられなかったでしょう。違いますか?」

 質問者の参謀をじっとにらみながら、ゆっくりとはっきりと真田は言った。

 「ぐっ・・・」 先任参謀は言葉がでなかった。

 「我々は結果を言っているのではない! 規律の問題を言っているのだ!」

 真田の返し刀にバンと机を叩いて立ち上がった別の参謀が語気を強くして言った。

 「無論それはわかっています。処分のほどはご存分にどうぞ。ただ、私は後悔しておりませんし、古代だけに責任を押し付ける気もありません。」

 真田が静かに、だが良く通る声で言い放ったその言葉に、会議のメンバーは押し黙ってしまった。一瞬の沈黙の後、議長が口を開いた。

 「真田技師長、君の言い分はわかった。他に質問のある方はおられますか?」

 真田の気迫に圧されたように会議室はシーンと鎮まりかえっていた。質問は何も出ず、真田の証人喚問は終わった。

 (8)

 真田が会議室に入っている間、進と雪は並んで座ったまま、しばらく黙っていた。下を向いて膝置いた自分の両手を雪はじっと見つめていた。自分の証言が次に迫っていることで、進に何か声をかけようとしたが、言葉が出ない。やはり緊張しているのだろうか、と雪は思った。
 その雪の手に、進の手がそっと重なった。

 「古代君・・・?」

 「ごめんよ、雪。君には苦労ばかりかけてるね。」 進がすまなそうに雪に微笑みかける。

 「何言ってるの? 私達・・・ヤマトの仲間じゃない。同じヤマトの乗組員として当たり前のことをしているだけよ。」

 「雪・・・ ありがとう。無理しないで聞かれたことに最低限答えればいいんだから。僕のことはいいから、みんなを守ってくれ。」

 雪は雪の手を握りながら話す進に、さっき真田が渡してくれたみんなの請願書を見せたい欲求に駆られた。進に見せればみんなの思い伝えることができるのではないか、と。しかし、それがうまく伝わらずに進にその書類を取られてしまうかもしれないと思うと、出すことができなかった。

 「古代君、私は自分の信じることをしてきたわ。だから、その通り話すつもりよ。それはみんなもそう思っているはずよ。古代君がなんと言おうともね。」

 進をしっかりと見据えて話す雪の言葉に、進はふっと息をついて、雪を見つめた。その目は『しょうがないなぁ』とでも言っているような、やさしい目だった。真田といい、雪といい、どうしても自分だけに責任を取らせてくれそうもない。進は二人の気持ちをありがたく思うと同時に、防衛会議の結果を憂慮した。

 (万一、処分が全員に渡りそうになったら・・・これを提出して・・・)

 進は胸にひそかに持っている一通の封筒のことを思っていた。雪は、進が何かを考えているのか黙ってしまったので、もう一度声をかけた。

 「古代君?」

 「ん? ああ、とにかく無茶はしないでくれよ。君はヤマトの仲間でもあるけど、僕にとっては何よりも大切な人なんだから・・・」

 進はもう一度雪の両手をしっかりと握り締めた。雪はその手の暖かさと握られた圧迫感になぜか幸せな気持ちになった。進の雪への思いがその手を通して伝わって来る気がして、雪の中に小さな幸福感が広がっていた。

 しばらくして、真田が退出してきて、続いて雪が呼び出された。

 「森生活班長、どうぞお入りください。」

 (9)

 「はい・・・」 呼び出しの事務官に答えて雪は会議室の中へ入って行った。

 「真田さん・・・ 自分のことより緊張しますね。」 進が不安そうに真田の顔を見た。

 「ははは・・・ それはご馳走様だな。ま、心配するな。雪は立派な宇宙戦士だ。ちゃんと言いたいことは言ってくるさ。」

 真田は進の肩をポンと叩いた。

 一方、会議室に入った雪は、事務官に勧められる席につくと、前方を見た。長官を始めとする幹部の歴々の姿に、雪は緊張を禁じえなかった。進や真田と同じ確認事項に答えると、議長からの質問が始まった。

