TAKE OFF!! for the FUTURE
  (宇宙戦艦ヤマト2,宇宙戦艦ヤマト−新たなる旅立ち−,PSゲーム『さらば宇宙戦艦ヤマト〜愛の戦士達〜』より)

−Chapter 4−

 (1)

 翌朝、起きて朝食を食べ終えると、雪は両親に進のことをもう一度頼んだ。

 「防衛会議は、うまく切りぬけられたけど、古代君はまだすっきりしてないみたいなの。だから、今日来ても絶対彼を責めないで! お願いよ! パパ、ママ。」

 「わかってるよ、雪。20歳の青年にあれだけの負担を背負わせるのは酷なことだろう。パパもよくわかってるから。心配しなくてもいい。」

 「そうよ、雪。そりゃあ、ママはあなた達に早くもう一度結婚式の話を決めてもらいたいのは山々だけど・・・ 今は、何も言わないから・・・ でも、また一ヶ月後に出航だなんて、ほんとにいつ結婚式になるんだか、わかったものじゃないわね。いっそのこと・・・」

 「だから、ママ! それがよけいだって言うのよ!」

 美里がいつもの調子で始めそうになったので、雪はその口を止めた。母にそれを始められると、進はまた押しきられそうになってアップアップするのが目に見えていた。

 「はいはい・・・ わかったわよ、雪。」

 「ごめんなさい、ママ・・・ ママの心配はよくわかってるのよ・・・」

 雪の反論に言い返さずに微笑む母の姿に雪の語調が少し落ちた。母の娘への愛情も進への気遣いも、誰にも負けないことは雪にはよくわかっていた。

 「あなたも古代さんもこうして生きてる・・・ パパやママのそばにいてくれる・・・ 今はそれだけで充分幸せだと思わなければバチがあたるわね。」

 「そうだな、ママ。」

 両親の言葉に黙って頷く雪の目に光るものがあった。そして、時計が9時をさしたとき、予定通り進がやってきて、玄関のベルを鳴らした。

 (2)

 「おはようございます。」

 玄関を入ると、迎えに出た雪と美里に、進は丁寧に頭を下げた。

 「さあ、どうぞ、あがってくださいな。」

 美里の案内で雪と並んで家の中に入った進は晃司の姿を見ると、また深く頭を下げた。

 「おはようございます・・・ 一昨日はありがとうございました。いろいろとご心配をかけましたが、防衛会議ではなんとか僕達の行動を理解してもらえたようで・・・」

 「おはよう、進君。わかってるよ、新聞でも読んだ。ヤマトの活躍のことやテレサさんのこと、今後のヤマトの予定もね。君もまだまだ大変だが、とりあえず一安心だな。さ、そんなところで立ってないで座りなさい。」

 晃司は進をねぎらうように、椅子を勧めた。進は晃司のそんな言葉にわずかに笑みを見せて正面のソファーに越しかけた。お茶を用意して、雪と美里も来た。

 「あの・・・ 今回の戦いのことでは、本当にご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした・・・」

 続けて言おうとしたが、すぐに言葉が出ず一瞬のためらいのあと、進はさらに続けた。

 「結婚式の直前の延期も・・・ 雪・・・さんをあの戦いの場に連れていってしまったことも・・・ 簡単にすみませんで済まされないことだと、思っています。」

 「古代君・・・ それは違うわ・・・ ついて行ったのは私が勝手に・・・」

 「うむ・・・ 結婚式のことは、事情が事情だけに仕方がないことだろう。君の仕事なのだし、地球の危機に黙っていられなかった君の気持ちは理解しているつもりだ。
 雪のことは・・・ この子もヤマトの戦士、自分の意志で行ったことは私達もよくわかっている。君は最初、雪に地球に残るように説得してくれたそうじゃないか、ま、この子が聞くはずもないことはわかっていたが、その気持ちはありがたいと思ってるよ。」

 一言も進を責めない晃司に、進はただ頭を下げるばかりだった。そして、

 「雪、僕の通帳は無事にあるんだろうか?」

 「え、ええ・・・ 今、取ってくるわ。あなたから預かってる大事な書類はまとめてママに頼んでいたから、ちゃんとこっちに持ってきてくれてるの。」

 突然、進がそんなことを切り出したので、雪はその意味がよくわからなかったが、とりあえず通帳を部屋から持ってきた。それを受け取ると進は晃司の前にすっと差し出した。

 「失礼かとは思いますが・・・ これが僕の全財産です。式のキャンセルや何かでどれくらいかかったかわかりませんが、これで補っていただきたいんです。」

 「古代君!」

 雪が立ちあがってその通帳を取ろうとしたが、進の腕に止められた。晃司も美里も一瞬驚いてその通帳を見つめていたが、晃司はひとつため息をすると黙ってその通帳を手に取った。

 「パパ!!」

 雪と美里がそろって非難めいた声を晃司に投げかける。進はホッとした顔で肩の力を抜いた。

 「進君、確かに受け取ったよ。」

 「パパ! どうしてそんなもの受け取るの! わたし・・・」

 雪が理解できないとばかり父に迫るが、それをさえぎるように晃司の話が続いた。

 「雪・・・ これはお前にやる。」

 「えっ?」

 「今回の結婚式について、私達はいろいろと準備をしてきた。だがそれがキャンセルになって、もう私達はお前達の結婚式の面倒は見れんよ。だから・・・ これをやるから、今度は自分たちの手で全部準備しなさい。いいね。」

 一旦手元に持ってきた通帳を雪の前に押し返して晃司は微笑んだ。

 「パパ・・・」 「おとうさん!」

 「いつ、どこでやるんだか知らんが、私達からの援助は一切ないものと思っておくれ。わかったな、二人とも。雪のことは、もう君に任せてあるんだから、な、進君。」

 晃司のはからいにまた一本とられた形で進はただ礼を言うしかなかった。

 「ありがとうございます。」

 「でも、落ち着いたら早めにしてもらえると私としてはうれしいわね、古代さん。」

 美里も晃司の配慮に感謝しつつ、進にプレッシャーをかけることは忘れていなかった。

 「は・・・」

 「もう! ママったらぁ!」

 雪の両親のあたたかい対応に、進はこの件に関しては気持ちが晴れる思いだった。

 (3)

 しばらく談笑した後、進は雪を促した。

 「遺族の方の居所は大分わかったかい? 今日1日しかないから、行けるだけ行きたいんだ。」

 「ええ、だいたいは・・・ 東京の地下都市に避難している家族は20件くらいだわ。」

 「じゃあ、行こう・・・」

 あわただしく立ちあがる進の姿に、晃司と美里は寂しげな笑いを浮かべて顔を見合わせた。あまりにも多くの事を背負わなければならなくなった青年とその青年を愛している自分たちの娘のことを思うとやはり胸がしめつけられる二人だった。

 「すみません。また、時間が作れたらゆっくりお邪魔します。」

 進は、そう言って頭を下げると雪と共に家を出ていった。雪がどうまわれば効率良くいくか既に配置していたので、進は雪の指示通りにエアカーを運転するだけだった。

 「君のご両親には、頭が上がらないな・・・」

 さっきの話を進は切り出した。

 「うふふ・・・ あなたがかわいいのよ、二人とも・・・ だから、古代君も甘えてちょうだい。少しくらい甘えられる人がいてもいいでしょ?」

 「ん・・・ ありがとう。僕は大勢の人に甘えてるよ。真田さんにも長官にも・・・ それに・・・雪、君にもね。」

 「古代君ったら・・・」

 二人は顔を見合わせると笑った。雪は進の笑顔が少し明るくなったような気がした。

 (そうよ、古代君。人はみんないろいろな人に互いに甘えて支えあって生きてるんだもの。そうやって、少しは人を頼りにして・・・ね。)

 (4)

 雪の家を起点に最も近い遺族宅から、二人はまわって歩いた。どの家族もイスカンダルへの旅を経験したヤマトのクルーの家族としてそれなりの覚悟はあったようだが、やはり、幼い子供を残して逝った夫を思う妻の姿、一人息子を亡くした両親の悲しみは言い様もない切なさを二人に感じさせる。もう二度と戦いが起こらないようにと、遺族と共に祈ることしかできないふたりだった。
 そして、どの遺族も口をそろえて、昨日のうちに、防衛軍司令本部から遺族への対応に関する連絡があったことを感謝する旨と、無事だった仲間の今後の健闘を祈る言葉を告げられ、進たちは恐縮するばかりだった。