 「森生活班長、君は古代艦長代理及び真田技師長からのヤマト発進についての呼びかけに応じて自らの意志でヤマトに乗艦したのかね。それとも、上官命令に仕方なくの乗艦だったのかね?」

 「私は、自分の意志でヤマトに乗艦しました。だれからも命令を受けてはいません。」

 まずは予想された質問に、雪は噛みしめるように、しっかりとした口調で答えた。

 「ふむ・・・ ところで君は古代艦長代理の婚約者だってねぇ・・・ 愛する男のためなら火の中水の中ということかね? だが、私情で行動するのはどうかな? それに、女だてらにそこまでしなくとも良かったのではないかな?」

 議長の揶揄するような言い方に、会議室に失笑が広がった。突然の矛先の変わった質問に、雪はムッとする気持ちを抑えながら、その笑い声を制する勢いで答えた。

 「私は!・・・ 私も29万6千光年の旅を成し遂げたヤマトの乗組員の一人です。女だからだとか、婚約者がどうだとか、そう言うことを言われることは心外です! 地球の危機にヤマトが起つというのに、黙って見送ることなどできない、というのがヤマトの乗組員たちみんなの気持ちなんです。・・・確かに私情が全くないとは申しません! ですが、私はヤマトの乗組員としてやるべきことをやったと思っています。」

 雪がこの会議室の面々を前にして堂々と意見を言った事で、議長と一緒になって笑っていた内の数名の顔つきが変わった。どうせ女の発言と思っていたのが、少しは骨のある事も言うのか、という態度になったようだ。

 「まあ、いいだろう。しかし、本当に他の乗組員達もそうだったのかどうかわからんだろう。それに君も命令で否応無しにと答えておいた方が身のためだと思わんかね?」

 「ヤマトの乗組員にそんな卑怯な人はおりません。みんな純粋に地球や宇宙の平和を願う人ばかりなんです。あのイスカンダルへの旅で私達はそれを身を持って痛感しました。」

 「それを証明することできないだろう。生還者はほとんど入院しているそうじゃないか。そんな目にあった者達は皆、後悔してるんじゃないかね。」

 議長の質問に雪は真田から預かった請願書を書類バッグから出した。

 「これを読んでみて下さい。生還したヤマト乗組員達の書いたものです。みんなが同じ気持ちでいることが解っていただけると思います。」

 雪の出した書類を事務官が預かると、議長の席に持っていった。まず、議長がそれに目を通した。一つ一つを読みながら、それを見る眉がピクピクと動くのが雪からも見てとれた。
 議長は読み終わると、横の連邦大統領に回した。一通りのメンバーが読み終わるまでしばらくの間があった。
 雪はその間中、微動だりせず、会議のメンバーを見つめていた。最後に藤堂長官が読み終えて議長に向かって軽く頷くと、議長は雪に向かって言った。

 「さすがヤマトの乗組員だけのことはある。用意周到だな。君達の言いたいことは判った。皆、自分の意志で行動したというのだね。つまり、命令違反を承知で全ての行動をとったということなのだね! 君はそれがどんなことになるのか判っているのか!」

 さっきまで女性相手ということでトーンを落としていた議長の口調が激しくなった。

 「処分を恐がっているのでしたら、最初からヤマトに乗ったりなんかしていません!」

 議長の気迫に負けない勢いで雪が発言する。雪の勢いに議長は一瞬息を飲んでその後何を思ったのかふっと笑った。

 「威勢がいいな・・・ 他に言いたいことがあったら言うがいい。」

 議長の言葉に、雪は突然さっきまでの必死になっていた自分から我に帰った。カッと顔が熱くなるのが自分でもわかった。

 「い、いえ・・・ あ、一つだけ。今、私達は自らの意志で乗艦したので、処分は恐れないと申しましたが、空間騎兵隊の方々だけは違います。彼らはヤマトが第11番惑星で救助したもので、命令違反を犯して乗艦したのではありませんから。不幸にして誰も生還させることができなかったことは大変残念なことです。どうか、彼らのご遺族には充分な配慮をお願いします。」