 「次は、加藤三郎さんの家ね。」

 「加藤か・・・ 最期に一緒だったのは俺と真田さんだからな。その時の様子を話して差し上げないと。」

 加藤の家を訪問すると、両親が対応してくれた。進が加藤の最期を説明すると、母親は涙を浮かべながら頷いていた。父親も腕をくんだままじっと耳をそばだてている。

 「あの子は、三郎は・・・ いつも言っておりました。『僕がもし死ぬことがあって、それが宇宙でなら心置きなく死んでいったと思って欲しい。そして、一緒に戦った仲間を責める事は絶対してくれるな。誰もが必死で戦っているのだから。』と。
 三郎は、本当にその言葉のとおりに逝ったんですね。あの子も本望だった・・・ことと・・・」

 そこまで言うと、母親は涙で詰まって声にならなかった。雪ももらい泣きする。

 「でも、やっぱり四郎・・・は、こんな風になって欲しくない・・・」

 「四郎・・・君?」

 「今、宇宙戦士訓練学校に在学しています。もし、いつか古代さんの元で働くようになれたら、どうか・・・どうかよろしくお願いします。」

 「そう・・・なんですか・・・ 弟さんが・・・」

 「私達も二人もと思って反対もしましたが、本人の意志も強くて・・・三郎の事を伝えたら、『兄貴の分も頑張る』って泣いてました・・・」

 父親が口を開く。加藤の後継ぎがいるのか・・・ 進たちにとっては楽しみな事だが、両親にとってはそれなりに辛いものがあるだろう。進は黙って頭を下げるしかなかった。

 (5)

 続いて行ったのが、斉藤始の遺族宅。斉藤は、母親を小さい時に亡くして父親が男で一人で育てたということだった。斉藤宅では、その父親が斉藤の遺影を前に酒を飲んでいた。斉藤に似て、体の大きな男は寂しそうに、背中に悲しみを背負っていた。

 「斉藤は、本当に勇猛果敢な男でした。彼がいなければ、我々の勝利もなかったと・・・ しかし・・・ 僕達が助けてヤマトに乗ったばっかりに命を落とすことになったのかと思うと・・・ 本当に申し訳ございません。」

 進は父親に向かって謝るが、相手は微かに笑うと、

 「古代さんとやら・・・ お若いのにヤマトの艦長代理とは大変なことですな。あんたがそんなに謝る事はない。あいつは、始はきっと自分のやるべき事を全うしたに違いない。ヤマトの乗組員になれたことも誇りに思っとるでしょう。」

 「お父さん・・・」

 「それに・・・あいつは、自分は畳の上で死ぬ男じゃない、といつも言っておりましたからな。あいつらしい最期だと・・・ううぅぅ・・・」

 口ではそういいながらも、やはり悲しみが湧き上がってくるのだろう、声を押し殺して父親は泣いた。

 「ありがとうございました。あんたがたも辛いことが多いと思うが、これからも頑張ってください。あれは簡単には仏さんのところには行かずにその辺で遊んでいることだろうから、たまには私にも会いに来てくれると思っとります。」

 指で鼻をすすると笑顔を見せ、斉藤の父は進たちをねぎらった。

 (6)

 二人は雪が調べた遺族の家々を周りつづけた。山本の死を嘆く美しい母親、死んだ父を尊敬していると話す徳川の息子と祖父の死をまだ理解していない孫娘。その徳川の息子は『弟が今度宇宙戦士訓練学校を卒業します。ヤマト乗艦を希望していると言っていましたので、よろしくお願いします。』と言い、ここでも跡取の話が出た。

 死んでしまったものはもう帰ってこないが、その後を継ぐ者が現れるということは、ありがたいことではある。しかし、その故人の遺志を継ぐまた新たな人生を預かる事に、進は責任をずっしりと感じる。様々な人との会話で、進と雪は今日1日で精神的にすっかり疲れてしまった。