 「空間騎兵隊か・・・ わかった、そのことは承知しておこう。では、何か質問のある方はおられますか?」

 誰からも発言はなかった。証人への質問が終わったことで一息ついたのか、場の雰囲気が急に柔らかくなった。

 「では、これで3人の証人喚問は終了します。」

 議長はそこまで言うと、今度は雪に向かって言った。

 「証人の3名は、会議終了まで司令本部内で待機してもらおう。終了次第、館内放送で呼び出すからそれまで自由にしてくれていい。以上だ。」

 「わかりました。」

 雪は一礼すると会議室を退室した。

 (10)

 「長いですね・・・ 雪の証言・・・」

 進がじれてまた真田に話しかけた。自分の証言の時の時間がどれだけだったのかよく覚えてはいなかったが、待っていると異常に長く感じられる進だった。

 「うむ・・・ もうそろそろ終わってもいい頃だな。」

 真田も少し気になり始め、進が心配そうに会議室に続くドアを見つめたちょうどその時、ドアが開いて雪が出てきた。

 「雪!」

 進は、立ちあがって雪に駆け寄った。雪は厳しい顔で少し紅潮していたが、進の顔を見るなり表情を和らげた。

 「古代君・・・終わったわ。後は、呼び出しがあるまで自由にしてていいって。」

 「そうか、雪?大丈夫か? 何か嫌なことを言われなかったかい?」

 心配げに雪の顔を覗き込む進に雪は微笑を返した。

 「古代君ったら、大丈夫よ。私もヤマトの乗組員の一人だって言ったでしょう? ちゃんと言いたいことは言ってきたから。」

 「何を言ってきたんだ?」

 「内緒! ね、真田さん。 ふふふ・・・」

 雪はそう答えると真田にウインクした。真田もふっと相好を崩した。

 「あれ、見せたのか?」

 「はい。」

 「なんだ?あれって?」

 真田と雪の秘密めいた話に進が割って入った。

 「うふふ・・・ みんなの気持ちよ。古代君はいいのいいの。もう終わったんだから、さ、お昼でも食べながら待ってましょう。会議が終わるまでは、まな板の鯉なんだから、私達・・・」

 「また、真田さんと余計なことをしたな。ほんとに・・・ ばかだな・・・ み・・・ん・・・な・・・」

 進は、二人が何を会議に提出したのか大体の予想がついて、目頭が熱くなった。

 「あら? 古代君泣いてるの?」

 「ち、ちがうよ! さ、食堂へ行くぞ。」

 雪に見つけられそうになった目から出てくる汗(?)を見られないように、進は真田の車椅子を押して雪よりも先に歩き出した。雪はそんな進を見て、くすっと笑うと、後ろからついていった。

 (11)

 森雪が退出すると、議長は昼の休憩の後、本題のヤマトの処遇と今後の防衛軍の体制についての会議を始めた。

 「ヤマト乗組員3名からの証言を受けて、彼らの処遇についてどう扱うべきか意見のある方はどうぞ。」

 「勝てば官軍というからな。威勢がいいとは思っていたが、古代艦長代理は意外でしたな。」

 「しかし、真田といい、森といい、我々を相手に臆してないのはさすがですな。」

 「嫌味ですかな?」

 「まあ、両方ありますな。」

 「彼らの活躍があって地球が今あることは間違いないのですからな。ただ、今回の行動をこのまま許して彼らに助長されることも困る。」

 「そうですとも、なにも処罰しないと言うのは、防衛軍の面目が丸つぶれでしょう。地球連邦政府としても、降伏受諾を勝手に破棄されたとあっては・・・」

 「しかし、昨日からのマスコミのヤマトの取り上げ方は見捨てて置けませんぞ。うまくしないと、地球市民の反発が心配だ。」

 それぞれのメンバーが様々な意見を言う。雰囲気としては、何らかの処罰をしないと示しがつかないというのが、役人然とした彼らの総意のようだ。
 その時、それまで黙っていた包帯の男、伊達総参謀長が発言した。