 夕方、東京地下都市在住の遺族への訪問をなんとか終えて、進たちは地下中央病院に向かっていた。

 「雪、疲れただろ? 帰ってもいいよ。 明日からまた、忙しくなるし。」

 「大丈夫よ。島君のことも気になるし・・・ それに、古代君と一緒にいたいの。」

 「ありがとう・・・」

 進は雪の肩に手をまわすと自分のほうに引き寄せた。泣き出しそうだった。亡くなった仲間達の家族への挨拶では、辛くはあったがみんなに励まされた。そして、雪は自分のそばをかた時も離れようとしない。
 進に対して、みんなが『がんばれ! がんばれ!』と言ってくれているようだった。自分には落ち込んでいる暇なんかないんだ。残った者たちと一緒にもう一度、ヤマトに命を取り戻してやらなければならないのだ。それが、死んでいった仲間へのはなむけにもなるんだと、進は心の中で自分を叱咤激励した。

 (僕にはまだやらなければならないことがある・・・ 逃げてばかりいるわけにはいかないんだ。)
 ヤマトを再生させよう! 進の気持ちはこのこと一筋に向かっていた。

 (7)

 二人は病院に着くと、佐渡の医務室を訪ねた。

 「おお、雪。来たのか?丁度良かった。長官から聞いたよ、えらい出世じゃな。長官秘書とは・・・ わしのことは気にせんでええ。しっかり頑張るんじゃよ。」

 「佐渡先生・・・ でも、とりあえず1ヶ月のことですし・・・ その後はヤマトに乗りますよ。」

 「うむ、そりゃあ、わかっとるがの。まあ、わしもそろそろ引退しようかと思ってのぉ・・・」

 ぽつんとそういう佐渡は寂しそうだった。

 「えっ!!」

 「あ、いやぁ・・・ 今入院してる奴らはわしが間違いなく治してやるし、ヤマトの艦医は誰にも譲るつもりは無いんじゃが・・・ そうでない時は、家で犬猫病院でも開いてのんびりするかと思ってのぁ・・・ それで雪の事は、気にしておったんじゃ。
 それが、長官の引き抜きで秘書にというではないか、渡りに舟じゃよ。そういうわけだから、雪は首にならんように、秘書の仕事をしっかりやってくれよ。使い物になりませんでしたって返されてもわしは面倒みれんからな。あははは・・・」

 「まあ、佐渡先生ったら・・・」

 「それとも、雪は首になって早く奥さんになりたいのかのぉ? ふぉっふぉっふぉっ・・・」

 「いやだわ、佐渡先生!もうっ!」

 赤くなって佐渡をひっぱたく雪に佐渡も進も笑った。声を出して笑える・・・ それはやはり幸せな事だった。

 「島の様子はどうですか?」 笑いがおさまると、進は真顔になって尋ねた。

 「体の回復は時間が解決するが、心の方がな・・・ どうも元気がない。まったく、無表情というか・・・ 口元を少しもゆるませない。やはり、テレサさんのことじゃろなぁ。話したんじゃろ? 全部を。」

 「はい・・・」

 「事実は事実として受け入れなければどうしようもないからのう。だが、これはもっと時間がかかるじゃろうなあ。一ヶ月後の出航に間に合えばええがのう。」

 「そうですか。」

 一日二日で解決する問題ではないとは思ってはいながらも、島の心情を考えると心がふさぐ。

 「様子を見てくるよ。」

 「ええ、私は今日は遠慮しておくわ。男同士で話してみて。ここで待ってるから。」

 そう言う雪を佐渡の部屋に残して進は島の病室に向かった。

 (8)

 病室に入ると、付き添いは誰もおらず、島が窓に向かって寝ていた。眠ってるのだろうか?と進がそっと近づくと、島は人の気配に気がついたように振り返った。

 「古代か・・・」 うつろな表情で進を見た。

 「どうだ? 調子は?」 できるだけ明るい声を出そうと努力しながら進は話した。

 「べつに・・・ 良くも悪くもないさ・・・」

 「島・・・ あ! そうだ。昨日言い損ねたけど、ヤマトは1ヶ月後に発進するんだぞ。それまでに完全に体を治せよ。ヤマトを操縦できるのはお前だけなんだからな。」

 「ふっ・・・」 進の言葉に、島はなんとなく自嘲気味に笑った。

 「おい、島!」

 「どうだかなぁ・・・ 1ヶ月で俺は元の体に戻るんだか・・・ いや、戻りたいと思ってるのかどうかもわからん。」

 「島・・・」

 「テレサから託された命・・・ 生きていかなければならないってことは理屈ではよくわかるんだ。だが・・・ どうしても生きたいっていう気持ちが沸いてこない・・・ どうして、俺を助けたんだって、テレサを責めたい気分にさえなるんだ。テレサは俺を助けないで、俺も一緒に戦艦との戦いに連れて行ってくれればよかったんだ・・・」