 「彼らは・・・ ヤマトの乗組員達の気持ちは本当に純粋なものだったと、私はこの戦いで痛感しました。今回の危機に対して、私を含めて我々防衛軍司令本部の危機管理の甘さがあったことは否めないと思います。自分たちの保身を考えずに、地球のために動いた彼らのお陰で今日の私達がある、ということは忘れるわけにはいかないと思います。
 それに、無条件降伏に関しては、私もガニメデの基地で知ったとき、ヤマトの行動に賛同しました。その点では、私も同罪かと・・・」

 「伊達君・・・ 君にそんな風に言われてしまっては、長官としての私はどうなるのだ? 私は彼らの行動を最初から本気で阻止しなかった。それに、降伏のための船をとって帰させたのも私の判断だ。もし、彼らに関して処分が必要であると言うのならば、それを許した私が責任をとるべきだろう。職を辞する覚悟はできている。」

 「長官! それはいけません!」 伊達が叫ぶ。

 「しかしな、将来を担う若者達を処分するくらいなら、この年寄りがその責を受けた方がいいと思うのだ。ヤマトの乗組員達は、将来この地球防衛軍を背負って行く者たちばかりだ。
 それに、元来大成する将というものは、自らが非常に優秀であることが必須条件ではない。もちろん、非凡なる才能がある者もいるが・・・ それよりも、その人物にどれだけ優秀なブレーンがつくかということだと思う。そのブレーンたちに命をかけても彼と共にありたいと思わせる魅力を持った人間、そんな男が大軍の将として大成するのだと・・・」

 「古代進がそうだと?」 議長が聞き返す。

 「古代進・・・ 彼は、今回の戦いで初めて自分の指揮のもとにヤマトを動かし、そして多くの犠牲の上に辛くも勝利を挙げた。しかし、彼の中でそれを勝利だとは受け止められない。死んでいった者、被害を受けた地球、それらのものは全て自分の指揮行動のために引き起こされたという思いに苛まれている。今日のあの発言がそれの現れだ。
 それは、彼がまだ若くて未熟だからだろうと私は思う。未完成な部分が多いからだと。弱冠20歳なのだから無理もないのだ。
 だが、彼とともに戦った真田君や他のヤマトの乗組員たちが一人残らず、彼を守ろうと必死になっている姿に、私は彼の将来を大いに期待したい。沖田がこれと見込んだ男なのだ、古代進という男は・・・
 彼の可能性を今ここで潰したくない。そのためにも彼には1日も早く立ち直って貰いたい。」

 藤堂は胸に抱いている自分の『辞表』に手をやりながら、切々と訴えた。

 (12)

 「しかし、今長官に辞任されては・・・ 地球防衛軍の体制を1日も早く建て直さないといけない時に。」

 「そうだ、長官に今、責任を放棄されても・・・」

 ヤマト乗組員達を処分するなら自分をと、伊達総参謀長、藤堂長官の二人が盾になる形になって、会議は紛糾した。ヤマトのことと長官の進退問題は別だと言う者、長官がそれほどまでに言うなら今回のことは不問にしようと言う者、やはり軍の規律は守るべきだと言う者、それぞれに意見が分かれた。
 最後に、地球連邦大統領が口を開いた。