 眉をしかめて苦しそうに話す島に進も同調した。

 「わかるよ・・・島・・・」

 「えっ? なんだ、お前、バカなこと言うな!って叱咤するんじゃなかったのか? そのために来たんだろ?」

 「いや・・・ 俺も一旦捨てるつもりだった命・・・ テレサに救われた命、このまま地球に帰って生き恥をさらすんじゃないかって、そう思うこともあった。僕のために多くの乗組員が命を失ったんだ・・・ 地球にも被害が・・・ 僕はそれをどう償ったら言いかわからない・・・」

 「古代・・・ お前ってやつは・・・ 世間ではお前は英雄だぞ。生き恥どころじゃないじゃないか。」

 「本当にそう思うか? 島・・・」

 進がそんな風に思えない事は、島にもわかっていた。だが、島はそれには答えずに別の話題を出した。

 「それに・・・ お前には雪がいる。」

 「雪・・・ そうだな、彼女は俺の心のよりどころだ。今の俺は雪を守るどころか守られてる・・・」

 進が素直に雪の存在を話す。

 「けっ! のろけるなよっ・・・ そんなこと、わかりきった事だよ。」

 「そうか・・・ ははは・・・」

 「そうだよ、ははは・・・」

 「・・・初めて笑ったな。」

 「ふん、お前は俺を心配してきたんだか、俺に愚痴を聞いてもらいにきたんだかわからんな。」

 「すまん・・・」

 「いや・・・ ありがとう、古代。みんな、それぞれ痛みを持ってるんだよな。多かれ少なかれみんな・・・ わかってるんだ、それは。」

 「島ほどではないさ・・・」

 「・・・もう少し、待ってくれ。時間が欲しい。俺がどうすればいいのか、どう生きていけばいいのか、何かをつかむまで・・・ 時間ときっかけが必要な気がする。一ヶ月後に解決するかと聞かれてもYESとは言えないけど。」

 「・・・そうだな。」

 「それより古代・・・ お前はお前と雪のことだけを考えろ。結婚式を延期にしたことだって・・・ 早く決めなおして、みんなを喜ばせてくれよ。」

 「・・・ああ、それに、ヤマトを無事に発進させないといけないからな。明日から忙しくなる。しばらく、見舞いに来れないかもしれないぜ。」

 「はん! 野郎の見舞いなんかいらないよ! ここには、美人看護婦がたくさんいるんでな! 心配するな。」

 「ははは・・・ それだけ言う元気があれば、大丈夫だな。ゆっくり休めよ。」

 「ああ、雪にもよろしくな。」

 「わかった。」

 島との話を終えて進は病室から出た。話の後半では人の心配をしたり、冗談も言う島だったが、やはりひどく心が傷ついているのが進の目からもよくわかった。今はただ、時の流れが島の心を癒してくれるのを待つしかなかった。そして・・・ 島を思うやさしい存在がまだテレサ以外にもいるのだということに、気付く事を期待して・・・

 (9)

 佐渡の部屋に戻ると、二人が進を見、雪が心配そうに尋ねた。

 「どうだった? 島君。」

 「うん、やっぱりまだまだな・・・ 無理して俺に冗談言ってみたりしてたけど、辛そうだった。」

 「そう・・・」

 下を向いて話す二人に佐渡が声をかけた。

 「島のことは、もう少し時間が必要じゃろう。なにかきっかけでもあればなぁ。体の方は1ヶ月もあれば元に戻ると思う。なんとか気力も取り戻してもらいたいもんじゃな。それよりお前達、今日は遺族の家をまわったそうじゃな。疲れただろう? もう帰って休め。明日からは忙しいぞ。」

 「はい・・・」

 佐渡に急かされるように二人は、病院を後にした。時間はもう7時を過ぎていたが、二人はまだ互いに離れがたい気持ちだった。

 「地上に行ってみようか・・・」

 進の言葉に雪は微かに笑みを浮かべた。

 (10)

 地上に上がってエアカーを走らせながら、二人は周りの風景を見ていた。街はそこかしこでビル再建の工事中で、夜を徹した作業が始まっていた。一週間以内に再建すると大統領が言っていた通り、防衛軍司令本部・中央病院・大統領府など公の建物は、すでに外観が元に戻りつつあった。
 それらを横目にしながら、進たちは未開発地区へと車を走らせた。街の中心の工事の喧騒から離れると今度は何も動くものがない静寂の中にでる。進たちのエアカーのエンジン音だけが響いていた。
 秋もそろそろ終わりに近づき、窓をあけると寒いくらいだった。それでも二人は窓を少し開け外気を吸ってみた。

 「やっぱり、外の空気がいいな。冷たいけど気持ちいい。」

 「そうね・・・ 地下都市にいると季節がわからなくなるものね。星も見えるし・・・ すぐにみんな地上に戻れるわ。」

 「うん、壊れたビルは建てなおせばいいが・・・ 死んだ人は帰ってはこない。」

 「古代君・・・」

 「昨日も今日も・・・ 昼間はいいんだ。いろいろと気が紛れて・・・ けど、夜になると、どうしてもいたたまれなくなって・・・」

 進はバンと両手でハンドルを叩くようにしてうつむいた。そんな進の姿を見ていると、雪はとても一人にして置けない気持ちになる。

 「古代君・・・ 私、今晩ずっとあなたといるわ・・・」

 「え・・・?」

 「一人でいるより、安心するでしょう? だから、わたし朝まで一緒にいる。」

 「・・・・・・ 雪・・・」

 真剣な目で進を見つめながら話す雪に、進は慰められている自分を恥じた。そして、フッと笑うと言った。

 「じゃあ、襲っちゃってもいいんだな? 雪。」

 「えっ!」

 突然の進の男としての問いかけに雪は言葉を失った。そんなことは実は今まったく考えていなかったのだった。進も本気で言ったわけではない。そうでも言わないと、本当に雪を一晩中離せなくなりそうで、自分にもプレッシャーをかけるつもりでそんな表現になったのだ。
 そして、『これ以上雪に心配かけてどうするんだ』という思いが進を突き動かしていた。

 「ははは・・・冗談だよ、冗談。そんな顔するなよ。大丈夫だよ、雪。俺は・・・ ちょっと弱音を吐いて見たかっただけさ。」

 「・・・い・い・のよ・・・ 古代君。それで気持ちが紛れるのなら、わたし・・・」

 こわばりそうな顔を必死に抑えつつ、小刻みに震える雪の唇から、そんな答えが返ってくる。

 「ばか・・・ 君は僕の大切な人だよ。ずっとね・・・ 軽い気持ちで抱いたりなんかしたくない。いつか時がくれば・・・その時に。」

 進は雪をゆっくりと抱き寄せると、その震える唇にくちづけした。しばらくじっと重ねたままにしていると、その震えはだんだんと止まってきた。それを合図に進はさらに強く唇を押しつけ、雪を抱く手にも力が入る。雪も進をしっかりと抱きしめ、キスを返した。
 ようやくその手を離したのは、それからどれくらい時が経っていただろうか・・・

 「さ、送ってくよ。あ、そういえば、車・・・ これ1台しかなかったな。」

 「いいのよ、昨日も借りてきたけど、ママの車借りられるから。」

 「早起きした日は、迎えに行くよ。」

 「ふふふ・・・ 期待しないで待ってるわ。」

 「こいつぅっ!」

 ゴチンと雪の頭を軽く叩く進の笑顔に、雪は一安心した。だが笑顔の裏に、進がまだ自分の不安を押し隠していることも雪は知っていた。

 これ以上、雪に心配かけさせたくない・・・ 進の切なる想いが雪にはまた痛々しかった。

 ヤマトが帰還してやっと3日目の夜が更けていく。進も雪も、明日からは泣いてばかりいられない。立って歩き始めるしかないのだ。自分のためにも、みんなのためにも・・・

Chapter 4 終了

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