 「皆の意見は聞かせてもらった。私の意見を言わせてもらおう。結論から言うと、今回のヤマトの行動については、賞罰なしとしたいと思う。」

 大統領の発言に会議場がざわめいた。そのざわめきが少しおさまるのを待って大統領はまた話し出した。

 「これは、多分に政治的な問題が絡むのだが・・・ 地球は、この戦いから1日も早く復興する必要がある。政府計画としては、1ヶ月・・・この間に首都圏の復興をほぼ終えたい。特に、地球防衛軍本部と連邦中央病院は1週間で復旧させたいと思っている。
 幸い、今回の白色彗星帝国の攻撃は、この東京を中心としたアジア地区がほとんどで、他地区の被害は少ない。それで、ガミラスの攻撃で破壊された未開発地区の再開発事業を一旦全て中止して、東京を中心とした首都圏の再建にあたらせるつもりだ。つまり、全世界からこの東京に総力を集中させて復興にあたらせるのだ。
 そのためには、地球市民の心を一つにしなければならない。連邦政府の計画を妨げさせるような要因はできるだけ排除したい。特に今回の敗戦濃厚だった事情を、マスコミなどに攻撃されたくない。
 そのためには、どうすればいいか、つまり、マスコミが絶賛するヤマトを復興の象徴にしたい。もちろん、ヤマトが無条件降伏を撤回したのは、連邦政府と打ち合わせ済みだったと発表するつもりだ。独断でさせたとは絶対に公表できない。そう、ヤマトも地球の復興と同時に修理を完了させて、1ヶ月後には、地球を守る旗艦として発進させたいのだ。
 そうなれば、ヤマトを動かす人間も必要になる。補充要員として、防衛軍の生存者と宇宙戦士訓練学校の卒業生を充ててもらうつもりだが・・・ 当然、ヤマトの操艦経験者が必要だ。ヤマト旧乗組員の生存者は20名足らず、つまりその彼らは誰一人としてヤマトから外すわけにはいかないのだ。もちろん、指揮官として古代艦長代理も・・・」

 「大統領・・・」 藤堂長官がつぶやいた。

 「よって、政治的配慮により、地球の復興に支障をきたすという理由から、今回のヤマト乗組員達の処罰はしないことにしたい。その代わりに、逆に彼らの功績に対しての褒賞も一切行わない、ということで承知してもらえないだろうか。
 ただし、空間騎兵隊を始めとする戦死者については、その名誉を尊重して、地球防衛艦隊で戦死した者達と同じ待遇で、遺族に対応してもらったらどうかと思うのだが。」

 鶴の一声というのは、こういうことを言うのだという見本のような発言だった。誰を処罰するにしても、芋づる式にヤマト乗組員全体から長官まで処分が広がりそうな気配に、手をつけられなくなってしまった今回の会議メンバー達にとって、大統領の提案は『渡りに船』だ。
 堅い連中にとって、『本来ならば処罰の対象だが、地球復興のための特別措置として』という大義名分を与えられることで、自分を納得させられるからだった。
 もちろん、藤堂、伊達両名にも異存があるはずもなかった。全会一致でこの大統領案が採択された。

 (13)

 会議が終了し、メンバーが雑談に入った時、大統領が藤堂長官に声をかけた。

 「藤堂君、あの森という女性だが、通常時はどこに勤務していたのだね?」

 「は、科学局生活部所属で、ヤマト艦医の佐渡医師付きの看護婦として連邦中央病院に勤務しておりましたが、何か?」

 「うむ、なかなか優秀な女性だと思ってね。看護婦にしておくのはもったいないような気がするな。いや、看護婦の仕事がどうというわけではないが、彼女には他にも才能がありそうな気がするのだが、もし活用の場がないというなら、連邦政府で・・・」

 「あ、いやそれは・・・」

 突然の大統領の話に藤堂が困っていると、横から議長が助け舟をだした。

 「困りますよ、大統領。彼女は防衛軍でも手放せません。そうですね、長官。」

 「うむ・・・ 大統領、確かにおっしゃる通りでして、私も彼女の事は考える事があります。今回防衛軍司令本部でも被害を受けて大勢が犠牲になっています。それで彼女には私の手伝いをしてもらおうかとも思っているのです。」

 「ほう? ということは、将来は女参謀にでも?」

 「まあ、そこまでは・・・ なにせ古代の婚約者ですし、彼のサポート役としても彼女は公私に渡って大変でしょうから。とりあえず、ヤマトが出航するまでの1ヶ月、一緒に仕事をしてみて今後の事は考えたいと思っているのですが。」

 「そうか、私としては残念だが、君たちが高く評価しているというのなら、それも当然の話だろう。古代との結婚の方も具体的に決まっているのかね?」

 「本来ならば既に結婚式も終わっているはずでしたが、今回の事で・・・」

 「そうだったのか、本当に彼らには多大な犠牲を払わせたものだ。我々もまだまだ老体に鞭打ってでも頑張らねばならんぞ、藤堂君。」

 「は・・・」

 賞罰なしという決定の中、雪だけは一人抜擢の気配だった。

 (14)

 防衛会議が続いている間、進たちは食堂で昼食を取りながら待っていた。

 「真田さん、ヤマトはあの状態から修理するのにどれくらいかかるでしょうね? そもそも、修理してくれるんでしょうか?」

 「地球艦隊がほぼ全滅状態で、今防衛軍が使える艦船はほとんどないはずだ。となると、修理してでも使えるヤマトは必ず最優先で修理するはずだ。しかし、エンジンまでやられているあの状態では、普通なら2ヶ月はかかるだろう。ま、全勢力をかければ1ヶ月でできるかもしれんがな、そこまでやってくれるか・・・」

 「それに、僕たちがまたヤマトに乗れるかどうかも・・・」

 「古代君・・・ ヤマトは私達の艦よ、他の誰かが簡単に動かせるわけないわ。」

 「ははは・・・ 今日は、雪の方がよっぽど艦長代理らしいんじゃないか、古代。」

 「真田さん! もう! 冗談はやめてください!」

 真田の冗談に怒って見せる雪を進は黙って微笑んで見ていた。二人とも強いな・・・ それに比べて俺はどうしてこんなに落ち込んでるんだろう。進はそんな事を考えていた。
 自分が取った行動で引き起こされた悲劇を自分一人で責任を取ろうと思っていたのに、真田も雪もヤマトの仲間もさらりと受け止めて持って行ってしまった。進は自分だけが空回りしているような気分だった。
 そんな思いを察知したのか真田が言った。

 「古代、人間ってな、便利な動物なんだ。時間がたてば何でも忘れてしまうんだ。特に悲しい事はな・・・ 前を向いて歩け、いつでも。」

 真田の言葉に頷いた進だったが、それを自分のものにするには、やはりまだ時間が必要な気がした。

 (15)

 しばらくして、館内放送で、3人は長官室に呼び出された。さっそくやってきた3人に、長官から今日の結果を告げられた。

 「本日の防衛会議の結果、ヤマト乗組員の今回の行動については、全員、賞罰ともになしということになった。」

 「えっ!?」

 驚く進とすぐに笑顔が広がる真田と雪、長官も微笑んでいる。

 「しかし長官、それでは・・・」

 まだ心配そうに訴える進に長官は言葉を続けた。

 「まあ、君たちの行動を防衛軍会議で全面的に支持したというわけでもないのだが、世論の動きや今後の復興のために、政治的な配慮があったとだけ言っておこう。
 当然、戦死者については、地球艦隊の戦死者と同等の処遇で持って遺族にあたるから、それも心配はいらない。」

 「長官、ありがとうございます。」

 進は深々と頭を下げた。長官は言わないが、この結論に達するまでに様々な思惑が争ったのだろう。進たちにもそれは言外にはっきりと感じられた。

 「それから、無条件降伏の破棄については、ヤマトと連邦政府の間で事前に打ち合わせ済みだったと公表することになった。そうしないと、やっかいなことになるのでな。」

 「はい・・・すみません。」

 「もうひとつ、テレサのことはできるだけ事実のまま公表するつもりだ。彼女への感謝の気持ちをこめてな。」

 3人は黙って頷いた。テレサ・・・ 彼女の悲しい戦いはテレザートなき後はこの地球で語り継がなければならない。進も雪もそれぞれの胸に刻んでいた。

 「さて、今後の事だが、ヤマト乗組員は全員、旧任務に戻ってもらう。ヤマトは1ヶ月後に修復を終えて、新乗組員を交えてテスト航海にたってもらう。」

 「本当ですか!」 進の声が久々に明るくなった。

 「うむ、暫定的ではあるが、ヤマトは地球防衛軍の旗艦となる。1ヶ月後に復興の象徴としてテスト航海を行うことになった。怪我で入院している者も1ヶ月以内には全員退院できそうだと、昨日佐渡先生に聞いている。退院し次第、ヤマトの整備やテスト航海の準備に入ってもらおうと思っている。
 そして、古代、君は艦長代理として、新乗組員の選抜、テスト航海のスケジュール作成及び新乗組員の教育の計画を練って欲しい。すまんが、ゆっくりと休ませてやれんぞ。君と雪の休暇は明日1日だけだ。」

 「はい! かまいません!!」

 「それと古代、君の宿舎だが、地上の方は一般市民と同じで、以前と同等の建築物が再建される予定なので、出来次第以前の住居と同じ環境の住宅が提供されると思うが、それまでは地下都市の防衛軍官舎で過ごして欲しい。去年君が住んでいた同じ部屋を用意してあるから。」

 長官はそこまで言うと、今度は雪の方に向かって話し始めた。

 「それから、森君だが、佐渡先生にはあとで断わっておくが、君には私の手伝いをしてもらいたいのだ。」

 「手伝いといいますと?」

 「司令部では多くの犠牲がでて人員が不足しておってな。私の周辺の雑務をしてもらう人間がおらんのだ。正式な発令は後日になるとは思うが、秘書ということになるかと思うが。どうだろう、頼めるかな?」

 「はい・・・わたしでよければ、でも、あの・・・ヤマトは1ヶ月後に発進すると・・・」

 「ああ、そのことな心配はいらんよ。ヤマトの発進時は君も生活班長として当然乗艦してもらうから。」

 「はい! それでしたら、喜んでお手伝いさせていただきます。」

 「いやあ、大統領が君のあの威勢のいい発言が気に入ったようで、君を連邦政府で欲しいと言われてな。慌てて留保したよ。ははは・・・」

 「えっ? まぁ・・・ すみません・・・ 恥ずかしいわ。」

 長官の言葉に雪は両手を顔にあてて赤くなる頬を隠した。

 「雪? 君は一体何を言ったんだい?」

 進が目をみはって雪を見た。それを見て、真田はくくくっと笑った。長官も軽く笑ってから、真田にも言葉をかけた。

 「真田君は病院で治療に専念して欲しい。義足の部分以外にも怪我があるそうじゃないか。無理するなよ。ヤマトの修理については、確認が必要な時には病院に誰かをやるから、心配しないで待っていてくれたまえ。」

 「は。」

 そして、長官は再び進の方に向き直って、少し厳しい顔になった。

 「それから、古代・・・ 君の胸の中に持っている封書を出しなさい。」

 「!」

 進は驚いた顔を見せたが、ちょっと考えてジャケットの内ポケットから一通の封書を出した。そこには長官の予想通り、『辞表』と書かれていた。雪も真田ももしやと予想していたものの、やはりそれを目の前にすると驚きを隠せなかった。
 長官は、進の封書を手元に置くと、自分の内ポケットからも同じ文字が書かれた封書を取り出すと、進の辞表の上に置いた。

 「長官!」

 進たちは、長官のその覚悟を知って3人共に声をあげた。長官は、黙って頷いて見せると、微かに笑って、その2通の封書を破り捨てた。

 「私もまだ休ませて貰えないようだよ。」

 とりあえず、ヤマトの乗組員については生存者、戦死者ともに守ることができたことで、進は一つ安心した。死んでいった者への懺悔の気持ちはまだあるものの、少し自分の心が前進したことだけは事実だった。
 あとは・・・ 島のこと・・・ そして、雪と自分のこと・・・ 解決しなければならないことはまだあった。

 (16)

 長官室を出た3人は、中央病院に向かいながら歩いていた。

 「よかったわね、古代君。」 雪が明るい笑顔を進に向けた。

 「ああ、とりあえず病院のみんなには顔向けできるよ。本当にありがとう、雪。」

 進も雪をまぶしそうに見た。いろいろと思うことはあるが、雪の笑顔が進にとっては何よりの慰めなのだ。見つめ合う二人の歩みが遅くなる。真田は車椅子を押す進の顔を振りかえって見上げた。

 「古代、俺は一人で病院に帰れるから、お前たちはもう帰っていいぞ。一緒にいたら、なにやら後ろが熱くていかん。」

 「真田さん!」

 二人が赤くなって叫んだ時、進の通信機が鳴った。佐渡からだった。

 『古代か? 島が意識を取り戻したぞ。』

Chapter 2 終了

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